霊界物語
うろー

論考資料集

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大自在天または大国彦・常世神王


物語01-3-22 1921/10 霊主体従子 国祖御退隠の御因縁

しかるにこのとき霊界は、ほとんど四分五裂の勢となり、一方には、盤古大神(又の御名塩長彦)を擁立して、幽政を主宰せしめむとする一派を生じ、他方には、大自在天大国彦を押し立てて神政を支配し、地の高天原を占領せむとする神人の集団が出現し、その他諸々の神々の小集団は、或ひは盤古大神派に、或ひは大自在天神派に付随せむとし、また中には、この両派に属せずして中立しながら、国常立尊の神政に反対する神々も生じてきた。

その後、盤古大神を擁立する一派と、大自在天神を押立つる一派とは、烈しく覇権を争ひ、つひに盤古大神の党派が勝ち幽政の全権を握ることになつた。一方国常立尊は自分の妻神坤金神と、大地の主宰神金勝要神および宰相神大八洲彦命その他の有力なる神人と共に、わびしく配所に退去し給うた。


物語01-3-23 1921/10 霊主体従子 黄金の大橋

この島嶼はことごとく色沢のよい松ばかり繁茂し、松の枝には所々に鶴が巣を構へて千歳を寿ぎ、一眼見ても天国浄土の形が備はつて、どこにも邪悪分子の影だにも認められず、参集来往する神人は、皆喜悦に満ちた面色をしてゐる。これは、国常立尊の治めたまふ神都の概況である。さうしてこの竜宮を占領して、自ら竜王となり、地の高天原の主権を握らむとする一つの神の団体が、盤古大神系である。この団体が、蓮華台上を占領せむとする大自在天大国彦)一派の悪神と共に、漸次に聖地に入りこみ、内外相呼応してエルサレムの聖地を占領せむと企らんでゐた。


物語01-4-28 1921/10 霊主体従子 崑崙山の戦闘

 この時、中空から何ともいへぬ妖雲が現はるよと見るまに、大自在天大国彦の部下の将卒が、四方八方より崑崙山を目がけて破竹の勢で攻めかけてくる。大八洲彦命は桃の枝を折り、それを左右に打ち振りたまへば、部下の神将もおなじく桃の枝をとつて、大自在天の魔軍に向つて打ち振つた。見る間に一天カラリと晴れわたり、拭ふがごとく紫の美はしき祥雲に変つてきた。而して非常に大なる太陽は山腹を豊栄登りに立ち登り、天地の暗を照して皎々と山の中央に輝きはじめた。しかして黒雲の中から大自在天の軍勢の姿は消え失せた。しかし山の八合目あたりに何となくどよめきの声が聞えてきた。敵軍が再挙の相談の声である。胸長彦の魔軍勢は、山麓の谷に落ちて或ひは傷つき、あるひは死し非常な混雑を極めてゐる。その声と相合して何ともいへぬ嫌な感じである。よつて大八洲彦命は、天に向つて天津祝詞を奏上された。つづいて従属の神人も同じく祝詞を合唱した。その声は天地に響きわたつて、そこら一面夜が明けたやうな、壮快な感じがする。そのとき既に太陽は形を小さくして、中天に上つてゐた。今までの敵軍の矢叫びの声も、大自在天軍の囁きも松吹く風と変つてしまつた。


物語01-4-34 1921/10 霊主体従子 シナイ山の戦闘

ここに竹熊は大虎彦の応援を得、数万の蒙古軍を引率して、シナイ山に八方より攻めよせた。竹熊は木純姫、足長彦に命じ、遠近の諸山より集まりきたれる悪竜を指揮して雲を起し、大雨を降らせ、一直線にシナイ山の中腹に攻めよせた。しかるに一方山麓には、大虎彦の蒙古軍が十重二十重に取囲み、もつとも堅固に警戒の網をはつて構えてゐる。ここに山上にまします厳の御魂はこの光景を瞰下し、事態容易ならずと見たまひ、高杉別を主将とし鶴若、亀若、鷹取、雁姫、稲照彦を部将として、防戦につとめたまうた。されど衆寡敵しがたく、シナイ山の陥落は旦夕に迫り、厳の御魂の御身辺の危険は刻々に迫つてきた。このとき天上よりは大自在天大国彦の部下の魔軍無数に現はれ、火弾を投下し、厳の御魂の神軍を窮地に陥れた。厳の御魂は鷹取、雁姫を急使として、竜宮城にまします金勝要神に味方の窮状を報告し、応援軍を差向けらるるやう申し渡したまうた。


物語02-0-2 1921/11 霊主体従丑 総説

盤古大神塩長彦は日の大神の直系にして、太陽界より降誕したる神人である。日の大神の伊邪那岐命の御油断によりて、手の俣より潜り出で、現今の支那の北方に降りたる温厚無比の正神である。
 また大自在天大国彦は、天王星より地上に降臨したる豪勇の神人である。いづれもみな善神界の尊き神人であつたが、地上に永住されて永き歳月を経過するにしたがひ、天足彦、胞場姫の天命に背反せる結果、体主霊従の妖気地上に充満し、つひにはその妖気邪霊の悪竜、悪狐、邪鬼のために、いつとなく憑依されたまひて、悪神の行動を自然に採りたまふこととなつた。それより地上の世界は混濁し、汚穢の気みなぎり、悪鬼羅刹の跛扈跳梁をたくましうする俗悪世界と化してしまつた。
 八王大神常世彦は、盤古大神の水火より出生したる神にして、常世の国に霊魂を留め、常世姫は稚桜姫命の娘にして、八王大神の妃となり、八王大神の霊に感合し、つひには八王大神以上の悪辣なる手段を用ゐ、世界を我意のままに統轄せむとし、車輪の暴動を継続しつつ、その霊はなほ現代にいたるも常世の国にとどまつて、体主霊従的世界経綸の策を計画してをる。
 ゆゑに常世姫の霊の憑依せる国の守護神は、今になほその意志を実行せむと企ててをる。八王大神常世彦には天足彦、胞場姫の霊より生れたる八頭八尾の大蛇が憑依してこれを守護し、常世姫には金毛九尾白面の悪狐憑依してこれを守護し、大自在天には、六面八臀の邪気憑依してこれを守護し、ここに艮の金神国治立命の神系と盤古大神の系統と、大自在天の系統とが、地上の霊界において三つ巴になつて大活劇を演ぜらるるといふ霊界の珍しき物語である。
 自分はここまで口述したとき、何心なくかたはらに散乱せる大正日日新聞に眼をそそぐと、今日はあたかも大正十年陰暦十月十日午前十時であることに気がついた。霊界物語第二巻の口述ををはつた今日の吉日は、松雲閣において御三体の大神様を始めて新しき神床に鎮祭することとなつてゐた。これも何かの神界の御経綸の一端と思へば思へぬこともない。
 ついでに第三巻には、盤古大神(塩長彦)、大自在天大国彦)、艮能金神(国治立命)三神系の紛糾的経緯の大略を述べ、国祖の御隠退までの世界の状況、神々の驚天動地の大活動を略述する考へであります。読者諸氏の幸に御熟読あつて、それが霊界探求の一端ともならば、口述者の目的は達せらるる次第であります。


物語02-7-49 1921/11 霊主体従丑 猫の眼の玉

常世姫の雄猛びにより、世界の各地はほとんど戦乱の巷と化し、天に妖雲みなぎり、地に濁流あふれ、猛獣悪蛇の咆吼する声、呑噬の争ひはますます烈しくなつてきた。
 盤古大神もその部下の八王大神も、さらに策の施すところがなかつた。大自在天はこの惨状を坐視するに忍びず、いかにもしてこれを平定せむと苦心した。八王大神は妻常世姫の暴動を制する能はず、最初は一小部分の小火災くらゐにみなしてゐたが、火は意外に猛烈となり、全世界を焼尽せんず勢ひとなつた。八王大神は案に相違し、その処置に困りはてたのである。ここにいよいよ前非を悔い、善道をもつて世界を鎮定するよりほかに策なきを自覚した。


物語02-7-50 1921/11 霊主体従丑 鋼鉄の鉾

 八王大神は常世姫の大胆なる魔言に動かされ、ふたたび反抗の旗を挙げむとし、魔神を集めて決議をこらす折しも、天上より鋼鉄の鉾、棟をついて降り、八王大神の側に侍する鬼雲彦の頭上に落ち、即死をとげたのである。これは自在天より神国彦に向かつて投げたのが、あやまつて鬼雲彦に中つたのである。
 八王大神は驚いて奥殿に逃げ入り、息をこらして鼠のごとく、一隅に身慄ひしつつ蹲踞んでゐた。


物語03-0-1 1921/12 霊主体従寅 序文

 この物語のうちに大自在天とあるは、神典にいはゆる、大国主之神の御事であつて、大国彦命、八千矛神、大己貴命、葦原醜男神、宇都志国魂神などの御名を有したまひ、武力絶倫の神にましまして国平矛を天孫にたてまつり、君臣の大義を明らかにし、忠誠の道を克く守りたまふた神であります。本物語にては大自在天、または常世神王と申しあげてあります。
 大自在天とは仏典にある仏の名であるが、神界にては大国主神様の御事であります。この神は八代矛の威力をふるつて、天下を治めたまうた英雄神である。皇祖の神は、平和の象徴たる璽と、智慧の表徴たる鏡とをもつて、世を治めたまふのが御神意である。
 また盤古大神塩長彦は一名潮沫彦と申し上げる、善良なる神にましますことは、前篇に述べたとほりであります。この神を奉戴して荒ぶる神人等が色々の計画をたて、神界に活動して国治立命の神政に対抗し、種々の波瀾をまきおこしたことはすでに述べたとほりである。そこでこの世界を救ふべく、諾冊二神がわが国土を中心として天降りまし、修理固成の神業を励ませたまふこととなつた、ありがたき物語は篇を逐うて判明することであらうと思ひます。

凡例

一、第一巻に国治立命、盤古大神、大自在天の各派が、三つ巴となつて悪戦苦闘をつづけ、神界を混乱せしめたる記録を読み、盤古大神および大自在天につきその真相を識らむとする人々のために、ちよつと説明を加へておきたいと思ひます。
 盤古大神とか、盤古神王とか、また盤古真王といふのは、平田篤胤翁の赤県太古伝成文といふ著書の、盤古真王記に、
『古昔天地未だ分れず、渾沌として鶏子の如し。盤古氏其の中に生ず。九万八千歳にして天地開闢せり。清軽のものは上つて天となり、濁重のものは下つて地となる。盤古其の中に在り。一日に九変して、天に於ては神に、地に於ては聖なり。天日に高きこと一丈、地日に厚きこと一丈、盤古日に長ずること一丈、此の如きこと九万八千歳、天極めて高く、地極めて邃く、盤古極めて長ぜり。数は一に起りて三に立ち、五に於て成り、七に於て盛りに、九に於て処す。
 盤古氏夫妻は陰陽の始めなり。大荒に生じて其の初めを知ること莫し。蓋し陶鎔造化の主にして、天地万物の祖なり。乃ち元始天王、大元聖母は是れなり。盤古氏の後に三皇あり、これ天地人の始めなり』
とあるごとく、「支那」の人民が天王聖母として尊崇するところのものが盤古大神であります。
 さうして盤古大神は体主霊従(われよし)で、国常立尊は霊主体従(ひのもと)であります。しかし本書には神名を国治立命と申し上げてあります。
 つぎに大自在天は、力主体霊(つよいものがち)であつて、仏典によりますと波羅門教徒は、この神は世界万物の造物主であり、また世界の本体であり、この神の支配のままに吾人苦楽の果報が割り当らるるのであるといつて、あらむ限りの崇拝の的としてをるのであります。ところが仏教が起つてから後といふものは、大自在天神と命名されて、やうやく第六天の統治者として、きはめて平凡な取扱ひを受くるものとなつたのです。


物語03-5-16 1921/12 霊主体従寅 玉ノ井の宮

ここに大自在天の部下蟹雲別は、あまたの神卒をことごとく蟹と化せしめ、東南の山々の谷をつたひて玉の井湖に這ひ込みきたり、また牛雲別は、数万の部下を残らず牛に変化せしめ、東北の山々の谷をつたひて湖水に近寄り来たり、また蚊取別は数万の魔を幾百万の蚊軍と化せしめ、西南より山々の谷をつたひて玉ノ井の邑にすすましめ、玉取別は数万の魔を、残らず瑪瑙の玉と化せしめ、西北の山の頂に登り、玉ノ井の邑を目がけて雨のごとく降り下らしめたりける。あまたの蟹はたちまち悪竜と変じ湖水に飛び込みしが、ここに湖水の諸善竜神と悪竜とは、巨浪を起し、飛沫を天に高く飛ばし、死力をつくして争ひ、さしもに清き紺碧の湖水の水もまたたくうちに赤色と変じ、得もいはれぬ血腥き風は四方に吹きまくりける。一方牛雲別の部下は、たちまち水牛と変じ湖水に飛びいり蟹雲別に加勢し、戦闘はますます激烈となり、湖水はすでに敵軍のために、占領されむとしたりけり。


物語03-8-28 1921/12 霊主体従寅 苦心惨憺

 さて地の高天原は、常世姫の横暴きはまる行動に、諸神司は遠く四方に散乱し、常世姫の目の上の瘤はほとンど払はれけり。常世姫は、内は竜宮城を攪乱せしめ、魔我彦、魔我姫、美山彦、国照姫をして大国彦に通じ、大国彦をして外部より竜宮城および地の高天原を攻撃せしめたり。大国彦は松代別、国代別を部将とし、あまたの魔軍を熊と化し、不意にこれを襲ひ、つひに城内くまなく探索して大足彦を捕へ、凱歌を奏して帰陣せり。あとに常世姫は、ほとンど竜宮城の主宰者となり、地の高天原をも蹂躙せむと、着々として歩を進めつつあり。
 このとき大八洲彦命、真澄姫、言霊姫、広国別、広宮彦、照代姫の部将は、地の高天原を厳守して、魔軍に一指をもつけさせざりけり。されど常世姫は執拗にも、高杉別、與彦、與若、魔我彦、魔我姫などを煽動して地の高天原の一角を崩壊せむとし、ほぼその目的を達せむとしたり。
   ○
 このときローマに破れ、一時退却したる常世彦は、到底ローマの容易に陥落せざるを知り鬼雲別、蚊取別らをして、大国彦の力を借り、これを鏖滅せむと図りぬ。大国彦はただちに承諾し、数多の魔軍を二人に与へ、常世彦と共に三方よりローマ城を包囲攻撃したりける。


物語03-11-44 1921/12 霊主体従寅 可賀天下

ここに一旦鉾をおさめ帰順をよそほひゐたる八王大神常世彦は、常世姫と再挙をくはだて、大国彦と計り、世界各所の八王八頭に、八頭八尾の大蛇の霊魂を憑依せしめ、その女神司には金毛九尾の悪狐の霊を憑依せしめ、部下の神司には六面八臂の邪鬼や眷属を憑依せしめて、俄に反逆心を発せしめたり。世界の神人はまたもや一時に起つて、地の高天原の神政に反抗的態度をあらはし、あまたの神人魔軍と変じて、八王大神指揮のもとに、まづ諸山の神軍を降し、勝に乗じて聖地にむかひ、天の磐船を数百千とも限りなく建造して天空を翔り、群をなして攻めよせ来りぬ。


物語04-1-1 1921/12 霊主体従卯 常世会議

 常世の国の八王大神は機逸すべからずとして、世界各山各地の八王八頭を常世城に召集し謀議を凝らさむと、天の鳥舟を四方に馳せ神の正邪の論なく、智愚に関せず一所に集めて、八王八頭の聯合を図りたり。また一方には自在天大国彦と内々協議を遂げおき、世界神人の国魂会議を開かむとせり。
 すなはち八王大神側よりは美山彦、国照姫、魔我彦、魔我姫、清熊、竜山別、ヰモリ別、八十枉彦、朝触、夕触、日触、山嵐、広若、舟木姫、田糸姫、鬼若、猿姫、広依別らの諸神人の出席することとなりにける。
 大自在天大国彦側よりは、大鷹彦、中依別、牛雲別、蚊取別、蟹雲別、藤高別、鷹取別、遠山別、醜国別、倉波、蚊々虎、荒虎別、国弘別、出雲別、高彦らの神人、堂々として出席したり。


物語04-1-4 1921/12 霊主体従卯 乱暴な提案

 ここに大国彦の重臣なる大鷹彦は八王大神の退場とともに中央の高座に現はれ、議席を一瞥し厭らしき笑をもらし、眉毛を上下に転動させながら百雷の一時にとどろくごとき大音声を発して、諸神司の荒胆を奪はむとしたりしより、諸神司はその声にのまれて摺伏せむばかりなりける。
 因にいふ、この時代はいまだ神人の区別なく、現代のごとき厳格なる国境も定まらず、神人は単に高山を中心として、国魂神を祭り神政を行ひゐたりしなり。神人らは竜蛇、虎、狼、獅子、悪狐、鬼、白狐、鰐、熊、鷲、鷹、烏、鵄なぞを眷属として使役し、これらの眷属によつて各自に守らしめゐたりしなり。ちやうど現代の国防に任ずるところの陸海軍、空軍が各自に武装をこらしゐて敵にあたるごとく、角や、牙や、羽根や、甲のごときは太古の時代における神人の大切なる武器とせられける。


物語04-2-12 1921/12 霊主体従卯 横紙破り

 斎代彦は壇上に現はれ咳一咳し、右の手の掌をもつて鼻先を左より右に擦りあげ、そのまま右の眼瞼から眼尻にかけてツルリと撫で次で、洟を右の手の甲にてかみ、ただちに右の乳の下あたりの着衣に無造作に拭きとり、上唇を山形に人中の下に押し上げ配列不整なる赤黒き歯を剥きだし、平素得意の能弁を活用するはいまこの時なり、との誇りを面に遺憾なく表白したりける。元来斎代彦は磊落不覊の勇者なり。八王大神の大勢力も大自在天の権勢力も彼にとつては放屁の一つとも思ひをらず。またもや鼻をこすり上げ眼を撫で洟をかみ、その手を乳の方で拭ひながら、雷声を発していふ。
『元来八王大神かれ何ものぞ、大自在天とは彼れ果して何ものぞ。そもそも狐ン怪の屁和怪疑なるものは、天地神明の大御心に出でたるものに非ずして、神にあらざる神の発企に成れるものなれば、我らをはじめ諸神司は、互にその蘊蓄をかたむけて各自の意見を吐露し正邪理非の根本を討覈し、和衷協同して、もつて世界永遠平和の基礎を確立せざるべからず。しかるに何ンぞや、八王大神の強要的宣示といひ、大自在天の部下なる大鷹別の傍若無人の強圧的暴言といひ、殆ンど巨石を以て頭上を打ち砕くに等しき、その言辞論説の横暴無道なる、どこに和親協同の精神がある。平和を懇望するの至誠果していづれにあるや。諸神司よ柔順と隠忍と盲従とは決して平和を招来するものに非ず、諸神司は本会議に対しては、無限絶対的の権能あり、しかるに何を苦しみてか諸神司らは斯かる大問題に対して沈黙を守らるるや。諺にいふ、出る杭は打たれ、喬木は風にもまる、如かず退いて我身の安全を守らむ、とするに如かずと卑怯の精神に抑圧されたまふに非ずや、左もなくば八王大神ごとき神司の勢力に恐怖されしに非ずや。八王大神も神司なれば、諸神司もまた同様なり、大自在天の権威にして、いかに強大不可犯の趣きあるごとく見ゆるとも、宇宙の大元霊たる大国治立命の、無限絶対の神威と慈心に比ぶれば、象にたいする蚤の比較にも如かず。我らは大神の厳命にしたがひ、天山の八王として神明の示教を奉戴し、普く神人を教化し扶掖す。これにたいして虱にも比べがたき微々たる八王大神、または大自在天を恐るるの理由あらむや。我らの王は生ける真正の独一神なり。諸神司よ、宇宙はいかに広大にして無辺なりといへども、畏るべく、信ずべく、親しむべく、愛すべきものは真誠の活ける神ただ一柱あるのみ、何ンぞ八王大神らの頤使に盲従し、以て真正の神の聖慮に背かむや。諸神司よろしく自己の天授的聖職の神聖不可犯なる理由を反省され、神にあらざる神の圧制的宣示に盲従すること勿れ。大宇宙にはただ独一の真神なる大国治立命ゐますのみ。しかるに常世彦はみづから称して、王の王たらむとし、八王大神と称す、真正の神ならぬ身として八王大神とは僣上至極、天地容れざるの大逆罪なり。我は今より八王大神に尊称を奉らむ、即ち八王のおは八頭八尾の大蛇の尾にして、大神を台陣と敬称せむ、諸神司の賛否いかん』
と弁舌水の流るるごとく説き去り説き来つて、平然として一座を見渡したり。満座の神司らは斎代彦の痛快なる演説に溜飲を下げ、元気は頓に加はり、各自肩のそびゆるを覚えざる程なりき。八王大神の部下の邪神は喧々囂々として嘲罵し咆哮し、この演説を極力妨害せむとせしに、斎代彦はそれらの妨害も嘲笑も馬耳東風と聞きながし、滔々として所信を述べ了り、右手をもつて鼻と目をこすり、最後に着衣の袖にて洟の手を拭ひながら悠々として降壇し自席に着きにける。


物語04-6-35 1921/12 霊主体従卯 頭上の冷水

 常世彦は五里霧中に彷徨しながら、大慈大悲の国祖大神の窮状を耳にして之を坐視するに忍びず、断然意を決して神人の集へる大会議場に出席し、大国治立命および外一神の宣示を諸神人に告げ決心を促したりける。しかしてこの大国治立命と称するは全く偽神にして、大自在天を守護する六面八臂の鬼なりにける。


物語04-6-36 1921/12 霊主体従卯 天地開明

 今まで大八洲彦命一派ならびに高照姫命一派にたいし、極力反抗の態度を持しゐたる大自在天大国彦も常世彦も、この度の聖地の殆ンど滅亡に瀕したる惨状をながめ、何れも憂愁の念にかられ、敵味方の感情を心底より除却し、たがひに聖地回復の誠意を起したり。ことに大自在天のごときは、大八洲彦命、高照姫命一派の神人の隠忍蟄伏の心情を察して同情の涙に暮れゐたりける。元来は全部国治立命を元祖といただく神人なれば、いよいよ危急存亡の場合に立ちいたりては、区々たる感情はいづこにか雲散霧消して各自神司は互に謙譲の徳を発揮し、相親しみ相愛し、毫末も心中に障壁を築かざりけり。諺に、
『親は泣き寄り、他人は食ひ寄り』
といふ。元来正しき神の直系を受け又は直系より分派して生れ出たる神人は、この時こそ惟神の本心に立ち復り至誠を発揮し大神に対し報本反始の実を挙げむとの誠意を顕はしける。
『落ぶれて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるる』


物語04-8-43 1921/12 霊主体従卯 勧告使

 常世彦は我が目的とする、八王大神の称号を国祖大神に迫つて、これを獲得し、旭日昇天の勢をもつて天下の諸神人に臨み、盤古大神を首長と仰ぎ、これをもつて国祖の位置に就かしめむと、内々準備を整へ、諸神人をふたたび常世城に集めて神界改造の相談会を開催したり。大自在天大国彦は、八王大神を極力讃美して、この際一日もはやく国祖の退隠を迫り、塩長彦をして神政神務の総統者に推戴するをもつて、世界救済の一大要点なりと主張したり。
 ここに美山彦、国照姫は立つて、大国彦の主張に対しあらゆる讃辞を呈し、かつ、
『国祖大神をして、かくのごとく頑強固陋の神となさしめたるは、前天使長大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦および万寿山の頑老、磐樟彦以下の聖地の神人および女性側としては、前天使長高照姫命、真澄姫、言霊姫、竜世姫ら聖地の神司らの一大責任なれば、国祖の退隠に先だち、右の諸神人を聖地より追放し、根底の国に神退ふべきものなり』
と息をはづませ、肩を揺りながら述べ立てたり。
 一旦聖地において全く悔い改め、本心に立帰りゐたる至善の神人も、いまは少しの油断のために、邪神の容器となり、いづれも挙つて国祖にたいし反抗の態度を執るにいたりたるは、果して時節の力か、ただしは因縁か、測度しがたきは神界の経緯なり。
 神諭に曰く、
『時節には神も叶はぬぞよ』
と、全大宇宙の大主神たる大六合治立尊の御分身にして、宇宙の大主権神たる、国祖国治立命も、時節の力は如何ともすること出来得ざりしなり。至正、至直、至厳の行動は、かへつて多数の神人より蛇蝎のごとく忌嫌はれて、つひには悪神と貶せられ、祟り神と強ひられ、悪鬼の巨頭艮の金神と名称を附して、大地の北東に居所を極限さるるにいたりたまへるも、神界経綸上止むを得ざる次第ならむか。
 このたびの常世城の会議は、前回のごとく少しも騒擾紛糾の光景を現出せず、和光同塵、体主霊従的神政を謳歌せる神人(邪霊の憑依せる)のみの集会なりしゆゑ、全会一致をもつて、まづ国治立命をして、大八洲彦命、高照姫命以下の神人を根の国底の国に追放せしめ、その後において、国祖の自発的退隠を迫ることに一決したりける。ついてはその衝にあたるべき神司の選挙をなさざるべからざれば、ふたたび自決勧告使たるべき神人を物色したりしが、この時大国彦の重臣大鷹別は進ンで、この大切なる使命は吾々ごとき小人の能く耐ふるところにあらずとし、智徳兼備の八王大神および大自在天の御尽力を乞ふのほかなきを主張したれど、八王大神は何か心に期するところあるもののごとく、首を縦に振らざりけり。その場に威儀儼然としてひかへたる大国彦も、無言のまま首を横に振りゐたりける。美山彦、国照姫は立上がり、
『今回の勧告使は、畏れながら小神に任じられたし』
と切り出しけるに、常世彦も、大国彦も言ひ合はしたるごとく頓首きて、承諾の意を表示したり。
 美山彦、国照姫は諸神人の一致的賛成のもとに、意気揚々として勧告使となり、聖地ヱルサレムの宮殿に参向し、国祖に対面せむと、数多の神人を引率して聖地に向け帰途に就きける。
 常世彦命はまたもや八王大神の資格をもつて聖地に帰還せむとするに先だち、盤古大神の輔佐として、大国彦の従臣大鷹別をして常世城の主管者に任じ、かつ部下の神人をして、各自に神政を分掌せしめ、八百万の神司を引率して、ヱルサレムを指して旗鼓堂々天地も震撼せむばかりの勢にて、上り来たりぬ。先に勧告使として帰還したる美山彦、国照姫の使命は果して完全に成功せしや疑はしき限りなり。


物語04-8-45 1921/12 霊主体従卯 あゝ大変

 アヽ国祖国治立命は、大宇宙の太祖大六合治立尊の神命を遵奉し、天地未分、陰陽未剖の太初より、大地の中心なる地球世界の総守護神として、修理固成の大業を遂行し、久良芸那す漂へる神国を統轄し、律法を厳行したまひける。されど大神の施政たるや、あまりに厳格にして剛直なりしため、混沌時代の主管神としては、少しく不適任たるを免がれざりき。ゆゑに部下の諸神人は、神政施行上、非常なる不便を感じゐたるなり。さいはひ和光同塵的神策を行はむとする八王大神および、大自在天の施政方針の臨機応変にして活殺自在なるに、何れの神人も賛成を表し、つひに常世城に万神集合して、国祖の退隠されむことを決議するに至れるなり。


物語05-0-2 1922/01 霊主体従辰 総説

 ここに八王大神常世彦命は、多年の宿望成就して、天津神の命を受け、盤古大神塩長彦を奉じて、地上神界の総統神と仰ぎ、自らは八王大神として、地上の神人を指揮することになつた。しかるに聖地ヱルサレムは、新に自己の神政を布くについては、種々の困難なる事情あるを慮り、常世姫をして竜宮城の主管者として守らしめ、聖地を捨て、アーメニヤに神都を遷し、天下の諸神人を率ゐて世を治めむとした。一方常世城を守れる大鷹別は、大自在天大国彦を奉じて総統神となし、アーメニヤの神都にたいして反抗を試み、またもや地上の神界は混乱に混乱をかさね、邪神の横行はなはだしく、已むを得ず、諾冊二神の自転倒嶋に降りたまひて、海月如す漂へる国を修理固成せむとして、国生み、嶋生み、神生みの神業を始めたまひし神代の物語は、本巻によつて明らかになることと思ふ。


物語05-2-16 1922/01 霊主体従辰 霊夢

 八王大神の命により、常世城を預かりて守護せる大鷹別は、盤古大神が美はしき宮殿を建てむとし、その用材のために苦しみ、神人らは挙つて鷹鷲山にいたり、昼夜の区別なく、その木の伐採に全力をつくしつつありて、盤古大神の身辺も、八王大神夫妻の身辺もその備への甚だ薄弱なることを間者松彦をして探知せしめ、その詳細を知るとともに、大鷹別の野心は勃然として湧いてきた。
 今この際常世城を占領し、大自在天を奉じて、あらたに神政を樹立し、天下の覇権を握るといへども、盤古大神および八王大神の目下の立場として、常世城を討伐する余力さらになく、気息奄々としてほとんど孤城落日の悲境にあれば、叛旗を挙ぐるはこの時なりと、部下の蟹雲別、牛熊別、鬼雲別らと語らひ、さかんにその画策に熱中してゐた。
 このとき、旭、高倉の妙術に乗せられ、何時とはなく常世城に捕虜となりし塩治姫、玉春姫は、何れもわが父に叛旗を掲ぐるものたることを感知し、いかにもして常世城を脱出し、ウラル山の両親にこの旨を密告せむと、日夜焦慮しつつあつた。
 されど、用心ぶかき大鷹別は二女の身辺の警護をことさら厳にし、且つその室の周囲をあまたの神人をして囲み守らしめ、遁れ出でむとするにも、蟻の這ひ出づる隙間もなき有様であつた。
 話は元へもどつて、ウラル山の仮殿にある盤古大神は、ある夜の夢に、わが娘塩治姫は玉春姫とともに常世城にさらはれ、人質の境遇に苦しみつつある霊夢に感じた。しかして今ウラル山にある塩治姫、玉春姫は真のわが子に非ず、白狐の変化なりといふ霊夢を引きつづいて見た。
 明くれば、盤古大神は仮殿に仕へてゐる塩治姫、玉春姫を傍近く招き、
『汝はわが天眼通にて審査するに、全く白狐の変化なり。今すみやかにその正体をわが前に現はせ。万一違背におよばば、汝ら二人は余が手練の刀の錆となさむ、覚悟せよ』
と炬火のごとき眼を怒らし、カツと睨みつけた。二女性は少しも騒がず、満面に笑をたたへ、
『貴神の天眼力にて見らるる通り、吾は聖地ヱルサレムの神使として長く仕へたてまつりし白狐の高倉、旭なり。なんぢ悪神一味の暴悪を懲さむため、アーメニヤの野における奇怪といひ、また鷹鷲山における棟木の三年を経るも伐り採り得ざるは、まつたく吾ら二神の所為なり。あゝ心地よや、あゝ面白や』
とカラカラと長き舌を出して笑ひこけた。
 盤古大神は烈火のごとく憤り、腰に佩ける刀を抜くより早く、二人を目がけて発止と斬りつけた。如何なしけむ、二神の姿は煙と消えて、ただ中空に女神の愉快げに笑ひさざめく声がするのみであつた。
 これより、いよいよ大自在天は常世城を占領し、天下の神政を統一せむと計り、今まで聖地ヱルサレムを滅ぼさむとして協力したる盤古大神一派にむかつて、無名の戦端を開くこととなつた。


物語05-3-17 1922/01 霊主体従辰 勢力二分

 大国彦は、大鷹別以下の神々とともに常世城において、堅固なる組織のもとに神政を開始した。しかして大自在天を改名して常世神王と称し、大鷹別を大鷹別神と称し、その他の重き神人に対して命名を附すこととなつた。
 ここに八王大神常世彦は、常世神王と類似せるわが神名を改称するの必要に迫られ、ウラル彦と改称し、常世姫はウラル姫と改めた。そして盤古大神を盤古神王と改称し、常世神王にたいして対抗する事となつた。各山各地の八王神は残らず命を廃し、神と称することとなり、八頭は依然として命名を称へ、八王八頭の名称を全部撤廃してしまつた。これは八頭八尾の大蛇の名と言霊上間違ひやすきを慮つたからである。されど数多の神人は従来の称呼に慣れて、依然として八王八頭と称へてゐた。国祖御隠退の後は、常世神王の一派と盤古神王一派は東西に分れ、日夜権勢争奪に余念なく、各地の八王八頭はその去就に迷ひ、万寿山、南高山を除くのほか、あるひは西にあるひは東に随従して、たがひに嫉視反目、紛糾混乱はますます劇しくなつた。この状況を蔭ながら窺ひたまひし国治立大神は野立彦命と変名し、木花姫の鎮まります天教山に現はれたまうた。また豊国姫命は野立姫命と変名してヒマラヤ山に現はれ、高山彦をして天地の律法を遵守し、天真道彦命とともに天地の大道を説き、神人をあまねく教化せしめつつあつた。また天道別命は国祖とともに天教山に現はれ、神界改造の神業について、日夜心魂を悩ましたまひつつあつた。幸にヒマラヤ山は東西両方の神王の管下を離れ、やや独立を保つてゐた。また万寿山は磐樟彦、瑞穂別の確固不抜の神政により、依然として何の動揺もなく、霊鷲山の大八洲彦命、大足彦とともに天下の形勢を観望しつつあつた。
 天道別命は、野立彦命の内命を奉じ青雲山に現はれ、神澄彦、吾妻彦とともに天地の大変動のきたるを予知し、あまねく神人を教化しつつあつた。
 盤古神王およびウラル彦は、常世神王の反逆的行為をいきどほり、各山各地の神人をアーメニヤの仮殿に召集し、常世城討伐の計画を定めむとした。されども神人ら(八王八頭)は、常世神王の強大なる威力に恐れ、鼻息をうかがひ、盤古神王の召集に応ずるもの甚だ尠かつた。いづれも順慶式態度をとり、旗色を鮮明にするものがなかつた。また一方常世神王は、各山各地の八王八頭にたいし、常世城に召集の令を発し、神界統一の根本を定めむとした。されどこれまた前のごとく言を左右に託して、一柱も参集する神人がなかつた。この参加、不参加については、各山各地とも、八王と八頭とのあひだに意見の衝突をきたし、八王が常世神王に赴かむとすれば、八頭は盤古神王に附随せむとし、各所に小紛乱が続発したのである。このときこそは実に天下は麻のごとく乱れて如何ともすることが出来なかつた。八王および八頭は進退谷まり、今となつてはもはや常世神王も盤古神王も頼むに足らず、何となくその貫目の軽くして神威の薄きを感じ、ふたたび国祖の出現の一日も速からむことを、大旱の雲霓を望むがごとく待ち焦がるるやうになつた。叶はぬ時の神頼みとやら、いづれの八王八頭も各自鎮祭の玉の宮に致つて、百日百夜の祈願をなし、この混乱を鎮定すべき強力の神を降したまはむことを天地に祈ることとなつた。

 地上の神界は常世神王の統制力も確固ならず、盤古神王また勢力振はず、各山各地の八王八頭は各国魂によつて独立し、つひには常世神王も盤古神王もほとんど眼中になく、ただたんに天地創造の大原因たる神霊の降下して、善美の神政を樹立したまふ時のきたるを待つのみであつた。八頭八尾の大蛇および金毛九尾の悪狐および六面八臂の邪鬼は、時こそ到れりと縦横無尽に暴威を逞しうする事となつてしまつた。


物語05-3-18 1922/01 霊主体従辰 宣伝使

月日明神とやらの唱ふる童謡は、普通一般の神人の作りし歌にあらず、天上にまします尊き神の予言警告なれば、吾らは一時も早く前非を悔い、月日と土の大恩を感謝し、天地の神霊を奉斎せざるべからず。是については吾々も一大決心を要す。すみやかに盤古神王の娘塩治姫およびウラル彦の娘玉春姫をアーメニヤの神都に礼を厚くしてこれを送還し、時を移さずロッキー山上に仮殿を建て、すみやかに転居の準備に着手せよ』
と厳命した。大鷹別は神王の真意を解しかね、心中に馬鹿らしく感じつつも、命のごとく数多の神人をして二女性をアーメニヤに送還せしめ、ロッキー山の頂上に土引き均し、形ばかりの仮殿を建設することとなつた。
 アーメニヤの神都にては、盤古神王をはじめウラル彦は、常世神王の俄に前非を悔い、心底より帰順したる表徴として安堵し、かつ軽侮の念を高めつつ意気衝天の勢ひであつた。


物語05-7-45 1922/01 霊主体従辰 魂脱問答

誠の齢を保つ神国は、世も久方の天津空、寿ぎ合ふ真鶴の、東や西と飛び交ひて、世の瑞祥を謡ひつつ、緑の亀はうれしげに、天に向つて舞ひ上る、目出度き齢の万寿山、主の神と現はれし、この美はしき神国を、堅磐常磐に守るてふ、名さへ目出度き磐樟彦は八洲国、神の救ひの太祝詞、遠き近きの隔てなく、唐土山を踏越えて、雲に浮べるロッキーの、山の嵐に吹かれつつ、さも勇ましき宣伝歌、心も軽き簑笠や、草鞋脚絆に身を固め、何処を当と長の旅、愈々来る常世城、今は間近くなりにけり、磐樟彦の宣伝使、磐戸別の神司と、名も新玉の今朝の春、雪掻きわけて行詰り、塞がる道を開かむと、日も紅の被面布を、押別け来る紅葉の、赤き心ぞ尊けれ。盤古大神八王の、曲の暴威を振ひたる、堅磐常磐の常世城、名のみ残りて今はただ、常世の城は大国彦の、曲の醜夫のものとなり、時めき渡る自在天、常世神王と改めて、輝き渡るその稜威、隈なく光り照妙の、城に輝く金色の、十字の紋章をうち眺め、溜息吐息を吐きながら、風雨に窶れし宣伝使、今はなんにも磐樟の、神の果なる磐戸別、心の岩戸は開けども、未だ開けぬ常世国、常世の闇を開かむと、脚に鞭つ膝栗毛、さしもに広き大陸を、やうやく茲に横断し、浜辺に立ちて天の下、荒ぶる浪の立騒ぎ、ウラスの鳥や浜千鳥、騒げる百の神人を、神の救ひの方舟に、乗せて竜宮に渡らむと、草の枕も数かさね、今や港に着き給ふ。


物語05-7-47 1922/01 霊主体従辰 改言改過

 ウラル彦、ウラル姫は、一時地上の神界を意の如くに掌握し、権勢並ぶものなく、遂に盤古神王を排斥して自らその地位になほり、茲に盤古神王と自称するに致つた。
 盤古神王は再び常世城を回復せむとし、数多の勇猛なる神人を引率し、大海を渡つて常世の国に攻寄せ、常世神王に向つて帰順を迫つた。常世神王を初め大鷹別は、その真の盤古に非ざることを看破し、一言の下に要求を拒絶し、俄に戦備を整へ防戦の用意に取りかかつた。
 ここに両軍の戦端は最も猛烈に開始された。天震ひ地動ぎ、暴風怒濤百雷の一時に轟く如き惨澹たる修羅場と化し去つた。地上の神将神卒は、或は常世神王に或は盤古神王に随従して極力火花を散らして、各地に戦闘は開始された。
 時しも連日の雨は益々激しく、暴風凄まじく、遂には太平洋の巨浪は陸地を舐め、遂に常世城は水中に没せむとするに到つた。茲において盤古神王は一先づその魔軍を引返して、ウラル山に帰らむとした。されど海浪高く暴風吹き荒みて、一歩も前進することが出来なかつたのである。さすが兇悪なる大蛇の身魂も金狐の邪霊も、これに対しては如何ともするの途がなかつた。
 凡て邪神は、平安無事の時においては、その暴威を逞しうすれども、一朝天地神明の怒りによりて発生せる天変地妖の災禍に対しては、少しの抵抗力もなく、恰も竜の時を失ひてイモリ、蚯蚓となり、土中または水中に身を潜むるごとき悲惨な境遇に落下するものである。これに反して至誠至実の善神は一難来る毎にその勇気を増し、つひに神力潮の如くに加はり来つて、回天動地の大活動を為すものである。
 天は鳴動し、地は動揺激しく海嘯しきりに迫つて、今や常世城は水中に没せむとした。常世神王は大に驚き、天地を拝し天津祝詞を奏上し、東北の空高く天教山の方面に向ひ、
『三千世界の梅の花 一度に開く兄の花の
 この世を救ふ生神は 天教山に坐しますか
 あゝ有難や、尊しや この世を教ふる生神は
 地教の山に坐しますか 御稜威は高き高照の
 姫の命の神徳を 仰がせたまへ常世国
 常世の城は沈むとも 水に溺れて死するとも
 神の授けしこの身魂 みたまばかりは永遠に
 助けたまへよ天地の 元津御神よ皇神よ』
と讃美歌を唱へた。忽ち中空に例の天橋現はれ、銀線の鉤、常世神王始め大鷹別その他の目覚めたる神々の身体の各所に触るるよと見るまに、諸神の身体は中空に釣り上げられてしまつた。
 ウラル彦の魔軍は大半水に溺れて生命を落し、その余は有ゆる船に身を托し、あるいは鳥船に乗じ、ウラルの山頂目蒐けて生命からがら遁走した。


物語06-3-16 1922/01 霊主体従巳 大洪水(二)

このとき天教山の宣伝使は、何時の間にか黄金橋の上に立ち、金色の霊線を泥海に投げ、漂流する正しき神人を引き揚げつつあり。而して天橋に神人の充満するを待ちて、またもや天橋は起重機のごとく東南西北に転回し、その身魂相当の高山に運ばれゆくなり。神諭に、
『誠の者は、さあ今と云ふ所になりたら、神が見届けてあるから、たとひ泥海の中でも摘み上げてやるぞよ』
と示されあるを、想ひ出さしめらるるなり。
 救ひ上げられたる中にも、鬼の眼にも見落しとも云ふべきか、或は宣伝使の深き経綸ありての事か、さしも悪逆無道なりしウラル彦、ウラル姫も銅橋の上に救ひ上げられたり。而して常世神王始め盤古神王もまた金橋の上に救はれて居たりける。


物語07-1-1 1922/02 霊主体従午 日出山上

『実に心得ぬ汝が今の言、盤古神王とは彼れ何者ぞ。兇悪無道の常世彦命に擁立され諸越山に住所を構へ、畏れ多くも国祖国治立命をして窮地に陥れしめたる大逆無道の根元神、今は僅かにヱルサレムの聖地に割拠し、螢火のごとき微々たる光を照らし、漸くにしてその神威を保続し、神政を布くといへども、暴力飽くまで強き大国彦神の神威に圧迫され、部下の諸神司は日に夜に反覆離散し、神政の基礎はなはだ危し。さはさりながら、いま汝の述べ立つる盤古大神は、果してヱルサレムの城主塩長彦命の娘神塩治姫命には非ざるべし。察する所アーメニヤの野に神都を開く、偽盤古神王ウラル彦神の一味の邪神、この神山に身を遁れ諸神を偽り、時を待つて天教山を占領し、己れ代つて盤古神王たるに非ざるか。ヱルサレムに現はれ給ふ盤古神王は、真の塩長彦命なれども、現在は仔細あつて地教の山に隠れ給ひ、ヱルサレムに在す盤古神王は、勢力微々たる国治立命の従神紅葉別命、今は盤古神王と故あつて偽り、天下の形勢を観望しつつあり。汝が言ふところ事実に全く相反し信憑すべき事実毫末もなし。盤古神王をヱルサレムに迎へ奉り、かつまた地教山に遷し奉りしは斯く申す日の出神なり。この上尚ほ答弁あるか』


物語07-5-25 1922/02 霊主体従午 建日別

『やい、貴様は三五教の宣伝使とか、何とか吐かしよつて、この島に案内も無く肩の凝るやうな歌を歌つて参り、俺らの一族を滅茶々々にしよるのか。此処を何と心得てをる。勿体なくも常世の国の常世神王様の御領分だぞ。それに貴様は大きな面を提よつて、この世が変るの、善と悪とを立別けるのと、大きな喇叭を吹きよつて何のことだい。もうこれ限り宣伝使を止めて、俺らの奴隷になればよし。ならなならぬで是から成敗をしてやる。返答せい』
 一人の男は、少しも屈せず四辺に響く声を張上げて、
『神が表に現はれて 善と悪とを立別る』
『こら、しぶとい奴だ。未だ吐かすのか。おい、皆の奴、石塊を持つて来い。此奴の口を塞いでやらうぢやないか』
『おい、宣伝使、此処は畏れ多くも常世国に現はれました伊弉冊命様が、常世神王といふ偉い神様を御使ひになつて、その御家来の荒熊別といふ力の強い御威勢の高い神様が、御守り遊ばす結構な国だぞ。此処の人間は毎日々々、神様の御蔭で、一つも働かず無花果の実を食つたり、橘や、橙その他の結構なものを頂いて、梨の実の酒を醸つて「呑めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る」と日々勇ンで暮す天国だ。それに何ぞや、七六ケ敷い劫託を列べよつて、立替るも立別るもあつたものかい。さあ、これから皆寄つて此奴を荒料理して食つて了つてやらうかい』


物語07-5-26 1922/02 霊主体従午 アオウエイ

『アハヽヽハー。オホヽヽホー。ウフヽヽフー。エヘヽヽヘー。イヒヽヽヒー。腰ぬけ野郎、屁古垂野郎、ばばたれ野郎、ひよつとこ野郎、弱虫、糞虫、雪隠虫、吃驚虫ども、とつくりと聞け。ここは何と心得てゐるか。勿体なくも常世国に現はれ玉へる、国の御柱大御神伊弉冊命のその家来、常世神王の隠れ場所と造られし、一大秘密の天仙郷、この八つの巌窟は、八頭八尾の大蛇の隠れ場所ぞ。その眷属の貴様たちは、たつた一人の宣伝使小島別の盲どもの舌の先にちよろまかされ、木の葉に風の当りしごとく、びりびり致す腰抜け野郎、馬鹿ツ、馬鹿々々々々ツ』


物語07-6-29 1922/02 霊主体従午 山上の眺

日出神『さうだらう、何でもこの熊襲山の山脈を境に肥の国があつて、そこには建日向別が守つてゐる筈だ。しかしながら常世神王の毒牙に罹つて、彼国の神人は又もや悪化してゐるかも判らない。一つ行つて宣伝をやつて見やうかな』


物語08-3-12 1922/02 霊主体従未 身代り

『オー、貴下は大自在天大国彦の宰相、醜国別にあらざるか。貴下は聖地ヱルサレムの宮を毀ち、神罰立所に致つて帰幽し、根底の国に到れると聞く。然るにいま竜宮に金門を守るとは如何なる理由ありてぞ。詳細に物語られたし』
 醜国別は、
『御推量に違はず、吾は畏れおほくも大自在天の命を奉じ、聖地の宮を毀ちし大罪人なり。天地の法則に照され、根底の国に今や墜落せむとする時、大慈大悲の国治立尊は、侍者に命じ吾を海底の竜宮に救はせ給ひたり。吾らは其大恩に酬ゆるため、昼夜の区別なく竜宮城の門番となり、勤務する者なり。あゝ、神恩無量にして量る可からず、禽獣虫魚の末に至るまで、摂取不捨大慈大悲の神の御心、何時の世にかは酬い奉らむ』
と両眼に涙を湛へ、さめざめと泣き入る。


物語08-3-18 1922/02 霊主体従未 巴留の関守

『私は貴下が宰相として大自在天にお仕へ遊ばした頃は、貴下のお加護で相当な立派な役を与へられ、肩で風を切つて歩いたものでございますが、貴下の御帰幽後は鷹取別の天下となり、悪者のために讒言されて常世神王様の勘気を蒙り、常世国を叩き払ひにされて妻子眷属は離散し、私は何処へ取つく島もなく、寄る辺渚の捨小舟、漸く巴留の国に押し流され、夜に紛れてこの国に上り、労働者となつて働人の仲間に紛れ込み、些し力のあるを幸に今は僅に五人頭となつて、この巴留の国の関守となり、面白からぬ月日を送つて居ります。この巴留の国には常世神王の勢力侮り難く今また伊弉冊命様が何処からかお出になつて、ロッキー山にお鎮まりなされ、常世神王の勢力ますます旺盛となり、この巴留の国は鷹取別の御領地で、それはそれは大変厳しい制度を布かれ、他国の者は一人もこの国へ這入れない事になつて居ます。万一これから先へ貴下がお越しなさるやうな事があれば、私は関守としての役が勤まらず、鷹取別の面前に引き出され、裁きを受けねばなりませぬ。その時私の顔を見知つてゐる鷹取別はヤア貴様は高彦ではないか、と睨まれやうものなら、又もやこの国を叩き払ひにされて辛い目に遇はねばならぬ。折角命を助けて貰つて、その御恩も返さず、これから元へ帰つて下さいと申上げるは恩を仇にかへす道理、ぢやと申して行つて貰へば今申す通りの破目に遇はねばならず、貴下がお出になるならば、この関守の荒熊の首を刎ねて行つて下さい』


物語08-4-24 1922/02 霊主体従未 盲目審神

伊弉冊命の火の神を生みまして、黄泉国に至りましたるその御神慮は、黄泉国より葦原の瑞穂の国に向つて、荒び疎び来る曲津神達を黄泉国に封じて、地上に現はれ来らざるやう牽制的の御神策に出でさせられたるなり。それより黄泉神は海の竜宮に居所を変じ、再び葦原の瑞穂の国を攪乱せむとする形勢見えしより、又もや海の竜宮に伊弉冊大神は到らせたまひ、茲に牽制的経綸を行はせ給ひつつありける。乙米姫命を身代りとなして黄泉神を竜宮に封じ置き、自らは日の出神に迎へられて、ロッキー山に立籠るべく言挙げしたまひ、窃に日の出神、面那芸司とともに伊弉諾の大神の在ます天教山に帰りたまひぬ。されど世の神々も人々も、この水も漏らさぬ御経綸を夢にも知るものは無かりける。ロッキー山に現はれたる伊弉冊命はその実常世神王の妻大国姫に金狐の悪霊憑依して、神名を騙り、常世神王大国彦には八岐の大蛇の悪霊憑依し、表面は、日の出神と偽称しつつ、種々の作戦計画を進め、遂に黄泉比良坂の戦ひを起したるなり。故に黄泉比良坂に於て伊弉冊命の向ひ立たして事戸を渡したまうたる故事は、真の月界の守り神なる伊弉冊大神にあらず大国姫の化身なりしなり。


物語08-4-28 1922/02 霊主体従未 玉詩異

此処は大自在天、今は常世神王の領分、鷹取別が管掌するところだから、よほど注意をせなくてはならぬ。大自在天の一派は、精鋭なる武器もあれば、権力も持つて居り知識もある。加ふるに天の磐船、鳥船など無数に準備して、併呑のみを唯一の主義として居る体主霊従、弱肉強食の政治だ。吾々はこの悪逆無道を懲さねばならぬのだ。さうして吾々の武器といつたら、唯一つの玉を持つて居るのみだ。その玉をもつて、言向和すのだから、大変に骨が折れる。先づこの戦に勝のは忍耐の外には無い。御一同の宣伝使、この重大なる使命が勤まりますか』


物語09-5-28 1922/02 霊主体従申 窟の邂逅

『モシ宣伝使様、お年にも似合はぬ、お道のために世界をお廻り遊ばすとは、真に感心いたします。妾も御覧の通り三人の娘を持つて居りますが、何れも此れも嬢さま育ちで、門へ一つ出るのにも、風が当るの、風をひくの、恥かしいのと申して、親の懐ばかりに甘えて居りますにも拘らず、貴女様の雄々しき御志、真に感じ入りました。私も今年の夏の初め頃より、三五教の信者となり、神様を祀つて信仰を致して居りますが、何分にも此処は高砂の島から常世の国へ渡る喉首、常世神王の宰相司鷹取別の権力強く、三五教の宣伝使がここを通つたならば、一人も残らず縛り上げて、常世城へ連れ参れとの厳しき布令が廻りまして、誰も彼もこの国人は慾に迷ひ褒美に与らうとして、昼も夜も宣伝使の通行を探して居るやうな次第でございます。夫春山彦は信仰の強い者でありまして、夏の初め智利の国から此方へ帰つて来る際、アタル丸の船中において美しい姉妹三人の宣伝使の歌を聞いて、今まで奉じてゐたウラル教をスツカリ止め、三五教に転じましたのでございます。然るに表向き三五教を信ずれば、常世神王様の御気勘に叶はぬので、何んな責苦に遇はされやうも知れませぬ故、密かに後の山に岩屋戸を築き、石室の中に祀つて居ります。可なり広い座敷でございますれば、何卒一度、神様に宣伝歌と神言を奏上して下さいませぬか』


物語09-5-31 1922/02 霊主体従申 七人の女

鬼武彦は立ち上り、座敷の中央にどつかと坐し、
『さしもに清き癸の、亥の月今日の十六夜の月は早西山に傾きたれば、四更を告ぐる鶏鳴に、東の空は陽気立ち、光もつよき旭狐の空高倉と昇るらむ。月日の駒の関もなく、大江山を出でしより、東や西や北南、世界隈なく世を照らす、日出神の御指揮、常世の国に渡り来て、千変万化に身を窶し、神の経綸に仕へたる、吾は卑しき白狐神、数多の眷属引き連れて、神の大道を守る折、心驕れる鷹取別の、曲の企みを覆へさむと、朝な夕なに心を砕き、旭、高倉、月日と共に、三五教を守護せし、鬼をも摧ぐ鬼武彦が、心を察したまはれかし。八岐の大蛇に呪はれし、大国彦の曲業は、比類まれなる悪逆無道、鷹取別や遠山別、中依別の三柱神は、姫の命を捕へむと、四方八方に眼を配り、醜女探女を数限りもなく配り備ふるその危さ、手段をもつて鷹取別が臣下となり、竹山彦と佯はつて甘く執り入り、常世神王の覚も目出度く、今日の務を仰せつけられしは、天の恵の普き兆、善を助け悪を亡す、誠の神の経綸、ハヽア嬉しやうれしや勿体なや。さはさりながら御一同の方々、必ず共に御油断あるな、一つ叶へばまた一つ、慾に限りなき、体主霊従の邪神の魂胆、隙行く駒のいつかまた、隙を狙つて、三人の月雪花の御娘御を、奪ひ帰るもはかられず、只何事も神直日、大直日の神の御恵みによつて、降り来る大難を、尊き神の神言にはらひ退け、朝な夕な神に心を任せたまへ、暁告ぐる鶏の声、時後れては一大事、吾はこれよりこの場を立去り、鷹取別の館に参らむ。いづれもさらば』
と云ふかと見れば姿は消えて、何処へ行きしか白煙、夢幻となりにけり。


物語09-5-35 1922/02 霊主体従申 秋の月

鷹取別は何者ぞ   常世神王何者ぞ 彼は人の子罪の御子   われは神の子神の御子 


物語10-1-1 1922/02 霊主体従酉 常世城門

 東と西の荒海の 浪に漂ふ常世国
 ロッキー山の山颪 吹く木枯に烏羽玉の
 暗にも擬ふ曲神が 暗き心を押し隠し
 白地に葵の紋所 染めたる旗を翻へし
 大国彦の命をば この世を欺く神柱
 太しく立てむと種々に 心を砕き身を藻掻き
 黄泉国の戦ひに 勝鬨あげて一つ島
 浪高砂の島の面 心筑紫の神国や
 豊葦原の瑞穂国 醜の剣を抜き持ちて
 常世の国の神力を 輝かさむと大国の
 夫の命を日の出神に擬へて 大国姫は伊弉冊の
 神の命と現はれて 心も驕る鷹取別を
 暫し止めて常世神王が宰相となし 体主霊従の政策を
 広国別に事依さし 天下を偽る常世神王とこそ称へけり。


物語10-1-3 1922/02 霊主体従酉 赤玉出現

『これはしたり、常世神王とやら、広国別の大国彦大国彦の広国別、何が何だか自由自在に千変万化の大自在天だと、途上にての噂、聞いたる時の竹山彦の心の裡の腹立しさ。竹山彦の竹を割つたる清い正しい心は何とやら、常世の暗の雲につつまれた心地ぞ致したり。如何に三五教の宣伝使、常世の国に来るとも、竹山彦のあらむ限りは、わが天眼通力にて所在を探ね、一々御前に引摺り出し御目に懸けむ。頭も光る照山彦の人も無げなる功名顔、余りの可笑しさ臍茶の至り、ワハヽヽヽヽ』


物語10-1-4 1922/02 霊主体従酉 鬼鼻団子

 皮膚滑かにして雪の如く、肌柔かにして真綿の如く、眼の潤ひ露の滴る如く、優しみの中に何処となく威厳の備はる三人の娘、天津乙女の再来か、さては弥生の桜花、臥竜の松か雪の竹、鶯歌ふ梅ケ香の、春の衿を姉妹の、松、竹、梅の宣伝使、四辺眩き銀燭の、光に照りて一入の、その麗しさを添へにける。常世神王は御機嫌斜ならず、三人の娘を左右に座らせ、満面笑を湛へながら、
『見れば見る程優しき女の姉妹連れ、ウラル教の最も盛んなる常世の国に、三五教を宣伝せむと、華々しく進み来るその勇気には感じ入つたり。さりながら、常世の国はウラル教の教を以て国是となす。万民これに悦服し、その神徳を讃美渇仰す。然るに、主義精神全く相反せる三五教を此地に布くことあらむか、忽ち民心離反して、挙国一致の精神を破り、天下の争乱を惹起せむは、火を睹るよりも明かなれば、常世の国は三五教の宣伝を厳禁せり。然るに繊弱き女の身を以て、雄々しくも我国に入り来り宣伝歌を歌ふは、天下擾乱の基を開く大罪人なれば、汝等姉妹を厳刑に処すべきは、法の定むる処、さりながら汝等姉妹三人は、吾等が危急を救ひたる其功に愛で、今迄の罪を赦し、殿内の一切を任せ、わが身辺に侍して、家事万端の業務に尽さしめむ』
と厳命するにぞ、松代姫は莞爾として、常世神王に向ひ、羞かしげに花の唇を開き、
『実に有難き御仰せ、世事に慣れざる不束者の妾姉妹を、畏れ多くも殿内に止めさせ給ふは、暗中に光明を得、盲亀の浮木に逢へるが如き身の光栄、慎んでお受け致します』
と、言葉淀みなく述べ立てたり。
『ヤア、松、竹、梅の宣伝使様、貴女方は天地赦すべからざる大罪人なりしに、今日只今よりは、常世神王が掌中の玉、女御更衣にも、ずつと優れたお局様。吾々は今後は貴女様の御指揮を仰ぎ奉る。何分粗暴極まる竹山彦、御遠慮なく宜敷く御叱り下さいませ』
と敬意を表しける。鷹取別は鼻をフガフガ云はせながら、
『ヤア、目出度いめでたい、お祝ひ申す、三人のお局様、如何に出世をしたと言つて、鼻を高くしてはなりませぬぞ。何と言つても、常世神王の宰相は此の鷹取別、如何に勢力を得ればとて、この鷹取別を除外する事はなりませぬ』
『アハヽヽヽヽ、ヤア、今迄は鷹取別様の家来となつて居た竹山彦、今日より常世神王のお言葉に依りて、直々の家来、最早貴下の臣下では御座らぬ。貴下は吾々の同僚と心得られよ。斯く申す竹山彦の顔の真中なるこの鼻は、何時とはなしに、ムクムクと高くなつた心持が致す。それに引替へ、貴下は火の玉に鼻を突かれ、平素の鼻の鷹取別も、お気の毒千万、柿のへたのやうに潰挫げて終つて、両方の頬辺にひつ附き申した。これからは鼻の低取別となつて、今迄の傲慢不遜の態度を改められよ。さてもさても鼻持ならぬ御顔だなア、ワハヽヽヽヽ』
 常世神王は打解け顔、
『松代姫にお尋ね申したき事がござる。貴女方は孱弱き女の身を以て、この常世の国に宣伝すべく御出でになつたのは、何か深い様子が御座らう。包まず隠さず仰せられたし。斯くなる上は、何の隔てもなければ、心置きなく事実を述べられたし』
と問ひかくる。松代姫は言葉も軽々しく、
『ハイ、妾姉妹三人の者、艱難苦労を嘗めて常世の国に参りしは、余の儀では御座いませぬ。畏れ多くも三五教の守護神、神伊弉冊命様、日の出神様、ロッキー山に現れますと承はり、お跡慕ひて参りました。郷に入つては郷に従へとかや、妾はこれより三五教を棄て、常世神王の奉じ給ふウラル教に帰依いたします。然しながら、伊弉冊命様にも、日の出神様にも、矢張り三五教をお開きで御座いませう』
『イヤ、伊弉冊大神、日の出神は、ロッキー山に宮柱太敷き立てウラル教を開き給ふぞ』
と、したり顔に述べ立つる遠山別の抗弁いと怪し。この時門番の蟹彦は、畏る畏る此の場に現はれ、
『鷹取別の司に申上げます。唯今ロッキー山より、美山別命、国玉姫と共に、御使者として御来城、別殿に御休息せられあり。如何致しませうや』
『吾は是より寝殿に入つて休息せむ。鷹取別よ、ロッキー山の神使の御用の趣、しかと承はり、わが前に報告せよ。松、竹、梅の三人の局来れ』
と云ひつつ、常世神王は三女と倶に寝殿指して悠々と進み入る。鷹取別は蟹彦に向ひ、
『汝は別殿に於て、美山別、国玉姫の御上使に向ひ、速かに此場に御出場あらむ事を申伝へよ』
『委細承知致しました』
と顔を上げる途端に、鷹取別の顔を眺め、
『ヤア、貴方様、その鼻は如何なさいました。ハナハナ以て合点の行かぬ御鼻、一割高い鷹取別の天狗鼻も、今は殆ど柿のへた同様でございますなア。余り慢心致して、鼻ばかり高う致すと、艮の金神が現はれて、鼻を捻折つて潰挫いで終ふぞよと、三五教とやらの教ふるとか聞きました。真実に貴方の鼻は、へしやばつて、穴も碌に見えませぬ。鼻の穴ない教ではございませぬか』
『何馬鹿申す、速かに別殿に報告致せ』
『これはこれは、失礼致しました。ハナハナ以て不都合千万、平た蟹になつて謝罪ります。何卒カニして下さいませ』
と蟹彦は馬鹿口を叩きながら、この場を立出で独言、
『何だ、折角美人が来たから、このお使を幸に、美しいお顔を拝みたいと思つて居たのに、アタ面白うもない、鷹取別の潰れ面や、照山彦の禿頭を見せつけられて、エエ胸糞の悪い事だワイ。二つ目には竹山の火事のやうに、ポンポンと吐かしよつた鷹取別、何の醜態だい、甚だ以て人気の悪い面付だぞ』
 斯かる処へ現はれ出でたる固虎は、
『オイ、蟹彦、今貴様は何を言つて居つたか、天に口あり壁に耳だ。チヤンと此固虎さまのお耳に這入つたのだ。鷹取別様に言上するから、覚悟を致せ』
『ヤアヤア、痩児に蓮根とは此事かい。固虎奴が何時の間にか聞きよつて……貴様は聞かねばならぬ事は一寸も聞かず、聞かいでもよい事はよく聞く奴だ。言はねばならぬ事は一寸も能う吐かさず、言はいでもよい事はベラベラと喋りたがるなり、困つた奴だ。が貴様が鷹取別様に言ふなら言つてもいい。その代りにこの蟹彦も堪忍ならぬ。貴様は最前、中門の傍で、三人の娘を魔性の女だと言つてゐたであらうがな。チヤンとこの蟹彦が聞いてゐるのだ』
『オイ、もうこんな事は為替だ為替だ、互に言はぬ事にしようかい。又屑が出ると互の迷惑だからなア』
『態見やがれ、固虎の野郎、ガタガタ慄ひしよつて、他人を呪へば穴二つだ。二つの穴さへ滅茶々々になつた。鷹取別の鼻の不態つたら、見られた醜態ぢやありやアしない。ヤア、ガタ虎、貴様も来い』
と肩肘怒らし、横に歩いて別殿に進み入つた。蟹彦、固虎の両人は恐る恐る別殿に進み入り、右の手を以て頭を幾度となく掻きながら、
『これはこれは、御上使様、長らくお待たせ致しました。サア、案内致しませう、奥殿に……』
と云ひながら先に立つて手を振り、怪しき歩み恰好の可笑しさ。殊に蟹彦は腰を曲げ、尻を一歩々々、プリンプリンと振りつつ行く。美山別、国玉姫は悠々として奥殿に進み入り、正座に着き、
美山別『オー、常世城の宰相神、鷹取別とはその方なるや』
『ハイ、仰せの如く、吾は鷹取別でございます』
『ヤア、貴下の顔は如何なされた。少しく変ではござらぬか』
『ハイ……』
 竹山彦は恭しく、
『これはこれは御上使様、よく入来せられました。今迄は鷹取別、今日よりは鼻の高きを取り、低取屁茶彦と改名致しました』
 鷹取別は鼻をフガフガ言はせながら、何事か言はむとすれども、声調乱れて聞き取り得ざるぞ憐れなる。
『何はともあれ、伊弉冊大神の御神勅、慥に承はれ。常世の国に渡り来る松、竹、梅の宣伝使は、間の酋長春山彦の家に隠匿はれ居ると聞く。汝は速かに捕手を遣はし、彼ら三人を生擒にして、一時も早くロッキー山に送り来れよとの厳命』
と厳かに言ひ渡す。美山別の言葉に蟹彦は、
『モシモシ美山別の御上使様、その松、竹、梅の三人は既にすでに常世神王の御居間に……』
遠山別『シーツ、蟹彦、要らざる差出口……門番の分際として何が解るか。汝らの口出すべき場所でないぞ、退り居らう。……これはこれは御上使様、鷹取別は御覧の通り言語も明瞭を欠きますれば、次席なる遠山別が代つてお受け申さむ。御上使の趣、委細承知仕りました。一日も早く三人の娘を生擒にし、お届け申さむ』
『早速の承知、満足々々、大神におかせられても、嘸御満足に思召すらむ。さらば某は、急ぎロッキー山に立帰らむ。常世神王に委細伝達あれよ』
と言ひ棄て、数多の家来を引連れ、馬上裕に揺られながら、国玉姫と諸共に門外さして帰り往く。蟹彦は美山別の後を追駆けながら、
『モシモシ御上使様、遠山別のトツケもない言葉に欺されぬやうになされませや。慥にこの蟹彦が、何もカニも承知致して居ります』
と、皺枯声に叫べども、蹄の音に遮られ、美山別は耳にもかけず、足を早めて雲を霞と帰り行く。


物語10-1-6 1922/02 霊主体従酉 額の裏

『エヘヽヽヽ、エヽ面倒な、モー之位で止めようか。イヤイヤまだあるまだある。オホヽヽヽ、大国彦の神を日の出神と偽り、大国姫を伊邪那美神と偽つて、ロッキー山に立籠り、この世を乱さむ汝等一味の企み。常世神王とは真赤な偽り、極悪無道の広国別、鬼とも蛇とも分らぬ悪人、カヽヽヽ神も堪へ袋が切れるぞよ。固虎や蟹彦の不具人足の構へて居る常世城の表門、体主霊従国はサツパリ破れて今の状態、悔んで還らぬ照彦の宣伝使、どうして顔が立つと思ふか、返す返すも馬鹿な奴だ。可憐相なから、神は之きりにして帰つてやらう。今後は気を附けたが宜からう。ウー』


物語10-1-9 1922/02 霊主体従酉 尻藍

『ヤイ、貴様は三五教の宣伝使であらう。ここは常世神王の御領分なるぞ。ウラル教を奉じて、民心を統一する神国なるに、汝等が如き悪宣伝使、魔術を使つて常世の城を攪乱し、鷹取別の司の高き鼻をめしやげさせたる悪神を奉ずる宣伝使であらう。この方は牛雲別と申す者、汝を召し捕らむがために、常世神王の大命を奉じて、三五教の宣伝使を捜索に来たのだ。この『目』の国は、その名の如く鷹取別の幕下の鵜の目、鷹の目、目を光らす国だ。サア、その巌を下つて尋常に縛に就け。もはや叶はぬ。ヂタバタしたとても、かくの如く数十人の手下をもつて取り囲みたる以上は、汝が運命ももはや百年目、素直に降伏いたせ』
と雷の如き声を張り上げて呶鳴りゐる。巌上の宣伝使は、殆ど耳に入れざる如き鷹揚なる態度にて、
『アイヤ、牛雲別とやら、よつく聞けよ。吾こそは汝の言ふ如く三五教の宣伝使だ。如何に多勢を恃み吾を取り囲むとも、吾には深き神護あり。一時も早く此の世を乱すウラル教を捨てて、治国平天下の惟神の大道なるわが教を聞け。常世神王かれ何者ぞ。鷹取別かれ何者ぞ。積悪の報い、神罰立所に下つて鼻挫かれしその哀れさ。斯くの如き神の戒めを受けながら、なほ悔い改めずば、鷹取別が臣下たる汝等が鼻柱、一人も残らず粉砕し呉れむぞ。サア、わが一言は神の言葉だ。救ひの声だ。きくか、きかぬか、善悪邪正、天国地獄の分水嶺、この巌の如き堅き信仰を以てわが教に従ふか。否むに於ては吾は千変万化の神術によつて、汝等が頭上に懲戒を加へむ。汝等の中、わが言葉の身に沁みし者は名乗つて出よ』


物語10-1-11 1922/02 霊主体従酉 狐火

 靄に包まれたる浪を分けて、十四夜の月は東天に輝き始めぬ。照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜に、又もや微な五人の姿は西枕に現はれて来た。蚊々虎は、
『ホー淤縢山さま、吾々は常磐の森から、斯うぶらぶらと、シラ山峠の麓を廻つて、音に響いたコトド川をやうやう渡り、草の褥の仮枕、沈んだ浮世をカリガネの、入江を渡つて十人連、アヽ世は日の暮るるとともに、親密な五人に分れ、ヤレ淋しやと思ふ間もなく、又もや五人のおつきあひが出来た。矢張り世の中は神歌ではないが、十でなければ治まらぬ。遠い遠い海山越えて、どうやらかうやら此地まで青息吐息の為体でやつて来た。心も荒き荒浪の、淤縢山津見の宣伝使、松吹く風の松代姫、ミロクさまがお上りになつた。サアサア、これから言霊姫の鎮まり給ふ常世国、常世の暗をとことんまで晴らして、常世神王に改心させねば吾々の役目がすまぬ。烏羽玉の夜も、月の光にシラ山山脈、サアサアこれから行きませう』


物語10-1-12 1922/02 霊主体従酉 山上瞰下

固虎『いえ、私も確な事は申上げられませぬが、常世神王の仰せによれば、伊邪那美の大神様、日の出神様は、ロッキー山に居られるとの事、常世城は申すに及ばず、一般の人民も左様だと思つて確く信じて居ります。吾々も、どちらかと言へば、信じて居る方の仲間ですよ』


物語10-1-15 1922/02 霊主体従酉 言霊別

 一旦天地の大変動により新に建てられたる地上の世界は、又もや邪神の荒ぶる世となり、諸善神は天に帰り、或は地中に潜み、幽界に入りたまひて、陰の守護を遊ばさるる事となりしため、再び常世彦、常世姫の系統は、ウラル彦、ウラル姫と出現し、ウラル山を中心として割拠し、自ら盤古神王と偽称し、大国彦、大国姫の一派は邪神のためにその精魂を誑惑され、ロッキー山に立て籠り、自ら常世神王と称し、遂には伊弉冊命、日の出神と僣称し、天下の神政を私せむとする野望を懐くに至れり。
 茲に伊弉冊命は、この惨状を見るに忍びず、自ら邪神の根源地たる黄泉の国に出でまして邪神を帰順せしめ、万一帰順せしむるを得ざるまでも、地上の世界に荒び疎び来らざるやう、牽制運動のために、黄泉国に出でまし、次で海中の竜宮城に現はれ、種々の神策を施し給ひしが、一切の幽政を国治立命、稚桜姫命に委任し、海中の竜宮を乙米姫命に委任し、自らロッキー山に至らむと言挙し給ひて、窃に天教山に帰らせ給ひ、又もや地教山に身を忍びて、修理固成の神業に就かせ給ひつつありたるなり。
 天地の神人は、此周到なる御経綸を知らず、伊弉冊命は黄泉の国に下り給ひしものと固く信じ居たるに、伊弉冊命のロッキー山に現はれ給ふとの神勅を聞くや、得たり賢しとして元の大自在天にして後の常世神王となりし大国彦は、大国姫その他の部下と謀り、黄泉島を占領して、地上の権利を掌握せむとしたれば、大神は遂に前代未聞の黄泉比良坂の神戦鬼闘を開始さるるに致りたるなり。
 この戦は、善悪正邪の諸神人の勝敗の分るる所にして、所謂世界の大峠是なり。


物語10-1-17 1922/02 霊主体従酉 乱れ髪

 固山彦は何の憚る気色もなく、淤縢山津見を伴ひて奥殿深く入る。この時、逆国別は玄関に現はれ、
『ホー、固虎彦殿、貴下は常世神王の命によつて、軍隊を召つれ、『目』の国に出陣されしと聞いてゐた。黄泉島に味方は殆ど出陣して、今はロッキー城常世城、共に守り甚だ手薄となつてゐる。然るに貴下は常世城に帰らず、ここに出張されしは何かの仔細あらむ。つぶさに物語られたし』
固山彦『お前は逆国別、これには深い仔細がある。兎も角、常世城の固虎彦、三五教の宣伝使淤縢山津見を生擒り帰つたりと奏上せよ』
 逆国別は、
『暫く待つて下さい。日の出神に申上げ、お指図をうけます』
と踵をかへして奥に入つた。二人は案内もなく玄関に靴と草鞋を脱ぎ捨て、一間に入つて息を休めゐたるに、日の出神は四五の従者を引連れ、儼然としてこの場に現はれ来り、
『ホー、固虎彦、何用あつて来られしぞ』
『これには深い様子も御座れば、暫く余人を遠ざけ給へ』
『皆の者、この場を遠ざかり、居間に帰つて休息いたせ』
『ハイ』
と答へて一同は、この場を立ち去る。
日出神『イヤ、汝は三五教の宣伝使に非ずや』
淤縢山津見『然り、吾は昔、貴下に仕へたる醜国別、今は三五教に偽つて宣伝使となり、敵の様子を窺ひゐる者、如何に機略縦横の貴下大自在天大国彦と雖も、遠く慮る所なかる可からず。吾は旧恩に報ゆるためワザと三五教に入り、一切万事の様子を探知し帰りたる者、必ず疑ひ給ふことなく、胸襟をひらいて語らせ給へ。貴下は日の出神と名乗らせ給へども、その実は神力無双の大自在天大国彦命に坐しますこと、一点の疑ひの余地なし。また伊弉冊大神と称へ給ふは、貴下の御妃大国姫なる事判然せり。斯くなる上は、包みかくさず、一切の計画を詳細に物語られたし』
『汝が推量に違はず、吾は大自在天なり。吾神謀鬼策には汝も驚きしならむ』
『吾々は斯くの如く三五教の宣伝使と化け込み、艱難辛苦を致す位のもの、貴下の計画は略ぼ承知の上の事なり。今この固虎彦は常世神王広国別の命を奉じ、吾を召捕らむために『目』の国に数多の軍勢を引連れ進み来りしも、漸く吾胸中を悟りヤツト安堵し、一切を打明けて吾を本城に導きたる英雄豪傑、感じ入つたる固虎が働き。随分お賞めの言葉を賜りたし』
『イヤ両人の真心には感じ入つた。併しながら、汝が伴ひし松、竹、梅の宣伝使、及び蚊々虎は如何されしや』
 この言葉に両人はグツとつまり、
『彼ら四人は慮る処あり、或る所に秘め置きたり。後して御目にかけ申さむ』
『一時も早く会ひたきものだ。その所在を今ここに於て吾に報告されよ。吾は適当なる者を遣はして、之を本城に迎へ還らしめむ。四人の宣伝使の所在知れざる間は、汝等を疑ふの余地充分なり。早く所在を知らせよ』
固山彦『ここ四五日の猶予を願ひます』
『汝が言ふ如く、真に吾々の為めに、今まで暗々裡に活動せしこと真なりとせば、その所在の知れざる筈なし。返答し得ざるは汝ら帰順せしと偽り、心を合せ、手薄のロッキー城を顛覆せしめむとの悪計ならむ。返答次第によつては容赦し難し。サア早く告げよ』
と稍声をはげまし厳しく問ひ詰められ、二人は蚊々虎および三人の娘に、山中に於て煙と消えられ、その所在を知らず、その返答に苦しみ、顔色を変じ、心中に「サア失敗つたり」と思ひ煩ふ折からに、中門を開いて進み来る照彦は、俄に蚊々虎の姿と変じ、月、雪、花の三人を伴ひて入り来り、
『吾は大自在天大国彦、今は日の出神の旧の家来蚊々虎にて候。月、雪、花と偽つて、三五教を宣伝し、天下を惑す松、竹、梅の女宣伝使を召連れ、この場に引連れ参りたり。一時も早く、日の出神、実検せられよ』
と呼ばはり居る。
 日の出神を始め固山彦、淤縢山津見は、寝耳に水の面持にて互に顔を見合はせ、黙然として控へゐる。照彦は三人の娘を伴ひ、この場にドシドシと現はれ来り、
『ヤア、これはこれは大国彦様、吾こそは旧臣の蚊々虎でございます。漸く三人の宣伝使を尋ね求めて、これに参りました。ここに現れたる固虎彦、淤縢山津見の二人も、この事はよく御存じの筈です。仔細に御調を願ひ奉る』
といふより早く、三人の娘の被面布を取り除けば、一同は思はず、
『ヤア』
と声をあげたまま、黙然と三人の顔を看守つてゐる。暫くあつて、日の出神は三人の娘の顔を熟視した上、
『合点の行かぬ三人の宣伝使、汝は松代姫、竹野姫、梅ケ香姫に相違なきや。去年の冬、常世神王より松、竹、梅の三人なりと申し立て、本城に送り来れる三五教の松、竹、梅の宣伝使に比ぶれば、容貌骨格その他において非常に相違の点あり。汝は果して松、竹、梅に相違なきや』
『妾等は珍の国の城主正鹿山津見神の娘、松、竹、梅の三人に相違これなく候。妾等三人は、未だ嘗て常世城に捕はれし事もなければ、従つて本城に来りし事もなし。何かの間違ひにはおはさずや』
 日の出神は双手を組み、首を傾け思案に沈む。
固山彦『モシ、日の出神様、昨年常世神王より送り来りし松、竹、梅の三人は、御承知の如く何時とはなしにこの警護厳しき中を煙の如く消え去りしは、要するに常世神王広国別が妖術にて、彼は表面貴下に随従する如く見せかけ、密かに天教山に款を通じ、貴下等の計画を根底より覆へさむとするの悪辣なる計略を企みをる者。拙者はその計略の奥の手を存じをれば、広国別に迫つて、その不都合を詰責せし処、広国別は終に兜を脱ぎ、賤しき門番の固虎をして口ふさぎのため重職を授けたるは、全くその奸計の他に洩れざらむがための彼の術策。昨冬松、竹、梅と称したるは、広国別が魔術によつて現はれたる悪狐の所為なれば、必ず御油断あつてはなりませぬ』
と言葉巧に述べ立てたり。
 大自在天大国彦の日の出神はこれを聞くとともに、怒髪天を衝き、
『ヤアヤア逆国別、一時も早く家来を差し向け、常世神王を召捕りかへれ』
と大音声に呼はれば、
『ハイ』
と答へて逆国別はその場に現はれ、日の出神の命のまにまに数百人の部下を引率れ、常世城に向ひ、馬に跨り、あわただしく出張する。
淤縢山津見『日の出神に申上げます。実に油断のならぬは人心、一切の秘密を打明け、御信任浅からざる常世神王の広国別は、かかる腹黒き者とは思はれなかつたでせう。吾々も初めて固虎彦の言葉を聞きまして驚きました。人は見かけによらぬものとは、よく言つたものですワ』
『さうだ、人は見かけによらぬものだ。醜国別が淤縢山津見となつて三五教のウラをかき、広国別が常世神王となつて此方のウラをかき、天教山に款を通ずるのも同じ道理だ。敵の中にも味方あり、味方の中にも敵ありとはこの事だのう』
『私を信じて下さいますか』
固山彦『吾々が日の出神であつたら、容易に信じないなア。ハヽヽヽヽヽ』
淤縢山津見『固虎さま、あまり口が過ぎますよ。あなた、そんな顔して居つて、心の底は天教山の三五教に款を通じてゐるのでせう。アハヽヽヽヽ』
日出神『何だか訳が分らぬやうになつて来た。狐につままれたやうだワイ』


物語10-1-19 1922/02 霊主体従酉 替玉

天津日の光は清く照り渡り、三五の月は大空に隅なきまでに輝けど、曲の企みの薄暗き、常夜の闇の奥殿は、八十の曲霊のたけび声、何処ともなしに洩れ来る。虫が知らすか何となく、心塞がり胸痛む、常世神王広国別は、広国姫と諸共に、黄泉島にと遣はせし、勇将猛卒のあと見送つて、しめじめと不安の念に駆られゐる。
常世神王『アヽ広国姫、日頃股肱と頼む照山彦、中依別、鷹取別などの豪傑は、皆出陣して了つて、何とはなしに拍子抜がしたやうだな。恰度行灯を蹴破つたやうな城内の寂寥、万々一突然に強い敵が攻めて来ようものなら、常世城はまるつきり袋の鼠だ。去年のやうな怪しいことが、又復出て来ようものなら如何することも出来ない。せめて竹山彦だけなりと残して置けばよかつたに』
広国姫『ナンダか妾も不安で堪まりませぬ。昨夜も妙な夢を見まして、大変に心配を致しました。併しながら夢の浮世と云つて、何うなるも斯うなるも、総て運は天に任さねば、吾々が何うすることも出来ませぬ。何だか日々に気が咎めて、天道様から呶鳴りつけらるるやうな心持がして、何時もおどおど心が落着きませぬ』
『ソンナ弱音を吹くな。捨てる神もあれば拾ふ神もある。よいことが来れば又悪いことも来るものだ。黄泉島の戦ひがうまく此方の勝利となれば、この広い世界は伊弉冊命様の自由自在だ。さうなれば、吾々も常世の国ばかりでなく地上の大神王だ』
と夫婦は前途を気づかひ且つ望みを抱きながら、首を鳩めてひそひそ話す折しも、小間使の清姫はこの場に現はれ、恐るおそる両手をつき、
『只今ロッキー城より日の出神の御上使として、逆国別数多の供を引率れ、常世神王に申渡す仔細があると、それはそれは偉い権幕でございます。如何取計らひませうか』
常世神王『ホー、それは吾々にも出陣せよとの御命令だらう。広国姫、其方はわが代理となつて、この常世城を守つて呉れ。御命令とあれば止むを得ない』
広国姫『……………』
清姫『如何御返事を致しませう』
常世神王『笠取別を呼べ』
『ハイ』
と答へて清姫は此の場を立去る。笠取別は庭前の木の植込の間を潜つて慌しく入り来り、沓脱石の前に拝跪して、
『笠取別只今参上仕りました』
常世神王『ホー笠取別か、汝に申付くる事がある。ロッキー城の上使、逆国別に応対を致せ』
『小神の吾々、御上使に向つて申上げる権利がございませぬ』
『アイヤ、今日は汝を宰相に命ずる。鷹取別の代理だ』
『エー、一寸伺ひます。今日だけでございますか。永遠に鷹取別の役を仰付け下さいますのか。臨時なれば平に御断り申します。時の代官、日の奉行では誠に以て心細くて、実を入れて談判する勇気も出ませぬから』
 この時逆国別は大音声、
『ヤアヤア、日の出神の上使逆国別、詮議の次第あつて本城に向つたり。常世神王一刻も早く此場に御出会ひあれ』
笠取別『モシモシ、根つから笠取別に御出会ひあれと申しませぬ。常世神王にと上使が呶鳴つてゐます』
常世神王『その方が代理に出るのだ』
『アヽ私が常世神王の代理ですか。偉いものだな。蝸牛が天上したと云はうか、雪隠の中の糞虫が出世して、羽根が生えて王さまの頭へとまつたと云はうか、蟹彦が将軍になつたやうなものだ。矢張り常世城は常夜の闇だな。これだから骨折損の草臥儲け、力のある正直な奴は皆落されるのだ。俺のやうな上役の威光を笠に被て、蔭でこそこそと下手ばつかりやつて居るものは、斯う云ふ結構なことが出て来るのだ。ドレ是から一つ此方が常世神王になつて、逆国別を眼下に瞰下して呶鳴りつけてやらうかい。又俺の腕はマア斯んなものだと、一泡吹かすのも面白からう』
『オイ笠取別、何をブツブツ言つてゐるか。早く行かぬか』
『行くも行かぬもありますか。鶴の一声、常世神王の代理、貴方は代理を御使ひなさつた以上は、最早御用はない筈、御黙り召され……ヤアヤア、ロッキー城の上使逆国別とやら、常世神王……モシモシ常世神王様、代理だけ一寸ぬかして置きますから、そのおつもりで』
 常世神王は広国姫と共に、黙然として別殿に進み入り様子を考へてゐる。
笠取別『常世神王代理……ではない笠取別……オツトドツコイ広国別、此処にあり。逆国別に拝謁を許す。近う近う』
 逆国別は悠然として此場に現はれ、一揖しながら常世神王の座に、つかつかと上り行く。
笠取別『ヤア御上使、其処は拙者の場席でござる。御退り召され』
逆国別『常世神王、魔術を以て松、竹、梅の三人と偽り、上を欺く不届者、今日只今より常世城を明渡し、且つ此駕籠に乗つてロッキー城に来るべく、早く手を廻せ』
『これは怪しからぬ』
と言ひも終らぬに、四五の供人は逸早く笠取別を高手小手に縛めたり。
笠取別『俺は笠取別だ。繩捕恨めしい。笠取も恨めしいワイ。俺は常世神王ぢやない。家来の家来のその家来だ。今一寸臨時に神王になつて見たのだ。俺を縛るよりも本当の常世神王を縛つて呉れ』
逆国別『如何に巧に吾を欺かむとするも、此方の眼力に依つて、一眼睨んだ以上は、その方は擬ふ方なき広国別、常世神王だ。ヤアヤア、家来共、文句は聞くに及ばぬ。早く駕籠に打込めよ』
『ホーイ』
と答へて、無理無体に駕籠に捻込み、
逆国別『サア、斯うなればもう大丈夫、常世城の明渡しは追つての事、一時も早く本城へ立帰らむ』
と馬に跨り、数多の家来を引率れて、ロッキー城指して意気揚々と帰り行く。


物語10-1-20 1922/02 霊主体従酉 還軍

 善を退け、悪を勧め、天地の道に逆国別の上使は、虎の威を借る野狐の、意気揚々として主人を笠に威張り散らす笠取別の贋物を、これこそ真の神王と思ひ誤り、唐丸駕籠に投げ入れ、勝鬨揚げて悠々と駒に跨り、数多の軍勢を引連れて、帰城の途にぞ就きにける。
 常世城の門番高彦は、
『オイ倉彦、常世神王様は科人の乗る唐丸駕籠に乗せられて、ロッキー城へ召連れて行かれたぢやないか。大変な事が起つて来たものだのう。かうなると吾々も門番をして居つても気が気ぢやないね。主人の留守の門番も、何だか影が薄いやうな気がして威張り甲斐がないぢやないか』
『そんな事はどうでもよいワ。飲めよ騒げよ一寸先は闇だ、闇の後には月が出る、と云ふからには、常夜の闇もいつしか晴れる事があるよ。まあまあ此閂を吾々は確りと守る事だ。まアよく考へて見よ、この城内には、豪い奴は皆黄泉島へ出陣して仕舞つて、本当に人物払底だ。オイ、一つ物は相談だが、これから倉彦は、唯今限り門番を廃業して常世神王になるのだなあ。さうして貴様が鷹取別になれ』
『馬鹿にするない。貴様が家来だ』
と囁いて居る。又もや門の戸を手厳しく打叩く。
高彦『オイオイ、また来たぞ来たぞ。今度は気をつけぬと吾々を連れて行くかも知れないぞ。貴様望み通り常世神王になつてフン縛られて連れて行かれるとよいワ』
倉彦『ヤア、常世神王はもう廃業だ』
 門外には人馬の物音物凄く聞えゐる。
『ヤアヤア、吾は常世神王の従臣、竹山彦なるぞ。この門速に開けよ』
倉彦『オイ、黄泉島へ出陣したと思つた竹山彦が帰つて来よつたぞ。こりやきつと敗軍ぢやな』
高彦『まア何でもよい。早く開かうかい』
と二人は立つて閂を外し、左右に門を開いた。竹山彦は雲霞の如き大軍を率ゐて、威風堂々と入り来り、奥へ奥へと進み入る。
 常世神王夫婦は、青息吐息思案に暮るる折しも、竹山彦の帰り来りしと聞きて合点ゆかず、四五の侍臣と共に本殿に現はれ来り、竹山彦に拝謁を許した。竹山彦は威勢よく神王の前に座を占めたり。
常世神王『汝は竹山彦に非ずや、黄泉島に出陣せしに非ざるか。然るに中途に帰り来れるは其意を得ず、これには深き仔細のあらむ』
竹山彦『御不審御尤もなれど、ロッキー城には悪人多く、常世神王様を陥害せむとする者現はれたるを中途にて探知し、容易ならざる一大事と、常世城の軍卒を残らず召連れて帰りたり。軈て以下の諸将も各自部下を引き連れて帰り来るべし。かくなる上は吾々は常世城を固く守り、ロッキー城の守り少くなりしを幸ひ、一挙に攻め寄せて、日の出神を捕虜にし、神王の禍を殲滅せむ。アヽ面白し面白し』
『ヤア、遉は竹山彦、好い所へ気がついた』
 かかる折りしも、門前またもや騒々しく、矢叫びの声、鬨の声、手に取る如く聞え来る。これは常世城の勇将猛卒一人も残らず帰城したる叫び声なりけり。
 これより常世神王は、将卒の帰りしに力を得て、ロッキー城に攻寄せる事となりぬ。ロッキー城に於ては、この様子を聞き大いに驚き、黄泉島に向ふ軍卒の一部を割きて、急ぎ帰城せしめ、防禦に全力を尽したるにぞ、そのために黄泉島の兵力は、その大半を削がるるに至れり。


物語10-1-23 1922/02 霊主体従酉 神の慈愛

 大国姫命は、武虎別と共に、此場の怪しき光景に胆を奪はれ、呆然として何の辞もなく佇み居る折しも、日の出神と称する大自在天大国彦は、四五の従者と共に此の場に現はれ来り、
『ヤア、ロッキー城は大変な事が起つて来た。常世城常世神王、数多の軍勢を引連れ叛逆を企て、味方に於ては淤縢山津見、固虎彦を以て之に当らしめ居れども、始終の勝利は覚束なし。汝大国姫、今より秘かに黄泉島に渡り伊弉冊尊と称して出陣し、味方の士気を鼓舞し以て大勝利を博し、神軍を追払へよ。然らば如何に広国別勢猛く攻め来るとも、汝が武威に恐れて忽ち降服せむ。本城に立籠り、暗々広国別に滅ぼされむは策の得たるものに非ず。吾は是より本城に止りて、寄せ来る敵を待ち討たむ。汝は一時も早く黄泉島に向へ』
大国姫『委細承知仕りました。併しながら怪事多き此城中、十二分の御注意あれ』
と言ひ棄て、天の磐船に乗りて天空を轟かしながら、四五の従兵と共に、黄泉島に向つて急ぎ進み行く。
 この時又もや門外騒がしく、淤縢山津見は、固山彦と共に周章しく入り来り、
『日の出神に申上げます。ロッキー城は、最早刀折れ矢尽き、遂に敵の占領する所となりました』
日出神『エヽ腑甲斐なき奴輩奴。吾は是より広国別の軍に向ひ勝敗を決せむ。淤縢山津見、固虎、吾に続け』
と言ひながら、駿馬に跨り、威風凛々として少数の軍卒を率ゐ、ロッキー山城を後に見て、ロッキー城に向つて駆けつくる。
 ロッキー城に致り見れば、表門は開放され、一人の敵軍もなければ味方の影もなし。贋日の出神は怪しみながら、将卒を率ゐて四方に心を配りつつ奥深く進み入る。見れば、狐の声四方八方より、
『狐々怪々』
 寂として人影もなし。
日出神『合点の行かぬ今の鳴声。アイヤ、淤縢山津見、固虎彦、残る隅なく捜索せよ』
淤縢山津見『オー、吾こそは三五教の宣伝使、今まで汝が味方と云ひしは、汝の悪逆無道を懲さむ為なり。サア、斯くなる以上は尋常に降服するか』
『エヽ』
固山彦『汝は日の出神と名を偽り、ロッキー城に立籠り、神界の経綸を根底より破壊せむとせし悪鬼羅刹の張本、斯くなる以上は、隠るるとも逃ぐるとも、最早力及ばぬ。覚悟を致せ』
日出神『ヤー残念至極、大国姫は黄泉島に向つて進軍し、部下の勇将猛卒は、或は出陣し或は遁走し、今はわが身一つの、如何とも術なし。サア、汝等斬るなら斬れよ、殺すなら殺せよ』
淤縢山津見『アイヤ贋日の出神、よつく聴け。天地の神明は愛を以て心となし給ふ。吾々人間として如何ともなし難きは空気と水と死とである。死するも生くるも神の御心だ。徒に汝が如き命を奪ひて何の効かあらむ。仮令肉体は死するとも、汝の霊は再び悪鬼となりて天下に横行し、妖邪を行ふは目に見るが如し。吾は汝の生命を奪ひて以て事足れりとなすものでない。汝が霊魂中に割拠せる悪霊を悔い改めしめ、或は退去せしめ、改過遷善の実を挙げさせむと欲するのみ。三五教は汝らの主張の如き、武器を以て人を征服し、或は他国を略奪するものにあらず。至仁至愛の神の教、よつく耳を洗つて聴聞せよ』
『オー、小賢しき汝の言葉、聞く耳持たぬ。斯くなる以上は最早吾等の運の尽、鍛へに鍛へし都牟刈太刀を味はつて見よ』
と言ふより早く、太刀をズラリと引き抜いて、淤縢山津見、固山彦に斬つて掛かるその勢凄じく、恰も阿修羅王の荒れ狂ふが如し。淤縢山津見、固山彦は剣の下をくぐり、一目散に表門指して逃げ出す。
日出神『ヤア、卑怯未練な奴。ナゼ尋常に勝負を致さぬか』
固山彦『エヽ残念だ、淤縢山津見さま、如何に三五教の玉の教なればとて、斯の如き侮辱を受けながら、旗を捲き鋒を納めて、この場を逃ぐるは卑怯と見られませう。変事に際して剣の威徳を現はすは、神も許し給ふべし』
淤縢山津見『イヤイヤ、至仁至愛の神の心を以て吾は此場を逃ぐるなり。竜虎共に戦はば勢ひ互に全からず。彼を斬るか、斬らるるか、彼も神の子、吾も神の子、神の御子同士傷つけ合ふは、親神に対して申訳なし。暫く彼が鋭鋒を避けて、更めて時を窺ひ悔い改めしめむと思ふ』
『エヽ三五教は誠に以て行り難い教であるワイ』
と地団駄踏んで口惜しがる。日の出神は見え隠れに後をつけ来り、この話を聞いて大いに驚き、思はず、
『ワツ』
とばかり泣き伏しにける。
固山彦『ヤア、なんだか暗がりに泣声が致しますよ』
淤縢山津見『さうだなア、何だか妙な泣声だ、よく似た声だ。ヤア、暗中に泣き叫ぶは何人なるぞ』
 暗中より、
『私は日の出神と名を偽つた大国彦であります。只今貴方の仁慈に富める御言葉を聞いて、感涙に咽び思はず泣きました。私は今迄の悪を翻然として悔い改めます。どうぞ御赦し下さいませ』
淤縢山津見『ホー、満足々々、斯くならば敵も味方もない、全く兄弟だ。兄弟を助けたさに、吾は宣伝使となつて苦労を致して居るのだ。貴方の知らるる如く、吾も旧は大逆無道の醜国別、神の仁慈の雨に浴し、悔い改めて宣伝使となりし者、かくなる上は貴下と共に是より常世城に進み、常世神王広国別を神の教に帰順せしめむ』
固山彦『ヤア、流石は淤縢山津見さま、本当に感心だ。実地の良い教訓を受けました。サアサア日の出神……ではない大国彦殿、これより常世城に向ひませう』
 嚇し上手の淤縢山津見、固い一方の固山彦、目から火の出る日の出神の、意外な憂目に大国彦、今は全く悔い改めて、心の駒も勇み立ち、三人一同に連銭葦毛の駿馬に跨り、魔神の猛る常世の暗の常世城、群がる敵を物ともせず、神を力に信仰を杖に、生死の境を超越し、勇気を鼓して敵の群衆に向つて、馬の蹄の音勇ましく、ハイヨーハイヨと鞭を加へて進み行く。
 竹山彦その他の部将は、この光景を見て、抵抗するかと思ひの外、馬上より、
『ヤア、大国彦命、ウローウロー、目出度しめでたし、一時も早く奥殿に入らせられよ』
と案に相違の挨拶ぶり、大国彦は怪訝の念に駆られながら、淤縢山津見、固山彦と共に、馬上ゆたかに奥へ奥へと進み行く。今まで雲霞の如き大軍と見えしは、夢幻と消え失せて跡形もなく、奥殿には嚠喨たる音楽響き渡り爽快身に迫る。一同は奥の間に端坐し、天津祝詞を奏上し宣伝歌を唱ふ。
 是よりロッキー城も常世の城も、十曜の神旗翻へり、神徳を讃美する声天地に響き、常世国は一時天国楽園と化したるぞ目出度けれ。


物語10-1-26 1922/02 霊主体従酉 貴の御児

神の御稜威も弥高く、恵みも深き和田の原、抜き出て立てる不二の山、雲を摩したる九山八海の、神の集まる青木ケ原に、黄泉軍を言向けて、凱旋したる神伊弉諾大神は、上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱しと詔り玉ひ、初めて中瀬に降潜きて、美はしき身魂を滌ぎ、選り分け各々の司の神を定め給へり。
 大国彦を八十禍津日神に命じ、美山別、国玉姫、広国別、広国姫をして、八十禍津日神の神業を分掌せしめ給ひ、次に淤縢山津見をして大禍津日神に任じ、志芸山津見、竹島彦、鷹取別、中依別をして、各その神業を分掌せしめ給ひぬ。大禍津日神は悪鬼邪霊を監督し或は誅伐を加ふる神となり、八十禍津日神も亦各地に分遣されて、小区域の禍津神を監督し、誅伐を加ふる神となりぬ。(詳しき事は言霊解を読めば解ります)


物語11-4-23 1922/03 霊主体従戌 保食神

 黄泉比良坂の戦に、常世の国の総大将大国彦、大国姫その他の神人は、残らず日の出神の神言に言向け和され、悔い改めて神の御業に仕へ奉ることとなりたり。そのため八岐の大蛇や金毛九尾の悪狐、邪鬼、・醜女、探女の曲神は、暴威をたくましうする根拠地なるウラル山に駈け集まり、ウラル彦、ウラル姫をはじめ、部下に憑依してその心魂をますます悪化混濁せしめ、体主霊従、我利一ぺんの行動をますます盛んに行はしめつつありたり。悪蛇、悪鬼、悪狐等の曲津神はウラル山、コーカス山、アーメニヤの三ケ所に本城をかまへ、ことにコーカス山には荘厳美麗なる金殿玉楼をあまた建てならべ、ウラル彦の幕下の神人は、ここにおのおの根拠を造り、酒池肉林の快楽にふけり、贅沢の限りをつくし、天下をわが物顔に振るまふ我利々々亡者の隠処となりてしまひぬ。かかる衣食住に贅をつくす体主霊従人種を称して、大気津姫命と言ふなり。


物語14-99-1 1922/03 如意宝珠丑 跋文

三千世界も仏教中の用語であり、艮の金神も神道の語ではない。須弥仙山は仏教家の最も大切にして居る霊山である。またミロク菩薩とか竜宮とか竜神とか、天子とか、王とか現はれて居るのは、悉く仏教の語を籍りて説かれたものであります。故に筆先にある王とは、八大竜王及諸仏王の略称であり、天子と云へば明月天子、普香天子、宝光天子、四大天王その他諸天子、諸天王の略称であることは勿論であります。自在天子、大自在天子、梵天王、その他王の名の付いた仏は沢山にあり、仏も神も同一体、元は一株と説いてある。また大自在天子のその眷属三万の天子と与に倶なりとあるを見れば天子とは即ち神道にて云ふ神子又は神使であります。要するに、神の道、仏の道に優れたる信者の意味になるのであります。天子は、また天使エンゼルとキリスト教では謂つて居ます。大本の筆先は教祖入道の最初より仏教の用語で現はせられたのであるから凡て仏教の縁に由つて説明せなくては、大変な間違ひの起るものであります。王仁は弥勒菩薩に因める五百六十七節を口述し了るに際し、仏教に現はれたるミロク菩薩の位置を示すと同時に筆先は一切仏の用語が主となりて現はれて居ることを茲に説明しておきました。


物語15-1-1 1922/04 如意宝珠寅 破羅門

 神の御言は常世国 大国彦の末の御子
 大国別を神の王と 迎へまつりて埃及の

 此メソポタミヤは一名秀穂国と称へ、地球上に於て最も豊饒なる安住地帯なり。羊は能く育ち、牛馬は蕃殖し、五穀果実は無類の豊作年々変る事無き地上の天国楽園なり。世界は暗雲に包まれ、日月の光も定かならざる時に於ても、この国土のみは相当に総ての物生育する事を得たりと云ふ。西にエデンの河長く流れ、東にイヅの河南流して、国の南端にて相合しフサの海に入る。八頭八尾の大蛇、悪狐の邪霊は、コーカス山の都を奪はれ、随つてウラル山、アーメニヤ危険に瀕したれば、ウラル彦、ウラル姫は、遠く常世国に逃れ、茲に大自在天大国彦の末裔大国別、醜国姫の夫婦をして、埃及のイホの都に現はれ、第二のウラル教たる婆羅門教を開設し、大国別を大自在天と奉称し、茲に極端なる難行苦行を以て、神の御心に叶うとなせる教理を樹立し、進んでメソポタミヤの秀穂の国に来り、エデンの園及び顕恩郷を根拠としたりける。それが為に聖地エルサレムの旧都に於ける黄金山の三五教は忽ち蚕食せられ、埴安彦、埴安姫の教理は殆ど破壊さるる悲境に陥りたるなり。
 茲にコーカス山に坐ます素盞嗚神は、日の出神、日の出別神をして、ハム族の樹立せる婆羅門教の邪神を帰順せしめむとし給ひ、霊鷲山より現はれたる三葉彦命の又の御名広道別の宣伝使太玉命は、松代姫をコーカス山に残し、夜を日に継いでエデンの河上に現はれ、エデンの花園を回復して根拠とし、ハム族の侵入を防がしめむとし給ひ、太玉命は安彦、国彦、道彦の三柱と共に、エデンの園に宮殿を造り、ハム族の侵入に備へ居たり。されど河下の顕恩郷は遂に婆羅門教の占領する所となり了りぬ。ここに太玉命は、その娘照妙姫をエデンの花園に残し置き、安彦、国彦、道彦を引連れて、顕恩郷の宣伝に向ひたり。この安彦と云ふは弥次彦の改名、国彦は与太彦の改名、道彦は勝彦の改名せし者なり。
 婆羅門の教は、一旦日の出神と偽称したる大国彦の子にして、大国別自ら大自在天と称し、難行苦行を以て神の心に叶ふものとなし、霊主体従の本義を誤解し、肉体を軽視し、霊魂を尊重する事最も甚しき教なり。此教を信ずる者は、茨の群に真裸となりて飛び込み、或は火を渡り、水中を潜り、寒中に真裸となり、崎嶇たる山路を跣足のまま往来し、修行の初門としては、足駄の表に釘を一面に打ち、之を足にかけて歩ましむるなり。故に此教を信ずる者は、身体一面に血爛れ、目も当てられぬ血達磨の如くなり、斯くして修行の苦業を誇る教なり。八頭八尾、及び金毛九尾、邪鬼の霊は、人の血を視ることを好む者なれば、霊主体従の美名の下に、斯の如き暴虐なる行為を、人々の身魂に憑りて慣用するを以て唯一の手段となし居るが故に、此教に魅せられたる信徒は、生を軽んじ、死を重んじ、無限絶対なる無始無終の歓楽を受くる天国に救はれむ事を、唯一の楽みとなし居るなり。如何に霊を重んじ体を軽んずればとて、霊肉一致の天則を忘れ、神の生宮たる肉体を塵埃の如く、鴻毛の如くに軽蔑するは、生成化育の神の大道に違反する事最も甚だしきものなれば、この教にして天下に拡充せられむか、地上の生物は残らず邪神の為に滅亡するの已むを得ざるに至るべく、また婆羅門教には上中下の三段の身魂の区別を厳格に立てられ、大自在天の大祖先たる大国彦の頭より生れたる者は、如何なる愚昧なる者と雖も庶民の上位に立ち、治者の地位に就き、又神の腹より生れたる者は、上下生民の中心に立ち、準治者の位地を受得して、少しの労苦もなさず、神の足より生れたりと云ふ多数の人民の膏血を絞り、安逸に生活をなさむとするの教理なり。多数の人民は種々の難行苦行を強ひられ、体は窶れ或は亡び、怨声私かに国内に漲り、流石の天国浄土に住み乍ら、多数の人民は地獄の如き生活を続くるの已むを得ざる次第となりける。邪神の勢は益々激しく、遂にはフサの国を渡り、印度の国迄もその勢力範囲を拡張しつつありしなり。


物語15-1-9 1922/04 如意宝珠寅 薯蕷汁

 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、
『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』
と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。


物語21-4-17 1922/05 如意宝珠申 酒の息

アルプス教の仮本山と聞えたる、高春山の山巓の岩窟に数多の部下を集めて、大自在天大国別命の神業を恢興せむと、捻鉢巻の大車輪、心胆を練つて時を待ち居るアルプス教の教主鷹依姫は、額の小皺を撫で乍ら、長煙管をポンとはたき、股肱の臣なるテーリスタン、カーリンスの二人を膝近く招き、口角泡をにじませ乍ら、


物語24-2-5 1922/07 如意宝珠亥 蘇鉄の森

 高姫は腮をシヤクリ、
『きまつた事だよ。見当の取れぬお仕組と、変性男子が仰有つたぢやないか。此事分りて居る者は世界に一人よりない……とお筆に現はされて居るだらう。お前達に誠の仕組が分りたら、途中に邪魔が這入りて、物事成就致さぬぞよ。オホヽヽヽ』
と大きう肩を揺つて雄叫びする。蜈蚣姫は眉毛にそつと唾をつけて素知らぬ顔……
『モシ高姫さま、貴女は大自在天様の御眷族の生宮だと仰有るかと思へば、日の出神の生宮とも仰有る様だし、実際の事は何方の守護神がお懸りなのですか』
『変幻出没千変万化、自由自在の活動を遊ばす大自在天様の御守護神だから、時あつて日の出神と現はれ、又大国別命の眷族……実際の所は大黒主命の御守護が主なるものです』
『日の出と大クロと………大変な懸隔ですなア。蜈蚣姫には、善悪の区別が全く裏表の様に思へますワ』
『お前さまにも似合はぬ愚問を発する方ですなア。顕幽一致、善悪不二、裏があれば表があり、表があれば裏がある。表裏反覆常なき微妙の大活動を遊ばすのが真の神様ぢや。馬車馬的の行動を取る神は、畢竟人を指揮する資格の無いもの、妾等は大黒主命の生宮たる以上は、すべての神人を、大自在天様に代はつて、指揮命令する特権を惟神に具備して居る。所謂日の出神の岩戸開きの生宮で御座る。神はイロイロとして心を曳くから引掛戻しに懸らぬ様に御用心をなされませ』
『何時の間にやら、貴女も顕恩城の信者に化け込んで居られた時とは、口車が余程運転する様になりましたなア。蜈蚣姫も感心致しましたよ』
『化け込んだとはソラ何を仰有る。誠正直生粋の日本魂で大自在天様を信仰して居りました。ウラナイ教と謂つても、三五教と言つてもバラモンでもジアンナイ教でも、元は一株、天地根本の大神様に変りはない。併し乍ら今日の所ではお前さまの奉ずるバラモン教の行方が一番峻酷で、不言実行で、荒行をなさるのが御神慮に叶ふと思つたから、国城山でお目に掛つてより、層一層バラモンが好になつたのですよ。サアサア斯うなれば姉妹も同様、一時も早く所在を探しに参りませう』


物語30-1-1 1922/08 海洋万里巳 主従二人

 常世の国に現れませる 常世神王自在天
 大国彦を主神とし バラモン教を開きたる
 大国別の神司 万里の波を乗越えて
 埃及国に出現し イホの都にバラモンの
 教の射場を築き上げ 一時は旭の昇る如
 教の光も四方の国 輝き渡れどバラモンの
 神の教は人草の 生血を見ねば治まらぬ
 残虐無道の荒修業 入信したる信徒は
 霊主体従の名の下に 釘の打ちたる足駄履き
 裸となりて茨室 飛び込み体をかき破り
 或は猛火の中に入り 水底潜りさまざまと
 怺へ切れない苦みに 一度寄り来し信徒も
 悲しみもだえ日に月に 何時とはなしに逃げ去りて


物語30-5-21 1922/08 海洋万里巳 神王の祠

キジ『モシモシ、何処の御方か知りませぬが、大変な御信仰で御座いますな。此お社は、常世神王様の御神霊が御祀り申してあると云ふことで御座いますれば、貴女がここへ御参りになつてることを思へば、大方ウラル教の御方でせうネ。かよわき女の只一人、此高山の祠に詣でて御祈りをなさるのは、何か深き御様子のある事と御察し申します。吾々の力に及ぶ事なれば、何とかして御相談に乗つてあげたいと思ひますが、どうか御差支なくば、大略丈なりとお話下さいませ。及ばず乍ら御力になりませう』

(中略)

『ハイ、私はアラシカ山の山麓に住居いたすエリナと申す者で御座います。私の父は、ウラル教の宣伝使でエスと申しますが、一ケ月以前に三五教の宣伝使様が御立寄りになり、いろいろと尊きお話を父と共に、夜中遊ばした結果、父も非常に喜びまして、四五日の間其宣伝使を吾家に止めおき、ウラル教の信者にも三五教の美点を説き聞かせ、神様の御神徳を受けて、大変に喜び勇んで居りました。所が此事忽ち日暮シ山の岩窟に聖場を立ててウラル教をお開き遊ばす、云はばヒルの国に於けるウラル教の総大将、ブールの教主の耳に入り、至急吾父のエスに参れとの御使、父は喜び勇んで、其霊地へ参りましたが、其後は何の音沙汰もなく非常に母と共に心配を致して居りましたが、四五日前にウラル教の宣伝使が尋ねて来られ、エスさまは三五教の宣伝使を自宅に宿泊させ其上ウラル教の信者に対して三五教を説き勧めたと云つて、日暮シ山の岩窟内の暗き水牢に投げ込まれ、大変な苦しみを受けて居られる、お前達も妻子たる廉を以て、何時召捕りに来るかも知れないから、気を付けよと、秘密に知らして呉れた親切な方がありました。母はそれを聞くより忽ち癪気を起し、重き病の床に臥し、日に日に体は弱り果て、見る影もなく痩衰へ、一滴の水も食物も喉を越さず、此まま死を待つより外に途なき悲運に陥つて居ります。それ故私はウラル教の教祖常世神王様の祠に日々詣でまして、父の危難を救ひ、母の病気を助け玉へと、祈つて居るので御座います』


物語31-1-1 1922/08 海洋万里午 主一無適

『三五教の大神国治立命様、常世神王様、何卒々々父の危難を遁れさせ玉へ、母の難病を今一度救はせ玉ひて、夫婦親子が仮令一日なり共、嬉しく楽しく、互に顔を見合せ、恵の露にうるほひまする様……』
と、我れを忘れて祈願を凝らし居る。されどエリナの心中は未だ主一無適の精神には成り得ず迷ひあり。其理由は、国治立命は果して善神なりや? 但は常世神王の方が善神なるや? 国治立神を念じなば、常世神王の神怒に触れて、益々母の病は重り、父の大危難は愈深くなり行くには非ざるかとの疑念が、頭脳の中に往来しゐたるが故なり。
 国依別はエリナの心の中を推知し、四五日茲に逗留して、いろいろ雑多と善悪不二、顕幽一本の真理を説き諭したれども、父母の災厄に周章狼狽したる若き娘の事とて、千言万語を尽しての国依別の教示も、容易に頭に入らず、唯一日も早く父の危難を救はれ、母の重病の癒やされむことにのみ余念なく、一心不乱になり乍ら、信仰上の点に於て非常に迷ひ苦しみ居たり。それ故に神徳充実したる国依別命の鎮魂も、言霊も功験を現はすには至らざりける。
 凡て信仰は迷ひを去り、雑念を払ひ、理智に走らず、只何事も神意に任せ奉り、主一無適の心にならなくては、如何な尊き神人の祈念と雖も、如何に権威ある言霊と雖も、容易に其効の顕はれざるは当然なり。要するにエリナの信仰は二心にして、悪く言はば内股膏薬的信仰に堕し居たり。幼少の頃より宇宙間に於て常世神王に優る尊き神はなく、又常世神王に勝るべき権威はなし、万一常世神王の忌憚に触れむか、現界は云ふも更、霊界に於ても無限の苦しみを受け、且つ厳罰に処せらるべしとの信仰を深く心の底より植ゑ付けられ居たるが故に、誠の神の教を喜びて聴聞し乍らも、不安の雲に包まれ、煩悶苦悩を続け居たるなりける。
 国依別は容易にエリナの信仰の動かざるを悟り、且つ彼の母の病気は到底救はれざることを悟りて、いよいよ此処を立去り、ヒルの都に向う決心なしたりける。
 国依別はエリナに向ひ、
『エリナさま、永らく御世話になりましたが、貴女の御信仰は何うしても徹底致しませぬ。それも無理のなき事でせう。就いてはお母アさまの御病気も最早絶望ですから、其お積りで居て下さい。又エスさまを救ひ出さむとして、日暮シ山の霊場に向つたキジ公、マチ公の両人が未だ帰つて来ないのも、何か神界に於て深き思召しのある事でせう。父を救ひ、母を救はむとのあなたの真心は実に感服の至りですが、斯かる場合には、あなたの日頃信ずる常世神王様に、主一無適の真心を捧げて御願ひなさる方が却て御神力が現はれるでせう。三五教の主神国治立命様は、あらゆる万民の苦みを助け下さる有難き神様なれど、あなたの信念力が二つに割れて居りますから、神様も救ひの御手を伸べさせ玉ふ事が出来ませぬ。斯う申せば、国治立神は余程気の狭い偏狭な神様だと思はれるでせうが、決して左様な不公平な神様ではありませぬ。只あなたが神様は元は一株だから、常世神王様を念じても、国治立の神様は決して御怒りなく、又国治立命を何程一心に念じたとて、常世神王様が御立腹遊ばすものでないと云ふ事が御分りにならなくては、信仰は駄目です。神様の方では左様な小さい障壁や区画はありませぬが、貴女の心の中に区画をつけたり深き溝渠を穿つたり、いろいろと煩悶の雲が包んでゐるから、何程神様が御神徳を与へやうと思召しても、お前さまの方に感じないのだから仕方がありませぬ。それ故あなたの最も信ずる、常世神王様に御祈願をなさつた方が、却て御安心でせう。私は是から御暇を致します。ここ暫くの間は、ヒルの都の楓別命の神館に逗留の考へで厶いますから、御用があつたら、国依別と云つてお訪ね下さいませ。何時でもお目にかかります。又幸ひにエスさま始めキジ、マチの両人が帰つて来られたら、国依別はヒルの都に逗留して居るからと、伝言を願ひます。左様ならばエリナさま、御病人様を大切になさいませ』


物語36-1-1 1922/09 海洋万里亥 二教対立

序に島といふのはシは水であり、マは廻る言霊である。故に古は島には人の家もなく、又人類の棲息せざりしものの称へであつた。然乍此物語にも高砂島、筑紫島、自転倒島などと島の名義を以て呼んでゐるのは、此言霊の意義より言へば実に矛盾せし如く聞ゆるであらう。さり乍ら、今日の称呼上分り易きを尊んで、現代的に島と称へた迄である。其実はシロといつた方が適当なのである。
 我国の武家が頭を上げてから、各地に群雄割拠し、各自に居城を作り、其武威を誇つた其城廓及び境域を総称して城といつたのも、館の周囲に堀を穿ち、水をめぐらしたから城と云うたのである。偶には山の上に館を建てて城と呼んでゐる変則的のものもあつた。故に之を特に山城といつて、山の字を冠してゐたのである。又島といふ字は漢字で山扁に鳥を書き、又山冠に鳥を書いてシマと読ましてあるのは、海島に数多の鳥族が棲息してゐたからである。筑紫の島とか、オーストラリア島とかいふのは、三水扁に州と書いて、現代用ゐて居る。之は字義の上からは最も適当な称呼である。此シロの島は後世、釈迦が現はれて、仏教を起す迄は、殆どバラモン教の勢力の中心となつて居たのである。後世のバラモン教は、すべての人間は大自在天の頭より生れた種族と、胴から生れた種族と、足から生れた種族と三種あるといふ教理が、深く国人の脳髄に浸み込み、頭より生れたりと称する種族は所謂此国の貴族にして、人民の頭に立ち、遊逸徒食にのみ耽り乍ら、之を惟神の真理と誤信してゐたのである。又大自在天の胴から生れた階級人は、すべて人民の上に立ち、政治を行ふ治者の地位にあつた。又足から生れたと称せらるる階級に属する民族は、営々兀々として朝暮勤労に服し、上級民族の殆ど衣食住の生産機関たるの観をなして居た。


物語36-2-10 1922/09 海洋万里亥 岩隠れ

『常世の国の自在天  大国彦の裔の子と
 生れ出でたる吾こそは  国別彦の神司
 イホの都をやらはれて  メソポタミヤの顕恩郷
 鬼雲彦と諸共に  教を伝ふる折柄に
 三五教の神司  太玉神が現はれて
 善言美辞の言霊を  放ちたまへばバラモンの
 大棟梁と僣称する  鬼雲彦はおぢ恐れ
 其醜体を暴露して  いづくともなく逃げ失せぬ
 大国別の子と現れし  幼き吾を奇貨となし
 朝な夕なに虐げて  暴威を振ひし天罰の
 誡めこそは畏ろしき  吾は夫より顕恩の
 郷を逃れてフサの国  月の国をば逍遥し
 あらゆる山河を跋渉し  千辛万苦を忍びつつ
 ボーナの海峡打ち渡り  錫蘭の島根に安着し
 沐雨櫛風の難をへて  漸くここにバンガロー
 神地の都に進み入り  御祖の神の開きてし
 バラモン教を遠近と  布き拡めたる甲斐ありて
 万民悉悦服し  遂に推されて王となり
 サガレン王と呼ばれつつ  ケールス姫と諸共に
 神の教や祭り事  朝な夕なに大神に
 誓ひて仕ふる折もあれ  雲を起して下り来る
 醜の曲津の竜雲が  剣の舌に屠られて
 姫は全く捕虜となり  吾に向つてウラル教
 信仰せよと責め来る  あゝ惟神々々
 大国彦大神の  御裔とあれし吾身魂
 如何でかウラルの御教に  仕へまつらむ事を得む
 神の怒りもおそろしと  心を極めて唯一人
 教を守り居たりしが  魔神の勢ひ日に月に
 栄え来りて今此処に  吾はつれなき草枕
 寄る辺渚の捨小舟  頼む蔭とて立ちよれば
 猶袖ぬらす常磐木の  松の下露冷たけれ
 さはさりながら皇神の  恵の露は乾かずに
 吾身を霑したまひつつ  テームス、エームス両人が
 誠忠無比の真心に  漸く危難を助けられ
 此身一つはやすらかに  此処迄落のび来りけり
 思へば思へば有難や  三五教を奉じたる
 テーリス、エームス両人が  われに仕へし時よりも
 バラモン教を奉じつつ  心の中は麻柱の
 誠一つを立て通し  吾を助けて今此処に
 誘ひ来りし真心は  天地の神も明かに
 知ろしめすらむ惟神  神の御前に真心を
 捧げて感謝し奉る  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  魔神は如何に猛るとも
 誠の力は世を救ふ  誠一つを立て通し
 唯身を神に打任し  過去を憂へず将来を
 案じ過さず今のみを  やすく守りて神の道
 この瞬間に善を云ひ  善を行ひ善思ふ
 これぞ天地の神の子と  生れ出でたる人の身の
 朝な夕なに慎みて  尽しまつらむ道ならめ
 あゝ惟神々々  神の御霊の幸はひて
 松浦の里に至るまで  如何なる曲もさはりなく
 心平にやすらかに  進ませたまへ惟神
 国治立大御神  大国彦大神の
 御前にかしこみねぎまつる  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』


物語36-3-17 1922/09 海洋万里亥 一目翁

シール『オイ、チツと酒でも聞し召したら如何だい。斯う四辺暗雲に包まれ、蒸し暑き無風地帯にあつては、やり切れないぢやないか。ドツと奮発して鯨飲馬食と洒落て、暑さを凌がうぢやないか。ウラル教の古い教にも……飲めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る……と云つてあるからにや、酒さへ飲めば屹度御神慮に叶つて、大空の陰鬱の雲も晴れ、涼風颯々として面を吹き、天青く日は清く、天の岩戸開きが出来るであらうよ。酒なくて何の己がナイスかなだ。何程立派なナイスの給仕でも、飯ばつかりでは機まないからな。酒は百薬の長だ、酒はやつこすだ。薬師如来だ、般若湯だ、甘露水だ、釈迦だ、イエスだ。吾等を天国に救ふ大救世主は盤古神王でもなければ常世神王でもない。飲めば直に心浮き立ち、天国を自由自在に逍遥せしめ給ふ酒の神様だ。現実に天国に救ひ下さる神様は吾前に出現ましますぞよ』


物語38-1-2 1922/10 舎身活躍丑 吉崎仙人

 丹波何鹿郡東八田村字淤与岐といふ、大本に因縁深き木花咲耶姫命を斎られたる弥仙山のある小さき村に、吉崎兼吉といふ不思議な人があつて、自ら九十九仙人と称してゐる。
 彼は七才の時、白髪異様の老人に山中に出会ひ種々の神秘を伝へられてから、其言行は俄然一変し、日夜木片や竹の端等にて、金釘流の筆先を書きあらはし、天のお宮の一の馬場の大神様の命令を受けて、天地の神々に大神の神勅を宣伝するのを以て一生の天職となし、親族、兄弟、村人よりは発狂者と見做され、一人も相手にする者がない、それにも屈せず、仙人は自分の書く筆先は、現代の訳の分らぬ人間に宣教するのではない、宇宙の神々様に大神の御心を取次ぐのであるから、到底人間の分際として、自分の書いたことが紙一枚だつて、分るべき道理がないのだと云つてゐる。二十五六才の頃から郷里の淤与岐を立出で、口上林村の山奥に忍び入り、平素は樵夫を職業となし、自分一人の食ふ丈のものを働いて拵へ、チツとでも米塩の貯へが出来ると、それが大方なくなるまで、山中の小屋に立こもつて、板の引わつたのに竹の先を叩き潰して拵へた筆で神勅を書きあらはし、日当りのよい場所を選んで、大空を向けて斜に立てて日にさらしておくのである。其仙人の書いた筆先は、大本の教祖のお筆先と対照して見ると、余程面白い連絡がある。其筆先の大要は先づザツと左の通りである。
『今日迄の世界は、吾々邪神等の自由自在、跳梁する世界であつたが、愈天運循環して、吾々大自在天派の世界はモウ済んで了つたから、これからは綾部の大本へ世を流して、神界の一切の権利を、艮の金神に手渡しせなくてはならぬ』


物語39-1-1 1922/10 舎身活躍寅 大黒主

 遠き神代の昔より 天地の神の大道を
 説きさとしゆく諸々の 教は千ぐさ万種
 数限りなき其中に 天地を造り固めたる
 元つ御祖の御教を 誠の神の現はれて
 説きさとすなる三五教 天教山や地教山
 貴の都のエルサルム 黄金山下を初めとし
 霊鷲山や万寿山 自転倒島に渡りては
 綾の聖地の四尾山 其外百の国々に
 教司を間配りて 安く楽しき神の世を
 立てて五六七の御教に 世人を助け守らむと
 百の司を任け玉ひ 千々に心を配ります
 三大教や五大教 経と緯との水火合せ
 固め玉ひし三五の 教を損ひ破らむと
 八岐の大蛇や醜狐 曲鬼共の醜霊
 天が下をば蹂躙し 此世を曇らせ汚さむと
 醜女探女を数多く 四方に遣はし闇雲に
 猛びめぐるぞうたてけり 天足彦や胞場姫の
 汚れし魂になり出でし 曲神共は村肝の
 心も清き神司 塩長彦の体を藉り
 或は大国彦の神 其外百の神人と
 世に現はれてウラル教 バラモン教を開設し
 三五教に対抗し 神の光に照されて
 メソポタミヤを遁走し 或はコーカス山館
 見棄てて逃げ行くウラル姫 性懲りもなくどこ迄も
 千変万化の妖術を 使ひて正道を紊さむと
 狂ひ廻りし醜神の 常住不断の物語
 いよいよここに述べ初むる あゝ惟神々々
 御霊幸はへましませよ。
 常世の国の常世城にあつて三葉葵の旗を押立て、自ら常世神王と称して羽振を利かし居たる大国彦は、三五教の為に其悪虐無道を警められ、部下の広国別をして常世城を守らしめ、ロツキー山に日出神と偽称して大国姫をば伊弉冊命と偽称せしめ、黄泉比良坂の戦ひに、部下の軍卒は大敗北し、遂にはロツキー山の鬼となり、茲にバラモン教を開設することとなつた。
 大国彦命の長子大国別はバラモン教の教主となり遠く海を渡つて、埃及のイホの都に現はれ、其教は四方に旭の豊栄昇るが如く輝き渡り、人心を惑乱して、正道将に亡びむとせし時、三五教の夏山彦、祝姫、行平別外三光の神司の為に、其勢力を失墜し、遂に葦原の中津国と称するメソポタミヤの顕恩郷に本拠を構へ、小亜細亜、波斯、印度等に神司を数多遣はして、バラモンの教を拡充しつつあつた。
 神素盞嗚尊は天下の人心日に月に悪化し、世は益々暗黒ならむとするを憂ひ玉ひて、八人の珍の御子を犠牲的に顕恩城に忍び入らしめ、バラモン教を帰順せしめむとし玉ひたれ共、大国別命帰幽せしより、左守と仕へたる鬼雲彦は、忽ち野心を起し、自ら大棟梁と称して、バラモン教の大教主となり、大国別の正統なる国別彦を放逐し、暴威を揮ひ居たりしが、天の太玉の神現はれ来りて、神力無辺の言霊を発射し帰順を迫りたれども、素より暴悪無道の鬼雲彦は、一時顕恩郷を脱け出し、再び時機を待つて、捲土重来、三五の道を顛覆せしめむと、鬼雲姫、鬼熊別、蜈蚣姫其他百の司と共に黒雲を起し、邪神の本体を現はしつつ、顕恩城を立出で、それよりフサの国、月の国を横断し、磯輪垣の秀妻の国と名に負ひし安全地帯、自転倒島の中心大江山に立籠り、徐に天下を席巻すべく劃策をめぐらしつつあつた。
 然るに又もや三五教の神司の言霊に辟易し、再び海を渡りてフサの国に向ひ、残党を集めて、バラモンの再興を謀りつつ、私かに月の国、ハルナの都にひそみ、逐次勢力をもり返し、今は容易に対抗す可らざる大勢力となり、月の国を胞衣として、再び天下を掌握せむとし、最早三五教もウラル教も眼中になきものの如くであつた。
 此ハルナの都は月の国の西海岸に位し、現今にてはボンベーと称へられてゐる。
 鬼雲彦は大国彦命の名を奪ひて、自ら大国彦又は大黒主神と称しつつ、本妻の鬼雲姫を退隠せしめ、妙齢の女石生能姫といふ美人を妻とし、数多の妾を蓄へて、バラモン教の大教主となり、ハルナの都に側近き兀山の中腹に大岩窟を穿ち、千代の住家となし、門口には厳重なる番人をおき、外教徒の侵入を許さなかつた。
 ハルナの都には公然と大殿堂を建て、時々大教主として出場し数多の神司を支配しつつあつた。夜は身辺の安全を守る為、兀山の岩窟に隠れて居た。此兀山は大雲山と名づけられた。
 鬼雲彦の大黒主命は自ら刹帝利の本種と称し、月の国の大元首たるべき者と揚言しつつあつた。
 月の国の七千余ケ国の国王は、風を望むで大黒主に帰順し、媚を呈する状態となつて来た。神素盞嗚大神の主管し玉ふコーカス山、ウブスナ山の神館に集まる神司も、此月の国のみは何故か余り手を染めなかつたのである。それ故大黒主は無鳥郷の蝙蝠気取になつて、驕心益々増長し、今や全力を挙げて、三五教の本拠たる黄金山は云ふも更コーカス山、ウブスナ山の神館をも蹂躙せむと準備を整へつつあつた。而して西蔵と印度の境なる霊鷲山も其山続きなる万寿山も、大黒主の部下に襲撃さるること屡々であつた。
 神素盞嗚大神は自転倒島を初め、フサの国、竜宮島、高砂島、筑紫島等は最早三五教の御教に大略信従したれ共、まだ月の国のみは思ふ所ありましてか、後廻しになしおかれたのである。それ故大黒主は思ふが儘に跋扈跳梁して、勢力を日に月に増殖し、遂に進んで三五教の本拠を突かむとするに立至つたのである。


物語39-2-8 1922/10 舎身活躍寅 母と娘

 清照姫は坂を下りつつ母の後について歌ふ。
『神が表に現はれて 善神邪神を別け玉ふ
 バラモン教の神司 鬼雲彦に仕へたる
 父の命の鬼熊別は 無限絶対無始無終
 雲力体の大元首 梵天王と聞えたる
 大国彦の神霊を 自在天神とあがめつつ
 常世の国をあとにして 埃及国に打渡り
 顕恩郷にあれまして 教を開き玉ひしが


物語39-5-18 1922/10 舎身活躍寅 関所守

紅葉『オイ春公、毎日日日職務を忘れて酒ばかり喰ひ酔うて居ると冥加が危いぞ。バラモン教の大黒主は神様だと云つても、人間のサツクを被つてゐるから誤魔化しはチトはきくが、梵天王大自在天バラモン大神、大国彦命様の御目を晦ます事は出来ぬぞよ。いい加減に心得ぬと、習ひ性となり、放埒不羈の人間になつて世の中の爪弾きものにしられてしまふが、それでも構はぬか。困つた奴だな』


物語40-0-3 1922/11 舎身活躍卯 総説

 印度の国の種姓は其実刹帝利(略して刹利とも曰ふ)、婆羅門、毘舎、首陀四姓の外に未だ未だ幾種姓もあつたが、余り必要もなければ、その中の重なる四姓のみを茲に表示しておきます。併し諸姓の多くあるなかに婆羅門種殊に大婆羅門とは豪族にして、勢力あるものの謂である。之を特に清貴と称へ、天地を創造せる大梵天王の子、梵天の苗胤にて世々その称を襲うて居るのである。義浄三蔵が『寄帰内法伝』に曰ふ、『五天之地、皆以婆羅門為貴勝凡有座席並不与余三姓同行、自外雑類故宜遠矣』とある三姓は即ち刹帝利、毘舎、首陀のことで、此の中でも刹帝利は王族なるにもかかはらず、同席同行せずと謂ふのを見ても印度にては貴勝族とされて居たことは明白であります。婆羅門と云ふ語は梵天の梵と同語なるが故に、貴勝と称へられたのである。印度とは月の意義であるが、印度全体を通じては月とは云はずして婆羅門国と謂つて居たのである。婆羅門教徒の主唱する所によれば、
『大虚空上に大梵天とも梵自在天とも大自在天とも称ふる無始無終の天界が在つて、その天界には大梵王とも那羅延天とも摩首羅天とも称する大主宰の天神があつて、これもまた無始無終の神様なるが故に、無より有を出生せしめて是の天地を創造し、人種は云ふも更なり、森羅万象一切の祖神である』
と語り伝へて来たのである。又曰ふ、
『所有一切の命非命は皆大自在天より生じ又大自在天に従つて亡滅す、自在天の身体は頭は虚空であり、眼は日月であり、地は肉体であり、河海の水は尿であり、山岳は屎の固まつたものであり、火は熱又は体温であり、風は生命であり、一切の蒼生は悉く自在天が肉身の虫である。自在天は常に一切の物を生じ給ふ』
と信じられて居たのであります。支那の古書にも、
『盤古氏之左右目為日月毛髪為草木頭手足為五岳泣為江河気為風声為雷云々』
とあるに酷似して居ります。また婆羅門の説に、
『本無日月星辰及地。唯有大水。時大安荼生如鶏子。周匝金色也。時熟破為二段。一段在上作天一段在下作地。彼二中間生梵天名一切衆生祖公。作一切ノ有命無命物。』
と謂つて居るが、支那の古伝に、
『天地渾沌如鶏子盤古生其中一万八千歳而天地開闢。清軽者上為天濁重者下為地盤古在其中一日九変神於天聖於地天極高地極深盤古極長此天地之始也』
と謂へるによくよく似て居ります。又梵天王は八天子を生じ八天子は天地万物を生ず。故に梵天王は一切衆生の父と云ひ威霊帝とも謂はれて居る。然るに神示の『霊界物語』に依れば、大自在天大国彦命であつて、其本の出生地は常世の国(今の北米)であり、常世神王と謂つてあります。大国彦命の子に大国別命があつて、この神が婆羅門の教を開いたことも、この物語に依つて明かである。常世国から埃及に渡り次でメソポタミヤに移り、波斯を越え印度に入つて、ハルナの都に現はれ、爰に全く婆羅門教の基礎を確立したのは、大国別命の副神鬼雲彦が大黒主と現はれてからの事である。それ以前のバラモン教は極めて微弱なものであつたのであります。このバラモン教の起元は遠き神代の素盞嗚尊の御時代であつて、釈迦の出生に先立つこと三十余万年であります。『霊界物語』(舎身活躍)は主として印度を舞台とし、三五教、ウラル教、バラモン教の神代の真相を神示のままに口述する事になつて居りますから、『舎身活躍』(卯の巻)の総説に代へて少しくバラモン神の由緒を述べておきました。


物語40-2-8 1922/11 舎身活躍卯 使者

 バラモン教を統べ給ふ
 大黒主の神司  尊き神と聞ゆれど
 其源をたづぬれば  常世の国に生れませる
 常世神王自在天  大国彦の御裔なる
 大国別の神司  開き給ひし御教
 此正統は貴の御子  国別彦が現はれて
 バラモン教を守りまし  統べさせ給ふ道なるに
 鬼雲彦が現はれて  国別彦を放逐し
 自ら教主となりすまし  大黒主と名を変へて
 月の都に威勢よく  現はれ来りし曲津神
 善と悪とは明かに  これにて思ひ知られけり


物語41-1-7 1922/11 舎身活躍辰 忍術使

 小亜細亜の神都エルサレムの都に近き黄金山下に埴安彦、埴安姫の神顕現して、三五教を開き給ひしより、八岐の大蛇や醜狐の邪神は、正神界の経綸に極力対抗せむと、常世彦、常世姫の子なるウラル彦、ウラル姫に憑依し、三五教の神柱国治立命に対抗せむと盤古神王塩長彦を担ぎ上げ、茲にウラル教を開設し、天下を攪乱しつつありしが、三五教の宣伝神の常住不断の舎身的活動に敵し得ず、ウラル山、コーカス山、アーメニヤを棄てて常世の国に渡り、ロツキー山、常世城等にて今度は大自在天大国彦命及び大国別命を神柱とし、再びバラモン教を開設して、三五教を殲滅せむと計画し、エヂプトに渡り、イホの都に於て、バラモン教の基礎を漸く固むる折しも、又もや三五教の宣伝使に追つ立てられ、メソポタミヤに逃げ行きて、ここに再び基礎を確立し、勢漸く盛ならむとする時、神素盞嗚尊の遣はし給ふ宣伝使太玉命に神退ひに退はれ、当時の大教主兼大棟梁たる鬼雲彦は黒雲に乗じて自転倒島の中心地大江山に本拠を構へ、鬼熊別と共に大飛躍を試みむとする時、又もや三五教の宣伝使の言霊に畏縮して、フサの国を越え、やうやく月の国のハルナの都にバラモンの基礎を固め、鬼雲彦は大黒主と改名して印度七千余ケ国の刹帝利を大部分味方につけ、その威勢は日月の如く輝き渡りつつあつた。然るにウラル彦、ウラル姫の初発に開きたる盤古神王を主斎神とするウラル教の教徒は、四方八方より何時となく集まり来りて、ウラル彦の落胤なる常暗彦を推戴し、デカタン高原の東北方にあたるカルマタ国に、ウラル教の本城を構へ、本家分家の説を主張し、ウラル教は常暗彦の父ウラル彦の最初に開き給ひし教であり、バラモン教は常世国に於て、第二回目に開かれし教なれば、教祖は同神である。只主斎神が違つてゐるのみだ。ウラル教は如何してもバラモン教を従へねば神慮に叶はない。先づバラモン教を帰順せしめ、一団となつて神力を四方に発揮し、次いで三五教を殲滅せむものと、ウラル教の幹部は息まきつつあつたのである。
 茲にバラモン教の大黒主は此消息を耳にし、スワ一大事と鬼春別、大足別をして一方はウラル教へ、一方は三五教へ短兵急に攻め寄せしめ、バラモン教の障害を除き、天下を統一せむと計画をめぐらし、既にウラル教の本城へは大足別の部隊を差向け、三五教の中心地と聞えるたる斎苑の館へは鬼春別をして、数多の勇卒を率ゐ、進撃せしめたるは、前巻既に述ぶる通りである。


物語41-3-13 1922/11 舎身活躍辰 夜の駒

『ハイ、別に信ずるといふ訳では厶いませぬが、大自在天様も世界の創造主、国治立尊様も矢張り世界の創造主、名は変れども元は同じ神様だと信じて居ります』
『国治立尊様は本当の此世の御先祖様、盤古神王や自在天様は人類の祖先天足彦、胞場姫の身魂から発生した大蛇や悪狐悪鬼の邪霊の憑依した神様で、言はば其祖先を人間に出して居る方ですから、非常な相違があります。神から現はれた神と、人から現はれた神とは、そこに区別がなければなりませぬよ』
『あゝさうで厶いますかなア。私は三五教の奉斎主神たる国治立大神様も、盤古神王様も、大自在天様も同じ神様で、名称が違ふだけだと聞いて居ります。私も固くそれを信じて居りましたが、さう承はれば一つ考へねばなりますまい。チヨツト貴女様母娘に見て頂きたいものが厶りますから、どうぞ私の籠り場所へお越し下さいませ。妻でも左守の司でも誰一人入れたことのない神聖な居間で厶います。テームスよ、レーブ、カルと共にここに暫く待つてゐてくれ』


物語44-2-8 1922/12 舎身活躍未 光と熱

 天王星の精霊より  降り玉ひし自在天
 大国彦を主神とし  霊主体従の御教を
 普く宇内に輝かし  世人を救ひ守らむと
 計りて立てるバラモンの  教は元より悪からず
 さは去り乍ら現幽の  真理を知らず徒に
 軽生重死の道を説き  有言不実行に陥入りて
 地上の人は艱難に  耐へ忍びつつ生血をば
 出して神に供物  なす時や神の御心に
 叶ふものぞと誤解して  知らず知らずに曲つ神
 八岐大蛇に迷はされ  人を救はむ其為に
 却て人を根の国や  底の国へとおとしゆく
 其惨状を憐みて  高天原の主の神と
 現はれ玉ふ厳御霊  国治立の大神は
 天上地上の別ちなく  大御宝の霊をば
 永遠無窮に救ひ上げ  慈愛と信仰の正道に
 導き恩頼をば  与へむものと日に夜に
 心を配らせ玉ふこそ  実に有難き次第なり
 常世彦神常世姫  これ亦悪魔に魅せられて
 ウラルの教を建設し  盤古神王を主の神と
 仰いで世界を開き行く  其勢ひの凄じさ
 至仁至愛の大神は  いかでか許し玉はむや
 神の御子たる人草の  身魂を清く美はしく
 洗ひ清めて天国の  御苑を開かせ玉はむと
 厳の御霊の神柱  瑞の御霊の御柱を
 此世に降し玉ひつつ  いろいろ雑多に変化して
 埴安彦や埴安姫  神の命と現はれつ
 三五教を建設し  黄金山は云ふも更
 ウブスナ山や万寿山  コーカス山や霊鷲山
 自凝島に渡りては  綾の聖地に天国の
 姿を映し玉ひつつ  世人を誠の大道に
 救はせ玉ふぞ有難き  瑞の御霊とあれませる
 神素盞嗚の大神は  現幽神の三界の
 身魂を残らず救はむと  尊き御身を世に下し
 千座の置戸を負はせつつ  天が下をば隅もなく
 人の姿と現はれて  沐雨櫛風氷雪を
 凌ぎて此世の熱となり  光ともなり塩となり
 みのりの花と現はれて  暗に迷へる諸々の
 身魂を救ひ玉ふこそ  実にも尊き限りなれ
 神の教の宣伝使  治国別の一行は
 厳の御言を蒙りて  元つ御神の祭りたる
 斎苑の館を後にして  荒風すさぶ荒野原
 険しき山坂乗越えて  祠の森に到着し
 玉国別の一行に  思ひ掛なく出会し
 茲に二夜を明かしつつ  別れて程経し弟の
 松公其他に巡り会ひ  驚喜の涙抑へつつ
 又もや神の御宣示に  五人の伴を引きつれて
 河鹿峠の峻坂を  世にも目出度き宣伝歌
 歌ひてやうやう山口の  老樹茂れる森かげに
 安全無事に着きにけり  あゝ惟神々々
 神の御霊の幸はひて  治国別の一行は
 神の使命を恙なく  実行なして復り言
 神の御前に申すべく  守らせ玉へと瑞月が
 旭の光を浴び乍ら  竜宮館に横臥して
 東枕に述べ立つる  あゝ惟神々々
 尊き神の御恵に  此物語遅滞なく
 進ませ玉へ天地の  元つ御祖と現れませる
 国治立の大神や  豊国姫の大御神
 神素盞嗚の大神の  御前に謹み願ぎまつる。


物語48-1-3 1923/01 舎身活躍亥 観音経

 イモリ別は躍気となり、
『然らば此方の法力によつて此陣中をたたき破り、先づ第一に気の毒ながらランチ将軍の息の根をとめてくれむ。後で後悔召さるな』
と云ひ放ち、次の間へ行つて大自在天の前に数珠をもみながらキチンと端坐し、先づバラモン大自在天を念じ、次に惟神霊幸倍坐世を奏上し、大広木正宗殿、義理天上日の出神と称へ終り、ソロソロ得意の観音経を誦じ初めた。


物語49-1-3 1923/01 真善美愛子 地鎮祭

 今を去る事三十五万年の昔、波斯の国ウブスナ山脈の頂上に地上の天国を建設し、神素盞嗚大神はここに神臨し玉ひて、三五教を開かせ玉ひ、数多の宣伝使を養成して地上の国土に群棲する数多の人間に愛善の徳と信真の光を与へ、地上に天国を建設し玉はむとし、八岐大蛇や醜狐、邪鬼の身魂を清め天地の間には一点の虚偽もなく、罪悪もなきミロクの世を開かむと尊き御身を地上に降し、肉体的活動を続け玉ひしこそ、実に尊さの限りである。此時印度の国ハルナの都に八岐大蛇の悪霊に其身魂を占領されたるバラモン教の神司大黒主は数多の宣伝使を従へ、右手に剣を持ち左手にコーランを携へて、大自在天大国彦命の教を普く天下に宣伝し無理無体に剣を以て其道に帰順せしめむとなしつつあつた。さうしてバラモン教の信条は生を軽んじ、死を重んじ、現肉体を苦しめ損ひ破り出血なさしめて之を修行の蘊奥となす所の暗迷非道の邪教である。数多の人間は此教に苦しめられ、阿鼻叫喚の声、山野に満ち其惨状聞くに堪へざれば、至仁至愛の大神は其神格の一部を地上に降し神素盞嗚尊と現はれて中有界や地獄界に迷へる精霊及び人間を救ふべく、此処に地上の霊国、天国を築かせ玉ふたのである。之に加ふるにコーカス山を始め土耳古のエルサレム、及び自転倒島の綾の聖地や天教山や其外各地の霊山に霊国を開き、宣伝使を降して之が任に当らしめ給うた。玉国別は大神の命を奉じ宣伝使として道公、伊太公、純公の三人の従者を従へ、ウブスナ山の聖場を後にして河鹿峠の峻坂を越え、懐谷に暴風を防ぐ折しも山猿の群に襲はれて目を傷つけ漸く祠の森に辿り着き、ここに治国別の宣伝使一行と出会し、眼病の平癒するまで特別の使命によつて大神の御舎を建設する事となつた。祠の森には杉、桧、松其他立派の用材が惟神的に立並んでゐた。此河鹿峠は常に風烈しく、且つ山一面の岩石にて大木は育たず、僅に二三尺ばかりの痩せこけた古木が岩石の間を点綴するに過ぎない。然るに此河鹿山の一部なる祠の森は谷と谷との懐に当り、あまり烈風の害もなく地味亦比較的肥たれば、斯くも樹木の繁茂して相当に広き森林をなしてゐたのである。


物語49-3-14 1923/01 真善美愛子 大妨言

高姫『こんな処とは、……何と云ふ事を云ひなさる。勿体なくも国治立の大神様、日の大神様、月の大神様、大自在天大国彦命様其外御神力のある尊い神様の祀つてある此聖場をこんな処とは……何を云ひなさる。滅多に許しませぬぞや』


物語53-1-1 1923/02 真善美愛辰 春菜草

甲『ヘン、馬鹿にするない。これでもヤツパリ一人前の哥兄さまだ。世の中は表面は軍律だとか、法律だとか、道徳だとか、節制、カウンテネンスだとかいつて、リゴリズムを標榜してゐるが、その内面はヤツパリ内面だ。詐り多き現代に処して、馬鹿正直なことを墨守してゐても、世の中に遅れるばかりで、しまひには廃人扱ひにされてしまふよ。それよりも大自在天様から与へられた同様のこの盗み酒、ホリ・グレールを傾けて、神徳を讃美し、生きながら天国の生涯を、たとへ一瞬間なりとも楽しむが人生の極致だ。世の中は食ふことと飲むこととラブすることを疎外したら、到底、生存することは出来ない。ぢやといつて、かかる殺風景な陣中において、ラブ・イズ・ベスト論を持出したところで、有名無実だから、先ず手近にあるホール・ワインでも傾けて、浩然の気を養ひ、イザ一大事といふ場合には、われ先に戦術の奥の手を発揮さへすれば至極安全といふものだ。貴様のやうにクヨクヨといたして、サイキツク・トラーマをつづけてゐると、つひには神経衰弱を来たし、地獄界の餓鬼さんのやうになつてしまふぞ。人間は心の持様が第一だ。今日は新しい人間の社会だ。一日も早く晦い改めて、ジウネス・アンテレク・テーユエルの域に進み、社会の波に呑まれないやうにせなくちや人生は嘘だ。もとより神経質な道徳論に捉はれてゐるやうな者が、悪虐無道のバラモン軍に従軍するものか。貴様は軍人になるなんて、性に合うてゐない。サイコ・アナリシスによつて調査したならば、キツと汝の心中には弱虫が団体を組んで、現世を呪うてゐる馬鹿者の軍政署となつてゐるだらうよ。悪人は悪人とユニオンし、善人は善人と結合するのだから、貴様はこの河を向かふへ渡つて、治国別さまでもお迎へ申し、弁当持ちでもさしていただくが性に合うてをらうぞや、イヒ丶丶丶』


物語57-2-13 1923/03 真善美愛申 悪酔会

                バラモン始終苦念惨喝惨重惨日
                        拙立異淫長ワツクス
 ここに悪酔怪はスマネーケン凡夫拙立なり、凡日をもつて発怪式を挙げられたり。余もこの発怪式に列し、一言縮意を表し、併せて諸怪を述べる鬼怪を得たるは最も欣鬼に堪へざるところなり。思ふに吾がテルモン国は、大自在天大国彦命建国以来三十五万年、連綿として万古不易ならず。世界無比の動乱国として国光を宇内に失墜し、国辱を海外に発揚し、今や世界最小弱国の班に列するに至る。これ素より大自在天神祖の守護の厚からざるところにして、国民上下不一致の哀哭の死状と偽勇彷徨、死誠とを以て我が民族精神となし、不誠意哭家の隆盛に貢献せざりしもの与りて力ありと言はざるべからず。然るに今回、河鹿峠の戦闘の結果として、彼我ともに異常の変革を呈し、死想怪また著しく混乱し、甚しきは過劇なる死想を助長し、わが国もまたこの死想の大根元となれり。事の理非曲直物の正邪善悪を極めずして附和雷同し、この国体と相容るるところの不完全なる死想に感染し、もつて国家社会の秩序を乱し、バラモン国家の本義を忘るべからず。殊に経済的の変動は労働問題を惹起し、労資の関係を紛糾せしめ、その協調を破り、従つて人心を不安に陥いれむとする情勢を呈するに至りしは、誠に偉観とするところなり。この時に災し、憂国の士相計り、バラモン国悪酔怪を組織し、正義公道を経とし、仁侠死誠を緯とし、同身一体結束を固くし、以て時弊を救急し、万邦無比の動乱、国を毀損する如き失態あるべからず。狐狗狸眠副の増進を計る事に努力せざらむ事を期し、すでに死想団体として無力なる地歩を占むるに至りしは、バラモン国のため慶賀に堪へざるところなり。由来わがスマネーケンたる、神代においてバラモン神の世を統治し、悪政を布き給ひし以来、邪智の念深く、加之テルモン山麓の一角に僻在するを以て、一般の民風質素剛健ならず、軽挙妄動の風あり。産業怪の葬儀の如きまた多く顕現し、勃発し、動もすれば近時世の風潮に逆らひ、頓幸微風、道義観念等漸次廃頽の傾向を示したるは、実に我国体のために金睾とするところなり。今や同憂の士を相鳩合し、バラモン国悪酔怪スマネーケン凡夫を葬説して、天下惑乱の主義綱領を体し、大いに濁世害民の実をあげむとす。
 誠に時期に適したる愚挙にして、その効果けだし甚大なるものあるべしと信ず。希はくは怪淫妾窘、その責任の重かつ大なるを思ひ、自重自愛、いやしくも本怪の臭意に反することなく、不同心、不協力、不確乎、不不抜の精神をもつて凡怪の目的を達成し、幽醜の鼻下を上ぐることに災前の努力を致し、もつて国家に貢献せざらむことを望む。終りに凡怪不健全なる不発達と、怪淫妾窘の不健康を祈る。聊か蕪辞を述べて縮辞となす。


物語58-4-24 1923/03 真善美愛酉 礼祭

三千『さうですな。神様はもとは一株ですから、どちらにしても同じやうなものの、神代からの歴史を考へてみますと、三五教は国治立の大神様、そのほか諸々の神様から押しこめられた方の神様で、大自在天様とは、人間同士なら敵同士のやうなものですが、しかし神様のお心は人間の心と違つて寛大なもので、少しも左様な事に御頓着なく、大自在天様をお助け遊ばさうと思つて、バラモン教を言向和すために吾々をお遣はしになるのですからね。しかし私ではとても決断がつきませぬから、ちよつとこれからお師匠様に伺つて参ります』

『祠の森の聖場でさへも、御三体の大神様をはじめ大自在天様を祀つてあるのだから、別に排斥するに及ばぬぢやないか。今までこの家もバラモン神の神徳を享けて来たのだから、そんな薄情なことも出来まい』
『アヅモス山の聖地にはバラモン大自在天様のお宮が建つてゐるさうですが、この際主人に吩咐けて祠の森のやうにお宮を建てさせ、あの式に大自在天様を脇に祀つたら如何でございませうか』

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