うろーおにうろー
裁判記録(12)
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裁判記録
○弁護士の確認
○神の言葉が創造か
○国常立尊と大国主命、盤古大神と瓊々杵尊の関係
○天孫降臨
○天津神と国津神
○大国主命と天照大神の武力使用の意味
○天皇の統治、国常立尊の守護
原文はカタカナ書き。カタカナはひらがなに改めた。
また、読点を適宜句読点に改め、なるべく短い段落となるように改行した。意味のまとまりごとに標題を付加した。
進行 弁護士の確認
午前十一時開廷
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人 裁判長、ちよつと希望を
申上
(
まをしあげ
)
げたいのですが。
裁判長
進行
(
しんかう
)
上ですか。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人 被告人の方で答弁
致
(
いた
)
しますことが、
裁判所
(
さいばんしよ
)
の御問に対しまして、
途中
(
とちう
)
で何かと
見当
(
けんたう
)
違
(
ちが
)
ひのやうな感じを
致
(
いた
)
しますことがありまして、さう云ふ際には
裁判所
(
さいばんしよ
)
の方で、
其所
(
そこ
)
は
見当
(
けんたう
)
が違ふからと言はれて、また御問ひになることがあるのですが、
兎
(
と
)
に
角
(
かく
)
一応の答弁を……
出来
(
でき
)
ますことなれば、
大凡
(
をほよそ
)
言はむとする
趣旨
(
しゆし
)
を、
其
(
そ
)
の際一つ明かにして、さうして御
進行
(
しんかう
)
を願ひたいと思ひますのです。
此
(
こ
)
の前も
丁度
(
ちやうど
)
、
神政
(
しんせい
)
成就
(
じやうじゆ
)
と云ふことが、
所謂
(
いはゆる
)
公認教になると云ふ意味が、一つ
含
(
ふく
)
まれて
居
(
を
)
るのぢやと云ふが
如
(
ごと
)
くに準備の時に思ひましたことは、後に至りまして、それも一つの
神政
(
しんせい
)
成就
(
じやうじゆ
)
だと云ふことが、
非常
(
ひじやう
)
にはつきりしたやうなこともありますので、
其
(
そ
)
の点を一つ、
出来
(
でき
)
ますことならば──
非常
(
ひじやう
)
に
慎重
(
しんちよう
)
に御
審議
(
しんぎ
)
を
戴
(
いただ
)
きますので喜んで
居
(
を
)
りますが、もう一つ
御願
(
おねがひ
)
ひしたいと思ひます。
それから、
只今
(
ただいま
)
の御問に対しまして、
今日
(
こんにち
)
迄
一寸
(
ちよつと
)
私として御問と答とが、
全然
(
ぜんぜん
)
なんかちぐはぐになつたやうに思ひましたので、もう一度──一番後の所の「
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の再現の理論は何に基いて
出来
(
でき
)
たのか」と云ふ御問であつたのか、「どう云ふ
根拠
(
こんきよ
)
から出たのか」と云ふ御問だつたのか、
能
(
よ
)
く私もはつきり
致
(
いた
)
しませぬのですが、被告人の方の答弁と
致
(
いた
)
しましては、
兎
(
と
)
に
角
(
かく
)
宗教としてはミロクの
菩薩
(
ぼさつ
)
の
下生
(
げしやう
)
とかキリストの再現とか云ふことが生命だ、と
斯
(
こ
)
う云ふやうな答だつたと思ひます。
御問と
其
(
そ
)
の答とがなんだかちぐはぐのやうに思ひますので、もう一つ
最後
(
さいご
)
の所を
御確
(
をたしか
)
めを願ひたいと思ひます、それだけ希望を
申上
(
まをしあげ
)
げて置きます。
裁判長
第一番目の点は
御尤
(
ごもつと
)
もです、後からの
問題
(
もんだい
)
は、ちぐはぐになつたから具
体的
(
たいてき
)
に、……だから
古事記
(
こじき
)
とか日本書紀の
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の点、
弥勒
(
みろく
)
上生経、聖書の点などを
加減
(
かげん
)
して、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の
隠
(
かく
)
退再現の
教義
(
けうぎ
)
と云ふものが、出て来たのかと云ふことを聞いたのです。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人
裁判所
(
さいばんしよ
)
の御問は、私の方で感じましたことは、
是
(
これ
)
はどう云ふ資料に基いて作製したのかと云ふ、御問だつたと思ひます。
裁判長
根拠
(
こんきよ
)
です。
教義
(
けうぎ
)
の
出来
(
でき
)
た
根拠
(
こんきよ
)
l。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人
教義
(
けうぎ
)
の
出来
(
でき
)
た
根拠
(
こんきよ
)
が、
今迄
(
いままで
)
色々
(
いろいろ
)
聞いて
居
(
を
)
ります処に
依
(
よ
)
ると、「
神様
(
かみさま
)
が言はれて
出来
(
でき
)
たのだ」と云ふやうに思へますし、今のでは、宗教の生命だから入つて
居
(
を
)
るのだと云ふやうな答にも思はれるし、そこの所がはつきりしませぬが──。
裁判長
はつきりせぬ点もあるかも知れませぬが、それは
此方
(
こちら
)
の
決定
(
けつてい
)
に書いて
居
(
を
)
るので、
是
(
こ
)
れだけは
訊
(
き
)
かねばなりませぬから
訊
(
き
)
いたのです。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人 どう云ふやうに御
訊
(
き
)
き下さいましたか、私の方にはつきりしませぬから……。
裁判長
問に対して答がなつて
居
(
を
)
りませぬから、具体的に
決定
(
けつてい
)
のことを
訊
(
き
)
いたのです、第一の
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の
出来
(
でき
)
た
根拠
(
こんきよ
)
は、さうぢやないかと
訊
(
き
)
いた訳です、しつかり
聴
(
き
)
いて
貰
(
もら
)
はぬと困りますね。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人 しつかり
聴
(
き
)
いて
居
(
を
)
りますが、はつきりしませぬのです、御訊の
趣旨
(
しゆし
)
はどう云ふ
趣旨
(
しゆし
)
でございましたのでせうか。
裁判長
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の
退隠
(
たゐゐん
)
再現の
根拠
(
こんきよ
)
は
如何
(
いかん
)
、と云ふ問です。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人
大本
(
おほもと
)
教義
(
けうぎ
)
の……。
裁判長
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の
退隠
(
たゐゐん
)
再現の
根拠
(
こんきよ
)
は
如何
(
いかん
)
と云ふ問は、変な問をして
居
(
を
)
りましたから、それで具
体的
(
たいてき
)
に
決定
(
けつてい
)
に書いてあることを
訊
(
き
)
いたのであります。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人
根拠
(
こんきよ
)
如何
(
いかん
)
と
云
(
い
)
ふ
趣旨
(
しゆし
)
は、どう
云
(
い
)
ふ所から、どう
云
(
い
)
ふ所から出て来たのだと
云
(
い
)
ふことですか。
裁判長
初の方は抽象的に
訊
(
き
)
いたので判らなかつたから、
又
(
また
)
、具体的に
訊
(
き
)
いたのです。
竹川弁護人
それは私も同じやうに感ずる。
根拠
(
こんきよ
)
如何
(
いかん
)
と
云
(
い
)
ふことを言はれると、どう
云
(
い
)
ふ文献の
根拠
(
こんきよ
)
があるのか。
神憑
(
かむがか
)
の
根拠
(
こんきよ
)
であるのか、
或
(
あるひ
)
はそれを政略に使つた、
手段
(
じゆだん
)
に使つてやつたのであるかと
云
(
い
)
ふやうな説のやうに、思はれるが、どれか一つになりさうである。
そこで、再現とか
云
(
い
)
ふことはどこの宗教でもある。
処
(
ところ
)
が、さう
云
(
い
)
ふと、何だか一つの
手段
(
しゆだん
)
に見える。
其
(
そ
)
の答弁がちよつと
裁判所
(
さいばんしよ
)
のお問ひになつたのと、
我々
(
われわれ
)
の期待して
居
(
を
)
ることと、少し
違
(
ちが
)
うやうに思ひますから、もう
一遍
(
いつぺん
)
お
確
(
たし
)
かめ願ひたい。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人
其処
(
そこ
)
まで言ふと、誘導するやうに聞えますが、要点は
其処
(
そこ
)
なんです。
出口
もう
一遍
(
いつぺん
)
言はして
貰
(
もら
)
ひたい。
裁判長
決定
(
けつてい
)
の所には、「
古事記
(
こじき
)
、
日本書紀
(
にほんしよき
)
のことが
色々
(
いろいろ
)
書いてあり、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の
退隠
(
たゐゐん
)
再現のことを出したのだ」と書いてありますね。
之
(
これ
)
を実は
訊
(
き
)
かなければなりませぬ。
裁判所
(
さいばんしよ
)
は、それを、私の方ぢや先つ先に
訊
(
き
)
きまして、
根拠
(
こんきよ
)
如何
(
いかん
)
と
訊
(
き
)
いたこともです。
判らなかつたから
之
(
これ
)
を
訊
(
き
)
いたのです。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りますが、答弁をもう一度聞かして
戴
(
いただ
)
きたいのでございます。
争点 神の言葉が創造か
裁判長
さうですか、それでは判つたね、具体的の方です。
出口
日本書紀
(
にほんしよき
)
、
古事記
(
こじき
)
は、
此
(
こ
)
の間も申したやうに、参考に読んで置いたのであります。
さうして、
是
(
これ
)
は、「
神憑
(
かむがか
)
りと
云
(
い
)
ふものは総て
神典
(
しんてん
)
を読んで置く」と
云
(
い
)
ふのが
法則
(
ほふそく
)
です。
それで、私が別に
基督教
(
キリストけう
)
をやり、何かを寄せて来て
拵
(
こしら
)
へた、作成したのではないのです。
唯
(
ただ
)
、さう
云
(
い
)
ふことは自分の頭に、
外流
(
がゐりう
)
して入つて
居
(
を
)
りましたが、
其
(
そ
)
の
艮
(
うしとら
)
の
金神
(
こんじん
)
のミロクやとか、
或
(
あるひ
)
は退隠の理由やと
云
(
い
)
ふことは
我々
(
われわれ
)
には判らないから、それで
神憑
(
かむがかり
)
となつて
神様
(
かみさま
)
に直接知らして
貰
(
もら
)
つて
拵
(
こしら
)
へた。
神様
(
かみさま
)
が直接にお知らせになつたことを、ずつと
教義
(
けうぎ
)
としてやつて見たのでありまして、別に私が創作したのでも何でもない。
併
(
しか
)
し、
基督教
(
キリストけう
)
でも何でもないと
云
(
い
)
ふことは参考に
申上
(
まをしあ
)
げた。
艮
(
うしとら
)
の
金神
(
こんじん
)
さんが再現されると
云
(
い
)
ふのも、
謂
(
ゐ
)
はば、
基督教
(
キリストけう
)
が再現すると
云
(
い
)
ふのも同じ意味でございます、と言ふことを言うたのであります。
別に、
基督教
(
キリストけう
)
の
主義
(
しゆぎ
)
からやつたと
云
(
い
)
ふのぢやございませぬ。
基督教
(
キリストけう
)
の
主義
(
しゆぎ
)
を
真似
(
まね
)
て、
此
(
こ
)
の
教義
(
けうぎ
)
を
拵
(
こしら
)
へたと
云
(
い
)
ふのぢやありませぬ。
唯
(
ただ
)
、例に
申上
(
まをしあ
)
げたのであります。
裁判長
今
訊
(
たづ
)
ねるやうなことは、知つて
居
(
を
)
つたのだね。
答
何です。
問
古事記
(
こじき
)
や
日本書紀
(
にほんしよき
)
にあることは──。
答
一生懸命
(
いつしやうけんめい
)
研究して
居
(
を
)
りますから、体のどつかに
浸
(
し
)
みて
居
(
を
)
ります。
それで、
神憑
(
かむがか
)
りの
修業
(
しうげふ
)
をするのには、第一条件として、
神典
(
しんてん
)
を詳読し、
神徳
(
しんとく
)
を清くすべし、と
云
(
い
)
ふことが、
修業
(
しうげふ
)
の条件であります。
裁判長
それで
宜
(
よろ
)
しう
御座
(
ござ
)
居
(
ゐ
)
ますか。
小山
(
こやま
)
(昇)弁護人 判りました。
裁判長
此
(
こ
)
の点に付きましては、さつきは、
此
(
こ
)
の点に付ては、予審の第一回の二問答に
於
(
おい
)
て、「
古事記
(
こじき
)
には
斯
(
か
)
う々々、それからミロク
下生
(
げしやう
)
教には
斯
(
か
)
う々々、
基督
(
キリスト
)
の再現の
何々
(
なになに
)
、木村
鷹太郎
(
たかたらう
)
の
何々
(
なになに
)
のことを
想像
(
さうざう
)
して、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の退隠再現の理論をば案出したので、
其
(
そ
)
の理論が出て
居
(
を
)
つたけれども、
此
(
こ
)
の発表は差
控
(
ひか
)
へて何した」と
云
(
い
)
ふことになつて
居
(
を
)
るが、
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
ふことが書いてあるから、それの弁解を
訊
(
き
)
きたかつた。
答
其所
(
そこ
)
の所はさう申しました。
已
(
や
)
むを得ぬから、さう申しましたけれども、実際はさうぢやない。
併
(
しか
)
しながら、神さんと
云
(
い
)
ふことを、向ふが認めて
呉
(
く
)
れぬのです。それだから、
仕様
(
しやう
)
がないから、神さんを
抜
(
ぬ
)
きにして、
人間的
(
にんげんてき
)
に、「
斯
(
か
)
うです/\」と
云
(
い
)
ふのは、
仕様
(
しやう
)
がないからさう申しました。
私は申しましたけれども、私の
本心
(
ほんしん
)
ぢやありませぬ。
其処
(
そこ
)
の所は、
仕方
(
しかた
)
がないから申しました。
読んだ
書物
(
しよもつ
)
のことを
竝
(
なら
)
べて……。
問
神と
云
(
い
)
ふことになつて来るのだな。
答
神様
(
かみさま
)
の
御神示
(
ごしんじ
)
であつたのだけれども、私が作つたと
云
(
い
)
ふのでなければ、
承知
(
しようち
)
して
呉
(
く
)
れませぬから、神さんを
抜
(
ぬ
)
きにして、
拵
(
こしら
)
へなければ……。
問
実は、
此処
(
ここ
)
を
訊
(
き
)
きたかつたのだ、それでは──。
答
其処
(
そこ
)
の所は、私が申したことです。
今、
仰
(
おつ
)
しやつたことは、木村鷹太郎が
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
ふことは
仕方
(
しかた
)
がないから私が……神さんを認めて
呉
(
く
)
れないから、返事の
仕方
(
しかた
)
がありませぬから、
唯
(
ただ
)
神さんだけを
抜
(
ぬ
)
きにして置いたのです。
問
併
(
しか
)
し、
其処
(
そこ
)
の所は、どんなことが書いてあるか知らぬか……
統一
(
とういつ
)
するとか何とか。
答
材料のことは申したが……さう
云
(
い
)
はなければ通りませぬから、さう申したのです。
問
自分で読んで、頭に入つて
居
(
を
)
つたのか。
答
それも半分は
事実
(
じじつ
)
です。
問
神懸
(
かむがか
)
りで、さう
云
(
い
)
ふことを
云
(
い
)
ひ出すやうになつたと
云
(
い
)
ふことか。
答
それだけの
書物
(
しよもつ
)
を、
何十
(
なんじふ
)
年間かにポツ/\あちらこちらで読みましたのが、それがつまり体に
浸
(
し
)
み込んで
居
(
を
)
つた意味はあるのです。
さうでなければ、
神憑
(
かむがか
)
りは
出来
(
でき
)
ない。
問
此
(
こ
)
の
程度
(
ていど
)
で、
此
(
こ
)
の点の
訊問
(
じんもん
)
は
宜
(
よろ
)
しうございますか。
争点 国常立尊と大国主命、盤古大神と瓊々杵尊の関係
竹川弁護人
宜
(
よろ
)
しいです。
問
教義
(
けうぎ
)
の理由。之も前に
訊
(
たづ
)
ねたことと重複するかも知れないが、
訊
(
き
)
かなければならぬが、
王仁三郎
(
おにさぶらう
)
、聞いて
居
(
を
)
れよ。
大本教
(
おほもとけう
)
の
一
(
ひとつ
)
の
教義
(
けうぎ
)
として
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の名前を
藉
(
か
)
りて、
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
の
御事
(
おんこと
)
、それから
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
なる
神名
(
しんめい
)
を
藉
(
か
)
りて、
瓊々杵尊
(
ににぎのみこと
)
のことを説いて、
決定
(
けつてい
)
の
如
(
ごと
)
き第二の理由を主張して
居
(
を
)
りましたか。
答
居
(
を
)
りませぬ。
そんなことは初めて聞いたのです。
問
要するに、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の名前を
藉
(
か
)
りて
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
のことを説いて、さうして、
其
(
そ
)
の第二の
大本
(
おほもと
)
教義
(
けうぎ
)
を主張して
居
(
を
)
りませぬでしたか。
答
全然
(
ぜんぜん
)
ありませぬ。
其
(
そ
)
の点を
始終
(
しじう
)
やられたのです、
盤古
(
ばんこ
)
が何やとか、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
が……大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)が……とさう
云
(
い
)
ふことを言はなければ、
今度
(
こんど
)
の事件が巧く行かぬから──
併
(
しか
)
し、そんなことはありまへぬ。
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
のことを説いたものは、
唯
(
ただ
)
評論
(
ひやうろん
)
として説いただけで、他にありまへぬ。
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
のことは、
随分
(
ずゐぶん
)
書いてあります。
問
全部
(
ぜんぶ
)
読んで
御覧
(
ごらん
)
なさい。
自分で準備に
於
(
おい
)
ては認めた点もありますから、
全部
(
ぜんぶ
)
違ふかどうか、明かにして置かなければならぬから──
決定
(
けつてい
)
の二、四枚目の(2)と書いてありませう。
答
是は……。
問
能
(
よ
)
く、
全部
(
ぜんぶ
)
読んで下さい。
答
先のことを忘れてしまふから、三行程位づつ言はして
貰
(
もら
)
はないと、
又
(
また
)
、本へ戻つてしまふです。
此
(
こ
)
の頃、頭を悪くして
居
(
を
)
りますから──一つ、ぼつ/\、
断片
(
だんぺん
)
的に言はして
貰
(
もら
)
つて……さうして
戴
(
いただ
)
きます。
問
よし/\。
思想 天孫降臨
答
之
(
これ
)
をちよつと、少しづつ言はして
戴
(
いただ
)
きます。
問
よし。
答
此
(
こ
)
の「
伊邪那岐
(
いざなぎ
)
尊の
神勅
(
しんちよく
)
に
依
(
よ
)
り、
天照大神
(
あまてらすおほかみ
)
云々
(
うんぬん
)
」と
云
(
い
)
ふことは、
是
(
これ
)
は
古事記
(
こじき
)
にも、本文に書いてあることでありまして、
是
(
これ
)
は「
大海原
(
おほうなばら
)
、
即
(
すなは
)
ち地球の
主宰
(
しゆさい
)
神、
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊は
大海原
(
おほうなばら
)
を治めせよ」と書いてありますが、治める力がないから、
是
(
これ
)
は
取消
(
とりけし
)
になつて
居
(
を
)
ります。
神勅
(
しんちよく
)
で──
其
(
そ
)
のことを……
評論
(
ひやうろん
)
的に書いたのです、「
天津神
(
あまつかみ
)
と
国津神
(
くにつかみ
)
との間には
歴然
(
れきぜん
)
たる区別がある」──
是
(
これ
)
は本当にある。
天は
天照大神
(
あまてらすおほかみ
)
、地は
詰
(
つま
)
り
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊、
月界
(
げつかい
)
は
月読命
(
つきよみのみこと
)
と
云
(
い
)
ふことに決つて
居
(
を
)
つたのです。
是
(
これ
)
は、
歴然
(
れきぜん
)
たる区別が付いて
居
(
を
)
つた。「
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊の
御子孫
(
ごしそん
)
にして
国津神
(
くにつかみ
)
なる」──
斯
(
こ
)
んなことは書いてありまへぬ。
「
大国主
(
おほくにぬし
)
神が
武力
(
ぶりよく
)
を以て統治し
居
(
を
)
られたる処」──
是
(
これ
)
は
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊が
勝手
(
かつて
)
に
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
を命じたのです。
朝鮮
(
てうせん
)
へ
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊が行かれた時に、
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊が、
大己貴命
(
おほなむずのみこと
)
即
(
すなは
)
ち
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
の元の名ですが、それが
朝鮮
(
てうせん
)
の国から
逃
(
に
)
げて帰る時にちよつと待て──と
云
(
い
)
つて、
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊が「
爾
(
なんぢ
)
は国へ帰つたら
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
となつてやれ」と言はれたが、
併
(
しか
)
し
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
となつてやれと言はれても、
素盞鳴
(
すさのおをの
)
尊は、
既
(
すで
)
に権利がなくなつて
居
(
を
)
るのだから、
其
(
そ
)
の権利のない人が命令して、
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
となつて
居
(
を
)
つたのですから、それで
天孫
(
てんそん
)
へ
国土
(
こくど
)
を
奉還
(
はうかん
)
するのは当り前の話です
又
(
また
)
、
天孫
(
てんそん
)
が御
降臨
(
かうりん
)
になつて、「
之
(
これ
)
を返せ」と
仰
(
おつ
)
しやつたことは当り前です。
私は
此
(
こ
)
のことに付て、別に
是
(
これ
)
が悪いとか、何とか
云
(
い
)
ふことは言うて
居
(
を
)
りまへぬ。
さうして、
是
(
これ
)
は
丁度
(
ちやうど
)
言ひますと、
「
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
が御帰順なさつたのは、一通りの帰順でなかつた」と
云
(
い
)
ふことを書いたことを、
非常
(
ひじやう
)
に悪いことのやうに言はれますけれども……さうです、
丁度
(
ちやうど
)
、
今日
(
こんにち
)
の
支那
(
しな
)
です、
支那
(
しな
)
に
愛善使
(
あいぜんし
)
をやつて、
詰
(
つま
)
り、言うたら日本から公使をやつて、さうして、「日支親善をやらうぢやないか、
東洋
(
とうやう
)
平和の
為
(
た
)
めにやらうぢやないか」と言つたが、聴かない。
今度
(
こんど
)
は、
天之稚日子命
(
あめのわかひこのみこと
)
、能く判る人ですが
、
之
(
これ
)
をやつたが判らない。
今度
(
こんど
)
は、
愛善使
(
あいぜんし
)
ぢやなく、商買の方で、貿易の方でやらうと、
経済
(
けいざい
)
使節
(
しせつ
)
をやられたが、
是
(
これ
)
も聴かなかつたから、
今日
(
こんにち
)
の日支
事変
(
じへん
)
が起つた。
是
(
これ
)
は
健御雷之男神
(
たけみかづちをのかみ
)
、
経津主神
(
ふつぬしのかみ
)
が
武力
(
ぶりよく
)
を以てやられたのです。
愈々
(
いよいよ
)
、蒋介石が日本に屈服した処で、
是
(
これ
)
は心からの屈服ぢやありませぬ、力尽きての屈服である。
其
(
そ
)
の裏には──
建御名方神
(
たけみなかたのかみ
)
と
云
(
い
)
ふ……
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
が屈服して、
又
(
また
)
、
建御名方神
(
たけみなかたのかみ
)
が後から
邪魔
(
じやま
)
をした。
是
(
これ
)
は、今から
云
(
い
)
へばロシヤとか、英国とか
云
(
い
)
ふものが
今日
(
こんにち
)
残つてる。
此
(
こ
)
の蒋介石が日本に従つても、とても真からの通常の屈服ぢやない。
是
(
これ
)
は、「
此
(
こ
)
の
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
も通常の屈服ぢやない、それだけ
三遍
(
さんべん
)
も
四遍
(
よんへん
)
も使を出したのに、
一遍
(
いつぺん
)
に忠誠を現はすのならば、一遍に
国土
(
こくど
)
を返上せんならぬのに、
三遍
(
さんべん
)
も
四遍
(
よんへん
)
も闘うて、
抵抗
(
ていかう
)
した」と
云
(
い
)
ふことを、私が申したのです。
「
是
(
これ
)
は尋常の
降服
(
かうふく
)
ぢやなかつた」と
云
(
い
)
ふことを言つたのです、
それを、
恨
(
うらみ
)
を持つて
居
(
を
)
つて行はれたから、
艮
(
うしとら
)
の
金神
(
こんじん
)
のことにして取られたのです。
ちよつと待つて下さい……
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
は力尽きて日本の統治権を……
日本の統治権とは私は何も書いて
居
(
を
)
りまへぬ、
其
(
そ
)
の
地方
(
ちはう
)
の統治権を返還された。
御返しになつた後の、日本
及
(
およ
)
び世界を統治せんが
為
(
ため
)
に、
天孫
(
てんそん
)
は御
降臨
(
かうりん
)
になつた。
其
(
そ
)
の時、
天照大神
(
あまてらすおほかみ
)
の
御神勅
(
ごしんちよく
)
に、「
此
(
こ
)
の
豊葦原
(
とよあしはら
)
の
瑞穂国
(
みづほのくに
)
へ爾子孫の君たるべき地なり、行いて治めよ」と宜はせられた。
是
(
これ
)
は
言霊学
(
げんれいがく
)
で言へば、地球の
総称
(
そうしよう
)
であるけれども、
完成
(
くわんせい
)
するに
到
(
いた
)
らず、
弱肉強食
(
じやくにくきやうしよく
)
の
巷
(
ちまた
)
と化した。そして
今日
(
こんにち
)
迄まだ
完成
(
くわんせい
)
して
居
(
を
)
らぬ。
それで、
天孫
(
てんそん
)
を
御降
(
をくだ
)
しになつた時から、日本書紀にも「百七十余万年の後の遼遠の地未だ
良沢
(
りやうたく
)
に
潤
(
うるほ
)
はず」、
愈々
(
いよいよ
)
悪魔
(
あくま
)
が栄へて
居
(
を
)
つて、
天孫
(
てんそん
)
の
仰
(
おつ
)
しやつた通り、まだ
統一
(
とういつ
)
が
出来
(
でき
)
て
居
(
を
)
らなかつた
証拠
(
しようこ
)
であります。
併
(
しか
)
し、
神武
(
じんむ
)
天皇様が、
天孫
(
てんそん
)
の御
降臨
(
かうりん
)
になつた
日向
(
ひむか
)
から、東征を起されて、さうして、
愈々
(
いよいよ
)
日本国と云ふものを御立てになつた。
是
(
これ
)
が
神勅
(
しんちよく
)
の
実行
(
じつかう
)
の初めであつて、さうして、
愈々
(
いよいよ
)
今度
(
こんど
)
此
(
こ
)
の
御神勅
(
ごしんちよく
)
が
実行
(
じつかう
)
になり、
愈々
(
いよいよ
)
是
(
こ
)
れから昭和の
御代
(
みよ
)
から
実行
(
じつかう
)
になると
云
(
い
)
ふ意味です。
それ
迄
(
まで
)
には
色々
(
いろいろ
)
の
悪霊
(
あくがみ
)
もあり、悪い神もあつて、まだ
天孫
(
てんそん
)
の
御神勅
(
ごしんちよく
)
を
実行
(
じつかう
)
する迄
到
(
いた
)
らなかつたが、
是
(
こ
)
れからはさうなると
云
(
い
)
ふのです。
艮
(
うしとら
)
の
金神
(
こんじん
)
が
蔭
(
かげ
)
から、御
守護
(
しゆご
)
をして行くと
云
(
い
)
ふことになつて
居
(
を
)
ります。
それから、「
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
即
(
すなは
)
ち……」
是
(
こ
)
れからが
間違
(
まちが
)
つてる。三千万言の中に何も書いてありまへぬ。「
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
のことを、
其
(
そ
)
の
儘
(
まま
)
持つて行つて書いたのや」と、
斯
(
か
)
うして作られたのです。
是
(
これ
)
は
違
(
ちが
)
ひます。
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
ぢやありませぬ。
是
(
これ
)
は
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
のことを言うたのです。
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
のことです。
此
(
こ
)
の
記事
(
きじ
)
は……それで「
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
即
(
すなは
)
ち
瓊々杵尊
(
ににぎのみこと
)
」、こんなことは書いてありまへぬ、思うたこともない、
是
(
これ
)
は
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
なる霊が──世界に根を
張
(
は
)
つてる処の
悪霊
(
あくがみ
)
が
邪魔
(
じやま
)
をして
居
(
を
)
るから、それで
此
(
こ
)
の日本が
今日
(
こんにち
)
迄
(
まで
)
、
天孫
(
てんそん
)
の
御神勅
(
ごしんちよく
)
通り、世界を
統一
(
とういつ
)
することがまだ
出来
(
でき
)
て
居
(
を
)
らぬ、と
云
(
い
)
ふ意味で、世界には
色々
(
いろいろ
)
の
悪魔
(
あくま
)
が
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふのです。
思想 天津神と国津神
問
さうすると
云
(
い
)
ふと、
此
(
こ
)
の「
伊邪那岐
(
いざなぎ
)
尊の
御神勅
(
ごしんちよく
)
に
依
(
よ
)
つて、
天照大神
(
あまてらすおほかみ
)
が
高天原
(
たかあまはら
)
、
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊は
大海原
(
おほうなばら
)
の
主宰
(
しゆさい
)
神となつて、
天津神
(
あまつかみ
)
、
国津神
(
くにつかみ
)
の区別が、
歴然
(
れきぜん
)
となつて来た」と
云
(
い
)
ふのは、
是
(
これ
)
はどうだ。
答
是
(
これ
)
は
古事記
(
こじき
)
に書いてある
神話
(
しんわ
)
の通りでありまして、
天津神
(
あまつかみ
)
、
国津神
(
くにつかみ
)
と
云
(
い
)
ふことは、一方には天と地とありますが、
此
(
こ
)
の国で
云
(
い
)
へば、天は
即
(
すなは
)
ち
高御座
(
たかみくら
)
です、地は
人民
(
じんみん
)
です、天と地と──
君臣
(
くんしん
)
の分が明らかに決つて
居
(
を
)
る。
それで
、
天津神
(
あまつかみ
)
と
云
(
い
)
ふのが
即
(
すなは
)
ち天皇陛下、
即
(
すなは
)
ち、
天津神
(
あまつかみ
)
は天皇陛下の
官吏
(
くわんり
)
です。
それから、
国津神
(
くにつかみ
)
と
云
(
い
)
ふのが
公吏
(
こうり
)
です。
今日
(
こんにち
)
で
云
(
い
)
へば、
詰
(
つま
)
り
官吏
(
くわんり
)
と
公吏
(
こうり
)
のことであります。
国津神
(
くにつかみ
)
は
公吏
(
こうり
)
であります。
問
天津神
(
あまつかみ
)
は──。
答
天津神
(
あまつかみ
)
は天皇の家来ですから、天皇はんの
役人
(
やくにん
)
です、
官吏
(
くわんり
)
様は
天津神
(
あまつかみ
)
の中に入るのです。
問
なんですか。
答
天津神
(
あまつかみ
)
も──。
問
官吏
(
くわんり
)
、
役人
(
やくにん
)
は
天津神
(
あまつかみ
)
……。
答
さうです、天皇が天ですから、地が
国津神
(
くにつかみ
)
、……と
云
(
い
)
ふのは
公吏
(
こうり
)
と
云
(
い
)
ふのです、市長とか
或
(
あるひ
)
は
村長
(
そんちやう
)
とか
云
(
い
)
ふのは
公吏
(
こうり
)
です。それを、
国津神
(
くにつかみ
)
と日本の
神道
(
しんだう
)
では言うて
居
(
を
)
る。
それで、
天津神
(
あまつかみ
)
と
国津神
(
くにつかみ
)
とは、
歴然
(
れきぜん
)
と分れて
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふのです。
問
「
天津神
(
あまつかみ
)
と
国津神
(
くにつかみ
)
の区別がある」と
云
(
い
)
ふのは、
神勅
(
しんちよく
)
に
依
(
よ
)
つて判るのだが、「
天津神
(
あまつかみ
)
は
官吏
(
くわんり
)
で、
国津神
(
くにつかみ
)
は
公吏
(
こうり
)
のことだ、官公吏の区別が
伊邪那岐
(
いざなぎ
)
尊の
神勅
(
しんちよく
)
に
依
(
よ
)
ると
云
(
い
)
ふのですか──。
答
今日
(
こんにち
)
で
云
(
い
)
へば──
神勅
(
しんちよく
)
にも、天は天、地は地、天は治めるものと、はつきり分つて
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふ意味です。
問
天を治める天と
云
(
い
)
ふのは──。
答
天と
云
(
い
)
へば、
我
(
わが
)
が国で
云
(
い
)
へば上の役です。
天皇陛下が基であつて、天皇陛下に文武百官が付いて
居
(
を
)
る、親任官あたりです。
地方
(
ちはう
)
長官
(
ちやうくわん
)
は
国津神
(
くにつかみ
)
になり、
地方
(
ちはう
)
長官
(
ちやうくわん
)
と言へば……。
問
公吏
(
こうり
)
ぢやないぢやないか。
答
大きく言へば
官吏
(
くわんり
)
と
公吏
(
こうり
)
、細かく言へば親任官は
天津神
(
あまつかみ
)
で、
地方
(
ちはう
)
長官
(
ちやうくわん
)
以下
(
いか
)
は
国津神
(
くにつかみ
)
、
是
(
これ
)
は
神道
(
しんだう
)
が皆
之
(
これ
)
を説いて教へる処です。
問
伊邪那岐
(
いざなぎ
)
の
神勅
(
しんちよく
)
に明らかになつて
居
(
を
)
るのだね。
答
知食
(
しろしめ
)
せと
仰
(
おつ
)
しやつたのですけれども、
知食
(
しろしめ
)
めさなかつたのです。
問
ちよつと待て、さうすると、
神勅
(
しんちよく
)
に書いてあることは
宜
(
よ
)
いが、今の親任官
以上
(
いじやう
)
だと
云
(
い
)
ふのだな、
国津神
(
くにつかみ
)
は
地方
(
ちはう
)
長官
(
ちやうくわん
)
以下
(
いか
)
の
役人
(
やくにん
)
──。
答
今で言へばさうです。
問
「
歴然
(
れきぜん
)
たる区別あり」と
云
(
い
)
ふのはどうなんだ。
答
はつきり区別が分つて
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふのです。
問
勅任官と親任官の区別があると
云
(
い
)
ふのですか。
答
さうです、明かですわ、それは──。
問
……。
答
併
(
しか
)
し、
此
(
こ
)
の
時分
(
じぶん
)
の
伊邪那岐
(
いざなぎ
)
、
伊邪那美尊
(
いざなみのみこと
)
の
時分
(
じぶん
)
は、地球やとか何とか書いてあるけれども、
此
(
こ
)
の「
古事記
(
こじき
)
と
云
(
い
)
ふものは総て世界の
予言
(
よげん
)
書なり」と
云
(
い
)
ふて
居
(
を
)
る。
私は
之
(
これ
)
を世界の
予言
(
よげん
)
書と
見做
(
みな
)
して
居
(
を
)
る。
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊が
八岐
(
やまた
)
の
大蛇
(
をろち
)
を
退治
(
たいぢ
)
すると
云
(
い
)
ふことも、世界の
悪魔
(
あくま
)
を平げることを
云
(
い
)
ふのだと思つて、それを
予言
(
よげん
)
と信じて
居
(
を
)
ります。
問
処
(
ところ
)
で、
此
(
こ
)
の点に関して
王仁
(
おに
)
全集の一巻の「
至誠
(
しせい
)
殿落成式所感」に、「
矢張
(
やつぱ
)
り
神勅
(
しんちよく
)
に
依
(
よ
)
つて、
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
ふ区別は明かに付いて
居
(
を
)
つた」とは、書いてありませぬが、後の続き
具合
(
ぐあひ
)
を読んで見ましても、さう
云
(
い
)
ふことでないやうに思へますが。
答
其処
(
そこ
)
の所は説き方があります。
問
天界
(
てんかい
)
の方の
神様
(
かみさま
)
と、
地上
(
ちじやう
)
現界
(
げんかい
)
に
於
(
お
)
ける
神様
(
かみさま
)
と、区別したやうに書いてあるぢやありませぬか。
答
書いてあります。
問
それは本当ぢやないか、書いたものがあるのぢやないか、「
至誠
(
しせい
)
殿落成式所感」に……「
天津神
(
あまつかみ
)
と
云
(
い
)
ふのは
天界
(
てんかい
)
に
於
(
お
)
ける神、
地球上
(
ちきうじやう
)
の神は
国津神
(
くにつかみ
)
」……。
答
それはさう
云
(
い
)
ふやうに説くのです。
其
(
そ
)
の時の按配で、
地上
(
ちじやう
)
で
云
(
い
)
へば
此
(
こ
)
の地にも
天地
(
てんち
)
がある、太陽界にも
天地
(
てんち
)
がある。それを一様に取られては困る、
其処
(
そこ
)
に言うたのは、本当の天と地とを
云
(
い
)
うたのです。私が今言うたのは
天地
(
てんち
)
の事を
云
(
い
)
うたのです。
問
本職が
訊
(
たづ
)
ねるのは、
現界
(
げんかい
)
の
地球上
(
ちきうじやう
)
と
云
(
い
)
ふのぢやないか。
答
此処
(
ここ
)
ですが、
是
(
これ
)
は
其
(
そ
)
の時に天と地と月と、
矢張
(
やつぱ
)
り
極
(
ご
)
く昔のことですから、お前は地球を──お前は何をと
云
(
い
)
ふやうに。
問
訊
(
たづ
)
ねた通りぢやないか、それで
宜
(
よ
)
いぢやないか、親任官……
地方
(
ちはう
)
長官
(
ちやうくわん
)
は要らない訳ぢやないか。
答
けれども、それは細かく
云
(
い
)
うたので、
地上
(
ちじやう
)
には
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
ふものがあるのだ、
譬
(
たと
)
へて
云
(
い
)
へばそんなもの。
問
地上
(
ちじやう
)
には
斯
(
こ
)
んなものがある──親任官、奏任官は要らぬ訳だな、
此処
(
ここ
)
に書いてある
天津神
(
あまつかみ
)
……。
答
地球が
出来
(
でき
)
たのは
極
(
ご
)
く昔で、
人類
(
じんるゐ
)
の
発生
(
はつせい
)
して
居
(
を
)
らぬ時ですから、そんなに世の中は治つて
居
(
を
)
りませぬ。
問
だから
天津神
(
あまつかみ
)
は天、
国津神
(
くにつかみ
)
は地球、さうですね。
答
さうです、他にはさう
云
(
い
)
ふ意味ぢやない所もある、親任官の
場合
(
ばあひ
)
も……。
争点 大国主命と天照大神の武力使用の意味
問
親任官、奏任官もありますと
云
(
い
)
ふ訳だな、
全部
(
ぜんぶ
)
書いて置きませう……
最後
(
さいご
)
の、「日本は
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊の
御子孫
(
ごしそん
)
にして、
国津神
(
くにつかみ
)
なる
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
が、
武力
(
ぶりよく
)
を以て統治し
居
(
を
)
られたけれども、」──
是
(
これ
)
はなんかはつきりしませぬか。
答
それは
詰
(
つま
)
り最前申したやうに、
大国主
(
おほくにぬし
)
神に権利のない
癖
(
くせ
)
に、……
素盞鳴
(
すさのおを
)
尊の権利がなくなつて
居
(
を
)
るのに、
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
は
息子
(
むすこ
)
やと言つて、
武力
(
ぶりよく
)
を以つてやつて
居
(
を
)
つた。
是
(
これ
)
は
体主霊従
(
たいしゆれいじゆう
)
です。
葦原
(
あしはら
)
の
中津国
(
なかつくに
)
は……
天孫
(
てんそん
)
は
霊主体従
(
れいしゆたいじゆう
)
であり、こつちは
体主霊従
(
たいしゆれいじゆう
)
です、刀を以て振ひ
廻
(
まは
)
して
居
(
を
)
つた。
問
是
(
これ
)
は
此
(
こ
)
の通りで
宜
(
よ
)
いのだな。
答
さうです。
問
「
豊葦原
(
とよあしはら
)
の
瑞穂国
(
みづほのくに
)
は、
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
が
武力
(
ぶりよく
)
を以て
云々
(
うんぬん
)
」と、書いてあつたのだから、
其処
(
そこ
)
を取つて書いたのでありませう。
それから、「
天照大神
(
あまてらすおほかみ
)
は、
天孫
(
てんそん
)
御
降臨
(
かうりん
)
に際して、
天使
(
てんし
)
を三回迄派遣せられ、
遂
(
つひ
)
に
武力
(
ぶりよく
)
を以て
云々
(
うんぬん
)
」とありますが、
是
(
これ
)
はどうだ。
答
さつき
申上
(
まをしあげ
)
げました通り、
已
(
や
)
むを得ず
武力
(
ぶりよく
)
を用ひたのです。
今日
(
こんにち
)
の日支
事変
(
じへん
)
の
如
(
ごと
)
く、日本は
戦
(
いく
)
さする積りぢやないが、蒋介石が聞かないから──それと同じ事です、
天孫
(
てんそん
)
が
武力
(
ぶりよく
)
を以てやられたのも──。
問
「
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
は力尽きて
云々
(
うんぬん
)
」と
云
(
い
)
ふことはどうです。
答
是
(
これ
)
は、
云
(
い
)
ふたら、
出雲
(
いづも
)
の国に
根拠
(
こんきよ
)
を構へて──
其
(
そ
)
の
時分
(
じぶん
)
には、日本と
云
(
い
)
つては
居
(
ゐ
)
なかつたのですが、
神武
(
じんむ
)
天皇様
迄
(
まで
)
は日本と
云
(
い
)
ふものはなかつたのです。
それは
現代
(
げんだい
)
の日本の意味を言ふたのです。
其
(
そ
)
の日本を統治されると
云
(
い
)
ふことは、
現代
(
げんだい
)
の……今の日本の中の西部の
方面
(
はうめん
)
をやつて
居
(
を
)
つたのです。統治権を
天祖
(
てんそ
)
に
奉還
(
ほうかん
)
したと
云
(
い
)
ふことは、お返ししたと
云
(
い
)
ふことです。
問
それから、「
其
(
そ
)
の後の日本
及
(
およ
)
び世界を統治せられる
為
(
た
)
めに行かれた」──
是
(
これ
)
はどうぢや。
其
(
そ
)
の後は、
是
(
これ
)
は否認するのだな、
其
(
そ
)
の後はどうなつたと
云
(
い
)
ふのだ。
答
其
(
そ
)
の後は
今日
(
こんにち
)
迄
(
まで
)
の
状態
(
じやうたい
)
、世界の
状態
(
じやうたい
)
であります。
世界がまだ
我
(
わが
)
が天皇の統治下になつて
居
(
を
)
らぬ。
是
(
これ
)
は
優勝劣敗
(
いうしようれつぱい
)
、
弱肉強食
(
じやくにくきやうしよく
)
ばかりです、
我
(
わ
)
れ
好
(
よ
)
しばかりです、それで
弱肉強食
(
じやくにくきやうしよく
)
の
現世
(
げんせ
)
となつて
居
(
を
)
るのです。
争点 天皇の統治、国常立尊の守護
問
其
(
そ
)
の
儘
(
まま
)
であつて
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふのだね、
瓊々杵尊
(
ににぎのみこと
)
以来
(
いらい
)
、ずつと──それでどうしなければならぬと
云
(
い
)
ふのですか。
答
それで、愈々天皇に
上還
(
じやうかん
)
しまして、
天照大神
(
あまてらすおほかみ
)
が、
此
(
こ
)
の
艮
(
うしとら
)
に幽閉されて
居
(
を
)
つた
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
に命令を出されて、「
神界
(
しんかい
)
から
護
(
まも
)
れ」と
云
(
い
)
はれた。「
神界
(
しんかい
)
から
現界
(
げんかい
)
を護つて
居
(
を
)
れ」と
云
(
い
)
はれた。
さうしたら、それと共に
我
(
わが
)
が皇位が──
即
(
すなは
)
ち、今
云
(
い
)
うたことから、
皇御孫命
(
すめみまのろみこと
)
から、続いて来て
居
(
を
)
る処の天皇様が、世界の主となり、世界の師となり、親となり、──主師親になられると
云
(
い
)
ふのが目的です、
是
(
これ
)
からさうなるのです。
問
併
(
しか
)
し
瓊々杵尊様
(
ににぎのみことさま
)
以来
(
いらい
)
の現御
皇統
(
くわうとう
)
に
於
(
おい
)
て、治めて
居
(
を
)
る
現世
(
げんせ
)
が、
弱肉強食
(
じやくにくきやうしよく
)
の
修羅
(
しうら
)
の
巷
(
ちまた
)
となつて
居
(
を
)
るが、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
は再現なされて、どうすると
云
(
い
)
ふのです、
此
(
こ
)
の世の中を。
答
それで
我
(
わが
)
が
日嗣
(
ひつぎ
)
天皇の
御世
(
みよ
)
にすると
云
(
い
)
ふのです。大日本にすると
云
(
い
)
ふのです。
問
大日本と
云
(
い
)
ふのは……。
答
全部
(
ぜんぶ
)
の日本です。
問
外国は
抜
(
ぬ
)
きにしてか。
答
日本ばかりぢやない。
今度
(
こんど
)
は、
世界中
(
せかいぢう
)
一つにすると
云
(
い
)
ふのです。日本だけぢやなしに、外国も
一緒
(
いつしよ
)
に──。
問
日本はどうすると
云
(
い
)
ふのだ。
答
日本は
其
(
そ
)
の中の基ですわ。
問
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
は再現してどうすると
云
(
い
)
ふのです。
外国あたりは……。
答
外国も
無論
(
むろん
)
、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
が
世界中
(
せかいぢう
)
の
国霊
(
くにたま
)
になつて
護
(
まも
)
ると
云
(
い
)
ふのです。
問
立替立直
(
たてかへたてなほし
)
は要らぬのか。
答
護
(
まも
)
るからして
立替立直
(
たてかへたてなほし
)
が
出来
(
でき
)
る。
護
(
まも
)
るからして
出来
(
でき
)
る。
日本は
天祐
(
てんいう
)
を保全しとあるが、神が
守護
(
しゆご
)
をして居る。
詰
(
つま
)
り、神が守つて、日本が世界を
統一
(
とういつ
)
するやうになると
云
(
い
)
ふことの
或
(
あ
)
る力を
貰
(
もら
)
うたと
云
(
い
)
ふのが、
即
(
すなは
)
ち、世界を
護
(
まも
)
ると
云
(
い
)
ふのです。
それで、
今日
(
こんにち
)
迄英国であらうが、
何処
(
どこ
)
であらうが、
是
(
これ
)
は
神勅
(
しんちよく
)
に
依
(
よ
)
れば日本のものであるのに、それを
勝手
(
かつて
)
にやつて
居
(
を
)
るのです。
問
統治権は
其
(
そ
)
の
儘
(
まま
)
にして置いて、
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
が再現なされて
護
(
まも
)
ると
云
(
い
)
ふ意味ですね。
答
さうです、護つて、そして世界を一つにすると
云
(
い
)
ふのです。
問
此処
(
ここ
)
の点に対しての、被告人の
不利益
(
ふりえき
)
の
証拠
(
しようこ
)
として、
王仁三郎
(
おにさぶらう
)
のに十五回の一
問答
(
もんだふ
)
に
於
(
おい
)
て、「
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
は
瓊々杵尊
(
ににぎのみこと
)
……
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
の名前を
籍
(
か
)
りて、
瓊々杵尊
(
ににぎのみこと
)
のことを
国常立尊
(
くにとこたちのみこと
)
の
神名
(
しんめい
)
に仮託して、
大国主命
(
おほくにぬしのみこと
)
のことを書いた」と
云
(
い
)
ふやうな──
決定
(
けつてい
)
通りのやうなことに供述して
居
(
ゐ
)
ますがね。
答
私はさう
云
(
い
)
ひまへぬ、向ふで
勝手
(
かつて
)
に書かれたのです、「
即
(
すなは
)
ち」を
入
(
い
)
れて、「
盤古大神
(
ばんこだいじん
)
即
(
すなは
)
ち
瓊々杵尊
(
ににぎのみこと
)
」と
云
(
い
)
ふやうな風にされたのです。
問
是
(
こ
)
れだけにして置きます。
答
それだつたら私は予審判事さんと話をします、私は決してそんなことは
云
(
い
)
つて
居
(
を
)
りまへぬ。
前
次