うろーおにうろー

裁判記録(1)

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裁判記録

○ ここでは、昭和13年8月10日の京都地方裁判所の公判速記録、冒頭部をとりあげています。
○ 浅野正恭の子供浅野遙が起訴になっていないと弁護人が追求し、検事が答えられないと逃げるところが面白い。
○ 当時は、予審があってその取調べに当たった高橋警部が暴力を使い、権力の都合のよいように自白させたようだ。
○ 王仁三郎はその予審で話したことになっていることをすべて否認する。

原文はカタカナ書き。カタカナはひらがなに改めた。
また、読点を適宜句読点に改め、なるべく短い段落となるように改行した。

昭和(せうわ)十三年八月十日(水曜日)
京都(きやうと)地方(ちはう)裁判所


治安維持法違反(ゐはん)並不敬事件(じけん)公判速記録

午前(ごぜん)九時四十八分開廷

冒頭部

被告人 出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)

裁判長 出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)、井上留五郎、出口(でぐち)伊佐男、高木鉄男、湯川貫一、湯浅斉治郎、東尾吉三郎、各被告人に対する本籍、住所、出生(しゆつしやう)(とう)準備(じゆんび)手続に()けると(かは)りないか。

出口(王) はい左様(さやう)でございます。

裁判長 ()の後(かは)つたのはありませぬか……ありませぬね。

出口(伊) 私が宇知麿(うちまる)になつて()りますが、知ぢやなく、智慧(ちゑ)の智であります。番地は二十九番地であります、それを申上(まをしあげ)げて置きます。

裁判長 それでは(これ)より出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)に対する治安維持法並不敬事件(じけん)、高木鉄男に対する治安維持法並不敬出版法違反(ゐはん)及新聞紙法違反(ゐはん)()の他の各被告に対する治安維持法事件(じけん)を併合の上審理するが、()順序(じゆんじよ)として、検事より被告事件(じけん)の陳述を(もと)めます。

検事 皇道(こうだう)大本(おほもと)明治(めいじ)三十年頃出口(でぐち)直事出口(でぐち)なかが金神(こんじん)大本(おほもと)(しよう)しまして、京都(きやうと)府何鹿郡綾部(あやべ)町字裏町の自宅に艮金神(うしとらのこんじん)(まつ)祈祷(きたふ)禁厭を(はじ)めましたのに(たん)(はつ)するのでありまして、明治(めいじ)三十二年七月被告人出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)(みぎ)なかを援助するやうになりまして、なかを教主とし、王仁三郎(おにさぶらう)を教主補とする宗教(しうけう)類似の団体(だんたひ)を結成(いた)したのでありますが、後出口(でぐち)すみをに代教主とし、王仁三郎(おにさぶらう)(おい)事実(じじつ)(みぎ)団体(だんたひ)を統轄して(まゐ)りまして、皇道(こうだう)大本(おほもと)(また)大本(おほもと)(しよう)し、天照(あまてらす)(すめ)大神(おほかみ)大本(おほもと)(すめ)大神(おほかみ))を主宰神とし、なか及王仁三郎(おにさぶらう)の手記(いた)しました所の所謂(いはゆる)筆先(ふでさき)神諭(しんゆ)王仁三郎(おにさぶらう)の著述に()霊界(れいかい)物語(ものがたり)神示(しんじ)(しよう)し、同郡綾部(あやべ)町本宮を祭祀(さいし)の中心地、南桑田郡亀岡(かめをか)天恩郷(てんおんきやう)を教義宣伝(せんでん)の根拠地と(さだ)めまして、()の教義を宣伝(せんでん)し、信者(しんじや)の獲得に(つと)めて()たものでありまするが、()根本(こんぽん)教義なるものは、王仁三郎(おにさぶらう)(おい)て、古事記(こじき)日本(にほん)書紀(とう)記事(きじ)を曲解(いた)しまして案出(いた)したものでありまして、万世一系の(わが)国体(こくたい)を変革せんことを目的(もくてき)とするものなのであります。

 ()(いた)しまして、被告人王仁三郎(おにさぶらう)()ねてから五十六歳七ケ月に達しました時に、みろく菩薩(ぼさつ)として出現(しゆつげん)し、みろく神政(しんせい)成就(じやうじゆ)すべき旨予言(よげん)して()り、被告人伊佐男、吉三郎、鉄男、留五郎、貫一、斉治郎、(とう)()の日の()たることを待望して()つたのであります。

 被告人王仁三郎(おにさぶらう)は、昭和(せうわ)三年三月三日は(これ)相当(さうたう)する日であると()つて()るのであります。みろく大祭(たいさい)執行(しつかう)して()の際に(わが)国体(こくたい)の変革を目的(もくてき)とする結社を組織し、所謂(いはゆる)目的(もくてき)達成の(ため)に本格的活動(くわつどう)を開始しようと決議(いた)しました。

 同月二日夜(にちや)(みぎ)綾部(あやべ)本宮教主殿に、被告人伊佐男、留五郎、鉄男、吉三郎、貫一、斉治郎外約十名ばかりを招致(いた)しまして、被告人王仁三郎(おにさぶらう)から同人(とう)に対して、()づ同月三日愈々(いよいよ)みろく菩薩(ぼさつ)として諸面諸菩薩(ぼさつ)を率ヰて()の世に下生(げしやう)し、みろく神政(しんせい)成就(じやうじゆ)(ため)現界(げんかい)活動(くわつどう)()すこととなつた旨、(つぎ)に、諸面菩薩(ぼさつ)(みぎ)十六名及西村昂三の十七名とすと云ふこと、それに王仁三郎(おにさぶらう)(みぎ)十七名は従来(じゆうらい)の役職を返上して、三日は事実(じじつ)上無役となるのだと云ふやうな趣旨を()げまして、暗に該結社を組織せんことを慫慂(しやうよう )(いた)しましたのであります。

 被告人伊佐男、鉄男、留五郎、貫一、斉治郎、(とう)(みぎ)教主殿に参集(いた)しました者は、(いづ)れも(みぎ)王仁三郎(おにさぶらう)の慫慂に(おう)じましたので、昭和(せうわ)三年三月三日、綾部(あやべ)町本宮弥勒(みろく)殿に(おい)て予定の通りにみろく大祭(たいさい)執行(しつかう)せられたのでありますが、()の際被告人王仁三郎(おにさぶらう)は、みろく菩薩(ぼさつ)として被告人伊佐男(とう)十八名を(したが)へ、被告人伊佐男、吉三郎、留五郎、貫一、斉治郎、(とう)(また)諸面諸菩薩(ぼさつ)の一人として、被告人王仁三郎(おにさぶらう)(したが)つて至聖殿に昇殿(いた)しまして、相(とも)に神殿に(おい)てみろく神政(しんせい)成就(じやうじゆ)()めに一致(いつち)団結して捨身活躍せむことを(ちか)ひ、(ここ)(おい)て、被告人(とう)は他十七名(とう)の者と(とも)に、光輝ある(わが)が万世一系の立憲君主制を廃して、日本(にほん)出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)を君主とする独裁至仁至(あい)国家(こくか)建設(けんせつ)せむことを目的(もくてき)とする大本(おほもと)──昭和(せうわ)八年一月皇道(こうだう)大本(おほもと)と改称したのでありますが──と云ふ結社を組織したのであります。

 爾来(ぢらい)(みぎ)結社の拡大強化を図る(ため)に、各被告人は、それぞれ()地位(ちゐ)、役職に(おう)じて活動(くわつどう)して()たものでありまして、()(あひだ)に、被告人王仁三郎(おにさぶらう)霊界(れいかい)物語(ものがたり)(とう)に不敬に(わた)記事(きじ)を掲載せしめ、(また)被告人鉄男は霊界(れいかい)物語(ものがたり)昭和(せうわ)十年の発行の責任(せきにん)者として、(さら)瑞祥(ずゐしやう)新聞紙の発行の印刷人として、尊厳を冒漬するやうな記事(きじ)を掲載発行し、(あるひ)自己(じこ)の雑誌に尊厳を冒涜する文(げん)を使つて、それぞれ不敬の行為をなしたと云ふ詳細は、各被告人に対しまする予審終結決定書記載の事実(じじつ)に付て御審理を(あふ)次第(しだい)であります。

 (なほ)本件は、安寧秩序を害する(おそれ)あるものと思料(しりよ)(いた)しまするが(ゆゑ)に公開を禁止して御審理あらむことを要求(いた)します。

(注 慫慂 しょうよう 他の人が勧めてそうするように仕向けること。)


出口遙、梅田信之、中野岩太について

林弁護人 御審理に(はい)りまするに先()ちまして、(ただ)今御陳述になりました検察官の公訴事実(じじつ)に付て一点御釈明を()たいのであります。

 予審終結決定書に()りますれば、検察官が審判(しんぱん)請求(せいきう)されました事件(じけん)中に、昭和(せうわ)三年三月二日に()ける出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)(とう)十八名の行為、及同年同月三日に()ける出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)(とう)十九名の行為があるのであります。

 そして()の際()げられました人名の中、出口(でぐち)(はるか)、梅田信之、中野岩太の三名は御起訴に相()つて()ないのであります。

 (ここ)(うかが)ひたいと(ぞん)じますることは、(みぎ)日時に()ける右三名の行為は、起訴されて()ります他の者()の行為と全然(ぜんぜん)(こと)なるとの御主張(しゆちやう)でありませうか。(あるひ)(また)、右三名に()きましては、法律上(これ)を他の者()と相(ことな)る御取扱をなさるべき特殊の理由(りゆう)、事情が存在(そんざい)(いた)すのでありませうか。

 私(ども)は弁護の方針を立てまするに(あた)りまして、()の点に()非常(ひじやう)に困惑(いた)すのであります。

 何卒(なにとぞ)検察官に於かれましては、率直、無色、虚心坦懐に()の点に(くわん)しまする御釈明を(くだ)さいまして、(もつ)我々(われわれ)(とも)真実(しんじつ)発見の(ため)一層(いつそう)の御協力を(こひねが)ひたいのであります。

裁判長 本件の()(たび)内容(ないよう)に付ては、検事の御論の(ごと)く安寧秩序を害する事実(じじつ)のあるものと(みと)めまして公開を禁止する事に(いた)します。

 特別(とくべつ)の許可のない一般の傍聴人の退廷を命じます。

午前(ごぜん)十時一分傍聴人退廷)

 審理に(はい)る前に、林弁護人から検事に対する釈明を(もと)められました、()の要旨は結社を組織した同志(どうし)(うち)で、二三名の者が()()らぬがと云ふ御()ねですね。

林弁護人(黙礼)……もう一遍申上(まをしあげ)げますれば、(みぎ)三月二日及三日に、起訴に相()つて()りませぬ三名が(いた)しました行為と、起訴に相()つて()りまする他の者()(いた)しました()の行為と全然(ぜんぜん)(ことな)ると云ふ御主張(しゆちやう)でありませうか。(あるひ)(また)、右三名に付ては、法律上(これ)を他の者()と相(こと)なる御取扱をなさるべき特殊の理由(りゆう)、事情が存在(そんざい)するかと云ふ御()ねであります。

裁判長 左様(さやう)な点に付ては、審理の進行上判明することと思ひまするが、弁護人各位の御希望もありまするから、差支(さしつか)へない範囲(はんゐ)内に(おい)て検事の御意見を発表(はつぺう)して戴きたいと思ひます。

検事 御答へ(いた)します。

 御(たづ)ねの三名に()きましては、検事局で不起訴になつて()りますが、()の不起訴に(いた)しました内容(ないよう)をちよつと此処(ここ)申上(まをしあげ)げることを差(ひか)へたいと思ひます。

 如何(いか)なる事件(じけん)(いへど)も、不起訴理由(りゆう)()の他のことに対して発表(はつぺう)しないことになつて()りますから、()の点御(ふく)み置きを願つて置きます。

林弁護人 検察官の(ただ)今の御釈明は(すこぶ)遺憾(ゐかん)とするのでありまするが、近き将来(しやうらい)(おい)(かなら)真実(しんじつ)発見の(ため)に、(さら)に格段の御協力を発表(はつぺう)……と(まを)しますか、さう()うことを確信(かくしん)(いた)しまして御審理の御進行を願ひたいのであります。

清瀬弁護人 今のことで(はじ)めて(わか)りましたが、今の三名の(なか)には、浅野(はるか)と云ふ人が()るのですね、先刻(まを)しました浅野正恭の子供(こども)ですね、御着眼を願ひたい。

裁判長 ()の問題は(これ)で、(また)(あらた)めて別の機会に(おい)て──。

 それから各被各被告人にちよつと申上(まをしあげ)げて置くが、順序(じゆんじよ)として冒頭に(おい)王仁三郎(おにさぶらう)の審理をしようと思ふが、各被告人の審理の進行上、「王仁三郎(おにさぶらう)の通りかどうか」と云ふやうな形式(けいしき)(おい)て審理を略するやうなことがあるかも知れませぬから王仁三郎(おにさぶらう)の答に付ては、(わか)らぬと云ふやうなことのないやうに、()()いて()(もら)ひたい。

 重要事項に付ては、勿論(もちろん)確実(かくじつ)に十分弁解を()かうと思ふが、まあ(あま)り重要でないことに付ては、王仁三郎(おにさぶらう)の答を引用して、進行を図りたいと思ひます、()(つも)りて()いて──

 それぢや王仁三郎(おにさぶらう)から取調(しら)べます。

 ()の外の各被告は腰を()けて()つて(よろ)しい

出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)外の各被告着席)

井上留五郎 一口……。

裁判長 何を()ふのですか、弁明などは、各被告の審理の際に十分()かねばならぬことになつて()るが、何かね。

井上留五郎 あ、さうですか、ぢや……。

高木鉄男 私の名は、高木鉄男(てつを)でありませぬ、鉄男(かねを)、であります。


審理冒頭 王仁三郎の体調

裁判長 それぢや(これ)から王仁三郎(おにさぶらう)調(しら)べるから……。

 腰を()けて()()いて()なさい。

前田弁護人  裁判長、出口(でぐち)王仁三郎(おにさぶらう)は老齢にして()つ血圧が高い。(はた)して長時間(じかん)起立の儘で(もつ)て裁判長の御()問に答へ()るか。()途中(とちう)(もつ)て卒倒()の他の事故が発生(はつせい)しては(まこと)に御審理の進行上遺憾(ゐかん)(ぞん)じますから、特別(とくべつ)に椅子(ならび)に水を御(あた)(くだ)さることを御(ゆる)しを願ひたいのであります。

裁判長 裁判所に(おい)ても同意(いた)します。

(椅子(ならび)に水を(あた)ふ)

 準備(じゆんび)手続より血圧が高いのか王仁三郎(おにさぶらう)

出口王仁三郎(おにさぶらう)  もう一年前から……腹か痛うて(かな)はぬのです。()うやつて(坐つて)()りましても、ちよつと動くと、()けさうに(と股をなでながら)なつて(かな)はぬのです。

足立弁護人  出口(でぐち)被告は血圧のこともありますし、非常(ひじやう)に疲労するたちでありますから、疲労(いた)しましたならば、どうか御休憩を(あた)へて御審理を(あふ)ぎたいと思ひます。

裁判長 承知(しようち)(いた)しました、王仁三郎(おにさぶらう)──。

出口(王)  へえ。

裁判長 ()具合(ぐあひ)が悪かつたら、ちよつと休憩して(もら)ひたいと申出をしなさい。

 ちよつと答へしにくいやうな血圧の状態(じやうたい)になつたから休憩して(もら)ひたいと申()なさい。

出口(王)  此処(ここ)からですか……。

裁判長 あ、さうだ、私の方でも見て()るが、(なほ)念の(ため)に……。

出口(王)  はい。

裁判長 王仁三郎(おにさぶらう)に対して、公判に(おい)審判(しんぱん)すべき範囲(はんゐ)は、予ねての予審終結決定の内容(ないよう)に付て取調べを進すめるのだが……。

出口(王)  ちよつと一口(まを)さして戴きたい。

裁判長 ちよつと待て、……公訴の事実(じじつ)に対して、公判に附せられる被告事件(じけん)に付て何か陳述すへきことがあれば()べなさい。

 (よろ)しうございますか。

 (しか)しながら(くは)しい弁解はだね、色々な教義()の他のことに付ての弁解は、中に(はい)つてから十分()いた方が被告人の(ため)になると思ふから、大体(だいたい)の要旨だけの陳述をした方が被告の(ため)にもなるのぢやないかと思ひます。


予審での取り調べ

 あのそれでは申上(まをしあげ)げますが、(はじ)まりのことからちよつと(まを)しまするが、警察に()つた時のことから申上(まをしあげ)げて(よろ)しうございますか。

 何を()べても()いが、(あま)り……。

 簡単(かんたん)に、私は……。

 公訴事実(じじつ)に対する陳述だな。

 公訴事実(じじつ)に対する陳述と云ふことは──。

 予審終結決定に書いてあることと関聯して()ることならば陳述しても()い。

 私は京都(きやうと)府の高橋警部の調(しら)のときには、色々のことを──神憑のことを色々申上(まをしあげ)げましたけれども、それは下手(へた)な催眠術ぢやと云ふやうに、()う云ふ神書(しんしよ)を冒涜することを(おつ)しやいますから、()の人には神様(かみさま)のことを(まを)してもあかぬと思ひました。

 神様(かみさま)のことを「()加減(かげん)な胡魔化しなこと」だとか、(また)おどれ(ヽヽヽ)と云ふことを始終(しじう)御使ひになりました。おどれ(ヽヽヽ)と云ふことは田舎(ゐなか)では(けが)れた奴隷と云ふことであつて、非常(ひじやう)(ののし)つたことでありまして、よくおどれ(ヽヽヽ)と云はれましたが、私はそれでも隠忍して()りました。うしたら自分(じぶん)が鼻唄を歌ふやうにして文章(ぶんしやう)(つく)つて、「()うぢやろ、()うぢやろ」と言やはりますから、さうぢやありまへぬと云ふと、「胡魔化すな」と()つて「ポかん」となぐつて御書きになります。

 「(これ)は井上と誰も云ふとることで、お前だけがさうぢやないと()つてもさうはいかぬ、御前(ごぜん)だけ()はなくても承知(しようち)はせぬ、年寄がこの寒いのに可哀さうだ、お前が(わし)()ふことを承知(しようち)したならば、皆帰してやる、寒くなつたからお前も帰してやる、検事の方でも、私の()ふ通り()ふて置けば()ぐに()むし、予審の方も、もう二、三回したらそれで()んでしまふぢやないか」と()う云はれた。

 それで私は兎も角(これ)()の高橋さんにあつてはあかぬと思うて()りました。

 そして、「検事局から頼まれて自分(じぶん)調(しら)べて()るのだから、()の通り()はなければいいか、ねぞ、お前は(これ)反対(はんたい)したならば、お前一生の間崇つてやるぞ。」私は子供(こども)もあれば女房もありますから、さう云ふことを(たた)られては(かな)ひませぬから、もう()うなれば仕様(しやう)がないから公判(まで)(あるひ)は予審(まで)(むか)ふの(おつ)しやる通り()つとけと()ふので、()つといたのであります。

 それで検事さんの方で御(たづ)ねになつたのは、何の調書──警察の調書を見て御(たづ)ねになりましたから、私は少しも反対(はんたい)せず()の通りに(みと)めました。(おつ)しやる通りに(みと)めました。

 腰()けて()つても(かま)はぬですよ。

 ちよつと声が()ませぬので……。

 ……。

 ()たぬとちよつと声が()ませぬ。(した)の歯がそつくり取れて()りますので……。

 それから予審へ()きまして、予審へ()つて予審で(はな)して聞いて(もら)はうと思つた。予審判事さんなら()(わか)るやろと思うた。(すべ)調(しら)べる御方(おんかた)の御ろを五口か六口()きましたなら、()の人は宗教(しうけう)の素養があるとか、(あるひ)は霊学の素養があるとか、文学の素養があるかないか云ふことは(わか)りますから、高橋さんに何を云ふても、神界(しんかい)のことを、霊界(れいかい)のことを言うても(わか)らぬから、(これ)はやかましく言うても仕様(しやう)がない、(かへ)つて(また)掛巻くも、畏きことを(おつ)しやるから、(また)我々(われわれ)もそれに対して()はなければならぬことになるから(だま)つて()つた。

 それから愈ヽ予審へ()きました所、予審もまだ(わか)らない。私はまだ(わか)らぬので(あき)れてしまひました。

 それは何故(なぜ)かと()ふと、()う云ふことを(おつ)しやいます。

 昭和(せうわ)十二年十月四日だと思つて()りますが、私は古事記(こじき)日本(にほん)書紀にあると云ふたら、「古事記(こじき)に書いてあることと、日本(にほん)書紀に書いてあることとは字句が()ふて()らぬ、矛盾(むじゆん)して()るから、我々(われわれ)は信じない」と()はれた。それならば古事記(こじき)に付ても御調にならなければ(よろ)しいのに、矢張(やつぱ)り御調(しら)べになる。

 それから十月の十日と(おぼ)えて()りますが、弓削道鏡のことでした。「和気清麿が宇佐八幡の神勅を()ひに()つたのは(うそ)だ。神様(かみさま)がそんなことを()(はず)がない、清麻呂が勝手(かつて)()ふてあ、云ふ工合にしたのだ」と、さう()うやうに(おつ)しやいました。私は五十年間(ほと)んど神々に(つか)へて()りますが、神様(かみさま)(おつ)しやることは(たし)かに、私は経験(けいけん)して()ります。それで清麻呂は一生懸命に身を(きよ)めて、国家(こくか)の一大事(だいじ)として御願したから、神様(かみさま)御声(おこゑ)()いたと、私は確信(かくしん)して()るけれども、あの予審判事さんは、「それは清麻呂が勝手(かつて)(こしら)へたので、そんなことはない」と(おつ)しやいます。

 ()う云ふことを(おつ)しやる人には、(これ)はとても神さんのことは調(しら)べて(もら)ふ訳にいかないと思ひました。

 それから十月十五日に「()れよし」と云ふ話がありましたが、「外国(ぐわいこく)(すべ)て『()れよし』だと、英国あたりも自分(じぶん)の国さへ()かつたら()いのだ、日本(にほん)の戦争も(これ)実際(じつさい)言うたら『()れよし』ぢやぞと」言やはる。

 「日本(にほん)支那(しな)との事件(じけん)を起した、是も実際(じつさい)を言うたら『()れよし』だ」と、()う云ふことを(おつ)しやるような御方(おんかた)ですから、(これ)は何を言うてもあかんと思ひましたから、私は()(あひだ)準備(じゆんび)公判のときに申上(まをしあげ)げたやうなことは、一つも警察でも言うて()りませぬ。検事局でも言うて()りませぬ。予審でも言うて()りませぬ。

 何故(なぜ)()はぬかと云ふと、それを云ふと()()うことを()はれる。それは()ぐに保護(ほご)色やとか、表看板ぢやとか、()()つてけちを()けられる。(すべ)()いことがあれば表看板、保護(ほご)色や、暗示やと、(すなは)ち何々()う云ふことを()はれますから、公判のときに(これ)を言ふのに除けて置いたのです。是も(めう)な方へやられて胡魔化されたら(こま)ると思ひまして、私は是迄(これまで)予審でも何も言ふて()りませぬ。

 愈々(いよいよ)(これ)から本当(ほんたう)のことを申上(まをしあげ)げます。何故(なぜ)と云ふと、予審判事と書記が()つて勝手(かつて)に書かれる。

 私は一日間体主霊従(たいしゆれいじゆう)と云ふことだけを(たづ)ねられた日があります。それから(また)和光同塵と云ふことは何と云ふことだと、()う云ふことを(たづ)ねられた。()れぢや神様(かみさま)のことも(わか)らぬと思つた。何故(なぜ)(わか)らぬかと云ふと、私が軍人の田中文吉の証人に呼ばれて予審廷へ()きましたときに、()の字は何と読むと云ふことを()ねられた。それは「へぶらい」語であります。へぶらい語は「きりすと」教の聖書を読んで()れば(わか)る。(これ)は聖書を読んで()らぬ人だなと思ひました。

 ()はむとする要旨も大体(だいたい)(わか)つたが、さう云ふ(つも)りで本当(ほんたう)のことを()はなかつたと云ふ主張(しゆちやう)の問題だが、各個の問題に対する弁解は()の都度々々答弁したらどうですか。

 各個とは……。

 後で個々の事実(じじつ)に付て(たづ)ねるから、()の際に──大体(だいたい)の言はんとする趣旨は()み込めたから。

 ()の外にも沢山(たくさん)ございますけれども。

 趣旨の違つてる点ならば言うても(よろ)しいが、今のことは「予審判事がさう云ふ訳だから本当(ほんたう)のことを言はなかつた」と云ふことに帰着するのでせう。

 えゝ、それから高橋警部が、「(おれ)反対(はんたい)したら御前(をまえ)子供(こども)や何かが可愛(かあい)やろ、可愛(かあい)くないか」と云ふことを色々言はれたから、それを可愛(かあい)さに私は検事局では()の通り言うて、はよういなして(もら)はうと思つて、検事局では本当(ほんたう)に私は抵抗して()りませぬ。

 それで趣旨は(わか)つたが公訴事実(じじつ)──予審終結決定に書いてある事項はどうですか、それに対する弁解は。

 私は全然(さつぱり)否認(いた)します、全部(ぜんぶ)私は否認(いた)します。

 全部(ぜんぶ)否認でありますか。

 ()しなんでしたら御()(くだ)さい。

 ()かなければならぬが、全部(ぜんぶ)否認……ちよつと準備(じゆんび)手続に()ける供述と(また)違ふのですか。

 違ふことはございませぬ。

 準備(じゆんび)では全部(ぜんぶ)とはなつて()なかつたな。準備(じゆんび)公判に(おい)ては。

 今(おつ)しやるのはどうぢやと(おつ)しやいますから、全部(ぜんぶ)否認(いた)しますと(まを)したのであります。()の前の準備(じゆんび)の時に御(たづ)ねになつたことに対して申上(まをしあげ)げたのでありますが、()のことに付て私ちよつと……。

 さうすると大体(だいたい)(おい)準備(じゆんび)手続に()ける答弁と(おな)じやうなことになる訳か。

 ちよつと間違うて(まを)したことがありますから訂正さして(もら)ひたい。

 それは無論(むろん)訂正して(もら)はなければならぬが──。

 「上」と云ふことは外国(ぐわいこく)ばかりぢやありませぬ、日本(にほん)の上層社会(しやくわい)はまるで人倫を破つて、さうして第一、第二、第三位の妾宅を置かなけれは紳士でないやうな顔をし、(あるひ)(また)有閑「マダム」と云ふ貴婦人が役者の部屋へ(はい)りましたりして()るが、(これ)は人倫がめげて()ることであります。

 「下」が破れて()るのは、(これ)は知りませぬが、淫売窟が東京にもあるさうです。玉の井とか何とか云ふ所があるさうです。(これ)は人倫が廃頽して()るのです。さう云ふことも言うて()るのです。

 ()う云ふ意味で「上」と「下」とが()うなつて()ると云ふことを申上(まをしあげ)げたのであります。支那(しな)あたりもそうなつて()ります。

 さう云ふ意味であると云ふのだな。

 さうです、それも訂正したいと思ひます。

 弁解は大体(だいたい)準備(じゆんび)手続で言うた通りか。

 大体(だいたい)(おい)てさうです。

 簡単(かんたん)()ひましたから(また)(くは)しく(まを)しますが。