論考資料集

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鎮魂帰神


鎮魂帰神

物語04-4-28 1921/12 霊主体従卯 武器制限

 王仁がかくのごとき説をなす時は、人間を馬鹿にしたといつて怒る人士もあるべし。しかし王仁は元来無学で、人類学なぞ研究したることも無く、ただただ高熊山の神山に使神に導かれて、鎮魂帰神の修業の際、霊感者となり、神界探険の折、霊界にて見聞したる談なれば、その虚実の点については、如何とも答ふる由なきものなり。

物語12-4-30 1922/03 霊主体従亥 天の岩戸

 すでにその前に天の児屋根命、これは祭祀のことを掌つた神様、後には中臣となつて国政を料理した藤原家の先祖であります。この神様がその時天神地祇にお供へをしたり、太玉命が太玉串を奉つて神勅を受け、一方占の道によつて、万事万端、ちやんと手筈が整つてあつたので御座います。所へ案の如く天照大御神様は、
 『愈奇しと思ほして』
そつと細目に戸をお開けになつた。するとそれがパツと鏡に映つたので、
 『天の手力男神、其手を取りて引き出しまつりき』
 その間に布刀玉命が注連繩をその後に引き渡して、此処より中にはもうお入り下さいますなと申した。これで天地は照明になつた。この鏡に天照大御神の御姿が映つたとありますのは、つまりは言霊で御座います。八咫の鏡は今は器物にして祀られて天照大御神の御神体でありますが、太古は七十五声の言霊であります。各々に七十五声を揃へて来た。すなはち八百万の誠の神たちがよつて来て言霊を上げたから岩屋戸が開いたのであります。天津神の霊をこめたる言霊によつて再び天上天下が明かになつたのであります。決して鏡に映つたから自分でのこのこ御出ましになつたと言ふやうな訳ではありませぬ。つまり献饌し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に合致して、一つの大きな言霊と為して天照大御神を、見事言霊にお寄せになつたのであります。それから注連繩、これは七五三と書きます。その通り、この言霊と云ふものは総て七五三の波を打つて行くものであります。さうして注連繩を引き渡してもう一辺岩屋戸が開いた以上は、再び此が閉がらぬやうにと申上げた。

物語14-3-13 1922/03 如意宝珠丑 山上幽斎

 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。
 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。
弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』
勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』
と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。
与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』
勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』
弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をしてせ貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』
与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』
勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』
弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』
勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』
弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』
と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。
与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』
勝『アハヽヽヽ』
 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、
与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』
 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。
与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』
勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』
与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』
六『アヽ恐ろしい事だのう』
 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、
弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』
与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』
勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』
弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』
勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』
与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』
勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』
与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』
勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』
六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』
勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』
六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』
 弥次彦口をきつて
『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』
六『有難う御座います』
と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。
弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』
与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』
弥『アヽさうか、ナンダかソソナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』
勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』
与『消毒薬とは何ですか』
勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』
与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』
勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』
 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、
『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソ ヤソ ヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガ マガ マガ、ヒヒ、ココ、ヒコ ヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サア サア サア、美事行つて見よ……』
勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』
と双手を組んで霊線を発射した。
八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』
と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。
八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』
と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、
『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』
と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、
『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイ ホーイ ホーイ』
と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。
『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』
と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。
勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』
と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。
勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』
 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。
 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。
弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』
勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』
弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』
勝『惟神霊幸倍坐世』
与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』
勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』
与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツ卜改心なされ』
勝『惟神霊幸倍坐世 惟神霊幸倍坐世』
六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』
勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』
弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』
一同『ワハヽヽヽ』
勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』
と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。
勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』
弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』
勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』
与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』
 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。
 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。
 藪医者は、一寸首を捻つて、
『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』
と宣告を下し居たりける。
(大正一一・三・二五 旧二・二七 松村真澄録)

物語15-99-1 1922/04 如意宝珠寅 跋文

天人や精霊界に入りし者は また現界や自然界
 事物を見ること不能なり 鎮魂帰神の妙法に
 よりて人間の体を藉り 憑依せし時漸くに
 現界の一部を見聞し 人に対して物語り
 為し遂げらるるものぞかし 

物語31-2-9 1922/08 海洋万里午 誤神託

 秋山別、モリスの両人は、日暮シ河の南岸の萱野原に休息する折忽ち暗がりより怪しき声の聞え来りしに怖気付き、四這となつて其処を逃げ出し、二三丁計り引返[#ママ]し、やうやうここに胸を撫でおろし、それより再びアラシカ山を駆登り、神王の森に到着し、神勅を受て、紅井姫の行方を伺ふ事となしぬ。秋山別は、神主となり、モリスは審神者となつて、翌日の真夜中頃に神占を奉伺する事とはなりぬ。
 古ぼけた祠の床の上に三四尺間隔を置いて、神主、審神者は向ひ合ひ、モリスは双手を組み、不整調な音調もて天の数歌を歌ひ上ぐる。
『人、二人、見つけて、四るでも昼でも、五ちやつきまはし、六りやりに押さへつけて、七んでもかでも八り倒し、九ころに思ふ丈十く心する迄、百千万遍でも、思惑を立てさせ玉はねば、常世神王の森は離れませぬぞや』
『コラ、モリス、何を吐すのだ。そんな事で霊がかかるかい。馬鹿らしくつて、きばつて居れぬぢやないかい。モ一遍やり直せ』
『専売特許の新規発明だ。特許意匠登録の手続き中だから、マア黙つて聞いて居らう。何でも新しい事が流行する時節だから、開闢の初から襲用して来た一二三四……も余り苔が生えて面白くないからなア。神様も今迄の数歌はモウ聞き飽いてゐらつしやるから、チツと珍らしい事を申し上げて、此方を向かすと云ふ俺の一厘の秘密だ』
『お前神主になれ、秋山別が審神者をしてやらう。お前の審神者では根つから気乗りがせぬワイ。審神者さへよければ、どンな立派な神でも憑り玉ふのだからなア。併し何ぼモリスだつて、モリ住居の烏の神懸りは御免だから、臍下丹田に心を納めて、無我の境遇に入らねば駄目だよ。先づ第一に一切の夢想を除去する事。身体衣服を清潔にする事。併し旅行中だから衣服を清潔にする事丈は免除しておかう。山の上で水行する所がないから、身体の清潔も已むを得ずとして、是も免除する。次に感覚を蕩尽し、意念を断滅する事、大死一番の境に入る事。姿勢を正しうして瞑目静座する事。次に審神者が何を尋ねるか……何ぞと云ふ様な疑惑を持たぬ事。取越苦労を致さぬ事。過越苦労を致さぬ事。刹那心を楽むこと。それから最も大切な心得は、紅井姫に対して少しも執着のなき事。これ丈の心得がなければ、正しい神が憑つて来て、正しい判断を与へてくれぬから、其積もりで心身を澄清にし、感触の為に乱れざる事を慎むべし……マアこンなものだ』
『大変に六つかしい事を言うのだね。モツと平たく云うて呉れないか』
『俺だつて平たく言ふこた出来ぬワイ。現在どンな意味だと云ふ事は、俺も分らぬのだからな。楓別命さまが何時も仰有る事を無意識に腹へ詰め込みた丈だ。併し分らぬのが有難いのだよ。お経だつてさうぢやないか。唱へてる坊主でさへもテンデ何の事か分らず、聞いてる連中にも分らぬとこに有難味があるのだからのウ。
 分つて見ての後の心に比ぶれば、分らぬ昔ぞ有難かりけり
と云ふ様なものだな。サア早く瞑目静座せぬかい』
『サア、どンなエライ神さまが、お憑りになるか知れぬぞ。ビツクリするなよ』
『何だ其スタイルは、無茶苦茶に肱を張りよつて、馬鹿に威張つとるぢやないか。丸で鉛の天神さま見たいに、見つともないぞ。モウちつと肩を下て、品のよい地蔵肩にせぬかい』
 モリスは無性矢鱈に手を振り、首を揺り、口をパクパクさせ乍ら、歯糞だらけの不整律な田螺の様な歯を剥き出し、
『ウーウーウー』
 ドスンドスンドスンと床をふるはせ乍ら飛びあがり出した。秋山別は、随分烈しい神懸りだナアと小声に言ひ乍ら、ポンポンと二拍手し、恭しく頭を下げ、
『何れの神様で御座いますか? 何卒御名を告げさせ玉へ。及ばず乍ら秋山別、審神者を仕りまする』
『アハー アハー アハー、阿呆らしいワイ。アキもせぬ恋路にあくせくと致して、そこらあたりを歩き廻り、憐れな面を致して、姫に会ひたい会ひたいと憧憬歩く、安本丹、悪人の癖に女に対しては、随分涙脆い奴ぢやのう。此方は神王の森に、年古く守護致す悪魔大王と申す大天狗であるぞよ』
『アヽヽ余りぢや御座いませぬか。アタ悪性な人の欠点計り並べ立てて、あられもない事を仰有ります。余りのこつて、秋山別も呆れてものが言はれませぬワイ、アフンとして開いた口が早速には塞がりませぬ。悪魔大王様、モウちつと色よい御託宣をして下さつたら如何です』
『イヒヽヽヽ色よい返事をせいと申すが、此大天狗は男であるぞよ。其方の色よい返事がして欲しいのは、紅井姫の口からであらう。いろいろと工夫を致し、手を廻し、足を働かせ、幾年掛つても意思互に疏通するまで行くのだ、さうすれば色よい返事が来るかも知れぬぞよ。いらつでないぞよ。勢に任して早く盛物に手をかけようと致すと、サツパリ可かぬぞよ。何事もイヽ因縁づくぢや。力一杯意茶つく様になるのは、一二年先かも知れぬぞよ。一日も早く添ひたくば、イモリの黒焼を拵へてふりかけたが、一番著しい偉効があるぞよ。要らぬことに何時までも心配を致すでないぞよ。いけすかない面をして、余り威張るものだから、厭がられて了ふのだ。俺の意見に異議があれば、どこ迄でも尋ねたがよいぞよ。委細の様子を一伍一什、説き諭してやるぞよ』
『イヽヽ意茶つかさずに、モツと一さくにとつとと言つて下さいませ。心が、いらいらして、意思が固まりませぬ。石よりも固い私の決心、いつかないつかな、何時になつても動く様なチヨロ臭い恋では御座いませぬ。意地づくでも目的を立てねば置かぬので御座いますが、一体此恋は何時になつたら成就するもので御座いませうかな。一年も二年も待てと仰有つても、到底さう永くは待てませぬワ』
『ウフヽヽヽうるさがられて、肱鉄を乱射され乍ら、まだ目が醒めぬか。うろたへ者奴、紅井姫もお前の迂濶な智慧にはウンザリしてゐるぞよ。何程其方が秋波を送つても、膿んだ鼻が潰れたとも、言つて来る気遣ひはあるまい。うぶの心になつて神の誠の教を悟り、普く人を愛し、牛の様に俯むいて働きさへすれば、美しい女がうるさい程、ウザウザと其方の側へ集まつて来るぞよ。先づ第一運の循つて来る迄、誠を尽して待つて居るが良からう』
『ウヽヽうつかり聞いて居らうものなら、此天狗何を吐すか分つたものぢやないワ。モウ御引取り下さい……』
 ポンポンと手を拍つ。
『エツヘヽヽヽ、まだまだ言はねばならぬ事がある。縁と月日は待つがよいと云ふ事があらうがなア。併し乍ら其方と紅井姫との縁は余り遠方過ぎて、届き兼ねるから、其方から遠慮を致したが得だらう。絵にもかけない様な美人を、鳥羽絵の如うな面をした其方が、女房に選ぶとは、チツと提灯に釣鐘だ。閻魔の帳面を拝借して調べて見い、紅井姫はモリスの妻なりと、ハツキリと附け止めてあるぞよ』
『エヽ此奴ア偽神懸りをやつてやがるのだな。感覚を蕩尽し、意念を断滅した神懸りがモリスの都合の好い事を吐すと云ふのが怪しい……オイ、モリス、もう駄目だ。サツパリ化けが現はれたぞ。秋山別の審神者を瞞さうと思つても、此方の天眼通を欺く事は出来まい。頭到狐の尻尾を出しよつたぢやないか』
『オツホヽヽヽ、尾を出したと申すが、其方に尾が見えるか、見えるなら一つ掴まへて見よ。横道者奴、大天狗を掴まへて狐などとは能くも大きな口で申したなア』
『オヽヽおきやがれ。脅し文句計り並べて、往生さそうと思つて、そンな事に尾を巻いて、ヘーヘー言ふ様な俺ぢやないワイ』
『カツカツヽヽヽ烏の婿に孔雀の嫁とは、チツと釣合ぬぢやないか。能く考へて見い』
『カヽ構うない、俺の嬶の事まで干渉する権利がどこにあるか』
『キツヽヽヽ貴様、それでも嬶の事に就いて神勅を伺ふと申し、モリスを神主として尋ねて居るのではないか。チツときまり悪うなり、気味が良くない事を吐す気にくはぬ、気障な大天狗だと思つて居るであらうのウ。
クヽヽ黒い面をして、雪の如うな姫に恋だの鮒だのと、何を洒落るのだ』
『ハテ、どうしても此奴ア怪しいぞ。オーイ、モリス、いい加減に止めたら如何だい。そンな偽神懸りをやつたつて、駄目だぞ』
『ケツ ケツ ケツ怪つ体の悪い、とうとう尻尾を掴みよつたな、ヤツパリ俺はモリス大明神だ。烏一匹の霊も蜥蜴の霊も、実は懸つてゐないのだよ。何と云つても俺の霊が皆紅井姫にかかつてるものだから、サツパリ脱殻だ。受ける霊がないものだから、大天狗も懸る事が出来ぬぞよ。アツハヽヽヽ』
『コツコヽ斯んな事を言つて居つても、何時までも果てぬから、是から口占を行つて、吾々の進退をきめる事にせうかい、のう、モリ公』
『モリスも同感だ、サヽヽ早速口占で決定て了はう。シヽヽ確りと腹帯を締めて掛らぬと、又国依別にスヽヽすつぱ抜を喰はされて了ふぞ。国依別の奴甘い事をしよつて、セヽヽ雪隠で饅頭食たよな面をしてゐやがるのが癪に障つて堪らぬぢやないか?』
『ソヽヽそらさうぢや。互にしつかりせぬと、タヽヽ忽ち……忽ちぢや。チヽヽ血道を分けて、ツヽヽ附き纒うた、テヽヽ、天女の様な御姫さまを、トヽヽ取られて了うて、ナヽヽ、情ないぢなないか。ニヽヽ二人共能い面曝て、月夜に釜を、ヌヽヽ抜かれて了ひ、ネヽヽ根つから葉つから、糞面白くもない。斯んな目に会うて、ノヽヽ呑気な顔しても居られぬワイ。ハヽヽ早う何とか良い智慧をめぐらし、ヒヽヽ秘密の奥を探り、妙を尽し、一時も早くフヽヽ夫婦になつて、ヘヽヽ平和な家庭を作り、姫をホヽヽホームの女王と仰ぎ奉り、マヽヽまめやかに、ミヽヽ身を粉にして、一言も背かず、女王さまのムヽヽ無理を無理と思はずに喜ンで参り、メヽヽ滅多に怒らぬ様にせなくては、折角モヽヽ貰うた奥さまもサツパリ駄目になつて了うかも知れないぞ』
 モリスは又喋り出した。
『ヤヽヽ喧しワイ、イヽヽいろいろとらつちもないことを、ユヽヽ言やがつて、エヽヽ縁起の悪い、ヨヽヽヨタリスクを、ラヽヽ乱発し、リヽヽ理窟にも合ぬ事を、ルヽヽ縷々数万言を並べ立て、レヽヽ廉恥心を一寸弁へぬか、ロヽヽ碌でなし奴、ワヽヽ笑はしやがる、ヰヽヽ何時迄も女の尻を、ウヽヽ迂路々々と、うろつき廻り、エヽヽエツパツパを喰はされても、オヽヽお前はまだ目が醒めぬのか、ガヽヽ餓鬼ぢやなア、我利我利亡者の、ギヽヽ義理知らず奴、グヽヽ愚にもつかぬ事を、何時迄もグヅグヅと、ゲヽヽげん糞の悪い、ゴヽヽ御託を並べ、ザヽヽザマが悪いぞ。ジヽヽジつと胸に手を当てて考へて見い、貴様の様なズヽヽづ法螺に誰がエリナだつて、ゼヽヽ膳を据ゑるものかい、ゾヽヽぞぞ髪が立つと云うて逃げ出すぞよ』
 秋山別も又負ぬ気になり、
『ダヽヽ黙れ、矢釜しいワイ。ヂヽヽぢつとして聞いて居れば、ヅヽヽ図々しくも止め度もなく喋べり立てよつて、モウ俺もウンザリした。勝手に喋つておけ、デヽヽでんでん虫でさへも家を持つてるのに、宿無し坊奴が、ドヽヽどこまでも毒つきよつて、バヽヽ馬鹿にするも程があるワイ。此上何なつと吐いて見よ、ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬよに霊をかけて封じてやろか。ブヽヽ無細工な鯱面をし依つて、ベヽヽべらべらと色男気取で、何を吐くのだい、ボヽヽぼけの粕奴が』
 モリスは又喋り出す。
『パヽピヽプヽペヽポヽと庇をこいた様な庇理窟をやめて、是から二人の女を力一杯アイウエオだ。さうすれば向方だつて結局にはお前さま私に向つてナニヌネノなさると言はれまい。終ひの果にやサシスセソだ。彼奴の事思うと、何時も何だか知らぬが、タチツテトだ。暗がりに○○の○○へハヒフヘホして肱鉄をかまされ、恥をカキクケコやるよりも、あのナイスをワヰウヱヲにして了うのだなア。サア神懸りや口卜で伺つて居つても根つからマミムメモな事を知らして呉れないから、実地が一番早道だ。キツと日暮シ山の岩窟の中で陥穽に放り込まれ、誰か強い人が出て来て私を早く助けて紅井姫かなア……と青息吐息をついてるかも知れないよ。サア天狗の託宣ぢやないが、マラソン競争で決勝点を得た者が紅井姫のハズバンドだ。スヰートハートし切つたナイスを無下に見殺しにするのも、男の顔が立たない。都合よく陥つて居れば良いがなア、秋公』
『さうすれば此秋山別が、紅井姫さまをグツと抱上げ……これはこれはどなたかと思へば、ヒルの館の楓別命様の御妹の紅井の君で御座いましたか、誠に危いとこで御座いましたが、マアマア結構で御座います。是と云ふのも神様の御かげ、第一秋山別の舎身的活動の結果で御座いますワイ……と円滑に高飛車に言霊車を運転さす、さうすると姫様が玉の涙を泛べ給ひ……誰かと思へばお前は秋山別であつたか、これ程世の中に沢山の人があつても、妾に命がけの同情をして呉れる者はお前より無い、あゝ済まなかつた。そンな親切な男と知らずして、今まで飯の上の蠅を追うやうにすげなうしたのは、済まなかつた。秋山別、相変はらず可愛がつて頂戴ね……なんて反対に紅井姫さまの方からラバーすると云ふ段取りだ。イヒヽヽヽウフヽヽヽエヘヽヽヽオホヽヽヽおゝ面白い面白いイヤお芽出たい。割なき仲となつて御互に面白く可笑しく此世を送るのだなア。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。アハヽヽヽ、モリ公、どうだい』
『勝手に何なつと言つて、糠喜びをして居るが好いワ。サア一時も早く決勝点に達した者がハズバンドだ。誰が何と云つても、大天狗の御許しだから、……オイ、グヅグヅしてると、丸木橋のあたりで日でも暮れようものなら、例のホヽヽヽヽだよ。サア行かう』
と尻ひつからげ、神王の森を後に、二人は一生懸命に、又もや日暮シ山の岩窟さして進み行く。

物語37-3-20 1922/10 舎身活躍子 仁志東

1898年 明治31年 28歳 4月 駿河の稲荷講社本部に長沢雄楯を訪問

午前九時頃から、長沢先生は再び自分を招かれた。早速に先生の前に出で、今度は自分の方から喋り立て、先生に一言も云はすまいと覚悟をきめて出合ふなり、自分の神懸りになつた一伍一什を息もつかずに三時間斗り述べ立てた。先生は只『ハイハイ』と時々返事をして、喜楽の三時間の長物語を神妙に聞いて呉れられた。其結果一度審神者をして見ようと云ふことになり、喜楽は神主の席にすわり、先生は審神者となつて幽斎式が始まつた。其結果疑ふ方なき小松林命の御神懸といふことが明かになり、鎮魂帰神の二科高等得業を証すといふ免状迄渡して貰つた。喜楽は今迄数多の人々に発狂者だ、山子だ、狐つきだとけなされ、誰一人見わけてくれる者がなかつた所を、斯の如く審神の結果、高等神懸と断定を下されたのであるから、此先生こそ世界にない、喜楽に対しては大なる力となるべき方だと打喜び、直ちに請ふて入門することとなつたのである。要するに長沢先生の門人になつたのは霊学を研究するといふよりは、自分の霊感を認めて貰つたのが嬉しかつたので入門したのであつた。

物語37-4-22 1922/10 舎身活躍子 大僧坊

1898年 明治31年 28歳 10月

 喜楽の入綾に先立ち茲に一つの珍話がある。明治三十一年の八月、八木の福島氏に二三回頼まれて、園部黒田の会合所から、はるばると山坂を越え、参綾して教祖に面会し、四方すみ子、黒田きよ子、四方与平氏などの大賛成を得、出口教祖と共に、艮の金神様のお道を広めようとした時、足立氏や中村氏の猛烈なる反対に遭ひ、教祖より……時機尚早し、何れ神様の御仕組だから、時節を待つて御世話になりますから、一先づ帰つて下さい……と云はれて、是非なく園部黒田の会合所へ帰り、それよりあちら此方と宣伝に従事して居た。
 黒田を発つて北桑田の方面へ布教を試みようと思ひ、五箇庄村の四谷の少し手前の、二十軒ばかりの村に差かかつた。日もソロソロ黄昏時、どこかに適当の宿を求めようかと懐中を探つて見れば、懐にはたつた二十銭しかない。……ママよ、困つたら野宿をしてやらう……と腹をきめて疲れた足を引ずつて行くと、山から粗朶をかついで帰りて来る二三人の村人と途伴れになつた。ゆくゆく下らぬ話をしてゐる内にも、話は自然病人のことや憑者のことに移つて行つた。さうすると其中の一人が、
『あなたは憑者をおとす御方ですか、随分誓願寺の祈祷坊主や稲荷下げが来ますけれど、中々おちぬものです。此村にも不思議な憑者で困つて居る者があります』
と朴訥な村人は、行手に見える道の左側の可成り大きな一棟の家を指し乍ら、
『あすこの爺は小林貞蔵といひますが、どういふ訳か、十五六年前から、腹の中から大きな声が出る病気で、本人の知らぬことをズンズンと喋り立てます。貞蔵サンは何とかして声の出ない様にと骨を折るのだが、何うしても止らぬのが不思議ですよ。最初の間は自分から大変に警戒をしてゐましたが腹の中の憑者は……おれは立派な神さまだ……と名のるのを、いつのまにやら信じて了ひ、其声の指し図通りに相場をしましたが失敗の基で、田舎では可なりの財産を大方なくして了ひました。只今では駄菓子の小売をしたり、ボロ材木屋をして暮してゐますが、腹の声はまだ止まず、いろいろ雑多とつまらぬことを喋るので、貞蔵サンもこれには持て余してゐます』
と何気なく喋り立てる。喜楽は心の中で、……今夜のおれの御宿坊はここだなア……と自分ぎめにきめて了ひ、何食はぬ顔して其家の店先へ行つて見ると、一文菓子が少し計り並べてあり、店先には五十計りの額口のバカに光つた、鼻の高い丸顔爺が、厭らしい笑を湛へてすわつてゐた。喜楽は、
喜楽『一寸休ませて下さい』
と縁側に腰を卸して、ムシヤムシヤと駄菓子をつまんで食ひ出した。五銭十銭十五銭と菓子を平げ、貧弱な菓子箱はモウそれでおしまひになつて了つた。爺は呆れて喜楽の顔を見つめて居た。喜楽は、
喜楽『お菓子はこれで品切れですか、せめてモウ一円計り食ひたいものだ』
といつた。爺はますます呆れ、丸い目を剥き出し、
爺『お前サン、何とマアお菓子の好きな方ですな。何うしてそないに沢山あがられますか、お腹が悪うなりますで……』
と注意顔に云ふ。
喜楽『わしが食べるのぢやない、わしは元来菓子は嫌だが、皆私に憑いてゐる副守護神が食べるのぢや。サアお金を取つて下さい!』
と後生大事に持つて居た身上ありぎりの二十銭銀貨をポンと放り出した。
『ヘー』
と爺は益す目玉をまん丸うして、
爺『あんたにもヤツパリ憑者がゐますか、ふしぎな事もあるものぢやなア。私もドテライ憑者が居つて、困りますのぢや』
と云ひ乍ら、自分の身の上を打あけて、果ては、
爺『どうぞ此憑者を退かして頂く訳には行きますまいか』
と憑霊退散の相談を持ちかけて来た。喜楽はヤツと安心して爺の勧むる儘に、家に上りこんで、夕飯を頂き、そしてソロソロ鎮魂帰神の法を実施する段取となつた。
 喜楽は審神者となり爺は神主となり、主客相対坐して奥座敷にすわり、懐から神笛を出して、ヒユーヒユーヒユーと吹き立て、天の数歌を二回唱へ上げ、『ウン!』と力をこめるや否や、元来ういてゐた霊の事だから、ワケもなく大発動を始めた。其発動状態が頗る奇抜なもので、青い鼻汁が盛に出る。ズルズルズル ポトポトと際限なく膝の上に落ちる。爺サンはしきりにそれを気にして、組んで居た手を放して、懐から紙を出して、チヨイ チヨイと拭きにかかる、又手を組む、ズルズルと鼻汁が出る、爺は手をはなして、
爺『一寸先生失礼』
といひ乍ら、懐から紙を出してツンとかむ、そして又手を組む、鼻汁がツルツルと出る、又手を放し、懐の紙を出してハナを拭く。そして大きな声で、
『ヴエー』
と唸り、うなつた拍子に、口が細く長くへの字になる。五六回もこんな事を繰返すのを、黙つて見て居たが、霹靂一声、
『コラツ!』
と喜楽は大喝してみた。爺は此声に驚いて、一尺許り手を組んだ儘飛上つた。
喜楽『モウ鼻汁をふく事は相成らぬ。何神か名を名乗れ!』
と問ひ詰めた。爺サンの鼻汁は依然として、遠慮会釈もなくツルツルと流れおつる。拭く事を禁ぜられたので、鼻汁が連絡して了ひ、鼻の穴から膝まで、つららのやうに垂れさがる。喜楽は委細かまはず、たたみかけて、
喜楽『早く名を言へ、早く早く』
とせき立つれば、爺の憑霊は肘をはり、口をへの字に結び、しかつめらしく、
爺『オーオ、俺は、俺は……のう』
と腹の底から途方途轍もない高い声が湧いて来る。そして又、
爺『おれはおーれはのう、おれはのう』
と連続的に『俺は』を続けてゐる。
喜楽『なんぢや辛気くさい、其先を言へ』
爺『俺はのう、ウツフン、アツハヽヽヽ』
喜楽『早く名乗らぬか、同じ事許り、何べんも何べんも、くり返しよつて、辛気くさいワイ』
爺『オヽヽ俺はのう、俺はのう、クヽヽヽ鞍馬山のダヽヽヽヽヽ大僧坊だワイ』
と芝居がかりの大音声、
喜楽『フヽン、何を吐すのだ。鞍馬山には大僧正なら居るが、大僧坊などと言ふ天狗がゐるものか、有のままに白状せい。果して鞍馬山の天狗なれば、鞍馬山の地理位は知つてゐるだろ。鞍馬山は何といふ国の山だ』
爺『アツハヽヽヽア、バカバカバカ、馬鹿者奴! 鞍馬山の所在が知れぬ様な事で、審神者を致すなぞとは片腹痛いワイ。知らな、云つて聞かさうか、山城の国の乙訓郡であるぞよ』
喜楽『鞍馬山は乙訓郡ではないぞ。自分の居る所さへ分らぬ様な者が、鞍馬山の大僧坊とは駄法螺を吹くにも程がある。其方は擬ふ方なき野天狗であらうがなア』
爺『見破られたか、残念やな、クヽヽ口惜やなア』
と鼻汁天狗は飽くまで芝居気取りで、切り口上で呶鳴つてゐる。
喜楽『畏れ入つたか、貴様はヤツパリ野天狗であらうがなア』
爺『オヽオウ、俺は俺は、ヤツパリ野天狗であつたワエ』
 言ひも終らず、爺の体は宙に浮かんで、静坐せる審神者の頭の上を、前後左右縦横自在にかけり出した。そして隙をねらつて、目玉のあたりを足げにせうとの魂胆、実に険呑至極であつた。乍併これしきの事にビクツク様では審神者の役はつとまらないと、咄嗟に組んだ手をといて右の人差指に霊をかけ、爺の体に向けて、喜楽は指先を右に一回転した。それに従つてクルリと爺の体は宙に浮かんだまま、鼻汁迄が円を描いて、右に一回転する。続いて指を左にまはせば、爺の体はそれにつれて左に一回転する。指をクルクルクルと間断なくまはせば、爺の体もクルクルクルとまるで風車其ままであつた。此荒料理には流石の野天狗も往生したと見え、全身綿の如く疲れ切つてヘトヘトになり、とうとう畳に平太ばつて了つた。そして切りに首をふり乍ら、顔を畳にひつつけた儘、
爺『一切白状致します、御免下さいませ。モウ斯うなれば隠しても駄目だから……』
と以前の権幕はどこへやら、猫に追はれた鼠のやうにちぢこまつた。喜楽の質問につれ逐一自白したが、それはザツと左の通りであつた。
『此爺の叔父に一人の財産家があつた。それを此爺が十四五年前、悪辣なる手段でたらしこみ、財産全部を横領して了つた。叔父は憤怒と煩悶の余り、精神に虚隙が出来、其結果野天狗につかれ、とうとう山奥にいつて首を縊つて往生して了つた。死骸は永らく見つからず、二三年してから白骨となつて、山の奥にころがつてゐた。余りの悔しさ残念さに、叔父の亡霊は此爺が酒にくらひ酔うて、道傍に倒れてる隙を考へ、野天狗と一所に憑依し、そして鞍馬山の大僧坊と偽り、米が非常に下がるから早く相場をして売にかかれ、大変な金を儲けさしてやると云ふので、売方になると米が段々と上がつて来る。今度は又米があがるから買方になれと云ふので、其通りやつて見ると、大変な大下がりを喰ひ、何回となくたばかられて、大損害を重ね、折角叔父から手に入れた山林田畠も残らず売りとばして了ひ、駄菓子屋とヘボ材木屋とまで零落させて了つたのである、尚最後には何とかして命まで取る積で居つた所、今日計らずも、霊術非凡な審神者に看破されたので厶います』
と大体の自白をした。そして鼻汁が盛んに出るのはつまり首をくくつた時、鼻汁を垂れた其亡霊の所為である。白骨の主を手あつく葬る事を爺が約束したので、亡霊はヤツとのことで、爺の体から退散した。乍併退散したといふのは表向で、ヤツパリ此爺の体に潜み、時々妙な事をやらすのである。此爺さんは明治四十五年頃大本へ訪ねて来たことがある。今は家も何もかも売つて了ひ、大阪方面へ出稼ぎに行つたといふことである。

物語48-1-1 1923/01 舎身活躍亥 聖言

ここに霊界に通ずる唯一の方法として、鎮魂帰神なる神術がある。しかして人間の精霊が直接大元神すなはち主の神(または大神といふ)に向かつて神格の内流を受け、大神と和合する状態を帰神といふのである。帰神とは、わが精霊の本源なる大神の御神格に帰一和合するの謂である。ゆゑに帰神は、大神の直接内流を受くるによつて、予言者として、最も必要なる霊界真相の伝達者である。
 次に大神の御神格に照らされ、知慧証覚を得、霊国に在つてエンゼルの地位に進んだ天人が、人間の精霊に降り来たり、神界の消息を、人間界に伝達するのを神懸といふ。またこれを神格の間接内流ともいふ。これもまた予言者を求めてその精霊を充たし、神界の消息を、ある程度まで人間界に伝達するものである。
 次に、外部より人間の肉体に侵入し、罪悪と虚偽を行ふところの邪霊がある。これを悪霊または副守護神といふ。この情態を称して神憑といふ。
 すべての偽予言者、贋救世主などは、この副守の囁きを、人間の精霊みづから深く信じ、かつ憑霊自身も貴き神と信じ、その説き教へるところもまた神の言葉と、自ら自らを信じてゐるものである。すべてかくのごとき神憑は、自愛と世間愛より来たる凶霊であつて、世人を迷はし、かつ大神の神格を毀損すること最もはなはだしきものである。かくのごとき神憑は、すべて地獄の団体に籍をおき、現界の人間をして、その善霊を亡ぼし、かつ肉体をも亡ぼさむことを謀るものである。近来天眼通とか千里眼とか、あるひは交霊術の達人とか称する者は、いづれもこの地獄界に籍をおける副守護神の所為である。泰西諸国においては、今日やうやく現界以外に霊界の在ることを、霊媒を通じてやや覚り始めたやうであるが、しかしこの研究は、よほど進んだ者でも、精霊界へ一歩踏み入れたくらゐな程度のもので、たうてい天国の消息は夢想だにも窺ひ得ざるところである。たまには最下層天国の一部の光明を、遠方の方から眺めて、臆測を下した霊媒者も少しは現はれてゐるやうである。霊界の真相を充分とはゆかずとも、相当に究めた上でなくては、妄りにこれを人間界に伝達するのは、かへつて頑迷無智なる人間をして、ますます疑惑の念を増さしむるやうなものである。ゆゑに霊界の研究者は、もつとも霊媒の平素の人格についてよく研究をめぐらし、その心性を十二分に探査した上でなくては、好奇心にかられて、不真面目な研究をするやうなことでは、学者自身が中有界は愚か、地獄道に陥落するにいたることは、想念の情動上やむを得ないところである。
 さて、帰神も神懸も神憑も、概括して神がかりと称へてゐるが、その間に、非常の尊卑の径庭あることを覚らねばならぬのである。
 大本開祖の帰神情態を、口述者は前後二十年間、側にあつて伺ひ奉つたことがある。開祖は何時も、神様が前額より肉体にお這入りになるといはれて、いつも前額部を右手の拇指で撫でてゐられたことがある。前額部は、高天原の最高部に相応する至聖所であつて、大神の御神格の直接内流は、必ず前額より始まり、つひに顔面全部に及ぶものである。しかして人の前額は、愛善に相応し、額面は、神格の内分一切に相応するものである。畏れ多くも口述者が開祖を、審神者として永年問、ここに注目し、つひに大神の聖霊に充たされたまふ地上唯一の大予言者たることを覚り得たのである。
 それからまた高天原には霊国、天国の二大区別があつて、霊国に住める天人は、これを説明の便宜上、霊的天人といひ、天国に住める天人を、天的天人といふことにして説明を加へようと思ふ。すなはち霊的天人より来たる内流(間接内流)は、人間肉体の各方面より感じ来たり、つひにその頭脳の中に流入するものである。すなはち前額および顳額より、大脳の所在全部に至るまでを集合点とする。
 この局部は、霊国の智慧に相応するがゆゑである。また天的天人よりの内流(間接内流)は、頭中小脳の所在なる後脳といふ局部、すなはち耳より始まつて、頸部全体にまで至るところより流入するものである、すなはちこの局部は、証覚に相応するがゆゑである。
 以上の、天人が人間と言葉を交へる時にあたり、その言ふところはかくのごとくにして、人間の想念中に入り来たるものである。すべて天人と語り合ふ者は、また高天原の光によつて、そこにある事物を見ることを得るものである。そはその人の内分(霊覚)は、この光の中に包まれてゐるからである。しかして天人は、この人の内分を通じて、また地上の事物を見ることを得るのである。すなはち天人は、人間の内分によつて、現実界を見、人間は天界の光に包まれて、天界に在るすべての事物を見ることが出来る。天界の天人は、人間の内分によつて世間の事物と和合し、世間はまた天界と和合するに至るものである。これを現幽一致、霊肉不二、明暗一体といふのである。
 大神が、予言者と物語りたまふ時は、太古すなはち神代の人間におけるがごとく、その内分に流入して、これと語りたまふことはない。大神は先づ、おのが化相をもつて精霊を充たし、この充たされた精霊を予言者の体に遣はしたまふのである。ゆゑにこの精霊は、大神の霊徳に充ちて、この言葉を予言者に伝ふるものである。かくのごとき場合は、神格の流入ではなくて伝達といふべきものである。
 伝達とは、霊界の消息や大神の意思を、現界人に対して告示する所為をいふのである。
 しかして、これらの言葉は、大神より直接に出で来たれる聖言なるをもつて、一々万々確乎不易にして、神格にて充たされてゐるものである。しかして、その聖言の裡には、いづれもみな内義なるものを含んでゐる。しかして天界にある天人は、この内義を知悉するには、霊的および天的意義をもつてするがゆゑに、ただちにその神意を了解し得れども、人間は何事も自然的、科学的意義に従つてその聖言を解釈せむとするがゆゑに、懐疑心を増すばかりで、たうてい満足な解決はつけ得ないのである。ここにおいてか大神は、天界と世界すなはち現幽一致の目的を達成し、神人和合の境に立ち到らしめむとして、瑞霊を世に降し、直接の予言者が伝達したる聖言を、詳細に解説せしめ、現界人を教へ導かむとなしたまうたのである。
 精霊はいかにして、化相によつて大神より来たる神格の充たすところとなるかは、今述べたところを見て明らかに知らるるであらう。
 大神の御神格に充たされたる精霊は、自分が大神なることを信じ、またその所言の神格より出づることを知るのみにして、その他は一切知らない。しかしてその精霊は、言ふべきところを言ひつくすまでは、自分は大神であり、自分の言ふことは大神の言である、と固く信じ切つてゐるけれども、一旦その使命を果すに至れば、大神は天に復りたまふがゆゑに、にはかにその神格は劣り、その所言はよほど明晰を欠くがゆゑに、そこに至つて、自分はヤツパリ精霊であつたこと、また自分の所言は、大神より言はしめたまうたことを知覚し、承認するにいたるものである。大本開祖のごときは、始めより大神の直接内流によつて、神の意思を伝へをること、および自分の精霊が神格に充たされて、万民のために伝達の役を勤めてゐたことをよく承認してゐられたのである。その証拠は『大本神諭』の各所に明確に記されてある。今更ここに引用するの煩を省いておくから、開祖の『神諭』について研究さるれば、この間の消息は明らかになることと信ずる。
 開祖に直接帰神したまうたのは、大元神大国治立尊様で、その精霊は、稚姫君命と国武彦命であつた。ゆゑに『神諭』の各所に……此世の先祖の大神が国武彦命と現はれて……とか又は…稚姫君の身魂と一つになりて、三千世界(現幽神三界)の一切の事を、世界の人民に知らすぞよ……と現はれてゐるのは、いはゆる精霊界なる国武彦命、稚姫君命の精霊を充たして、予言者の身魂すなはち天界に籍をおかせられた、地上の天人なる開祖に来たつて、聖言を垂れさせたまうことを覚り得るのである。
 前巻にもいつた通り、天人は、現界人の数百言を費やさねばその意味を通ずることの出来ない言葉をも、わづかに一二言にて、その意味を通達し得るものである。ゆゑに開祖すなはち予言者によつて示されたる聖言は、天人には直ちにその意味が通ずるものなれども、中有に迷へる現界人の暗き知識や、うとき眼や、半ば塞がれる耳には容易に通じ得ない。それゆゑに、その聖言を細かく説いて、世人に諭す伝達者として、瑞の御霊の大神の神格に充たされたる精霊が、相応の理によつて変性女子の肉体に来たり、その手を通じ、その口を通じて、一二言の言葉を数千言に砕き、一頁の文章を数百頁に微細に分割して、世人の耳目を通じて、その内分に流入せしめむために、地上の天人として、神業に参加せしめられたのである。
 ゆゑに開祖の『神諭』を、そのまま真解し得らるる者は、すでに天人の団体に籍をおける精霊であり、また中有界に迷へる精霊は、瑞の御霊の詳細なる説明によつて、間接諒解を得なくてはならぬのである。しかして、この詳細なる説明さへも首肯し得ず、疑念を差しはさみ、研究的態度に出でむとする者は、いはゆる暗愚無智の徒にして、学で知慧のできた途中の鼻高、似而非学者の徒である。かくのごとき人間は、已にすでに地獄界に籍をおいてゐる者なることは、相応の理によつて明らかである。かくのごとき人は、容易に済度し難きものである。何故ならば、その人間の内分は全く閉塞して、上方に向かつて閉ぢ、外分のみ開け、その想念は神を背にし、脚底の地獄にのみ向かつてゐるからである。しかしてその知識はくらみ、霊的聴覚は鈍り、霊的視覚は眩み、いかなる光明も、いかなる音響も、容易にその内分に到達せないからである。されど、神は至仁至愛にましませば、かくのごとき難物をも、いろいろに身を変じたまひて、その地獄的精霊を救はむと、昼夜御心を悩ませたまひつつあるのである。あ丶惟神霊幸倍坐世。

物語60-3-12 1923/04 真善美愛亥 三美歌(その一)

    第一四   (三七)
一  たふとき瑞霊よ    つみの身は
   さかし旅路に     まよひしを
   清けく照らす     御仁愛の
   ひかりを拝む     うれしさよ。
二  みづの御神に     すくはれし
   身霊いまより     ただ救主の
   御心のままに     うちまかせ
   神国の道に      進み行かむ。
三  悪のからまる     身は死にて
   瑞霊の稜威に     よみがへり
   きよき神使の     かずにいる
   その誓がひの     鎮魂帰神
四  汚れなき身の     幸ひは
   これに比ぶる     ものぞなき
   身もたましひも    みなささげ
   救主を慕ひて     月日おくる。

物語60-4-16 1923/04 真善美愛亥 祈言

祈願
天地初発之時より。隠身賜ひし国の太祖大国常立大神の御前に白さく。天の下四方の国に生出し青人草等の身霊に。天津神より授け給へる直霊魂をして。益々光華明彩至善至直伊都能売魂と成さしめ賜へ。邂逅に過ちて枉津神の為に汚し破らるる事なく。四魂五情の全き活動に由て、大御神の天業に仕へ奉るべく。忍耐勉強以て尊き品位を保ち、玉の緒の生命長く。家門高く富栄えて、甘し天地の花と成り光と成り。大神の神子たる身の本能を発き揚しめ賜へ。仰ぎ願はくは大御神の大御心に叶ひ奉りて、身にも心にも罪悪汚穢過失在らしめず。天授之至霊を守らせ給へ、凡百の事業を為すにも。大御神の恩頼を幸へ給ひて、善事正行には荒魂の勇みを振起し、倍々向進発展完成の域に立到らしめ給へ。朝な夕な神祗を敬ひ。誠の道に違ふ事無く、天地の御魂たる義理責任を全うし。普く世の人と親しみ交こり、人慾の為に争ふ事を恥らひ。和魂の親みに由て人々を悪まず、改言改過、悪言暴語無く、善言美詞の神嘉言を以て神人を和め。天地に代るの勲功を堅磐に常磐に建て。幸魂の愛深く。天地の間に生とし生ける万物を損ひ破る事無く。生成化育の大道を畏み、奇魂の智に由て。異端邪説の真理に狂へる事を覚悟可く。直日の御霊に由て正邪理非直曲を省み。以て真誠の信仰を励み、言霊の助に依りて大神の御心を直覚り。鎮魂帰神の神術に由て村肝の心を練り鍛へしめ賜ひて。身に触る八十の汚穢も心に思ふ千々の迷も。祓ひに祓ひ、退ひに退ひ、須弥仙の神山の静けきが如く。五十鈴川の流の清きが如く。動く事無く変る事無く。息長く偉大く在らしめ賜ひ。世の長人、世の遠人と健全しく。親子夫婦同胞朋友相睦びつつ。天の下公共の為、美はしき人の鏡として。太じき功績を顕はし、天地の神子と生れ出たる其本分を尽さしめ賜へ。総の感謝と祈願は千座の置戸を負て、玉垣の内津御国の秀津間の国の海中の沓嶋神嶋の無人島に神退ひに退はれ。天津罪、国津罪、許々多久の罪科を祓ひ給ひし、現世幽界の守神なる、国の御太祖国常立大神、豊雲野大神。亦伊都の御魂美都の御魂の御名に幸へ給ひて聞食し、相宇豆那比給ひ。
夜の守日の守に守幸へ給へと。鹿児自物膝折伏せ宇自物頸根突抜て。恐み恐みも祈願奉らくと白す。


鎮魂のみ

鎮魂については無数と言えるほど出てくる。ほとんどが、「鎮魂の姿勢をとり」という表現が多い。

物語03-7-24 1921/12 霊主体従寅 蛸間山の黒雲

大足彦は八頭神なる国玉別にむかひ順逆の道を説き、神の威徳をさとし言辞を竭して説示したるが、国玉別は天使の教示を聞くやたちまち顔色獰猛の相をあらはし、口をきはめて反抗し容易に屈伏せず、ほとンど捨鉢となりて天使大足彦の面上に噛みつかむとせるを、大足彦は、心得たりと両手の指を交叉し鎮魂の姿勢をとり、ウーと一声発くその言霊に、国玉別は地上に仰天し倒れ伏し、口中よりは多量の泡沫を吐きだし悶え苦しみけり。天使はなほも一声言霊の矢を放つや、八頭神の体内よりは、にはかに黒煙立ちのぼるよと見るまに、金毛八尾の悪狐の姿現はれ、雲をかすみと西の空めがけて逃失せにけり。

物語04-7-40 1921/12 霊主体従卯 照魔鏡

 大宮殿には大八洲彦命、高照姫命一派の神人がまめまめしく国祖大神に奉侍し、神務に奉仕し居たり。宮比彦はただちに奥殿に入り、神務長大八洲彦命にむかひ、国祖大神に伝奏されむことを願ふにぞ、大八洲彦命は大いに笑ひ、
『汝は常に神明に奉仕する聖職にありながら、かくのごとき妖怪変化をも看破し能はざるや。我はかかる小さきことを国祖に進言するは畏れおほければ謝絶す』
と断乎として撥ねつけたれば、宮比彦は大いに恥ぢ、神務長の言に顧み直ちに天の真名井に走りゆき、真裸体となりて御禊を修し、祈祷を凝らしけるに、果然宮比彦は国祖大神の奇魂の懸らせたまふこととなりぬ。ここに宮比彦は急ぎ大広間に現はれ、壇上に立ち両手を組み姉妹の女性にむかつて鎮魂の神業を修したるに、命の組みたる左右の人指指より光明赫灼たる霊気発射して二女の面を照らしければ、たちまち五月姫はその霊威光明に照らされて、金毛九尾白面の悪狐の正体を現はし、城内を黒雲にて包み、雲に隠れて何処ともなく逃げ去りにける。宮比彦は中空に向つて鎮魂をはじめ、
『一二三四五六七八九十百千万』
の天の数歌を再び繰返し奏上し終るとともに、大広間の黒雲は後形もなく消え去せ、神人らの面色はいづれも驚異と感激の色ただよひにける。

物語08-3-18 1922/02 霊主体従未 巴留の関守

 激潭飛沫囂々と音騒がしき千仭の谷間に、身を躍らして飛び入り、重傷に悩む荒熊を助け起して吾背に負ひ、漸く此処に駆上つて来た淤縢山津見は、荒熊を大地に下して神言を奏上し鎮魂を施し、頭部の傷所に向つて息を吹きかけたるに、不思議や荒熊の負傷は拭ふが如く癒え、苦痛も全く止まりて元の身体に復したり。荒熊は大地に両手をつき高恩を涙と共に感謝し、且つ無礼を陳謝したりける。

物語13-1-1 1922/03 如意宝珠子 言霊開

第一章 言霊開〔五二七〕
   天の岩戸
 故れ須佐之男の大神は 清明無垢の吾御魂
 現はれ出て手弱女を 生みしは乃ち吾勝ちぬ
 勝てり勝てりと勝ち荒びに 神御営田の畔を放ち
 溝埋め樋放ち頻蒔し 大嘗殿に屎散りて
 荒びに暴び給ひけり 故れ然すれど皇神は
 咎め給はず屎如すは 那勢の命の酒の所為
 屎には非で吐ける也 田の畔を放ち溝埋は
 地所惜らし思ふため 那勢の命の罪ならじ
 神心平に安らかに 直日に見直し詔直し
 言解き給へど荒び行 未だ止まずに転てあり。
     ○
 若日女機屋に坐して 神御衣織らしめ給ふ時
 機屋の棟を取り毀ち 天の班駒逆剥て
 墜し入れば神衣織女 驚き秀処を梭に突て
 終に敢なく身亡せけり ここに皇神見畏み
 天の岩屋戸閉立てて 隠りたまへば天の原
 とよあし原の中津国 常夜となりて皆暗く
 黒白も判ぬ世と成りぬ 曲津の神の音なひは
 五月の蝿の沸く如く 万の妖害みな起る。
     ○
 百千万のかみがみは 安の河原に神集ひ
 ここに議会は開かれて 議長に思兼の神
 思ひ議りて常夜なる 長鳴鶏を鳴かしめて
 安の河原の石を採り 天の香山の鉄を採り
 鍛冶真浦を求き寄せて 石凝姥のみことには
 八咫の鏡を作らしめ 玉の御祖の命には
 八阪の曲玉造らしめ 天の児屋根や太玉の
 命を呼びて香具山の 男鹿の肩を打抜きて
 天の羽々迦を切採りて 占へ真叶はしめ給ひ
 天の真榊根掘して 上枝に八阪の玉を懸け
 八咫の鏡を中津枝に 下枝に和帛を取垂て
 祭祀の御式具備りぬ 是れ顕斎の始めなり。
     ○
 故太玉のみことには 太幣帛を採り持たし
 天の児屋根の命には 太祝詞ごと詔曰し
 天の手力男のかみは 窟戸のわきに隠り立ち
 あめの宇受売命には 天の日蔭を手襁とし
 天の真拆をかづらとし 竹葉を手草に結占て
 窟戸の前に槽伏せて 踏轟かしかしこくも
 神人感合の神懸り 至玄至妙の幽斎
 行ひ給ひし尊さよ 胸乳掻出で裳緒をば
 番登に忍垂れ笑ひ鳧 命の俳優に天地も
 動りて神等勇み立つ 皇神怪しと思召して
 窟戸を細目に開きまし 御戸の内より詔賜はく
 吾いま岩窟戸に篭りなば 高天原も皆暗く
 あし原の国暗けむと 思ひ居たるに何故に
 宇受売の命は楽びしぞ 百千よろづの神等も
 歌舞音楽に耽るやと 怪しみ給へば智慧深き
 宇受売命の答けらく 皇大神にいや勝り
 尊き神ぞ現れ坐り 夫れゆゑ歓ぎ遊ぶなり。
     ○
 斯く宣る間に二柱 八咫の鏡をさし出て
 皇大神に奉る いよいよ怪しと思召て
 御戸より出て臨み坐す その時戸わきに隠り立ち
 天の手力男の神は 御手持曳き出し奉り
 斯れ太玉の命には 尻久米縄を御後へに
 引張渡し此処よりは 内に勿還り入りましそ
 言葉穏いに願ひけり 大神御心平かに
 御戸出でませば久方の 高天原も葦原の
 中津御国も自ら 隈なく光り冴え渡り
 万の神々いさみ立ち 天晴れ地晴れ面白や
 あな尊しや佐夜計弘計 目出度窟戸は開き鳧
 是れ顕斎の御徳にて また幽斎の賜ぞ。
     ○
 仰ぎ敬まへ神国に 生を享けたる民草よ
 天津御神の神勅以て 直霊の御魂現はれて
 至粋至純の神の美智 顕斎幽斎
鎮魂
 尊き神業を説明し 地上億兆蒼生に
 向ふ所を覚すなり 神の御恵み君の恩
 神国を思ふ正人は 固く守れや神の道。
   
鎮魂
 豊葦原の千五百あき みづほの国の神の苑
 栄え久しき常磐木の 松の御国に生れたる
 七せん余万の同胞は 日出るくにの国体の
 外に優れて比類無き 奇すしく尊き理由を
 究め覚らで有るべきや 万世変らぬ一すぢの
 天津御祖のさだめてし 皇大君の知ろしめす
 国は日の本ばかりなり 神代の昔那岐那美の
 二尊あらはれ坐々て 修理固成の大御神勅
 実践ありて国を産み 青人草や山川や
 木草の神まで生給ひ つひに天照大御神
 また月夜見の大神や 速須佐之男の大御神
 現出坐し目出度さよ 皇神甚くよろこばし
 今迄御子を生みつれど 是に勝りし児はなし
 吁尊しや貴の御子 生み得てけりと勇み立ち
 ただちに天に参上り 皇産霊の神の太占に
 卜ヘ賜ひて詔賜はく あが御児天照大神は
 高天原をしろしめせ また月夜見の大神は
 夜の食国を守りませ 速須佐之男の大神は
 大海原を知らせよと 天津御祖の御言もて
 各自々々におす国を 持別依さし給ひけり。
     ○
 茲に大神おんくびに まかせる八阪曲玉の
 五百津御魂美須麻琉の 玉緒母由良に取揺し
 高天原を知らさねと 日の大神に賜ひけり
 故その御頸珠の名を 御倉棚のかみとなす
 これ其魂を取憑けて 日の神国の主宰神
 たらしめなむと神定め 玉ひし畏き御術なり
 是鎮魂のはじめにて 治国の道の要なり。
     ○
 天照し坐すおほみかみ その神業を受け賜ひ
 二二岐の命に天の下 統治の権を譲らるる
 其みしるしと畏くも 三種の神器を賜はりし
 この方世々の天皇は 大御心をこころとし
 即位の御制と為し給ふ これ鎮魂の御徳なり
 かくも尊き縁由ある 御国に生ひし国民は
 台湾千島の果てまでも 尊奉崇敬おこたらず
 あさな夕なに奉体し 神の稜威を仰ぐべし。
     ○
 そも鎮魂の神わざは 天津御祖の定めてし
 顕幽不二の御法にて かみは一天万乗の
 畏き日嗣の天皇の 祭政一致の大道より
 下万民にいたるまで 修身斉家の基本なり
 然のみならず斯の道は 無形無声の霊界を
 闡明するの基礎ぞかし 神の御国に住む人は
 異しき卑しき蟹が行く 横邪の道をうち捨てて
 束のあひだも神術に 心を清め身をゆだね
 天にむかひて一向に 幽冥に心を通はせて
 おのが霊魂の活動を 伊豆の魂に神ならひ
 身も棚知らに鍛へかし この正道を踏みしめて
 国家多端のこの際に 神洲男子のやまと魂
 地球の上に輝かし 天にもかはる功績を
 千代万代にたてよ人 勇み進めやいざ進め
 直霊の魂を経となし 厳の魂を緯として
 八洲の国に蟠まる 曲津の軍の亡ぶまで
 進めや進めふるひ立て 醜の悪魔の失せる迄。


帰神のみ

物語02-0-1 1921/11 霊主体従丑 序文

 『三千世界一度に開く梅の花。艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け、鬼門の金神、守るぞよ』との神示は、神世開基の身魂ともいふべき教祖に帰神された最初の艮の金神様が、救世のための一大獅子吼であつた。アゝ何たる雄大にして、荘厳なる神言でありませうか。『三千世界一度に開く』とは、宇宙万有一切の物に活生命を与へ、世界のあらゆる生物に、安心立命の神鍵を授けたまへる一大慈言でありますまいか。
 口述者はいつも此の神言を読む度ごとに、無限絶対、無始無終の大原因神の洪大なる御経綸と、その抱負の雄偉にして、なんとなく吾人が心の海面に、真如の月の光り輝き、慈悲の太陽の宇内を一斉に公平に照臨したまひ、万界の暗を晴らしたまふやうな心持になるのであります。
 そして、『三千世界一度に開く』と宇宙の経綸を竪に、しかと完全に言ひ表はし、句の終りにいたつて『梅の花』とつづめたるところ、あたかも白扇を拡げて涼風を起し、梅の花の小さき要をもつて之を統一したる、至大無外、至小無内の神権発動の真相を説明したまひしところ、到底智者、学者などの企て及ぶべきところではない。
 またその次に『須弥仙山に腰をかけ、艮の金神守るぞよ』との神示がある。アゝこれまたなんたる偉大なる神格の表現であらうか。なんたる大名文であらうか。到底人心小智の企及すべきところではない。そのほか、大神の帰神の産物としては、三千世界いはゆる神界、幽界、現界にたいし、神祇はさらなり、諸仏、各人類にいたるまで大慈の神心をもつて警告を与へ、将来を顕示して、懇切いたらざるはなく、実に古今にその類例を絶つてゐる。

物語03-0-1 1921/12 霊主体従寅 序文

 大本の筆先は、どうしても男子女子でなければ真解することはできぬのは神示のとほりである。しかるに各自の守護神の御都合の悪いことがあると、「女子の筆先は審神をせなそのままとつてはいかぬ」と申す守護神が現はれてくる、困つたものだ。九月八日にいよいよ神示のとほり女子の役となり、隠退して霊界の消息を口述するや、またまた途中の鼻高がゴテゴテ蔭で申し出したのである。女子の帰神の筆を審神する立派な方が沢山できて、神様も御満足でありませう。

物語04-1-1 1921/12 霊主体従卯 常世会議

 あとに瑞穂別は肩をいからせ、肱を張り、居丈け高になりて、八王神の磐樟彦に出席の正当なる理由を千言万語理をつくし理義を明して説き迫りけり。城内の諸神司の賛否は相半し、いづれとも決断付かざりにける。磐樟彦は立つて、
『最早この上は神示に従ふのほかに道なし。汝瑞穂別は神殿に拝跪し、自ら神勅を乞ひ、神示によりて出否を決せよ』
と一言を遺して退席したり。ここに瑞穂別は直に月宮殿に参拝し、今回の事件にたいする神示を恭しく奉伺したるに、たちまち瑞穂別の身体は、麻痺して微動だもできずなりぬ。従ひきたれる瑞穂姫は俄然帰神となり、身体上下左右に震動しはじめ、早くも口が切りし憑神はいふ、
『我は国治立命の荒魂、奇魂なり。今回の神集ひは常世彦、大国彦ら一派の周到なる陰謀に出づるものなれば、当山の神司は一柱といへども出席すべからず。今後いかなる難関に逢ふことありとも、よく忍ぶべし。第二の神界経綸の聖場なれば、当城のみは決して敵に蹂躙さるるがごときことなし。真正の力ある神司神人をして、五六七出現の世までは固く守護せしめむ。夢疑ふことなかれ』
と宣言して、姫の体内より出で去りたまひぬ。それと同時に姫の身体はもとに復しける。

物語05-2-15 1922/01 霊主体従辰 石搗歌

 盤古大神は、厳粛なる審神に依つて、常世彦、常世姫、竜山別その他の神々の帰神的狂乱状態はたちまち鎮静した。ここに常世彦以下の神人は、盤古大神の天眼力と、その審神の神術の優秀なるに心底より感服し、何事もその後は盤古大神の指揮に服従することを決議した。

物語07-5-28 1922/02 霊主体従午 不思議の窟

 祝姫の歌、
『天と地との火と水の 呼吸を合せて国治立の
 神の命の造らしし 心筑紫の神の島
 大海原を取囲み 浦安国は豊の国
 熊襲の国は神の園 常磐堅磐に築立てし
 天の岩戸は是なるか 国治立の大神は
 心の汚き八十神の 曲神の企みの舌の根に
 懸らせ玉ひて天津神 日の大神の戒めを
 受けさせ玉ひて根の国に 退はれませど皇神は
 何も岩戸の奥深く 隠れ玉ひて世を忍び
 天地四方の神人の 身魂を永遠に守ります
 その勲功は千代八千代 常磐の巌の弥堅く
 穿ちの巌の弥深く 忍ばせ玉ふこれの巌
 忍ばせ玉ふこれの巌 岩戸を開く久方の
 天津日の出の神言を 堅磐常磐に宣る神は
 日の出神と祝姫 面那芸彦の三柱ぞ
 浮船伏せて雄々しくも 踏み轟かす巌の前
 神の小島の宣伝使 建日の別と現はれて
 天の三柱大神の 任のまにまに上り来る
 されど心は常暗の 未だ晴れやらぬ胸の闇
 心の岩戸は締め切りて 開かむよしも無きふしに
 恵も深き国治立の 神の命の分け魂
 建日の別の大神は 天の岩戸を開かむと
 導きたまふ親心 神の心を不知火の
 小島の別の宣伝使 千々の神言蒙りて
 心に懸る千万の 雲霧払ひ晴れ渡る
 御空に清く茜さす 日の大神の御恵みに
 常世の暗も晴れぬべし 赦させ玉へ建日別
 熊襲の国の守り神 人の心も清々と
 誠の道に服従ひて 心安らけく純世姫の
 神の命の御魂をば これの巌窟に三柱
 千木高知りて斎かひつ 天津祝詞の太祝詞
 宣るも尊き巌の前 日の出神の言霊を
 建日の別も諾なひて 御心和め玉へかし』
と涼しき声を張上げ調子よく歌ひながら、汗を流し帰神して舞ひ狂ひける。面那芸神は石と石とを打ち合せて面白く拍子をとりしが、さしも猛烈なりし巌窟の大音響は夢のごとくに止まりにける。小島別はムツクと立上がり細き目を開きながら三柱の神を眺めて驚き、夢か現か幻か、合点の行かぬこの場の光景と、自ら頬を抓めり指を噛み、
『アヽ矢張り夢では無かつたかナア』

物語11-0-1 1922/03 霊主体従戌 言霊反

 また女子は三十三年から顕真実の神業に奉仕し、霊的に云ふならば、十八年さきがけて顕真実の境域に進んでゐるといふことを誤解し、大変に気にしてゐる方々が所々にあるやうですが、これも男子女子経糸緯糸の相互的関係が明らかになつてゐないからの誤解である。変性女子としては教祖の経糸に従つて、神界経綸の神機を織上げねばならぬ御用である。併しながら明治三十一年初めて帰神となり、一々万々確固不易的の神業に参加しつつ、同三十三年に至るまでわが神定の本務にあらざる経糸的神務に奉仕して、女子の真実なる神業を顕はし得ざる境遇にありしことを、二年間未顕真実の神業であつたといつたのであります。

物語29-1-2 1922/08 海洋万里辰 懸橋御殿

 因に曰ふ。竜国別一行が遥々海洋万里の浪を渡りて、玉の所在を尋ねむとしたるは、実は鷹依姫の帰神を盲信したるが故なり。帰神に迷信したるもの程、憐れむべきは無かるべし。然り乍ら又一方には、是によりて海外の布教宣伝を為し得たるは神慮と云ふべき也。

物語37-3-16 1922/10 舎身活躍子 四郎狸

小末は、
『ウン!』
と一声飛び上がると共に、忽ち帰神状態になつて了ひ、
小末『其方は稲荷山の眷族白木明神と申して居るが、真赤な詐りであらうがな』
お藤『いえいえ決して嘘は申さぬ。稲荷山の白木明神に間違ひは御座りませぬ。とつくりと調べて下されよ』
と切口上になつて力んで居る。

物語44-88-1 舎身活躍未 余白歌

帰神《かむがかり》|雲井《くもゐ》の|上《うへ》に|鳴《な》り|渡《わた》る
    |音《ね》も|美《うる》はしき|天《あま》の|石笛《いはぶえ》      第八章(初)