猩々考

1.猩々とは

2.王仁三郎の猩々

3.58巻からの猩々物語

4.タクシャカ竜王

5.百済の伝説(猩々の死と似た話) 


1.猩々とは

■猩々

猩猩(しょうじょう、猩々)は、中国の伝説上の存在で、赤い顔をし人間に似た容姿を持ち酒を好む動物とされる。日本では七福神の一人として寿老人の変わりに入れられた時代もある。

伝説の猩々に似ているため、現代ではオランウータンやチンパンジー・ゴリラが猩猩と呼ばれるようになった。

現生のヒトとの遺伝子DNAの共有度は、チンパンジー97%、ゴリラ96%、オランウータン93%となっている。

 

■能の猩々

 唐の揚子の里に、高風という親孝行な酒売りがいた。高風からいつも酒を買って飲む客がいた。その客はいくら飲んでも顔色が変わらなかったので、不審に思って名を尋ねると、潯陽の海中に住む猩々だと名乗った。
 月の美しい夜、高風が酒を持って猩々を待っていると、猩々が海中より浮かび上がって、舞い遊び、汲めども尽きぬ酒壷を高風に与えて消えていった。

 猩々面は、赤い童子のような専用面である。猩々はその赤の面に、赤の装束で登場する。

霊界物語の猩々

2で取り上げますが、猩々は霊界物語によく出てきます。

ある場合は、猿、ある場合は神の使い、もしくは神自身として登場しますが、58巻では猩々が主人公になっていますが、猿なのか神なのか、もしくは別の何かなのかよく分りません。


2.王仁三郎の猩々

神の国(三鏡)の文章は、能の猩々と関連しているものと思われます。
  
神の国 1933/05酒の起原

支那では夏の儀狄が初めて酒を造つたというてゐるが、印度では猩々が造り始めた。日本では雀が始めである。
 猩々が食ひ残しの食物を岩穴等に貯へて置いたのに水がたまり、自然醗酵して酒になつたのが始まり、日本では雀が食物を竹の切株にためたのが醗酵して酒になつたのである。
 噛んだのが始めであるから、酒を醸造することを醸又は醸といふのである。

霊界物語では、次の部分は、ミサイルかロケットを描いたとしか思えない部分で、猩々は玉治別の命を救います。ここでは神として現われているような気がするのですが、どうでしょうか。

また、気になる表現として、「せつかく人間の姿に生まれながら、かやうな浅間しき言葉も通ぜぬ獣と生まれ、身の不幸を嘆いてをりました。」とあります。これは、猩々は人間の姿ということなのだろうか?

物語24-4-14 1922/07 如意宝珠亥 タールス教

 にはかに後ろの方にあたつて数多の足音が聞こえてきた。玉治別はふと振り返り見れば、猩々の群はおのおの跪き、両手を合はせ「キヤアキヤア」と言ひながら、感謝するもののごとくであつた。
 猩々は玉治別の負はれたる後ろより従ひ来たる。
 この時、山岳も崩るるばかりの大音響聞こえ、周囲三四丈ばかり、長さ五六十間もあらむと思ふ太刀肌の大蛇、尻尾に鋭利なる剣を光らせながら、玉治別が端坐しゐたりし谷川を一瀉千里の勢ひにて囂々と音させながら、ネルソン山の方に向かつて進みゆく。もし猩々の助けなかりせば、玉治別の生命は如何なりしか、ほとんど計り知れざる破目に陥つたであらう。
 猩々に向かひ
『ア丶いづれの神様の化身か存知ませぬが、危ふきところをよくもお助け下さいました。お礼には天津祝詞を奏上いたしませう』
猩々はたちまち霊光に照らされ、烟のごとく消えてしまつた。一塊の白煙は其処より立ち昇るよと見る間に、美しき一人の女神、ニコニコしながら玉治別の前に近より来たり、両手をつかへ、
『妾は猩々の精でございます。せつかく人間の姿に生まれながら、かやうな浅間しき言葉も通ぜぬ獣と生まれ、身の不幸を嘆いてをりました。しかるに有難き尊き天津祝詞の声を聞かして頂き、吾々はこれにて人間に生まれ変はり、天下国家のために大活動をいたします。さうして貴方のお探ね遊ばす初稚姫様、玉能姫様は、ご無事でいらつしやいます、ご心配なさいますな。やがてお会ひになる時があるでせう。この先いかなることがございませうとも、必ず御心配下さいますな』
と言ふかとみれば、姿は消えて白煙も次第次第に薄れゆき、つひには影も形も見えなくなつた。

次は、上と同じ話です。「黒ン坊」はたぶん差別用語ですね。

物語24-4-15 1922/07 如意宝珠亥 諏訪湖

 玉治別は初稚姫、玉能姫と共にアンナヒエールのタールス郷を三五教の霊場と定め、黒ン坊を残らず帰順せしめ、チルテル以下数十人の者に送られて、イルナの郷の入口に袂を別ち「ウワ…ウワー」の声と共に東西に姿を消したりける。
 三人は谷を幾つとなく越え、森林の中の広き平岩の上に腰打ち掛け、休息しながら回顧談に耽つた。玉治別は、ジヤンナの谷底にジヤンナイ教の教主テールス姫と面会せし事や、友彦との挑戯などを面白をかしく物語り、ついで此処を立ち出でアンナヒエールの里に到るをりしも、両女の祝詞の声を聞きつけ、谷間に下りて其辺一面に二人の後を探ね廻るをりしも大蛇に出会し、猩々の群に救はれて、つひにアンナヒエールのタールス教の本山に担ぎ込まれ、意外の待遇を受けをる際、初稚姫、玉能姫に面会せし奇遇談を、大略物語りけり。

次は、ヒヒ(狒々)と猩々が人を清める場面です。ここでは、神、または神の代理でしょう。

物語25-2-8 1922/07 海洋万里子 奇の巌窟

 怪物は清公の前に近寄りきたり、毛だらけの手を差し出し清公に握手を求めた。清公は恐々ながらその手を差し出す。怪物は感謝の表情を示し「ウーウー」と唸りながら、手を引いて坑口さして出でて行く。清公は半ば危ぶみながら、怪物の強き手に握られたる腕を振り放すだけの力もなく、片手に四人の男を手招きしながら、前を向き後ろを顧みなどして、たうとう坑外に引き出されてしまつた。
 坑外に出でて見れば、猛獣にあらずして、猩々の一隊、この岩坑の前に両手を合はせ呼吸を揃へて「ウワアウワア」と唸る声、天地も揺るぐばかりなり。
 勝れて身体長大なる全身白毛の猩々は手拍子、足拍子を揃へ、面白げに踊り狂ふ。
 この中の頭目とみえし大狒々はツト座を起ち、清公の一行に向かつて、口より霧を白烟のごとく濛々と吹き出し全身を包む。五人は白烟に包まれやや不安の念に駆られ、声を限りに天の数歌を唱へ出す。大狒々の口よりはまたもや猛烈なる焔を吹き出し、五人を一度に焼き尽くさむとするその熱さ苦しさ。一同は撓まず屈せず生命かぎり連続して奏上する。つづいて大狒々の口より冷たき滝水を吐き出し、一同の身体を川溺りのごとく湿ほし、五人は寒さに顫へるまでに水に浸されながら、声をかぎりに神言を奏上し、もはや息も絶れむと思ふ途端に、天地も割るるばかりの音響聞こえ、さしも熱帯の大樹も根底より吹き飛ばさむばかりの烈風吹ききたるとみる間に、大狒々の姿は巨大なる白玉となり、その他数百の狒々は、おのおの大小無数の玉と変じ、風のまにまに中空に舞ひ上がりその姿を隠しける。たちまちにして怪しき音響はピタリと止まり、風は俄に静まりて、岩坑の辺には得もいはれぬ芳香薫じ、微妙の音楽聞こえて、尾の上を渡る松風の音、殊更に涼しき感を一同の胸に与へたり。
 これより五人は心魂頓に清まり、夜を日についで奥へ奥へと進み行き、つひにスワの湖の辺なる竜神の宮の祠に無事到着し、例のごとく祝詞を奏上し、息を休め、その夜はこの祠の前に明かすこととはなりぬ。

この部分は有名なエルバンド・モールバンドが出てくる場面で、ここでは猩々は猿の一種として描かれています。

物語32-1-2 1922/08 海洋万里未 猛獣会議

 鷹依姫、竜国別の一行は宣伝歌をうたひ乍ら、数百万年の秘密の籠りたる南岸の森林に進み入る。併し乍ら人跡なき此森林も、思ひの外雑草少く、空はあらゆる大木に蔽はれて、日月の光を見る事甚だ稀であつた。
 一本の大木と云へば周囲百丈余りもあり、高さ数百丈に及び、樹上には猩々、狒々、野猿の類群をなし、果物を常食として可なりに安心な生活をつづけ、其種族を益々繁殖させ、至る所に猿の叫び声は耳をつんざく許り怪しく聞えて居る。


3.58巻からの猩々物語

■物語58-3-14 1923/03 真善愛美酉 猩々島

 印度の国の北端、テルモンの湖水を南に渡つたイヅミの国のスマの里に、バーチルといふ豪農があつた。バーチルは何不自由ない身でありながら、暇あるごとに湖水に船を浮かべ、魚を漁ることを唯一の楽しみとしてゐた。
 バーチルはある日、大漁に我を忘れて、とうてい一日で帰る事のできない地点まで行つてしまつた。そして、嵐が襲ってきたが、魚の重みで舟が顛覆してある島に流れ着いた。

(バーチル猩々に助けられ、情を通じ子を作る)

 バーチルはフツと気がつけば夜はすでに明け放れ、自分は名も知らぬ孤島の磯端に横臥し、沢山の猩々の島である。
バーチル『ア丶私は恐ろしいこんな島へ漂着したのか。あまり自我心が強いために、女房の諌めも聞かず隠れて漁に出たのが一生の不覚だつた。さうして僕のアンチーはどうなつたであらう。ア丶恐ろしい事になつた。帰らうと思つても舟はなし、猩々の餌になつてしまふのか』
と恐怖心に駆られて怖れ戦いてゐた。
 意外にも猩々の背に怖ごはながら抱きついた。
 猩々王の側にやつて来て、睦まじげに遊んでゐる。

 
二年目に猩々王も嬉しげに頷いて、子を抱きながら数多の小猿を従へ、バーチルの身辺を守りながら、嶮峻な岩山を下つて磯端に出て、蟹を追ひかけたり、砂を掘つたり、いろいろの慰みをして嬉しさうに夏の磯辺遊びをやつてゐた。

(そこに三五教の宣伝使玉国別・伊太彦一行が通りかかる)

 たちまち二三丁ばかり沖合を白帆を上げて通る船がある。この附近は容易に船の通ることの出来ない、暗礁点綴の危険区域である。
 バーチルはこの舟を見るより両手を打ち振り打ち振り、人間がこの島に漂着してゐるといふ合図を示した。船頭のイールはフツとこの姿を見て驚いたやうな声で、
『あ、皆様、ちよつと御覧なさいませ。あの島は猩々ですよ』
伊太『なに、猩々の島、そりや面白からう』
といふより早く、苫屋根の中から舳に這ひ出てよくよく見れば、イールのいつた通り人間らしいものがしきりに腕を振つてゐる。
伊太『もし、先生、どうやら、あの島に人間が漂着してゐる様子です。一つ何とかして舟を寄せ、調べてゆかうぢやありませぬか』
ヤツコス『あれは大変な悪い猩々がゐるのです。あんな処へ行かうものなら、みな両眼を刳り抜かれ命を取られてしまひます。そんな険呑な処へ行くものぢやありませぬ。決して悪い事は申しませぬ。お止めなさいませ』
伊太『先生、側まで船を寄せて調べてみやうぢやありませぬか。別に上陸さへせなければ危険はありませぬ。ともかく人間か獣か、よく調べて、人間ならば助けてやらねばなりますまい。是非とも船を着けたいものですな』
玉国『なるほど、お前のいふ通りだ。どうも人間らしい。あんな無人島に獣と同棲してゐるのだらう。何か面白い話が聞けるかも知れない。ともかく僅か二三丁のところだから、船頭さま、ちよつと船をつけてくれまいか』
イール『はい、初稚様といふお方に沢山なお金をいただき、また宣伝使のおつしやる通りにしてくれとのお頼みでございますから、仰せに従ひませう』
玉国『や、そりや有難い、そんなら頼む』
「はい」と答えて、イールは舳を転じ水先を考へながら、漸くにして磯辺に着いた。

 
物語58-3-15 1923/03 真善愛美酉 哀別

この部分は、物語でも、とても悲しい場面だと思います。
 

(バーチル助けられる)

 玉国別の一行は初稚丸を猩々が、人間とも猿とも知れぬ子を抱いてゐる。傍に髯むしやむしやと生えた、人間か猿か分らぬ人間が一人立つてゐる。伊太彦はその男に向かつて、
『オイそこに立つてゐるのは人間か、人間ならものをいつてくれ』
 バーチルは三年振りで人間の顔を見、人間の声を聞いて、懐しさ嬉しさに、涙をハラハラと流した。そして、
『ハイ私は人間です。どうか助けて下さい、三年以前にこの島に漂着し、この通り猩々の群と一緒に淋しい生活を送つてをりました』
伊太『ヤア、そいつは奇妙な話だ、深い様子があるだらう。とも角、とつくりと聞かしてもらはう。もし先生、こいつは一つ上陸してみませう。ひよつとしたら宝石の島かも知れませぬぞや』
玉国『ウン、ともかく上陸して、様子を探つてみやう。サア皆さま、一同上陸しなさい』
といひながら、ポイと飛んで磯辺に降つた。続いて一同は船頭を残したまま、みな好奇心にかられて上がつてきた。猩々の王は児を抱いて七八間も後に退き、首を傾げて様子を考へてゐる。沢山の小猿は一緒に集まつて、キヤキヤいひながら瞬きもせず、みつめてゐる。
玉国『ア丶、お前さまはどこの人ですか。どうしてまアこんな離れ島に猩々なんかと同棲してゐたのです。一通り話してみて下さい。私は三五教の宣伝使、人を助けるのが役です。決してお案じなさるやうな人間ぢやございませぬ。安心してお話を願ひます』
バーチル『ハイ、有難うございます。私はイヅミの国、スマの里の首陀で、バーチルと申す百姓でございますが、大変漁が好きなところより、荒れ模様の海を犯して、僕と共に三年以前に湖中遠く漁をやつてをりますと、にはかに暴風に遇ひ船体は浪にのまれ、私はお蔭でこの島につき、猩々の王に助けられ、今日まで命を保つて参りました。さぞ国元には女房が心配してゐることでございませう。どうぞお助けをお願ひます』
玉国『成程、それは御難儀でしたらう。もうかうなる上は御心配なさるな。この船に貴方を救うて帰りませう』

(猩々との別れと、猩々の死)

バーチル『ハイ、何分よろしくお願ひ申します。三年以来この島で猩々に助けられ、食物に不自由はいたしませぬが、何をいうても相手が畜生のこと、言葉が通じないので困りました』
かく話すをり、
猩々の王は赤ン坊を抱いてその場に現はれ来たり、児を指さしては分らぬ事をキヤキヤと叫んでゐる。伊太彦はつくづくとその子を見て、
『ア丶この児は人間と猿との混血児ぢやな。ハ丶ア妙なことがあるものだ。もしバーチルさま、こりやお前さまと猩々さまとの中に出来た鎹ぢやなからうなア』
バーチル『ハイ、実にお恥づかしいことでございますが、
あの猩々が可哀さうです
玉国『実にお察し申します。こりや可哀さうな事だ。バーチルさまを連れて帰れば、家の奥さまはお喜びなさるだらうが、第二夫人の猩々姫の心が察せらるる。何とかして連れて帰るわけには参りますまいかな』
バーチル『ハイ有難うございますが、しかし猩々は自分の眷族を見殺しにして、吾々に跟いては参りますまい、実に情け深い動物ですから』
伊太『三年も畜生とはいひながら夫婦となつて暮してゐたとすれば、さうも未練が残るものかな。ア丶てもさても、人間の心理状態といふものは分らぬものだなア』
玉国『人間であらうが獣であらうが、決して愛情に変りはない。まして人間といふ奴は少しく気に喰はねば女房を放り出したり、夫を捨てたりするものだが、畜生はその点になれば偉いものだ。空飛ぶ鳥さへも一方が人に取られるとか、または死んでしまふとかすれば、かりにも二度目の雄を持つたり、雌を持つたりしないものだ。これを思へば、人間は鳥獣に劣つてゐるやうだ』
伊太『なるほど感心なものですな。これ三千彦さま、お前さまも今の先生のお話を腹に入れて、決してデビス姫を出したりしてはなりませぬぞや。又たとへ奥さまが亡くなつても、二度目の奥さまは持たないやうになさいませ。奥さまも奥さまですよ、どんな事があつても決して二度目の夫を持つたり、臀をふつてはなりませぬぞや』
三千『ハ丶丶、何から何まで有難うございます。決して仰せに背くやうな事はいたしたせぬから、御安心下さいませ』
伊太『本当だよ、決して伊太彦の話を軽く聞いてはなりませぬぞや。いやもう、今の話で実に涙がこぼれました』
玉国『どうも、何時まで悔やんでゐたところで仕方がない、ともかくバーチルさま、この船にお乗りなさい。一先づ帰つて奥さまに安心させたが宜しからう』
バーチル『ハイ、有難うございます。どうぞ宜しく願ひます』
 子猿はキヤツキヤツといひながら、おひおひと近よつて来る。バラモン組のヤツコス、ハール、サボールの三人は、小猿の群を面白がつて追つかけながら、荒れ廻つてゐる。その間に船は三人を残して、磯辺を七八間ばかり離れた。
猩々王は、見る見る自分の子の喉を締めて殺し、自分は藤蔓に重い石を縛りつけ、ドンブとばかり海中に身を投じてしまつた。
 この惨状を見て、玉国別の一行は悲歎の涙に暮れた。ヤツコス、ハール、サボールの三人は船が出たのを見て驚き、磯辺に慌ただしく駈け来たり、
三人『オーイオーイ待つた待つた、俺たち三人ここに残つてゐるぢやないか。その船返せ』
と地団駄踏んで叫んでゐる。メート、ダルの二人は、舷頭に立ち妙な恰好して腮をしやくり、幾度となく拳骨で空を打ちながら、
『イヒ丶丶、ウフ丶丶。オーイ三人の悪人奴、貴様はキヨの港で俺たち一同を捕縛する計略をやつてゐるやうだが、そんな事はちやんと三五教の宣伝使も御存じだ。それだから貴様ら三人をここに置き去りにしてお帰り遊ばすのだ。まア猿島の王となり、猿と夫婦となり子孫繁栄の道を講じたらよからう。アバヨ、お気の毒さま、御悠りと、左様なら』
とあらゆる嘲笑をなし、三人が磯辺に立つてゐるのに素知らぬ顔をしながら、をりから吹き来る微風に帆を上げて、西南の方さして辷り行く。
 船頭は櫓をゆるやかに操りながら、涼しい声で歌ひ出した。


■物語58-4-22 1923/03 真善愛美酉 獣婚
 
 

(バーチルの帰還 妻のサーベルに猩々姫が懸かる)

 玉国別を先頭に、バーチルは三年振りに恋しき吾が家の表門を潜つた。四辺の光景は自分の不在にも似合はず、きはめて生々としてゐる。庭の手入れもことさら行き届き、牡丹、芍薬、燕子花、日和草、そのほか鳳仙花、鶏頭などが、広庭のあちらこちらに主人の不在を知らず顔に、艶を競うて咲き誇つてゐる。雀や燕は主人の帰りを祝するもののごとく、ことさら高い声をして囀り出した。
 バーチルは感慨無量の面持にて表玄関より玉国別に従ひ、奥の間深く進み入る。
 自分が久しぶりに帰つて来たのだから、女房のサーベルは道の四五丁も喜んで迎へに来てゐさうなものだのに、どうしたものか、玄関口までも迎へに来ないのは、何か大病でも患つてゐるのではあるまいかと案じながら、吾が居間に宣伝使と共に進み見れば、サーベル姫は床の間に儼然として胡座をかき、両手をキチンと合して、ニコニコしながら控へてゐる。
 バーチルの姿を見るより床の間をヒラリと飛び下り、「キヤツキヤツ」と怪しき声を張り上げながら、
サーベル『ホ丶丶丶、これはこれはお旦那様、えらう遅い事でございましたね。妾は一歩お先へ参りまして僕に準備をさせ、待つてゐましたのよ。あなたも妾と三年が間、あの離れ島に御苦労なさいましたね。もう此処へお帰りになれば何かにつけて便利もよく、どうぞ幾久しく偕老同穴の契を結んで下さいますやうにお願ひ申します。宣伝使様も妾の肉体を連れて帰つてやらうかと親切におつしやつて下さいましたが、何といつても畜生の肉体、たうてい立派な貴方様のお側に仕へる事は出来ぬと存じまして海中に身を投じ、性を変じて奥様の肉体に憑りました。妾は貴方の愛して下さつた猩々夫人でございます。第二夫人として使つて下さいませ』

バーチル『はて、合点のゆかぬ事だな。もし先生様、奥は発狂したのではありますまいか。怪体な事を申すぢやございませぬか』
玉国『いや決して発狂でも何でもありませぬ。精神清浄潔白にして純朴無垢な猩々姫様が、貴方を慕つて精霊となり、奥様の肉体にお宿りなさつたのですよ。これも因縁でございますから、仲良うお暮し下さいませ
バーチル『何だか化物のやうな感じがいたします。嫌らしい者ですな。さうして奥の魂はどうなつたでせうか』
玉国『奥様とお二人ですよ。つまり一体二霊ですから、これも因縁と締めて仲良くお暮しなさるが宜しい。これには何か深い因縁がこの家に絡まつてあるに違ひありませぬ
バーチル『へー……』

(因縁 猩々姫とバーチルは昔から夫婦 猩々姫の夫がバーチルの父親に殺されていた)
 
サーベル『妾の夫はアヅモス山の天王の森を守護してゐる猩々の島に渡つて夫の来るのを待つてをりました。それゆゑ妾の精霊が夫の精霊と通ひしため、バーチルさまは海を見るのが好きになり、漁を遊ばし、たうとう漁船は難破して妾の島へ漂着遊ばすやうに夫の精霊がいたしたのでございます。決して三年前から夫婦になつたのではございませぬ
バーチル『はてな、さうすると私はやつぱり二人暮しであつたのか。何とまア合点のいかぬものだな。いつの間にか猩々彦の生宮となつてゐたものとみえる。さてもさても合点のゆかぬ事だな』
玉国『霊魂の力といふものは恐ろしいものでございますよ。いはば貴方の肉体はバーチルさまと猩々姫の合体ですから、一夫婦で二夫婦の生活を営んでゐるやうなものです

(サーベル姫の人間の意識)
 
サーベル姫『これはこれは旦那様、お懐しうございます。ようまア無事でお帰り下さいました。あなたの行衛が分らなくなつてからといふものは、朝夕アヅモス山の天王の森へ参拝致し、種々と御祈願を籠めましたが、どうしても所在が分りませぬので、荒波に呑まれて魚腹に葬られた事と観念しまして、形ばかりの野辺の送りを済ませ、朝は天王の森に夫の冥福を祈り、夕はアヅモス山の山腹の墓に参詣し、悲しき光陰を今日まで送つて参りました。さうしたところ、二三日以前より俄かに妾の体が重くなり、腹の中から種々のことを囁き出し、あなたが近い中に無事にお帰りになるとの知らせ、それゆゑ二人の僕を浜辺に出し、お帰りを待たせてをりました。妾の肉体には猩々姫の歌を聞きまして、もはや覚悟はいたしました。どうぞ仲良くして添うて下さいませ、お願ひでございます』
バーチル『ア丶女房、どうやら本性になつたらしい。実のところはお前の本当の声が聞きたかつたのだ。いま詠んだ歌はお前覚えてゐるかな』
サーベル『はい、妾は貴方の御存じの通り歌なんか一つも出来ませぬ。猩々姫様が妾に代つて歌を詠んでやらうと腹の中でおつしやいまして、あの通り珍しい歌を詠めたのでございます』
バーチル『うん、さうに違ひない。たうていお前の考へではあんな詩才があるとは思はなかつた。ほんに不思議なものだな』
伊太彦『さうすると、奥様よりも猩々姫さまの方がよほど詩才に富んでゐられるとみえますな。いや恐れ入つた。これでは人間も
廃業したくなつてくる』
玉国別『伊太彦さま、お前だつてチヨコチヨコ妙な歌を歌ふが、決してお前の知識の産物ぢやないよ。みんな副守先生がお前の口を借つてござるだけだよ。人は精霊のサツクのやうなものだからな。アハ丶丶丶』
『精霊のサツク、ヘー、つまらぬものですな。さう考へてみると別に歌を稽古したでもなし、すぐに当意即妙の名歌が浮かんで来ると思つたら、やつぱり守護神さまが仰有つたのですかな。さうすると私の御本体は何処にあるのでせうかな』
『人間は凡て精霊の宿泊所のやうなものだ。そして精霊は一方は愛善の徳を受けて天国に向かひ、一方は悪と虚偽との愛のために地獄に向かつてゐる。善悪混淆の中間状態にゐるのが所謂人間だ。それだから八衢人足と神様がおつしやるのも、決して誣言ではないよ。どうしても人間は、愛の善と信の真に依つてあらゆる徳を積み、天国天人の班に加はらなねばならないのだ。生きながら天人の列に加はつてござるのは、あの初稚姫様だ。あのやうな立派な御精神にならなくては、到底人間として生れてきた功能がないのだ。それで私たちも早くその域に達したいと思つて、神様の御用を勤めてゐるのだよ』
かく話すところへ下女は沢山な馳走をこしらへ、
『さア皆さま、御飯が出来ました。悠くりお食り下さいませ』
といひながら膳部を運び来る。


■物語58-4-23 真善愛美酉 昼餐
 

バーチルの帰還を祝して宴が催される。その時の伊太彦の歌。

伊太彦『人は人 獣は獣 昔からその肉体に差別あるなり
      さりながら神よりうけし霊魂《たましひ》は 人も猩々も変らざるらむ』

その後別の話が挿入されて、猩々の物語は59巻19章から続きます。


■物語59-4-19 1923/04 真善愛美戌 猩々舟

伊太彦が猩々ケ島に残された猩々を、アヅモスの山に連れて来ることになる。猩々の数が333、象徴的な数です。三三三は瑞霊の数です。 
 

(伊太彦の出発)

伊太『イヤ、有難い、抃舞《べんぶ》雀躍だ、エへ丶丶丶。サア、これから北極探険隊だ。オイ、アンチーさま、お前は副艦長だ。アキス、カールの両人は分隊長だ。テクの番頭さまは家事万端を管掌せなくてはならないから、出陣は許されない。サア、アキス、カlル、両人さま、屈強な人間を選抜してもらひませう。猩々潔白の霊をよりぬいて伴れて行くやうにしてもらひませう。それから潰れかけたボロ船があれば一艘つもりをしてもらひたい。こいつア、ヤツコス、ハール、サボールの人一化九を乗せる船だ。アハ丶丶丶』
アキス『そんなボロ船は一隻もございませぬよ』
伊太『ア丶仕方がない。人間の姿をしてゐるのだから、中でも堅牢な船を選むで持つて行くやうにしてくれ。一体猩々の数は何人さまほどゐられるのだらうな』
サーベル『ハイ、
三百三十三匹だと思つてをります』
伊太『なるほど、猩々潔白の身魂が三百三十三人、バラモン、ヤツコスのなまくら者のサボール屋の人の頭をよくハールといふ人一化九が三匹、アキス、カールさま、抜目なく、至急用意してもらひませう。サアいよいよ伊太彦も三百三十三人ならびに三匹の総司令官となつたのだ、アハ丶丶丶。イヤ先生、どうも有難うございます。これが私の登竜門、出世の門口、移民会社の社長となつて、大活動をいたします。どうぞ巧く凱旋いたしましたら、花火を打ち上げ、里人一同を浜辺に整列させ、伊太彦万歳を唱へて下さいませ。これが何より吾々の楽しみでございますから』
サーベル姫『伊太彦の教の君よ一時も
早く出でませ吾が子迎ひに』
伊太彦『これはまた不思議な事を聞くものだ
猩々の群を吾が子なりとは』
サ夫ル姫『
からたまはよし猩々に生るとも
霊は人に変らざりけり
今の世の人は獣の容器よ
獣の中に人の魂あり

玉国別『面白しサーベル姫の御言葉
聞くにつけてもうら恥づかしきかな』
真純彦『人はみな獣の棲みかとなりはてて
誠の人は影だにもなし
吾とても罪に汚れし獣の
魂の棲家ぞ恥づかしき哉』
三千彦『恐ろしき八十の曲津の猛る世は
人の身として立つ術もなき
それゆゑに人の心は鬼となり
大蛇となりて世を渡るなり』
伊太彦『これはしたり三千彦司の世迷言
神の宮居を獣と宣らすか』
デビス姫『背の君の宣らせ玉ひし言霊は
人の皮着る獣のことよ
伊太彦の珍の司は神様よ
人の中なる人の神なり』
伊太彦『いざさらばアキスカールよアンチーよ
用意召されよ猩々の船』
これより伊太彦は夜も碌に眠らず、アキス、カール、アンチーを指揮し、船に熟練たる荒男を選抜し、船をキヨの港やそのほか附近の磯辺より集め来たり、やうやく二十艘の小舟をしつらへ、おのおの酒樽を満載し、猩々の眷族を迎ふべく夜明くる頃までにすべての準備を整へた。


物語59-4-20 1923/04 真善愛美戌 海竜王
 

(海上をゆく)

 伊太彦の乗つた舟は一艘目立つて新しく大きい。さうしてアキス、カールの両人が左守右守然と控へてゐる。十九艘の船を指揮してゐるのはアンチーであつた。各船は雁列の陣を張つて、旭の照り輝く浪の上を、おのおの舷を叩き、唄を唄ひ、鉦をすり、豆太鼓を打ち鳴らし、海若を驚かしつつ辷つて行く。神の守りか猩々ケ島に向かつて、船頭の櫓櫂も帆の力も何のものかはと言はぬばかりに、帆を逆様に膨らせながら走つて行く。風は南から吹いてゐる。どうしても帆は北の方へ膨れねばならぬ。それにも拘らず、帆は風の方向へ膨れてるのを見ても、その速力の早きを伺ひ知ることが出来る。

(島へ到着 サアガラ竜王との戦い 伊太彦の勝利)

 七八十里の湖路を、早くも正午頃には猩々王がこの島に厳然として控へてゐたため、さすがのサアガラ竜王も上陸することを恐れてゐたが、王が亡くなつたのを幸ひ、その死骸をただ一口に呑んでしまひ、勢ひに乗じて上陸し、岩山を長大なる体にて巻きつけ、一匹も残らず食ひ絶やさむとしてゐる真最中なりける。
 猩々は三人に倣つて、おのおの石を拾ひ、雨霰と打ちつけてゐる。
さすがの竜王も石礫に辟易し、岩山を力にグツと尻尾をもつて巻きかかへながら、鎌首を立て、まづ人間より呑み喰はむと目を怒らし、隙を狙つてゐる、その光景の凄まじさ。伊太彦は見るより船の舳に立ち上がりつつ、一生懸命に天の数歌を奏上した。竜王は俄かに身体の各部より煙を吐き出し、一枚一枚鱗の間から火焔立ちのぼり、熱さ苦しさに堪へかねてや、矢にはに身を躍らして、岩山を転げ落ちながら、バサリと音を立てて海中に飛込むでしまつた。四辺一里ばかりは忽ち海水は湯のごとく熱くなり、沢山の魚が白、青いろいろの腹を水面に現はし、ブカブカと浮き来たる。
 伊太彦はまたもや魚族を助けむと天津祝詞を奏上し、天の数歌を称へた。漸くにして水は熱冷え、魚は撥溂として動き出し、幾十万とも知れず磯端に泳ぎ来たり、伊太彦に向かつて感謝の意を表はすもののごとく、いづれも一斉に首を上下に振りながら大小無数の魚族は一斉に水中に姿を隠しけり。

(猩々舟に乗り アヅモスを目指す)

 ヤツコスはじめ猩々の群は磯端に立つて列を造り、伊太彦の船に向かつて掌を合せ、感謝の意を表してゐる。伊太彦は一同に向かつて酒樽の鏡をぬくことを命じた。忽ち酒の匂ひは四辺に漂ふた。
 猩々の群は先を争ふて、吾が身の危険を忘れ、二十の船に思ひ思ひに飛び乗つた。三人の男も恐る恐る伊太彦の船に飛び乗り、両手を合せ涙を流して、感謝の誠を表はしゐる。
伊太『アンチーさま、モウこれで猩々潔白さまはスツカリ乗船なされただらうかなア。一人でも残つてゐるやうな事があつては、帰つて申し訳がないから、よく査べて下さい』
アンチー『ハイたいてい皆お乗りになつたと思ひますが、念のためモ一度査べてみませうか』
ヤツコス『お査べには及びませぬ。
この島の猩々がどんな場合でも探して伴れて参ります。御安心下さいませ
伊太『島の王が言ふ言葉にはヨモヤ間違ひはあるまい。サアこれから天津祝詞を奏上し、この島に別れを告げることとせう』
と言ひながら、船首を全部島の方に向け直し、伊太彦が導師の下に天の数歌を歌ひ祝詞を奏上し了つて、ふたたび船首を転じ、この度は帆を巻き下ろし、波のまにまに海上を漕ぎ帰ることとなつた。

第21章~第25章で海を渡り、スマの浜に到着する。


物語60-1-1 1923/04 真善愛美亥 清浄車

(チルテルが出迎え アヅモスの山へ)

 スマの関守チルテルは、十数台の猩々隊を迎へむため、チルテルが先頭に立ち磯端に待つてゐる。伊太彦は先づ第一に舟を離れて玉国別の前に進みより、歓喜の涙をたたへながら、固くその手を握り二三回揺すつた。玉国別は感涙に咽びながら、稍かすむだ声にて、
『伊太彦殿、天晴れお手柄、御苦労であつた。予定の時刻に先立つて、無事帰る事を得たのは全く神の御恵みと、汝が至誠の賜物である。サアこれからバーチル館に帰つて種々の珍しい話を聞かしてもらはう』
伊太彦『ハイ有難うございます。しからばお伴いたしませう』
 バーチル、サーベル姫は美はしき山車を飾り立て、玉国別、真純彦、伊太彦、三千彦、デビス姫を搭乗せしめ、自分も山車の前方に立ち、歌を歌ひながら、里人に太綱をもつて輓かせつつ帰りゆく。
 十数台のチルテルが設備した車には三百三十三体の眷族が搭乗し、キヤツキヤツと歓声を挙げながら、ヂリリヂリリと輓かれ行く。
 鐘、太鼓、拍子木、縦笛、横笛、羯鼓、月琴そのほか種々雑多の音楽に送られ、おのおの唄を唄つて賑々しく大道を練り行く。
 チルテルは猩々車の先に立ち、声も涼しく音頭をとつた。群衆は一節一節そのあとをつけながら、手をふり腰を振り、狂喜のごとく踊り狂ふ。

(アヅモスの宮の普請)

 これより玉国別は一同と共に、アヅモス山の彼方こなたの谷間を跋渉し、大峡小峡の木を数多の杣人に伐採せしめ、手斧の音勇ましく宮の普請の木作りに着手する事となつた。数多の里人をはじめ、チルテルの部下ならびに猩々隊は昼夜の別なく喜び勇んで、木を伐り、あるひは運び、あるひは削り、身の疲れも打ち忘れて宮普請に奉仕することとなつた。

この後、猩々はアヅモス山で楽しく暮し、猩々の懸かったバーチル、サーベル姫もすべての財産を投げ出して、アヅモスの山で大神に仕えることになる。


■物語60-2-7 1923/04 真善愛美亥 方便

 新たに建てられたアヅモス山の社の前には、アキス、カールにワードの役を命じおき、バーチルは玉国別一行その他と共に喜び勇んで、一先づ館へ帰ることとなつた。スマの里人は老人少女を聖地に残し、玉国別一行を見送つて、バーチル館に従ひ行く。
 元来スマの里は何れも山野田畠一切、バーチルの富豪に併呑され、里人は何れも小作人の境遇に甘んじてゐた。しかしながら日歩み月進み星移るに従ひて、あちらこちらに不平不満の声が起こり出し、ソシアリストやコンミユニストなどが現はれて来た。中には極端なるマンモニストもあつて、僅かの財産を地底に埋匿し、吝嗇の限りを尽す小作人も現はれてゐた。然るにこの度、アヅモス山の御造営完了と共に、一切の資産を開放して郷民に万遍なく分与することとなり、郷民はいづれも歓喜して、リパブリツク(Web注 共和制)の建設者として、バーチル夫婦を、口を極めて賞揚することとなつた。にはかにスマの里は憤嫉の声なく、おのおの和煦の色を顔面にたたへて、オブチーミストの安住所となつた。
 サーベル姫は村人の代表者を十数人膝元に集めて、一切の帳簿を取り出し、快くこれを手に渡し、自分は夫と共に永遠に、アヅモス山の大神に仕ふることを約した。ここに又もや郷民の祝宴は盛大に開かれ、夫婦の万歳を祝し合ふた。

4.タクシャカ竜王

猩々の物語はこれで終りですが、次に、タクシャカ竜王が救われる話が続きます。

60巻7章で、サーベル姫に懸かった猩々姫が、『天王の宮の御跡の石蓋を 開けて竜王救い玉はれ』と告げる。そこで、玉国別一行は、穴に入り、土蜘蛛と遭遇したりしながら、タクシャカ竜王と会う。

物語60-2-9 1923/04 真善愛美亥 夜光玉

ワツクス『何といふても数千年来密閉されてあつた魔の岩窟だから、種々の奇怪千万な珍事が勃発するのは覚悟の前だ。サア行かう、タクシヤカ竜王に対し吾々は赦免のお使だから、さう無暗に悪魔が俺たちを困しめる筈がない。エルが怪物に手を噛まれたのも矢張りエルが悪いのだ、弄はぬ蜂は螫さぬからなア。サア一つ機嫌を直して宣伝歌でも歌つて元気をつけようぢやないか。俺が歌ふから後から共節について来い。何だか何処ともなしに気分の好い、事はない魔の岩窟だ。
朝日は照るとも曇るとも    月は盈つとも虧くるとも
岩窟の蜘蛛は化けるとも    何か怖れむ三五の
神の使と現はれし       伊太彦司を始めとし
ワツクスエルの三柱だ     三千世界のその間
アヅモス山の底津根に     封じ込まれた竜王
罪をば赦し救ひ上げ      尊き神の御使と
なさむがために来たりけり   たとへ如何なる怪物が
雲霞のごとく潜むとも     神の力を身に浴びて
進む吾が身は金剛不壊     如意の宝珠の玉なるぞ
水に溺れず火に焼けず     錆ず腐らず曇らずに
幾万年の後までも       天地の宝と光りゆく
来たれよ来たれ曲津神     蜘蛛も蛙も虫族も
神力無双の吾々に       手向かふ事は出来よまい
今現はれた三つの玉      怪しき面を晒しつつ
吾らが前に進み来て      木つ端微塵に粉砕し
煙と消えし哀れさよ      吾が神力はこの通り
岩窟に潜む曲神よ       吾が言霊を聞きしめて
決して無礼をするでない    酒落た事をばいたすなら
決して許しはせぬほどに    ワツクスさまの身魂には
鬼も大蛇も狼も        ライオンまでも棲んでゐる
さうかうと思へば天地を    完全に委曲に固めなし
造りたまひし大御祖      尊き神が神集ひ
無限の神力輝かし       控へてござるぞ気をつけよ
あ丶惟神惟神         息が塞がりそになつた
伊太彦司よ今ここで      ちよつと休息仕り
天津祝詞や神言を       奏上なして岩窟の
妖気を払ひ参りませう     あ丶惟神惟神
叶はぬ時の神頼み       誠に済まぬと知りながら
かうなりやもはや仕様がない  ここで一服仕る』
 伊太彦一行はまたもや隧道をドンドンドンと下り行く。そこには雷のごとき音が聞こえてをる。ハテ不思議と、一町ばかりまた平坦な隧道を下つて行くと、相当に広い河があつて、岩から出て岩に吸収さるるごとく氷のごとき冷たい水が流れてゐる。三人は流れを渡つて向かふへ着いた。ここには大小無数の色々の形をした岩が、キラキラ光つて立つてゐる。さうして何処ともなしに岩の隙間から明りがさしてゐるのは一つの不思議である。
ハテ不思議と三人は四辺を見廻せば、鐘乳石の一丈もあらうといふ立柱の上に、夜光の玉が輝いてゐるのが目についた。伊太彦は此処にて天津祝詞を奏上し、神慮を伺つてみた。神示に依ればこの玉は夜光の玉であつて丶タクシヤカ竜王、すなはち九頭竜が堅く封じ込めてあつた。
伊太彦は停立して神示を宣り伝へたり。
『神代の昔高天にて      天地の主と現れませる
大国常立大神は        宇宙万有造りなし
神の形の生宮を        最後に造りなさむとて
天足の彦や胞場姫の      珍の御子をば生みたまふ
かかるところへ天界の     海王星より現はれし
汝タクシヤカ竜王は      神の御国を汚さむと
胞場の身魂に憑依して     神の教に背かしめ
蒼生草を悉く         罪の奴隷と汚したる
悪逆無道を矯めむとて     皇大神の勅もて
月照彦の大神は        汝を此処に封じまし
世の禍を除かれぬ       さはさりながらタクシヤカの
霊の邪気が世に残り      八岐大蛇や醜狼
曲鬼あまた現はれて      神の造りし御国をば
汚し曇らす果敢なさよ     此の世の曲を清めむと
厳の御霊の大御神       瑞の御霊の大神は
千座の置戸を負ひたまひ    汝が犯せし罪科を
宥して地上に救ひ上げ     尊き神の御使と
なさせたまはむ思召し     汝タクシヤカ竜王
吾が宣り伝ふ言の葉を     心の底より悔悔して
喜び仰ぎ聞くならば      今こそ汝を救ふべし
善悪邪正の分れ際       完全に委曲に復命
申させたまへ惟神       神の御言を蒙りて
ここに誠を述べ伝ふ      一二三四五つ六つ
七八九つ十百千        万の神はアヅモスの
この聖場に集まりて      三千世界を水晶の
世に立直し天地の       一切衆生を救ひます
畏き御世となりけるぞ     あ丶惟神惟神
ここに伊太彦現はれて     汝が清き返答まつ

と宣り終れば、タクシヤカ竜王は、見るも怖ろしき九頭一体の巨躯を現はし各二枚の舌を吐き出しながら、口許から、青、赤、紫、白、黄、橄欖色などの煙を盛んに吐き出し、忽ち白髪赤面の老人となり、赤色の衣を全身に纒ひ、岩窟の戸をパツと開いて伊太彦の前に進み恭しく目礼しながら、歌をもつてこれに答へた。
『三千年の古より       月照彦の大神に
押込められし吾こそは     タクシヤカ竜王魔の頭
暴風起こし火を放ち      豪雨を降らして天地を
自由自在に乱したる      吾は悪魔の霊ぞや
罪障深き吾こそは       八千万劫の末までも
常暗なせる岩窟に       捨てられ苦しむものなりと
覚悟を極めゐたりしが     ここに一陽来復し
仁慈の神の御恵みに      再び吾を世に出だし
救はむための御使       謹み感謝し奉る
いざこの上は一日も      早く地上に救はれて
天地の陽気を調節し      蒼生草や鳥獣
草木の末に至るまで      神のまにまに守るべし
救はせたまへ神司       今まで犯せし罪を悔い
ここに至誠を吐露して     改心誓ひ奉る
あ丶惟神惟神     御霊の恩頼を給へかし』
と言葉も爽かに答へた。伊太彦は、
『タクシヤカの竜神は心を改めて
服ふといひし言の葉尊きいざさらば早くこの場を出でまして
登らせたまへ地の表に』
タクシヤカ『有難し花咲く春に廻り会ひ
君に遇ひたる今日の嬉しさ
今までの悪しき行ひ改めて
誠一つに神に仕へむ』
伊太彦『このごろの知辺なしとも地の上に
因縁ありせば安くかへらせ』
かく互ひに歌を交換し、タクシヤカ竜王を従へ、ワツクス、エルの両人に先頭をさせながら、隧道をあるひは登り、あるひは下り、左右に屈曲しながら漸くにして、元の入口に登りついた。

最後には、これよりタクシヤカ竜王は、人体に変化し、猩々翁となり、サーガラ竜王は猩々媼となり、自分の罪を謝することとなった。

物語60-2-10 1923/04 真善愛美亥 玉国

伊太彦司に導かれ       三千年の幽閉を
ヤツと免れて千仭の      地底の闇より登り来る
タクシヤカ竜王は人体と    変化の術を使ひつつ
満面笑みを相たたヘ      アヅモス山の霊場の
神の祭りしその前に      岩戸の階段登りつつ
天にも昇る心地して      現はれ出でし尊さよ
玉国別の一行は        伊太彦司の功績を
口を極めて讃めながら     タクシヤカ竜王に打ち向かひ
言葉優く宣らすやう、
玉国別『国常立の大御神    豊国姫の大神の
開かせ玉ふ三五の       教の道の宣伝使
玉国別の神司         神の御言を蒙りて
ハルナの都に出でてゆく    その途すがら皇神の
仕組の糸に操られ       心も身をもスマの里
アヅモス山に来て見れば    三千年のその昔
月照彦の大神が        此の世を安く治めむと
秘めおかれたる汝が霊     救ひ助けむ時は来ぬ
われも汝が勇ましく      深き罪をば赦されて
ここに姿を現はせる      その光景を打ちながめ
歓喜の涙にたへかねつ     思はず知らず袖絞る
あ丶惟神惟神         タクシヤカ竜王聞こし召せ
此の世の泥をすすがむと    現はれ玉ひし埴安の
彦命や埴安姫は        厳と瑞との神柱
経と緯との経綸を       始め玉ひし上からは
水も洩らさぬ神の国      汝も今より御心を
清く正しく持ち玉へ      元つ御祖の大神の
 タクシヤカ竜王は久し振りにて地上の光明に浴し、また珍しき人の顔や四辺の樹木の青々として茂り栄ゆる光景を眺め歓喜に堪へず、歌をもつて玉国別に答へたり。
『われは八大竜王の      司と聞こえしタクシヤカの
九頭両舌の悪神ぞ       一度眼を光らせば
万木万草みな萎み       一度声を発すれば
山野河海も動揺し       さすが貴き大神も
いとど悩ませ玉ひつつ     神力無双のエンゼルと
現はれ玉ひし月照彦の     神の命が天降り
有無を言はせず言霊の     伊吹に吾を霊縛し
アヅモス山の地の底に     今まで封じ玉ひけり
かくなる上は吾とても     いかでか悪を好まむや
仁慈無限の大神の       大御心を心とし
蒼生や草や木の        片葉の露に至るまで
心を尽し身を尽し       いと懇に守るべし
吾の宝と秘めおきし      夜光の玉は伊太彦が
懐深く納めまし        今やこの場に現れましぬ
タクシヤカ竜王が改心の    至誠を顕はすその為に
風水火災を自由にせし     この宝玉を献る
何卒受けさせ玉へかし     旭は照るとも曇るとも
月は盈つとも虧くるとも    たとへ大地は破るとも
一旦神に誓ひたる       吾が言霊は動かまじ
諾ひ玉へ惟神         玉国別の御前に
謹み敬ひ願ぎまつる』
玉国別『世を紊す八岐大蛇の祖神と
聞きたる竜神は汝なりしか面白し心の底より改めて
玉を還せし汝は神なり
つゆ雫偽り持たぬ言の葉に
吾も嬉しく玉を受けなむ伊太彦の教司は大神の
神業に清く仕へ了へぬる』
伊太彦『吾が身魂弱く甲斐なく力なく
神のまにまに勤め了せし』
ワツクス『伊太彦の司の後に従ひて
さも怖ろしき夢を見しかなさりながら今の喜び見るにつけ
思はず知らず心勇みぬ』
大神業に仕へませ       三千年のその間
地底に潜み玉ひたる      苦心を察し奉る』
エル『思はざる醜の魔神にさへられて
肝潰したる事の愚かさ
さりながら伊太彦司と諸共に
無事に帰りしことぞ嬉しき』
真純彦『伊太彦は心おちゐぬ人とのみ
思ひし事の恥づかしきかな』
三千彦『鉋屑も間に合ふ時のあるものと
聞きし言葉の思ひ出されぬ
言霊の濁る男とさげすむな
吾も幾度揶揄はれたる身よ』
伊太彦『惟神とは言ひながら妹を連れ
進み行く身を羨ましく思へば』
デビス姫『伊太彦の教司の功績は
岩戸開きの業に優れる』
バーチル『昔より魔の隠れしと伝へたる
この神山の岩戸開きぬ』
サーベル姫『かくまでも霊の清き神ますと
吾は夢にも思はざりけり
猩々の姫の命に教へられ
汝を迎へし今日の嬉しさ』
タクシヤカ『今よりは猩々翁と名をかへて
これの神山に永く仕へむ』
玉国別『千代八千代万代までもこの宮に
いと安らけく仕へ玉はれ』
チルテル『訝かしや猩々
猩々翁の現はれむとは
九頭竜の醜の魔神と聞きぬれど
汝の姿は神にましけり』

 
かく歌ふところへ、大地にはかに震動してキヨメの湖の波立ち狂ひ、湖はパツと二つに開いて中より、さも怖ろしきサーガラ竜王、七八才の乙女を背に乗せながら、スマの浜辺に浮かみ出で、たちまち老媼の姿となり、愛らしき幼児を抱へ、霧に包まれながら、中空を翔けつてタクシヤカ竜王が前に現はれ来たり、
サーガラ『三千年の悩み忍びて目出たくも
吾が背の君は世に出でにけり
この御子は吾が身魂より生れ出でし
如意の宝珠の化身なりけり』

多シヤカ『恋慕ふ汝が命に廻り会ひ
嬉しさ胸に三千年の今日
玉国の神の司や諸人に
救はれ神の許しうけけり』
サーガラ『汝が命世に出でませば吾もまた
人の姿となりて仕へむ
玉国の別の司よ諸人よ
憐れみ玉へこれの夫婦を』
玉国別『昔より縁の深き夫婦づれ
いや永久に世を守りませ』
 サーガラ竜王は、脇に抱へし七八才ばかりの乙女を地に下し、夫婦が互ひに水火を吹きかけた。たちまち乙女は如意宝珠の玉と変じた。サーガラ竜王は押し戴き、
サーガラ『この玉は朝な夕なに抱きてし
如意の宝珠よ君に捧げむ』
玉国別『玉国別神の命と名を負ひし
吾は二つの玉を得にけり
この宝二つ揃ふて手に入らば
いかで恐れむ大黒主を』
真純彦『師の君の御名は今こそ知られけり
玉守別と宣り直しませ』
三千彦『玉守別ならで玉取別神と
宣り直しませ吾が師の君よ』
玉国別『国魂を右と左に受けし身は
玉国別と名乗るこそよき』
伊太彦『肝腎の玉は吾が師の物となり
指かみ切つて伊太彦の吾』
デビス姫『汝はなぜ玉取別と名乗らざる
伊太彦司の名こそ悪しけれ』
伊太彦『今となり名を宣直す術もなし
神の依さしの称へなりせば』
真純彦『因縁の霊々の御用をば
させると神の教なりけり
言霊の真純の彦の名を負ふも
魂の濁らばいかにとやせむ
吾もまた心の魂を研き上げ
吾が師の君にあやかりてみむ』
 
これよりタクシヤカ竜王は、人体に変化し、猩々媼となり、珍しき果物の酒を作り、朝夕神前に献じて神慮を慰め、自分の罪を謝することとなつた。
 バーチル夫婦は二つの宮の宮司として永久に仕へ、子孫繁栄し、神の柱と世に敬はれた。またバラモンのチルテル夫婦はバーチルの館の一隅に居を構へ、スマの里の里庄となり、厚く神に仕へて村民を愛撫し、部下はカンナ、へールを家僕とし、その他はいづれも里人の列に加へ、美はしく新しき村を造つて、余生を楽しく送り、その霊は天国に至つて、天人の列に加はり、アヅモス山の聖地を守る事となつた。

竜王とは何か?ここで出てくる3000年とは、海王星より現われたとはどういうことか?
大きな問題が残ります。
この論考ではここまでとして、いずれ、稿を改めて考察したいと思います。

■『スサノオの宇宙』での解釈
 

○テームス家や、スマの里のバーチルの財産が里人に分けられているのは、戦後の農地改革の話とも通い、予言的だ。

○財産の分配などで、スサノオのご神業の最終段階がどんなものか想像できる。「皇道経済論」も深められる。

○60巻のアヅモス山は「東山」と漢字が当てられ、麓に「天王の森」があり、多義的である。
 天王の森から追われた猩々は、戦争で東山から満州などの外地に派遣され拘留された人たち、三百三十三匹は瑞霊にちなんでいるから、天皇家に追われたスサノオとその眷属などと想像される。
 東山霊地に天王・スサノオが鎮座され世を統べられるときに「新生日本」となる最終イメージ。

○60巻では「八岐大蛇の祖神」と書かれているタクシャカ竜王が改心し、八岐大蛇退治が成就しはじめている。

わたしは、第二次大戦終了が「新生日本」の出発とは考えられませんので、この解釈には全面的には賛成できません。だだし、この解釈は猩々の母がバーチルとの子供を殺した悲しい場面の意味を想像する手がかりになるかもしれません。


5.百済の伝説(猩々の死と似た話)

私は、ここで出てくる話では、猩々姫がバーチルと別れる時に、子供を殺して自分も死ぬ。バーチルは去っていく。この場面を霊界物語中でも、とても悲しい話だと思っていますが、これと似た話がありました。
 
「一人の若い男が熊津でメス熊に捕らえられる。男はこれまでと死を覚悟したが、熊は男を岩穴の中に捕捉する。男が逃げないように、岩で入り口を塞ぎ、食料を運ぶ。やがて男と熊の同棲生活によって三匹の子熊を生む。男は穴の中で子熊と遊ぶ。
 ある日、岩で蓋をするのを忘れて、入り口から明かりが入って来る。かろうじて抜け出た男は逃げに逃げる。それを子熊は楽しそうに声をあげて追う。気付いたメス熊は追いかける。山上から大声で夫を呼び戻すが、夫は渡し場に向かって一目散。江岸にちょうど一そうの舟。熊が江岸に着いた時、舟は既に川の真ん中まで漕ぎ出ていた。死にもの狂いで呼びとめてもムダ。母熊はやおら子熊を江に投げる。
 さすがに人間でも、血を分けた子だけは救いに来るだろう。しかし、夫は更に逃げる。母熊は結局三匹の子熊を投げた後、自らも入水。事情を知った王は祠堂を建てて、霊を静める」

(「百済は語る」李夕湖、講談社)
(「韓国古寺紀行」桑野淳一 彩流社よりまた引き)

日本のふるさと、百済の話です。ここでは、猩々ではなく熊。熊は、たぶん古代の日本でも神とされていた動物だと思います。アイヌでは神です。もしかしたら、日本にも同じような話があるのかも知れません。



第1版04/10/26
第1.1版(形式修正)05/09/08
第1.2版(一部修正)14/12/28

メニューは画面上部の左端の三本線のボタンをクリックします。

メニューを閉じるには、コンテンツの部分をクリックしてください。下の画像では、赤い部分です。