論考資料集

ウラル山・アーメニヤ・コーカス山


物語01-5-471921/10 霊主体従子 エデン城塞陥落

ウラル山には鬼熊、鬼姫がいた。

 竹熊は大小十二の各色の玉を得て意気天を衝き、虚勢を張つて横暴の極を尽した。さうして高杉別、森鷹彦を深く信任し、高杉別をして武熊別の地位にかはらしめた。武熊別は竹熊の態度に憤怨やるかたなく、ここに一計をめぐらし、ウラル山に割拠する鬼熊に款を通じ、竹熊、高杉別、森鷹彦を滅ぼさむとした。鬼熊はその妻鬼姫に計を授けて竜宮城の奥深く忍ばしめ、遂には稚姫君命、大八洲彦命のやや信任を得るにいたつた。鬼熊は鬼姫の苦心により、つひに竜宮城に出入を許さるるとこまで漕ぎつけた。さうして鬼熊の子に月彦といふ心の麗しき者があつた。この者は稚姫君命の大変なお気にいりであつた。悪霊夫婦の子に、かくのごとき善人の生れ出でたるは、あたかも泥中より咲く蓮華のやうなものである。ここに稚姫君命は、ふたたび世界の各所に群がりおこる悪霊の騒動を鎮定すべく、国常立尊の神命を奉じ、月彦、真倉彦を伴ひ、目無堅間の御船にのり、真澄の珠を秘めおかれたる沓島にわたり、諸善神を集めて、魔軍鎮定の神業を奉仕されたのである。この時秋津島根に攻めよせきたる数万の黒竜は、竜宮の守り神および沓島の守り神、国の御柱命の率ゐる神軍のために、真奈井の海においてもろくも全滅した。しかるに陸上の曲津らは、勢力猖獗にして容易に鎮定の模様も見えなかつた。これは、ウラル山に割拠する鬼熊の部下の悪霊らの、権力争奪の悪魔戦であつた。鬼熊は部下の者共の統一力なきを憂へ、ここに一計をめぐらし、竜宮城に出入して根本的権力を得、部下の悪霊を鎮定し、すすんで地の高天原を占領せむとする企画をたててゐた。
 稚姫君命一行の沓島に出馬されし後の竜宮城は、大八洲彦命、真澄姫をはじめ、竹熊、高杉別、森鷹彦、竜代姫、小島別等のあまたの神司が堅く守つてゐた。武熊別は如何にもして、竹熊、高杉別を亡ぼさむとし、鬼熊、鬼姫に対し、
大八洲彦命、竹熊等は神軍を整へ、大挙してウラル山を攻落し、貴下を討滅せむと種々画策の最中なり。われは探女を放ちてその詳細を探知せり』
と種々の虚偽を並べ、鬼熊、鬼姫の心を動かさむとした。ここに鬼熊、鬼姫の憤怒は心頭に達し、
『大八洲彦命、竹熊一派らを亡ぼすは今を措いて好機はなし。今吾、彼らを滅ぼさずんば、吾は彼に早晩亡ぼされむ。機先を制するはこの時なり』
鬼熊、鬼姫は武熊別を部将として、ウラル山の鬼神毒蛇を引率し、まづ竹熊の屯せるエデンの城を襲ひ、ついで竜宮城を襲撃せむとした。鬼熊の魔軍は驀地にすすんで、八方よりエデンの城塞に迫つた。時しも竹熊は、竜宮城の留守役として不在中なりしかば、エデン城は戦はずしてもろくも鬼熊の手に落ちた。

物語01-5-48 1921/10 霊主体従子 鬼熊の終焉

鬼熊、死んで、ウラル山の黒竜となる。

稚姫君命は大八洲彦命の慈愛に厚き真心に感じ、諸神にむかつて今後を戒め、この場は事無く事済みとなつた。鬼熊はこの負傷が原因となり、運命尽きて遂に落命するにいたつた。妻の鬼姫は竹熊の非道を怒り、仇を報ぜむとし、武熊別とともに弔ひ合戦を計画した。しかして鬼熊は怨霊凝つて、終にウラル山の黒竜となつた。

物語01-5-49 1921/10 霊主体従子 バイカル湖の出現

鬼姫はまだウラル山にいた。

 竜宮城の出入を禁ぜられた竹熊は、鬼城山に城塞を構へ数多の魔軍をしたがへ割拠する、木常姫の陣営にむかひ救援を求めた。木常姫は何条否むべき、同志の竹熊にして亡ぼされなば吾が大望を達する望みなしと、ここに魔鬼彦、鷹姫等とともに軍容を整へ、エデンの城塞にむかつて短兵急に攻めいつた。鬼姫は牛熊、牛姫に命じて敵のヨルダン河を渡るを拒止せしめた。木常姫は雲を呼び、風を起し、雨を降らし、死力をつくして争うた。河水はたちまち氾濫し、水量おひおひに増して、エデンの城塞はほとんど水中に没するばかりである。ここに鬼姫は進退谷まり、竹熊より奉れる真贋十二の玉を抱き、従者とともに黒雲に乗じ天空はるかに逃げゆく。天日暗澹として常暗のごとく、鬼姫一行の邪神隊はウラルの山上目がけて一目散に姿を隠した。

物語01-5-50 1921/10 霊主体従子 死海の出現

 鬼熊、鬼姫は竹熊との戦ひに敗れ、ウラル山およびバイカル湖の悪鬼邪霊となり、一時は其の影を潜め、ために竜宮城はやや安静になつてきた。


物語02-1-7 1921/11 霊主体従丑 天地の合せ鏡

魔神はたちまち黒竜と変じ、邪鬼と化して、ウラル山目がけて遁走した。

物語02-4-251921/11 霊主体従丑 蒲団の随道

常世姫がウラル山に退却。

常世姫は進退これきはまり、直ちに和睦をなさむとて、竜世姫を軍使として、元照彦の神軍に遣はした。竜世姫は元照彦の前に出で、たがひに顔を見合せ、微笑しつつ常世姫の命を伝へた。
 元照彦は和議に関する信書をしたため、常世姫に送達した。その文意は、
『すみやかに城を捨て、汝はウラル山に退却せよ』
といふのであつた。常世姫はいよいよ進退谷まり、ただちに黒雲を呼び、金毛八尾の悪狐と化して東北の空高く遁げのびた。

物語02-7-471921/11 霊主体従丑 天使の降臨

 ここに常世姫は、竜宮城に敗れ、金毛八尾の悪狐と変じ、常世城に逃げかへり、魔神八頭八尾の大蛇とともに、天下を席捲せむとし、ロッキー山、ウラル山、バイカル湖および死海にむかつて伝令をくだした。死海の水はにはかに沸騰し、天に冲するまもなく、原野を濁水に変じて悪鬼となつた。つひにウラル山はにはかに鳴動をはじめ、八頭八尾の悪竜と化し、あまたの悪竜蛇を吐きだした。
 バイカル湖の水はにはかに赤色をおび、血なまぐさき雨となつて、四方八方に降りそそいだ。つぎに揚子江の上流なる西蔵、天竺の国境青雲山よりは、しきりに火焔を吐きだし、金毛九尾の悪狐となり、その口よりは数多の悪狐を吐き、各自四方に散乱した。
 天足彦、胞場姫の霊より出生したる金毛九尾白面の悪狐は、ただちに天竺にくだり、ついでウラル山麓の原野に現はれた。ここに常磐城といふ魔軍の城がある。その王は八頭八尾の悪竜の一派にしてコンロン王といふ。青雲山より現はれたる金毛九尾の悪狐は、コンロン王の前に現はれ、たちまち婉麗ならびなき女性と化し、コンロン王に愛されつひにその妃となり、名をコンロン姫とつけられた。
 コンロン姫はウラル山一帯を掌握せむとし、まづコンロン王を滅ぼさむとして仏頂山の魔王、鬼竜王に款を通じてゐた。コンロン王の従臣コルシカはコンロン姫の悪計を悟り、夜陰に乗じてこれを暗殺した。コンロン王は鬼竜王の悪計を知り、悪竜をして、近づき攻撃せしめた。鬼竜王は、死力をつくして戦ふた。このとき常世国ロッキー山より常世姫の魔軍は黒雲となり、風に送られて、仏頂山近く進んだ。空中よりは黒き雲塊雨のごとく地上に落下し、たちまち荒鷲と変じ、猛虎となり、獅子と化し、狼となつて諸方に散乱し、ここに驚天動地の大混乱が始まつたのである。敵味方の区別なく、世界は大混乱状態に陥り、味方の同志討は諸方に勃発した。


物語05-2-10 1922/01 霊主体従辰 奇々怪々

エルサレム攻防戦

常世彦一派は、八頭八尾の大蛇に助けられて、国治立命のグループと戦う。

 八王大神常世彦は、この不思議な光景を見て、二人をともなひ、奥殿に急ぎ入りて、心ひそかに国祖の神霊に祈願し、怪事続出の難を救はれむことを祈願した。
 奥の一間よりサヤサヤと、衣摺の音聞えて現はれ出でたる巨大の神は、大八洲彦命であつた。常世彦は夢に夢見る心地して、物をも言はずジツとその顔を見上げた。大八洲彦命と見えしは、大江山の鬼武彦であつた。常世彦は二度驚愕して、狐に魅まれしごとき顔付しながら、又もやその顔を熟視した。見るみる神の額に角が現はれた。そしてその容貌身長は、わが子の常治彦に分厘の差なきまでに変つてしまつた。表の門前に当つては神人らの騒ぎの声ますます頻りに聞える。八王大神は五里霧中に彷徨ひながら、この場を棄てて表玄関に立現はれた。
 ここにも常治彦が神人らを相手に闘つてゐる。同時に三人の常治彦が現はれて、角をもつて牛のやうに何れも四つ這になり、突き合を始めた。つひには常世彦を目がけて三方より突き迫つた。
 このとき竜宮城の方にあたりて、一大爆発の声が聞ゆるとともに、黒烟濛々と立上り、大火災となつた。常世姫は、命カラガラ火中よりのがれ出で、エルサレムに走りきたりて、常世彦に救援を請はむとした。このとき常世彦は、牛のごとく変化したる三人の常治彦に三方より突き捲られ、逃路に迷ひ苦しむ最中であつた。
 奥殿の方にあたりて、またもや大爆音が聞えた。見れば殿内は全部黒煙につつまれ、宮殿の四方より一時に火焔立昇り、瞬くうちに各種の建物は全部烏有に帰した。
 竜宮城の三重の金殿はにはかに鳴動し、天にむかつて際限もなく延長し雲に達し、その尖端は左右に分れ、黄金色の太き柱は東西に際限もなく延長し、満天に黄金の橋を架け渡したかのごとくに変つてしまつた。あたかも三重の金殿は丁字形に変化してしまつた。
 その丁字形の黄金橋を天の浮橋といふ。この橋よりにはかに白雲濛々として顕現れ、満天を白くつつんだ。たちまち牡丹のごとき雪は、しきりに降りきたり、見るまに聖地は雪につつまれてしまつた。
 常世彦は火と雪とに攻められ、あまたの神人らと共に、辛うじてアーメニヤの野にむかつて遁走しはじめた。
 一方エデンの宮殿は、轟然たる音響とともに、大地震動して巨城を滅茶々々に打倒し、樹木は根本より倒れ、火災は四方より起こり、黒煙につつまれ、咫尺を弁ぜざるの惨状に陥つた。時しも雪はにはかに降りきたり、道を塞ぎ、神人は自由に行動することができなくなつた。
 盤古大神はいち早くエデンの大河に船をうかべ、南岸に渡り、雪をかきわけながら些少の従者とともに、期せずして、アーメニヤの野にむかつて命カラガラ遁走した。降雪ますます烈しく、つひに一行は雪に埋もれてしまつた。
 このとき太陽はにはかに光熱を増し、四方山の積雪は一時に氷解し、地上はあたかも泥の海となつてしまつた。盤古大神はじめその他の神人らは、傍の木に辛うじて攀ぢ上つた。あまたの蛇その他の虫族は先を争ふて木にのぼり難を避けた。前方の木の枝にあたつて泣き叫ぶ声が聞えた。見れば、竜宮城の司宰者なる常世姫が、木の上であまたの毒蛇に全身を巻かれて苦しむ声であつた。八王大神はその木の中腹にまたもやあまたの蛇に全身を巻き付けられ、顔色蒼白となり、息も絶え絶えの光景である。
 このとき東南の方より、天地六合も一度に崩壊せむばかりの大音響をたて、黒雲をおこし、まつしぐらに進みきたる大蛇があつた。
 これは天足彦、胞場姫の霊より現はれた八頭八尾の大蛇であつた。
 大蛇は巨大なる尾を前後左右に打振りうち振り暴れまはつた。この震動に水はおひおひと減じ、大地の表面を露はすやうになつた。すべての蛇は先を争ふて樹上より落下し、各自土中にその影を潜めた。

 このため常世彦、常世姫をはじめ、塩長彦は漸くにして危難を免れ、神人らと共に、アーメニヤに無事到着することを得た。
 塩長彦は、エデンの宮殿を棄てて遁走するとき、驚愕のあまり、妻の塩長姫をともなふことを忘れてゐた。しかるに豈はからむや、アーメニヤの野には立派なる宮殿が建てられ、そのうちにわが妻の塩長姫および塩光彦は欣然として、あまたの神人らと共に、塩長彦一行を迎へたのは、奇中の奇とも言ふべきである。あ丶、かくの如く到るところに異変怪事の続発するは、大地の主宰神たる国祖を退隠せしめ、地上の重鎮を失ひたるがために、たとへ日月は天上に輝くといへども、霊界はあたかも常暗の惨状を誘起し、邪神悪鬼の跋扈跳梁に便ならしめたためである。これより地上の神界は、日に月に妖怪五月蠅のごとく群がりおこり、収拾すべからざる常暗の世を現出した。

物語05-2-11 1922/01 霊主体従辰 蜃気楼

盤古大神以下の神人は、忽然として現はれたるアーメニヤの宮殿を、万古不易の安住所と定め、各居室を定め、八百万神を配置し神政を行ふこととなつた。天より降つたか、地から湧いたか、知らぬまに荘厳無比の宮殿をはじめ数多の建築物が建てられてゐた。神人らは盤古の神政を祝するために遠近の山に分けいり、種々の珍しき花木を切りきたつて、各これをかたげながら宮殿を中心として面白き歌をうたひ、酒に酔ひながら踊り狂ふてゐた。
 時に中空にあたり何神の声ともなく、
アーメニヤアーメニヤ
と叫ぶ声しきりに聞えた。神人らは期せずして声する方を仰ぎ見た。
 幾百千とも限りなき神軍は武装を整へ、雲に乗り中空に整列して、その中央には国祖国治立尊の神姿あらはれ、采配を振つて神軍を指揮しつつあつた。神人らはその威厳に打たれてたちまち地上に平伏した。何とはなしに身体一面に湿気を感じ、驚きのあまり酒の酔も醒め、ぶるぶると地震の孫のやうに、一斉に震ひだした。このとき又もや天上より、
『盲神ども、足もとを見よ』
と頭からたたきつけるやうな声でいひ放つた。いづれも驚いて足もとを見ると、またもや泥田の中に盤古大神はじめ、八百万の神人らは泥まみれになつてのたくつてゐた。ここはアーメニヤの宮殿と、何れも思ふて宮殿の方を一せいに見やれば、今まで立派な宮殿と見えしは蜃気楼であつた。見るみる宮殿は天上に舞ひ上り、自分らの姿までも空中に舞ひ上つてしまつた。八王大神はじめ、重なる神将は残らず蜃気楼とともに天上に昇つてゐるのが見える。残された神人らは性を失ひ驚きのあまり、四方八方に泥田の中をうろつき始めた。そのじつ盤古大神も八王大神も天上に影が映つてゐるのみで、依然として深き泥田に乳のあたりまで落ちいり、身動きもならず苦しんでゐた。されど数多の神人らは、盤古大神以下の神将残らず天上に昇りしものと思ひ、右往左往に泥田を走りまはり、盤古大神、八王大神以下の神将を泥足で踏みつけ、一せいに、
『オイオイ』
と泣くばかりである。
 このときウラル山の方面より黒雲をまきおこし、空中を照らし進みきたる八頭八尾の大蛇が現はれた。今まで国治立尊以下の神将、天の一方に現はれゐたりしその姿はいつしか消えうせ、八頭八尾の大蛇の火を噴きつつ、満天墨を流したごとく黒雲をもつて包んでしまつた。

物語05-2-12 1922/01 霊主体従辰 不食不飲

折しもウラルの山颪、地上を吹きまくり、つひには空前絶後の大旋風となつた。あらゆる樹木を吹き倒し、泥田に落ちたる神人らを、木の葉のごとく土もろとも中天に捲きあげ、天上をぐるぐると住吉踊りの人形のやうに釣りまはした。そのため何れの神人も、鶴のやうに首が残らず長くなつてしまつた。ちやうど空中に幾百千とも限りなき首吊りが出来たやうなものである。首吊りでなくて、残らず鶴首になつてしまつた。
 風がやむとともに、一せいに雨霰のごとく地上に落下した。腕を折り足を挫き腰をぬかし、にはかに半死半生の者ばかりとなつてしまつた。そのとき何処ともなく、
『八岐の大蛇、八岐の大蛇』
といふ声がきこえた。八百万の腰抜け奴、不具者はぶるぶる唇をふるはせながら、
『八岐の大蛇様、助けたまへ』
と叫んだ。
 たちまち天上より美はしき八柱の男女の神人が、神人らの前に降つて来た。さうしてその中の一番大将と思しき男神は、耳まで裂けた紅い口をひらいて、
『吾はウラル山を守護する八頭八尾の大蛇である。もはや今日は国祖国治立尊は、わが神力に恐れて根の国に退隠し、その他の神人はいづれも底の国に落ちゆき、無限の責苦に遭へり。この世界はもはや吾の自由なり。汝らこのアーメニヤの地にきたつて神都を開き、神政を樹立せむと思はば、まづ第一に宮殿を造り、わが霊魂を鎮め、朝夕礼拝を怠るなかれ。また盤古大神をはじめ八王大神その他の神人は、ただ今より百日の断水断食を励むべし』
と言ふかと見れば、八柱の神人の姿は烟のごとく消え、ただ空中を運行する音のみ聞えてきた。その音も次第々々に薄らいでウラル山目がけて帰つたやうな気持がした。
 不思議にも、大負傷に悩んでゐた神人は手も足も腰も旧のごとくに全快し、ただ首のみは長くなつたままである。神人らは先を争ふて、ウラル山方面さして断食をなさむと駈け登つた。
 ウラル山の中腹には、非常な広い平地がある。この平地は南向きになつて、非常に香りのよい甘さうな果物が枝もたわむばかりになつてゐて、平地に垂れてゐる。

 あまたの神人は、やつと此処まで登つてきたが、咽喉はにはかに渇きだし、腹は非常に空いてきた。されど大蛇の厳命によつて、咽喉から手が出るほど食ひたくても食ふことができなかつた。ちやうど餓鬼が河の端に立つて、その水を飲むことができぬやうな苦痛である。
 盤古大神はじめ八王大神はしきりに口なめしをなし、長舌を出し、この果物をみて羨望の念にかられてゐた。神人は咽喉は焼けるほど渇き、腹は空いて板のごとくなつてゐる矢さき、目の前にぶらついたこの美味を食ひたくて堪らず、見るより見ぬが薬と、いづれも目を閉ぶつて見ぬやうに努めてゐた。さうすると何処ともなしに、百雷の一時に落下したやうな音響がきこえ、地響がして身体をニ三尺も中空に放りあげた。吃驚して思はず目を開くと、目の前、口の前に甘さうな果物がぶらついてゐる。エエままの皮よと四五の従者は、そのまま大きな果物を鷲づかみにしてかぶりはじめた。何とも言へぬ甘さである。濡れぬうちこそ露をも厭へ、毒を食ふたら皿までねぶれといふ自棄糞気味になつて、四五人の神人は舌鼓をうつて猫のやうに咽喉をごろごろ鳴らしながら、甘さうに食ひ始めた。傍の神人はその音を聞いて矢も楯もたまらなくなつて、目を閉ぢた上、両方の指で耳を塞いで、顔をしかめて辛抱してゐた。風が吹くと、果物の枝が揺れて、その甘さうな果物は口のあたりに触つてくる。
 思はず知らず舌がでる。こいつは堪らぬとまた口を閉いだ。ちやうど見ざる、聞かざる、言はざるの庚申さまの眷属が沢山に現はれた。
 四五の自棄糞になつた神人は腹一杯布袋のやうになつて息までも苦しく、肩で息をするやうになつた。腹の中は得心したが、まだ舌が得心せぬので、無理無体に舌の要求をかなへてやつた。もはや舌も得心をしたが、かんじんの眼玉が得心せぬので無理矢理に取つては食ひ取つては食ひ、大地にドンドンと四肢を踏んで、詰め込まうとした。そのとたんに臍の括約筋がバラバラになつて、果物の赤子が沢山生れた。アイタタ、アイタタと腹をかかへて顰み面しながら大地に七転八倒した。他の神人はまた目をあけてこの光景を見、あり合ふ草の蔓をとつて腹の皮を一処へあつめ、これを臍の真中でかたく括り、五人の神人を神命違反の大罪人として棒にかつぎ、その果物の樹の枝にかけた。
 この時、またもや天上から声がした。
『腹が空いたら、神命違反者を食らへ』
と言つた。神人は果物は食はれぬが、この五人の神人でも食つて見たいやうな気がした。このとき早玉彦といふ八王大神の侍者は、天の声のする方にむかひ、
『断食する吾々、この者を食ふても神意に反せずや』
と尋ねて見た。
 さうすると、また空中に声あつて、
『鬼になりたき者はこれを食へ』
と言つた。いづれの神人も自分の悪は分らず、各自に至善至美の立派な者と自信してゐるので、さすがの邪神も鬼になることだけは閉口したとみえ、一柱もこれを食はうとする者もなかつた。さうかうするうちに、断食の行も五十日を経過した。いづれの神人も声さへも立てる勇気は失せ、目は潤み、耳はガンガン早鐘をつくがごとくになり、ちやうど蛭に塩したやうにただ地上に横たはつて、虫の息にピコピコと身体の一部を動揺させてゐた。このとき、東北の空より、六面八臂の鬼神、あまたの赤、青、黒などの顔をした幕下の鬼を引きつれ、この場にむかつて嬉しさうに降つてくるのを見た。
あ丶この結果は如何なるであらうか。

物語05-2-13 1922/01 霊主体従辰 神憑の段

邪鬼(猶太の地で発生したことになっている)は、このとき八頭八尾の大蛇・金毛九尾の悪狐とは敵対していた。

アーメニヤとウラル山の位置関係がよく分る文章。

 東北の天より降りきたれる六面八臂の鬼神は、あまたの部下を引率し、盤古大神以下の飢餓に迫りて身体やせ衰へ、あたかも葱を煮たやうにヘトヘトになつて、身動きも自由ならぬこの場に現はれ、鉄棒をもつて疲れ悩める神人を突くやら打つやら、無残にも乱暴狼藉のかぎりをつくし、連木で味噌でもするやうな目にあはしてゐる。
 盤古大神以下の神人は、抵抗力も防禦力も絶無となつてしまつて、九死一生、危機一髪の悲境に陥るをりしも、またもや忽然として暴風吹き起こり、岩石の雨は邪鬼の群にむかつて打ちつけた。あまたの鬼どもは周章狼狽しながら、雨と降りくる岩石に打たれて頭を割り、腰骨を挫き、脚を折り、這々の体にて、負傷した鬼どもを各自小脇にかかへながら、東北の空さして雲を霞と逃げ失せた。
しかるに不思議なことには、盤古大神部下の神人は一柱も負傷するものがなかつた。いづれも顔を見合して、眼前の奇怪千万な光景に呆れるばかりであつた。
 このとき、一陣の風サツと音して吹き来たるよと見るまに、大地に平臥して苦悶せし盤古大神も常世彦、常世姫もにはかに顔色紅を呈し、元気は頓に回復し、立ちあがつて両手を組みながら上下左右に身体を動揺させ、躍りあがつて遠近を狂気のごとくに飛びまはつた。これは八頭八尾の大蛇と金毛九尾の悪狐の邪霊が、心身の弱りきつたところを見すまし、一度に憑依したからである。次々に他の神人も同様に元気を回復し、手を振り足を踏みとどろかせ、遠近を縦横無尽に駈けまはるその有様、実に雀の群に鷹の降りたる時のごとき周章かたである。彼方にも此方にも、ウンウン、ウーウーと唸るかと見れば、ヤ丶丶丶ヤツヤツヤツ、カ丶丶丶丶シ丶丶丶丶ラ丶丶丶丶ヤツヤツカ丶丶丶シ丶ラ丶丶、ヤツカシラヤツヲノ、ヲ丶丶丶丶ロ丶丶丶丶チ丶丶丶丶、ヲロチヲロチと叫ぶのもあり、キ丶丶丶丶キンキンキンキンモ丶丶丶丶丶丶モウモウキユキユキユビ丶丶丶丶キ丶キンモ丶モウキユキユキユウビ丶丶丶キンモウキユウビのキ丶、丶丶ツ丶丶丶丶ネ丶丶丶丶キツネキツネキツネと叫ぶ神人もできてきた。また一方にはク丶丶丶丶ニ丶丶丶丶ト丶丶丶丶コ丶丶丶丶タ丶丶丶丶チ丶丶丶丶ノ丶丶丶丶ミ丶丶丶丶コ丶丶丶丶ト丶丶丶丶、ク丶二丶ノト丶コ丶タ丶チ丶ノ丶ミ丶、コ丶ト丶とどなる神人もあれば、ケ丶丶丶丶ケンゾクケンゾク、タ丶ツ丶ヤ丶丶マワ丶丶ケ丶丶、ノ丶丶ミ丶コトと口ばしつて、両手を組み、前後左右に跳ねまはり飛びはしるさま、百鬼の昼行ともいふべき状況である。常世姫は俄然立ちあがり、
部下の神人たちよ、われこそは日の大神の分魂にして玉津姫大神なるぞ。このたび地の高天原をこのアーメニヤに移されしについては、世の初発より大神の経綸であつて、万古不易の聖地と神定められたり。盤古大神夫婦は、今日よりこの方の申すことに誠心誠意服従すべきものなり。ただ今より常世姫の肉体は玉津姫大神の生宮なるぞ。一日も早く立派なる宮殿を造営し、神定の地に神政をおこなへ、ウーン
と唸つて天にむかひて打ち倒れた。
 聖地エルサレムの天使言霊別の長子なる竜山別といふ腹黒き神人は、始終野心を包蔵してをつた。それゆゑ今回のエルサレムにおける変乱にも、自己一派のみは巧みに免れ、邪神常世彦の帷幕に参じてゐた。彼は今また、このアーメニヤにきたり、神人とともにウラル山の中腹に登つて断食断水の仲間に加はつてゐた。たちまち身体震動し、顔色火のごとくなつて神憑りとなつた。彼には八頭八尾の大蛇の眷属、青竜魔が憑りうつり、
『ア丶有難いぞよ、勿体ないぞよ。この方こそは日の大神、月の大神であるぞよ。神人ども、頭が高い、頭が高い、大地に平伏いたせ、申しわたすべき仔細こそあれ。今日は実に天地開闢以来の目出度き日柄であるぞよ。眼を開いてこの方を拝んだならば、たちまち眼が潰れてしまふぞ。これからこの方の仰せを背いた神人は、神罰立ちどころにいたると思へよ。この方は日の大神、月の大神に間違ひないぞよ』
と呶鳴つた。その声は百雷の一度に鳴りとどろくごとくであつた。
 神人らは、一せいに、ア丶丶丶丶リ丶丶丶丶ガ丶丶丶丶タ丶丶丶丶、ヤ丶丶丶、アリーガーターヤ丶丶ヤーと声をふるはせながら涙を流して嬉しがつた。
 中空に声あり、
『邪神に誑されなよ。今に尻の毛が一本もないやうに抜かれてしまふぞよ』
と聞えた。盤古大神は何思ひけむ、この場を逃げ去らむとするを、常世姫の神憑は、大手をひろげて、
『ア丶恋しき吾が夫よ、妾の申すことを一々聞かれよ』
と涙声になつて抱きとめた。盤古大神は袖ふり払ひ、
『無礼もの』
と叱咤した。常世姫は柳眉を逆だて、
『畏くも日の大神の御分魂なるこの方にむかつて、無礼ものとは何ごとぞ。汝こそは盤古大神とエラソウに申せども、この生宮のために今日神人らより崇敬さるるやうになりしを知らざるか、その方こそ無礼ものなり』
と毒づいた。ここに盤古、常世二神の格闘がはじまつた。組んづ組まれつ互ひに挑みあひ、たがひに上になり下になり、咆哮怒号した。
あまたの神人は残らず邪神の容器となり、常世姫の肩を持ち、
『邪神の盤古、盤古』
と一せいに叫びながら立ち上つた。ア丶この結果はどうなるであらうか。

物語05-2-14 1922/01 霊主体従辰 審神者

 このとき竜山別はたちまち神憑りして、小高き丘陵に飛びあがり、眼下に神人らを梟鳥のまるき目玉に睨めつけながら、
『吾こそは日の大神、月の大神、国治立の大神なるぞ。ただいま常世姫に神憑りしたる玉津姫の託宣を馬耳東風と聞きながし、あまつさへ雑言無礼を恣にしたる盤古大神塩長彦ははたして何者ぞ。汝は六面八臂の鬼神の魔軍に襲撃され、危急存亡の場合を八頭八尾の大蛇の神に救はれしに非ずや。神力無辺なる八頭八尾の大蛇の神の憑りきつたる常世彦の妻神常世姫の生宮にたいして、今の雑言聞き捨てならず。神界の規則にてらし盤古大神はこの場かぎり神界総統者の職を去り、その後任に八王大神を据ゑたてまつりなば、万古不易の神政は完全無欠に樹立さるべし。満座の神人ども、大神の言葉を信ずるや否や、返答聞かむ』
とどなりつつ物凄き目をむき出し、口を右上方につり上げ、水ばなを長く大地に垂れながら、さも厳かに宣言した。あまたの神人は審神の術を知らず、日の大神はじめ尊き神の一度に懸らせたまひしものと信じ、頭を得上ぐるものも、一言の答弁をなすものもなかつた。盤古大神は空嘯きて満面に冷笑をたたへ、常世姫の面体を凝視し、鎮魂の姿勢を取つてゐた。
 盤古大神の眼光に睨みつけられたる常世姫の神憑りは、左右の袖に顔をかくし、泣き声をふりしぼり、
『八王大神常世彦よ。いま盤古大神には、常世の国に年古く棲める古狸の霊、憑依してこの尊き神の生宮を無礼千万にも睨めつけをれり。神力をもつて速やかに彼を退去せしめ、貴下は盤古大神の地位に就かるべし。神勅は至正至直にして寸毫も犯すべからず、満座の神人異存あるや、返答聞かむ。かくも大神の言葉をもつて神人に宣示すれども、一言の応へなきは、汝ら諸神人は神の言葉を信ぜざるか、ただしは神を軽蔑するか。かよわき常世姫の生宮として、歯牙にかけざるごとき態度をなすは無礼のいたりなり。アーラ残念や、口惜しやな』
といひつつ丘陵上を前後左右に飛んだり、跳ねたり、転んだり、その醜態は目もあてられぬ有様であつた。常世彦は、やにはに常世姫の倒れたる前に進みいで、襟首を無雑作に猫でも提げたやうに引掴みて、右の片腕に高くさしあげ、大地にむかつて骨も砕けよとばかり投げつけた。常世姫はキヤツと一声叫ぶとみるまに、邪神の神憑りはにはかに止んで、又もや、もとの優美にして温和なる常世姫と変つてしまつた。
 かくのごとく種々の悪神たち、大神の御名を騙つて神人らに一度にどつと憑依せしは、数十日の断水断食のため身体霊魂ともに疲労衰耄の極に達し、肉体としてはほとんど蚤一匹の力さへなくなつた。その隙をねらつて霊力弱き邪神が憑依したのである。すべて邪神の憑依せむとするや、天授の四魂を弱らせ、肉体を衰へさするをもつて憑依の第一方便とするものである。ゆゑに神道または仏道の修業者などが深山幽谷に分け入り、滝水にうたれ火食を断ち、あるひは断水の行をなし、または百日の断食などをなすは、その最初よりすでに妖魅邪鬼にその精神を蠱惑されてしまつてゐるのである。
 ゆゑに神がかりの修養をなさむとせば、まづ第一に正食を励み、身体を強壮にし、身魂ともに爽快となりしとき、初めて至真、至美、至明、至直の神霊にたいし帰神の修業をなし、憑依または降臨を乞はねばならないのである。
 すべて神界には正神界と邪神界との二大別あるは、この物語を一ぺん読みたる人はすでに諒解されしことならむ。されど正邪の区別は人間として如何に賢明なりといへども、これを正確に審判することは容易でない。邪神は善の仮面をかぶり、善言美辞をつらね、あるひは一時幸福を与へ、あるひは予言をなし、もつて審神者の心胆をとろかし、しかして奥の手の悪事を遂行せむとするものである。
 また善神はおほむね神格容貌優秀にして、何処ともなく権威に打たるるものである。されど中には悪神の姿と変じ、あるひは悪言暴語を連発し、一時的災害を下し、かつ予言の不適中なること屡なるものがある。これらは神界の深き御経綸の然らしむところであつて、人心小智の窺知し得べき範囲ではないのである。ゆゑに審神者たらむものは、相当の知識と経験と胆力がもつとも必要である。かつ幾分か霊界の消息に通じてゐなければ、たうてい正確な審神者は勤まらないのである。世間の審神者先生の神術にたいしては、ほとんど合格者はないといつても過言に非ずと思ふのである。
 さて、盤古大神の注意周到なる審神はよくその効を奏し、邪神はここに化の皮をむかれ、一目散にウラルの山上目がけて雲霞のごとく逃げ帰つた。(ここはウラル山の中腹)されど一度憑依せし悪霊は全部脱却することは至難の業である。ちやうど新しき徳利に酒を盛り、その酒を残らず飲み干し空にしたその後も、なほ幾分酒の香が残存してゐるごとく、悪霊の幾部分はその体内に浸潤してゐるのである。この神憑りありしより、常世彦、常世姫、竜山別も、日を追ひ月を重ねて、ますます悪神の本性を現はし、つひには全部八頭八尾の大蛇の容器となり、神界を大混乱の暗黒界と化してしまつたのである。あ丶慎むべきは審神の研究と神がかりの修業である。

物語05-2-15 1922/01 霊主体従辰 石搗歌

盤古大神ウラル山の中腹に宮殿を造営。

 盤古大神は、厳粛なる審神に依つて、常世彦、常世姫、竜山別その他の神人の憑霊的狂乱状態はたちまち鎮静した。ここに常世彦以下の神人は、盤古大神の天眼力と、その審神の神術の優秀なるに心底より感服し、何事もその後は盤古大神の指揮に服従することを決議した。
 ここに
盤古大神は、ウラル山の中腹のきはめて平坦の地を選び、宮殿を造営せむとし、大峡小峡の木を伐り、石をはこびて基礎工事に着手した。神人らの寄り集まつて勇ましく歌ひながらドンドンと石搗く音は昼夜の区別なく、天地もために震動せむず勢であつた。
 百神人の必死的活動の結果、一百余日にして基礎工事は全く終了したのである。
 その時の石搗の歌は、
神代の昔その昔        常磐堅磐に世を護る
国治立の大神の        築き固めたる礎は
雨の朝や風の宵        雪降る空や雨嵐
ちから嵐のいともろく     覆りたる神の代を
立直さむとこの度の      ウラルの山の神集ひ
集ひたまひし塩長彦の     神の命や八王の
常世の彦や常世姫       常世の暗を照らさむと
心も赤きアーメニヤ      朝日も清く照りわたり
光さやけき夕月夜       星もきらめく天津空
高行く雲も立つ鳥も      伊行きはばかるウラル山
表とウラルに朝日子の     輝きわたる祥代に
造り固めて常久に       開く神代のまつりごと
天にまします日の御神     大空伝ふ月の神
影もさやかに足御代を     祝ひたまふか今日の日を
風清らけく花の木は      枝もたわわに実りして
正しき神を松の山       実にも目出度き千代の春
四方にたなびく春霞      みどりの袖を振り栄えて
春の山姫しとやかに      舞ひてをさむる盤古の
万古不易の神の御代      万古不易の神の御代
百の神人勇み立ち       神の恵に四方山の
草木も靡く目出度さよ     ア丶千秋万歳楽境の
この礎をいや固に       いや強らかに築かむと
上津岩根に搗き凝らし     下津岩根に搗き固め
ついて固めて望の夜の     月の光の雄々しさよ
ウラルの山の常久に      空に輝くアーメニヤ
野は平けく山遠く       そよ吹く風の音聞けば
ばんこばんこと響くなり    ばんこばんこと響きたる
この石つきはいや堅く     万古不易の礎ぞ

万古不易の礎ぞ
ヨイトサー、ヨイトサ、ヨイトサツサーヨイトサ、
ヨイトサ、ヨイトサツサツサー
 いよいよ基礎工事は竣工した。これより八王大神指揮の下に神人らは四方八方に手分けをなし山の尾の上や谷の底、大木や小木を探ねつつ、本と末とは山口神に捧げて、中津御木を伐り採り、エイヤエイヤと日ごと夜ごとにウラル山の山腹めがけて運び上ぐるのであつた。
 神人らの昼夜の丹精によつて、用材はほとんど大部分山のごとく集まつた。されどもつとも必要なる宮殿の棟木を欠いてゐた。神人らは四方山をあさり探し求むれど、適当のものは得られなかつた。
 ここに盤古大神の命により、竜山別は平地に祭壇を設け、もろもろの供物を献じ、心身を清めて神勅を請ふこととなつた。以前の失敗に懲りて、盤古大神は自ら審神の席についた。竜山別には山口神、懸りたまひ教へ諭すやう、
『この棟木は、これより遙か南方にあたり、鷹鷲山といふ霊山あり。その山腹に朝は西海をかくし、夕べは東海をかくす枝葉繁茂せる大樹がある。その大樹には数万の高津神群がり棲みをれば、これを伐り採ること容易ならず。されば吾はこれより山口神の職権をもつて、彼らを他山の大樹に転居せしめむ。竜山別をはじめ数多の神人は得物を用意し、一時も早く鷹鷲山に向かへ』
と宣示したまま、神霊はたちまち引取つてしまつた。この神示によつて数多の神人は勇みよろこび、時をうつさず鷹鷲山に数百千の神人を引率して、荊棘を開き、谷を渡り、叢を切り払ひ、やうやく大樹の下に達した。
 樹上にありし高津神は、先頭に立てる八頭八尾の大蛇の姿に肝を消し、山口神の命ずるままに、裏山に転居してしまつた。この木を伐り採らむとして、神人は背つぎをなし、まづ一の枝にかけつき、つづいて数多の神人は鉞、鋸などの得物を携へ、最上部の枝より伐りはじめた。
 名にし負ふ鷹鷲山の稀代の大木とて、容易にこの事業ははかどらなかつた。この木を伐るに殆ど三年の日子を要したりといふ。
(大正十一年一月七日旧大正十年十二月十日外山豊二録)


物語05-2-16 1922/01 霊主体従辰 霊夢

 八王大神の命により、常世城を預かりて守護せる大鷹別は、盤古大神が美はしき宮殿を建てむとし、その用材のために苦しみ、神人らは挙つて鷹鷲山にいたり、昼夜の区別なく、その木の伐採に全力をつくしつつありて、盤古大神夫妻の身辺も、その備へのはなはだ薄弱なることを間者松彦をして探知せしめ、その詳細を知るとともに、大鷹別の野心は勃然として湧いてきた。
 今この際常世城を占領し、大自在天を奉じて、あらたに神政を樹立し、天下の覇権を握るといへども、盤古大神および八王大神の目下の立場として、常世城を討伐する余力さらになく、気息奄々としてほとんど孤城落日の悲境にあれば、叛旗を挙ぐるはこの時なりと、部下の蟹雲別、牛熊別、鬼雲別らと語らひ、さかんにその画策に熱中してゐた。
 このとき、旭、高倉の妙術に乗せられ、何時とはなく常世城に捕虜となりし塩治姫、玉春姫は、何れもわが父に叛旗を掲ぐるものたることを感知し、いかにもして常世城を脱出し、ウラル山の両親にこの旨を密告せむと、日夜焦慮しつつあつた。
 されど、用心ぶかき大鷹別は二女の身辺の警護をことさら厳にし、かつ、その室の周囲をあまたの神人をして囲み守らしめ、遁れ出でむとするにも、蟻の這ひ出づる隙間もなき有様であつた。
 話は元へもどつて、
ウラル山の仮殿にある盤古大神は、ある夜の夢に、わが娘塩治姫は玉春姫とともに常世城にさらはれ、人質の境遇に苦しみつつある霊夢に感じた。しかして今ウラル山にある塩治姫、玉春姫は真のわが子に非ず、白狐の変化なりといふ霊夢を引きつづいて見た。
 明くれば、盤古大神は仮殿に仕へてゐる塩治姫、玉春姫を傍近く招き、
『汝はわが天眼通にて審査するに、全く白狐の変化なり。今すみやかにその正体をわが前に現はせ。万一違背におよばば、汝ら二人は余が手練の刀の錆となさむ、覚悟せよ』
と炬火のごとき眼を怒らし、カツと睨みつけた。二女性は少しも騒がず、満面に笑をたたへ、
『貴下の天眼力にて見らるる通り、吾は聖地エルサレムの神使として長く仕へたてまつりし白狐の高倉、旭なり。なんぢ悪神一味の暴悪を懲さむため、アーメニヤの野における奇怪といひ、また鷹鷲山における棟木の三年を経るも伐り採り得ざるは、まつたく吾らの所為なり。あ丶心地よや、あ丶面白や』
とカラカラと長き舌を出して笑ひこけた。
 盤古大神は烈火のごとく憤り、腰に佩ける刀を抜くより早く、二人を目がけて発止と斬りつけた。如何なしけむ、二人の姿は煙と消えて、ただ中空に女性の愉快げに笑ひさざめく声がするのみであつた。
 これより、いよいよ大自在天は常世城を占領し、天下の神政を統一せむと計り、今まで聖地エルサレムを滅ぼさむとして協力したる盤古大神一派にむかつて、無名の戦端を開くこととなつた。
 空には聖地竜宮城の三重の金殿は、自然に延長して天空高く現はれ出た。丁字形の天の浮橋は金色燦然として大空を東南西北に廻転しはじめた。
 その橋の尖端よりは、得も言はれぬ美しき金色の火光を、花火のごとく地上にむかつて放射しつつあつた。実に荘厳無比にして、かつ美しきこと譬ふるに物なく、その閃光に見とれて空を見上ぐるとたんに、瑞月の身は頭部に劇痛を感じた。驚いて肉体にかへりみれば、寒風吹きすさむ高熊山の岩窟に端坐し、仰向くとたんに、岸壁の凸部に後頭部を打つてゐた。
(大正十一年一月七日旧大正十年十二月十日桜井重雄録)

物語05-3-17 1922/01 霊主体従辰 勢力二分

 大国彦は、大鷹別以下の神人とともに常世城において、堅固なる組織のもとに神政を開始した。しかして大自在天を改名して常世神王と称し、大鷹別を大鷹別神と称することとなつた。
 ここに八王大神常世彦は、常世神王と類似せるわが神名を改称するの必要に迫られ、ウラル彦と改称し、常世姫はウラル姫とあらためた。そして盤古大神を盤古神王と改称し、常世神王にたいして対抗することとなつた。各山各地の八王は残らず神と称することとなり、八王八頭の名称を全部撤廃してしまつた。これは八頭八尾の大蛇の名と言霊上間違ひやすきをおもんぱかつたからである。
 されど数多の神人は従来の称呼に慣れて、依然として八王八頭と称へてゐた。国祖御隠退の後は、常世神王の一派と盤古神王一派は東西に分れ、日夜権勢争奪に余念なく、各地の八王八頭はその去就に迷ひ、万寿山、南高山を除くのほか、あるひは西にあるひは東に随従して、たがひに嫉視反目、紛糾混乱はますますはげしくなつた。
 この状況を蔭ながらうかがひたまひし国治立大神は野立彦命と変名し、木花姫の鎮まります天教山に現はれたまふた。また豊国姫命は野立姫命と変名してヒマラヤ山に現はれ、高山彦をして天地の律法を遵守し、天真道彦命とともに天地の大道を説き、神人をあまねく教化せしめつつあつた。また天道別命は国祖とともに天教山に現はれ、神界改造の神業について、日夜心魂を悩ましたまひつつあつた。幸にヒマラヤ山は東西両方の神王の管下を離れ、やや独立を保つてゐた。また万寿山は磐樟彦、瑞穂別の確固不抜の神政により、依然として何の動揺もなく、霊鷲山の大八洲彦命、大足彦とともに天下の形勢を観望しつつあつた。
 天道別命は、野立彦命の内命を奉じ青雲山に現はれ、神澄彦、吾妻彦とともに天地の大変動のきたるを予知し、あまねく神人を教化しつつあつた。
 盤古神王およびウラル彦は、常世神王の反逆的行為をいきどほり、各山各地の神人をアーメニヤの仮殿に召集し、常世城討伐の計画を定めむとした。されども神人ら(八王八頭)は、常世神王の強大なる威力に恐れ、鼻息をうかがひ、盤古神王の召集に応ずるものはなはだ尠かつた。いづれも順慶式態度をとり、旗色を鮮明にするものがなかつた。また一方常世神王は、各山各地の八王八頭にたいし、常世城に召集の令を発し、神界統一の根本を定めむとした。されどこれまた前のごとく言を左右に託して、一人も参集する神人がなかつた。この参加、不参加については、各山各地とも、八王と八頭とのあひだに意見の衝突をきたし、八王が常世神王に赴かむとすれば、八頭は盤古神王に附随せむとし、各所に小紛乱が続発したのである。
 このときこそは実に天下は麻のごとく乱れて如何ともすることが出来なかつた。八王および八頭は進退きはまり、今となつてはもはや常世神王も盤古神王も頼むに足らず、何となくその貫目の軽くして神威の薄きを感じ、ふたたび国祖の出現の一日も速からむことを、大旱の雲霓を望むがごとく待ち焦がるるやうになつた。叶はぬ時の神頼みとやら、いづれの八王八頭も各自鎮祭の玉の宮にいたつて、百日百夜の祈願をなし、この混乱を鎮定すべき強力の神を降したまはむことを天地に祈ることとなつた。
 地上の神界は常世神王の統制力も確固ならず、盤古神王また勢力振はず、各山各地の八王八頭はおのおの国魂によつて独立し、つひには常世神王も盤古神王もほとんど眼中になく、ただたんに天地創造の大原因たる神霊の降下して、善美の神政を樹立したまふ時のきたるを待つのみであつた。八頭八尾の大蛇および金毛九尾の悪狐および六面八臂の邪鬼は、時こそ到れりと縦横無尽に暴威を逞しうすることとなつてしまつた。
附言言葉の冗長を避くるため、今度は八頭八尾の大蛇を単に大蛇といひ、金毛九尾の悪狐を単に金狐と称し、六面八臂の邪鬼を単に邪鬼と名づけて物語することといたします。

物語05-3-18 1922/01 霊主体従辰 宣伝使

 ここに天教山(一名須弥仙山ともいふ)に鎮まり坐す木花姫命の招きにより、集まつた神人は、大八洲彦命(一名月照彦神)、大足彦(一名足真彦)、言霊別命(一名少彦名神)、神国別命(一名弘子彦神)、国直姫命(一名国照姫神)、大道別(一名日の出神)、磐樟彦(一名磐戸別神)、斎代彦(一名祝部神)、大島別(一名太田神)、鬼武彦(一名大江神)、高倉、旭の二神合体して月日明神、その他の神人なりける。
 それらの神人は、天教山の中腹青木ケ原の聖場に会し、野立彦命の神勅を奉じ、天下の神人を覚醒すべく、予言者となりて世界の各地に派遣せられた。その予言の言葉にいふ。
『三千世界一度に開く梅の花、月日と土の恩を知れ、心一つの救ひの神ぞ、天教山に現はれる』
 以上の諸神人はこの神言を唱へつつ、あるひは童謡に、あるひは演芸に、あるひは音楽にことよせ、千辛万苦して、ひそかに国祖の予言警告を宣伝した。
 されど、大蛇や金狐の邪霊に心底より誑惑されきつたる神人らは、ほとんどこの予言を軽視し、酒宴の席における流行歌とのみ聞きながし、事に触れ物に接してただちに口吟みながら、その警告の真意を研究し、日月の神恩を感謝し、身魂を錬磨せむとする者は、ほとんど千中の一にも当たらぬくらゐであつた。
 常世神王は、門前に節面白く「三千世界一度に開く梅の花云々」と歌ひくる月日明神の童謡を聞いて首をかたむけ、大鷹別をして月日明神をともなひ殿中に招き、諸神人満座の中にてこの歌をうたはしめた。
 月日明神は、面白く手拍子足拍子を揃へ、かつ優美に歌ひ舞ひはじめた。いづれもその妙技に感嘆して見とれゐたり。
 神人らは、嬉々として天女の音楽を聴くごとく勇みたち、中には自ら起ちてその歌をうたひ、月日明神と相並んで品よく踊り狂ふものあり。殿内は神人らの歓喜の声に充されて春のやうであつた。独り常世神王は、神人らの喜び勇み踊り狂ふてたあいなきに引きかへ、両手に頭をおさへながら苦悶に堪へざる面持にて、始終俯きがちにその両眼よりは涙を垂らし、かつ恐怖戦慄の色をあらはし、何となく落着かぬ様子であつた。
 この様子をうかがひ知つたる大鷹別は、常世神王の御前に恭しく拝礼し、かついふ、
『神王は、何故かかる面白き歌舞をみそなはしながら、憂鬱煩慮の体にましますや、一応合点ゆかず、御真意を承りたし、小子の力に及ぶことならば、いかなる難事といへども、神王のためには一身を惜しまず仕へまつらむ』
と至誠面にあらはれて進言した。
 されど、常世神王はただ俯いて一言も発せず、溜息吐息を吐くばかりであつた。
 大鷹別は重ねてその真意を言葉しづかに伺つた。常世神王はただ一言、
『月日明神を大切に饗応し、本城の主賓として優待せよ』
といひ残し、奥殿に逸早く姿をかくした。
 月日明神は衆人にむかひ、
『世の終りは近づけり。天地の神明に身魂の罪を心底より謝罪せよ』
といひつつ、姿は烟のごとく消えてしまつた。
 しばらくあつて常世神王は大鷹別にむかひ、
『月日明神とやらの唱ふる童謡は、普通一般の神人の作りし歌にあらず、天上にまします尊き神の予言警告なれば、吾らは一時も早く前非を悔い、月日と土の大恩を感謝し、天地の神霊を奉斎せざるべからず。是については吾々も一大決心を要す。すみやかに盤古神王の娘塩治姫およびウラル彦の娘玉春姫をアーメニヤの神都に礼を厚くしてこれを送還し、時を移さずロツキー山上に仮殿を建て、すみやかに転居の準備に着手せよ
と厳命した。
 大鷹別は神王の真意を解しかね、心中に馬鹿らしく感じつつも、命のごとく数多の神人をして二女性をアーメニヤに送還せしめ、ロツキー山の頂上に土引き均し、形ばかりの仮殿を建設することとなつた。
 アーメニヤの神都にては、盤古神王をはじめウラル彦は、常世神王のにはかに前非を悔い、心底より帰順したる表徴として安堵し、かつ軽侮の念を高めつつ意気衝天の勢であつた。
 頃しも仮宮殿の傍近く、
『三千世界一度に開く梅の花』
と謡ふて通る言触神(宣伝使)があつた。盤古神王はこの声に耳をそばだて胸をおさへてその場に平伏した。この声の耳に入るとともに頭は割るるがごとく、胸は引き裂くるごとくに感じたからである。
 ウラル彦夫妻は、神王のこの様子を見て不審に堪へず、あわただしく駆けよつて介抱せむとした。神王は右の手を挙げて左右に振り、苦しき息を吐きながら、
『ただ今の言触神の声を聴け』
といつた。二人は答へて、
『彼は神人らに食を求めて天下を遍歴する流浪人なり、かくのごとき神人の言を信じて心身を悩ませたまふは、平素英邁にして豪胆なる神王の御言葉とも覚えず、貴下は神経を悩ましたまふにあらざるか』
とやや冷笑を浮べて問ひかけた。
 神王は二人の言葉の耳にも入らざるごとき様子にて、両手を合せ、或ひは天を拝し、或ひは地を拝し、
『月日と土の恩を知れ、月日と土の恩を知れ、世界の神人の罪を赦し、吾ら一族をこの大難より救はせたまへ』
と流汗淋漓、無我夢中に祈願をこらす。
 ウラル彦夫妻は、この体を見て可笑しさに堪へかね、ふき出さむばかりになつたが、神王の御前をはばかつて、両眼より可笑し涙を垂らしてこの場を退きさがつてしまつた。そしてこの場に現はれた言触神は日の出神であつた。

物語05-3-19 1922/01 霊主体従辰 旭日出暗

日の出神、ウラル山に来て、盤古神王に仕える。ウラル彦、ウラル姫、それと対立する。

 ウラル彦は賢明叡知にして、天地の神意に出でたるこの警告を心底より諒得したる盤古神王の心を解せず、大蛇の悪霊と金狐の邪霊に憑依され、驕慢ますますはなはだしく、神王の宣示を空ふく風と聞きながし、かつ神人らを四方に派して言触神を探し求めしめ、つひにこれをウラル山の牢獄に投じてしまつた。さうして、神人らの迷いを解くためにとて歌を作り、盛んにこれを四方に宣伝せしめた。その歌は、
『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ
暗の後には月が出る
時鳥声は聞けども姿は見えぬ
見えぬ姿は魔か鬼か』
 折角の日の出神の「三千世界……梅の花」の宣伝も、この歌のためにほとんど抹殺されてしまつた。
 盤古神王は殿外の騒がしき声を聞き、何事ならむと殿中より表門口に立出づれば、ウラル彦を中央に、あまたの神人らは酒に酔ひつぶれ、
『呑めよ騒げよ』
の歌をうたつて踊り狂ふ落下狼藉に驚き、宴席の中央に現はれ、『三千世界云々』の童謡を声張りあげて謡ひはじめた。
 この声を聞くとともに過半数の神人は、にはかに酒の酔も醒めはて、顔色蒼ざめてぶるぶる慄ひだす者さへ現はれた。盤古神王はなほも引続きこの歌を唱へた。神人の過半数は、ますます畏縮して大地に仆れ、踏ん伸びる者さへ現はれてきた。
 ウラル彦は、ここぞとまたもや、
『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る』
と高声に謡ひかけた。神人はその声に応じてまたもや立ち上り、元気回復して踊り狂ふた。
 盤古神王は又もや、
『三千世界……梅の花』
を謡ひはじめた。せつかく元気回復したる神人らは、ふたたび大地にバツタリ仆れた。
ウラル彦夫妻は、場の両方より声をかぎりに、手を拍ち踊り舞ひながら、
『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ』
の歌をうたひ始めた。またもや神人らは頭をもたげて踊り狂ふ。
 このとき場の一方より何ともいへぬ美しき、かつ荘厳なる声が聞えた。その声に神人らは、またもや胸を刺さるるごとく苦悶して、大地に仆れた。盤古神王はその声を頼りに進んで行った。その声は不思議にも、牢獄の中から聞えてをる。
『不審』
と神王は、四五の従者を伴ひながら牢獄の前に進んだ。
『三千世界一度に開く梅の花』
とまたもや聞えだした。盤古神王は頭を鉄槌にて打ち砕かるるごとく、胸を焼鉄にて刺さるるごとき苦しさを感じ、思はずその場に平伏した。四五の従者も一時にバタバタと将棋倒しにたふれた。
 神人らはやうやく頭をもたげて眺むれば、それはかの言触神であつた。驚いてただちに戸を開き救ひだし、奥殿にともなひ帰り、鄭重に接待し、礼をつくして教を乞ふた。日の出神は、慇懃に野立彦命の真意を伝へ、かつ改心帰順を迫り、天地日月の殊恩を説示した。
 神王はあたかも生ける神のごとく、この宣伝者を尊敬し、敬神の態度を怠らなかつた。ただちに宣伝者の命により、ウラルの山上に改めて立派なる宮殿を造り、日の神、月の神、大地の神を、さも荘厳に鎮祭し、敬拝怠らなかつた。
 それに引換へ、体主霊従の大蛇と金狐に魅せられたるウラル彦、ウラル姫は、この神王の行為にたいし不快を感じ、さかんに神人らにたいして自暴自棄となり、日夜酒宴を張り、豊熟なる果実を飽食せしめ、無神説を唱へ、

『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る。よいとさ、よいやさつさ、よいやさつさ』
と意地づくになつて踊りくるひ、連日連夜の遊楽にのみふけつて、神政を忘却するにいたつた。
 このとき轟然たる音響天に聞ゆると見るまに、さも強烈なる光は地上を放射した。神人らは一せいに期せずして空を仰いだ。眼も眩むばかりの強烈なる光である。その光はまたもや、天の浮橋の東西南北に悠々として探海燈を照したごとく、中空を東西南北に転回してゐる。さうしてこの強き光のために盲目となる者も現はれた。
浮橋の尖端よりは金色の星幾十となく放出して、ウラル山上の盤古神王の宮殿に落下した。
 盤古神王は大神の恵みと深く感謝し、一々その玉を拾ひあつめて神殿に恭しく安置し、日夜供物を献じ祭祀を荘厳におこなひ、敬神の至誠をつくしてゐた。それよりウラル山上は、紫雲たなびき、天男天女はときどき降りきて中空に舞ひ、微妙の音楽を奏し、風暖かく花は香しく、木々の果実は味はひ美しく豊熟するにいたつた。
 神王は、日の出神を宮司として、これに奉仕せしめた。これよりウラル山上の盤古神王とウラル彦夫妻との間には、もつとも深き溝渠がうがたれた。

物語05-4-23 1922/01 霊主体従辰 神の御綱

(これまでの経緯のまとめ)

 聖地エルサレムは常世彦、常世姫らの暴政の結果、天地の神明を怒らしめ、怪異続出して変災しきりにいたり、つひにアーメニヤに、八王大神は部下の神人とともに逐電し、エデン城もまた焼尽し、竜宮城もまた祝融子に見舞はれ烏有に帰し、橄欖山の神殿は鳴動し、三重の金殿は際限もなく中空にむかつて延長し、上端において東西に一直線に延長して丁字形の金橋をなし、黄金橋もまた地底より動揺して虹のごとく上空に昇り、漸次稀薄となり、大空において遂にその影を没してしまつた。

物語05-7-46 1922/01 霊主体従辰 油断大敵

ウラル彦、ウラル姫、アーメニヤに神都を開き、ウラル山の盤古神王と対立。

 アーメニヤの野に神都を開きたるウラル彦は大蛇の身魂の猛威を借り、ウラル姫は金狐の悪霊の使嗾によつて天下の神人を帰従せしめ、一時衰退に帰したる神政は日に月に降盛の域に達した。
 世の終りに近づきしこの際、かくも勢力頓に加はるのは、あたかも燈火の滅せむとするとき、その光かへつて強く輝きわたるやうなものである。
 アーメニヤを中心として集まりきたる数多の神人は、いづれも体主霊従の行動をとり、自由を鼓吹し天地の神明を無視し、利己一遍に傾き、ここに天地の律法はまつたく破壊されてしまつた。
 ウラル彦は勢を得て、つひに氷炭相容れざる盤古神王をウラル山上より駆逐せむとし、暗夜に乗じて八方より短兵急に攻めよせた。

 しかるに盤古神王は天地の大恩を悟り律法を遵守し、敵の襲来に対して天運と諦め、少しも抵抗しなかつた。
 元来ウラル彦は盤古神王の肉身の子なる常世彦の子にして、言はば神王の孫に当るのである。されど大蛇の霊に左右せられたるウラル彦は五倫五常の大道を忘却し、心神常暗となつて、つひに天位の慾に絡まれ、かくのごとき悪逆無道の行為に出でたのである。実に邪神くらゐ恐ろしきものは世にはないのである。いかに善良なる神といへども、その心身に空隙または油断あるときは、たちまち邪霊襲来して非行を遂行せしめ、大罪を犯さしむるものである。
 傀儡師胸にかけたる人形箱
       鬼を出したり仏出したり
 善になるも悪に復るもみな精神の持方一つにあるを思へば、精神くらゐ恐ろしきものはない。
 ここに盤古神王は覚悟を定め、ウラル彦の蹂躙に一任し、無抵抗主義をとることとなり、天を拝し地を拝し、一切の結果を大神の命に一任し奉つた。
 奥殿に賓客として留まりゐたる宣伝使日の出神は、盤古神王を励まし、塩長姫および塩治姫と共に夜陰に紛れてウラルの深林に隠れ、辛うじて聖地エルサレムに難をのがれ、荒れはてたる聖地に形ばかりの借殿を造り、ここに天地神明を祀り、世界の混乱鎮定の祈願に余念なかつた。
 天上の星は常規を逸して運行し、地は絶えず震動して轟々たる音響を立て、空ゆく諸鳥は残らず地に落下し、日月は光褪せ、雨しきりに降りきたつて諸川氾濫し、地上の神人は日夜塗炭の苦しみを嘗むるに至りぬ。

物語05-7-47 1922/01 霊主体従辰 改言改過

ウラル彦、ウラル姫のグループと大自在天一派の戦い。

 ウラル彦、ウラル姫は、一時地上の神界を意のごとくに掌握し、権勢並ぶものなく、つひに盤古神王を排斥して自らその地位になほり、ここに盤古神王と自称するにいたつた。
 盤古神王は再び常世城を回復せむとし、あまたの勇猛なる神人を引率し、大海を渡つて常世の国に攻めよせ、常世神王に向つて帰順を迫つた。常世神王をはじめ大鷹別は、その真の盤古に非ざることを看破し、ニ言のもとに要求を拒絶し、俄に戦備を整へ防戦の用意にとりかかつた。
 ここに両軍の戦端はもつとも猛烈に開始された。天震ひ地動ぎ、暴風怒濤百雷の一時に轟くごとき惨澹たる修羅場と化し去つた。
 地上の神将神卒は、あるひは常世神王にあるひは盤古神王に随従して極力火花を散らして、各地に戦闘は開始された。
 時しも連日の雨はますます激しく、暴風凄まじく、遂には太平洋の巨浪は陸地を舐め、つひに常世城は水中に没せむとするに到つた。
 茲において盤古神王は一先づその魔軍を引返して、ウラル山に帰らむとした。されど海浪高く暴風吹き荒みて、一歩も前進することができなかつたのである。さすが兇悪なる大蛇の身魂も金狐の邪霊も、これに対しては如何ともするの途がなかつた。
 すべて邪神は、平安無事の時においては、その暴威を逞しうすれども、一朝天地神明の怒りによりて発生せる天変地妖の災禍に対しては、少しの抵抗力もなく、あたかも竜の時を失ひて蠑源、蚯蚓となり、地中または水中に身を潜むるごとき悲惨な境遇に落下するものである。これに反して至誠至実の善神は一難来るごとにその勇気を増し、つひに神力潮のごとくに加はりきたつて、回天動地の大活動をなすものである。
 天は鳴動し、地は動揺激しく海嘯しきりに迫つて、今や常世城は水中に没せむとした。常世神王はおほいに驚き、天地を拝し天津祝詞を奏上し、東北の空高く天教山の方面にむかひ、
『三千世界の梅の花      一度に開く兄の花の
この世を救ふ生神は      天教山に坐すか
あ丶有難や、尊しや      この世を教ふる生神は
地教の山に坐すか       御稜威は高き高照の
姫の命の神徳を        仰がせたまへ常世国
常世の城は沈むとも      水に溺れて死するとも
神の授けしこの身魂      みたまばかりは永遠に
助けたまへよ天地の      元津御神よ皇神よ』
と讃美歌を唱へた。たちまち中空に例の天橋現はれ、銀線の鉤、常世神王はじめ大鷹別その他の目覚めたる神々の身体の各所に触るるよと見るまに、諸神人の身体は中空に釣り上げられてしまつた。
 ウラル彦の魔軍は大半水に溺れて生命を落し、その余はあらゆる船に身を托し、あるいは鳥船に乗じ、ウラルの山頂目がけて生命からがら遁走した。

この後、大洪水が起こる。


物語06-6-31 1922/01 霊主体従巳 襤褸の錦

大洪水後の物語。

アーメニヤでは盤古神王(ウラル彦)が大中教を起し独裁政治をしている。

 かのウラル山およびアーメニヤの野に神都を開き、体主霊従的神政を天下に流布し、つひには温順にして、かつ厳粛なる盤古神王を追放し、みづから偽盤古神王となり、大蛇の霊魂に使嗾されて、一時は暴威を揮ひたりしいわゆる盤古神王は、大神の大慈大悲の恩恵の笞を加へられ、アルタイ山に救はれて蟻虫の責苦に逢ひ、ここに翻然として前非を悔い、ふたたびウラル山に立帰り、アーメニヤに神都を開きて、諸方の神人をよく治め、仁徳を施し、天地大変動後の救ひの神人として、人々の尊敬もつとも深かりしが、年月を経るにしたがひ、少しく夫婦は神政に倦み、色食の道に耽溺し、ふたたび、
『呑めよ騒げよ一寸先は闇よ
闇の後には月が出る
人は呑め食へ寝て転べ』
と、またもや大蛇の霊魂に憑依されて、体主霊従的行動を始むるにいたりける。
 さしもに悪に強き大蛇の身魂も、金狐および鬼の身魂も、宇宙の大変動に対しては、蠑蠣、蚯蚓と身を潜め、神威の赫灼たるに畏縮してその影を潜めゐたるが、やや世の泰平に馴れ神人の心に油断を生ずるにおよびて、またもや悪鬼邪神は頭をもたげ、跋扈跳梁するの惨状となりける。
 神諭にも、
『この世界は、悪魔が隙を附け狙ふてをるから、腹帯をゆるめぬ
やうに致されよ』
と示されたるごとく、一寸の油断あれば悪神は風のごとく襲ひきたりて、その身魂を悪化せしめ根底の国に落しゆかむとするものなり。
 盤古神王(ウラル彦の偽称)は、大蛇の霊魂に身魂を左右され、つひには一派の教を立てたり。これを大中教といふ。この教の意味は、要するに極端なる個人主義の教理にして、己一人を中心とする主義なり。大は一人なり。一人を中心とするといふ意義は、盤古神王ただ一人、この世界の神にして、王者なり、最大権威者なり、この一人を中心として、総ての命令に服従せよといふ教の立て方にてありき。しかるに数多の宣伝使は、立教の意義を誤解し、大蛇や金狐の眷属の悪霊に左右されて、つひには己一人を中心とするをもつて、大中教の主義と誤解するにいたりたり。実にもつとも忌むべき利己主義の行り方と変りける。
 この大中教は、葦原の瑞穂国(地球上)に洽く拡がり渡りて、大山杙神、小山杙神、野槌神、茅野姫神の跋扈跳梁となり、金山彦、金山姫、火焼速男神、迦具槌神、火迦々毘野神、大宜津姫神、天の磐樟船神、天の鳥船神などの体主霊従的荒ぶる神々が、地上の各所に顕現するの大勢を馴致したりける。
 ここにおいて国の御柱神なる神伊弉冊命は、地上神人の統御に力尽きたまひて、黄泉国に神避りましたることは、既に述べたる通りなり。
 アーメニヤの神都を南に距ること僅かに数十丁の田舎の村を、東西に流れてゐる可なり広き河あり、これをカイン河といふ。春の日の日向ぼつこりに、雑談にふける四五の乞食の群あり。口々に何事かしきりに語らひをりぬ。
甲『世の中の奴は、乞食三日すりや味が忘れられぬといふてるさうだ。
一体乞食といふものは一定の事業もなし、世界中をぶらついて人の余り物を、頭をペコペコと下げて、貰つては食ひ、名所旧蹟を勝手気儘に飛び歩き、鼻唄でもうたつて気楽にこの世を渡るもののやうに考へてゐるらしい。なかなか乞食だつて辛いものだ。三日も乞食するや、万劫末代その辛さが忘れられぬといふことを、世の中の利己主義の人間は苦労知らずだから、そんな坊ちやま見たやうな囈語を吐くのだよ。同じ時代に生れ、横目立鼻の神様の愛児と生れて、一方には沢山な山や田地を持ち、家、倉を建て、妾、足懸けを沢山に囲ふて綾錦に包まれ、毎日々々酒にくらひ酔ふて、「呑めよ騒げよ一寸先は闇よ、呑め食へ寝て転べ」なんて、盤古大尽を気取りやがつて、天下を吾が物顔してゐる餓鬼と、俺らのやうに毎日々々人の家の軒を拝借したり、樹の下に雨露を凌ぎ、若布の行列か、雑巾屋の看板のやうな誠にどうも御立派な襤褸錦を纏ふてござる御方と比べたらどうだらう。お月さまに鼈か、天の雲に沼の泥か、本当に馬鹿々々しい。之を思へば俺はもう世の中が嫌になつてきた。一体盤古神王てな奴は、ありや八岐の大蛇の再来だよ』
乙『コラコラ、大きな声でいふない。それまた向方へ変な奴がきをるぞ。あいつは山杙とか川杙とかいふ悪神に使はれてゐるド役人だらう。このあひだも鈍勗が盤古神王の行り方をひそひそ話してゐたら、山杙とかの狗が嗅ぎ出しやがつて、無理矢理に鈍勗を踏縛つて、ウラル山の山奥へ連れていつて嬲ものにしたといふことだ。恐い恐い、鬼の世の中だ。黙つてをれをれ。いはぬは言ふにいや優るだ』
このとき、黒い目をぎよろつかせたる顔色の赭黒い目付役が、乞食の群の前に立ち止まり、
『ヤイ、貴様は今何を囁いてゐたのか』
甲『ハイ、結構なお日和さまで暖かいことでございますな。嬉しさうに四方の山々は笑ひ、鳥は花の木に歌つてゐます。実に結構な天国の春ですな。これも全く盤古神王様の御仁政の賜と思へば、嬉し涙がこぼれます。ハイハイ』
と他事をいふ。目付役はやや声をとがらして、
『馬鹿ツ、そんなことを言つてをるのぢやない。今何を囁いてゐたかといふのだ』
甲は首を傾け、耳を手で囲ふやうな風して聾をよそほひ、
『私は一寸耳が遠いので、しつかり貴方の御言葉は聞きとれませぬが、何でも囁くとかささを呑んでゐるとか、仰有るやうに聴きました。間違ひましたら真平御免なさい。イヤもうこのごろは、日は長し腹は減るなり、喉は渇くなり、甘いささの一杯でも呑ましてくれる人があれば、本当に結構ですが、今このカイン河の水をどつさり呑んで、ささやつとこせいと腹をたたきました。腹はよう鳴りますよ。私の聾でさへ聞えるくらゐですから、貴方がたが御聴きになつたら、本当に面白いでせうよ。尾も白狸の腹鼓、面白うなつておいでたな。ささやつとこせー、よーいやな。なんぼよういやなと云つたつて、水ではやつぱり酔がまわらぬ。よいささ一杯ふれまつて下さい』
と屁に酔へるがごとき答へに、目付も取つくしまもなく、面ふくらし踵を返して帰り行く。

物語06-6-32 1922/01 霊主体従巳 瓔珞の河越

 目付役の姿の見えなくなりしに、ホツと安心したるもののごとく、一同はヤレヤレと胸をなで下し、
乙『ア丶危なかつたのー。すんでのことで女郎でもないのに、わが身をウラル山の山奥に、引捉へられて行くとこだつたい。本当に利己主義の強い者勝ちの世の中ぢやないか。われわれはこんな世には住まへないよ。いつそ食つて死ぬか、食はずに死ぬか、思ひきり大洪水ぢやないが、堤切つて暴れてやつたらどうだらう』
丙は、黒い目をぎよろつかせ、顎の下のむしやむしや髯を捻りながら、
『一体全体この世の中は何と思ふ。貴様らは人間の世界と思つてゐるのか。第一その点からして大間違ひだよ。八岐の大蛇といふ大きな魔や、金毛九尾といふ大魔狐や鬼の大魔の蔓延る世の中だ。さうしてその魔神どもが、今の勢力ある神人にのり憑つて、いろいろの事をさして弱い者虐めをやるのだよ。それで偉い神さまだと思つたら大魔違ひだといふのだ。こんな所へ魔誤魔誤してゐると、魔かり違へばまたまた夫れウラル山ぢや。何ほど恨めしいといつたつて仕方がないよ。永居は恐れだ。早くこの河を渡つて対岸へ遁げろにげろ』
甲『魔の世界なら河の対岸にも、魔がけつからア。どうなるも皆各自の運だよ、今の奴は「運は天に在り」なんて吐かしよるが運が聞いて呆れる。糞いまいましい、尻が呆れるワ。今ごろはウラル彦は、沢山な白首を左右に侍らして「呑めよ騒げよ一寸先は闇よ」なんて、悟つたらしいことをいひよつて、おまけに宣伝歌とやらを世界へ拡め、酒の税を徴る手段を考へて、酒の宣伝歌を聞かぬものは踏縛つてしまふなんて、本当に乱暴きはまるぢやないか。沢山物を持つてゐる奴は、呑んだり騒いだりしとつてもよいが、朝は冷飯食つて昼間には何処のいづこで戴かうやらといふ乞食の分際では、何もかもあつたものぢやない。そんな教は沢山な財産のある奴の守ることだ。貧乏人や乞食仲問にや適用できぬごうたくだ。それでも宣伝使が通つたときは、大地に跪かされて歌を聞かされるのだ。宣伝使とやらいふ奴は瓢箪を粟島さまのやうに、腰のあたりに沢山ぶら下げよつて、一つ謡ふては呑み、一つ謡ふては呑みして、さうしてその歌を謹んで聞けといひよるのだ。もし聞かぬときは、右の手に持つてゐるあの剣で、処かまはず、斬つたり突いたりするのだから堪らぬ。俺らは猫を冠つて、目をつぶつて聞いてやつてゐると、咽喉の虫奴が酒を欲しがりよつて、猫の喉のやうにゴロゴロ吐かすぢやないか。有難くも、甘くも何ともありやしない。宣伝使は好い気になりよつて、同じ事を繰返し、俺らに見せびらかしよつて、宣伝も糞もあつたものぢやない。業腹が立つて、むかついて嘔吐さうになつてくるよ。なんぼ呑めよ、騒げよといつたつて俺らのやうな乞食は、呑んで騒ぐことはできはせぬ。酒は一滴もくれるものは無いのだもの』
丁『呑めよ呑めよといつたつて、酒を呑めと言つてゐるのぢやない。何を呑むのか知れやしない。腹が減つたら水でも呑んで騒げといふのか。懐に短刀いないな松魚でも呑んで騒げといふのか。まさか違うたら、泥水でも小便でも呑めと吐かすのか判りやしない。それなら宣伝歌も徹底してゐるが、呑み込みが悪いと腹が立つのぢや』
甲『貴様そら何を吐かす。口に番所がないと思ひよつて、馬鹿なことを吐かすもほどがある。貴様は大方ウラル彦の間諜だな。今帰つて往きよつた目付と何だか妙な風をしよつて、顎をしやくりよつて合図をさらしとつたやうだ。そんな事はチヤーンと此方の黒い眼で睨んであるのだ。オイ兄弟、こいつは狗だ。河へぶち込め、ぶち込め』
一同『オー、それがよからう。さつぱり河へ流れ勘定だ。河の水でも、どつさり呑んで、「呑めよ騒げよ一寸先は闇よ」だ。それより前にまづ吾々一統の小便や糞を、呑めよ喰へよ、さうしてくたばれ』
と毒吐きながら、手足を引浚へ、カイン河へざぶんとばかり投げ込みにける。
乙『オイ皆の奴、気を付け。向方見よ、向ふを。また何か来よつたぜ』
丙『何が来たのだい』
乙『それ目を開けて見ろ。瓔珞さまだ』
丙『瓔珞さまて何だい』
乙『わからぬ奴ぢやな。俺らの仲間と同じ風してる奴さ』
丙『俺らはそんな立派な瓔珞のやうなものを頭に被つたことは、夢にもないぢやないか』
乙『馬鹿、うんばら、さんばら、若布の行列、襁褓の親分、雑巾屋の看板、けつでも喰へといふやうな襤褸の錦を御召し遊ばした天下のお乞食様だ。しかし彼奴は本当の吾々の仲間と思つたら問違ひだ。きつと狗だよ。気を付けよ』
丙『狗だといふが些とも往なぬぢやないか。だんだん此方へ寄つて来をるぞ』
戊『来をる来をる。こいつは怪しい。遁げろにげろ』
と瓔珞さまの一隊は、尻ひつからげ河を流れわたりに、ザブザブと音をさせながら、対岸の樹のしげみに姿を隠しける。この体を見て今来かかつた偽乞食は、
『オーイオーイ。誰でもよい、今そこへゆく奴を一人でも捕へたら褒美をやるぞ』
と対岸から叫びゐたりける。

物語06-7-38 1922/01 霊主体従巳 黄金の宮

 高彦天使は、雲掴の改心の情あらはれしより、一同の霊縛を、「一イニウ三ツ」と唱へながら解いた。一同は一時に身体の自由を得、涙を流して各々得物を大地に投げ捨て、宣伝使の前に群がりきたりて、跪き、その無礼を陳謝し、雲掴は涙片手に逐一その真相を語りける。
『当山は貴下の知らるるごとく、古より国治立命の命によりて黄金の玉を祭り、玉守彦、玉守姫の二神が、宮司として之を保護し奉りてをりました。さうして神澄彦が八王神となりて、当山一帯の地を御守護遊ばされ、吾妻彦は神政を管掌されつつあつたのでありましたが、八王神の神澄彦様は、大洪水の前に、宣伝使となつて、聖地エルサレムヘ御出になり、それからは吾妻彦の独舞台となつてをりました。然るにこの度、常世彦の御子なるウラル彦が、アーメニヤの聖地に神都を開かれ、宣伝使を諸方に派遣され、先年その宣伝使たる鬼掴といふ力の強き使が、当山にきたりて吾妻彦と談判の末、つひに吾妻彦は鬼掴に降伏し、アーメニヤの神都に帰順された。そこでいよいよアーメニヤの神都に、黄金の国魂を祭るべく、黄金の宮をアーメニヤに遷されることとなり、やがてウラル彦は、あまたの供人を引き伴れ、当山へその玉を受取りに御出になるので、吾々は吾妻彦の厳命によりて、山道の開鑿に昼夜間断なく従事してをりました。しかるに尊き貴下の御出になり、有難き神様の教を聞かしていただきましてより、どうやら私らの心の中に潜める大蛇の悪霊も逃げ出したやうで、実に天地開明の心持となり、今までの吾々の慢心誤解を省みれば、実に恥かしくて穴でもあらば這入りたいやうな気がいたします』
と真心を面に現はして述べたてにける。宣伝使はうち首肯き、
『汝の詐らざる告白によつて、すべての疑団は氷解した。それについても、当山の守護神吾妻彦は今何処にあるぞ』
との尋ねに、雲掴は、
『ハイ、このごろは黄金の宮の御神体をアーメニヤに遷す準備のために、昼夜断食の行をなしてをられます。然るに肝腎の宮司なる玉守彦天使は、この御宮をアーメニヤに遷すことは、御神慮に適はないといつて、大変に反対をされてをるさうであります。肝腎の御宮守が御承知なければ、いかに当山の守護職なる吾妻彦も、どうすることもできず、さりとて一たんウラル彦に約束なされた以上は、これを履行せなくてはならず、万々一今となつて違背されるやうなことがあるとすれば、当山はウラル彦のために、焼き亡ぼされるは火を睹るより明らかなりといふので、玉守彦天使様の御承知がゆくやうにと、一方に準備するとともに、一方は断食の行をせられてをるのであります。私は実は雲幗と申して、賤しき人夫の頭領を致してをりますが、実際は吾妻彦の補佐の神司で、雲別と申す者であります。それゆえ当山のことならば、何事も詳しく存じてをりますが、今日のところ吾妻彦は実に板挟みとなりて、苦しみ悶えてをられます。誠に見るも御気の毒のいたりであります』
と顔色を曇らせ、吐息を吐きつつ述べ立つる。
 高彦天使は、雲別にむかひて、
『御心配はいりませぬ、当山の禍を救ふは、ただ天津祝詞と言霊の力と、宣伝歌の功徳のみであります。また黄金の宮は決してアーメニヤには遷りませぬ。これは黄金山に遷せば宜しい。黄金山には仁慈無限の神様が現はれて、立派な教を立てられてをりますから、一時もはやく之を黄金山に遷し奉り、高天原にまします神伊邪那岐命の御神政御守護の御魂とすべきものであります。それゆゑ吾々は当山に宣伝使となつて参りしなり』
と、はじめて自分の使命を物語りける。この高彦天使は、後に天照大御神様が岩戸隠れを遊ばしたるとき、岩屋戸の前にて天津祝詞を奏上したまひし天児屋根命の前身なり。
 これより雲別の案内にて山頂に登り、吾妻彦、玉守彦天使に面会し、三五教の教理や伊邪那岐の大神の御神徳を詳細に説き示し、つひに吾妻彦は、伊邪那岐命に帰順し忠誠を擢んでたりける。而して黄金の宮は、玉とともにエルサレムの聖地に遷座さるることとなりにける。


物語07-1-4 1922/02 霊主体従午 石土毘古

『私こそは、天の御柱神の御子にして、石巣比売と申すものなり。吾が夫は石土毘古と申し侍る。常磐堅磐の松の世の礎たらしめむとして、わが父大神は、この御山に巌窟を作り、吾ら夫婦を此処に住はせたまふ。しかるにアーメニヤのウラル彦に憑依せる八岐の大蛇は、如何にしてこの仙郷を探りたりけむ。あまたの邪神を引き連れ当山に襲ひ来りて吾ら夫婦を亡ぼし、みづから代つて当山の主たらむとしたりしを、私は佯つて彼が味方となり、汝ら救ひの神の来るを待ちつつありしが、今や天運循環してこの喜びに遇ふ』


物語08-3-16 1922/02 霊主体従未 霊縛

(これは嘘)

『キ、鬼城山に立て籠り、美山彦と共に常世姫の命令を奉じ、地の高天原を占領せむと、昼夜苦労をいたした木常姫の再来、国照姫であるぞよ。その方は醜国別、今は尊き淤縢山津見司となりて、日の出神の高弟、立派な宣伝使、妾は前非を悔い木花姫の神に見出され、アーメニヤの野に神都を開くウラル彦と共に、発根と改心をいたして今は尊き誠の神となり、アーメニヤの野に三五教を開き神政を樹立し、埴安彦命の教を天下に布くものである。これより巴留の国に宣伝のために出で行かむとするが、しばらく見合して後へ引き返し、この海を渡つてアーメニヤの都に立ち帰れ。巴留の国は神界の仕組変つて日の出神みづから御出張、ゆめゆめ疑ふな。国照姫に間違は無いぞよ』


物語10-3-32 1922/02 霊主体従酉 土竜

アルタイ山からアーメニヤの行程がよくわかる。

ここからコーカス山攻防戦。

四方の神人守れども      常世の彦や常世姫
神の末裔なるウラル彦     ウラルの姫は懲りずまに
盤古神王といつわりて     ウラルの山の麓なる
アーメニヤの野に都を構へ   探女醜女ともろもろの
八十の曲津を引寄せて     またもやこの世を乱し行くこそ是非なけれ。

 闇を照らす東雲別の宣伝使東彦は石凝姥神となりて、アルタイ山の麓の原野に進み行く。ここにはかなり大いなる川が流れをりぬ。これを宇智川といふ。この川を渡るもの、百人の中ほとんど九十九人まで生命をとらるるため、一名、死の川または魔の川と称へゐる。石凝姥神はアーメニヤに宣伝を試みむとし、アルタイ山を越え、クスの原野をわたり、アカシの湖、ビワの湖をわたりてコーカス山の南麓を通り、アーメニヤに行かむと行をいそぎける。

物語10-3-35 1922/02 霊主体従酉 アルタイ窟

『オイ時公、ずい分俺の悪口をよくさへづつたなア。とうの昔に蛇掴はアーメニヤの方へ逃げてしまつたよ。最前から蛇掴といつたのは、暗がりを幸ひ、俺が一つ貴様の肝と心の善悪を調べて見たのだ。貴様はまだまだ改心が出来てをらぬワイ』

物語10-3-37 1922/02 霊主体従酉 祝宴

『そんな種明かしをすると、酒の座が醒める。マア黙つて聴かうよ。それからこの時公が手ごろの岩を拾つて、フツと息を吹きかけ、固いかたい石の槌を造つて、鬼の化石の首をかたつ端からカツンカツンとやつた。その腕力は炮烙でもめぐやうに、首は中空に舞ひ上つて、どれもこれもアーメニヤに向つて飛んで行つてしまつたよ。アハ丶丶丶』

物語11-1-2 1922/03 霊主体従戌 一目お化 

三五教の宣伝使        天津御神の神言に
八十の曲津の許々多久の    醜女探女を言向けて
百八十神や八十人を      神のまことの大道に
救はむものと海山を      越えてやうやうクスの原
北光彦の神ならで       一目の曲におどかされ
まどかな夢を破られて     起き出で四方を眺むれば
虎狼の叫び声         枯野をわたる風の音
寒さにふるふその時に     思ひもよらぬ時さまの
時にとつての御愛嬌      大きな法螺を吹く風に
またもや眠りを醒ましつつ   ここに二人はころび寝の
水も漏らさぬ三五の      神の教の友となり
さびしき野辺を賑しく     進み行くこそ楽しけれ
朝日は照るとも曇るとも    月は盈つとも虧くるとも
風も荒野の狼や        獅子や大蛇の千万の
曲の一度に迫るとも      などか怖れむ敷島の
神の教の宣伝使        神の御水火に吹き払ひ
吾が言霊に追ひ散らし     まこと明志の湖を
渡りてまたもや荒野原     虎伏す野辺の膝栗毛
心の駒に鞭うちて       鏡のごとき琵琶の湖
神の救ひの船に乗り      心はかたき磐樟の
船を力にアーメニヤ      曲の都に立ち向ふ

物語11-1-5 1922/03 霊主体従戌 大風呂敷

『吾々は神様のために決心して、アーメニヤの悪魔を天下のために言向け和すのだから、それが済むまでは、小さい一家のことにかかはつてをられない。特にたふとい三五教の宣伝使のお供だ。貴様、怖ければ帰つてもよいから、俺はたとへ大蛇に呑まれたつて神界の御用がすむまでは、決して決して帰らないから、奥にさう言つて言伝をしてくれ』

物語11-1-7 1922/03 霊主体従戌 露の宿

神の依さしの宣伝使      クス野ケ原を行き過ぎて
やうやうここにきたの森    神の稜威も高彦や
梅ケ香匂ふ神の道       空にかがやく秋月の
心も清く照りわたる      五六七の御代を深雪姫
神の教を開かむと       天教山の橘の
姫の命や東彦         世は常闇となるとても
神の守りは明らけく      空照りわたる東彦
東の空を彩どりて       豊栄のぼる朝日子の
神の教をまつぶさに      明志の湖の底深く
コーカス山の峰高く      しこのかうべを照らしつつ
功は高きアーメニヤ      荒振る醜のウラル彦
ウラルの姫の荒魂       三五教の言霊に
言向け和す和魂        神の教も幸魂
悟の道の奇魂         曲を直日の神魂
直日に見直し聞直し      醜の叫びを宣り直し
空にかがやく月照の      彦の命の治す世に
大足彦や真澄姫        恵は四方に弘子の
神の力のあらはれて      この世に曲は少名彦
かたき教も竜世姫       空照りわたる言霊の
姫の命の御恵に        百の民草純世姫
豊国姫の幸ひて        一度に開く木の花の
姫の命の奇魂         日の出神と現はれて
浦安国と治め行く       ウラルの山の曲神の
八十の曲津もことごとく    神の息吹きに吹きはらひ
祓ひ清むる神の道  

物語11-2-12 1922/03 霊主体従戌 松と梅

松代姫は梅ケ香姫と共にコーカス山に向ふこととなりぬ。さうして勝公はこの館に留まりて、一生懸命に三五教の宣伝歌を歌つて枉神を言向和すこととなり、時公、八公、鴨公は二人の宣伝使に随従して、威勢よくコーカス山に向ふこととなりにけり。

物語11-2-13 1922/03 霊主体従戌 転腹

甲『オイ俺たちもアーメニヤのウラル彦の盤古神王から命令を受けてここに捕手に向つたのだが、どうも内の様子が怪しいぞ。ぐじやぐじや一人ぢやないらしい、何でも五六人の声がしてゐる。一人のぐじやぐじや姫でさへも、こんな荒男が五人も出て来な手に合はぬのに、五六人もゐるとすれば、ちよつと容易に手出しは出来ない、なんぼぐじやぐじや姫でも、ちよつと、ぐじやりとはしをらぬかも知れぬ』

物語11-2-14 1922/03 霊主体従戌 鏡丸

港から西北がコーカス山の位置。

乙『その大気津姫はコーカス山の山奥に、立派な宮殿を造り、たくさんの家来をつれて、なんでも人民の膏をしぼつて、自分らの眷属ばかりが栄耀栄華に暮してゐるさうです。この間も素盞嗚命さまの御使とやらが、大気津姫を一つ帰順さすとか、何とか言つて行つたきり、帰つて来ませぬといふもつぱらの評判です
時公『それは、なんといふ方です』
乙『サア、なんといふ方か名は忘れたが、なんでも、長いやうな名であつた』
甲『その女は大蛇姫と違ふか。大蛇といふ奴はずゐ分長いものだ。さうして女だてらにそんな処へ一人で行くなんて、よほど太い奴だぜ。大方、クス野ケ原の大蛇の化物かも知れぬ。大蛇姫と大気津姫との戦ひはずゐ分見物だらう』
珍公『でも竹のやうな名だつたぞ』
時公『竹野姫といふ御方と違ふか』
珍公『アー、その竹野姫だ。その女が雪の降るのにただ一人、月は照るとも虧るとも、雪は積むとも解けるとも、大直日だとか、大気津姫だとか、見直すとか、斬り直すとか、偉さうに言つて山へ登つたきり、雪にとざされたのか、大気津姫にしてやられたのか、一向その後の消息がわからぬといふことだ。女だてらに豪胆にも、あんな猛獣や大蛇ばかりの山へ往くから、そんな目に遭うのですな』
時公『はてな』
梅ケ香姫『モシモシ姉さま、今の話は中の姉さまのことぢやありますまいか。もしさうだつたら、私、どうしませう』
松代姫『イヤ、心配なさるな。どこへ行つても神様と二人連れだ。この地の上はみな国治立命様と金勝要神様と素盞嗚命様とが御守護遊ばす御地面だから、きつと、神様の御用をしてゐる竹野姫、滅多なことはありませぬよ』
梅ケ香姫『姉さま、さうでしたねエ。あまり心配して、つひ迷ひました。一日も早くコーカス山とやらへ行つて、姉さまに力をつけて上げませうか』
松代姫『まだ貴女は心配をなさる。そんな取越苦労はいりませぬ』
梅ケ香姫『ホ丶丶丶』
時公『モシモシ御姉妹様、どうやらこれは、竹野姫さまのことらしいやうに思はれます。一つコーカス山へ駈け上つて、時公がひと働きいたします。マー見てゐて下さい』
松代姫『どうなさるの』
時公『その大気津姫といふ奴、改心すればよし、改心せぬとあれば、素盞嗚命様の御威勢を借つて、斬つて斬つて斬りまはし、乾分の奴らを残らず血祭りにしてやりませうかい』
梅ケ香姫『またしても時さま、そんな乱暴なことを言ひますか、宣り直しなさい』
時公『明志丸からいま鏡丸に乗り直したとこです』
梅ケ香姫『マアマアよろしい。ゆつくりと気を落つけて手荒いことをせぬやうに、三五教の宣伝歌で言向け和しませう』
時公『三五教は表教と言ふのですか。誰も彼もこの歌を聞くものは賛成せぬものはありませぬ、大持てに好うもてる大持て教ですな。そこで神が表に現はれるといふのでせう。これからコーカス山へ駈け上つて、善と悪とを立別けませうかい』
五日五夜の航海も無事に、やうやく船は西岸に着きぬ。乗客は先をあらそひて上陸する。五人はいういうとして歌をうたひながら、またもや西北指してコーカス山目あてに進み行きたり。

物語11-4-18 1922/03 霊主体従戌 琵琶の湖

甲『俺は黒野ケ原から来た大工だが、これからコーカス山に引越すのだ』
時公『コーカス山には、それ程たくさんの大工が行つて何をするのですか』
乙『お前さんは、あれ程名高いコーカス山の御普請を知らぬのか。ソレハソレハ立派な御殿があちらにも此方にも建つてをる。さうして今度新しい宮さまが建つのだ。それでコーカス山の大気津姫とかいふ神様が、家来をそこら中に配置つて、遠近の大工を御引寄せになるのだ。ヤツコスやヒツコスやクスの神が毎日日日、コーカス山に集まつて大きな都が開けてをるのだよ』

時公『ヤツコス、ヒツコス、クスの神とはソラなんだ、妙なものだナ』
乙『お前、何にも分らぬ男だな、大きな図体をしやがつて、それだから独活の大木、柄見倒しといふのだ、大男総身に智慧がまはり
かねだ。マアわしのいふことを聞いたがよかろう。山椒は小粒でもヒリリと辛いといふことがある、俺はお前にくらぶれば根付のやうな小さい男だが、世界から、あの牛公は牛の尻だ、牛の尻だと言はれてをるお方だぞ。どんなことでも知らぬことはやつぱり知らぬ、知ることはみんな知つとる。聴かしてほしければ、あぐらをかいて傲然とかまへてをらずに、チンと坐つて、御叮嚀にお辞儀せぬかい』
時公『ア丶仕様ないなア。マア辛抱して聞いてやらうかい』
牛公『開いた口がふさがらぬ、牛の糞が天下を取るといふ譬を知つとるか。なんでも、三五教の小便しいとか大便使とかいふ奴が、こないだ、そんなこと言つてコーカス山へ行きやがつて、頭から糞かけられて、今ではアババのバアぢや。アツハ丶丶丶』

物語11-4-19 1922/03 霊主体従戌 汐干丸

鹿公『しかしながら、コーカス山にはたくさんな化物が集まつてゐるといふことだ。うまい話もたくさんあるぢやないか』
虎公『虎でも、獅子でも、狼でも、熊でも、狐でも、狸でも、犬でも、猫でも、杓子でも、瓢箪でも、酒の粕でも、コーカスでも、狡猾な奴ばかりが集まつて利己主義をやつてゐるのだといふことよ。これから虎さんもちつと狡猾になつて、猫でもかぶつて虎猫になつて見よう、ニヤーンと妙案だらう』

物語11-4-20 1922/03 霊主体従戌 醜の窟

かく雑談にふける折しも船は岸に着きぬ。船客一同は船を見捨てて思ひ思ひに雪の道を進み行く。松代姫の一行五人に牛、馬、鹿、虎を加へて九人連れ、宣伝歌をうたひながらコーカス山めがけ、人の往来の足跡をたよりに、谷間を指して進み行く。
 満山一面の大雪にて、あちらの谷にも、こちらの谷にも雪の重さにポンポンと樹木の折れる音、ひんぴんと聞えてゐる。

物語11-4-21 1922/03 霊主体従戌 俄改心

時公『いよいよ貴様たちはあやしい奴だ。ほんとうに猫をかぶつてをるな。吾々を計略をもつてコーカス山にいざなひ、岩窟の中へでも投げ込むつもりだらうが、さうはゆかぬぞ。古手なことをいたして後悔するな。サア有態に白状せよ。貴様は牛公とはいつはり、牛雲別といふ曲神であらうがな。その他の三人の者ども、いづれもみなその方の手下の者どもだ。汐干丸の船中においてワケもない喧嘩をいたして吾らをあざむき、この岩窟にいざなふ工夫であらうがな。そんなことの分らずして天下の宣伝使が出来ると思ふか。サアかうなる上はもう量見はならぬ。有態につつまず隠さず白状せよ。その外三人の者ども、一々実状を述べ立てよ』
牛公『ア丶ア、仕方がありませぬ。生命を助けて下さるならば申し上げませう。当山の大気津姫といふのは、その実はウラル姫、昔は常世姫といつた神であります。夫のウラル彦はアーメニヤにをりますが、夫婦手分けをして、万々一、日の出神とやらがやつて来てアーメニヤが保てなくなつた時は、このコーカス山の隠処へ逃れるつもりで数多の家来衆を引寄せ、めいめいに立派な屋敷を造り、第二のアーメニヤの都を開かしてをるのです。それ故この山は大秘密郷であつて、ウラル姫の系統の者でなければ、一人も登られないと厳しく見張つてゐる山です

物語11-4-22 1922/03 霊主体従戌 征矢の雨

梅ケ香姫『ヤア東彦さま、よう来て下さいました。妾の姉の松代姫の宣伝使でございます。姉さまの竹野姫がコーカス山の岩窟に、悪魔のために閉ぢ込められてゐると聞きまして、いま救ひ出しに行かうとする途中です』

物語11-4-23 1922/03 霊主体従戌 保食神

コーカス山が三五教に落ちる。

大気津姫命について、超重要な個所。

 黄泉比良坂の戦に、常世の国の総大将大国彦、大国姫その他の神人は、残らず日の出神の神言に言向け和され、悔い改めて神の御業に仕へ奉ることとなりたり。そのため八岐の大蛇や金毛九尾の悪狐、邪鬼、・醜女、探女の曲神は、暴威をたくましうする根拠地なるウラル山に駈け集まり、ウラル彦、ウラル姫をはじめ、部下に憑依してその心魂をますます悪化混濁せしめ、体主霊従、我利一ぺんの行動をますます盛んに行はしめつつありたり。悪蛇、悪鬼、悪狐等の曲津神はウラル山コーカス山アーメニヤの三ケ所に本城をかまへ、ことにコーカス山には荘厳美麗なる金殿玉楼をあまた 建てならべ、ウラル彦の幕下の神人は、ここにおのおの根拠を造り、酒池肉林の快楽にふけり、贅沢の限りをつくし、天下をわが物顔に振るまふ我利々々亡者の隠処となりてしまひぬ。かかる衣食住に贅をつくす体主霊従人種を称して、大気津姫命と言ふなり。
 大気津姫の一隊は、山中のもつとも風景佳き地点をえらみ、荘厳なる宮殿を建設するため、あまたの大工を集め、昼夜全力をつくして、宮殿の造営にかかり、やうやく立派なる神殿を落成し、いよいよ神霊を鎮祭することとなりぬ。さすがのウラル彦夫婦も、天地の神明を恐れてや、まづ第一に国魂の神として、大地の霊魂なる金勝要大神をはじめ、大地の霊力なる国治立命および大地の霊体なる素盞嗚命の神霊を鎮祭することとなりたり。あまたの八王神はきそうて稲、麦、豆、粟、黍をはじめ非時の木の実、その他の果物、毛の粗きもの、柔きもの、鰭広物、鰭狭物、沖津藻菜、辺津藻菜、甘菜、辛菜にいたるまで、人を派して求めしめ、てんでに大宮の前にそなへ奉ることとせり。
 この宮を顕国の宮といふ。この祭典は三日三夜にわたり力行されぬ。あまたの八王、ヒツコス、クスの神たちは、祝意を表するため、酒におぼれ、あるひは歌ひ、あるひは踊り舞ひくるふ様、あたかも狂人の集まりのごとき状態なりき。
 顕国の宮は祭典始まると共に、得も言はれぬ恐ろしき音響を立てて唸りはじめたり。ウラル姫はまつたく神の御喜びとして勇み、酒宴にふけりつつあり。八百有余の八王神をはじめ、幾千万のヒツコス、クスの神は、
『サアくヨイヂヤナイカ    酔うてもヨイヂヤナイカ
泣いてもヨイヂヤナイカ    笑つてもヨイヂヤナイカ
怒つてもヨイヂヤナイカ    死んでもヨイヂヤナイカ
倒けてもヨイヂヤナイカ    お宮が唸つてもヨイヂヤナイカ
天地が覆つてもヨイヂヤナイカ 山が割れてもヨイヂヤナイカく
三五教でもヨイヂヤナイカく  ウラル教でもヨイヂヤナイカく
勝てもヨイヂヤナイカ     負けてもヨイヂヤナイカ
なんでもヨイヂヤナイカ    三日のお祭り四日でも、五日でも
十日でもヨイヂヤナイカ    人はどうでもヨイヂヤナイカく
自分だけよければヨイヂヤナイカ  ウラルの教が三千世界で
一番ヨイヂヤナイカヨイヂヤナイカ  ヨイヤサのヨイトサッサ
飲めよ騒げよ一寸先や暗よ   暗のあとには月が出る
月はつきぢやが運の尽き    つきてもヨイヂヤナイカ
亡んでもヨイヂヤナイカ    倒せばヨイヂヤナイカ
三五教の宣伝使』
と無我夢中になりて、昼夜の別なくあまたの八王、ヒツコスやクスの神らに、あまたの邪神が憑りて叫びまはる。八王神の綺麗な館も、あまたのヒツコスに土足のまま踏みにじられて踊りくるはれ、襖はたふれ、障子はやぶれ、戸はこはれ、床は落され、敷物はどろまぶれ、着物は勝手気ままに取出され、着つぶされ、雪解の泥中に着たまま酔つてころげられ、食ひ物は食ひあらされ、宝は踏みにじられ、大乱痴気さわぎ始まりぬ。されどもウラル姫を始めあまたの八王神は、いづれも悪魔に精神を左右せられてをるため、みんなよい気になりてヒツコス、クスの神と共に手をつなぎ踊りくるふ。顔も着物も泥まぶれになりてゐる。
 顕国の宮は刻々に鳴動はげしくなり来たれけり。ウラル姫は泥まぶれの体躯に気がつかず、たちまち顕国の宮の前に進み、
ウラル姫『コーカス山に千木高く  大宮柱太しりて
仕へ奉れる神の宮      顕しき国の御霊たる
速須佐之男の大御神     国治立の大御神
金勝要の大神の       三魂の永遠に鎮まりて
神の稜威のアーメニヤ    コーカス山ウラル山
ウラルの彦の御教を     天地四方にかがやかし
わが世を守れいつまでも   この世を守れいつ迄も
顕の宮のうなり声      さだめし神の御心に
かなひ給ひし御しるしか   日々にいや増すうなり声
ウラルの姫の功績の     天地にかがやく祥兆や
あ丶有難やありがたや    天教山や地教山
黄金山や万寿山       これに集へる曲神の
曲の身魂を平げて      ウラルの神の御教に
心の底よりまつろはせ    天の下をばおだやかに
守らせ給へ三柱の      あが大神よ皇神よ
神の稜威の幸はひて     遠き神世の昔より
例もあらぬコーカスの    山にかがやく珍の宮
神酒は甕高しりて      甕の腹をば満てならべ
荒稲和稲麦に豆       稗黍蕎麦やくさぐさの
甘菜辛菜や無花果の     木の実や百の果物や
猪や羊や山の鳥       雉や鵯鳩すずめ
沖津百の菜辺津藻菜や    種々供へし供へ物
心たひらに安らかに     赤丹の穂にと聞し召せ
神が表に現はれて      ウラルの神の御教を
堅磐ときはに守れかし    善と悪とを立別けて
この世を造りし国の祖    国治立の大神の
神の御前に四方の国     百の民草ことごとく
コーカス山に参ゐ詣で    ウラルの神の御教に
潮のごとく集ひ来て     わが世の幸を守れかし
ア丶三柱の大神よ      ア丶三柱の皇神よ
心ばかりの御幣帛を     捧げて祭るウラル彦
ウラルの姫の真心を     よきに受けさせ賜へかし
よきに受けさせ賜へかし』

と一生懸命神前に拝跪して祈りゐる。この時あまたの八王、ヒツコス、クスの神は神殿に潮のごとく集まり来り、またもや、
『ヨイヂヤナイカくヨイヂヤナイカお宮はどうでもヨイヂヤナイカ
酒さへ飲んだらヨイヂヤナイカ 飲めよ飲め飲め一寸先や暗よ
後はどうでもヨイヂヤナイカ  暗の後には月が出る
運の尽きでもヨイヂヤナイカ  この世の尽きでもヨイヂヤナイカ
ウラルの姫の泥まぶれ     笑うて見るのもヨイヂヤナイカ
上でも下でもヨイヂヤナイカ  八王でもビツコスでもヨイヂヤナイカ
三五教でもヨイヂヤナイカ   ウラル教捨ててもヨイヂヤナイカ
お宮が唸つてもヨイヂヤナイカ 潰れたところでヨイヂヤナイカ
お酒が一番ヨイヂヤナイカ   ヨイヂヤナイカくヨイヂヤナイカ』

と数千の群衆は口々に酔ひつぶれ、泥にまぶれ、上下の区別なく飛びまはり跳くるひ踊り騒ぎゐる。かかるところに神殿さして悠然と現はれ出でたる三五教の宣伝使、松竹梅をはじめとし、石凝姥神、天之目一箇神、淤縢山津見司、時置師神、八彦司、鴨彦司は口をそろへて、
『神が表に現はれて      善と悪とを立別ける
この世を造りし神直日     心も広き大直日
ただ何事も人の世は      直日に見直し聞直せ
コーカス山に集まりし     ウラルの姫を始めとし
百の八王、ヒツコスや     クスの神まで皇神の
御水火に早く甦り       醜の身魂を立替へて
大気津姫の曲業を       直日に見直せ宣り直せ
神は吾らと倶にあり      醜の曲津の亡ぶ時
八十の醜女の亡ぶ時      八岐大蛇や曲鬼や
醜の狐や千よろづの      曲の身魂を皇神の
神の御前に追ひ出し      眼を醒ませ目を開け
顕しの国の大宮に       鎮まりたまふ三柱の
神の怒りはまのあたり     天地にひびく唸り声
酔を醒ませや目を覚ませ    胸のとばりを押開けて
空にかがやく朝日子の     日の出神の真心に
復れよ帰れもろ人よ      ウラルの彦よウラル姫
神は汝を救はむと       千々に心をくだかせつ
吾らをつかはし給ふなり    吾らは神の御使
三五教の宣伝使        宣伝万歌の言霊に
霊の真柱立直し        一時も早く立替へよ
身魂の立替へ立直し      体主霊従の立直し
大気津姫の行ひを       今日をかぎりに立直せ
天はふるひ地はゆるぐ     山は火を噴き割るるとも
まことの神は誠ある      汝が身魂を救ふらむ
一日も早く改めよ       一日も早く宣り直せ』

と言葉さはやかに歌ひをはれば、神殿の鳴動はこの宣伝歌と共にピタリとやみたり。ウラル姫はたちまち鬼女と変じ、雲を呼び、風を起し、雨を降らし、四辺を暗につつみ、八王、ヒツコス引連れて、天の磐船、鳥船にその身をまかせ、アーメニヤ、ウラルの山を指して雲を霞と逃げ散りたり。

 松竹梅をはじめ宣伝使一同は、あらためて神殿に祝詞を奏上し神徳を感謝する折しも、この場に現はれたる五柱の神あり。見れば鬼武彦、勝彦、秋月姫、深雪姫、橘姫なりき。いづれもみな鬼武彦の率ゐる白狐の化身なり。さすが奸智に長けたる金毛九尾の悪狐も、白狐の鬼武彦、旭、高倉、月日の神力にはかなはず、ウラル姫と共にこの場を捨てて逃げ去りぬ。
 ここに石凝姥神、天之目一箇神、天之児屋根神は、高倉以下の白狐に向ひ、顕国の宮にささげ奉れる稲、麦、豆、黍、粟の穂をくはへしめ、世界の各地に播種せしめたり。
 国治立命、神素盞嗚命、金勝要の三柱を祭り、顕国の宮をあらためて飯成の宮と称へたり。宮の鳴動したる理由は、いづれも体主霊従のけがれたる八王神の供物なれば、神は怒りてこれを受けさせ給はざりしためなり。
 白狐は五穀の穂を四方にくばり、世界に五穀の種子を播布したり。
 これより以前にも五穀は各地に稔れども、今ここに供へられたる五穀の種子は勝れてよき物なりしゆゑなり。
 今の世にいたるまで、白狐を稲荷の神といふはこの理にもとづくものと知るべし。

物語11-5-24 1922/03 霊主体従戌 顕国宮

 春がすみ棚引き初めてコーカスの、山の尾の上や百の谷、大峡小峡の樹々の枝、黄紅白紫いろいろと、咲きみだれたる顕国、霊の御舎雲表に、千木高知りて聳え立ち黄金の甍三つ巴力がやく旭日に反射して、遠き近きに照りわたる、神須佐之男の大神は、宮の主と現れまして、堅磐ときはに鎮まりて、大海原にただよへる、秋津島根を心安の、うつしき神世に開かむと、瑞の御霊の三葉彦、神の教を広道別の、三五教の宣伝使、太玉の命と名を変へて、栄え芽出度き松代姫、妹背の道をむすばせつ、天津御神や国津神、八百万ます神たちに、太玉串をたてまつる、卜部の神と任けたまひ、顕国玉の宮の司となし給ふ。青雲別のその御稜威、高彦神の宣伝使、天の児屋根とあらためて、天津祝詞の神嘉言、詔る言霊の守護神、顕国玉大宮の、祝の神と任けたまひ、梅ケ香姫と妹と背の、ちぎりを結ばせ給ひけり。白雲別の宣伝使、教を開き北光の、神の司のまたの御名、天の目一箇神司、竹野の姫をめあはして、アルプス山につかはしつ、石凝姥ともろともに、鏡、剣を鍛はしめ、国の御柱樹てたまふ、神縁微妙の神業を、四方の神たち人草の、夢にも知らぬ久方の、彦の命の雲道別、名も大歳の神司、五穀の食を葦原の、四方の国々植ゑひろめ、神の恵みも高倉や、月日もきよく朝日子の、白狐の神のここかしこ、生命の苗をまくばりて、青人草の日に夜に、食ひて生くべき水田種子、守り給ふぞたふとけれ。
 コーカス山の山上にウラル彦、ウラル姫の贅をつくし美をつくして建造したる顕国の宮殿には、大地の神霊たる金勝要神、大地の霊力たる国治立命および大地の霊体の守護神神須佐之男大神を鎮めまつり、荘厳なる祭典をおこなひ、三柱の神の神力によつて天ケ下を統御せむと、体主霊従の根本神たる天足彦、胞場姫の再来、八岐の大蛇や悪狐、その他の邪鬼妖魅に天授の精魂を誑惑されて、ウラル彦、ウラル姫以下の曲神は、最後の経綸場としてコーカス山をえらみ、宮殿を造り八王をあまた集へて、アーメニヤにもおとらざる神都を開きつつありける。
 かかるところへ石凝姥命、天之目一箇神、天之児屋根命、正鹿山津見神の娘大神津見と現はれたる松代姫、竹野姫、梅ケ香姫、時置師神、八彦、鴨彦たち現はれて、天津誠の神言を奏上し宣伝歌をとなへたれば、さすがのウラル姫も以下のものどもも天津誠の言霊に胆をうたれ、胸をひしがれ、全力を集注して経営したるあたらコーカス山を見捨てて、生命からがらウラル山アーメニヤの根拠地に向つて遁走し、コーカス山は今はまつたく三五教の管掌するところとなりにける。
 ここに神須佐之男命は地教の山をあとにして顕国の宮に入らせ給ひ、天之目一箇神をして十握の剣を鍛へしめ、顕国の宮の神実となし、天下の曲神を掃蕩すべく天之児屋根命、太玉命をして昼夜祭祀の道に鞅掌せしめ給ひける。神須佐之男大神は十握の剣をあまた作り供へて、曲神の襲来にそなへむため天之目一箇神をアルプス山につかはし、鋼鉄を掘らしめ、あまたの武器を作ることを命じたまへり。アルプス山はウラル彦、ウラル姫の一派の武器製造の原料をもとめつつありし重要の鉱山なりき。これより天之目一箇神は、竹野姫と共にアルプス山に向ふこととなりたり。
 淤縢山津見司、正鹿山津見司、月雪花の宣伝使は、アーメニヤの神都に向つて魔神を征服すべく、神須佐之男大神の命を奉じてアーメニヤに向ひける。またアルプス山には石凝姥神を添へて、天之目一箇神、竹野姫と共に、銅鉄を需めしむべく出発せしめ給ひける。 このこと、たちまち天上にます天照皇大神の御疑ひをいだかせ給ふ種となり、つひに須佐之男命は姉神に嫌疑を受け、神追ひにやらはれ給ふ悲境におちいり給ひたるなり。

物語11-5-26 1922/03 霊主体従戌 橘の舞

神の御言のみあらかを     仕へまつりしアーメニヤ
ウラルの山のウラル彦     ウラルの姫の曲神も
まことの神の分霊魂      めぐみも深き皇神の
大御心にへだてなく      善も悪きもおしなべて
守らせたまふ神心       曲のみたまに迷はされ
神に背きし二柱        いたく憎ませ給ふなく
めぐみの露の山川や      荒野の草にいたるまで
そそがせ給ふ神直日      心も広き大直日
直日に見直し聞き直し     宣り直しつつ曲神の
海より深き罪とがを      ぬぐひて助け給へかし

物語11-5-28 1922/03 霊主体従戌 二夫婦

噂に高きアーメニヤ      曲の猛びをしづめむと
心の駒に鞭うちて       道もいそいそ膝栗毛
雪は真白に積りゐて      表はきよき銀世界
中につつまる曲津見の     ウラルの彦やウラル姫
コーカス山に立てこもり    心もたけく荒鉄の
地をまもれる三柱の      神の宮居を太知りて
この世をいつはる曲業を    厳と瑞との言霊に
向け和さむと来るうち     ウラルの彦の目付役
雲霞のごとく出で来り     有無を言はせず山腹の
七つの岩窟に投げ込まれ    心を千々にくだきつつ
案じわづろふ折りからに    眠の神におそはれて
暗き千尋の底ふかく      水をたたへし岩底に
落ちて凍ゆる折りからに    かすかにひびく言霊の
光りにやうやう力づき     眼を開きながむれば
わが目の上になよ竹の     雪にたはみしごとくなる
手弱女すがたの竹野姫     宣る言霊に勇み立ち
力のかぎり岩壁を       伝ひてやうやく姫の前

物語11-5-29 1922/03 霊主体従戌 千秋楽

西北みなみ東彦        石凝姥の宣伝使
黄金山を立出でて       栗毛の駒にウチの河
鞭うちわたる膝栗毛      クス野ケ原や明志湖
雪つむ野辺を踏みさくみ    言霊きよき琵琶の湖
渡りてここに梅ケ香の     姫の命や説明可笑
神の命ともろともに      雲に抜き出たコーカスの
山の砦に来て見れば      大気津姫と現れませる
喰物着物住む家に       奢りきはめしこの深山
ウラルの姫に服従ひし     百の八王ヒツコスや
クスの神まで寄り集ひ     顕の国の宮の前
三柱神をいはひつつ      饗宴の酒に酔ひしれて
節もみだれし酒歌を      唄ひくるへる折柄に
松竹梅の宣伝使        天之児屋根や太玉の
神の命をはじめとし      月雪花や目一箇の
神もろともに宮の前      来りて詔れる言霊に
ウラルの姫は雲かすみ     後をくらましアーメニヤ
大空高く逃げて行く      ここにふたたび大宮の
庭を清めておごそかに     三柱神の祭典
仕へまつりて太祝詞      称へまつりて頼もしく
直会神酒に村肝の       心を洗ひきよめつつ
歓びつくす折りからに     神素盞嗚の大神の
許しのままに松竹の      姫の命の御慶事
天之児屋根や太玉や      天之目一箇神司
永遠にむすびし妹と背の    珍の御儀式ぞ畏けれ
ア丶三夫婦の神たちよ     神の恵みをコーカスの
山より高く琵琶明志      湖の底よりなほ深く
授かりまして幾千代も     色はあせざれ万代も
色はさめざれ押しなべて    五六七の御代の楽しさを
三夫婦ともに松代姫      心も開く梅ケ香の
姫の命や世にたけき      曲言向けし竹野姫
北光神や高彦の        神の御稜威を天が下
四方に広道別の神       この世をつつむ烏羽玉の
雲霧四方にかき分けて     神の教を中津国
海の内外に弘めかし      神が表にあらはれて
須弥仙山に腰をかけ      この世を守り給ふごと
心の駒の手綱とり       神の御教をあやまたず
安の河原のとこしへに     流れてきよき玉の湖
海よりふかき父母の      恵みにまさる神の恩
山より高き神の稜威      コーカス山はまだおろか
天教地教の山よりも      功績を高くあらはして
神の御国の太柱        千木高知りて仕へませ

物語12-1-1 1922/03 霊主体従亥 正神邪霊

(よくまとまっている)

常世彦の後身なるウラル彦は、八岐大蛇の霊に憑依されて、みづから盤古神王といつはりウラル山に立籠り、天が下四方の国を体主霊従の教に帰順せしめむとし、百方心力をつくしつつあれども、ウラル山に接近せる大江山に、鬼武彦あまたの眷族を引きつれて固く守りをれば、さすがの邪神も跋扈跳梁するによしなく、一方、常世姫の後身ウラル姫は大気津姫と現はれて、アーメニアの野に神都を開き、東西相応じて体主霊従の神策をおこなはむと、あまたの魔神を使役して筑紫の洲を蹂躙し、瀬戸の海、呉の海を根拠とさだめ、縦横無尽に活躍せむとしたるも、エルサレムの旧都にある橄欖山(一名黄金山)下に、埴安彦神、埴安姫神あらはれ給ひて、天教、地教の両山とともに相呼応し、麻柱の教をもつて清き言霊を詔らせ陰へば、さすがの曲神も進退これきはまり、第二の策源地としてコーカス山に根拠を定めたりしが、またもや三五教の宣伝使のために追ひ払はれ、今はほとんど策のほどこすところなく、アーメニアの都を捨て、八百万の曲神は四方八方に散乱し、筑紫の洲をはじめ高砂洲、常世の洲、豊秋津洲、竜宮洲等に死物ぐるいとなつて、悪逆無道のかぎりをつくすこそ歎てけれ。
 地上はふたたび妖気に充され、天日くらく、邪気発生して草木色をうしなひ、闘争所々に起り、悪病蔓延しふたたび常世の暗と一変して、諸神、諸人の泣き叫ぶ声は、天地に充満するにいたれり。しかるに悪神らは、アーメニアを死守して勢ひあなどるべからず、ウラル山また看過すべからざる形勢にあり。変幻出没きはまりなき魔神の活躍は、日に月に猛烈となり収拾すべからざる惨状を呈するにいたりたれば、神素盞嗚大神は大いにこれを憂ひ給ひて、母神のまします月界に還らむかとまで心を痛め給ひつつありける。
 あ丶この闇黒の世はいかにして、ふたたび元の理想の神世に復るべき道のあるべきや、心もとなき次第なりける。

物語12-2-16 1922/03 霊主体従亥 国武丸

コーカス山と呉の海の関係

天に月日の光なく、地に村雲ふさがりて、奇しき神代も呉の海、国武丸に帆をあげて、水夫のあやつる櫂の音は、波に蛇紋を画きつつ、コーカス山の麓を指して進み行く。

物語12-3-17 1922/03 霊主体従亥 雲の戸開

ウラル山とコーカス山は近い

大海原にただよへる      百八十国や八十の島
今や悪魔の世となりて     よろづの禍むらがりつ
ウラルの山の山おろし     コーカス山の神風も
一つになりて呉の海      善と悪との戦ひの
めぐり合うたる旋風      罪を乗せたるこの船は
醜の魔風にあふられて     またたく間に覆へり
底の藻屑とならむとす     この世を造りし神直日
心も広き大直日        直日に見直し聞直し
醜のささやき平けく      宣り直しませ呉の海

物語12-3-22 1922/03 霊主体従亥 一嶋攻撃

大空に雲たち塞ぎ海原に    霧立たちこめて四方の国 
神のめぐみの露もなく     山川草木泣き干して 
あやめも分かぬ闇の夜を    今や照らさむ瀬戸の海 
百の神たち百人を       松の神代の末ながく 
救はむために素蓋鳴の     神の御言をかしこみて 
思ひはつもる深雪姫      解くるよしなき真心の 
まこと一つの一つ島      熱き涙の多紀理毘女 
コーカス山に現れませる    十握の剣の威徳にて 
雲霧四方に切りはらひ     醜の曲津をのぞかむと 
高杉別のこもりたる      この神島に宮柱 
太敷立てて世をしのぶ     瑞霊の深雪姫 
吹き来る風もなまぐさく    人馬の音は絶え間なく 
矢叫びの声ときの声      世はさわがしく群鳥の 
群れ立つばかり沖つ鳥     沖の鴎の声さへも 
いと佗しげに聞ゆなり     ここは名に負ふサルジニヤ 
神の守りもアルプスの     鋼、鉄取り出でて 
百の兵器つくりつつ      珍の御魂とつかへたる 
心もたけき兵士は       雲のごとくに集まれり。 

 コーカス山の珍の宮に、御巫子として仕へたる、月雪花の姉妹の一人、深雪姫は尚武勇健の気質に富み、十握の剣の威徳に感じて、アルプス山の鋼鉄を掘り出し、種々の武器を造りそなへて、国家鎮護の神業に奉仕せむと、天下の英雄豪傑をこの島に集め、悪魔征討の準備にそなへつつありぬ。 

物語12-3-25 1922/03 霊主体従亥 琴平丸

丁『真面目に言ふから、真面目に聴けよ。そもそもコーカス山には大気津姫命といふお尻の大い神様があつた。その神様がたくさんの八王とかビツコスとかいふ奴をたくさん寄せて、なんでも、偉いえらい神様を祀つて都をこしらへてをつたところが、そこへまつたけしひたけかんへうろませうべんしい松茸とか椎茸とか干瓢とか、なんでも美味さうな名のつく小便使がやつて来て、大尻姫の尻ぢやないが、そこら中に小便やら糞をひつかけさがして、さすがの大尻姫も大尻に帆をかけて、アーメニヤヘスタコラヨイヤサと逃出したり。あとに松茸、椎茸、干瓢さまが酒の燗を須佐之男命とかいふ、酒の好な神さまを祀り込んで、ツル……ギとかカメとかを御神体にしてをつた。さうして月とか鼈とか、花とか、何ぢやむつかしい女の神がお宮のお給仕をつとめてゐたが、世がだんだんと曇つて来たので、コーカス山もいやになつたとみえ、三人の娘神は、巨きな大蛇となつて、雲を起して天に舞ひあがり、一疋の大蛇は呉の海の橘島に巣をかまへ、綺麗な別嬪に化けてをるといふこと、モ一つはこの琵琶の湖の竹島に大蛇となつて降りて来たといふことだ。それからモ一つの鼈とか、雪とかいふ女神はこれまた白蛇となつて、瀬戸の海の一つ島に住居をして、素的な別嬪とあらはれ、たくさんの家来を連れて住むでをつた。そこへ天教山から変性男子のお使で、天菩火命とやらが、ドツサリと強そな家来をつれて、サルヂニヤの島を攻めかこみ、火をつけて焼きほろぼしてしまつたさうだ。
ナントえらいことが出来たものぢやないか』

甲『この間あまり世の中が悪くなつて治まらぬと言ふので、いい神様はみな天に上り、竜宮に集まり、地上は魔神ばかりの暗黒界、どうすることも出来なくなつたと言つて、コーカス山の素盞嗚尊様が高天原とかへ、お越し遊ばしてからといふものは、あちらにもこちらにも地震がゆる、海嘯が起る、悪い病は蔓延する、河は干る、草木は枯れる、五穀は実らず、大変なことになつて来た。そこで天の高天原の撞の御柱の神様が、素盞嗚尊様になんでも悪い心があるとかいつて、大変御立腹なされ、弓矢を用意し、剣や鉾を設けそなへて、素盞嗚尊様を討滅さうとなさつたさうだ。そこで、素盞嗚神さまは「私は決して決してそのやうな汚穢いさもしい心は持ちませぬ。モウこの地の上がいやになりましたから、母神のござる月の国へ帰りたい。それまでに姉神様にひと目お目にかかりたさに来たのだ」とおつしやつても、姉神様はお疑がふかうて、容易に納得あそばさず、たうとう、安の河原((太平洋))を中において、天の真名井((日本海))に霊審判とか誓約とか遊ばすので、この頃は大変なことだ。サルヂニヤの一つ島に、素盞嗚尊様の瑞霊の一柱、深雪姫様が多紀理姫神となりて、この世のために神様をお斎り遊ばしてござつたところが、姉神様はこれを疑ひ、自分の御珠に感じてお生れになつた天菩火命とかいふ血染焼尽の神様をつかはして、全島を焼きほろぼし、最後になつて、深雪姫様は案に相違のうつくしき瑞霊の神様であつたといふことが分り、アフンとして帰られたといふことだ。
この湖の竹の島にも、秋月姫といふ瑞霊の中の一人の綺麗な神様が鎮まつてゐられるのを、今度は天津彦根命といふ、菩火命の弟神があらはれて、竹の島の宮殿を破壊したり、人民を悪者とみなし、しらみ殺に屠り殺すといつて行かれたさうだ。またサルヂニヤの深雪姫様のやうに柔かく出られて、アフンとして帰られるだらう』
乙『それは妙なことだなア、神様でもそんなひどい喧嘩をなさるのか。
さうすれば吾々が夫婦喧嘩をするのはあたりまへだなア。一体この辺は、どの神様がお守護ひ遊ばすのだ』
甲『きまつたことだよ。天の真名井からこつちの大陸は残らず、素盞嗚尊の御支配、天教山の自転倒島から常世国、黄泉島、高砂洲は姉神様がおかまひになつてゐるのだ。それにもかかはらず、姉神様は地教山も黄金山も、コーカス山もみんな自分のものにしようと遊ばして、いろいろ画策をめぐらされるのだから、弟神様も姉に敵対もならず、進退これきはまつて、この地の上を棄てて月の世界へ行かうと遊ばし、高天原に上られて、今や誓約とかの最中ださうぢや。姉神様の方には、珠の御徳から現はれた立派な五柱の吾勝命、天菩火命、天津彦根命、活津彦根命、熊野久須毘命といふ、それはそれは表面はうつくしい女のやうな優しい神様で、心は武勇絶倫、勇猛突進、殺戮征伐等の荒いことをなさる神様が現はれて、善と悪との立別けを、天の真名井で御霊審判をしてござる最中だといふことぢや。姉神様は玉のごとく玲瓏として透きとほり愛の女神のやうだが、その肝腎の御霊からあらはれた神様は変性男子の霊で、ずゐ分はげしい我の強い神さまだといふことだ。弟神様の方は、見るも恐ろしい鋭利な十握の剣の霊からお生れになつたのだが、仁慈無限の女神様で、瑞霊といふことだ。ここで天の安河原を中において、真名井の水にその玉と剣をふりすすいで、善悪の立別けが出来るといふことだよ。それだから、三五教が昔から、「神が表に現はれて善と悪とを立別ける、この世を造りし神直日」とかナんとか言つてゐるのだ』

物語12-3-27 1922/03 霊主体従亥 航空船

 ウラル彦、ウラル姫はみづから盤古神王と称し、ウラル山アーメニヤの二箇所に根拠をかまへ、第二の策源地としてコーカス山に都を開き、権勢ならぶ者なき勢なりしが、三五教の宣伝使のために、コーカス山の都を追はれ、ふたたびウラル山アーメニヤに向つて遁走し、あまたの魔神をあつめて捲土重来の神策を講じゐたりき。しかるにアーメニヤに近きコーカス山に、神素盞嗚命武勇をかがやかし、天下に君臨したまへば、さすがの魔神も手を下すによしなく、美山彦、国照姫をしてアーメニヤを死守せしめ、みづから黄泉島にわたりて第二の作戦計画をめぐらしつつありける。
 ウラル彦、ウラル姫は、元来、純直至誠の神なりしが、うるはしき果実には、悪虫のおそふがごとく、少しの心の油断より八岐の大蛇、悪狐、悪鬼の憑依するところとなり、これらの悪神に使役されて、心にもなき邪道をたどりつつ、まことの神に向ひて叛旗をひるがへすにいたりたるなり。美山彦も一たん月照彦命、足真彦命のために言向け和され善道に立かへりしが、ふたたび邪神に憑依され、たちまち心魂くらみ国照姫の言を容れて、またもやウラル彦の部下となり、悪逆無道の行為をもつぱらとするにいたりたるなり。
 ここにアーメニヤの神都には、表面美山彦はウラル彦と称し、国照姫はウラル姫と称して虚勢をはり、あまたの魔神を集めてこの都を死守し、黄泉島とあひ待つて回天の事業を起さむとくはだてゐたりき。
 三五教の宣伝使、祝部神は月照彦神の化身とともに、黄金山を立出で筑紫の国のヨルの港を船出して、黄泉島の魔神を剿討すべく進み行く。此船は筑紫丸と名づくる大船なり。筑紫丸は竜宮洲を経て黄泉島に沿ひ常世の国にかよはむとするものなれば、常世の国にわたる船客がその大部分をしめゐたり。祝部神は月照彦神とともに、筑紫丸の船客となり、数十日の海路をつづくる。海中には種々の変異起り、島なき所に島あらはれ、あるひは巨大なる岩石にはかに海中に出没して天日暗く月光もなく、風は何となくなまぐさく、得も言はれぬ不快きはまる航路なりける。船中にはいろいろの雑談が例のごとく始まり来たる。
甲『モシモシ豊さま、貴方はどこまで行きますか、かう海上に変異が続出しては、あまり遠乗りも危険ですよ。私も常世の国まで参るつもりで出て来ましたが、この調子では先が険難でなりませぬ。竜宮洲まで行つたら、また次の船を待つて帰ることにしようと思つて居ますよ』
豊『さうですな、貴方は常世国へ何のためにお越しになるのですか』
甲『実は家内も子供も一しよに乗つてゐますが、私はコーカス山の山麓の琵琶の湖のほとりに住むもの、なんだか世の中が変になつて来て、なんともたとへ方のなき風が日夜吹きまくり、息がつまりさうになりますから、遠く常世の国へ移住でもしたらよからうと思つて参りましたが、もうかうなれば、どこにをるも世界中おなじことのやうに思ひます』


ここから、ウラル教の岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦、鷹彦が、フサの国をアーメニヤに向かって横断し、醜の岩屋を探検する。

物語13-1-2 1922/03 如意宝珠子 波斯の海

甲『吾々は斯うやつて、ウラル教の宣伝使として竜宮の一つ島に渡り、殆ど三年になつた。併し乍ら一つ島の守護神なる飯依彦は、中々信神堅固な宣伝使であるから、吾々の折角の目的も、殆ど黄泉島のやうに水の泡と消えて了つた。アーメニヤへ帰つて、どう復命したら宜からうか、それ計りが心配になつて、乾を指して帰るのも、何とはなしに影の薄い様な気分がするではないか』
乙『吾々はウラル教の宣伝使としての力限りベストを尽したのだから、この上何と言つたつて仕方がないではないか』
甲『仕方がないと云つた所で、敵国に使して、君命を辱ると云ふ事は、人としてのあまり名誉でもあるまい。况んや特命を受けて、しかも吾々六人、東西南北より一つ島を包囲攻撃して、唯一人の飯依彦に、旗を捲いて、予定の退却をすると云ふ事は、あまり立派な成功でもあるまい。こりや、何とかして一つの土産を持つて帰らなくては、ウラル彦様に対して申訳がないぢやないか』
丙『オイ岩彦、お前はアーメニヤを出立する時には、どうだつたい。岩より堅い岩彦が、言霊を以て黄泉島を瞬く間に、言向和すと、傍若無人に言挙し、非常にメートルを上げて居つたぢやないか、その時に吾輩が、貴様の不成功は俺の天眼通で明かにメートルと云つたのを覚えてるだろう』
岩彦『ソンナ死んだ子の年を算る様な事を言つて、愚痴るない。過越苦労は、三五教ぢやないが、大々的禁物だ。よく考へて見よ、数百日の間、天の戸はビシヤツと閉つて、昼夜暗黒と云つてもよい位だ。日の出、日の入の区別も分らず、吾々がアーメニヤを出発した時は、朝は清鮮の気漂ひ、東天には五色の幔幕が飾られて、そこから金覆輪の太陽が現はれ、夕方になれば、瑪瑙の様な雲の連峯が西天に輝き、昼夜の区別も実に判然したものであつた。然るに一つ島に上陸した頃から、日々雲とも霧とも靄ともたとへ方なき陰鬱なものが、天地を閉塞して、時を構はず地は震ひ、悪魔は出没し、如何にウラル教の体主霊従の宣伝使でも、一歩否百歩を譲らねばならないと言ふ惨酷な世の中に、どうして完全な宣伝が出来るものか、如何に智仁勇兼備の勇将でも時節の力には到底叶はない、ナア梅彦………』
 船中の人々は、この声に驚いて一言も発し得ず、日の出別命の神徳に驚嘆の目を眸るのみ。岩彦は小声にて、
『オイ梅彦、音彦、亀彦、大変ぢやないか、エライ奴が乗つて居て、吾々に非常な鉄槌を喰はしよつたぢやないか、向ふは一人、此方は宣伝使の半打も居つて、衆人環視の前でコンナ神力を見せられては、ウラル教も薩張り顔色なしだよ。ナントか一つ、復讐を行らなくては、失敗の上の失敗ぢやないか。日の出別とか云ふ三五教の宣伝使が、フサの国へでも上つたが最後、あの勢でアーメニヤの神都へ進撃されようものなら大変だぞ』
亀彦『さうだなア、コラこの儘に放任して置く訳には行かない。お前は吾々一行の中での、チャーチャー(教師先生の意)だから、何とか良い御託宣でも宣示して呉れさうなものだ』
岩彦『訳も知らずに、燕の親方のやうにチャーチャ言ふものじやないワ。マアこの先生の妙案奇策を聴聞しろ』
亀彦『ヘン、えらさうに仰有りますワイ、目玉を白黒さしてその容子は何だ。蟹の様な泡を吹いて、大苦悶のていたらく、身魂の基礎がグラついて居るから、どうして妙案奇策が出るものかい。何分に戦ひは、将を選ぶと云つて、吾々万卒が骨を枯らしても、一将功成れば未だしもだが、貴様の大将は魂に白蟻が這入つてゐるから、統率その宜しきを得ず、万卒骨を枯らし、一将功ならず、一しようの恥を曝して帰らねばならぬのだ。コンナ大将に統率されて、どうして神業の完成が望まれよう、バベルの塔ぢやないが何時までかかりても、成功する気遣ひはない。ピサの塔のやうに斜になつて、何時ピサリと倒れるか分つたものぢやない。猫に逐はれた鼠のやうな面をして、アーメニヤに帰つた所でウラル彦さまに「貴様何をして居つた」と、いきなり横つ面をピサの塔とお見舞申され、これはこれは誠にハヤ恐れ入りバベルの塔と、たう惑顔するのは目に見るやうだ。引かれ者の小唄の様な、負惜みは止めて、どうだ一層のこと、日の出別の部下となつて三五教に急転直下、沈没したらどうだらう』
岩彦『チト言霊を慎まぬか、船の上は縁起を祝ふものだ、沈没なぞと、気分の悪い事を言うな。黄泉島ぢやあるまいし………』
梅彦『さうだ、亀彦の言ふ通り、あまりウラル教の神力がないのか、大将の画策宜しきを得ないのか知らんが、コンナ馬鹿な目に会つた事はない。二つ目には時世時節ぢやと、岩彦はいはんすけれど、ソンナ事はアーメニヤヘ帰つては通用しない。どうだ、梅彦の外交的手腕を揮つて、日の出別の宣伝使に、今此処で交渉して見ようかい。交渉委員長になつて、どうしよう交渉と談判をやるのだナア』
岩彦『喧しいワイ』
梅彦『やかましからう、イヤ耳が痛からう、良い加減に言霊の停電がして欲しからう。アハヽヽヽヽ』
岩彦『鮨に糞蝿が集つたやうに、本当に五月蝿い奴だ。さう云ふ事を喋くると、ウラル教の神様が立腹して、又もや暴風雨の御襲来だ。さういふ事は、神様の忌憚に触れる、貴様の言行に対しては、飽くまで吾々は忌避的行動を取るのだ。何ほど貴様が挑戦的態度を執つても、寛仁大度の権化とも言ふべき岩彦は、岩石として応ぜないから、さう思つて幾許でも喋舌つたが宜からうよ。……ナンだその面は、最前からの時化で、半泣きになつて居るぢやないか、見つともない』
梅彦『半泣きになつて居るとは誰の事だい。貴様こそ率先して泣いて居るぢやないか。涙こそ澪して居らぬが、俺の天眼通から見れば唯々泣き面をソツト保留してる丈のものだよ、貴様に共鳴する者は、烏か、千鳥位なものだらう』
岩彦『馬鹿ツ、いはしておけば傍若無人の雑言無礼、了見せぬぞ』
亀彦『オイ梅公、行つた 行つた。ヲツシ ヲツシ………』
岩彦『オイ、犬と間違つちや困るよ』
梅彦『犬ぢやないか、ウラル教の番犬だ』
岩彦『いぬも帰なぬもあつたものかい、吾々はアーメニヤへいぬより往く所はないのぢや』
亀彦『兎も角、ここで一つ思案せなくてはならぬ。三五教は唯一人、此方の宣伝使は半打も居るのだから、強行的態度に出でて、三五教の宣伝使を降服させるか、但は吾々が柔かに出て、ウラル教を開城するか、二つに一つの決定を与へねばなるまい』
岩彦『岩より堅い岩彦は、如何なる難局に処しても、初心を曲げない。善悪共に、初心を貫徹するが、男子の本分だ。貴様、ソンナ女々しい弱音を吹くならば、アーメニヤへ帰つて、逐一盤古神王に奏聞するから、さう覚悟をせい』
亀彦『敗軍の将は兵を語らずだ、何の顔容あつて盤古神王に大失敗の一伍一什を奏聞することが出来ようか、貴様は統率者を笠に着て、吾々五人の者を威喝するのだな、今になつて何れほど威張つたところで、アルコールの脱けた甘酒の腐つたやうなものだ、鑑定人もなければ、飲手もなし、ソンナ嚇しを喰ふ奴が、何処にあるかい、あまり馬鹿にするなよ。それそれ向ふに見えるはフサの国だ。船が着くのには、モウ間もあるまい、この船の中で、一つ交渉を始めなくては、日の出別が上陸したが最後、どうすることも出来やしない。問題を一括して、今此処で秘密会議を開いて、和戦何れにか決せねばなるまいぞ』

物語13-1-4 1922/03 如意宝珠子 夢の幕

『ウラル教の腰抜野郎、よつく聞け。アーメニヤの神都は殆ど零敗に帰し。今は僅に美山彦、国照姫の曲津見が弧塁を死守するのみ、実に惨なものだ。アーメニヤの城壁は所々くたぶれ果て、穴だらけ、貴様達はコーカス山に帰つて往くつもりであらうが、コーカス山は、もはや三五教の勢力範囲に帰して了つたぞ。今の間に改心いたせばよし、違背に及ばば汝が生命は風前の灯火、また岩彦のやうな運命に陥るぞ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、ウフヽヽヽ、イヒヽヽヽ、エヘヽヽヽ』

物語13-1-6 1922/03 如意宝珠子 逆転

『朝日は照るとも曇るとも   月は盈つとも虧くるとも
 曲津の神は荒ぶとも     黄泉ムの島沈むとも
 誠の神は世を救ふ      神が表に現はれて
 善と悪とを立別ける     此世を造りし神直日
 心も広き大直日       唯何事も人の世は
 直日に見直せ聞直せ     世の過ちは宣り直せ
 三五教の宣伝使       日の出の別と現はれて
 ウラルの山に隠れたる    魔神の砦を言向けて
 神の教を伝へつつ      又もや進むアーメニヤ
 美山の彦や国照姫の     醜の魔神の曲業を
 誠一つの言霊に       言向和はす神司
 ペルシヤの海を乗り越えて  タルの港に上陸し
 駒に跨り静々と       進みて来るシヅの森
 森の木蔭に立寄りて     疲れを休むる折もあれ
 俄に聞ゆる人の声      耳を済ませばこは如何に
 ウラルの神の御教を     四方に伝ふる宣伝使
 岩彦梅彦亀彦や       駒彦音彦鷹彦の
 訳も分らぬ同志打ち     打ち寛ろぎて聞き居れば
 狗に腐肉を見せし如     言騒がしくさやぎつつ
 打つ蹴る擲る泣くわめく   名に負ふシヅの此の森も
 さやぎの森となりにけり   ウラルの神の宣伝使
 汝も神の子神の宮      此世を造りし大神は
 唯一柱ゐますのみ      本津御神を振り捨てて
 枝葉の神を敬ひつ      世を紊し行く曲神の
 報いは忽ち目のあたり    神素盞嗚の大神の
 御稜威の風に払はれて    ウラルの山やアーメニヤ
 堅磐常磐の住処ぞと     仕へ奉りし鉄条網

 木葉微塵となりはてて    今は果敢なき夢の跡
 美山の彦や国照姫の     醜の魔神の細々と
 苦節を守る憐れさよ     高天原も国土も
 曇り果てたる今の世は    ウラルの教も世の末ぞ
 一日も早く片時も      疾く速けく改めて
 醜の曲言宣り直し      栄え目出度き三五の
 神の教に真心を       捧げて祈れ六の人
 世は紫陽花の七変り     八洲の国は十重二十重
 雲霧四方に塞がりて     とく由も無き常夜国
 汝が身に受けし村肝の    心の魂を逸早く
 天の真澄の御鏡と      研き澄まして神直日
 清き身魂に立替よ      われは日の出の宣伝使
 天津御空の日の神の     御言畏み葦原の
 瑞穂の国に降りたる     神の依さしの厳身魂
 瑞の身魂の現れませる    コーカス山に進むなり
 誠の神に刄向ひて      栄えし例し昔より
 今に至るもあら波の     闇の海路を渡る如
 その危さは限りなし     限りも知らぬ大神の
 深き恵みを悦びて      仕へ奉れよ三五の
 神の教の道芝に       神の教の道芝に』
と歌ふ声に、一同は雷に打たれし如き心地して、大地にドツと平伏し、息を殺して控へゐる。
鷹彦『アヽ何れの方かと思へば、今日船中にてお目にかかつた日の出別の宣伝使様、われは元来は三五教の宣伝使鷹彦と申すもの、ウラル教の宣伝使となりすまし、彼等が悪計の秘密を探り、此処まで帰り来りしもの、今や五人の宣伝使に包囲攻撃を受け、前後左右に体を躱し、三五教の教理を聴聞させむと心胆を砕きし折、思ひがけ無き貴使の宣伝歌、アヽ有り難しありがたし。われも是より貴使のお供仕り、コーカス山にお送り申さむ。どうぞ此儀お許し下さいませ』

物語13-2-7 1922/03 如意宝珠子 布留野原

アメリカとの関係か

音彦『向うから悪魔の奴、魔風を吹かしよるから、此方も負けぬ気になつて、言霊の一二三四五六七八九十百千万億病風だ』
鷹彦『何を洒落るのだ、それそれ又雨だ』
音彦『あめが下に住居する吾々が、雨が怖くて此世に居れるか。雨より恐いは、アーメニヤのウラル彦様だ。吾々が斯うして、飛行宣伝中に宙返をうつたと云ふことが聞えたら、それこそ大変だ。到底旧のアーメニヤの城内に、格納して貰ふ事は最大難事だよ』
鷹彦『まだ貴様は、アーメニヤが恋しいのか』
音彦『ナーニ、アーメニヤが恋しいのぢやない、肝腎の力に思うた日の出別神様が、雲煙となつて磨滅して了つたものだから、心細くなつて来たのだ。それで今度はアーメニヤの盤古神王のお咎が恐ろしくなつて来たのだ。
俺だつて日の出別の宣伝使にしやツついてさへ居れば、心が大丈夫だが、コンナ魔窟に放擲されて、チツトは愚痴も出ようまいものでもなからうぢやないか』

物語13-2-9 1922/03 如意宝珠子 火の鼠

イランの地下にトンネルがある

鷹彦『サア、これから愈魔窟の探険だ。充分の食料を用意して了はないと、此岩窟は琵琶の湖の底を通つてコーカス山に貫通して居るのだから、三日、五日、十日位の旅では予定の探険は出来ない。先づドツサリと此袋にパンでも格納して、プロペラーに勢ひを付けて、身魂の基礎工事をしつかり撞固め、気海丹田を練つて進む事としよう。中途になつて腹の虫が汽笛を鳴らすと困るから準備が肝腎だ』

物語13-4-14 1922/03 如意宝珠子 蛙船

駒彦『吾々三人は天の鳥船から、知らぬ間に振り落されたのだ。それにしても余り日の出別神も莫迦にして居るぢやないか。此処はタカオ山脈の手前だ。此の下辺りを醜の巌窟が貫通して居るのぢやが、斯う外へ抛り出されて了つては、最早探険も何もあつたものぢやない。エー仕方がない、西北指して星の光を目標に進んで行けば、終にはフサの都に着くであらう。吾々も此の辺りは幼少い時に一度通つたことがあるのだから、運を天に任して徒歩ることにしようかい』
音彦『タカオ山脈の近くになると大変大きな蟇蛙が居ると云ふことだ。何だか足も草臥れたし、蛙が出居つたら飛行機の代りに、それにでも乗つてアーメニヤ方面指して、かへると云ふことにしようかな』

ここから、別の物語挿入。野次彦、与太彦のコーカス詣。

物語13-5-22 1922/03 如意宝珠子 高加索詣

四方の山辺は青々と、若芽の緑春姫の、袖振り栄えて紅の、花咲き匂ふ春の空、コーカス山に現れし、日の出別の活神を、慕うて絡繹と詣づる男女の真中に、秀て黒き二人の大男は、宣伝歌の此処彼処、千切れ千切れに歌ひながら進み来り、路傍の草の上に腰打掛けて、雑談に耽るあり。
『オイ与太彦、どうだ、長らくの間、日月の光もなく、草木の色は枯葉の様になつて春の気分もトント無かつたが、日の出別の活神さまが、コーカス山に現はれてより、金覆輪の日輪様は晃々と輝き玉ひ、草木は若芽を吹き、花は咲き小鳥は歌ひ、陽気は良く、本当に地獄から極楽へ早替りをしたやうだなア』
『本当にさうだ、一時も早くコーカス山の御宮に参拝したいものだ。しかし是だけ大勢の老若男女が、珠数繋ぎになつて参拝するのだから、緩つくりと足を伸ばして休むことも出来やしない。マゴマゴして居れば踏み潰されて仕舞ふわ。ノー弥次公、今晩は何処で宿を取つたらよからうかなア』

物語13-5-24 1922/03 如意宝珠子 大活躍

茲に六人の宣伝使は、田子の町に於けるお竹の宿の騒動を鎮定し、弥次彦、与太彦は宣伝使に扈従して、コーカス山に向ふ事となつた。六人は馬上に跨り、二人は徒歩のままテクテクとフサの都を指して進み行く。タカオ山脈に連続せる猿山峠の麓に着いた。

物語14-1-3 1922/03 如意宝珠丑 鷹彦還元

駒『亀サン貴方もさう思ふか、私も同感だ、何だか気懸りでなりませぬワ。なんでもこの辺はウラル教の根拠地だと云ふ事です。ウラル山アーメニヤの驍将共は大分フサの国に集まつてゐると云ふ事ですから油断は出来ませぬよ。鷹彦サン、御苦労だが貴方の特能を現はして、一寸鷹に還元して、偵察をして下さるまいか。大丈夫と云つても充分の安心は出来ませぬからナア』

物語14-2-8 1922/03 如意宝珠丑 泥の川

婆『ヤレこの障子開けまいぞ開けまいぞ、そも三浦が帰りしとは坂本の城に帰りしかう、よも此処へのめのめと迷ふて出て来る弥次彦ぢやあるまい、そりや人違ひ、若し又それが諚なれば、ーカス山アーメニヤ分け目の大事の戦ひに参加もせずに戻つて来る不屈者この茅屋根の家は婆が城廓、その臆れた魂でこの藁戸一重破らるるならサヽヽ破つて見よと』
弥『百筋千筋の理を分けて、引つかづいたるあばらやの内、チヤンチヤンぢや』
勝『ハハアそのお言葉を忘れねばこそ、故郷を出て今日まで一度の便りも致さねど、お命も危しと聞くより風に吹き飛ばされ、玉は碎け胸は痛み、眼眩んで三五の道を忘れし不調法、真平御免下されかし、いで戦場へ駆向ひ、華々しき功名して、コーカス山におつつけ凱陣仕らむ』

物語14-3-13 1922/03 如意宝珠丑 山上幽斎

『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイ ホーイ ホーイ』

物語14-3-14 1922/03 如意宝珠丑 一途川

弥『アヽ吾々はやうやうにして、小鹿峠の四十八坂を越え、此処の広野原を一行四人連れ、てくついて来たが、此処にピタリと行詰まつた、偉い川が横はつて居るワイ。これからフサの都へ渡り、コーカス山に行く迄は、随分長い道程だが、それまでには沢山の難所が在るだらう。それにしても絡繹として続く日々の老若男女の参詣者は、一体何処を通つて行くのだらう。この頃街道は雑沓だと云ふ事だのに、吾々の通過する処は人の子一匹居らぬぢやないか。ナンデも之れは小鹿峠の下り終ひから行手に踏み迷ひ、反対の方向に進んで来たのではあるまいかなア』


三五教の、バラモン教の本山顕恩郷攻撃。

物語15-1-1 1922/04 如意宝珠寅 破羅門

超重要

 千早振る遠き神代の物語   常夜の暗を晴らさむと
 ノアの子孫のハム族が    中にも強き婆羅門の
 神の御言は常世国      大国彦の末の御子
 大国別を神の王と      迎へまつりて埃及の
 イホの都に宮柱       太しく建てて宣伝ふ
 その言霊はかすかにも    この世の瀬戸の海越えて
 希臘伊太利仏蘭西や     遂に進みて小亜細亜
 メソポタミヤの顕恩郷    此処に根拠を築固め
 次第々々に道を布き     更に波斯を横断りて
 印度を指して進み来る    エデンの河を打渡り
 ハムの一族悉く       顕恩郷を中心に
 婆羅門教を開きける     セムの流裔と聞えたる
 コーカス山の神人は     婆羅門教を言向けて
 誠の道を開かむと      広道別の宣伝使
 太玉の命を遣はして     顕恩郷に攻めて行く
 奇しき神代の物語      十五の巻の入口に
 述べ始むるぞ面白き。

 此メソポタミヤは一名秀穂国と称へ、地球上に於て最も豊饒なる安住地帯なり。羊は能く育ち、牛馬は蕃殖し、五穀果実は無類の豊作年々変る事無き地上の天国楽園なり。世界は暗雲に包まれ、日月の光も定かならざる時に於ても、この国土のみは相当に総ての物生育する事を得たりと云ふ。西にエデンの河長く流れ、東にイヅの河南流して、国の南端にて相合しフサの海に入る。八頭八尾の大蛇、悪狐の邪霊は、コーカス山の都を奪はれ、随つてウラル山アーメニヤ危険に瀕したれば、ウラル彦、ウラル姫は、遠く常世国に逃れ、茲に大自在天大国彦の末裔大国別、醜国姫の夫婦をして、埃及のイホの都に現はれ、第二のウラル教たる婆羅門教を開設し、大国別を大自在天と奉称し、茲に極端なる難行苦行を以て、神の御心に叶うとなせる教理を樹立し、進んでメソポタミヤの秀穂の国に来り、エデンの園及び顕恩郷を根拠としたりける。それが為に聖地エルサレムの旧都に於ける黄金山の三五教は忽ち蚕食せられ、埴安彦、埴安姫の教理は殆ど破壊さるる悲境に陥りたるなり。
 茲にコーカス山に坐ます素盞嗚神は、日の出神、日の出別神をして、ハム族の樹立せる婆羅門教の邪神を帰順せしめむとし給ひ、霊鷲山より現はれたる三葉彦命の又の御名広道別の宣伝使太玉命は、松代姫をコーカス山に残し、夜を日に継いでエデンの河上に現はれ、エデンの花園を回復して根拠とし、ハム族の侵入を防がしめむとし給ひ、太玉命は安彦、国彦、道彦の三柱と共に、エデンの園に宮殿を造り、ハム族の侵入に備へ居たり。されど河下の顕恩郷は遂に婆羅門教の占領する所となり了りぬ。ここに太玉命は、その娘照妙姫をエデンの花園に残し置き、安彦、国彦、道彦を引連れて、顕恩郷の宣伝に向ひたり。この安彦と云ふは弥次彦の改名、国彦は与太彦の改名、道彦は勝彦の改名せし者なり。
 婆羅門の教は、一旦日の出神と偽称したる大国彦の子にして、大国別自ら大自在天と称し、難行苦行を以て神の心に叶ふものとなし、霊主体従の本義を誤解し、肉体を軽視し、霊魂を尊重する事最も甚しき教なり。此教を信ずる者は、茨の群に真裸となりて飛び込み、或は火を渡り、水中を潜り、寒中に真裸となり、崎嶇たる山路を跣足のまま往来し、修行の初門としては、足駄の表に釘を一面に打ち、之を足にかけて歩ましむるなり。故に此教を信ずる者は、身体一面に血爛れ、目も当てられぬ血達磨の如くなり、斯くして修行の苦業を誇る教なり。八頭八尾、及び金毛九尾、邪鬼の霊は、人の血を視ることを好む者なれば、霊主体従の美名の下に、斯の如き暴虐なる行為を、人々の身魂に憑りて慣用するを以て唯一の手段となし居るが故に、此教に魅せられたる信徒は、生を軽んじ、死を重んじ、無限絶対なる無始無終の歓楽を受くる天国に救はれむ事を、唯一の楽みとなし居るなり。如何に霊を重んじ体を軽んずればとて、霊肉一致の天則を忘れ、神の生宮たる肉体を塵埃の如く、鴻毛の如くに軽蔑するは、生成化育の神の大道に違反する事最も甚だしきものなれば、この教にして天下に拡充せられむか、地上の生物は残らず邪神の為に滅亡するの已むを得ざるに至るべく、また婆羅門教には上中下の三段の身魂の区別を厳格に立てられ、大自在天の大祖先たる大国彦の頭より生れたる者は、如何なる愚昧なる者と雖も庶民の上位に立ち、治者の地位に就き、又神の腹より生れたる者は、上下生民の中心に立ち、準治者の位地を受得して、少しの労苦もなさず、神の足より生れたりと云ふ多数の人民の膏血を絞り、安逸に生活をなさむとするの教理なり。多数の人民は種々の難行苦行を強ひられ、体は窶れ或は亡び、怨声私かに国内に漲り、流石の天国浄土に住み乍ら、多数の人民は地獄の如き生活を続くるの已むを得ざる次第となりける。邪神の勢は益々激しく、遂にはフサの国を渡り、印度の国迄もその勢力範囲を拡張しつつありしなり。
 太玉命は、安彦、国彦、道彦を伴ひ、顕恩郷の東南を流るる渡場に着きぬ。此処には鳶彦、田加彦、百舌彦の三柱の魔神、捻鉢巻をし乍ら、他国人の侵入を防ぐため、河縁に関所を設けて堅く守り居る。
太玉命『ヤア三人の伴人よ、昔此河を渡つた時は、何とも言へぬ清らかな流れであつたが、ウラル山アーメニヤの悪神は一旦常世の国に逃げ去り、再び顕恩郷に潜かに現はれ来つて、婆羅門教の邪教を開き始めてより、吹き来る風も腥く、山河草木色を変じ、河の流れも亦血泥の如くなつて了つた。吾々は素盞嗚尊の御神慮を奉じ、メソポタミヤの野をして再び秀穂国の楽園に復帰せしめねばならぬ重大なる使命を帯びて来れる以上は、仮令如何なる魔神の襲ひ来る共、一歩も退くことは出来ない、汝等もその覚悟を以て当られたし。彼の河縁に建てる宏大なる館は、正しく魔神の関所ならむ、汝等三人の内、偵察のため一足先に至つて関所の悪神と交渉を開始し、事急なるときは、合図の笛を吹け、それまで吾等は此森林に身を潜めて事の成行を窺はむ』
と、太玉命の言葉に、道彦は勇み立ち、
『憚り乍ら、道彦に此御用を仰付けられたし』
と願ひければ太玉命は、
『御苦労だが、一足先に探険して呉れよ』
『承知致しました』
と道彦は宣伝歌を歌ひつつ、河縁の関所を指して悠々と進み行く。ピタリと行当つた関所の大門、道彦は大音声、
『ヤア、この顕恩郷は昔、日の出神が南天王と称して支配され、その後鬼武彦その他の神々南天王となつて永久に大神の命を受け守護せられたる聖地なり。然るに何者の邪神ぞ、顕恩郷を占領し且又この河縁に関所を造るか、一時も早く此門開け、吾は三五教の宣伝使道彦であるぞ』
と門戸を破れむばかりに打叩く。此時門の外の樹の茂みより現はれ出でたる三人の男、鋭利なる手槍をしごき、三方より道彦を取りかこみ、眼を怒らせ、身体をブルブルと震動させつつ、
『ヤア、汝は三五教の宣伝使なるか、飛んで火に入る夏の虫、吾槍の切尖を喰へよ』
と三人一度に突いてかかるを、道彦は、或は右に、或は左に、前後左右に、槍の切尖を避け、一人の槍をバタリと叩き落した。一人は驚いて矢庭に河に飛びこみ、対岸に遁れ去つた。ここに道彦は其槍を手早く拾ひあげ、
『サア来い、蝿虫奴等』
と身構へするや、其勢に辟易してか、二人の男は槍をバタリと大地に投げ棄て、犬突這となつて、
『ヤア、どうも恐れ入りました。重々の御無礼お許し下さいませ』
と泣声になつて謝罪る。
道彦『其方は婆羅門の眷属と見ゆるが、何故に斯かる邪神に信従するか、委細包まず白状せよ』
百舌彦『実の所、吾々は常世の国より大国別の部下なる玉取別に従ひて、荒海を渡り、埃及の地に現はれ、追々進んで此顕恩郷の門番となり、少しの過失より罰せられて遂には河の関所守となりました。決して旧よりの悪徒ではありませぬ』
道彦『然らば汝等は顕恩郷の様子を悉皆存じ居るであらう。これより三五教の吾々を顕恩郷の城砦に案内致せ』
百舌彦『そ、それは到底吾々の力には及びませぬ、グズグズして居れば吾々は申すに及ばず、あなた方の御生命も危からむ、此儀ばかりは御容赦下されたし』
道彦『ナニ心配をするな、神変不可思議の三五教の神力を以て如何なる曲津の敵も言向和し、この顕恩郷をして再び古の天国楽土となさしめむ、必ず必ず煩慮するに及ばぬぞ』
田加彦『オイ百舌彦、コンナ方を顕恩郷へでも連れて行つた位なら、それこそ大変だ、鬼雲彦の大神様に、「汝は顕恩郷の厳しき規則を蹂躙する大罪人だ」と云つて、又もや真裸にされて、針の雨の御制敗に逢はねばならぬ、ウカウカと物を言ふものではない。もうしもうし三五教の宣伝使様、ここは一つ御思案下さいまして、双方好い様に何とか良い解決を付けて戴きたいものです。今河に飛込んで対岸に渡つた男は、鬼雲彦の真のスパイを勤めて居る悪人ですから、数多の眷属や、スレーブを引きつれ、今に如何なる事をし出かすかも分りませぬ、さうして大変に力の強い奴、顕恩郷でも名代の豪の者です。今あなたに槍を持つて攻めかかり、ワザと敗けた振をして、槍を打棄てたのも、深き計略のあること、あなた方を顕恩郷に引き入れて、嬲り殺にしやうと云ふステージに外ならぬのです。私も彼奴の目玉の光つて居る間は逃げる事も、どうする事も出来なかつた。あなたがお出で下さつたのを幸ひ、顕恩郷を脱出して、どうぞフサの都へ連れて行つて下さい。常世の国にも三五教は沢山に弘まつて居りますが、今日の所はみな隠れての信仰、表面はウラル教の信者と見せかけ、吾々も無理やりに此処へ引き寄せられ、河番を致しては居りますが、その実は三五教の信者で御座います。ウラル教は極端な体主霊従主義で、常世神王や、その他の神々が、黄泉比良坂の戦ひに全部帰順し、夫々御守護に就かれてから後は、大国彦の子孫たる大国別が、何故か又もやバラモン教と云ふ怪体な宗教を開き、表面は三五教の信条の如く霊主体従を標榜し、数多の人民の肉体を傷つけ血を出させて、それが信仰の本義と、すべての者に強ひるのですから堪つたものではありませぬ。けれども何にも知らぬ人民は後の世が恐ろしいと云つて、肉体が如何なる惨虐な目に遭はされても辛抱して喜んで居ると云ふ有様、私等は一向トント合点が往きませぬ、鬼か大蛇か悪魔の様な神様じやないかと、何時も胸に手をあて考へては居るものの、一口これを口ヘ出さうものなら、それこそ大変な事になりますので腹の中に包み秘して、已むを得ずこの河番を致して居ります。幸ひ鳶彦が帰りました、この間に吾々二人を伴れて、どつかへ御逃げ下さい。大変なことがオツ始まりますから………』
道彦『ナアニ、吾々は神の御守護がある、又三人の神徳強き宣伝使を同行し居れば、大丈夫だ、心配致すな』
百舌彦『三人のお方は何処に居られますか、どうぞ一時も早くこれへお越しを願ひたう御座います。グズグズ致して居ると鳶彦の奴、今にドンナ事を為向けて来るか分りませぬから………』
 道彦は合図の笛を吹いた。太玉命外二人は合図の笛にスワ一大事の突発と、急いで此場に現はれた。河の彼方には騒々しい人声次第々々に高まり来る。

物語15-1-2 1922/04 如意宝珠寅 途上の変

太玉命は不図頭を上ぐれば此はそも如何に、コーカス山に残し置きたる妻、松代姫を始めエデンの園を守る最愛の一人娘、照妙姫は高手小手に縛しめられ猿轡を箝まされ、鬼の如き番卒数多に引き立てられ命の前を萎々と稍伏し目勝ちに通り過ぎむとす。太玉命はハツと驚き、二人の顔を息を凝らし目を見張り眺めて居た。松代姫、照妙姫は猿轡を箝められたる為めにや、此方に向つて目を瞬き、何事か訴ふるものの如くであつた。

物語15-1-5 1922/04 如意宝珠寅 五天狗

 忽ち空中に電光閃き雷鳴轟き渡ると見るまに、電気に打たれた如く五人は手を繋いだ儘、鳥も通はぬ山中に矢を射る如く一直線に落下するのであつた。フツト気が附けば高山と高山の谷間を流るる細谷川の細砂の上に、五人は枕を列べて横はつてゐたのである。
 これは妙音菩薩がエデンの河の河下にて漁夫と変じ、五人の男を綱を以て救ひ上げ、息を吹きかけコーカス山の大天狗をして空中に引掴み、メソポタミヤの北野山中に誘ひ来り、谷川の砂の上にどつかと下ろして自らは密にコーカス山に立帰つたのである。

物語15-1-10 1922/04 如意宝珠寅 神楽舞

神素盞嗚尊は、姉大神の斯くも深き猜疑心に包まれ給うとは夢にも知らず、コーカス山を立出でて、天磐船に乗り、天空を翔りて、天教山に下らせ給ふ時、姉の大神は伊都の竹鞆を取佩ばして、弓腹振立て、堅庭に現はれ給ひ、淡雪の如く、土石を蹶散らし、勢猛く弟神に向ひ、高天原を占領するの野心ある事を厳しく詰問されたりける。

物語15-4-22 1922/04 如意宝珠寅 和と戦

イソの館とコーカス山の位置関係

『八島主の命様に申し上げます、只今バラモンの大棟梁鬼雲彦なるもの、鬼掴を先頭に数多の魔軍を引率し、当館を十重二十重に取囲み雨の如くに矢を射かけ、又決死隊と見えて数百の荒武者男、長剣長槍を閃かしドツと許りに攻め寄せました。当館の猛将国武彦は館内の味方を残らず寄せ集め、防戦に力を尽して居りますれど、敵の勢刻々に加はり味方は僅かに二十有余人、敵の大軍は衆を恃んで鬨を作り、一の館、二の館、三の館は最早彼等の占領する処となりました。国武彦は群がる敵に長剣を引き抜き立ち向ひ、縦横無尽に斬りたて薙たて防ぎ戦へども、敵は眼に余る大軍、勝敗の数は歴然たるもの、御主人様、此処に居まし候ては御身の一大事、一時も早く裏門より峰伝ひにビワの湖に逃れ出で、コーカス山に忍ばせ給へ、敵は間近く押し寄せました。サアサ早く御用意あれ』

物語15-4-23 1922/04 如意宝珠寅 八日の月

ここではコウカス山

 高く奇しき楠彦の     広き恵を三人連れ
 神素盞嗚の大神の     留守の館を後にして
 千里の馬に跨がりつ    轡の音も勇ましく
 手綱掻い繰りシトシトと  瑞の御魂の三つの坂
 心の駒も乗る駒も     いと勇ましくシヤンシヤンと
 声も涼しき琵琶の湖    浜辺を指して下り行く
 浪も長閑な海原を     駒諸共に船の中
 浪を分けてぞ進みける   折から吹き来る東南の
 風に真帆をば掲げつつ   船脚早くコウカスの
 山の麓へ紀の港      此処に御船を横たへて
 又もや駒に打ち乗りて   さしもに嶮しき嶮道を
 シヤンコ シヤンコと登りつつ 君の便りも松代姫
 神の御前に平伏して    祈る誠も麻柱の
 神の教の宣伝使      言依別を始めとし
 玉彦厳彦楠彦の      三つの御魂の神司
 此場に漸く現はれて    社の前の常磐木に
 駒を繋ぎて静々と     境内さして進み入り

物語16-1-9 1922/04 如意宝珠卯 法螺の貝

『某は当城より御大将の命令を受け、あまたの木端武者を引き連れ、秋山彦の館に至つてみれば、今三人が申し上げたるとほりの乱痴気騒ぎの真つ最中、人の手柄の後追ふも面白くなしと、股をひろげて朝鮮国へ一足飛に飛び行けば、神素盞嗚の大神の隠れ場所なる慶尚道の壇山に、某が片足を踏みこみ館も何も滅茶苦茶、留守居の神はこれに恐れて雲を霞と逃げ散れば、一歩跨げてウブスナ山脈の斎苑の宮居を足にかけ、コーカス山も蹂躙り、背伸びをすれば、コツンと当たつた額の痛さ、よくよく見れば天に輝く大太陽、これ調法と懐中に無理に捻込み帰つて見れば、夢か現か幻か、合点のゆかぬこの場の光景、木端武者らが寄り合つて吾等が行方を詮議の最中、面白かりける次第なりけり、アハ丶丶丶』


物語20-1-1 1922/05 如意宝珠未 武志の宮

言依別命は、素盞嗚大神の命を奉じ、錦の宮を背景として、自転倒島における三五教の総統権を握り、コーカス山、斎苑の館と相俟つて、天下修斎の神業を宇内に拡張したまふこととなつた。三五教の宣伝使はいふも更なり、ウラナイ教を樹て、瑞の御霊に極力反抗したる高姫、黒姫、松姫は、夢の覚めたるごとく心を翻し、身命を三五教に奉じ、自転倒島をはじめ、海外諸国を跋渉して、神徳を拡充することとなつた。

物語24-1-1 1922/07 如意宝珠亥 粉骨砕身

『バラモン教の幹部をはじめ信者一同と共に、小糸姫の無事安全を祝し奉り、鬼熊別御夫婦の御幸運をお悦びいたします。つきましては私として少し感想を述べたいと思ひます。大勢の中には少し耳障りの方もおありなさるかも知れませぬが、バラモン教の教主兼棟梁としては、やむを得ない立場でございまするから、そこのところは宜しく御諒解を願つておきます。そもそも多士済々たる本教は、開設以来旭日昇天の勢ひでございます。これといふのも全く幹部をはじめ信者一同が、あるにあられぬ困難と戦ひ、あらゆる困苦をなして、忍びに忍びて心魂を鍛へてきた結果と私は信じます。常世の国より渡来して、埃及のイホの都に初めて教を開いた時、コーカス山に根拠をかまへたる三五教のために種々雑多の妨害を受け、一時は孤城落日の破目に陥つたところ、皆様はよく耐へ忍び、やうやくにしてバラモン教は再び以前に勝る隆盛の域に達しました。しかしながら艱難の極度に達した時は、栄えの種を蒔くものです。今日のバラモン教はやや小康を得、日々隆盛に趣くに連れて人心弛緩し、知らず識らずのまに倦怠の心を生じ、今日では最初の熱烈なる忠誠なる皆様の精神はどこへやら喪失し、幹部は自己を守るために高遠達識の士を排除し、阿諛諂侫の徒を重用し、各自競ふて部下を作り、たがひに権力を争ふごとき傾向が仄見えて参りましたのは、本教のために誠に悲しむべき現象と言はねばなりませぬ。現に鬼熊別様の娘子小糸姫様の遭難に対しても、肝腎の幹部は袖手傍観手を下すの術を知らず、実に無誠意、無能力を極端に発揮したではありませぬか、かやうなことで、どうして神聖なる御神業に奉仕することができませう。神に仕へ奉るにあらずして、利己心といふ慾心に奉仕するのだとはいはれても、弁解の辞はありますまい。今日はバラモン教に対して、国家興亡の境でございます。教主として私の申すことが肯定できない方々は御遠慮に及びませぬ。ドシドシと脱会下さつても、少しも痛痒は感じませぬ。いな寧ろ好都合だと確信いたしてをります。本当の大神の御心が分かつた方が一二人あれば沢山です。それを種として立派に教が行はれませう。しかしながら肝腎の幹部たる者、神意を誤解し、利己主義を強持するにおいては、一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂ふ譬へのごとく、総崩れになつてしまふものです。それだから幹部の改心が先づ第一等であります。源濁つて下流澄むといふ道理はございませぬ。どうぞこの際皆さまは申すにおよばず、幹部の地位にある方々から誠心誠意、神業のため寛容の徳を養ひ、清濁併せ呑み、己れを責め人を赦す大人の態度になつていただきたいものです』

物語27-2-7 1922/07 海洋万里寅 猫の恋

 高姫は言依別命の後を追ひ四個の玉を取り返さむと、春彦、常彦の二人を引き率れ、高砂洲に行くこととなつた。杢助は初稚姫、玉治別、五十子姫、亀彦、音彦、黄竜姫、蜈蚣姫その他を率ゐ、波斯の国のウブスナ山脈斎苑の館を指して行くこととなつた。梅子姫はコーカス山に二三の供者を従へ途々宣伝をしながら登らせ給ふ。

物語28-4-21 1922/08 海洋万里卯 喰へぬ女

言依別『吾々両人が何ほど誠を申しても、高姫に限つて信用してくれませぬから、あなた、誠にご苦労をかけますが、高姫をソツとどこかへお招きなつて、高砂洲には決して玉なんか隠してない、自転倒島を探せよ……と云つてもらつた方が、かへつて信用するかも知れませぬ。下らぬことに無駄骨折らすも、可哀さうでたまりませぬから……実のところは、その玉は高姫に探させ、今までの失敗を回復し、天晴れ聖地の神司として恥づかしくないやうにしてやりたいとの、神素盞嗚大神の思召しにより、言依別が持ち逃げしたことにいたし、私は犠牲となつて聖地を離れ、これより高砂洲、常世国を宣伝し、つひにフサの国ウブスナ山脈の斎苑の館に参り、コーカス山にいたる計画でございます。どうぞあなたより、高姫に対して、無駄骨を折らないやうに、よく諭して下さいませぬか』

物語33-3-18 1922/09 海洋万里申 神風清

 また黄金の玉の神業に奉仕したる言依別命は、少名彦名神の神霊と共に斎苑の館を立ち出で、アーメニヤに渡り、エルサレムに現はれ、立派なる宮殿を造り、黄金の玉の威徳と琉の玉の威徳とをもつて、普く神人を教化したまふこととなつた。

物語33-4-21 1922/09 海洋万里申 峯の雲

 高山彦は歌ひ出した。
コーカス山に現はれし    大気津姫の八王と
仕へまつりし千代彦や     万代姫のその中に
生まれし吾は珍の御子     隙間の風にも当てられず
蝶よ花よと育まれ       栄耀栄華に育ちしが
松竹梅の宣伝使        石凝姥や高彦や
その他あまたの神司      コーカス山に現はれて
言霊戦を開きてゆ       老いたる父母は大気津姫の
神の命に従ひて        逃げ行く先はアーメニヤ
館の奥に隠れまし       ウラルの神の御教を
朝な夕なに守りつつ      世人を導き給ひけり

物語33-4-22 1922/09 海洋万里申 高宮姫

コーカス山に現れませる    ウラルの彦やウラル姫
二人の中に生まれたる     われは高宮姫命
神素盞嗚大神の        使ひ玉へる宣伝使
松竹梅を初めとし       石凝姥の東彦
高彦などが現はれて      言霊戦を開きてゆ
母と現れます大気津の     姫命は逸早く
アーメニヤヘと帰りまし   

物語35-1-1 1922/09 海洋万里戌 言の架橋

太古のアーメニヤの状況。

 現在の地理学上のアフリカの大陸は、太古の神代においては、筑紫の洲と言つた。さうしてこの洲は身一つにして面四つあり。火の国、豊の国、筑紫の国、熊襲の国と大山脈をもつて区劃されてゐる。さうして島の過半は大沙漠をもつて形作られてゐる。
 現代の日本国の西海道九州もまた総称して筑紫の島といふ。国祖国常立之尊が大地を修理固成し玉ひし時、アフリカ国の胞衣として造り玉ひし浮島である。また琉球を竜宮といふのも、オーストラリアの竜宮洲の胞衣として造られた。されど大神は少しく思ふところましまして、これを葦舟に流し捨て玉ひ、新たに一身四面の現在日本国なる四国の島を胞衣として作らせ玉ふた。ゆゑに四国は神界にては竜宮の一つ島とも称へられてゐるのである。丹後の沖に浮かべる冠島もまた竜宮島と、神界にては称へられるのである。
 昔の聖地エルサレムの附近、現代の地中海が、大洪水以前にはモウ少しく東方に展開してゐた。さうしてシオン山といふ霊山をもつて地中海を両分し、東を竜宮海といつたのである。今日の地理学上の地名よりみれば、よほど位置が変はつてゐる。神代におけるエルサレムは小亜細亜の土耳古の東方にあり、アーメニヤと南北相対してゐた。
 またヨルダン河はメソポタミヤの西南を流れ、今日の地理学上からはユウフラテス河といふのがそれであつた。新約聖書に表はれたるヨルダン河とは別物である。さうしてヨルダン河の注ぐ死海もまた別物たることはいふまでもない。今日の地理学上の波斯湾が古代の死海であつた。しかしながら世界の大洪水、大震災によつて、海が山となり、山が海となり、あるひは湖水の一部が決潰して入江となつた所も沢山あるから、神代の物語は今日の地図より見れば、多少変つた点があるのは已むを得ぬのである。
 さて三五教の宣伝使黒姫が現代のアフリカ、筑紫の洲の一部、熊襲の国の建日の港へ上陸し、それより建日別命の旧蹟地を探ね、筑紫ケ岳を三人の供人と共に踏み越えて、火の国の都を指して進み行く物語は、前巻において大略述べておいた通りである。

物語39-1-1 1922/10 舎身活躍寅 大黒主

 ハルナの都には公然と大殿堂を建て、時々大教主として出場し、あまたの神司を支配しつつあつた。夜は身辺の安全を守るため、兀山の岩窟に隠れてゐた。この兀山は大雲山と名づけられた。鬼雲彦の大黒主命は、自ら刹帝利の本種と称し、月の国の大元首たるべ
き者と揚言しつつあつた。月の国の七千余ケ国の国王は、風を望むで大黒主に帰順し、媚を呈する状態となつてきた。 神素盞嗚大神の主管したまふコーカス山、ウブスナ山の神館に集まる神司も、この月の国のみは何故かあまり手を染めなかつたのである。それゆゑ大黒主は、無鳥郷の蝙蝠気取りになつて、驕心ますます増長し、今や全力を挙げて、三五教の本拠たる黄金山はいふもさらコーカス山、ウブスナ山の神館をも蹂躙せむと準備を整へつつあつた。しかして西蔵と印度の境なる霊鷲山も、その山つづきなる万寿山も、大黒主の部下に襲撃さるること、しばしばであつた。
 神素盞嗚大神は自転倒島をはじめフサの国、竜宮洲、高砂洲、筑紫洲等は、もはや三五教の御教に大略信従したれども、まだ月の国のみは思ふところありましてか、後廻しになしおかれたのである。
 それ故、大黒主は思ふがままに跋扈跳梁して、勢力を日に月に増殖し、つひに進んで三五教の本拠を突かむとするに立ち至つたのである。
 ここに斎苑の館の八尋殿に、大神は数多の神司を集めて、大黒主調伏の相談会を開始さるることとなつた。日出別神(吾勝命)、八島主神(熊野樟日命)、東野別命(東助)、時置師神(杢助)、玉治別、初稚姫、五十子姫、玉国別(音彦)、幾代姫、照国別(梅彦)、菊子姫、治国別(亀彦)、浅子姫、岩子姫、今子姫、悦子姫、黄竜姫、蜈蚣姫、コーカス山よりは梅子姫、東彦、高彦、北光神、高光彦、玉光彦、国光彦、鷹彦、秋彦らをはじめ、数多の神司が集まつて、鬼雲彦の大黒主神を言向和すべく協議をこらされた結果、梅彦の照国別、音彦の玉国別、亀彦の治国別ならびに黄竜姫、蜈蚣姫が直接に、ハルナの大黒主の館に立ち向かふこととなつたのである。

物語40-1-1 1922/11 舎身活躍卯 大雲山

『今日一同をここに召集したのは、一日も看過すべからざる緊急事件が突発したからである。そもそも吾がバラモン教は常世の国の常世城より、大国別は神命を奉じて埃及に渡り、神徳を四方に輝かし給ふ際、憎き三五教の宣伝使、わが本城を攻撃して、神の聖場を蹂躙し、吾らも衆寡敵せず、大国別の教主と共に、メソポタミヤの顕恩郷に居を転じ、やうやく神業の端緒を開きしをり、執念深き三五教の宣伝使輩は、言霊軍を引率し、神素盞嗚尊の命と称し、短兵急に攻めよせ来たり、内外相応じて、再びバラモンの本城を破壊し去り、吾らはやむを得ず、涙を呑んで親子夫婦の生き別れ、やうやく忠勇義烈なる部下と共に自転倒島に渡り、又もや神業を開始するをりしも、三五教の神司の言霊に破られ、無念やる方なく、ふたたび残党を集めて、この都に来たり、月の国の七千余ケ国の大半を征服し、今や旭日昇天の勢ひとなり、神業を葦原の瑞穂国全体に拡充し、バラモンの威力を示さむと致すをりしも、天の岩戸を閉鎖したるといふ悪神の張本素盞嗚尊、再び部下をかりあつめ、黄金山、コーカス山、イソ館と相俟つて、ふたたびわが本城を覆へさむず計画ありと聞く。今におよんで敵の牙城に迫り、これを殲滅せざれば、バラモン教は風前の燈火のごとし。汝らの忠勇義烈に依頼して、吾はこの災を芟除せむと欲す。左守を始め、一同はわが旨を体し、最善の方法を講究すべし』

物語41-0-1 1922/11 舎身活躍辰 序文

地球上の各国家の建設は、古来におけるある優秀なる人種の首長たるものが、高天原すなはち天教山や地教山、アーメニヤ、埃及、メソポタミヤ、エルサレム、オノコロ島もしくは其の首都などにおいて、その子孫ならびに従属者の中より特に俊逸なるものを選抜して、完全なる遠征的の冒険隊を組織し、以てその国土万物を開発経営したものなることは、神示の『霊界物語』に由つて見るも明白なる事実であります。古典にいはゆる国津神なる民族にも、北種もあり南種もあつて、その数六七種に及んでをります。
 結局、高天原人種すなはち天津神族に全く吸収せられ血化せられて高加索民族なるものが現はれたり、また大和民族なる君民同祖の一血族一家的の団体に成つたのもあります。しかしながら真の太古の神人族その他の関係を知悉するには、たうてい三種や五種の古伝記にては九牛の一毛だも判然するものではない。この物語も亦その通りであつて、なにほど現代の著書より見れば浩瀚なものだと謂つても、その大要さへ表示することは困難であります。

物語41-1-7 1922/11 舎身活躍辰 忍術使

前と同じような説明。

 小亜細亜の神都エルサレムの都に近き黄金山下に埴安彦、埴安姫の神顕現して、三五教を開き給ひしより、八岐の大蛇や醜狐の邪神は、正神界の経綸に極力対抗せむと、常世彦、常世姫の子なるウラル彦、ウラル姫に憑依し、三五教の神柱国治立命に対抗せむと、盤古神王塩長彦を担ぎ上げ、ここにウラル教を開設し、天下を攪乱しつつありしが、三五教の宣伝神の常住不断の舎身的活動に敵し得ず、ウラル山コーカス山アーメニヤを棄てて常世の国に渡り、ロツキー山、常世城等にて、今度は大自在天大国彦および大国別を神柱とし、ふたたびバラモン教を開設して、三五教を殲滅せむと計画し、エジプトに渡り、イホの都において、バラモン教の基礎をやうやく固むるをりしも、またもや三五教の宣伝使に追つ立てられ、メソポタミヤに逃げ行きて、ここに再び基礎を確立し、勢ひやうやく盛んならむとする時、神素盞嗚尊の遣はし給ふ宣伝使太玉命に神退ひに退はれ、当時の大教主兼大棟梁たる鬼雲彦は黒雲に乗じて自転倒島の中心地大江山に本拠を構へ、鬼熊別と共に大飛躍を試みむとする時、またもや三五教の宣伝使の言霊に畏縮して、フサの国を越え、やうやく月の国のハルナの都にバラモンの基礎を固め、鬼雲彦は大黒主と改名して、印度七千余ケ国の刹帝利を大部分味方につけ、その威勢は日月のごとく輝き渡りつつあつた。

物語44-1-2 1922/12 舎身活躍未 月の影

『皆さまに御免を蒙つて治国別が其方と別れし後のアーメニヤの状況を詳しく聞かしてくれないか。さうして其方はどういふ手続きでバラモン教にはいつたのか。その動機を聞かしてもらひたい』
『兄上様が、アーメニヤの神都より宣伝使となつて竜宮の一つ洲へ渡られた後、バラモン教の一派に襲はれ、刹帝利、浄行をはじめ毘舎、首陀の四族は四方に散乱し、目も当てられぬ大惨事が突発しました。大宜津姫様が、コーカス山から敗亡のていで逃げ帰つて来られてから間もない疲弊の瘡の癒えきらないところだから、たちまち神都は防禦力を失ひ、常世の国へウラル彦、ウラル姫様一族はその姿を隠したまひ、諸司百官庶民の住宅は焼き亡ぼされ、ウラル河のほとりに武士の館が少しばかり残されたのみ。離々たる原上の草、累々たる白骨叢に纒はれて、ありし昔の都の俤も見えず、蓮府槐門の貴勝をはじめ毘舎の族に至るまで、ウラル河に身を投じて水屑となつたものも沢山にあり、中には遠国に落ちのび田夫野人の賤しきに身を寄せ、あるひは山奥の片田舎に忍び隠れて、桑門竹扉に佗住居する貴勝の身の果敢なさ。夜の衣は薄くして、暁の霜冷たく、朝餉の煙も絶えて首陽に死する人も少なからず。その中にも私は父母兄弟に生別れ、死別れの憂目に会ひ、広い天下を当所もなく漂流するうちバラモン教の片彦に見出だされ、心ならずも兄様の所在を探るを唯一の目的として今日まで日を送つて参りました。ア丶有難き大神様のお引合せ、コンナうれしいことはござりませぬ』
と袖に涙をしぼる。

物語44-1-7 1922/12 舎身活躍未 山口の森

『ウラルの神のこもりたる   その名も高きアーメニヤ
大気津姫の一族が       コーカス山の神人に
追はれて常世へ逃げしより   バラモン教は虚に乗じ
あまたの兵士引率れて     城の周りに火を放ち
焼き尽したる悲しさに     一人の兄を尋ねむと
暗にまぎれてアーメニヤ    立出で四方の国々を
さまよひゐたる折りもあれ   バラモン教の捕手らに
思はぬ所で見つけられ     危ふき生命を救けられ
隙を窺ひ虎口をば       やうやく逃れて駈け出だし
月の国々巡歴し

物語44-2-13 1922/12 舎身活躍未 山口の別

コーカス山に現はれし    大気津姫の部下となり
八王神の列に入り       時めき給ひし吾が父も
コーカス山を退はれて     落ち行く先はアーメニヤ
ウラルの彦やウラル姫     開き給ひしウラル教
塩長彦の大神を        盤古神王と称へつつ
教を四方に伝へゆく      あまたの司を従へて
時めき渡りゐたりしが     バラモン教の大棟梁
鬼雲彦の部下どもに      打ち亡ぼされ神司
信徒ともに四方八方に     雲を霞と逃げ散りぬ

物語45-4-15 1922/12 舎身活躍申 曲角狸止

この部分は特別な意味があるか。

五三『これについてはずゐぶん面白い秘密があるのだ。いはゆる一輪の秘密だ。常世の国から渡つて来た大変古い斑狐が、白い狐を二匹、古狸を三疋、それから野狐を幾疋ともなく引率して、波斯の国北山村の本山に現はれ、バラモン教にちよつと首を突き出してゐた、精神上に欠陥のあるヒポコンデル患者高姫といふ女に憑依して、この世を紊し、国治立の大神様を看板にして、自分の世界にせうと考へたのが起りだ。そしたところ、この高姫も若い時はずゐぶん情交が好きで、その斑狐サンが思ふやうに肉体を使ふことが出来なかつたものだから、やむを得ず、ネタ熊といふ若い男の体をかり、上谷といふ所で、謀反を企みかけたのだ。そしたところ、変性男子の御霊と、変性女子の御霊が現はれて審神を遊ばしたものだから、斑狐サンたまりかね、部下の狐狸どもを引きつれ、小北の山へ一目散に逃げ帰つてしまつたのだ。さうすると、ネタ熊の肉体は小北山へ来なくなり、二三日逗留するうちに、神罰を蒙つて国替へをしてしまつた。それから今度は斑狐サン、またもや坂熊といふ男の肉体に巣ぐひ、金勝要神の肉宮を手に入れ、変性女子を却け、一芝居やらうと思うたところ、またもや女子の御霊に看破され、ゐたたまらなくなつて、アーメニヤヘ逃げ出だし、ウラル教に沈没してしまつた。そこで今度執念ぶかい斑狐サンは、石高といふ男の肉体に巣をくみ、変性女子の向かふを張り、日出神と名乗つて、三五教を蹂躙せむとしたところ、今度は変性男子、女子に看破され、これまたキツイ神罰で肉体が国替へしたので、今度はミソ久といふ山子男の肉体をかつた、そしてまた女子に大反対をやつてみたが、目的達せず、こいつもアーメニヤの方面へ逃げ失せてしまつた。それからまた種熊の肉体を使ひ、大奮闘をやつて女子をてこづらせ、たうとう此奴も神罰で国替へをしてしまつた。それから今度憑つたのが蠑蠣別さまだ、蠑蠣別には斑狐サンが籠城遊ばし、左右のお脇立の白狐サンは、伴鬼世、角鬼世、味噌勘、石黒彦、坂虫などに眷族をうつして、四方八方から三五教を打ちこわさむと、今や計画の真最中なのだ。しかしながら悪神のすることはいつも尻が結べないから、賽の河原で子供が石をつむ話のやうなものだよ』

物語63-1-2 1923/05 山河草木寅 妙法山

これは余り意味がないかも知れない。

甲『本当に虚偽虚飾の人獣ばかりの世の中だ。真の人間らしいものは、かう考へて見ると一人も世界に無いと言つても好いくらゐだ。文壇の名士カツトデルは、世間に知られた自由思想家だつたが、自分がアーメニヤとかへ旅行したその不在中に、女房のコール夫人にウユルスといふ若い美しい愛人が出来て、しきりに手紙を往復してゐたのをカツトデルが見附けて、その真相を尋ねたところ、コール夫人は平気な顔で、「あなたに対する愛が無くなつたから、日頃の自由思想を実践躬行して愛人の下へ行く心算です」と、ハツキリと答へて済ましこんでゐたので、カツトデル氏も色々と話合つた上、二人の恋愛を許してやつたが、さていよいよコール夫人が家内にをらなくなると、子供のためやその他の事が思はれて、到頭日頃主義とする自由思想を捨て、人道的立場から愛妻コール夫人に反省を求めて、再び戻つてもらふ事を頼んだといふぢやないか。人間ぐらゐ、勝手な奴はあつたものぢやない、アハ丶丶丶』


呉の海と瀬戸の海

物語05-5-33 1922/01 霊主体従辰 暗夜の光明

一行は先を争ふて暗中模索、島にかけ上つた。山頂には一道の光明暗をぬふてサーチライトのごとく、細く長く海面を照らしてゐる。
 この島は地中海の一孤島にして牛島といひ、また神島、炮烙島ととなへられた。現今にてはサルヂニア島といふ。またこの海を一名瀬戸の海といふ。
 かつて黄金水の霊より現はれ出でたる十二個の玉のうち、十個までは邪神竹熊一派のために、反間苦肉の策に乗ぜられ、竜宮城の神々が、その持玉を各自争奪されたるとき、注意ぶかき高杉別は、従者の杉高に命じ、その一個たる瑠璃光色の玉を、ひそかにこの島の頂上なる岩石をうち破り、深くこれを秘蔵せしめ、その上に標示の松を植ゑ、杉高をして固くこれを守らしめつつあつた。

物語07-9-49 1922/02 霊主体従午 乗り直せ

乙『お前らこの竜宮の訳を知つてるか、今こそかうして船に乗つて瀬戸の海から竜宮城まで楽に行けるが、昔は竜宮と瀬戸の海との真中に、それはそれは高い山があつて、その山はシオン山といふてな、何でもえらい玉が出たといふことだ。それが大洪水のあつた時に、地震が揺つてその山が地の底に沈んでしまひ、竜宮と瀬戸の海とが一つになつてしまうたといふことだよ』

物語12-1-1 1922/03 霊主体従亥 正神邪霊

常世彦の後身なるウラル彦は、八岐大蛇の霊に憑依されて、みづから盤古神王といつはりウラル山に立籠り、天が下四方の国を体主霊従の教に帰順せしめむとし、百方心力をつくしつつあれども、ウラル山に接近せる大江山に、鬼武彦あまたの眷族を引きつれて固く守りをれば、さすがの邪神も跋扈跳梁するによしなく、一方、常世姫の後身ウラル姫は大気津姫と現はれて、アーメニアの野に神都を開き、東西相応じて体主霊従の神策をおこなはむと、あまたの魔神を使役して筑紫の洲を蹂躙し、瀬戸の海呉の海を根拠とさだめ、縦横無尽に活躍せむとしたるも、エルサレムの旧都にある橄欖山(一名黄金山)下に、埴安彦神、埴安姫神あらはれ給ひて、天教、地教の両山とともに相呼応し、麻柱の教をもつて清き言霊を詔らせ陰へば、さすがの曲神も進退これきはまり、第二の策源地としてコーカス山に根拠を定めたりしが、またもや三五教の宣伝使のために追ひ払はれ、今はほとんど策のほどこすところなく、アーメニアの都を捨て、八百万の曲神は四方八方に散乱し、筑紫の洲をはじめ高砂洲、常世の洲、豊秋津洲、竜宮洲等に死物ぐるいとなつて、悪逆無道のかぎりをつくすこそ歎てけれ。

物語12-2-16 1922/03 霊主体従亥 国武丸

天に月日の光なく、地に村雲ふさがりて、奇しき神代も呉の海、国武丸に帆をあげて、水夫のあやつる櫂の音は、波に蛇紋を画きつつ、コーカス山の麓を指して進み行く。
 風もなく、油を流したるごとき静かなる淋みのある海面を、船脚おそく波かき分けて、北東さして進む。この海上にただよふこと旬日、数十人の船客は四方山の話にふけりゐるのみ。

甲『この呉の海には大変な竜神さまが、このごろ現はれたといふことだよ。その竜神が現はれた風評の立つた頃から、かうして天地が真暗気になつたぢやないか』
乙『もつたいないことを言ふな。この呉の海は、昔は玉の井の湖といふ水晶の湖水があつて、そこにたくさんの諸善竜神様がお住居をしてござつたのだ。その時代はこのあたりは世界の楽土と言はれた所であつたが、その玉の井の湖を占領せむとして、大自在天の部下なる牛雲別、蟹雲別といふ悪神が攻めよせ来たり、竜神さまと鬼神との戦ひがあつて、その時に玉の井の湖水は天へ舞ひあがり、二つに分れて出来たのがこの呉の海と、琵琶の湖だよ。さういう因縁のあるこの海に、どうして悪神さまが住居をなさるものかい。あんまり人間がわる賢うなつて悪がさかんになつたがために、地上の諸善神はのこらず天へ昇られ、竜神さまはいづれも海の底すなはち竜宮の底へ身をひそめたもうたのだ。この地上には、まことの神様はみんな愛想をつかし見捨てて、あるひは天に昇り、あるひは海の底に入らるるやうになつたものだから、恐いものなしの悪魔が横行濶歩するやうになつたのだよ』

物語12-3-17 1922/03 霊主体従亥 雲の戸開

ウラルの山の山おろし     コーカス山の神風も
一つになりて呉の海 

物語37-1-1 1922/10 舎身活躍子 富士山

また現今の地中海は、この物語において、古代の名を用ゐ、瀬戸の海と称へられてゐる。この瀬戸の海は、アーメニヤの附近まで展開してゐた。しかしながら、これも震災のために、瀬戸の海の東部は陸地となつてしまつたのである。故にこの物語は、地球最初の地理によつて口述するものであるから、今日の地理学の上から見れば、非常に位置または名義が変つてゐることを、予め承知して読んでもらひたいのである。

 

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