出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語NM-4-291925/08入蒙記 端午の日王仁三郎参照文献検索
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第二九章 端午の日

 西北に向つて続けられた行軍は、山を越え谷を渡り高原を横切りつつ進み行く。ふと見れば前方に素晴らしい高山が横たはつてゐる。あの山が馬で越えられやうかなと案じつつ進む間に、何時しかその頂に達してゐるといふやうな緩勾配は、全く大陸の特徴であらう。六月五日になると如何なる都合か、針路は俄かに南方へ転ぜられて居た。方向が違ふぢやないか一体何処へ行くのだ、興安嶺の聖地へ行くのぢやないか、などと日本人側から不審の声が出たが、既に先鋒は遠く進んでゐる事とて、地理不案内の者の自由行動は困難である。四囲の景色は何時しか変つて、眼の届く限り火山爆発の跡らしく、熔岩或は火山灰凝固の中を通り抜けて、その壮観筆紙のよく尽す所でない。岡崎は馬上ながら日出雄に声をかけ、
岡崎『先生、何と大きな火山ぢやありませぬか』
日出雄『さうです実に雄大なものです』
真澄『先生、阿蘇の火山も大規模で、世界一の大火山と地文学者から言はれるだけあつて実際壮観ですが、此処はモ一つ大規模ぢやないでせうか、何か曰くのありさうな所ですな』
日出雄『さうです、これが霊界物語の第一巻にある天保山の一部ですよ、地文学者の足跡が至らないので、まだ世間へ紹介されて居ないのだらう』
真澄『今度の蒙古入には霊界物語中の実現が大分含まれて居ると、腹の中で数へて居ましたが、お蔭でモ一つ判りました』
など語り合ひつつ、草の褥に星蒲団の大陸自由ホテルを目指して行く。
 六月六日陰暦五月五日の正午頃、遠く山屏風を引廻した広大な草野の中に、缶詰やメリケン粉製の餅などくさぐさの食料を口にしながら雑談に耽つて居るのは、云ふまでもなく日出雄の一行である。
 この日五月五日の吉日とて幹部連は記念撮影をなし、各兵団はそれぞれ適当の地位を卜し、団旗の下に集まつて遥に護衛の任務を尽してゐる。
岡崎『なんとこれだけ広い野原に、真中を河が流れてゐるし、草の出来按配から見ても地味が佳さ相だが、立派な水田が出来るやうに思ふね』
守高『私が北海道に居つて開懇に従事した経験から考へても、立派な水田ができます。今日まで旅行した蒙古の中で公爺府以西は素晴らしい沃野が遊んでゐますなア。気候風土の感じから云つても、北海道に出来る物は何でも作れますよ、惜いものですな』
坂本『これだけ私に頂けたらモウ満足です。半分は水田や畑にし、半分は牧場にして好きなナイスと、羊の皮の天幕張の蒙古包で十分だから、一緒に暮して見たいなア』
真澄『坂本さん、ナイスは後から送り届けるとして、先づ君一人此処へ残つて準備に取掛つたらどうです、アハヽヽ』
坂本『アハヽヽヽマア優先権さへ認めて頂けりや結構です』
真澄『実際何等束縛も干渉もないこんな大天地が豊に横はつて、人間さまのお越しを待つてゐるのに、狭苦しい所で啀み合ひしてゐるのは気の毒なものだ。時に曼陀汗さん、この附近に鉱山の良いのはありませぬか、早く趙徹さんに一億円儲けて貰ひたいですからな、アハツハヽ』
曼陀汗『サアよく存じませぬが、外蒙の砂漠の中には水晶洞がチヨイチヨイあります。また中央の火山脈の水源地の樹木鬱蒼たる所にルビーの岩があると聞いてゐますが、まだ私は行つた事はありませぬ』
坂本『外蒙の喇嘛廟には十二三の子供位の大きさの金無垢の仏像があるさうだから、それ一体だけせめて頂戴したいものだなア』
井上『坂本さん、今そんな重い物を貰つたつて運搬に困るよ。それよりも新彊へでも行つて見ろ、砂金の大粒が幾らでも転がつて居るサ』
盧占魁『新彊は世界の宝庫だと私は思ひます。山間の堅い氷のやうな雪を欠いで引起すと、雪の裏に十八金程度の砂金がベツタリくつついて居るやうな所は珍らしくない位です』
日出雄『私の霊界で見てる所では、安爾泰地方から新彊の西蔵境の方面には、砂金と云ふより寧ろ金の岩とも云ふべきほどの物が沢山隠されてゐる。鉱物のみでなく、新彊は神の経綸に枢要な場所で、一般に天恵の豊富な土地なのだ』
真澄『先生、御神諭に示されてる通りですがな。実地を見るまで神を信じない人が多いのだから随分面倒ですなア』
日出雄『だから神様は骨が折れるのだ』
盧占魁『しかし新彊へ入り込むには勝手を知つた者に案内させないと、妙な砂漠がありまして、うつかり踏み込うものなら人馬諸共ズブズブと滅入り込んでしまひます』
真澄『先生、今盧さんの言つた場所は霊界物語第十巻の安爾泰地方の章に説明されてる場所に当るぢやないでせうか』
日出雄『さうらしいなア』
 それからそれへと談話が交換されてる時、猪野軍医長は手に大きな氷塊を掴みながら走つて来た。
『先生、こんな氷を見つけて来ました、地下三尺位までは十分解氷してゐますが、六七尺の所はまだこの通りです。河の縁の地の割れ目に這入り込んで、辛苦して割つて参りました』
 一同猪野軍医の心尽しの氷の破片に渇を癒やし、再び行軍を続けた。青野ケ原の尽くる辺りから見渡す限り一面の花野を進む。福寿草に似た黄色い花や紫雲英に似た花、菖蒲に似た紫など、紅黄白紫各々艶を競うてゐる。

『月光愈世に出でて  精神界の王国は
 東の国に開かれぬ  真理の太陽晃々と
 輝き渡り永遠に  尽きぬ生命の真清水は
 下津岩根にあふれつつ  慈愛の雨は降り注ぐ
 荘厳無比の光明は  世人の身魂を照すべく
 現はれませり人々よ  一日も早く目をさませ
 四方の国より聞え来る  真の神の声を聞け
 霊の清水に渇く人  瑞の御霊にうるほへよ』

と歌ひつつ本部隊より十数町遅れて、この広き花野を吾物顔に馬上豊かに進み行くのは真澄別であつた。坂本は後に引添ひながら『全くですなア』と感嘆の声を漏らしながら近頃内地で流行する唄だとて節面白く唄ひ出した。

『僕も行くから君も行け  狭い日本にや住み飽いた
 波の彼方に支那がある  支那には四億の民が待つ
 昨日は東今日は西  身は浮草のそれの如
 果しなき野に唯一人  月を仰いで草枕
 玉の肌なるこの体  今ぢや鎗創刀傷
 これぞ誠の男ぢやと  ほほ笑む顔に針の髭
 僕には父も母もなく  生れ故郷に家もなし
 幾年馴れし山あれど  別れを惜しむ者もなし
 ただ悼はしの恋人や  幼き頃の友達は
 何処に住むのか今はただ  夢路に姿を偲ぶのみ
 興安嶺の朝風に  剣をかざして俯し見れば
 北満州の大平野  僕の住家にやまだ狭い
 国を出てから十余年  今ぢや蒙古の大馬賊
 亜細亜高根の間より  繰り出す部下が五千人
 駒の蹄も忍ばせつ  月は雲間を抜け出でて
 明日は襲はむ奉天府  ゴビの砂漠を照らすなり』

 花野も尽きて三方山の谷間に着いた頃、空はどんよりと曇り始め、遂に雲は綻びて雨となつた。日は既に傾きかけた上、前途は山また山が重畳と折重なつて見えてゐる。しかしこの雨では野営の夢を結ぶなどは思ひも寄らぬ事である。この時こそはと、日出雄は小高き岩上に登り立ち神言を奏上し初むるや、一天ガラリと晴れ渡り、五日の月西天に玲瓏たる慈光を放ち初めた。茲に日出雄一行も心を安じ、就寝の準備にかかると、如何なる軍議が参謀の間に纏りしか、引続き夜間行軍開始の報告が来たので、一行は呟きながらまた行進し始めると、間もなく再び小雨そぼ降る空となつた。日出雄は『最早吾々の責任でない』と云ひ、真澄別も別に祈願しようとしない、終に豪雨に見舞はれて、全軍山間の岩影に夜を明すの已むを得ざる事となつた。この時張彦三は『先生が折角雨を止めて下さつたのに司令が無断で宿営地を変更したから神罰を受けたのだ』と吐息を漏らして大に歎じた。

(大正一四・八 筆録)



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