出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語NM-2-111925/08入蒙記 安宅の関王仁三郎参照文献検索
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あらすじ
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本文    文字数=10133

第一一章 安宅の関

 自動車破損のため、代用機械の奉天より到着するまで、昌図府の三号店に待つ事とし、午後一時から粗末なる一室を与へられ、炕を焚いて一行四人は横臥し、前途の光明談に耽つてゐた。午後六時過ぎ支那の巡警二名は、宿泊人調査のために出張した。岡崎は日本人、外三人は支那人と云ふ触れ込みで、支那服を纏ふて横臥してゐた。巡警は岡崎に向つて云ふ。
巡警『貴下は日本人と聞きましたが、支那の内地を旅行するには護照が必要ですが、失礼ながら、護照を見せて貰ひませう』
岡崎『僕は張作霖の命令を受けて視察に出て来たのだ。支那の官吏が支那を旅行するのに護照の必要があるか、分らねば証拠を見せてやらう』
と威丈高になり、得意然として自分の鞄から……東三省裕東印刷所技師長を命ず、月俸三百六十元……と云ふ辞令書を振廻はし、その上、前河南督軍軍事顧問岡崎鉄首と云ふ大名刺を振まはし、支那巡警の調査を受ける必要はないと刎ねつけた。巡警は呆気に取られたやうな顔して、日出雄、守高、王元祺を顧み、岡崎に向つて、
巡警『この三人の方は何用あつて、汽車のあるのにも拘らず自動車旅行をされるのですか』
と稍詰問的に出た。岡崎は平然として、『アハヽヽヽ』と他愛なく笑ひながら、
岡崎『そんなことを尋ねて何にする? この方々は南清方面の豪商だ。一遍満州が旅行して見たいから案内してくれぬかと云はれるので、僕が視察を兼ねて、自動車旅行を試みたのだ』
 巡警は三人を熟視しながら、立派な支那服を着けてゐるのに、ヤツと安心したと見え、
『ヤアこれはお邪魔致しました』
と丁寧に挨拶をして帰つて行く。その後で岡崎はまたもや例のメートルを上げ出した。
『アハヽヽヽ先生、私は偉い者でせうがな、佐々木や大倉が何程偉相に吐かしたつて到底こんな放れ業は出来ますまい。こういふ時にはこの名刺が護照の代理をするのですからなア。支那の巡警が何程調べようとしても、先生に一言も言葉をかけささなかつた所は偉い者でせう。エツヘヽヽ』
日出雄『満蒙旅行は君に限るよ。君のおかげで、先づ安宅の関を無事通過することが出来るのだ。感謝しますよ』
岡崎『何と云つても日露戦争以来、支那各地を往来して、支那満州の事情に通じて居るのだから……なア先生、安心なものですよ』
と頻りに得意な面を曝してゐる。だんだんと時が移つて、午後九時頃となつた。三号店の門口に四五人の靴音や、サーベルの音がチヤラついて聞えて来た。……と思ふ刹那、うす汚い板戸を開けて突然日出雄の居間へ這入つて来たのは支那の官兵であつた。一人は軍曹で四名の兵士を従へ、警察署の報告によつて日本人が泊つてゐると云ふことを知り、わざわざ査べに来たのであつた。日出雄と守高は支那服を着けたまま素知らぬ顔して横になり、岡崎と軍曹との応接を聞いてゐた。
軍曹『深夜に御邪魔を致しましたが、貴下は、東三省の高等官だと承はりましたが、支那内地を旅行されるには護照が必要ですが、御携帯になつてゐますか』
 岡崎は例の名刺や辞令を鞄から取り出して見せ、
『アツハヽヽヽ』
と無造作に体をゆすつて笑ひ、
『それ、この通りだ、この度南清地方の富豪なる僕の友人が、一遍満州の自動車旅行がして見たいから案内してくれぬかと言はれるので、何でも奇抜なことをやつて、支那官民を驚かしてやらうと思ひ、自動車を雇ひ、やつて来た所、大体支那の道路はなつてゐないものだから、堅牢な自動車も滅茶苦茶になり、運転不能となつたので奉天から機械が来るまで、こんな汚い木賃ホテルに宿泊してゐるのだ。アハヽヽヽ、要らざる構ひ立てをすると、張作霖に報告するぞ』
と頭から抑へつける。軍曹は極めて慇懃に言葉もやさしく、岡崎に向つて云ふ。
『貴下は東三省の高等官なることはこの辞令書にて判明しました。しかし満州の旅行は馬賊が横行して大変危険ですから、途中においていろいろの障害が起つては日本政府へ対しても済みますまいから、お出になる所まで護衛兵をつけませう』
岡崎『アツハヽヽヽ、イヤ大きに有難う。しかし吾々は日本男子だ。乞食のやうな支那の雇兵の二十人や三十人送つて貰つた所で、何の役にも立ちますまい。御親切は有難いが、お断り申しませう。必要があれば地方の官憲に依頼しますから……』
 軍曹は王元祺に向つていろいろの質問をした。王元祺は性来の支那人だから、何だかピチヤピチヤと得意の支那語で応答してゐた。軍曹は日出雄、守高の両人を怪しげな視線を投げながら、
『夜中驚かせまして済みませぬ』
と慇懃に挨拶を残し帰つて行く。岡崎は益々得意になつて大いに気焔を上げ、肇国会の話や、犬養先生を無性矢鱈に振りまはし、外務省の腰の弱い話などを喋々喃々と喋舌り立て、

『吾眼霞が関の門にかけ国の行末みむとぞ思ふ

アハヽヽヽこれは私の作つた歌です。吾々が支那で何か日本のためになることをやらうと思ふと、弱腰の日本外交官は直ぐに頭を抑へる。それだから、支那開発も満蒙の経営も何時も九分九厘で画餅になつてしまふのだ。今度といふ今度は思ひ切つて満蒙政策の実行をやつつけてみる覚悟です。先生は支那道院の宣伝使なり、私は東三省の高等官だから、日本政府がゴテゴテと干渉する権利はない筈だ。アハヽヽヽ面白い面白い、前途有望だ』
と切りに顔面筋肉を活躍させ、車輪の如く舌を運転させてゐる。そこへまたもや靴やサーベルの音がして来た。
『御免なさい』
と這入つて来たのは昌図府の日本領事館員が巡査を二名引連れて、身許調べに来たのである。
日巡『岡崎鉄首といふ人は貴下ですか』
と軍服姿の岡崎に向つて、怪しげな視線を向け口を切つた。岡崎は例の名刺や辞令を見せつけて、例の大口をあけて『アハヽヽヽ』と笑ひながら、
『モウ夜も更け十二時前でありませぬか、今頃に来られちや実に迷惑です。何の御用ですかなア』
日巡『エー、只今支那の警察から日本人が泊つてゐるといふ報告が来ましたから、一応伺つてみたいと思ひ出張したのです』
岡崎『ヤア、そりや御苦労でした。別に心配して下さるな、私は日本人でゐながら東三省の張作霖の命令で支那内地の視察をなすべく、やつて来たのですから、日本領事館に御心配は決して掛けませぬ』
日巡『この三人の方はどこの人ですか、どうも支那人のやうにありませぬがね』
 岡崎は日出雄を指して、
『この方は奉天平安通水也商会の主人です、商業視察のためにお出でになつたのですよ』
日巡『あゝさうですか、さうすると日本人ですな、何時お発ちになりますか』
岡崎『ハイ、自動車が破損しましたので動きが取れないのです。奉天まで機械を取りにやつたから、使が帰つた上修繕を施し出立する考へです。先づ明日の午後二時頃です。それまではこの木賃ホテルで燻ぼつてゐる考へです。アハヽヽヽ』
日巡『護照はありますか』
岡崎『護照なんか要るものか、東三省の役人が東三省内を旅行するのだからな、アハヽヽヽ』
と笑ひに紛らす。日本巡査は、
『ヤ、御邪魔致しました』
と帰つて行く、日出雄は稍心配相な顔して、
日出雄『岡崎さん、支那の巡警や軍曹に向つて、南清方面の豪商だといひ、日本の官憲に向つては日本人だと云はれましたが、これは屹度領事館で不審を起し、明朝更めて調査に来るかも知れませぬよ。何とか考へねばなりますまい』
 岡崎は頭をかきながら、
『あまり喋舌り過ぎたものだから、拙劣なことをいつてしまつた。ナアニ構ふものか、明日領事館から来よつたら、三寸の舌鋒で吹き飛ばせばよろしい。先生、岡崎に任しておいて下さい、メツタに御迷惑はかけませぬからな。アハアハヽヽヽ』
と小さく笑ふ。
日出雄『ともかく領事館員が来ると面倒だから明早朝一台だけは先へ出発する事としようぢやないか』
岡崎『それなら先生と私は二十支里ほど北の大四家子といふ所まで、先発しませう、守高さまや王君は修繕が出来次第、後から追つかけて来るといふことに定めておきませう』
『それがよろしからう』
と言つたきり、ゴロリ横になり忽ち雷の如き鼾をかいて眠つてしまつた。岡崎も外二人も旅の疲れで前後不覚になつて、夜のホンノリと明くるまで他愛もなく熟睡した。

(大正一四・八 筆録)



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