出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語79-3-191934/07天祥地瑞午 大井の淵王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
大井川
あらすじ
 艶男は、水上山に帰ってから、燕子花をいつくしんだが、燕子花は何故か水辺を好み、大井川の清流をじつと見詰めて浮かない顔をする。艶男が尋ねると「折々は元津姿に立ちかへり わが身体を清めたく思ふ。わが姿君に見らるる苦しさに かくも情なきことを宣りつる。」と答える。そこで、艶男は大井川をせき止めて堰を作らせた。
 ある夜、燕子花は一人で大井川へ行く。艶男は妻の帰り来りが遅いので、密かに川の辺の葦草の中に身をひそめ、妻の挙動を窺う。
 燕子花は真裸となって、水中に飛び込み、首だけを出し、元の太刀膚となって、鱗の間に密生している虫を洗い落していたが、淵が深いのでその姿は、艶男の目には見えなかった。燕子花が気持ち良さそうな歌を謡うので、艶男が姿を現わし問い掛けると、「禊をしている」と答える。艶男は納得して帰る。
 残った燕子花は、やや安心したように、水底を前後左右に駈け巡り、暴れ狂い、太刀膚の尻尾を以て水面をはたきながら、鱗の間に棲息している蛆を一匹も残らず払おうとして、高い水煙を立てていた。その後、水辺に上って、うやうやしく呪文を唱え、全き人体と化して、衣服を纒って、何喰はぬ顔で、夫の館に帰って行った。
名称
艶男 岩ケ根 燕子花 白砂 瀬音 真砂 水音
国津神 竜神
大井川 大井の堰 琴滝 高光山 藤ケ丘 水上山
 
本文    文字数=13074

第一九章 大井の淵〔二〇〇〇〕

 水上山の神館は、艶男の帰り来りしより、忽ち歓楽郷と化し、豊かなる木の実、野菜等を食して、この辺りの国津神等は生活の苦も知らず、天地の恵に浴し、至治泰平の御代を謳歌せり。艶男は燕子花を此上なきものと愛でいつくしみ、朝夕を庭園に出で、睦まじく手を取り逍遥しつつありしが、燕子花は何故か水辺を好み、大井川の清流をじつと見詰めて浮かざるが常なりける。
 艶男は燕子花の様子を怪しみながら、歌もて姫の心を探らむと、声も清しく歌ひける。

『水清きこの川の辺に佇みて
  物思ひげなる君のあやしさ

 汝が面よくよく見ればまなかひに
  赤き涙を浮ばせ給へる

 古里の恋しき故か汀辺に
  立たせる君の面は淋しき

 燕子花咲き匂ひたる汀辺も
  幾度見れば飽くべきものを

 川の辺のわれは遊びに飽きはてぬ
  されども君は恋しげなりけり』

 燕子花は覚束なき声にて歌ふ。

『わが君の言葉畏しわれはただ
  流るる水の恋しかりけり

 日に一度川水の流れ眺めずば
  わが身体は燃えむとするも

 竜神の性を保つか吾身体
  流るる水を慕はしと思ふ

 わが君の御許しあらば衣ぬぎて
  この川中に浸らむものを』

 艶男は答へて歌ふ。

『汝が願いとも易けし村肝の
  心のままに浸らせ給へ

 月も日も流るる大井の川水は
  花の香漂ふ泉なりけり

 川底の真砂も照れり行く水の
  膚を透して日の流るれば

 夕ざれば月の流るる大井川
  居ながらに見るわが身は清しも』

 燕子花は歌ふ。

『素裸となるは恥かし願はくば
  われのみ一人川に入りたし

 御心の花を散らすか知らねども
  夕べの川に一人浴みたし』

 艶男は稍色をなしながら歌ふ。

『心なき事を宣らすよ鴛鴦の
  番はなれぬ契りならずや

 秋風は川の面に吹きつけて
  汀の萩は散らむとぞする

 よしやよし汝の心は離るとも
  われは忘れじ貴のよそほひ』

 燕子花は歌ふ。

『かくまでも思はす君の真心に
  そむく思へば悲しかりけり

 折々は元津姿に立ちかへり
  わが身体を清めたく思ふ

 わが姿君に見らるる苦しさに
  かくも情なきことを宣りつる

 背の君よ広き心に見直して
  妾の願をただに許せよ』

 艶男は歌ふ。

『汝がなやみわれは知らぬにあらねども
  寸時もはなるる事の苦しき

 何故かこの川上に聳え立つ
  藤ケ丘べに煙立ちたつ』

 燕子花は歌ふ。

『君を思ふあつき心の燃え立ちて
  竜神の水火燃ゆるなるらむ

 願はくばこの川水をせきとめて
  水を淀ませ遊ばせ給へ』

 艶男は歌ふ。

『汝が願われ諾ひて明日よりは
  国津神等にせきとめさせむ

 汝おもふ心の深さ淵となれば
  この行く水をせきとめて見む』

 燕子花は歌ふ。

『ありがたし君の真心清らけく
  深きを思ひて涙ぐまるる』

 かく互に歌もて語り合ひながら、月の傾く夕まぐれ、館をさして帰り行く。
 艶男は数多の国津神を呼び集へ、川中に散布せる大岩小岩を集めて、大井川の水をせきとむべく、堰を造らしめた。川は次第に深まり行きて、幾十丈の深き淵とはなりける。
 この堰は大井の堰と名附けられたり。大井の堰をあふれ流るる川水は、滝となりて下流にくだち行く。その壮観さ、恰も天の河原の一直線に地上に向つて落つるが如し。
 四天王の職に仕へたる岩ケ根、真砂、白砂、水音、瀬音の面々は、この滝津瀬の壮観を見むとて、半日の清遊を試みつつ、各自心の丈を歌ふ。
 岩ケ根の歌。

『雄々しくもまた清しけれ大井川
  漲り落つる音の高きも

 水上山麓にかかる高滝の
  あれしは神代ゆ聞かずありけり

 岩ケ根につき固めたる川堰の
  千代に八千代もゆるがずあれかし

 川水は玉と散りつつ高堰を
  輝き落つる雄々しさ清しさ

 音にきく竜宮島の琴滝も
  この滝津瀬には及ばざるらむ

 たうたうと落つる滝津瀬の音清く
  夜は殊更とどろき強し

 高堰を造りし日より水深み
  百の魚族集り来れる

 舟うけてこれの淀みに遊びなば
  心清しくはえましものを

 川底も見えわかぬまで水深み
  流れは緩くなりにけらしな

 この堰の築かれしより水上山
  貴の神苑に川水注ぐも

 庭の面に大魚や小魚は溌溂と
  遊びて千歳を祝ふ春なり』

 真砂は歌ふ。

『水深み堰の音深く川底の
  真砂は見えずなりにけらしな

 大岩を高く畳みて築きたる
  この高堰は見るもさやけし

 日並べて大雨降らば如何にせむと
  思ひわづらふわれなりにけり

 滝津瀬の音は昼夜響かひて
  水上山の神苑にぎはし

 川水は俄かに淵となり行きて
  底ひも見えずなりにけるかも

 竜神の棲むによろしきこの淵は
  一目見るさへ怖ぢ気立つなり

 あをあをと水を湛へしこの淵の
  深き秘密を知るや知らずや

 燕子花姫の命の願事に
  なりし淵瀬と思へば床し』

 白砂は歌ふ。

『大井堰の上手の水は淵なせど
  底の白砂ありありと見ゆ

 白砂の色あをむまで湛へたる
  これの淵瀬の深くもあるかな

 燕子花姫の命の真心は
  この淵瀬より深かりにけむ

 思ふ事一つも成らぬ事のなき
  艶男の君の設計かしこし』

 水音は歌ふ。

『大井堰高くかかりて落ちたぎつ
  水音とみに強く響けり

 水の音高く響きて大井川
  汀の葦もそよぎはげしき

 藤波や山吹の花は水底に
  簾の如くかかれるが見ゆ

 水音を消して鳴きたつ汀辺の
  河鹿の声は高まりにけり

 この淵の汀に河鹿集りて
  ここを清所と鳴きたつるかも

 岩を噛みし水音さへもをさまりて
  水たかまりし大井の淵かな

 日も月も静かに浮ぶ大井ケ淵の
  ながめよろしも花もうつらふ』

 瀬音は歌ふ。

『大井川水もどよみて朝夕に
  響かふ瀬音消えにけるかも

 水浅く清く流れし大井川も
  堰の高さに深まりにけり

 瀬の音はいづらに行きし今はただ
  鴨の羽ばたき聞ゆるのみなる

 水鳥はいより集ひて魚族を
  食まむとするか浮きつ潜りつ

 ともかくも神代にもなきこの川の
  堰のなりしはめでたかりけり』

 各自司神等はこの滝水を賞めそやしながら、たそがるる頃家路を指して帰り行く。
 夕月のかげは銀色の光を放つて、高光山の尾根より昇り給へば、時こそよしと燕子花は、大井の川瀬に遊ばむと、艶男の前に黙礼し、必ず後をつかせたまふまじと、言葉残して出で行きぬ。
 艶男は燕子花の言葉の、如何にしても腑に落ちぬより、そしらぬ顔をよそほひながら、うんと一声うなづき居たりしが、時移れども妻の帰り来らざるに心を焦ち、ひそかに月下の庭園を伝ひて、川の辺の葦草の中に身をひそめ、妻の挙動を窺ひ居たりける。
 燕子花は真裸となりて水中に飛び込み、首のみを出し、元の太刀膚となりて、鱗の間に密生せる虫を洗ひ落しつつありしかども、淵深ければその姿、艶男の目には見えず、ただ頭部のみ月下に輝けり。
 燕子花は久方ぶりに淵水に浴びながら、その爽快さに打たれて知らず知らず歌ふ。

『ああ楽し
 月の浮べるこの淵に
 わが身体を浸し見れば
 日頃なやみし膚の虫も
 真水におそれてはなれちる
 今日ははじめて生きたる心地よ
 浅ましの
 わが身の姿もしやもし
 わが背の君の目に入らば
 妹背の契りは忽ちに
 破れむものと今日までも
 耐へ耐へ苦しさよ
 わが背の君の御情
 これの清淵与へられ
 夕べ夕べをたのもしく
 遊ぶも嬉しわが魂は
 よみがへりつつ歓ぐなり
 これの川淵なかりせば
 わが身の生命は維げまじ
 日に三熱のなやみある
 われには一度の水浴も
 天国浄土の思ひなり
 ああたのもしや清しさや
 この高堰のいつまでも
 破れずあれや永久に
 大井の川の水清く
 流れ流れて永久の
 露の生命を保てかし
 わが背の君のわが姿を
 眺めて恐れ給ひつつ
 縁の糸のきれぬかと
 案じわづらふ年月を
 安けく流す川水の
 いさをは実にもめでたけれ
 ああ惟神主の神の
 恵に生きてわが姿
 幾千代までも背の君の
 御目に触れずあれよかし
 縁は永久に繁げかし
 天津御神国津神
 川底守る水神の
 御前に謹み願ぎ奉る
 御前を謹み願ぎ奉る』

と愉快げに歌ひ居たりける。艶男はこの愉快げなる姫の姿を見ていたく喜び、月清けれど、さすがに夜なれや、水上の優しき面のみ見えければ、竜体に還元せし事は少しも心づかず、葦草を分けて汀辺に立ち出で歌ふ。

『君のかげ気長く待てど帰りまさぬ
  夜を淋しみ迎へ来つるも

 汝が面清き波間に浮び出でて
  真白く見えぬ月の如くに

 水の面に浮べる月は汝が面に
  まがひて清し玉と映えつつ

 新しきこれの淵瀬に浴み給ふ
  君は竜宮を思ひ出さずや』

 燕子花は水の面に白き顔を浮かせたるまま、身体をかくして応への歌をうたふ。

『竜宮の島根はもはや飽きにけり
  花なる君のおはしまさねば

 この清き淵に夜な夜な禊して
  あらたまりゆくわが魂嬉しも

 空見れば月は冴えたり水底見れば
  真砂は白く輝きにけり

 この清き淵瀬に夜な夜な禊して
  生きの生命を楽しむわれなり

 背の君は早や帰りませよ今しばし
  妾は禊すまして帰らむ

 裸身を見らるる事の恥かしさに
  情なき言葉を許させ給へ』

 艶男は妻の言葉に、何の疑ふ色もなく、

『いざさらば早や帰りませわれは今
  汝に先立ち館に帰らむ』

と言ひつつ足ばやに、月下に匂ふ花の径を辿りて帰り行く。後見送りて燕子花は、稍安心したものの如く、忽ち水底を前後左右に駈け巡り、暴れ狂ひ、太刀膚の尻尾を以て水面をはたきながら、鱗の間に棲息せる蛆を一匹も残らず払はむとして、高き水煙を立てゐたりけるが、漸くにして汀辺に這ひ上り、恭しく呪文を唱へ、全き人体と化して白衣を身に纒ひ、下半身は緋の長袴を穿ち、何喰はぬ顔にてしづしづと、夫の館をさして帰り行きぬ。月は皎々として大井の淵の水面を照し、波も静かに滝津瀬の音の高く響くばかりなりける。

(昭和九・七・一九 旧六・八 於関東別院南風閣 白石恵子謹録)



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