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原著名出版年月表題作者その他
物語78-1-51933/12天祥地瑞巳 忍ケ丘王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
忍ケ丘
あらすじ
 朝香比女の神の一行が、際限ない焼野ケ原を進まれると、野原の真中に小さい丘があって、常磐樹の松が数千本、野火の焔にも焼かれず、青々と茂っていた。松の下で一行が休憩していると、どこからともなく悲い声が聞えて来て、国津神の野槌彦以下数十名が現われた。野槌彦の老母は、焔のため、頭部と顔面が焼け爛れていたが、朝香比女の神の数歌で癒される。
名称
朝香比女の神 天晴比女の神 初頭比古の神 起立比古の神 立世比女の神 野槌姫 野槌彦
葦原比女の神 天津神 大蛇 国津神 グロノス ゴロス 主の神 曲津見
天津高宮 天の数歌 忍ケ丘 高日の宮 竜の島 真鶴 真火 御樋代
 
本文    文字数=10673

第五章 忍ケ丘〔一九六一〕

 朝香比女の神の一行は、際限もなき焼野ケ原を馬背に跨り進ませ給ふ折もあれ、野原の真中に小さき丘ありて、常磐樹の松数千本、野火の焔にも焼かれず、青々と茂り居たりける。
 茲に一行は長途の疲れを休めむと、駒を一々常磐樹の幹に繋ぎつつ、際限もなき大野ケ原を国見し給ひける折しも、いづくともなく悲しき声つぎつぎに聞え来るにぞ、朝香比女の神は怪しみに堪へず、四辺を見まはしながら御歌詠ませ給ふ。

『百鳥の声にもあらず駿馬の
  嘶きならず怪しき声すも

 ひそびそと歎き悲しむ声すなり
  国津神等のひそみゐるにや

 放ちたる野火の焔に身を焼かれ
  国津神等の歎く声にや

 国津神これの近処に住みまさば
  とくに出でませよ慰めくれむ

 吾こそは天津高宮ゆ天降りてし
  御樋代神よ心安かれ

 曲神をきため亡ぼし国津神の
  安きを守る吾は神なり』

 かく歌ひたまふや、丘の南側を穿ちて此処を安処と永住し、附近の野辺を拓きて、穀物を植ゑ育てつつ、安き生活を送り来りし数十柱の国津神の男女は、蟻の穴を出づるがごとく、つぎつぎに神言の前に集り来り、恭敬礼拝久しうし、歌もて答へらく、

『吾こそはこの島ケ根に永久に住む
  国津神等の群なりにけり

 朝夕にグロノス、ゴロスの曲神に
  虐げられて穴に住むなり

 神々の御稜威に曲津は逃げしかども
  吾ははそはの母傷つけり

 吾母は煙にまかれかしらべの
  髪ことごとく焼かれてなやめり

 玉の緒の命も如何と思ふまで
  ははそはの母はなやませ給ひぬ

 主の神の恵みによりて吾母の
  なやみを直に癒やさせ給はれ』

 朝香比女の神はこれを聞きて憐れみ給ひ、

『火に焼けて傷つきし汝が母の身を
  ただに癒やさむここに出でませ

 曲津見の伊猛る国土も今日よりは
  安く楽しく栄えゆくべし』

 かく歌ひ給ふや、国津神の野槌彦は、急ぎ土穴にむぐり入り、頭髪の焼け爛れて苦しみ悶ゆる老母を背に負ひ、御前に涙ながらに進み寄り、

『ははそはの母は傷つき給ひけり
  命のほどもはかられぬまでに』

 朝香比女の神は、直ちに数歌を宣り給ひつつ伊吹き給へば、老母の焼け爛れたる頭部顔面は元の如くに見る見るをさまり、頭髪は漆の如く黒々と瞬く間に若き女の如く生ひ立ちにける。
 老母は嬉しさに堪へず、

『不思議なる野火に焼かれてなやみてし
  吾もとのごと安くなりぬる

 天津神の貴の恵みに助けられて
  吾気魂はよみがへりつも

 比女神の恵みは永久に忘れまじ
  天と地との続く限りは』

 野槌彦は感謝の歌をうたふ。

『野槌彦われは久しくこの丘に
  生きて始めて真火を見たりき

 天津神の光と燃ゆるこの真火に
  すべての曲津は亡び失すらむ

 わが母は生言霊の幸はひに
  神魂安けくなりにけらしな

 この恵いつの世にかは忘れむや
  御樋代神の光り仰ぎつ』

 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『国津神の日々の禍除かむと
  大野ケ原に火を放ちつる

 吾放つ真火に焼かれて汝が母の
  なやみし思へばあはれなりけり

 曲津見の禍如何に強くとも
  天の数歌宣りて祓へよ

 一二三四五六七八九十
  百千万と言霊宣らさへ』

 野槌彦は歌ふ。

『有難し天津御神の神宣
  国津神等に伝へて生きむ

 果しなき大野ケ原のただ中に
  永久の住処と定めし丘かも

 この丘に生ふる常磐の松ケ枝に
  鶴の来りて時々休むも

 めでたかる常磐の松を神として
  国津神等は斎きまつりし

 今日よりは昔の手振改めて
  主の大神を斎きまつらむ

 有難き神世となりけり久方の
  高日の宮ゆ神天降りまして

 嬉しさの限りなきかな黒雲の
  御空晴れつつ神は天降れり

 耕しの業を損ふ曲津見も
  焼野ケ原に棲む術なけむ』

 野槌姫は野槌彦のしりへに蹲りつつ、感謝の歌を詠む。

『有難き神の御稜威に照らされて
  母の病はをさまりにけり

 今日よりは神の伝へし数歌を
  朝な夕なに称へ奉らむ

 この丘に永久に住まへる国津神も
  神の御稜威を永久に称へむ

 御諭しの天の数歌日並べて
  宣りあげにつつ曲津を祓はむ

 この丘は忍ケ丘と称ふなり
  曲津の荒びを忍びて住めば

 この島を拓かむとして十年前
  竜の島より渡り来しはや

 竜の島は岩石多く地瘠せて
  醜の曲津の棲処なりける

 曲津見の猛びを避けてこの島に
  移りつまたも曲津に侵されし』

 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『国津神のはや住ますとは知らざりき
  この荒れはてし曲津見の島に

 主の神の貴の経綸の尊さを
  国津神等の住居に見しかな

 御樋代の葦原比女の神司は
  いづくにますか心もとなや

 あまりにも荒れはてにつる島なれば
  御樋代神も黙しゐにけむ

 わが公の功にこれの国津神の
  火傷は忽ちをさまりしはや

 言霊の御稜威畏く数歌の
  光は神を永久に生かせる

 果しなき千里の野辺を渉り来て
  国津神住む丘に着きぬる

 常磐樹の松の青々茂りたる
  忍ケ丘の眺めよろしも

 目路遠く輝くものは池水か
  一鞭馳せて見とどけむと思ふ』

 野槌彦は歌ふ。

『目路はろか白く輝く鏡こそ
  大蛇の棲みし沼なりにけり

 朝夕に大蛇は沼に潜みつつ
  黒き煙を吐きいだすなり

 沼底にひそむ大蛇を諸神の
  御稜威にきため給へと祈るも』

 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『グロノスもゴロスも沼に潜みゐて
  この島ケ根を汚すなるらむ

 黄昏にまた間もあれば一走
  駒に鞭うち吾進まばや』

 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『沼の辺に進まむ道はいや遠し
  明日にせよかし夕べ近ければ

 ともかくも今宵は忍ケ丘に寝ねて
  無限の勇気を養はむかな』

 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『吾公の神言畏みいざさらば
  曲津見の征伐を明日に延ばさむ

 国津神の百のなやみを払ふべく
  進まむ明日のたのもしきかな

 昼月のかげは漸く吾上に
  貴の光を投げさせ給へり

 天津日は波間にかくれ給ふとも
  月の光に夜は明るき』

 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『時じくに黒雲湧きし島ケ根も
  生言霊に清まりしはや

 沼の底に潜める醜の曲神を
  退ひて進まむ明日は聖所へ』

 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『天も地も清く晴れたり今宵はも
  忍ケ丘にあかつき待たむか

 天津日は漸く海に傾きつ
  黄昏の幕迫り来るかも

 大空の月の光を力とし
  荒野の果てに小夜を眠らむ

 国津神数多集へるこの丘に
  駒もろともに夜を守らむ』

 野槌彦は歌ふ。

『五柱の尊き神よ心安く
  わが住む館に休らはせませ

 天降りましし神の姿の尊さに
  国津神等は畏みてをり

 顔を上げて伏し拝むさへ畏しと
  国津神等は俯ぶしにつつ

 今日よりは神の功に照らされて
  国津神たち安く栄えむ

 吾は今これの集ひの司とし
  耕しの業に日々を仕ふる

 穀物これの島根にみちみちて
  国津神等の栄えをたまへ

 今日よりは忍ケ丘の頂に
  神の御舎つかへ奉らむ』

 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『国津神の言葉宜なり主の神の
  貴の御舎ここにつかへよ

 主の神をあした夕なに斎きつつ
  生言霊を朝夕に宣れ

 主の神の御霊を斎きしあかつきは
  百の曲津見もさやらざるべし』

 野槌彦は歌ふ。

『有難し御供の神の神宣
  畏み斎き仕へ奉らむ

 この丘に生ひ茂りたる常磐樹を
  伐り透しつつ御舎つかへむ

 春されば数多の真鶴集ひ来て
  梢に巣ぐひ子を生みてゆくも

 真鶴の巣ぐふ常磐樹を残し置きて
  御柱選りて宮居を造らむ』

 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『百神よ国津神たちいざさらば
  今宵は安く眠りにつかむ

 駿馬は疲れけるにや嘶きて
  松の樹かげに足掻きして居り

 駒よ駒早く休めよ明日はまた
  汝が力を吾は借るべし』

 かく歌ひ給ふや、御供の神も国津神も五頭の駒も、月下の丘に照らされながら、平和の夢を結びける。

(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)



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