出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語74-3-211933/10天祥地瑞丑 玉野清庭王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
玉野森
あらすじ
 天人の五衰あり仏典の示ように、天界の神々にも若境もあり老境もある。玉野比女の神は神生みの神業を勤むるべく、主の神の宣示をうけて、長き年月を待たれていたが、適齢期が過ぎてしまったので、神生みの神事はできなかった。しかし、再び、主の神の宣示があり、一層の大仕事である国土生みの神業を任じられて、玉野山に永久の住所を定めて、時を待っていた。
 顕津男の神がようやく玉野森に着いたので、玉野比女の神は、本津真言の神、待合比古の神の共に出迎えた。顕津男の神は七度禊をして、玉野比女の神に手を曳かれながら、玉の宮の聖殿に向かう。
名称
太元顕津男の神 玉野比女の神 待合比古の神 本津真言の神
主の神 天人
五衰 高地秀の山 玉野森 玉野丘 仏典 真鶴国
 
本文    文字数=7993

第二一章 玉野清庭〔一八八九〕

 天人の五衰ありとは仏典の示す所である。宜なり、神々の永久に住み給ふ天界にも、また栄枯盛衰あり、若境あり老境あり。故に天界の神々は若がへり若がへり甦りつつ、永遠にその若さを保ちて、各も各もの職掌に生き栄え給ふなり。茲に玉野比女の神は神生みの神業を勤むべく、主の神の御宣示をうけて、長き年月を待たせ給ひけるが、可惜その適齢を過ごし給ひたれば、神生みの神事に相応ず、再び主の神の御宣示により、層一層大なる国土生みの神業を任けられ給ひたれば、玉野山の清丘に永久の住所を定め、時を待たせつつありける。
 顕津男の神は漸くにして、玉野森に着かせ給ひければ、永の年月待ち佇び給ひし玉野比女の神は、折から降臨し給ひし主の大神に謹み待りつつ、御許しを得て寸間を窺ひ、丘の麓まで本津真言の神、待合比古の神の二神と共に出迎へ、待ち佗びたる瑞の御霊との初対面を悦び給ひつつ、聖所に導き給ひける。

玉野比女の神『岐美待ちて気永くなりぬ吾は今
  神生みの業に仕へむすべなし

 さりながら主の大神の神言もて
  岐美と生まなむこの国原を

 真鶴の国土はまだ稚し玉野森の
  聖所に立ちて造り固めむか』

 顕津男の神は御歌詠ませ給ふ。

『高地秀の山を立ち出ではろばろと
  我は国土生むと此処に来つるも

 御依さしの神生みの業仕へつる
  今日より公と国土生まむかも

 果しなき稚国原に立ちのぼる
  狭霧深しもほの暗きかも

 主の神の天降りますと聞きて我は今
  神業をへぬを恐れみ思ふ

 ためらひの心に我は年を経て
  神生みの神業に後れけるかも

 主の神の御心うけて凡神の
  言葉に心をかけしを悔ゆるも

 本と末上と下との差別をば
  守りて国土生み神生みは成るを

 主の神の神言畏み凡神の
  囁き外にいざや尽さな』

 玉野比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『何もかも主の大神の御水火より
  現れし御魂ぞ謹しみ仕へむ

 瑞御霊おくれ給ひし神業の
  悔しけれども今は是非なし

 吾は今年老いにけりさりながら
  国土生みの業を難しと思はず

 岐美在さばまだ地稚き真鶴の
  国土も〓怜によみがへるべし』

 本津真言の神は御歌詠ませ給ふ。

『玉野比女に吾は仕へて気永くも
  岐美待ち佗びし本津真言の神よ

 いでませし岐美の姿を拝みて
  尊さあまり涙にくれける

 嬉しさの涙は滝と迸しり
  恵の露と輝きにけり

 百日日はあれども今日の生日こそ
  神国を生ます目出度き日なるよ

 朝夕に主の大神を祈りてし
  功は今日の喜びにあひぬ

 久方の冴えたる月を仰ぎつつ
  岐美の出でまし幾年待ちしよ

 この丘は主の大神の御手づから
  水火を固めて生ませる聖所よ

 未だ稚き国土なりながらこの森に
  千歳の松は繁りあひたり

 想念の天界なれば千年の
  常磐の松も生れ出でにける』

 待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『年月を忍び忍びて岐美待ちし
  吾いつの間にか老いにけらしな

 玉野比女の神の心を押しはかり
  月を仰ぎて涙せしはや

 盈ち虧くる月読のかげ夜な夜なに
  仰ぎて吾は心痛めし

 盈つる日は岐美の幸思ひ虧くる日は
  岐美の御身を思ひなやみし

 待ち待ちて今日のよき日をこの丘に
  迎へし岐美ぞ夢かとぞ思ふ

 主の神の生ませ給へるこの丘に
  鎮まりまして国土造りませ

 玉野比女如何に雄々しくいますとも
  一柱神にてせむすべなからむ

 女男の水火合せ給ひて真鶴の
  稚き国原生かしましませ』

 顕津男の神は御歌詠ませ給ふ。

『主の神の生ませ給へる玉野丘に
  のぼりて我は心栄えぬ

 村肝の心栄えつ生き生きつ
  畏み思ふ主の神の降臨を

 智慧証覚未だ足らねど願くは
  主の大神を仰ぎたく思ふ』

 玉野比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『瑞御霊此処に来ますと主の神は
  先に天降らす今日のかしこさ

 いざさらばこの丘の上の清泉に
  御魂清めて拝みまつらむ』

 比女神はいとも淑かに、玉野丘の広庭の白砂を刻みながら、老松の影に導き給へば、鏡の如き清泉は樹漏陽の影をうつして、広く深く青く輝けるあり。玉野比女の神は、清泉の汀に立ちて、

『主の神の御霊とあれし玉泉の
  水面の光尊からずや

 朝夕にこの真清水に魂線を
  洗ひて吾は年を経にけり

 主の神に見えまつらむ吾にして
  この玉泉のぞまぬ日はなし』

 顕津男の神は御歌詠ませ給ふ。

『畏しや玉野の比女の御言葉
  我諾ひて禊つかへむ』

 折から吹き来る涼風に、玉泉の青き水面は魚鱗の波を湛へ、樹漏陽にあひて金銀色に映えながら、涼味深々として身に迫り来る。顕津男の神は、生けるが如き水面の波のそよぎを見やりつつ、威儀を正して御歌詠ませ給ふ。

『清々しこの真清水は玉野比女の
  清き心と拝みまつるも

 青々と底ひも見えず湛へたる
  深き真水は公の心よ

 澄みきりて底ひもわかず深き水は
  公の雄々しき真心なりけり

 主の神の恵の露かこの水は
  一目見るさへ心よみがへる

 常磐樹の松の繁みに鎖されし
  玉の清水の青くもあるかな

 この水の精より出でし比女神なれば
  その御姿の清しきも宜よ』

 玉野比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『この泉玉野の池と称へられ
  朝夕吾は鏡と拝みぬ

 真鶴の国土をつくると朝夕に
  玉の泉にみそぎせしはや』

 本津真言の神は御歌詠ませ給ふ。

『玉野丘玉の泉に月も日も
  浮びて清しき朝夕なりけり

 百度の禊をなして主の神の
  宮に朝夕御饌奉る吾

 瑞の御霊岐美は七度禊して
  主の大神を拝ませ給へ』

 顕津男の神は御歌詠ませ給ふ。

『有難し本津真言の神言を
  我諾ひて禊につかへむ』

 待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『七度の岐美の禊を待ち合せ
  御供に仕へむ大宮居まで』

 茲に顕津男の神は七度の禊を修し給ひ、玉野比女の神に御手を曳かれながら、本津真言の神を先頭に、待合比古の神を殿に、白砂の庭を蹐しながら、除ろに玉の宮の聖殿をさして進ませ給ふぞ畏けれ。

(昭和八・一〇・二九 旧九・一一 於水明閣 加藤明子謹録)



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