出口王仁三郎 文献検索

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物語72-2-91926/07山河草木亥 欠恋坊王仁三郎参照文献検索
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第九章 欠恋坊〔一八一八〕

 吾が子の行衛は如何にぞと  待ち焦がれたる父親の
 アリスの親爺は両人が  三五教の梅公別
 神の司に送られて  二人ニコニコ帰りしゆ
 狂喜のあまり逆上し  いよいよ病は重りつつ
 頭痛むと言ひながら  財産全部を投げ出して
 奥の間深く隠れけり  ダリヤの姫は驚いて
 恋しき父の病をば  癒さむためにスガ山の
 山王神社に夜密か  忍び忍びに参詣で
 真心籠めて祈りゐる  時しもあれや薄暗を
 ぼかしてヌツと現はれし  白髪異様の物影は
 祠の前に悠々と  近より来たり厳かに
 声を静めて告ぐるやう  
『吾は尊き三五の  瑞の柱と聞こえたる
 神素盞嗚の尊ぞや  汝の家は昔より
 スガの港に隠れなき  百万長者と聞こえたる
 万の民の怨府ぞや  その罪今に報い来て
 汝の母は逸早く  この世の中ゆ身を隠し
 ある山里へ救はれて  細き煙を立てながら
 尼僧生活営みつ  汝が家の冥福を
 祈りゐるこそ憐れなる  しかのみならず汝が父の
 アリスは今や重病に  罹りて生命危篤なり
 この難関を恙なく  切り抜けなむと思ふなら
 吾の教に従ひて  大谷山の谷間に
 神代の昔ゆ降り在す  栄えの神の御前に
 一日も早く詣で見よ  吾は汝の案内して
 人目を忍び夜の道  助け行かなむダリヤ姫
 答いかに』と厳かに  宣ればダリヤは首傾げ
 怪しみながら言葉なく  思案にくれてゐたりしが
 パツと輝く火の光  ハツと驚き眺むれば
 またもや火影はパツと消ゆ  この不思議なる出来事に
 ダリヤの心は動きつつ  心定めて答へらく
『神素盞嗚大神か  山王神社の御化身か
 妾にや少しも分らねど  人間離れのしたお方
 たとへ鬼神であらうとも  かかる妙術ある上は
 如何なる願ひもスクスクに  叶はせ玉ふ事ならむ
 御身の後に従ひて  何処どこまでも参りませう
 導き玉へ』と手を合す  神素盞嗚の大神に
 化けたる妖僧はオーラ山  岩窟の中に立籠り
 善男善女を歎きて  謀反を企みし玄真坊
 偽天帝の化身なる  偽の救主の成れの果
 山子坊主と知られたり  玄真坊は胸の裡
 雀躍りしながら言霊も  いと荘重に宣らすらく
『善哉善哉ダリヤ姫  汝の母は三年前
 この世を已に去りし如  思ひをれども左にあらず
 吾が眷族を遣はして  墓場の土を掘り出し
 甦生らせて山奥に  庵を結び隠しあり
 まづ第一に汝が母に  面会させたその上に
 汝が父の重病を  救はむための吾が仕組
 従ひ来たれ』と言ひながら  暗の山道スタスタと
 ダリヤの姫の手を引いて  人跡稀なる大野原
 怪しき声を絞りつつ  般若心経波羅蜜経
 普門品まで唱へつつ  タラハン城下をさして行く。

 ダリヤ姫は稀代の売僧、オーラ山の悪党玄真坊とは夢にも知らず、吾が家にヨリコ姫、花香の逗留しをる事も忘れてしまひ、死んだと思うた母上は、ある山奥に生きてゐますと聞きしより虚実を調ぶる余裕もなく、この妖僧を神素盞嗚の神の化身と深く信じて、夜陰にまぎれタラハン城下を指して出て来たのである。玄真坊は口から出任せの事を言つて噂に高い薬屋の娘をこの美人をうまく、ちよろまかして自分に靡かせ女房になしおかば、百万長者の財産は二人の兄はあつても、そこは何とか、彼とか文句をつけ、自分が一人のものにせむと色と欲との二道かけ、此処までつり出して来るは来たものの、さて何処へ連れて行かうか……と心の裡に悩んでゐた。
 タラハン川の岸に沿ひたる常磐木の、かなり広い森林がある。この森林は一方は川辺の事とて、千畳敷の岩が並んでゐた。二人はこの岩の上に座を占め、川の流れを眺めながら休息した。
ダリヤ『モシ、大神の化身様、母の居りまする山はどの方面でございますか、一寸お知らせ下さいませ』
玄真『ウンウンヨシヨシ、エー……コーツト……あの峰がエー高満山、それから、その向かふが、エー岸山、川並山、エー、その向かふがタニグク山、ウンあのタニグク山の一寸後ろに、コバルト色に霞んでゐる峰が見えるだらう。あれが大谷山といつて、あの麓に、何でエー、汝のお母さまが居られるのだ。そして、其処に栄えの神様の祠がある。その神様が願ひ事を何でも聞いて下さるのだ。今そこへ案内しやうが、何分道が悪いから、お前も難渋すると思つて、休み休み行くことにしたのだ』
『何とマア高い山でございますこと、まだ彼処までは大分道程がございませうね』
『さうだ、一寸三十里ばかりあるだらう、女の足弱を連れて行くのだから、先づ三日はかかる事と思はねばならぬ』
『アア左様でございますか、たとへ三日が十日ぐらゐかかつてもお母さまに会へたり、お父さまの病気が癒えましたら一寸も厭ひませぬ。どうかお願ひ申します』
『これ、ダリヤさま、お前は俺を本当の神の化身と思つてゐるか、それとも売僧坊主だと思つてゐるか、本当の事を聞かしてもらひたいものだな』
『ハイ、大神様の御化身にしてはチツとばかり……かう申すとすみませぬが、お軽いやうでもあり、俗人にしては凡ての点に秀でてござるなり、山子坊主では到底出来ない妙術を持つてござるなり、とても妾のごとき凡眼では竜の片鱗でも掴むことが出来ませぬ。たとへ山子坊主にしたところで、暗夜に体から光を出したり、四辺を輝かしたりなさる御神徳を持つたお方ゆゑ、お言葉に従つておけばキツと望みを叶へて下さるだらうと信じまして、御案内を願つたのでございます』
『ハハアなるほど、其方はよほどの才媛だ。拙者を神の化身と信じて跟いて来たのならば、一向面白くないが、たとへ山子坊主にもせよ、不思議の術を有つてゐるその点に憧憬して、跟いて来たとあれやますます頼もしい。それぢや一つ何もかも打明けて言ふが、拙僧こそは天帝の化身、天来の救世主、天下一の名僧知識と自称する智謀絶倫の英僧だ、否マハトマの聖雄だ、どうぢやダリヤ姫殿、驚いたであらうなア』
『ホツホホホ、まるつきり、オーラ山の玄真坊見たいなお方ですな』
『オーサ、さうぢや、拙僧こそはオーラの山に年古く住む大天狗の化身、玄真坊でござるぞや』
『ホツホホホ、何とマア、えらい馬力ですこと、大変なメートルが上つてゐますよ。さうすると玄真さま、お前は美人と見れば岩窟へ引張り込んで、否応なしに獣欲を遂げる淫乱上人でせう。母上に会はしてやらうなんて、うまく妾を騙かし、何処の岩窟へ連れ込む算段でせうがなア。もうこれから御免を蒙ります。たとへ烏にこつかせても売僧坊主さまにやこつかせませぬワ。エー、マーマア、人を馬鹿にして下さつた。今時の女に、そんな偽りを喰ふ馬鹿はございませぬよ。口惜しいと思召すなら、目なつと噛んで死になさい、左様なら』
と捨台詞を残し逃げ出さむとした。玄真坊は、ヒユーヒユーと口笛を三四回吹くや否や、七八人の覆面した荒男、森の茂みより現はれ来たり、手とり足とり否応言はさず、玄真坊と共に野中の道をトントンと、タニグク山の方面目がけて担ぎ行く。
 スガの港のアリスの宅では、ダリヤ姫が山王の森に夜中参拝した限り、夜明けになつても帰つて来ないので、門番のアル、エスに命じスガの山の木の間を隈なく捜索せしめたが、いくら探しても、影も形も見えぬのに力を落とし、その日の日の暮ごろ、青い顔して帰つて来た。兄のイルクはこんな事を重病の父に聞かしてはますます病が重るばかりと、召使どもによく言ひ聞かせ、病父のアリスにはダリヤ姫の事は少しも話さないことに口止めをしてしまつた。イルクはヨリコ姫、花香姫の居間を訪ね、
『モシ、ヨリコ姫様、最早お寝みでございますか、夜分遅くお邪魔いたしますが』
と伺へば中より、優しきヨリコ姫の声、
ヨリコ『ハイ、未だ寝んでをりませぬ。さういふ声はイルクさまでございますか、まづまづお這入り下さいませ。妹は宣伝の草臥で已に寝んでをりますが、お構ひなくお這入り下さいませ』
イルク『ハイ、有難う、しからば御免を蒙ります。エー突然ながら、一寸お智慧を貸して貰ひに参りました。といふのは外でもございませぬ、妹のダリヤ姫が昨夜半頃、父の重病を苦にして、スガ山の山王の祠に参拝いたしました限り、今朝になつても帰り来ず、私も非常に心配をいたしまして門番のアル、エスを遣はし、山中隈なく捜索をさせましたが、呼べど叫べど何の音沙汰もなしの礫、日の暮頃力なげに帰つて参りました。もしや悪者にでも拐されたのぢやございますまいかなア』
『ヤ、初めて承り実に驚きました、さぞさぞ御心配でございませう。妾は未だ霊眼が開けてをりませぬので、どうの、かうのといふお指図も出来ませぬが、コレヤ、キツと悪い奴に誑され、何処の山奥へ連れて行かれたのでせう。しかしながら必ず御心配なさいますな、神様のお守護ある以上は滅多の事はありませぬからなア』
『左様でございませうかね、せつかく梅公別の宣伝使様に助けられたと思へば、また悪者に攫はれるとは、よくよく運の悪い妹でございます』
と男泣きに泣く。今までスヤスヤ眠つてゐた花香はフツと目を醒まし、
『アア姉さまですか、いやイルク様、ようお出でなさいませ。貴方のお出ましとも知らずウツカリと寝てしまひまして、エライ失礼いたしました。ダリヤ姫さまの行衛について、御相談してゐられますやうですが、必ず御心配なさいますな。ダリヤ様は屹度二ケ月の後にはお帰りになります。妾はいま夢を見ましたが、あのオーラ山に立籠つてをつた玄真坊に拐され、何処かの山奥へ連れ行かれ、玄真坊は自分の女房にしやうとして、いろいろと骨を折つてをりますが、ダリヤ姫様は決して彼に汚され給ふやうな事なく、立派な人に送られてお帰りになつた夢を見ました』
イル『ヤア、そのお夢はキツと正夢でございませう、六十日といへば長いやうですが直ぐに経ちます。どうか其時まで父が生きてをつてくれればよろしいがな』
ヨリ『一切を神様に任したお父上、たとへ御病気でもお命に別条はございませぬ。お宮の普請が立派に出来上がつた上に、ダリヤ姫さまはお帰り、お父上は御本復といふ事になるでせう。お宮の出来上がりとダリヤさまのお帰りとお父上の御全快と「目出度目出度が三つ重なつて鶴が御門に巣をかける」といふ瑞祥がやがて参りませう。何事も神様にお任せして時節をお待ち下さいませ』
 イルクは、
『ハイ、有難う、夜分にお邪魔致しました、何分よろしうお願ひ申します』
と吾が居室さして帰り行く。

(大正一五・六・三〇 旧五・二一 於天之橋立なかや旅館 北村隆光録)



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