出口王仁三郎 文献検索

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物語72-2-141926/07山河草木亥 新宅入王仁三郎参照文献検索
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第一四章 新宅入〔一八二三〕

 ハルの湖水を渡るをり  にはかに吹き来る暴風に
 高砂丸は沈没し  妖幻坊の杢助は
 高姫背に負ひながら  浪の間にまに漂ひつ
 漸く湖中に浮びたる  竹生ひ茂る太魔の島
 銀杏の浜辺に着きにけり  ここに二人は種々の
 良からぬ事をなし終へて  浜辺の船を奪ひとり
 杢助艪をば操つりつ  もとより慣れぬ海の上
 浪のまにまにくるくると  彼方や此方に流されつ
 終日終夜を水の上  腹を減かして彷徨ひつ
 やうやうスガの港まで  命からがら着きにける
 高姫杢助両人は  湖辺に沿ひし饂飩屋に
 ちよつと立ち寄り減腹を  癒せる折りしも道を往く
 人の噂にスガの山  三五教の大宮が
 千木高知りて新しく  建てられたりと聞くよりも
 食指は大いに動き出し  何とか工夫を廻らして
 その聖場を奪はむと  考へゐるこそ虫の良き
 日も黄昏になりければ  目抜きの場所なる中の町
 タルヤ旅館に乗り込んで  一夜の宿を求めつつ
 二人は此処にやすやすと  甘き睡りにつきにけり。

 高姫、杢助は朝早くから起き出でて宿屋の様子を考へてゐると、見た割合とは広い屋敷で新しい別館が建つてゐる。さうしてその別館は北町の街道に面し、布教や宣伝には極めてよい家構へであつた。妖幻坊は曲輪の術を使ひ、庭先の木の葉を七八枚拾つて来て何かムサムサ文言を唱へると、それが忽ち百円札に変つてしまつた。そつと懐中に秘めおき素知らぬ顔して高姫の前にどつかと坐し、
『オイ、千草の高チヤン、何と此処は良い家構へぢやないか。お前の得意な布教宣伝とやらを此処でやつたら面白からうよ』
高『なるほど、さすがは杢助さまだ。よう気がつきますこと、妾も一つ三五教の奴がスガの山で立派なお宮を建て、大変にえらい勢ひで宣伝してゐるといふ事だから、何だか知らぬ気色が悪くてたまらぬので、直ぐさまスガの山に乗り込んで、神司の面の皮をひん剥き、道場破りをやつてやらうかとも考へましたが、それでは余りあどけない、無理に占領したと町人にでも思はれちや後の信用に関するので、どうしやうかなアと今考へてゐたところですよ。しかし何ほど結構な都合のよい家だといつても、一旦湖にはまつて真裸となり、旅費も何もなくなつてしまつたのだから、家を借りやうもなく仕方がないぢやありませぬか。かうして偉さうに宿屋に泊つてゐるものの、サア御勘定といふ時はどうしやうかと思つて、さう思ひ出すと宿屋の飯も甘く喉を通らないのですもの、今晩は甘く夜抜けをしないと、グヅグヅしてゐると無銭飲食とか何とかいつて、バラモンの役所に引張られますからなア』
妖『ハハハハ御心配御無用だ。そんな事に抜目のある杢助だないよ。一層のこと、あの別館を主人に相談して買取つたらどうだらう』
『買取るといつたつてお金がなけれや仕様がないぢやありませぬか。せめて手附金でもあれば話も出来ますが、昨夜の宿料もないやうなことで、どうしてそんなことが出来ませうか。アアかうなれやお金が欲しいワイ』
『俺もお金が欲しいのだけれど、お札はあつてもお金は些しもないのだから、

 札や手形は沢山あれど
  どうか(銅貨)こうか(硬貨)に苦労する

とか何とかいつてな、硬貨が無けれや矢張り話しても効果がないといふものだ。しかしどうか(銅貨)してあの家を手に入れたいものだな』
『硬貨がなくても紙幣されあれば結構ですが、紙らしいものは鼻紙一つ無いのだもの、仕方がないワ』
 杢助はニツコと笑ひ懐を三つ四つ叩きながら、
『オイ、高チヤン、ここに一寸手を入れて御覧。お前の大好物が目を剥いてゐるよ』
 高姫は訝かりながら矢庭に妖幻坊の懐に右手を挿し込むと、切れるやうな百円札が七八枚手に触つた。アツと驚き尻餅をつき、
『ヤアヤアヤアこれこれ杢チヤン、危ない事をしなさるなや。お前さまは昨夜妾の寝てゐる間を考へて何処かで何々して来たのだらう、ほんたうに怖ろしい人だワ』
妖『ハハハ、さう驚くものぢやない、この杢助は決して泥棒なんかしないよ。曲輪の術をもつて庭先の木の葉を拾ひちよつと紙幣に化かしたのだ』
 高姫は曲輪の術といへば一も二もなく信ずる癖がある。
『マアマア、えらいお方だこと、それでこそ日出神の生宮の夫ですワ。この金さへあれば一つ主人に交渉つて、あの家を手に入れるやうにせうぢやありませぬか。裏にはまた離棟も建つてゐますなり、お前さまがお休みになるには大変都合がよろしいからなア』
妖『ウンさうだ。どうも別棟がないと俺はとつくり休めないからのう、どうだい、お前主人に交渉つてくれないか』
高『ハイ、承知いたしました』
と言ひながらポンポンと手を拍ち鳴らす。しばらくあつて一人の下女、襖をソツと開き淑やかに両手をつき、
『お召しになりましたのは此方でございますか』
高『アアさうだよ、お前は此家の下女と見えるが、下女には用がない、ちよつと御亭主を呼んで来て下さい、さうして序に昨夜の勘定書をね』
 下女は「ハイ畏まりました」と言ひながら、足早に出でて行く。高姫は杢助の懐から出た紙幣を引繰かへし引繰かへし眺めたが、どうしても贋物とは見えぬ。勇気百倍して主人の来たるのを今や遅しと待つてゐると、顔中にみつちやの出来た五十恰好の爺、テカテカ光つた頭をヌツと出し、
『ハイ私は当家の主人でございます、お召しによりまして罷りつん出ました』
高『勘定書は幾らだな』
亭『ハイ、お二人様で一円五十銭頂戴いたします』
高『そんなら、これは茶代と一緒だよ』
と言ひながら百円紙幣を投げ出せば、亭主は驚いて二人の顔を見詰めながら、
『こんな大きなお金を頂戴いたしましても剰銭がございませぬ、どうぞ小かいのでお願ひいたします』
高『イヤ剰銭が無けりやよろしい、一円五十銭は昨夜の宿泊料、九十八円五十銭はお茶代だよ』
亭『宿屋業組合の規則で茶代を廃止してゐる今日、こんな物を頂戴しましては仲間をはねられますから、どうぞお納め下さいませ』
『アア茶代が悪けれや、お土産として上げておかう、それなら好いだらう』
『ハイ、お土産なら幾らでも頂戴いたします。有難うございます。どうぞゆるゆるお宿り下さいませ、どうも不都合でございますがしばらく御辛抱願ひます』
『時に亭主殿、旦那様の思召しだが、あの庭先の向かふに建つてゐる別館は当家の所有物かえ』
『ハイ、左様でございます。漸く建ち上がり畳や襖を入れたところですが未だ誰も入つてをりませぬ、ほんたうに新しい所です』
『お金は幾何でも出すから、あの家を使はしてもらへますまいかな』
『ハイ、毎度御贔屓に預かりまする外ならぬお客様のことですから、お言葉通り、譲りでもお貸しでもいたします』
『同じことなら譲つてもらひたいのだがな、借家は雑作するのにも一々お答へをせにやならないからな』
『一々ご尤もでございます、何ならお譲りいたしませう』
『幾何でわけてくれますか、お金は幾何いつてもかまはぬのですから』
『ちつとお高いか知れませぬが、五百円で願ひたいものです』
『サアそんなら五百円受け取つて下さい。さうしてこの百円は、何かとお世話にならねばならぬから、お心づけとして上げておきませう』
 亭主は実のところ別館は、借家人が首を吊つて死んだため、夜な夜な幽霊が出るとか、化物が出るとか噂が高くなり、家の借り手もなく、家内の者さへも気味悪がつて入らないので持てあましてをつたところ、大枚五百円、しかも即金で買うてやらうといふのだから、棚から牡丹餅でも落ちて来たやうに「ハイハイ」と二つ返事でその場で売渡証を書いてしまつた。これより杢助、高姫はその日の内に別館に引き移り、ウラナイ教の大看板を掲げて、宣伝の準備に取りかかつた。
高『サア杢チヤン、気楽な自分の巣が出来たから、ゆつくり休んで下さい。そして明日からは大いに活動をして大勢の信者を集め、スガの山の三五教に一泡吹かせにやなりませぬぞや』
妖『アアまたしても明日から耳が蛸になるほど第一霊国の天人、日出神の生宮、底津岩根の大ミロク、三千世界の救世主、ヘグレのヘグレのヘグレ武者ヘグレ神社の大神、リントウビテンの大神、木曽義姫の命、ジヨウドウ行成、地上丸、地上姫、耕大臣、定子姫の命、杵築姫、言上姫とか何とかいふやくざ神さまの名を聞くのかと思へば、今から頭が痛むやうだワイ』
『これ杢チヤン、これほど妾が一生懸命になつて神様のお道を開かうとしてゐるのに、何時も何時も妾を嘲弄するのですか。神様の名を聞いて頭が痛いの、目が眩ふのと言ふ人は罰当りですよ』
『さうだから、ウラナイ教はお前様にお任せ申して、この杢兵衛さまは離棟の一室に立籠り上げ股うつて休ましてもらふのだ。宣伝の邪魔をしても済まないからなア』
『お前さまは余り人物が大き過ぎて人民に直接の布教は不適当だから、昼の間は離棟でお休みなさい、そのかはり夜分になつたら御用を仰せつけて上げますからねえ、ほんとに嬉しいでせう、可愛いでせう』
『まるで俺を種馬と間違へてゐるやうだなア。どれどれ山の神様の御機嫌のよい中に離棟に参りませう。サアこれから日出神の生宮、大ミロクさまを売り出しなさい』
と言ひながらドシンドシンと床板をしわらせながら離棟座敷へ大きな図体を運び、中から錠まいを卸し元の怪物と還元し大鼾声をかき寝てしまつた。妖幻坊は人間に化けてゐるのが非常に苦しいので、外から見えない一室を何時も必要としてゐるのである。
 高姫はいよいよ一陽来復春陽到れりと太いお尻を振りながら、大道を声張り上げて宣伝しはじめた。尻は大きいが何といつても千草姫の肉体、どことはなしに気品も高く器量もよし、物さへ言はねば何処の貴夫人か、弁天様の再来かと疑はるるばかりの美貌であつた。高姫の必死の宣伝は忽ち功を奏したと見え、その翌日からはワイワイと老若男女が詰めかけて鮓詰の大繁昌、スガ山の神殿よりも参詣者が幾層倍増へるやうになつて来た。

(大正一五・六・三〇 旧五・二一 於天之橋立なかや旅館 加藤明子録)



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