出口王仁三郎 文献検索

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物語72-1-61926/07山河草木亥 夜鷹姫王仁三郎参照文献検索
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第六章 夜鷹姫〔一八一五〕

 妖幻坊、高姫の二人は太魔の島に繋いであつた小船を失敬し、四五町ばかり湖上を進んだをりしも、矢を射るごとく一艘の小船此方を指して馳せ来たるに出会した。高姫は目敏くもその船を見てハツと胸を轟かせながら、顔色を紅に染めた。妖幻坊はこの体を見るよりやや不審を懐き、
『改めて千草の高姫様、いや女帝様、凄い御腕前にはこの杢助、驚愕いな感激仕りました。帰命頂礼謹請再拝謹請再拝』
高『これはしたり、杢助様、妙な事を仰しやいますね、何をそれほど感激なさつたのですか。他人行儀に改まつて謹請再拝だなんて、よい加減に揶揄つておいて下さいな』

妖『忍ぶれど色に出にけり吾が恋は
  物や思うと人の問ふまで

といふ百人一首の歌を、お前知つてゐるのだらう』
『ヘン、馬鹿にして下さいますな、そんな歌ぐらゐよう知つてゐますよ、それが一体何だとおつしやるのです、怪体の事を言ふぢやありませぬか』
『お前は今彼処へやつて来た一艘の船の若者を見て、顔を紅葉に染めたぢやないか、お前の寝ても醒めても忘れる事の出来ない恋人に相違あるまいがな、さうだから凄いお腕前だと言つたのだ』
『何の事かと思へばまた嫉いてゐるのですか、水の上で妬くのも余り気が利かぬぢやありませぬか。サ、そんな気の利かぬ事を言はないで艪を操つて下さいな』
『艪を操るより実はあの男の艶福家にあやかりたいのだ。トルマン城の王妃の君、千草の高姫さまに思はれた天下唯一の美男子だからなア。俺のやうな虎とも獅子とも訳の分らぬ毛の深い男と一緒に暮すよりも、縮緬のやうな肌をした若い男と同棲した方が、どのくらゐ世の中が楽しいか分らないからのう。いや醜男には生れて来たくないものだ』
『それや何をおつしやいます、よい加減に妾を虐めておいて下さいませ』
『本当に、お前はあの男を知らぬと言ふのか』
『絶対に知らない事は知らないと言ふより外に道はありませぬもの』
『日出神の生宮、底つ岩根の大ミロク様の身魂は、決して嘘は言はないでせうね』
『勿論の事です』
『そんなら此処で一つお前と約束しやう、お前が知つてゐるかゐないか、あの船を追つかけてあの若者に会はして見やう。もし、向かふの方からお前の顔を見て何とか言つたら決して知らぬとは言はさないからな。関係のない男女には言葉を交さないのがこの国の規則だ。またただ一度でも関係したら、内証でも言葉をかけなければならぬ規則だから、どうだ高姫、知らぬと言ふなら調べて見やうか』
『なんとマア嫉妬心の深い執念深い人だこと、もうそんな事は水に流して一時も早うスガの港に行かうぢやありませぬか』
『お前がさう言へば言ふほど私の疑ひが増して来るばかりだ。もしお前に関係があつたとすれやどうしてくれる。サアそれから定めておこう』
『さう疑はれちややり切れませぬから、あなたの御勝手に調べて下さい、さうしたらきつと疑ひが晴れるでせう。妾の身は晴天白日ですからなア』
『よし、おい出た。サアこれからが化けの皮の現はれ時ぢや、高姫さま、確りなさいませや』
『何なとおつしやいませ、その代りあの男と妾と関係が無かつたといふ事が分つたら、どうしてくれますか』
『ハハハどうするもかうするもない、分つたらお前も疑ひが晴れて結構だらうし、俺も嫉妬心がとれて大慶だ。万々一俺の言ふ事が違つたら、今後どんな事でもお前の言ふことに絶対服従を誓つておく。しかし俺が勝つたら、どんな事でもお前は俺の無理難題を聞くだらうなア』
『あも屋の喧嘩で、餅論ですワ』
 「よし面白い」と言ひながら妖幻坊は船首を廻し、一艘の船を目当に追つかけて行く。一艘の船は自分の現在盗つて来た船の繋いであつた場所へと横づけとなつた。妖幻坊は「オーイ オーイ」と熊谷もどきに呼ばはりながら早くも岸辺についた。梅公別は二人の姿をつくづく眺めながら、
『ヤア、誰かと思へば千草の高姫さまでござつたか、その後は打ち絶て御無沙汰いたしました。あなたのお居間でグツスリと寝さしてもらひ、いかい失礼をいたしましたが、ますますお達者でお目出たう、見れば立派なお婿さまをお貰ひなさつたやうですね。私とても万更他人ではありますまい。しかし女といふものはよう気の変るものですね。どうか私の時のやうに、気の変らないやうに、今度の婿さまを大切にして上げて下さいや。かう言うても私は貴女に再縁を迫るやうな事もありませぬから御安心下さいませや。さうしてお二人お揃ひでこの島へ何の御用でお出ですか』
高姫『これはこれは何処の方かは知りませぬが、人違ひをなさるもほどがある。なるほど妾は千草の高姫に間違ひはありませぬが、広い世界には同じ顔をした女もあり、同じ名の女もあるでせう、そんな事を言うてもらうと夫ある妾、大変に迷惑いたします』
梅公『高姫さま呆惚けちやいけませぬよ、人違ひするやうな老眼でもなし、昼夜間断なく夢にまで貴女の姿を見て探してゐる私、どうして間違へる気遣ひがありませうか』
 妖幻坊は面色朱を注ぎ身体一面慄はせながら、高姫と梅公をグツと睨めつけ、
『これや、そこな青二才奴、誰に断わつて俺の大切の女房と何々しやがつたか、サ、その理を聞かせ、返答次第によつては容赦は罷りならぬぞ。これや女帝、いや阿魔奴、夜鷹、辻君、惣嫁、十銭、下等内侍、蓆敷奴が、八尺の男子を今まで馬鹿にしよつたな、サアこの裁きを確りと付けてもらひませうかい』
高『これ杢助さま、辻君だの、十銭だの、蓆敷だの、あまり情けないお言葉ぢやありませぬか、妾こそ全く知らないのですもの。この人は妾の美貌を見て精神が錯乱したのでせう、さうでなければ見ず知らずの妾を見て、こんな事を言ふ道理がありませぬもの』
妖『マアこの青二才はこの島に置いておきや逃げる気遣ひはない、その代りこの借船は預かつておく』
と確りと自分の船尻に縛りつけ、二三町ばかり沖へ漕ぎ出し、
『サア、夜鷹さま、かうなつちや此方のものだ。本当の事を言うてもらひませうかい』
 高姫は進退これ谷まり、隠すにも隠されず虚実取混ぜて覚束なくも白状をする。
高『前斎苑の館の救世主、神素盞嗚尊の三羽烏の御一人、第一霊国の御天人様、曲輪の術に妙を得たる天下無双の英雄豪傑、縦から見ても横から見ても、頭から見ても、尻から見ても、何処に一所穴のない吾が夫様、その御慧眼には遉の千草の高姫も感嘆の舌を捲かざるを得ませぬワ』
妖『何だ、長たらしい俺の名を並べやがつて、機嫌を取らうと思つたつてその手に乗るものか、善言美詞も時と場所によるぞ。阿婆摺れ阿魔奴、そんな追従は聞きたくない。貴様の恋人に間違ひはなからうがな、女なら女らしくあつさりと白状しろ』
高『エエもうかうなれや破れかぶれだ。サア私をどうなとして下さいませ、お前さまに捨てられちや、もはやこの世に生き甲斐もありませぬから、覚悟を決めました。サア、早う殺しなさい』
と糞度胸を据ゑて、もたれかかる。
妖『それほど殺して欲しけれや、敢て遠慮はしない覚悟だが、しかしお前を殺すと忽ち困るのは俺だ。お前の美貌を種に一芝居打たにやならぬからのう』
高『ホホホホホ、それやさうでせうとも、ねえ貴方、どうしてこの可愛い女房に刃が当てられませう。そこが人情の美しいところ、見上げたるお志、ますます好きになつて来ましたワ』
『エエ馬鹿にさらすない、すべた阿女奴。それよりも約束を履行して何でも俺の言ふ事を聞いてもらはうかい』
『ハイ何なりと聞きませう、お前さまが死ねとおつしやつても嫌とは言ひませぬ、(低い声)ことはないけど、マアマア何でも聞きますからおつしやつて下さい』
『そんなら俺に誠意を現はすため、あの男を甘くちよろまかして魔の森へ甘く放り込んでくれ。さうすれや彼奴は蟻や蜘蛛に命を奪られてしまふから、俺もお前に尻を振られる心配もなし、夜の目も楽に寝られるといふものだ。どうだ得心か……黙つて返事をせぬのは嫌と吐すのか』
高『イエイエ、決して決して嫌とは申しませぬ、夫のためになる事なら、どんな事でも命を的に決行して御覧に入れませう、サア早く船をつけて下さい』
 妖幻坊は「お手並み拝見」と言ひながら、梅公別の上陸した地点に引返し見れば、梅公は二人の様子のただならぬに気を揉み、万々一大喧嘩でも湖上でおつ始めよつたら、忽ち湖中に飛び込み二人の危急を救はむと、じつと様子を見てゐたのである。雲突くばかりの妖幻坊は高姫と共に上陸し、
妖『そこにゐる青二才奴、この方の言ふ事をよつく承れ、吾こそは斎苑の館の総務を勤むる時置師の杢助だ。この方は照国別のヘボ宣伝使の草履持ちをいたす木端野郎だらうがな。俺の女房と慇懃を通じたとかいふ話だが、今日は大目に見ておくから、以後は必ず慎んだがよからうぞ』
梅『ヤ、あなたが噂に高き時置師の神、杢助様でございましたか、存ぜぬ事とて偉い失礼をいたしました。高姫さまと私との仲は双方とも一度は恋慕いたしましたが、未だ要領は得てをりませぬ。それゆゑ赤の他人も同様ですから、あまり貴方からお咎めを蒙るわけもございますまい』
妖『ハハハハハ、口は調法なものだのう、ゴテゴテ言ふにや及ばない、お前の良心に問うたら分るだらう。

 人問はば鬼は居ぬとも答ふべし
  心の問はば如何こたへむ

といふ道歌を知つてゐるだらう、俺も男だ、敢て追及はしない。高が青二才の一匹や二匹つかまへてゴテゴテ言ふのは、時置師の沽券にも関するから、寛大の処置を取つて不問に付しておく、有難う思へ』
高『もし梅公別様、時置師の神様はああおつしやつても、決してお前さまを憎むやうな方ぢやないから、悪く思はないやうにして下さい。しかしあたいに恋慕したつて駄目ですから、その点は固く堅く注意しておきますよ。お前さまも宣伝使の卵ださうだから、一つ手柄初めにこの魔の森に落ち込んで苦しんでゐる男女の命を救けておやりなさい。さうすれや杢助さまの怒りもとけ、お前さまの手柄も立つといふもの、どうです。一つ侠気を出して決行する気はありませぬかな』
 梅公別は言霊別の化身で、高姫や妖幻坊の正体を感知しないはずはない。さうして魔の森に高姫に誑かされ、二人の若き男女が蟻に責められ蜘蛛の糸にまかれ苦しんでゐる事は、既にすでに常磐丸の船中において透視してゐるのである。それゆゑに梅公別は両人を救ふべく、小舟を操つて一人此所に上陸したのである。梅公別は早速鎮魂の神業を魔の森に修し、強き神霊を送つてゐたから、蜘蛛も蟻もどうする事も出来ないのを知つてゐた。それゆゑ泰然自若として妖幻坊、高姫の船中の争ひを見物してゐたのである。いま高姫が侠気を出して二人の男女を救へと言つた心の奥底は、梅公別をあの蟻の魔の森に飛び込ましめ、喰ひ殺さしめむと企んでゐる事もよく承知してゐた。それゆゑ梅公別は二つ返事で承諾し、妖幻坊、高姫の目の前で泰然自若魔の森へ飛び込んでしまつた。妖幻坊、高姫は両手を拍つて高笑ひ、竹藪の入口に進みよつて腮を突出し尻を叩き、あらゆる罵詈嘲笑を逞うし「ゆつくりお喰れなれ」と捨台詞を残し、再び船に身を任せ、何処ともなく浮かび行く。
 梅公別は無事に二人を救ひ出し、しばし大銀杏の根下に腰打ちかけ、種々の成行き話を二人より聞き取りながら三人一つの小船に身を任せ、スガの港をさして進み行く。ああ惟神霊幸倍坐世。

(大正一五・六・二九 旧五・二〇 於天之橋立なかや旅館 加藤明子録)



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