出口王仁三郎 文献検索

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物語72-1-51926/07山河草木亥 蛸船王仁三郎参照文献検索
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第五章 蛸船〔一八一四〕

 高砂丸の沈没を見てその危難を救ふべく、照国別一行の乗れる常磐丸は現場に馳せつけ、救ひの綱を投げかけて一人も残らず吾が船に救ひあげてしまつた。一同の乗客は九死に一生を得て、照国別を神のごとく感謝し尊敬し、喜びの声は狭き船中に湧くごとくであつた。
 さしも烈しかりし暴風はピタリと止んで海面にはかに凪ぎ渡り、あたかも畳の上を辷るごとき光景となつて来た。救はれた人々の中には、一旦玄真坊と事を共にせし泥棒の小頭分コブライ、コオロの両人があつた。コブライ、コオロの両人は、自分を救うてくれた船の中に泰然と坐つてゐる玄真坊の姿を見て、船の片隅に頭を鳩め囁きはじめた。
コブライ『オイ、コオロ、どうやら宣伝使の側に神さま然と口をへの字に曲げて坐り込んでゐる男は玄真坊ぢやなからうかのう』
コオロ『俺も最前から、よう似た奴だと思つて考へてゐるのだが、なにぶん尊い宣伝使の側に虱の卵見たいに、しがみついて離れぬものだから、「オイ、どうだ」と声をかけるわけにも行かず、俺の僻目ぢやなからうか、もしも人違ひではないかと控へてゐたが、どうもよく似てゐるやうだ。縦から見ても横から見ても、何処から観察しても熟視しても、調査しても、正真正銘の玄真坊とより思はれないぢやないか。ここで一つ、歌でもよんで、彼奴を此処へつり出す工夫をしやうぢやないか』
『一旦は俺たちに辛い目を見せよつた敵だといつても、俺の命を助けてくれた仲間だから、あつて過ぎた事はモウ忘れやうぢやないか。過越苦労は禁物だと三五教でも教へてるからのう』
『なに、彼奴が玄真坊とすれや、旧悪の露顕を恐れて俺たちを助けるものかい。キツと俺たちア水を呑んで誰に助けてもらつたか夢現で分らなかつたが、彼奴に助けてもらつた気づかひは毛頭なからうよ。もし玄真坊が俺たちと見たならば、助けるふりして水の中へ投り込んだに違ひない。とにかく、俺たち二人は玄真坊にとつては、非常の邪魔物で目の上の瘤だからのう』
『如何にも、そらさうだ。彼奴に助けてもらつたのでないとすれや、何も憚る事はない。ここで一つ、彼奴の旧悪を歌つて宣伝使さまに訴へやうぢやないか』
『そんなら俺が一口言ふから、あとまたお前が一口歌へ、俺が一口お前が一口、交り代りに歌ひさへすれや片見怨みがなくていいだらう。サア始めるぞ』
と言ひながら、少しばかり立膝をして、玄真坊の面を睨みつけながら歌ひはじめた。

コブ『ここは名に負ふハルの海』  
コオ『ヨーイヨーイ ヨイトサヨイトサ』  
『往来の船も沢山に  竿舵干さず続いてる』
『ヨーイヨーイ ヨイトサヨイトサ』  
『高砂丸に乗り込んで  ドテライ時化に出会し
 船は忽ち転覆し  水に流されブクブクと
 すでに土左衛門となりかけた』  
『ヨーイヨーイ ヨイトサヨイトサ』  

『オイ、後はお前の番だ、俺が囃役だ』
『ヨシヨシこれからが正念場だ、シツカリ囃せよ。

 天道は人を殺さない  救ひの船が現はれて
 一人も残らず常磐丸  助けて下さつた有難さ』
『ヨーイヨーイ ヨイトサヨイトサ』  
『中に一つの不思議さは  人並み勝れた大男
 天下無双の貴婦人と  海に飛び込み忽ちに
 虎か獅子かといふやうな  怪体な姿を現はして
 荒波かき別けブクブクと  逃げて行つたのが面白い
 こいつアまたどうしたものだらう  狐狸の化けたのと
 一緒に船に乗りしため  あのやうな時化に会うたのか』
『ヨーイヨーイ ヨイトサヨイトサ』  
『それはどうでもよいとして  肝腎要の生命をば
 助けてもらうた嬉しさに  感謝の歌を歌ひませう
 三五教の宣伝使  照国別とかいふお方
 吾が身の危難を顧みず  伊猛り狂ふ荒波を
 物ともせずに乗りきつて  危ふき人の生命を
 守らせ玉ふは生神か  ただしは神の御化身か
 お礼は言葉に尽されぬ  幾重も感謝し奉る』
『ヨイヨイ ヨイトサヨイトサ』  
『それに一つの不思議さは  オーラの山に立籠り
 世人を欺く星下し  怪体な芸当演じたる
 贋天帝の贋化身  天下唯一の贋救主
 玄真坊のデレ助が  すました顔して乗つてゐる
 こんな汚れた身魂奴が  ハルの湖原渡りなば
 またもや竜神腹立てて  荒風起し浪立てて
 舟を覆すに違ひない  思へば思へば恐ろしや
 悪魔の権化の玄真坊  オーラの山を失敗つて
 谷蟆山に迷ひ込み  スガの港のダリヤ姫
 手ごめにせむと息捲きつ  きつい肱鉄喰はされて
 性懲りもなく附け狙ふ  蛙の面に水とやら
 恥を知らない売僧坊主  タラハン城へと乗り込んで
 左守の司に駄々をこね  無理難題を吹きかけて
 しこまた金を奪ひとり  追手に追はれてドンブリと
 深谷川に身を沈め  一度は幽冥旅行まで
 やつて来よつた曲者よ  またもや娑婆に舞ひ戻り
 吾々二人を誑かし  千草の姫とかいふ奴に
 うつつを抜かし巾着を  しめて殺されたりと聞く
 その糞坊主が泰然と  常磐の丸に坐り込み
 横柄面を下げよつて』  
『ヨイヨイ ヨイトサヨイトサ』  
『すましてけつかる憎らしさ  これこれまうし宣伝使
 怪体な奴が居りまする  其奴は油断がなりませぬ
 女と見たら娘でも  人の女房でもかまはない
 目尻を下げて涎くり  ものに致さなおかぬ奴
 彼奴が船に居るかぎり  この船中の御一同
 懐中用心なさいませ  私も一度は泥棒の
 仲間に這入つた事あれど  改心いたしたその上は
 決して後へは戻らない  これこれこの通り修験者
 蓑笠つけてをりまする  人の門戸に立ちながら
 お経を読んで世を渡る  改心組の吾々は
 決して心配要りませぬ』  
『ヨイヨイ ヨイトサヨイトサ』  
『彼処にけつかる糞坊主  天帝の化身と化け込んで
 人をたばかる大泥棒  重ねて懐中物御用心
 命助けて貰ひました  お礼に宣伝使に玄真坊
 ありし昔の悪行を  根から葉から曝け出し
 謹み訴へ奉る  天地の神も御照覧
 コブライ コオロの申すこと  決して偽りありませぬ
 お礼に気をつけおきまする  ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ』  
『ヨイヨイ ヨイトサヨイトサ』  

 玄真坊はたまりかねてや、ツカツカと座を立つて二人の側に寄り添ひ、言葉も低う丁寧に、
『ヤア、コオロさまに、コブライさま、まづまづ御壮健でお目出たう。イヤモウ、キツウ膏を皆さまの前でとられました。もうこの辺でどうか御勘弁を願いたいものですな』
コブ『ヘン……これくらゐで御勘弁が願いたいものですな……ソラ、ナーン吐かしてけつかる。これや貴様、俺をえらい目に遭はした事は覚えてゐるだらうな。サアこれから貴様の生首を引つこ抜いてチツと不恰好だけど、煙草入の根付にしてやるから、因果腰を定めてをれ。のうコオロ、さうでもせぬと、腹の虫が承知せぬぢやないか』
コオ『ウンそらさうだとも、こんな奴を助けてたまるものか。此奴の所在をどこまでも探し出して、怨みをはらさにやおかぬと、修験者とまでなり下つてをつたのだもの、今日会つたのは優曇華の花咲く春に会つたやうなものだ。サア玄真坊、返答はドドドドどうだい』
と握り拳で胸を三つ四つ打ちながら雄猛びするその可笑しさ。蠑螈が井戸の底から放り上げられて、踊つてゐるやうなスタイルである。
玄真坊『ヤア本当に悪かつた、済まなかつた。しかしながらこれも因縁づくぢやと見直し、聞直し、どうぞ俺の罪を許してくれ。俺もな、スツカリ改心して三五教の宣伝使のお弟子となつたのだから、俺に指一本触えてもヤツパリ宣伝使様に御無礼した事になるのだからのう』
コブ『ヘン、虎の威をかる野良狐奴が、うまく、ぬけやうとしても、玩具の脇差だ、ぬきさしならないぞ。サアこれから荒料理だ。オイ、コオロ、この船中の無聊を慰むるために、チツと古いけれど蛸一匹料理して、皆さまにお目にかけやうぢやないか』
コオ『航路の安全を祈るため竜神さまにこの蛸を料理して、お供へするのも信心の一つだ。またあんな時化がくると叶はないからのう、イツヒヒヒヒ小気味のいい事だワイ』
玄真『オイ、コブライ、コオロの両人、本真剣に俺を料理するつもりか、エー、それなら、それで此方にも一つの覚悟がある。無抵抗主義の三五教に入信した俺だけど、正当防衛は許されてあるから、小泥棒の一匹や二匹、ばらすくらゐ何の手間隙要るものか。サア見事相手になるならなつて見よ』
と団栗眼をむき出し仁王立ちになつて船底に四股を踏鳴らしてゐる。コオロ、コブライの両人は、
『なに、猪口才な、売僧坊主』
と言ふより早く、一人は首つ玉に喰ひつき、一人は足を引つ攫へ、せまい船の中で転けつ輾びつ一場の活劇を演じ出した。
 照国別はこの体を見るより、

『争ひは枉津の神の仕業ぞや
  静かなるこそ神の御心

 憎まれて憎み返すは枉神の
  醜の業なり畏れつつしめ

 よき事と悪しき事柄行き交ひて
  この世の中は開け行くなり』

 コオロ、コブライの二人はこの歌を聞くより、パツと手を放せば玄真坊は鼻汁をすすりながらヤツとのことで起き上がり、

『有難し照国別の師の君の
  生言霊に命拾ひぬ

 コブライやコオロの君に殴られて
  罪消えなむと思へば嬉し』

コオ『吾が命助け玉ひし師の君の
  厳言霊に反くよしなし』

コブ『憎い奴とは思へども宣伝使
  待てとの声に力抜けたり』

照国『争ひの雲も漸く晴れ行きて
  誠のかがみ照るぞ目出たき』

照公『不思議なる神の助けに会ひながら
  なほも争ふ人心かな』

梅公『ただ人の心は広く押し並べて
  今目の前に三人の姿よ

 晴れてまた曇る五月の大空に
  さも似たるかな人の心は』

 梅公別は照国別に少時の暇を乞ひ、救ふべき人ありと言挙げしながら浜辺の町に舟を横たへ、一先づ上陸し、更に小舟を借り受け、湖中に浮ぶ太魔の島を指して艪を操りながら別れ行く。
 常磐丸は順風に帆を上げながらスガの港を指して進み行く。

(大正一五・六・二九 旧五・二〇 於天之橋立なかや別館 北村隆光録)



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