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物語72-1-41926/07山河草木亥 銀杏姫王仁三郎参照文献検索
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第四章 銀杏姫〔一八一三〕

 杢助に化けた妖幻坊および千草の高姫は、高砂丸の破壊沈没に命ばかりは助からむものと、両人とも手早く着衣を脱ぎ棄て、真裸体となつて海中に飛び込んだ際、妖幻坊は全く元の正体を現はし、獅子と虎との混血児たる怖ろしき姿となつてしまつた。高姫も真裸体となつて毛だらけの妖幻坊の首に喰ひつき、浪のままに漂ひながら老木茂れる一つの離れ島に漂着した。
 高姫はホツと一息しながら、
『アアこれ杢助さま、大変な暴風雨に遭ひ、妾はもう命が無くなるかと思つてゐましたのに、お前さまの変身の術でこの荒湖を乗切り、お蔭で命が助かりました。何とマア貴方は偉い隠し芸をもつてゐらつしやるのですねえ』
 妖幻坊は高姫に正体を見附けられ、大変に心を痛め、どう言ひ訳をして胡魔化さうかと思つてゐた矢先、高姫の方から却つて感賞の言葉を受け、心の底から善意に解してゐる事を悟つたので、わざと得意の面をしやくりながら、
『オイ、千草の高姫、俺の魔術は偉いものだらうがな、まさかの時になれば獅子とも虎とも分らぬかういふ怪体な形相に変化するのだもの、天下に怖れるもの一つも無しだ。俺もかういふ美人を女房にしてゐる以上は、一つの不思議な妙術を使つてお前の信用を得ておかないと、いつ東助の野郎に鞍替へせらるるか分らない危険区域に置かれてゐるのだから、お前を助けるためにかういふ醜い肉体に変化して、千草の高姫女帝に忠勤を励んでみたのだよ、アハハハハ』
高姫『アタ憎らしい杢助さまだこと、二つ目には東別だの東助だのと、そんな旧めかしい話は止めてもらひませうかい。東助なんて淡路の洲本で船頭稼ぎをやつてをつた、渋紙面をして色の黒い独活の大木みたよな体見倒しですよ。何一つ離れ業を知つてゐると言ふでもなし、八島の主のお鬚の塵を払ひ、お尻の臭を嗅いで喜んでゐるやうな代物は、たとへ十千万両の金を積んで倒になつて歩いて見せても靡く千草の高姫ぢやありませぬよ。東助なんていふのは勿体ない、彼奴は豆腐の助で結構だ。この高姫の指一本で、潰さうと破うと自由自在ですもの、オホホホホ』
妖幻『これ高チヤン、ずゐぶん法螺を吹くぢやないか、斎苑の館で東助に肱鉄砲を打ち出され脆くも敗北し、泣く泣く河鹿峠を渡つて祠の森に逃げ込み、世を果無むで燻ぼつてゐたぢやないか、ちつと頬桁が過ぎるぞや』
『頬下駄を履くのは呆助くらゐが適当ですよ。いや朴下駄でも東助なら過ぎてゐる、この千草の高姫はトルマン国の女帝だから、桐の下駄か伽羅の下駄が性に合つてゐるのですよ。ヘン、朴下駄が過ぎるなんて余り人を軽蔑してもらひますまいかい』
『オイオイ高チヤン、さう履き違ひをしてもらつてはいささか迷惑だ。話が脱線してしまつたよ、ほうげたが過ぎるといつたのはお前の口が過ぎると言つたのだ』
『ヘン、口が過ぎるなんて馬鹿にしなさるな、妾だつて口すぎくらゐは立派にいたしますよ、男の一匹や二匹くらゐ遊ばして養つてやりますワ』
『アハハハハ、ますます分らぬぢやないか』
『ますます分らぬの、別れぬのと、それや何を言ふのですか、お前さまはこの高姫に別れやうと思つてゐらつしやるのでせう。盛装を凝らし髪を立派に結つて、お白粉でもつけてゐた姿を見て、お前さまは岡惚れをやつてゐたのだらう。かう難船して保護色の衣類は浪に攫はれ、髪はサンバラに乱れ、要塞地帯が丸出しになつた姿を見て愛想が尽きたのでせう。ヘン、これでも、

 (都々逸)お前嫌でもまた好く人が
  無けれや妾の身が立たぬ

といふ俗謡の通り、男のすたり物はあつても女のすたり物は三千世界どこを探しても滅多にありませぬぞや。ヘン、嫌なら嫌ときつぱりと言つて下さい、此方にも考へがありますからな』
『アアますます困つた事を言ふぢやないか、ハハー分つた! 読めた! この杢助が妖術を使ひ過ぎ、こんな姿に化けた姿が女帝のお目に留り、秋風が吹いたのだな、よし、それならそれでこの方にも考へる余地は十分にあるはずだ』
『またしても、お前さまは妾を術無がらすのかいなア、エエ腹の悪い人だこと。そしてあの曲輪の玉はどうなさいましたか、よもや湖に落としはなされますまいなア』
『ウン、それや心配すな、湖に飛び込む際腹の中へ呑み込んでおいたから大丈夫だ』
『マアマア呑み込んだのですか、ヘーン、なぜ妾に呑まして下さらないの、本当に貴方は水臭いお方だワ』
『お前に呑ましたいは山々だが、咄嗟の場合、そんな余裕があつて堪らうかい、失礼ながら杢助の高天原にチヤンと納めておいたから、何時かまた吐き出す時があるであらう、さう心配はするに及ばないよ』
『なるほど、抜目のない杢助さまだこと、それでこそ高姫が最愛の夫、末代までの旦那様だワ。しかし杢助さま、この島に着くは着いたが、かう裸では道中も出来ないし、曲輪の法でも使つて立派な着物を一枚拵へて下さるわけにはゆきますまいかなア。貴方だつてさう毛だらけの変化姿では人中へも出られますまい』
『なるほど、お前の言ふ通りだ、俺の聞く通りだ。雨蛙が木に止まつて鳴く通りだ、書き出しは右の通りだ。俺もこの通りだ、両手を土について正に高姫の君に謝り参らする通りだ。アハハハハ』
『これ杢チヤン、笑うてゐる場合ぢやありませぬよ。何ほど春ぢやといつてもかう寒くつては、やりきれないぢやありませぬか、何とか工夫がございますまいかなア』
『ヤア、此処に船が一艘繋いである。これから考へると、誰かこの島に上陸してゐる人間がある筈だ。一つ其奴の皮を剥いて、お前と俺とが身に纒ふ事とせうではないか』
『全然り追剥のやうな事をするのですか、それでは時置師の宣伝使とは言はれますまい。妾だつて何ほど寒くつても泥棒した衣類を身に纒ふことは嫌です。そんな事をすれや日出神の神格がさつぱり地に落ちてしまひますワ』
『てもさても馬鹿正直な女帝様だなア。昔から譬にも背に腹は替へられぬといふぢやないか。大善をなさむとすれば、小悪は時と場合により止むを得ないだらうよ。アア寒い寒い、かう俄かに強い風が吹いて来ては、俺も耐らない。どこかに好い竹藪でもあれば、すつこんで風を避けたいものだ』
と言ひながら、「高姫続け」と一声残し、篠竹のシヨボシヨボと生えてゐる竹藪の中に身を隠してしまつた。その実やうやくに顔だけ人間らしく化けてゐるものの、身に一片の布片も纒つてゐないので苦しくつて耐らず、顔までが元の妖怪に還元しさうなので、そんなエグイ面を見せては、さすがの高姫も愛想をつかすだらうと思ひ、この竹藪に飛び込み第二の変化術を施すためであつた。
 この藪は百坪ばかりの面積があつて、その中へ入るや否やたちまち白胡麻のやうな蟻の群が数知れず登りつき、いかなる人間といへども身体中を噛み破り、たちまち身体は腫れ上り痛痒うてたまらない。さうこうしてゐる中に、足の一尺もある怪しい蜘蛛が幾万ともなくやつて来て尻から粘着性の強い糸を出し、身体をぎりぎり巻きにして仕舞ふといふ怖ろしい魔の森である。それとも知らず妖幻坊が飛び込んだのだから耐らない。荒くたい毛の間に幾万とも知れない蟻が噛みつく痛さ、さすがの妖幻坊も悲鳴をあげて虎の唸るやうな呻吟声で高姫の救ひを求めてゐる。高姫はその声を聞きつけて藪の傍に立ち寄り中を覗いて見れば、妖幻坊は蟻に責められ七転八倒の苦しみの真最中であつた。高姫は気も転倒せむばかり打ち驚きながら竹藪の後ろの方に廻つて見ると、一寸小高い塚が在つて、その上に周囲三丈もある大銀杏が天を摩して立つてゐる。銀杏の根本には小さい祠が立つてゐて、若い男女が何事かすすり泣きしながら祈つてゐた。抜目のない高姫は、早くも男女二人の着衣を失敬して東助の難を救ひ自分も着用せむものと、銀杏の木の後ろに隠れて両人の話を聞いてゐた。
女『もしフクエさま、どう致しませう。何ほど貴方と妾と恋におちて悩んでゐましても、強欲な継母が、あなたとの恋を許してくれないのですもの。スガの港の呉服屋へ嫁に行けと、煙管で畳を叩いての日夜の折檻、生の両親は既にこの世を去り、継母の手に育てられた妾、その恩義を思へばどうして恋しい貴方と、天下晴れて添ふ事が出来ませう。また妾の家はスガの呉服屋さまに大変な借金があり、それを返さなけれやなりませず、返す金はなし、母も大変に心配いたしてをります。もし妾の縁談を断わりでもせうものなら、恋しきスガの里に住む事は出来ませぬ。だと言つて貴方を思ひ切る事はどうしても出来ませぬ。何とかこの銀杏の神様の御利益によつて円満な解決をつけてもらひたいものでございます』
とまたもやすすり泣く。
フクエ『オイ岸子、さう悲観したものぢやない。この神様は女神様だといふ事だから、きつとお前に同情して下さるに相違ない。私ぢやとて未だ主人持ちの身の上、どうする事も出来ぬみじめな有様だが、お前と別れるくらゐなら、一層ハルの湖へ身を投げて死んだが増しだよ』
岸子『この神様に一切の衣服をお供へすれば、屹度願ひを叶へて下さると言ふぢやありませぬか、上衣だけなりとお供へして帰りませうか』
フクエ『なるほど、上衣の一枚ぐらゐお供へしたつて別に苦しくはない』
 かく話す折りしも、銀杏の木蔭より、優しき女の声、
『妾こそは、銀杏姫の命でござるぞや、今より千五百年の昔、恋男に逢はむため盥の船に乗つて、この離れ島に夜な夜な通ひ、折柄の暴風雨に遇ひ、惜しき命を湖の藻屑となし、その精霊凝つて茲に裸姫となり、名も銀杏ケ姫の命と改め、衣類一切を吾に献ずるものには、如何なる恋も叶へ得させむ、縁結びの守護神であるぞや。そち達両人の恋はこの千草オツトドツコイ銀杏姫の命が請合うて叶へてやらうほどに、衣類一切を此処に脱ぎ捨て、その上この魔の藪に飛び込んで、悩める一つの生物を真裸のまま救ひ出せよ。さすれば其方の願望は必ず必ず今日只今より叶へて遣はすぞや、夢々疑ふ勿れ、夢々疑ふ勿れ』
といふ声は千草の高姫である。二人の男女は実の神の言葉と信じ、両人一度に惜気もなく、下着まで残らず脱ぎ捨て銀杏姫の命に奉り、神勅のごとく魔の藪に飛び込んで、白蟻に悩み苦しめる妖幻坊をやつとの事で引き出してしまつた。不思議にも白蟻は藪の外一歩出づるや否や、一匹も残らず、身体より落ちて藪中に逸早く姿を隠してしまつた。二人の男女は甘々と高姫の計略にかかり真裸にせられ、その上妖幻坊を救ふべく藪中に飛び込んだため、身体一面白蟻に集られ身動きならず、七転八倒の苦しみをしてゐる。
高姫『ホホホホホ、オイそこな若い二人の呆け共、こなさまは銀杏姫の命でも何でもないんだよ。よつく耳を浚へて聞いておきや、ウラナイ教の大教主千草の高姫さまだよ。二人が真裸で白蟻に噛み殺されるのも前世の因縁だ。その代り潔く蟻どもに喰つてもらつて死になさい、きつと最奥第一の天国に、この贋の銀杏姫に衣類を献じた徳によつて救ひ上げてやらぬ事もないぞや、……これ杢チヤン、何を呆けてゐるのぢや、確りなさらぬかいな』
妖幻『ヤア高姫、よう助けてくれた。思はず知らず魔の森に飛び込んで一つよりない命を棒に振るところだつた。お前の縦横無尽の智略によつてこの杢助も一命が助かつたやうなものだ。いや感謝するよ』
『ホホホホホ、これ杢チヤン、曲輪の玉の神力はどうなつたのですか、まさか白蟻の奴に奪られたのぢやありますまいなア。神変不思議の妙術を使ふお前さまが、蟻なんかにしてやられるとは、ちつと均衡が取れぬぢやありませぬか』
『甘いものには蟻が集る、辛い奴には蟻が集らぬと言ふぢやないか。とにかく俺は人間としては最上等だ、さうして女に甘いだらう。血液も人一倍甘いなり、何分身魂が勝れて良いものだから蟻の奴、有難がつて吸いついたら離れぬのだよ。お前だつて俺に吸ひついたら容易に放してくれまいがな』
『なるほど、道理を聞けばご尤も千万、うつかり杢チヤンは、これから蟻のゐる所へは行つて貰はないやうにせねばなりませぬワ。妾だつて、きつと蟻につかれる体に違ひありませぬからなア』
『それやさうかも知れぬ、いつも喋々喃々と甘い囁きを聞かしてくれるからなア。しかし俺を救けてくれた二人の男女は可哀さうだから助けてやらうぢやないか。何というても俺の命の親だからのう』
『杢チヤン、それや何を言ふのですか、お前さまの正体を見附けられた以上、こんな者を置いては後日の妨げになるぢやありませぬか。あの通り蟻に喰はしておけば別に人殺しの罪にもならず、蟻は喜んで腹を膨らすなり、蟻のためには吾々は救世主ですよ。蟻だつて人間だつて同じ事ですよ、たつた人間二人の命の代りに数百万の蟻の命を救へば、幾ら功徳になるか知れませぬよ。そんな宋襄の仁はおよしなさい。折角喜んでゐた蟻が困りますよ。サアサア二人の衣類も胡魔化して剥いたから、貴方は男の方をお着けなさい。妾は嫌だけれど阿魔女の方を暫時着てやりますワ、何と知恵ほど世に尊いものがあらうか、杢助さま、千草の高姫の器量はちと分りましたか』
『烏賊にも、蟹にも蛸にも足は四人前だ、ヤア感心々々、お前の腕前には時置師の杢助も恐れ入谷の鬼子母神だ。呆れ蛙の面に水だ、ウフフフフ』
フクエ『もしもし私を助けて下さいな、あまり殺生ぢやございませぬか』
 高姫腮をしやくりながら、
『ヘン頓馬野郎奴。それや何を言ふのだ。最前あれだけ丁寧に引導を渡しておいたぢやないか、マア悠りと其処に両人が寝て喰れてゐたらよからう、有難うと感謝しなさい、お前の体はたちまち蟻ケ塔になるぞや、朝から晩まで働いても働いても喰へぬ世の中に、寝とつて喰れるとは幸福な人間だ、オホホホホ』
と憎らしげに腮を突き出し、尻を三つ四つ叩いて一目散に杢助と共に船着場に馳せ帰り、二人の繋いでおいた小船に身を任せ、浪なぎ渡る春の湖面を鼻歌うたひながら甘き囁きをつづけて何処ともなく漕いで行く。

(大正一五・六・二九 旧五・二〇 於天之橋立なかや旅館 加藤明子録)



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