出口王仁三郎 文献検索

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物語71-3-191926/02山河草木戌 角兵衛獅子王仁三郎参照文献検索
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第一九章 角兵衛獅子〔一八〇八〕

 入江の里の浜屋旅館の奥の間には例の玄真坊、千草の高姫の二人がなす事もなく、意茶意茶言ひながら十日ばかり逗留してゐる。
千草『モシ玄真さま、この宿へ泊つてから今日で十日ばかりにもなりますが、あまり退屈で仕方がないぢやありませぬか。ハルの湖で有名な日高山はモウ見えなくなりましたし、真帆片帆の行き交ひも昔とは余ほど淋しくなつたやうです。何とか一つ歌でも詠んで楽しまうぢやありませぬか』
玄真『別に無聊に苦しまなくても、お前と俺と二人居りさへすれば、どんな快楽でも出来るのだが、お客様だとか、お月様だとか文句をいつて応じないものだから、元いらずの快楽を棒に振つて自分が自分で苦しんでゐるのだ。俺やモウ、オチコがコテノでやりきれないワ』
『ホホホホホホ、何とした、玄真さまは粋な方だらう、本当に恨めしいのはお客さまだワ。お客さまさへなけりや、玄真さまの御機嫌を十分に取れるのだけれどなア』
『一体、お月さまといふものは永くて一週間早くて三日ぐらゐなものだと聞いてゐるに、お前はモウ十日にもなるぢやないか、チとをかしい容態だなア』
『そらさうですとも、第一霊国の天人ですもの。当然の人間なら月に七日の穢れですみますが、妾は一年中のを一遍に片付けるものですから、十二ケ月分合せて八十四日間月経があるのですもの』
『さう永らくの間、俺も待ち切れないワ。どうだ、一つ思ひ切つて奸淫をやらうでないか、いはゆるそれが月経奸だ、アアーン』
『ホホホホホ、助平野郎だこと。竜女を犯してさへも七生浮かばれないといふのに、まして天人の月経奸を冒すやうな馬鹿な人が世間に在りますか、七生八生はおろか、百万生まで罰をうけますぞや』
『何とか願ひ下げしてもらへぬものかいナ、八十四日の二分の一くらゐに怺へてもらへさうなものだナ。世はまじないといふから、それでも差支へあるまい。神さまだつて、そんな野暮なこたおつしやるまいからのう』
『玄真さま、モウそんな話はやめて下さい。私地獄へ落ちさうな気分が致しますワ。それより歌でもアツサリ詠まうぢやありませぬか……

 添はまほし君の手枕ほりすれど
  月の障りにせむすべもなし

 ほしほしと星は御空に輝けど
  月の障りに影うすれ行く

 玄真の君の頭に月照りて
  影さしにけり御山の谷は』

『オイ冷かすない、御山の谷は真赤けだろ。紅葉が照つてるだろ、どうか一つ紅葉狩をさしてもらひたいなア』
『玄真さま、イヤですよ、スカンたらしい』
といひながら、蛸禿頭をピシヤピシヤツと細い手でやつた。玄真は目も鼻も口も一所へ巾着をすぼめたやうに集めてしまひ、
『エツヘヘヘヘ、コリヤ、千草、無茶するないヤイ、俺の頭にもヤツパリ血が通うてゐるぞよ』
『あまり薬鑵がたぎつてをつたので、手のひらを火傷しましたよ。どうか玄真さま、水を汲んで来て下さい、手を冷しますから……』
『夫の頭の温みがお前の手に残つとるのもよかろ、まア楽しんで待つてをれ、さう永く温みが止つてをるものではないからの』
『自惚れもよい加減になさいませ。薬鑵頭の汗脂が手について、気味が悪うてならぬから水を汲んで来て下さいといふのですよ』
『エー仕方のない山の神だなア』
と言ひながら自分が立つて井戸水を汲み来たり、
『サ、山の神さま、いやいやミロクの太柱さま、どうぞお手をお洗ひ下さいませ』
『善哉善哉』
と言ひながら、金盥の水で手を洗ひ、
『ヤ、玄真坊、御苦労であつた、褒美にはこの水を遣はすによつて、一滴も残らず妾が前で呑んだがよからうぞや。決して千草姫の手垢ではない、其方の薬鑵頭の汗脂だによつて、喜んで頂戴召されよ』
『オイ、嬶、女房イヤ……千草の太柱、馬鹿にすない、俺を一体何方と心得てるのだ。これでもお前の夫ぢやないか』
『オツト任せでくはへ込んだ夫ですもの、縦から見ても横から見ても、オツトましいスタイルだワ』
 かくいちやついてる所へ、表の街道騒がしく、太皷を打鳴らしながら、角兵衛獅子がやつて来た。
 宿屋の亭主は二人の居間に恐る恐る出で来たり、
『モシお客様、大変お退屈と見えますが、今あの通り、門口へ角兵衛獅子がやつて来ました。一つお舞はしになつたらどうですか。お気晴しには大変面白うございますよ』
玄『やア、それは有難い、どうか姫神さまの御上覧に入れてくれ、……もしミロクの太柱様、角兵衛獅子は如何でございますかナ』
 千草姫はワザとすました面で、
『善哉善哉、所望だ所望だ』
亭『ハイ畏まりましてございます、すぐさま此処へ連れ参ります』
と言ひながら表へ出でて行く。少時すると小さい獅子舞を被つた男と、深編笠を被つた太皷打がやつて来た。
玄『ヤア、御苦労御苦労、遠慮は要らぬ。この座敷へ上がつて一つ舞つてくれ、このごろはミロク様の御機嫌が悪くて困つてるところだ。どうか神楽舞ひでもやつて岩戸開きをやらなくちや、俺も実ア紅葉の盛りで困つてゐるのだ』
 角兵衛獅子は軽く目礼しながら、座敷に飛び上り、一方は唄ひ、一方は舞ひ出した。

『テテンコテン テテンコテン  テテンコ テテンコ テテンコ テンテン
 テテンコ テンテン テテンコテン  角兵衛獅子
 一月元旦夜が明けりや  兄は十一弟は七つ
 去年舞うたこの町で  今年もやつぱり角兵衛獅子
 テテンコテン テテンコテン  テテンコ テテンコ テテンコ テンテン
 テテンコ テンテン テテンコテン  角兵衛獅子
 一月元旦夜が明けた  兄は太皷で弟は踊る
 お国恋しや角兵衛獅子  太皷の音で日が暮れる
 テテンコテン テテンコテン  テテンコ テテンコ テテンコ テンテン
 テテンコ テンテン テテンコテン  角兵衛獅子』

玄『あア妙々、サ、褒美にこれをやろ』
と言ひながら、小判を一枚おつ放り出した。角兵衛獅子二人は喜んで、頭に被つてゐた獅子や編笠を除つて見ると、豈計らむや、玄真坊が千草姫と二人、沢山な座布団の上にバイの化物然と控へてゐる。
角獅『ヤ、汝は玄真坊だな、よい所で見付けた。俺等二人を計略にかけ、生埋めにしやがつた悪人輩だ。俺は夢の中に神様の教を戴いて、もはや汝に復讐の念は絶つてゐたが、かうして二人が夫婦然とすましてゐる所を見ると了簡がならない。オイ、コオロ、汝早く役所へ訴へて来い。俺は逃げないやうに番をしてゐるから……』
コオ『ヨーシ来た、合点だ』
と、コオロは逸早く表へ飛び出してしまつた。玄真坊はガタガタ慄ひ出し、
『ヤ千草姫、どうしやうかナ、かうしてはをれまい、俺も汝も首が飛んでしまふがナ……』
コブ『コラ当然だ、玄真坊思ひ知つたか、今に捕手の役人にフン縛られ笠の台が飛ぶのだ。それを見ながら、俺は一杯飲むのがせめてもの腹いせだ、イツヒヒヒウツフフフ、てもさても心地よいこつたワイ』
玄真『オイ、コブライ、一万両金をやるから、願ひ下げしてくれまいか、角兵衛獅子に歩いても一万両はなかなか儲からないぞよ』
『馬鹿いふない、そんな事出来るものか。既にすでにコオロが訴へ出てるぢやないか、モウ観念せい、仕方がないワ』
千草『ホホホホホ、あの玄真さまの胴震ひの可笑しさ、その態ア一体何ぢやいな。コレコレ奴さま、お前を生埋めにしたのはこの玄真さまだぞえ、千草姫は少しも与り知らない処だからさう思つて下さいや』
コブ『命の親の姫様に対し、毛頭恨みを持つてをりませぬ。そしてまた貴女様を訴へるやうな事は決して致しませぬから、どうか御安心下さいませ』
 玄真坊は色蒼ざめ、ガタガタ慄ひをやつてゐる。千草姫は側近く寄りそひ、
千草『コレ玄真さま、確りしなさらぬかいナ、月の国を手に握らうといふやうな大胆な計画をするお前さまが、捕手ぐらゐに震ふといふ事があるものか、神力をもつて吹き飛ばしてしまへばよいぢやありませぬか』
と言ひながら、オチコの下にブラ下つてゐる光のない二つの玉を力限りに握りしめた。玄真坊は虚空を掴んでその場に「ウーン」と言つたきり倒れてしまつた。表の方には捕手の役人と見えて、ザワザワと足音が聞こえて来た。コブライは役人出迎への心持にて、慌てて表へぬけ出す。その間に千草姫は玄真坊の胴巻をすつかりと外し、自分の腰に捲き表二階の間へ素知らぬ面して納まり返つてゐた。十二三人の捕手の役人、コオロ、コブライおよび亭主の案内にてこの間に出で来たり、玄真坊の倒れてゐるのを見て、
『ヤ、此奴、モウ舌でもかんで自害したと見え縡切れてゐる。こんな者はモウ仕方がない。亭主、その方にこの死骸を渡しておくから、何処の野辺へでも捨てておくがよからう』
と言ひ残し、逸早く出でて行く。
 千草姫は一間に入つて二階の障子の破れ穴から離棟の座敷を眺めて見ると、亭主や出入の者が玄真坊の死体を戸板に乗せて「ワイワイ」と言ひながら、何処へ担ぎ行く姿が見える。千草姫は胸をヤツと撫でおろし、
『南無頓生玄真坊菩提のため、帰命頂礼謹請再拝、ホホホホホ、これでも妾の寸志の手向け、玄真坊の亡霊殿、安楽に成仏いたしたがよからうぞや。到頭三万両の金を手ぬらさずで、ぼつたくつてやつた。サ、これさへあれば大丈夫、一つどつか景勝の地を選んで大建築をなし、人目を驚かし、ウラナイ教の本山を建て、三五教を根底から覆へし、ミロクの太柱の名声を天下に輝かしませう。てもさても都合の好い時には都合の好いものだなア』
とホクソ笑んでゐる。障子の外から破鐘のやうな声で、
杢『ワツハハハウツフフフ天晴れ天晴れ、千草の高姫のお腕前は杢助たしかに見届けたぞや』
 千草の高姫は杢助の声に打ち驚き、日頃恋ひしたふ杢助様がこの宿に泊つてござつたか。おお恥づかしや、白粉も付けねばならうまい、紅もささねばなるまい、髪も結ひ直し、身繕ひせにやならぬと、
『モシモシ杢助さま、お察しの通り千草の高姫でございます。どうぞ少時ここを開けないやうにして下さいませ。ちよつと身だしなみをして、それからお目にかかりますから』
 妖幻坊の杢助はワザとに、すねたやうな口吻で、
『あ、左様でござるか、会つてやらぬとおつしやれば、たつて会つてもらひたいとは思はぬ。さよなら。拙者は曲輪城へ雲に乗り立ち帰るでござらう』
千『モシ、杢助さま、お情けない、こがれ慕うてゐる女房を一目も見ずに、捨てて帰らうとは余りぢやございませぬか。あなたに別れてこの方、寝ても醒めても会ひたい会ひたいと思ひ暮してをりました。どうぞただ今の御不礼はお許し下さいまして、一目会うて下さいませ』
妖『左様ならば、御免を蒙つて、久振りで高チヤンの綺麗なお面を拝見しやうかな』
と言ひながら、二階の床をメキメキいはせながら無雑作に障子を引開け、ノソリノソリと入り来たり、千草の前にドツカと座を占め、どんぐり眼を剥き出して、ニコニコ笑ひながら、
『ヤア、高チヤン、よほど若くなつたぢやないか、高宮姫時代とはまだ三つも四つも若く見えるよ、まづまづ壮健でお目出たう』
『モシ、杢助さま、あなた何処をどううろついてゐらつしやつたの。私どれだけ尋ねてゐたか知れませぬよ。今年で三年ばかり会はぬじやありませぬか』
『俺だとてお前の在処を捜し求めて、こんな所までやつて来たのだ。ウラナイの神様のお蔭によつて、計らずもこの宿屋でお前に遇うたのは何よりの仕合せ。ヤ、俺も嬉しい、サ、今夜はシツポリと昔語でもして休まうぢやないか』
『こんな嬉しいことはメツタにございませぬ。あなた何がお好きでございましたいナ、何か差上げたいと存じますが……』
『ヤ、俺は別に何が好きといふ事もない。好きなのはお前の面ばかりだよ、アツハハハハ』
『さうさう貴方は、一番好きなは私の面、一番嫌ひなのは犬だとおつしやいましたね』
『コーリヤ、高宮姫、モウ犬のことは言つてくれな。実のところは入江の里までやつて来たところ、沢山な犬に吠えつかれ、気分が悪くてたまらず、今日で三日ばかりこの宿屋に泊つてゐるのだ。お前は裏の座敷で、何かいい男を喰ひ込んでをつたやうだが、それを思ふと、何だか妬けて仕方がないワ』
『ホホホホ、彼奴ア、オーラ山といふ山に砦を構へて、泥棒の張本人をやつてゐた玄真坊といふ売僧ですよ。彼奴が懐に沢山な金を持つてると知り、甘く言ひくるめてこの宿屋へ連れ込み、ウマウマと三万両をフン奪つてやつたのです。恋の色のと誰があんな禿蛸土瓶に相手になるものですか、よう考へて下さいナ』
『そらさうだらう、杢チヤンといふ色男を夫に持ちながら、あのやうなヒヨツトコに相手になるお前ではない……とは承知してゐるものの、三年も別れてゐると、心がひがんで妙な気になるものだ。ヤ、無実の罪をお前に着せて済まなかつた、これこの通りだ』
と両手を合せて床に頭をすりつける。千草姫は、
『モシ杢チヤン、厭ですよ、揶揄もよい加減にしておいて下さい。私、あなたの仕打ちがあまり水臭くつて憎らしいワ』
『いくらお前が憎らしいといつても繋る縁ぢや仕方がないワ。俺も惚れた弱味で、お前にや百歩を譲らざるを得ないワ、ハハハハ。男といふ奴、女にかけたら脆いものだワ、アハハハ』
『ヨウまア憎たらしい、そんな冗談が言へますこと。私や却つて恨めしうございます。サ、久振りで今晩はゆつくり寝まうぢやございませぬか』
『お前は第一霊国の天人、底津岩根の大ミロクさまの霊で八十四日間月経があると言ふぢやないか、一緒に寝るこた、真平御免を蒙つておかうかい』
『エー憎たらしい、あなたはあの売僧坊主との話をどつからか聞いてゐらつしやつたのでせう。腹の悪い方ですね、何処で聞いてゐたのです』
『ウン、雪隠の中で、……ウン、イヤイヤ雪隠へ行かうと思つて一寸横を通つたところ、あまりお前によう似た声がするので、立ち聞をすると、そんな事を言つてゐたよ。ヨモヤお前とは気が付かぬものだから、自分の居間へ返つて……あんな美人があつたらなアと羨望に堪へなかつたのだ。まアまアお前で結構だつた』
『月経なんかあらしませぬよ、安心して寝んで下さいな』
『ヨーシ、面白い。そんなら久振りで高チヤンの、お寝間の伽でもさして頂きませうか』
 千草姫はプリンと背を向け、
『知りませぬ、勝手になさいませ』
と子供のやうなスタイルで稍すね気味になつてゐる。猛犬の声はワンワンワンと四方八方より聞こえ来たる。

(大正一五・二・一 旧一四・一二・一九 於月光閣 松村真澄録)



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