出口王仁三郎 文献検索

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物語71-3-181926/02山河草木戌 金妻王仁三郎参照文献検索
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第一八章 金妻〔一八〇七〕

 大日山の麓の森林に大日如来を祭つた古ぼけた祠がある。その祠の中には蟇の鳴き損ねたやうな面構へをした玄真坊と、天つ乙女のやうな気高い姿の千草の高姫といふ美人の二人が、無遠慮に寝そべつて互ひに頬杖をつきながら囁いてゐる。
玄真『オイ、女房』
千草『厭ですよ、女房なんて』
『そんなら妻にしておこう。オイ妻』
『妻なんてつまらぬぢやありませぬか。もつと高尚な名を呼んで下さいな』
『そんなら細君にしておこうか、それが嫌なら御内儀にしておこうか』
『妻君だの内儀だのと女房扱ひは真平御免ですよ』
『それや約束が違ふ、お前は俺の嬶アになると言つたぢやないか』
『そりや言ひましたとも、あの時はあの時の場合で仕方なしに言つたのですよ。一生女房になると約束はしませぬからなア。たとへ半時でも女房になつて上げたら光栄でせう』
『そいつは頼りないなア、一生俺の女房になつてくれないか』
『そりやならない事はありませぬが、貴方の心が心ですもの。そんな水臭いお方に一生を任してたまりますか』
『今日会つたばかりで水臭いの、からいのとそんな事が分るものか、そりやお前の邪推だらう』
『それだつて貴方は本当に水臭いワ。沢山の黄金を所持しながら、女房の私に任して下さらないのですもの。女房は家の会計万端をやつて行かなければならぬぢやありませぬか、金無しにどうして会計をやつて行く事が出来ますか、よう考へて御覧なさい』
『そりやさうだ、だがまだかうして旅の空ぢやないか、こんな重い物を女房のお前に持たしては気の毒だ。家を持つた上でお前に支出万端任すから、まアまア安心してくれ給へ』
『あなたはどこまでも私を疑つてゐらつしやるのですな。私だつて人間ですもの、金くらゐ持つたつて途中で屁古垂れるやうな弱い女ぢやありませぬよ。さアすつぱりと此方へお渡しなさい。命まで拾つて上げた私ぢやありませぬか。たとへ夫婦でなくても命を拾つてあげた恩人ぢやありませぬか』
『そりやさうだ、お前のお世話になつた事はよく覚えてゐる。しかしながら、一夜の枕も交さぬ中から、さう気ゆるしは出来ないからなア』
『何とまア下劣なことをおつしやいますな。それほど貴方はお金に執着心が強いのですか』
『別に金に執着はないが、お金といふものは物品の交換券だから、神様に次いで大切にせなければならないものだ。小判の百両も出せばどんな美人でも自分の女房に買ふことが出来るのだ。これだけの金があれば、どこかの都で高歩貸しをしてをつても一生安楽に暮す事が出来るからな』
『ヘン、馬鹿にしてもらひますまいかい、遊女と一つに見られては、第一霊国の天人もつまりませぬワ。そんな分らぬお前さまなら、これで御免を蒙りませう。誰がこんなヒヨツトコ野郎に秋波を送り、女房だの嬶だのと言はれてたまるものか、左様なら、これまでの御縁だと諦めて下さい』
と、ツと立上がり帰らうとする。玄真坊は慌てて千草姫の腰をぐつと抱へ、
『ても柔らかい肌だなア。コレさう短気を起すものぢやない。魚心あれば水心あり、俺だつて木石ならぬ血の通うた人間だ。そんなら三分の一だけお前に渡しておくから、しばらくそれで辛抱してくれないか。三分の一だつてザツと一万両あるのだからなア、初めから全部ぼつたくらうとは余り虫がよすぎるぢやないか』
 千草姫はペロリと舌を出しながら、
『玄真さま、人を見損ひして下さいますな。私はお金に惚れて貴方に跟いて来たのぢやありませぬよ。エエ汚らはしい。金などは水臭いワ、金が仇の世の中と言ひますからナ、そこまでお心が分つた以上は金なんか要りませぬ。あなたが持つてゐて下されば、私の要る時には出して下さるのだから、そんな重い物はよう持ちませぬワ』
『なるほど、お前の真心はよう分つた。そんな心なら全部任してもよい、サア重くて済まぬがお前の腰につけてやらう』
『嫌ですよ、そんな重い物……。男が持つものですよ。女なんか重たくて旅も出来ませぬもの』
 千草姫はある地点まで重たいものを玄真坊に持たせ、ここといふところで睾丸を締めて強奪らうといふ企をもつてゐた。恋にのろけた玄真坊は、千草姫の心の奥の企も知らず、茹蛸のやうになつて、低い鼻や尖つた口や、ひんがら目を一所に寄せ声の色まで変へ、
『さすがは千草姫だ。偉い偉い、俺もコツクリと感心した。さアかう定まつた以上は、お前はどこまでも私の女房だなア』
『さうですとも、今更そんな事いふだけ野暮ですワ。はじめから女房と定つとるぢやありませぬか』
『それでも最前のやうにしばらくの女房だの、一生女房にならうとは言はなかつたのと言はれると困る。一生なら一生とハツキリ言うてくれ、金のある中だけの女房では困るからのう』
『これ玄真さま、そんな下劣な事を言うて下さいますな。二つ目には金々とおつしやるが、金なんか人間の持つものですよ。私の美貌と天職は他にはございますまい。天下にただ一人の救世主といひ、美人といひ、どうして金銭づくで手に入りますか、よく考へて御覧なさい。妾は金が欲しけりやトルマン国の王妃ですもの、幾何でも持つて来るのです。お前さまは泥棒の親分をやつてゐたのだから、人の金を奪る事ばかり考へてゐたのだから、女房が金を奪るか奪るかと、そんな事ばかり考へてゐられるのだから、それが私は残念です。も少し人格を向上してもらはなくては、大ミロクの添柱といふ所には行きませぬよ』
『いやもう恐れ入つた。今後一切お前さまにお任せ申す。いや女房に一任する。しかしながら、何時までもこんな所で二人がコソコソ話しをやつても芽のふく時節がない。どこかスガの里へでも飛び出して立派な家屋を買ひ求め、それを根拠として天下統一の大業を計画しやうぢやないか』
『ホホホホ、小さい男にも似ず、ずゐぶん肝玉の太い男だこと。妾それが第一気に入つてよ。さアこれからお前さまは言触れとなつて、そこら界隈を廻つて下さい。私は救世主となつて、この大日山の奥深く社を建て、そこに控へてをりますから、ドシドシと愚夫愚婦を集めて来るのですよ』
『ヤアそれも一策だが、俺の顔は大抵の奴がこの界隈では知つてゐる。万一オーラ山の山子坊主だと悟られては、折角の計画が画餅に帰するから、そんなこと言はずにスガの里まで行かうぢやないか。とに角この風体では仕方がない、相当な法服を誂へ身につけて行かねば人が信用せぬからのう』
『そんならとにかく、夫殿の仰せに任せスガの里まで参りませう』
 いよいよこれより玄真坊、千草の高姫は、大日の森を立ち出で、スガの港をさして大陰謀を企てむと進み行く事となつた。玄真坊は先づ歌ふ。

『出た出た出た出た現はれた  雲井の空から現はれた
 月日は照るとも曇るとも  たとへ大地は沈むとも
 この世を救ふ生神は  今現はれた千草姫
 それに付き添ふ天真坊  この二柱ある限り
 世は常暗と下るとも  案じも要らぬ法の船
 ミロク菩薩が棹さして  浮瀬に沈む人草を
 彼方の岸にやすやすと  救ひ助けて安国と
 治めたまはる時は来ぬ  勇めよ勇めよ諸人よ
 祝へよ祝へよ千草姫  千草の高姫ある限り
 この世は末代潰りやせぬ  三五教の奴原は
 たとへ大地は沈むとも  誠の力は世を救ふ
 などと業託並べたて  世間の愚民を迷はせる
 口先ばかりの山子神  こんな奴等が何千人
 出て来たところで何になる  有害無益の厄介ものよ
 倒せよ倒せよ三五の  神の教の宣伝使
 斎苑の館を根底から  デングリ返してやらなけりや
 吾等の望みは達せない  ウラナイ教の大教主
 千草の高姫ここに在り  仰げよ仰げよ諸人よ
 慕ひまつれよ国人よ  命の清水が汲みたくば
 天真坊の前に来よ  天帝の化身と名のりたる
 第一霊国天人の  内流うけたるこの身霊
 またと世界に二人ない  それに加へてこのたびは
 天より下りし千草姫  凡ての権利を手に握り
 天降りたる月の国  天国浄土に開かむと
 宣せ給ひし尊さよ  ああ惟神々々
 恩頼がうけたくば  天真坊の前に来よ
 天真坊が取り次いで  千草の姫の御前に
 事も委曲に奏上し  如何なる罪をも穢れをも
 早川の瀬に流し捨て  天国浄土の楽しみを
 この世ながらに授くべし  下つ岩根の大ミロク
 神の教の太柱  いよいよ現はれました上は
 四方の民草一人も  ツツボに墜とさぬ御誓
 喜び勇めよ国人よ  ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ』  

玄真『もし千草姫、いや女房殿、この宣伝歌はお気に召しましたかなア』
千草『ホホホホホ、さすがは玄真坊様だけあつて、甘く即席によい文句が出ますこと、私も大いに感じ入りましたよ。どうかこの調子で町へ出たら力一ぱい歌つて下されや』
『よしよし、歌つてやらう、その代りお前も俺の女房だから、俺の歌も作つて歌つてくれるだらうなア』
『そりや、玄真さま、天地顛倒も甚だしいぢやありませぬか、神界の御用と現界の御用と混同してはいけませぬよ。神界となればこの千草姫が大ミロクの太柱、玄真さまは眷族も同様ですよ。肉体上からこそ夫よ妻よと言うてをりますが、神界の事となつたらこの千草の高姫は一歩も譲りませぬからなア』
『大変な権幕だなア。まるで大日山の山の神様みたやうだワイ』
『そりやさうですとも、大日山の山の神は私ですよ。それだから嬶天下の女房を山の神と言ひませうがな』
『なるほど、お前の言ふ通り俺の聞く通りだ、フフフフフ』
『玄真さま、も一遍今の歌を歌つて頂戴な』
『よしよし、歌はぬ事はないが、何だか女房の讃美歌を歌ふのはちつとばかりてれ臭いやうな気がして困るがなア』
『エエ頭の悪い、女房の讃美歌ぢやありませぬよ。下つ津岩根の大ミロクさまの讃美歌を歌つて下さいと言ふのですがな』
『ウンウンそりや分つてをる。よしよし、そんなら慎んで歌はして頂きませう。オイしかしながら、スガの里まではもう十五六里あるから到底足が続かない。この向ひに入江村といふ所がある。そこはハルの海がズツと入り込むでをる処で、大変景色も佳い。そこの宿で今晩は宿つたらどうだらうかなア』
『里程は其所まで幾らほどありませうかな』
『三里半ばかりある。そこまで行つておけば明日は船で楽に行けるからなア』
『なるほど、そりやよい事を思ひ付いて下さつた。さア、これから入江の里まで急ぎませう』
と両人は足に撚をかけ、一生懸命に駈け出したり。

(大正一五・二・一 旧一四・一二・一九 於月光閣 加藤明子録)



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