出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=71&HEN=3&SYOU=16&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語71-3-161926/02山河草木戌 妖魅返王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=22481

第一六章 妖魅返〔一八〇五〕

 タラハン城市を西へ距る三十里ばかりの所に岩滝村といふ小部落がある。此所には魚ケ淵といつて、蒼み立つたかなり広い水溜があり、沢山な魚が四季ともに集中してゐる。印度の国の風習として妄りに生物を食はないので、魚類は日に日に繁殖するばかりであつた。水一升魚一升と称へらるるこの魚ケ淵へ時々漁に行く首陀があつた。浄行や刹帝利や毘舎などは決して魚を漁つたり、殺生などはやらないが、首陀となると身分が低いため、殆んど人間扱ひをされてゐないので、何ほど殺生をしても神仏の咎めは無いといふ信念が一般に伝はつてゐた。しかしながら浄行、刹帝利、毘舎といへども、生きた物を食はないばかりで、店舗に売つてゐる魚ならば代価を払つて買求め、これを食膳にのぼす事は別に殺生とも感じてゐないのである。
 夏木茂れる川縁の木蔭に腰打ちかけ雑談に耽りながら、四五人の首陀が魚漁りの用意をやつてゐると、淵へ舞込んで来た三つのコルブスがあつた。首陀は先づ岩上からこのコルブスに向かつて網を打ちかけ、漸くにして道傍に拾ひ上げてみたところ、一人はどうしても修験者の果らしく、二人の奴はどこともなしに泥棒らしい面相をしてゐるので、古寺の坊主を呼び葬式をすることとなつた。泥棒なんかはその死骸を虎狼の餌食に任して省みないが、修験者となればどうしても捨てておくわけには行かぬといふので、珠露海といふ吉凶禍福や卜筮などを記した経文の記事を案じて、五行葬の何れになさむかとやつてみたところ、この修験者はどうしても土葬にせにやならぬ、といふ占が出たので、村人が寄つてかかつて、体をそのまま土の中へ埋け、印を立てる代りに耳から上面を出しておいたのである。五行葬の中には野葬、木葬、火葬、土葬、水葬といふ五つの葬式法がある。そして木葬といふのは、コルブスを木の上に掛けて置き、風に晒す葬式法である。この珠露海の卜筮にかからない者は神の冥護のない者として、死屍を路傍に捨てて置く事になつてゐた。かかる所へ四十前後の美人が宣伝歌を歌ひながら近より来たり、路傍に遺棄してある二つの死骸を眺めながら、
『あ、どこの何人か知らぬが可哀さうに、コラ、土佐衛門になつたところを誰かに引き上げられたのだらう、まだ着物はズクズクになつてゐる。かふいふ所に放つて置けば犬や烏の餌食になるだらう。何とかして此奴を助け自分の従者にしてやりたいものだなア。ウラナイ教の大神守り玉へ幸はひ玉へ』
と言ひながら、白い細い鼈甲細工のやうな手を両人の額にあて、一生懸命に祈願し始めた。しかしながら何ほどウラナイ教の大神を念じても効験が無いので、今度は試みに、三五教の大神と神名を変へて一心不乱に念願すると、両人の体におひおひと温みが廻り、半時ばかりの後にやうやう息を吹き返し、ムクムクと起き上つて、救命主の大恩を謝し、涙ながらに感謝した。この女はトルマン城を脱出した千草の高姫である。千草は城内を逃げ出してから、人通りの少なさうな山野を選んで此所までやつて来たが、初めて二人の死者を甦らせ、得意の頂点に達し、
『コレコレお前達は何処の泥棒かは知らねども、この千草の高姫が此処を通らなかつたならば、玉の緒の命は既に已に十万億土といふ所へ行つてしまつて、二度とふたたびこの世へ帰ることは出来ないのだよ。一体お前の名は何といふ名だい、それを聞いておかねば、日出神の生宮が大ミロク様へお礼を申し上げることが出来ないからなア』
コブ『ハイ、私はコブライと申します。モ一人はコオロと申しまして、実はタラハン城の左守の司の幕下でございましたが、フトした事から勘当を受けまして身の置き所なく、タラハン河へ身を投げましたのでございます。そこを貴女様にお助けを願ひ、かやうな嬉しい事はございませぬ』
千草『ア、さうかいナ、そりやお前、命のよい拾物だよ。この千草姫は地上の人間ぢやありませぬぞえ。第一霊国の天人、日出神の生宮、大ミロクの太柱、千草の高姫と申す者だが、衆生済度のためこれから月の国七千余国を巡歴するつもりだから、お前たち二人はこの千草の両腕となつて、天下国家のために大々的活動をなし、天下に名を挙げる気はないかい。そしてお前たち二人はどんな悪い事をしたのだい。主人から勘当を受けるといふ事は、よくよくの事でなければ無いはずだが』
『ハイ、お恥づかしうございますが、玄真坊といふ天帝の化身と称する修験者の泥棒様と一緒に、左守の司の館へ忍び込み、金庫の錠を捩折つてるところを捉へられ、牢獄へ打込まれたのでございます』
『何とまア、お前も、面にも似合ぬ悪党だな、アハハハハ。善に強ければ悪にも強いといふ諺もある、その方が却つて頼もしい。そしてその玄真坊といふ修験者はどうなつたのかい』
『ハイ、三人一緒に身投げをしましたが、その後気絶をしたものですから、どうなつた事かかうなつた事か、チツとも存じませぬ』
『いかにも、そらさうだろ。しかしながら此所に首だけ出して埋けられてゐるコルブスがあるが、この面にお前覚えはないかの』
と三間ばかりの傍の新墓を指し示す。コブライ、コオロの両人は一目見るより、
両人『ア、玄真さま……でございます。何とマアえらい事になつたものですな、どうぞ此奴も助けてやつて下さいますまいか。私たち二人は貴女に助けられたとは聞きますが、死んでゐたので何も分りませぬ。本当のこた、お前さまの神力で助かつたか、またはハタの人に助けられたか分りませぬが、目の前でこの玄真さまを助けて下さつたら、いよいよ吾々二人をお前さまが助けて下さつたといふ証拠になりますからなア』
千草『コーラ、奴、何といふ口はばつたい事を申すのだい。この千草の高姫の神力によつて命を助けられながら、左様な挨拶があるものか。しかしながら無智蒙昧な人外人足だから何も分ろまい、議論よりも実地だ。それではお前の疑ひを晴らすために、千草姫が今神力を見せてやらうぞや。この修験者が助かつたが最後、どこまでもこの千草に絶対服従をするだらうナ』
コブ『そら、さうですとも。さうでなくても、あなたにどこまでも従ひますと約束をしたのですもの、現当利益を見せてもらへば文句はありませぬワ』
千草『これから私がこの修験者を甦らして見せるから、キツと神様のお名を覚えてをつて、その御神徳を忘れないやうにするのだよ』
と言ひながら、首から上へ出てゐるコルブスの額に白い柔らかい手をあて、「ウラナイ教の大神救ひ玉へ助け玉へ、惟神霊幸倍坐世」と一生懸命に汗をタラタラ流し、祈れど祈れどビクともせぬ、甦りさうな気配もない。千草の高姫は二人の前で大法螺を吹いた手前、どうしても此奴を生かさねばおかぬと益々一生懸命になる。ほとんど半時ばかり祈れど願へど、やつぱりコルブスは氷のごとく冷たい。さすがの千草も我を折り、「三五教の大御神守り玉へ許し玉へ」と宣直した。忽ち額に温みが廻り、青黒い面は鮮紅色を帯びて来た。千草は此処ぞと、一生懸命に「三五の大神守り玉へ幸はひ玉へ」と祈るにつれ、大地はビリビリと震ひ出し、コルブスを中心として四方八方に地割がなし、「ウン」と一声霊をかけるや否や、玄真坊の死体は三間ばかり中天に飛上がり、ドスンと元の所へ落ちた拍子にパツと気がつき、目鼻を一所へよせて、四辺を二三回見廻しながら、
『ヤ、其処にゐるのは、コブライにコオロぢやないか。あーア、恐い夢を見たものだのう』
コブ『もし、玄真坊さま、夢どころの騒ぎぢやありませぬよ。吾々三人は追手に出会つて進退谷まり、谷川へ投身して已に土佐衛門となつてをつたところ、村人に死体を拾ひ上げられ、お前さまは修験者の事とて、首だけ出して鄭重に葬られてあつたが、吾々二人は地上に遺棄されてゐたのだ。そこへこのお姫さまが通りかかつて、霊とか何とかをかけて助けて下さつたのですよ。現にお前さまを助けて下さつたのを実地目撃したのはこのコブライ、コオロ、サアサアお礼を申しなさい。このお姫さまでございますワイ』
玄真『あ、これはこれは、よくまアお助け下さいました。てもさても御容貌のよいお姫さまでございますこと、エヘヘヘヘ。これといふのも全く神様のお仕組でございませう。まるきり暗の国から日出国へ生れ変つたやうな気分がいたします。命の親のお姫さま、これから如何な事でも貴女の御用なら勤めますから、どうぞ可愛がつて使つて下さいませや』
千草『ホホホホ、何とまア、これだけ念入りに不細工に出来上がつた面は見た事はありませぬワ。しかしながら、どこともなしにキユーバーさまに似た所があるやうだ。これからお前さまも、この千草の高姫がおイドを拭けというたら、おイドでも拭くのですよ。命を助けてもらうた御恩返しと思うて、口答へ一つしちやいけませぬぜ』
『ヤ、どんな事でも承りませうが、お尻を拭くことだけは、私の人格に免じて許して頂きたいものです。あなたの尻拭きするくらゐなら、助けてもらはぬ方が何ほど幸福か知れませぬからなア』
『ホホホ、嘘だよ嘘だよ、お前さまの面はちよつと人並み優れて変つてゐるが、どこともなしに目の奥に才気が満ちてゐるやうだ。お前さまを何かの玉に使つて、一つ仕事をやつたら面白からう』
『ヤ、そこまで私の器量を認めて頂けば満足です。私も今はかうなつて、みすぼらしい風を致してをりますが、オーラ山に立籠り、シーゴー、依子姫などの豪傑を幕下に使ひ、三千の部下を従へ、印度七千余国を吾が手に握らむと計画してゐた天晴れな大丈夫ですよ』
『あ、お前さまが、あの名高いオーラ山の山子坊主だつたのか。ヤ、そらよい所で会うた、佳い者が見付かつた、よい拾物をした。さア、これからお前さまと夫婦と化け込んで、一つ仕事をやらうぢやないか』
『なるほど、面白からう、夫婦にならうと言うたな、その舌の根の乾かぬ内に女房と呼んでおく。コラ女房、千草姫、第一霊国の天人、天来の救世主、天帝の化身、天真坊の宿の妻、ヨモヤ不服はあるまいなア』
『お前さまと夫婦になる事だけは異議ありませぬ。しかしながら妾こそ、第一霊国の天人、日出神の生宮、底津岩根の大ミロクの太柱、三千世界の救世主、千草の高姫だから、神格の上から、この千草の高姫が主であり、お前さまは従僕となつて貰はねばならぬ霊の因縁だよ。肉体上からはお前さまが夫で千草が妻と定めておきませう。お前さまの天帝の化身は自分が拵へたのだらう。そんな山子はこれからは駄目ですよ。正真正銘の第一霊国の天人でなけら、肝腎の場合において、名実ともなふ活動が出来ませぬからな。こんな所へ首だけ出して埋けられてるやうな神力の無い事で、天帝の化身なんて言つてもらへますまい』
『イヤ、モウ、天帝の化身も、第一霊国の天人も、お株を女房のお前に譲らう。お前を女房にさへすりや、俺やモウ満足だからのう』
『いやですよ、譲つて貰はなくても、元から第一霊国の天人、日出神の生宮、大ミロクの太柱、三千世界の救世主、千草の高姫ですもの』
『あ、何と上には上のあるものだな。これだけの美貌と弁舌とでやられたら、大抵の男は参つてしまふだろ』
『そら、さうですとも、トルマン国の王妃を棒に振つて、ただ一人猛獣の猛り狂ふ原野をやつて来るといふ豪の女ですもの、そんなこた、言ふだけ野暮ですワ、ホホホホ』
コオ『何とマア、えらい方ばかり寄られたものですな。のうコブライ、まるきり狐に魅まれたやうぢやないか』
コブ『俺ヤ、モウ開いた口がすぼまらぬワイ』
千草『コレコレそこの奴さま、何といふ無礼の事を言ふのだ。ミロクの太柱が現はれてゐるのに、狐に魅まれたやうだとは何ぢやいな。これから狐のキの字も言つてはいけませぬよ』
コオ『ハイ恐れ入りましてございます、玉藻前の芝居に出る金毛九尾さまの御面相に余りによく似てるものだから、つい狐のやうだと申して、御機嫌を損ねましたのは平にお託びをいたします』
玄真『あ、どうやら日が暮れさうだ。どつか、宿を求めて、今晩はゆつくりと語り明さうぢやありませぬか、……ナニ違ふ違ふ。オイ女房千草、どつかで、宿を求めて緩くり休まうかい、ヨモヤ厭とは申すまいのう』
千草『ホツホホホ、立派な御主人が出来たものだ、これでもひだるい時に不味ものなしだから……ホホホホホ』
と小声で笑ふ。玄真坊は半分ばかり聞きかじり、
『コラ女房、さう心配するものぢやない、決して不味物は食はさないよ。ひだるい目もささないから、俺に任しておけ。お金はこの通り、胴巻に一杯つめてあるからのう』
といひながら、腰の辺に手をやつてみてビツクリ、
『ヤ、何時の間にか所持金が無くなつてゐる。コラ、コブライ、汝が奪つたのぢやないか』
コブ『そんな殺生なこと言ひなさるな、何ほど泥棒でもお前さまの金まで奪りませぬよ。私どもも川へ飛び込んだ時、皆川底へ落としてしまつたのです。この通り無一文です。コオロだつてその通り、一文だつて持つてゐやしませぬで』
玄『アア、困つた事だの、それぢや、今晩宿屋に泊るわけにはゆかず、何とか工夫はあるまいかのう』
千『ホホホホ、何とまア、スカン貧の寄合だこと、金でも持つてをりさうなと思ひ、こんな茶瓶頭の蜥蜴面に秋波を送つて見たのだけれど、文無しと聞いちや、愛想もコソも尽き果ててしまつた。エーエ穢らはしい、何所なつとお前さま勝手に行きなさい。この千草は一文の金は無くてもこの美貌を種に、どんな宿屋にでも贅沢三昧をして泊つて見せませう。しかしながらお前さまのやうなガラクタが従いてると、女盗賊と間違へられるから御免蒙りませう、左様なら』
と立ち上がらうとする。玄真坊は一生懸命に足にくらひつき、
『コラ女房、一夜の枕もかはさずに、家を飛び出すといふ事があるか、せめて今宵一夜は待つてくれ』
千『野つ原の中で、家を飛び出す飛び出さむもあるかい、宿無し者奴、死損ひの蛸坊主、おイドが呆れて雪隠が踊り出すワイ』
とふり切り逃げやうともがく。
玄『オイ、コブライ、コオロの両人、女房を確り掴まへてくれ。俺一人ではどうやら取放しさうだ』
 コブライ、コオロ両手を拡げて、前に突立ち、
『コレコレ奥さま、さう短気を起しちやいけませぬ、あんまり水臭いぢやありませぬか。小判は吾々三人が動けぬほど腰へ捲いて来て、淵へ落としたのですから、御入用とあれば命を的に川底から拾うて見せます。どうか短気を起さぬやうにして下さいませ』
千『ホホホホ、一寸、あまり好きな玄真さまだから、愛の程度を試すために嘲弄つてみたのですよ。どこまでも玄真さまはこの千草姫を愛して下さるといふ事が、只今の行動によつて証明されました。一遍に沢山の黄金の必用も無いけれど、この千草が命令するごとに、お前さまはこの淵へ飛び込んで、その金を拾つて来るでせうなア』
コブ『ヘー、仰せまでもございませぬ。私だつて、あたら宝を水底に捨てて置くのは勿体なうございます。のうコオロ、さうぢやないか』
コオ『ウンさうともさうとも、俺と汝の宝はキーツと飛び込んだあの淵に納まつてるに違ひない。しかし玄真さまのお宝は、滅多に川へ飛び込んでも体を離れる理由がない。あれだけしつかりと胴巻に括りつけてあつたのだもの。ヒヨツとしたら、この墓を掘つて見よ。この底にあるかも知れぬ。モシ玄真坊さま、ちよつと天帝さまに伺つて下さいな』
玄真『ウン、確かにある、掘つてみてくれ』
コブ『ヤ、あなたのお言葉とあらア間違ひございますまい、サ掘らう』
と二人は爪が坊主になるところまで土を掻き分けて底へ底へと掘り込んだ。五尺ばかり掘つた所に胴巻ぐるめ、ドスンと重たいほど黄金が目をむいてゐた。コブライは飛び立つばかり喜んで、
『モシモシ玄真さま、有りました有りました。喜んで下さい』
玄『そらさうだろ、汝等二人の黄金は身についてゐないのだ、俺は身についた金だからこの通り残つてるのだ。サ、両人早く持ち上げてくれ。コレコレ女房、どうだ、一寸この金を見ろ、これは皆俺の金だ。これだけありや、お前と俺とが三年や五年呑みつづけても大丈夫だよ』
千『何と貴方は偉いお方ですな、私の夫として恥づかしからぬ人格者ですワ、ホホホホホ。コレコレ コブライ、コオロの両人、御苦労だつたが、まだこの底を三尺か二尺掘つて下さい、ダイヤモンドがありますよ。私の神勅によつて黄金以上の物があるといふ事が分つたから……』
コブ『エ、承知しました、あなたの仰せなら地の底までも掘りますよ』
とコオロと両人が汗みどろになつて、土を掘り上げてゐる。玄真坊、千草の二人は舌をペロリと出し、手早く二人を生埋めにせむと、一生懸命に土を上から投り込み、側にあつた立石をドスンと載せ、立石の上に腰うちかけながら、モウこれで大丈夫といふやうな面構へで、スパリスパリと千草姫の煙草を引つたくつて吸うてゐる。
千『何とマア厄介者が二人ゐやがる、どうしたらよからうと心配でならなかつたが、やはり以心伝心、お前さまの心と私の心はピツタリ合うてゐたとみえて、一言も言はずにこんな放れ業をやつたのだから妙ですなア』
玄『本当にさうだ、実ア俺は此奴を埋込んでやろと思つたが、お前もさうだつたか、こんな奴がウロツキやがると二人の恋の邪魔になるし、将来の手足まとひになるが、これから二人でどつか宿へ泊るか、見晴らしのよい山へ上つて神秘の扉を開くか、あるひは神楽舞でもやつて、今日の結婚の内祝ひでもせうぢやないか』
『そら面白いでせう。宿屋にをつても怪しまれると一寸具合が悪いから、そんなら今夜は月夜を幸ひ、あのコンモリした森まで行きませう。あの森にはキツと古堂ぐらゐは建つてゐるでせうからね』
『オイ、モウ少時この上で頑張つてをらねば、彼奴が生返つて後追かけて来たら大変だぞ』
『ナーニそんな心配が要りますものか、この千草姫の神力で霊縛をかけておきましたから、穴の底で石のやうに固まつてゐますよ。サ、参りませう、コレ玄真さま、みつともない、涎を拭きなさいナ』
 玄真は慌てて両の手で涎を手繰り、膝のあたりに両手をこすりつけてゐる。
千『マアマア厭なこと、玄真さま、涎の手を膝で拭いたり、まるで着物と雑巾と一つだワ、ホホホ』
 これより両人は月夜の路を南へ取り、コンモリとした山を目当に走りゆく。

(大正一五・二・一 旧一四・一二・一九 於月光閣 松村真澄録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web