出口王仁三郎 文献検索

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物語71-2-91926/02山河草木戌 踏違ひ王仁三郎参照文献検索
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第九章 踏違ひ〔一七九八〕

 春山峠の南麓に春山村といふ全戸数七八戸の小部落が彼方こなたに散らばつてゐる。いづれの家も軒は傾き、壁はおち、別に煙突はなくとも壁の落ちた碁盤形の壁下地の穴から、赤黒い煙が朝晩に立上つてゐる。この村の一番高い景勝の位置を占めた一軒家にはカンコといふ一人の男が名のつかぬ病にかかつて、日々なす事もなく破れ蒲団の上に息づいてゐる。太陽が七つ下りと覚しき頃、カンコの友人キンスがやつて来て、斜になつた戸をガラリと開けながら、
キンス『オイ、兄貴、エー、人の噂に聞けばこの頃は、お前も何だかブラブラと体が勝れぬやうだが、一体どうしたといふのだい。俺ア昨日タラハン市から帰つて来たのでチツともお前の事も知らず訪問にも来ないで、本当にすまなかつたよ』
カンコ(元気ない声で)『オー、お前は友達のキンスだな、そらよう来てくれた。マアマアマア茶でも沸かして飲んでくれ。そして序に俺にも、一杯、うまさうな処を飲まして欲しいものだな』
『ヨシ、お前の事なら茶も沸かしてやらう、鰥暮しでは、飯焚にも困つてゐるだらう、早う、いい嬶でももらつたがよからう。独身生活もよいやうなものの、人間といふものは、何時体に変化が来るか分つたものぢやないからのう。乞食の子でもいいから女と名のついたものを探して来てお前に世話してやらうと思ふがな、今時の女は、何奴も此奴も生意気になつてゐやがつてな、風がふいたくらゐぢや、其処らあたりには落ちては居りくさらぬのだ。俺の親父の話によると、昔は女といふ奴は三界に家なしとかいつて、本当に男に対しては頭の上がらないものだつたさうな、ほとんど奴隷扱ひ玩具扱ひをされてをつたさうだが、今時の女は体の達者な奴は工女になつて大会社に抱へられよる、電話の交換手から自動車の運転手、役場の書記から巡査にまで採用され、一人前の男と肩を並べて歩くのみか、自分の人間としての一番快楽な事をするにしても、男子から金をとり、高等内侍になつたり、辻君になつたり、それはそれは女の職業といふものは、あり余つてゐるのだから、なかなか女の廃物がないので、俺もヤツパリ独身生活を続けてゐるのだ。この頃の男子といふものは、それを思ふと、女にはチツとも頭が上りはせないワ。まるつきり女の世界だ。この間も愛国婦人会を覗いて来たが、何奴も此奴も女ばかりだつたよ』
『そら、さうだらうのう、俺は、もう、何だか、バーツとしてしまつたのだ』
『バーツとしたつて、どこがバーツとしたのだい、病気が起つたと言ふのか』
『ウン、トツト、モウ、何の事アない、バーツとして、ネツから気分が勝れぬのだ』
『フン、さうすると、病気だな』
『病気か何か知らぬが、俺は病だ』
『病も病気も同じ事ぢやないか』
『それが、バーツとした病だ』
『バーツとした初まりはどうぢやつたのだい』
『バーツとした病の初まりは健康体だ』
『健康体は定つてるぢやないか、バーツとした原因を聞かせと言ふのだよ』
『原因か、ウン、ヤツパリ、淫だ、淫欲から起つてバーツとしたのだ』
『淫欲から起つてバーツとした、根つからバーツとしないぢやないか。お前と俺との間だから、何も隠す事はない、お前のためには、どんな事でもする覚悟だ。竹馬の友ぢやないか、おほかた心の煩悶病だらう、包まず隠さず俺に言つて聞かせろ』
『笑はへんか、おほかた笑ふだらう、ヤツパリ、やめとこか、あーア、バーツとした』
『なに、笑ふものかい、しつかり言ひ玉へ』
『そんなら、どこまでも笑はせんな』
『ウン、断じて笑はぬ、サアサア言ふたり言ふたり』
『そんなら、言ふがな、俺が去年の夏だつたか、タラハン市の三つ丸屋へ褌を一丈買ひに行つたのだ。そしたところが、そこの三つ丸呉服屋の娘さまに、インジンといふ別嬪があつたのだ。それから……バーツとしたのやな』
『アツハハハハ、何故また一丈褌を買ひに行つたのだい』
『七尺は褌にして、残りの三尺を手拭にしやうと思つてな、一丈の褌を切つて下さいといつたら、インジンさまが、俺の名を、細こう聞いてな、「春山村のカンコさまですか、お金はいいから、まア持つて帰つて下さい」と言つてな、キレイな白魚のやうな手でな、褌を御丁寧に包んでな、俺の懐に突込んで下さつたのだ。それからやさしい、何ともいへぬ目付をしてな、「また来て下さいよ」とおつしやつたのだ。その顔見るなり、俺はな、バーツとして目がまひさうになつたのだ。それからヤツとのことで宅へ帰つて来て、この褌は自分の股にするのは勿体ない、手拭にするのも勿体ないと、床の間にブラ下げて毎日日日拝んでゐるのだ。さうすると、その褌の中からインジンさまの、やさしい姿がボーツと顕はれて来る、その度ごとに俺の体がバーツとするのだ。それから月末になると、カランコロン カランコロンと駒下駄の音がしたと思へば、やさしい声で「あのカンコさまのお宅はここでございますか、私はタラハン市の三つ丸屋のインジンでございます。一寸ここあけて下さい」と言ふ声がするので、夢か現か幻ぢやないかと思ひながら門の戸を開けて見ると、鬼でも掴むやうな男衆つれて、やさしい声で「ア、カンコさま、毎度御贔屓に」と言つて、何だか書いたものを下さつたのだ。何だかあまり長くない、人のいふ三行り半くらゐだから、これは不思議、まだ結婚してゐないのだから、これは離縁状ぢやあるまいし、結婚の申込みぢやないかと思つた途端に、バーツとして、そこへ倒れてしまつた。やつとの事で、気がついて見ればインジンさまの姿は見えず、隣村の薮井竹庵さまが見えて、介抱してくれておつた。それから毎日日々体はやせるばかりで、コレ、この通り体も骨と皮ばかりになり、竹細工に濡紙を貼つたやうに筋ばかりになつてしまつたのだ』
『オイ、その書物を見せて見よ、俺が読んでやらう、お前は無学だからのう』
『竹庵さまに読んでもらはふと何遍思つたかしれないが、あんまり恥づかしいから隠してゐたのだ。笑はんでくれ、そして秘密を守つてくれよ』
と大切さうに懐から書物を捻ぢ出す。キンスは手早く、書物をとつて、

   覚
 一、白木綿一丈
 右代金四拾八銭也   三つ丸屋
  春山村のカンコ様

と読み上げ、
『ハハア、こいつア褌の妄念だ、四十八銭の金を受取りに来たのだ。恋文でも結婚申込書でも何でもないワ。チツと夢を覚さないか、何だ、恋病をしやがつて、あまりバツとせないぢやないか』
『掛金は掛金、恋は恋だ。たとへインジンさまが惚れてゐなくても俺の方は十分惚れてゐるのだ。それだから、どうでもかうでも、インジンさまと添はなくちや、バーツとした病の病気が癒らぬのだ』
『エー、困つた奴だ。しかし俺もお前のお父さまには命のないところを助けてもらつたのだから、助けねばなるまい。気の病を癒すには申の年の申の月の申の日の申の刻に生れた女の生肝を取つて飲ましたら直ぐに癒るといふことだ。俺の妹は丁度それだ。待つとれ、お前の病気を癒すために、これから帰んで、妹の生肝をとつて来る』
と言ひながらスタスタと駈出し、吾が家に帰つて見ると、妹のリンジヤンは嬉しさうに表へ出て迎へ、
『お兄さま、どこへ行つてゐらしたの、大変心配してゐましたよ』
キンス『ヤア一寸、あまり景色がいいので春山峠の中途まで上つてそこらの眺望を見てゐたのだ、アー、いい気持だつたよ。しかしな、今日はお前と俺と一杯飲みたいのだが、酒を一本つけてくれないか』
リンジヤン『兄さま、今日に限つて兄妹が盃をするとは、変ぢやありませぬか。何でまたそんな事をおつしやるのです、これには何か深い様子がありさうに思はれます。どうぞハツキリ言つて下さいな』
『実のところは俺の友人のカンコがタラハン市の三つ丸屋の娘さまに恋慕し恋病を煩つてゐるのだ。これを癒すにはお前の力をかるより外にないのだ。どうだ兄が一生の願ひだから聞いてくれまいか。俺もカンコの父親に恩になつてゐるのだから、御恩報じをするのはこの時だからのう』
『私が、どうすればいいのですか』
『妹、こらへてくれ、実はお前の肝、イヤイヤイヤ肝煎りで一つ、カンコの病気を癒してもらひたいのだ』
『ともかく、兄さまの友達が悪いのだから、私がお見舞に上がりませう』
『ヤア、そりや有難い、善は急げだ、サア行かう』
とここに兄妹二人はカンコの破家さして急いで行つて見れば、カンコは破れ畳の上に大の字になつて倒れてゐる。キンスは友達の危急を見て躊躇するに忍びず、思ひ切つて妹に向かひ涙ながらに、
『オイ、妹リンジヤンよ、お前は母に聞いてゐたが、申の年、申の月、申の日、申の刻に生れた女ださうだな。お前の生肝をとつてカンコに直ぐのませばカンコの病気は本復するといふ事だから、どうぞ、兄の顔を立てて生命をくれないか』
『そら、兄さま無理ぢやございませぬか、なんぼ何でも肝玉までとらいでも病気本復の方法がございませう、どうぞ私の命だけは助けて下さい』
『イヤ俺も男だ、友達の病気を助けてやらうと言つたかぎりは、後にはひかれぬ。兄がお前の肝をとり出してカンコに飲ましてやらねばおかぬのだ』
『そら、兄さま、あまりでございます。どうぞお許し下さいませ』
 かく話してゐるところへ玄真坊、コブライ、コオロの三人が、何処でぼつたくつて来たか三尺の秋水を抜き放ち、粗末な一枚戸を蹴り破り飛び込んで来た。リンジヤンはこの姿を見るよりアツと驚き、
『兄さま、助けて下さい、ア恐い、肝が潰れましたワ』
キ『エー腑甲斐ない奴だ、肝が潰れたなら、もうお前に用はないわい。エー、何処の泥棒か知らぬが、要らぬ時に、来やがつて……コラ泥棒、ケツタイな面しやがつて断わりもなしに人の家へ来るといふ事があるものか、エー、出て行け出て行け』
コブライ『人の家に抜刀で這入るは俺達の商売だ。ゴテゴテぬかすと、笠の台が飛び出すぞ。こんなチツポケな家に来て、金があらうとは思はない、御飯を焚いて出せ、この盗公は、チツと小盗児と違ふのだ、決して貧乏人は苛めない。飯を五六升ばかり焚いてくれ、代金は払つてやるから』
『どうかお前勝手に焚いてくれないか、実は俺は、此家の者ぢやない、ここの主人が人事不省に陥つてゐるのだから、介抱に来てゐるのだからのう』
『さうすると、貴様は此家の主人ぢやないのか、ウン、割りとは親切な奴ぢやのう。それではお泥棒様がお手づから御飯をお焚き遊ばしてやらうかのう、どつこへも出てはいけないぞ。またどつかへ密告でもすると、面倒いからのう』
『ヨシヨシ逃げも隠れも致さぬわい、マア、ユツクリと飯でも焚いて行つてくれ。その代りこの村ばかりは、脅かさぬやうにしてくれ』
『ヘン、あまり見損ひをして貰ふまいかい。未来のタラハン城の左守司様だぞ』
と言ひながらコオロと共に黍の搗いたのを二升ばかり桶で炊ぎ、釜をかけて夕飯の用意を始めかけた。カンコはヤツパリ虫の息で倒れてゐる。玄真坊はリンジヤンの美しい顔をツラツラ眺め涎をたらし、目を細うし、心猿意馬にかられてまたもや持病を起しかけてゐる。カンコはキンスの手厚き介抱によつて漸く回復し畳の上に起き上がり、見馴れぬ男が来てゐるのに、またもや肝を潰し、
『オイ、キンス、どこの人ぢやか知らぬが、またどうやら、バーツとしさうだわい』
玄『コレコレお女中、何を慄うてゐるのか、決して御心配なさるな。此奴ら両人はお見掛け通りの泥棒でござる。当家へ暴れ込み、飯を喰はせと言つてゐるのは実は偽りだ。本当の腹をたたくと、お前さまがこの家に来たのを嗅ぎつけ、否応なしに手込にせむと、拙者が木陰に休んでゐるのを知らず話しあつてゐるのを聞いて、お前さまの危急を救ふためにやつて来たが、此奴らが凶器をもつて対つて来たから、私も剣を抜いて応戦したのだ。此奴ら二人は金箔付きの泥棒だが、俺は天来の救世主天帝の化身天真坊といふ名僧知識だ。この天真坊に身も魂もお任せなさい。さうなれば神仏のお加護により、福徳円満寿命長久疑ひなしだ』
リ『ハイ、何分よろしく御保護を願ひ上げまする、世の中に泥棒くらゐ恐ろしいものはございますせぬからな。地震、雷、火事、親爺よりも恐ろしいのは泥棒でございますワ』
 コブライは黍を研ぎながら玄真坊の顔をチラリと眺め、
『チエツ、玄真坊さま、あまりひどいぢやありませぬか』
 玄真坊は大喝一声、
『バカ、気の利かねい野郎だな』
コオロ『拙者が命令する。玄真坊は娘を世話するがよい、コブライは御飯の用意をせつせと致せ』
コブライ『チエツ、馬鹿にしやがる』
と言ひながら襷十字にあやどり、鉢巻を横にねぢ、せつせと飯焚きの用意にかかつてゐる。
 リンジヤンはマジマジと玄真坊の顔を見守り、ハツと呆れて反りかへり、
『ヤア、お前はオーラ山に立籠り、星下しの芸当をやり、私の妹を手込めにした売僧だな』
玄『ハツハハハハ手込めにしても、生命は決して奪らないよ。命まで打ち込んで惚れてゐたのは、これも神様の結んだ縁だらう。つながるお前は俺の女房となつてしかるべき神様からの縁が結ばれてあるのだ』
 リンジヤンは、
『エー、けがらはしい売僧坊主、これからお役所へ訴へて、妹の敵を打たねばおかぬ、覚悟しや』
と裏口より飛び出し、勝手覚えし田圃道を、何処ともなく駈け出してしまつた。
 玄真坊、コブライ、コオロの三人は、
『こりや、かうしては居られぬ』
とまたもや裏口より月夜の野原を、空腹を抱へて何処ともなく逃げ出してしまつた。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 北村隆光録)



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