出口王仁三郎 文献検索

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物語71-2-81926/02山河草木戌 夢遊怪王仁三郎参照文献検索
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第八章 無遊怪〔一七九七〕

 オーラ山に立籠り、星下しの芸当を演じ、三千人の小盗児を集め、印度七千余国を吾が手に握らむと雲を掴むやうな泡沫に等しく、天に輝く星を竿竹でガラチ落とすやうな空想を描いて、不格好に出来あがつた鼻つ柱をピコつかせてゐた玄真坊は、三五教の梅公別に踏み込まれ、最愛の妻ヨリコには愛想をつかされ、兄弟分と頼むシーゴーには絶交され、折角の策戦計画もいよいよ画餅に帰し、わづか三百の悪党輩を引具し、第二の作戦計画を遂行せむと、閂の女がまたしても男を好くやうに彼方此方とウロつき廻り、遂にはスガの港のダリヤ姫に現を抜かし、数多の部下に別れ、タニグク山のシヤカンナが岩窟に天晴れ救世主と化けこんで罷越し、シヤカンナには荒肝を挫がれ、ダリヤには御丁寧に顔に落書までされ、その上後足で砂をふりかけ、ドロンと消えられた悔やしさに、シヤカンナの部下の応援を頼み、自分はコブライと共に山坂を駈けめぐり、玉清別が館にダリヤ姫の忍びゐる事をつきとめ、執念深くも姫を奪取せむと蛇が蛙を狙ふやうに、鎖された門の前にコブライと共に夜警の役を勤めてゐた。そこへ玉清別の伜に身を現じた神の子の言霊に打ちまくられ、ダリヤ姫は既にすでに玉清別の館を逃げ出したりと信じ、ハル山峠の麓までやつて来たが、同じシヤカンナの部下であつたコオロと出会し、バルギーを叩き伸ばし、ここに三人は手を携へて、ダリヤのことはともかくも鉢巻締直し、一奮発をやつて天下の耳目を驚かすやうな大事業を遂行し、天晴れ英雄豪傑ともてはやされなば、ダリヤのごとき美人は求めずとも雨の降るごとく寄つて来るだらうと独り合点し、不細工な目鼻を一所へ集中させ、出歯をむき出し、禿茶瓶から湯気を立ててニタリと笑ふたその御面相は、平素苦虫をかんだやうな難かしい男も、思はず吹き出さずにはをられないやうなスタイルであつた。
 玄真坊はコブライ、コオロの両人を後前に従へ、ハル山峠の頂上に辿りつき、東南の方を瞰下すれば、タラハン城は甍高く壁白く夕陽に輝いて、何ともなく壮大な気分が浮いて来た。玄真坊は頂上の右側なる大岩の上にドツカと団尻を卸し、夏の夕べの蟇の蚊を吸ふやうな調子で口をパクパク開閉し、腮をしやくりながら独り言、
『ヤア見渡すかぎりの連山は樹木繁茂し、土地肥えたる原野は際限もなく展開し、タラハン城市は何となく殷盛を極めたやうな光景が目に映つてゐる。大丈夫たる者当にこの世において永住し、天下に覇をなすべきである。シヤカンナも、かのタラハン城の左守として時めいてをつた奴、あれくらゐな男が左守になれるくらゐなら、吾が法力と才智をもつて臨めばタラハン城を吾が手に入れるくらゐは何の手間ヒマが要るものか、オオさうぢやさうぢや、これから一つ頭の改造をなし、大計画に取りかかつてやらう。ついては棟梁の臣がなくては叶ふまい、何とかして好い家来が持ちたいものだが、三千の部下を引きつれたこの玄真坊も、今日のところでは実にみじめなザマだ。栄枯盛衰常ならざるが人生の経路とはいひながら、泥棒の小頭をやつてゐたコブライや小盗児のコオロ両人が左守、右守ではたうてい駄目だ。アア何とかして、せめてはシヤカンナの部下を糾合し、またオーラ山からひつぱり出した三百の部下を集めて、種々の訓練を施し、天下を取つてみねば、自分の肚の虫が治まらない。ダリヤ姫も捨て難いが、タラハン城も捨て難い、ナアニ精神一到何事か成らざらむやだ』
と岩上に突つ立上がり、東南の空をハツタと見下したその眼光、どこともなく物凄く見えた。コブライはこの様子を見て、吹き出しながら、
『ウツフフフ、もし玄真坊さま、何だか知りませぬが、大変な雄猛びでございますな。まるきり枯木に花が咲くやうな御計画のやうに、ちよつと盗み聞きをいたしましたが、一体どんな御計画ですか、タラハン城なんか到底駄目でせう。あの城内には綺羅星のごとき名智の勇将が林のごとく並んでをりますれば、なにほど玄真坊さまが天来の救世主でも、ちよつと挺には合ひますまい。空想にふけるも結構だが、ここは一つ相応の理といふ事をお考へにならないと、御身の破滅を招くかも知れませぬよ。私は忠実なる臣下として、あなたの将来のために御忠告を申し上げます』
玄『ナアニ、盗人の分際として英雄の心事が分るものか、まづ細工は粒々、俺のする事を見てをれ』
コブ『盗人の分際とおつしやいますが、あなただつて盗人の親分ぢやありませぬか。殊勝らしく数珠を爪ぐり、金剛杖をつき、救世主と化けこんでござるが、心の中はヤハリ虎狼に等しい大泥棒、かういふと、チツタお気にさはるか知りませぬが、あなたの御面相には凶兆が現はれてゐますよ。匹夫の言にもまた真理ありで、吾々の言ふ事もチツとは耳を傾けて聞いてもらひたいものですな』
『ソリヤお前の言ふ事も聞かねばなろまい、しかしながら俺だとて一足飛にヒマラヤ山の上まで上がらうといふのぢやない。これから順を逐うて味方を増やし、力を養ひ、その上においていよいよ実行に取掛るつもりだ。何といつても三千人の部下を統率して来た腕に覚のある玄真坊だからのう』
『なるほど、ソラさうでせう、あなたの御器量はコブライといへども、毛頭疑ひはいたしませぬ。しかしながら何をやるにも金が先立つぢやありませぬか、その金は何れどつかに隠してあるのでせうなア』
『ソリヤ秘してあるとも。あのタラハン城を見よ、町の所どころに白い蔵の壁が見えるだろ、あれは残らず俺の財産がしまひ込んであるのだ』
『アハハハなにほど財産がしまひこんであつても、自分が所有主でない限り、公然とひつぱり出して使ふわけにはゆきますまい、どうなさるお考へですか』
『そこが天帝の化身、天来の救世主だ。この地の上にありとあらゆる財産はみな神の造つた物、手段をもつて取り出し使ふつもりだ』
『あ、さうすると、あなたも矢張り、天来の救世主の仮面を脱ぎ、元の泥棒の親方と還元なさる御計画と見えますな』
『千変万化変現出没きはまりなきが、大英雄の本領だ。キリストも言つたでないか……人は神と金とに仕ふること能はず……と、大宗教の法主が不渡手形を発行したり、貴族院議員が詐欺広告をやつて貧乏人の金を絞つたりする世の中だ。何といつても金が元だ。汝も俺の目的が達したなれば、キツと重く用ゐてやる。それまではどんな事でも俺のいふ事は、善にまれ悪にもあれ服従するのだ。第一お前の肚さへ定まれば、この玄真坊は神算鬼謀のあらむ限りを尽し、大望を起してみやうと思ふのだ』
『なるほど、こいつア面白からう。しかしながら貴下が天下を取つた時や、このコブライは、キツと左守か右守にして下さるでせうなア』
『ウーン、またその時やその時の風が吹くだらう』
『その時の風の吹きやうによつては、どんな運命に陥れられるかも知れませぬな。そんな頼りないお約束は出来ませぬワ』
『今から取らぬ狸の皮算用をやつてをるよりも、まづ実行力が肝腎だ。実行さへすれば、お前が嫌だといつても、俺の方から頼んで左守になつてもらふワ、論功行賞は成功した後の事だ。サ、これから一つ、俺も数珠を投げ捨て、金剛杖をへし折り、天晴れ泥棒の張本石川五右衛門の再来となつて、大活動をしてみやう』
といひながら、数珠をズタズタにむしつて、岩上にブチつけ、百八煩悩にかたどつた、百と八つの菩提樹の玉は雨霰と四方に飛び散り、金剛杖は三つにへし折られ、恨めしさうな面をして大岩の麓に倒れてゐる。玄真坊はさすがに数珠に幾分の執着が残つたか、飛びちる数珠の玉を眺めながら、
『南無百八煩悩数珠大菩薩、南無大救世主遍照金剛杖如来、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』
と手向けの言葉を残し、岩上を降つて、峠のあまり広くない赤土の道へ出た。コオロは旅の疲れで、コロリと横たはり雷のごとき鼾をかいてゐた。玄真坊はこれを眺めて、
『オイ、コブライ、コオロといふ奴、気楽な奴ぢやないか、こんな所に何時追手が来るかも知れないのに、雷のやうな鼾をかいて寝てゐやがる。一つ揺すり起してみたらどうだ』
コブ『玄真坊さま、このコオロといふ奴、何が何だか分りませぬぜ。ワザとに狸の空寝入りをして、貴下と私の計画を残らず聞取り、タラハン城へでも行つた時にや、恐れながらと内通をする奴かも分りませぬ。どうも此奴のそぶりが変だと思つて、始終注意を怠らなかつたのですが、こんな所で鼾をかくとはますます怪しいぢやありませぬか。災ひを未然に防ぐは智者のなすべきところ、二葉で禍根を刈り取るが将来の安全策と心得ます。斧鉞を用ゐても手に合はないやうになつてからは、最早いかんともすることが出来ますまい』
玄『さう深案じをするものでない、この面で何が出来るものか、マア心配をするな、俺に任しておけ』
『ヘーン、さうですかいな、そんなら私の提案をどうぞこのコオロに話さないやうにして下さいや』
『ウンよしよし、いらざる事を喋つて、同僚間に内訌を起させるやうな拙劣な事はやらないよ、マ、安心したがよいワ』
 コオロは「ウーンー」と手足を伸ばし、ワザと三つ四つビリビリとふるひ、「アーアー」と欠伸をつづけて後、目をこすり、どん栗眼をギロリとむき出し、
『アーアーよう寝たよう寝た、たうとう華胥の国の国王殿下になりかけてゐたのに、惜しい夢が醒めたものだ。……命にも替へて惜しけくあるものは、みはてぬ夢のさむるなりけり……だ。ヤ、玄真坊さま、ア、コブライの哥兄、えらい失礼をしたな』
玄『よく寝たものだな、しかしお前は華胥の国の国王になつた夢をみたといふが、そらよい辻占だ、その夢を俺が買つてやらう』
コオ『ハイ、有難うございます、しかしながらこんな夢を金銭で売るわけにはゆきませぬ。所はハル山峠の頂上、常磐堅磐の岩の根で見た夢ですから、キツとこれは実現するでせう、絶対に売る事は出来ませぬ』
『何といつても夢ぢやないか、元がかかつてゐるのぢやなし、百両やるから売つてくれ』
『……………』
コブ『モシ、玄真さま、そんなバカなこた、おいたらどうですか、折角の計画が夢になつちや約りませぬがな。無形の夢を有形の宝で買はうとは、チツと貴方も頭が悪いですな』
玄『バカを言ふな、夢は無といふ、無は無なり、無より有を生ず、有にして無なり、無にして有なり、これ即ち言霊学上アの言霊活用だ。アは天なり父なり、大宇宙なり、大権威なり、どうしてもこの睡眠中に見た霊夢を俺の手に入れねば、目的が成就せない。こらキツと神さまがコオロにお見せなさつたのだろ。お前と俺とがタラハン国を占領し、国王にならうとまで計画を立ててゐる、その足許で見た夢だから、現幽一致だ、こんな瑞祥はまたとあるまい。それだから、コオロが売らないと言へば、その夢をこの玄真が取つてしまふのだ。元より人の物を奪るのは俺の商売だから、アハハハ』
『なんぼ泥棒が商売だといつても、人の夢までふんだくるとは、あまり念が入りすぎるぢやありませぬか』
『水も洩らさぬ仕組といふぢやないか、念には念を入れ、細より微に入つて、注意をめぐらすのが、正に智者のなすべきところだ。至大無外、至小無内の活用が即ち神たる者の資格だ』
『貴方は今、数珠を捨て、金剛杖をヘシ折り泥棒に還元し、天帝の化身を廃業なさつたぢやありませぬか。最早只今となつては、神様呼ばはりは通用いたしませぬよ』
『アハハハ、神にもいろいろある、俺は正神界は辞職したが、これから邪神界の神となるのだ。泥棒にも神さまがあるよ、俺はこれから泥棒の神だ、ボロンスの神だ』
『ヘー、フンさうすると貴方は天国浄土の死後の安住はお望みにならないのですか』
『オイ、泥棒の分際として、あるひは人の国を占領するといふ豺狼の心を抱持しながら天国浄土もあつたものかい、霊肉ともに地獄の覇者となつて活動するのだ。極楽浄土へ行つて百味の飲食を与へられ、蓮の台に安逸な生活を送り無聊に苦しむよりも、地獄の巷に駈け入つて、命を的の車輪の活動の方が何ほど楽しいか知れやしないワ。極楽なんか俺たちの性に合はないところだ』
『ウンなるほど……チギル秋茄子、地獄ご尤もだ。そんなら私も玄真坊の悪鬼羅刹が乾児となつて修羅の巷に突入し、獅子奮迅、暴虎憑河の勢ひをもつて、タラハン城を根底から、メチヤメチヤに覆へし、お目にかけて御覧に入れませう、イツヒヒヒヒ』
玄『オイ、コオロ、どうしても俺に売つてくれないか』
コオ『ハイ、売りませう。その代り私に一つの註文があります。金は要りませぬ。私に命令権を与へて下さい』
『よし、与へてやる。その代り夢は確かにこの方へ受取つたぞ』
 コオロは横を向いて一寸舌を出し、素知らぬ面して、
『ヤ、有難い、サ、これから玄真坊だらうが、コブライだらうが、俺の命令に服従するのだ』
といひ、肩を聳かし、にはかに元気づく。
玄『ハハハ仕方のない代物だな』
コブ『ヘン、こんな奴の命令を聞いて堪るかい、チヤンチヤラ可笑しい、臍茶の至りだ。しかし玄真さま、こんな山の上に何時まで居つても、食物もなし、何処の人家を襲うて腹を拵へやうぢやありませぬか。日も西山に傾いたし、麓の里まではまだ三里もございますよ、サ、参りませう』
とコブライは勝手覚えし山路を、先に立ち、三人急坂を降り行く。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)



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