出口王仁三郎 文献検索

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物語71-2-141926/02山河草木戌 障路王仁三郎参照文献検索
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第一四章 障路〔一八〇三〕

 玄真坊、コブライ、コオロの三人は左守の情けによつて、漸くに死罪を免れ、持てるだけの黄金を胴巻に押し込み、重たい腰をゆすりながら、人跡稀なる森林を探りて、一日一夜西へ西へと駈け出して行く。三人とも身体縄のごとくに疲れ果て、最早一歩も歩めなくなつてしまつた。
コブ『モシ玄真さま、なにほど黄金を沢山貰つても体が達者になるといふでもなし、腹が膨れるといふでもなし、かうなつてみると黄金も何も役に立たないものですな。重たいばかりで、こんなこと三日も続けやうものなら、たうてい命はありませぬワ』
玄真『馬鹿を言ふな、金さへ有れば、どんな甘い物でも食られるし、どんな別嬪でも買はふとままだ。今日は黄金万能の世の中だからのう、着炭議員に成らうとしても五万や十万の金は要る。短命内閣の総理大臣に成らうて思つても、二千万両や三千万両の金が要るのだ』
『さうかも知れませぬが、かう山林ばかし跋渉してゐては、別嬪も見付からず、甘いもの食はうにも、味無いもの食はうにも、テンで店屋も無いぢやありませぬか。一千万円の包より一升米が貴いやうに私は思ひますわ。アーア何とかして食料に有りつきたいものだなア』
『そんな弱音を吹くな。もう一日ばかり走れば安全地帯がある。そこへ行けば女郎もゐるし、どんな綺麗な着物でも売つてゐる。百味の飲食も待つてゐる。マ、そこまで辛抱したがよからう、腹が空つて仕方なければ拇指の爪なつと甜つてをれ。さうすりや些とばかり飢ゑを凌ぐ事が出来やうも知れぬ。あの章魚を見い、章魚は食ふ物が無くなると、自分の足を皆食つてしまふものだ』
『人間を章魚に譬へられちや堪りませぬがな。お前様こそタコ坊主だから足なつと甜つてをりなさい。コブライは痩せても枯れても一人前の人間様だ。タコの真似は出来ませぬワイ、のうコオロ。もう一足も歩けぬぢやないか』
コオ『俺も苦しうてたまらぬが、何処でこのお金をもつて甘いものを買ひ、別嬪を抱いて寝やうと思へば、また元気が出て来て、些とばかり歩けるやうになるのだ。何といつても人間は心次第だ。もう暫時だから玄真坊様のおつしやる通り、辛抱して跟いて行かうぢやないか。こんな所で野垂死しても約らぬからの』
コブ『エー、仕方がない。またコンパスに御苦労をかけやうかな』
と渋々ながら一二丁ばかり進んで行くと、十手指叉を持つた十数人の捕手が、身を没するばかりの萱草の中から現はれ出で、三人を取りまいてしまつた。右の方は千仭の谷間、三方は捕手に囲まれ進退これ谷まり最早これまでと、三人一度に青淵めがけて、九死に一生を僥倖せむものと、命の安売をやつてみた。捕手は「アレヨアレヨ」と眺めてをれど、名に負ふ断岩絶壁近よることも出来ず、みすみす敵を見捨てて、ブツブツ小言を言ひながら帰り行く。
   ○
 渺茫として際限もなき大原野の真中を、ただ一人の老人が蚊の鳴くやうな声で歌を唄ひながら通つてゐる。

『川の流れと人の身の  行末こそは不思議なれ
 タラハン城に仕へたる  吾は左守の司なるぞ
 いつの間にかは知らねども  限りも知らぬ大野原
 さまよひ来たる訝かしさ  道ゆく人も無きままに
 言問ふ由もなくばかり  アアいかにせむ千秋の
 恨みを野辺に残しつつ  あへなき最後を遂ぐるのか
 アア浅ましや浅ましや  タラハン城の方面は
 何処の空に当るやら  百里夢中にさまよひし
 吾が身の上こそ悲しけれ  原野に千草は生えぬれど
 花も実もなき枯野原  吹き来る風さへ音もなく
 烏の声さへ聞こえ来ず  寂光浄土か知らねども
 天地一度に眠りたる  如きこの場の光景は
 淋しさたとふる物もなし  ああ惟神々々
 三五教の大御神  導き玉へ永久の
 住処と定めしタラハンの  城下に建ちし左守家へ
 思へば思へば人の身の  行末こそは果敢なけれ
 この世を造りし神直日  心も広き大直日
 ただ何事も人の世は  直日に見直し聞直し
 身の過ちは宣直す  三五教の御教は
 梅公別の師の君ゆ  完全に委曲に聞きつれど
 見直す術も無きままに  名さへ分らぬ荒野原
 吾等は何の罪あつて  かかる処へ落ちたのか
 合点のゆかぬ世の中ぞ  憐れみ玉へ大御神
 導き玉へ吾が宿へ  ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ  旭は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  たとへ大地は沈むとも
 誠の力は世を救ふ  神が表に現はれて
 善と悪とを立別ける  この世を造りし神直日
 心も広き大直日  ただ何事も人の世は
 直日に見直す道ぢやげな  誠の力といふ事は
 この世を造り玉ひたる  真の神の力だろ
 人間界に身をおいて  どうして真が出るものか
 真の力の神さまよ  吾等の淋しき境遇を
 何とぞ救ひ玉へかし  ひとへに願ひ奉る
 三千世界の梅の花  一度に開く神の国
 開いて散りて実を結ぶ  月日と土の恩を知れ
 この世を救ふ活神は  高天原に神集ふ
 などと尊き宣伝歌  肝に銘じて忘れねど
 ただ一輪の梅さへも  開いて居らぬこの野辺は
 地獄の道の八丁目  八衢街道の続きだろ
 かかる淋しき大野原  さまよひ来たる吾が身こそ
 前世現界相共に  無限の罪を重ね来て
 神の懲戒うけながら  身魂を研いてをるのだろ
 死んだ覚えのない吾は  幽冥界とも思へない
 ああ惟神々々  神がこの世にあるならば
 何とぞ吾が身を導いて  恋しき吾が家にかやせかし
 ひとへに願ひ奉る』  

 かく歌ひながら、大野原に蚯蚓の這うたやうについた細路を辿り行くと、土の中からムクムクと頭だけが動いてゐる。シヤカンナはこの淋しい原野の正中に松露のやうな頭が動いてゐるのは合点が行かぬと、手に持つた杖で二つ三つこついてみると「アイタタ アイタタ」と言ひながら、月が山の端を昇るやうに、チクリ チクリと土から抜け出で、肩まで現はして来た。よくよく見れば玄真坊の姿そつくりである。シヤカンナは驚いて、
『オイ、コラ、汝は玄真坊ぢやないか。こんな所に何をしてゐるのだ』
玄真『ヤ、私はお前にお詫びをせにやならぬ事があるのだ、確かには覚えてをらぬが、お前の館へ行つて無理難題を吹きかけ、ドツサリ金をぼつたくつて帰つた天罰で、幽冥主宰の神から沢山な黄金を罰則として体に縛りつけられ、その重みで体が地の中へにえ込んでしまひ、今ヤツとの事で首だけ地上へ現はしたところだ。どうか「許す」と一言言つてくれ。さうすりや俺の罪も軽うなるだらうから……』
シヤ『何だか俺は足がヒヨロ ヒヨロするけれど、体が軽くて足が地上を離れさうで危険でたまらないが、お前はまた体が重いとは不思議な事だのう。それぢやお前の首を千切つてやるから、胴柄ぐらゐ土に托しておいたらどうだ。いづれ遅かれ早かれ土の中へ這入る体だからのう』
『オイ兄貴、そんな無茶なこと言うてくれない。天一の手品師なら、首をチヨン切つてもまたつげるだらうが、俺のはさうはいけないよ。どうか兄貴、金剛力を出して俺の体をグツと引き上げてもらへまいかの』
『体を引き上げといつたつて、首から下が埋もつてゐるのだから、手をかける所もないぢやないか、それでも強つて引き上げといふのなら、両方の耳を掴んで試しにやつてみやうかな』
『どうでもよいから、ともかく一寸でも体を地上へ出してくれ、苦しくて堪らぬ、どうやら地の底の地獄へ引つぱり込まれさうだ』
 「ヨーシ」と言ひながらシヤカンナは、一生懸命に冷たい手で冷たい耳を掴んでみたが、磐石のごとくビクとも動かない。さうかうしてる所へ、またもや二人の男が、濡衣を纏ひながら、力なげにトボトボとやつて来る。シヤカンナは後ふり向いて、
『ヤ、お前はコブライにコオロの両人、どしてまたこんな淋しい所へやつて来たのだい』
コブ『ヤ、親方でございますか、まづ御壮健でお芽出たう。実アはつきり覚えませぬが、お前さま所で金を貰つて帰る途中追手に出会ひ、谷川へ飛び込んだと思や、何時の間にかこんな所へ来てゐます。しかし飛び込んだ際に折角貰つた山吹色はみんな谷底へ捨ててしまひ、今ぢや欠けたかんつもございませぬが、どうか親方、チツとばかりお金を恵んで貰へますまいかな』
シヤ『俺だとてその通りだ。一文生中も身につけてゐないのだ。こんな所を旅行するのに家もなし店もなし、金が要るものかい。腹が減つたら草でも千切つて食つて行くより仕様がないぢやないか』
コブ『ヤ、そこにゐるのは玄真さまぢやないか、何ぢやい、首ばかり出しやがつて、……サ、起きたり起きたり』
 玄真は目を無性やたらにジヤイロコンパスのやうに廻転し始め、口も目も鼻も一所に集中し、顔面筋肉をしきりに活動させ出した。
シヤ『ヤ、こいつアどうやら地獄落ちらしいぞ。まだ黄金に執着心を持つてるらしいぞ、オイ、玄真、すつぱりその金を思ひ切つてしまへ。そすりや助かるだらう』
玄真『ヤア、何ほど金が欲しうても、かう苦しうては欲にも得にもかへられないワ、モウ金はコリコリだ。一文も要らない。オイ黄金の奴、今日から暇をやるから勝手に何処へ行つてくれ』
と言ふが否や、子供の玩具の猿が弓弾きに弾かれたやうな勢ひで、ポンと地上三間ばかりも飛び上り、ドスンとまた元の所へ落ちて来た。
シヤ『オイ、玄真坊、欲といふ奴ア怖いものぢやのう』
玄真『本当にさうだ。おらモウ金にはコリコリしたよ。しかしお前は結構なタラハン城の館を捨てて、何故またこんな所へ来たのだ。チツと合点が行かぬぢやないか、……ハハー、おほかた俺の金が惜しうなつて、追駈けて来たのだな。それで俺を器械仕掛で地の中へ電気ででも引張つてゐやがつたのだなア』
『馬鹿を言ふない。俺はモウ金なんか見るのも厭だ。しかし俺は、今フツと思ひ出したがお前を逃がした跡で、たしかに神様の前で切腹をして果てたつもりだが、何故またこんな所へやつて来て生きてゐるのだろ。丸で狐につままれたやうで、現界か幽界かチツとも訳が分らないのだ。一体ここは何処だと思つてゐるか』
『サ、どうも不思議でたまらぬのだ。お前の話を聞くと、お前が俺より先死んだものとすれば、先に此所へ来て居らにやならぬ筈だ。俺たち三人は一日一夜山や谷を走つて谷川へ飛び込んだやうな気がする。それが先づ此処へ来てる筈がない。てもさても合点の行かぬ事だのう』
コブ『コリヤどうしても、玄真さま、幽界旅行をやつてゐるのに違ひありませぬよ。吾々はかうして生きてると思つてるが肉体はとうに死んでしまひ、精霊体ばかりが此所へ迷うて来たのでせう。霊界には時間空間の区別も無く、遠い近いもないさうだから、先へ死んだ者が後へなるとも、後から死んだ者が先へなるとも、そんなこた分りませぬワイ。マア死んだものとしておけや、後で驚かいでよろしかろ』
コオ『オイ、コブライ、どうやらこりや地獄街道の八丁目らしいぞ。困つた事になつたものぢやないか』
玄真『さうだ、ちよつと面食つたな、しかしながらかうして四人の道伴れが出来た以上は、淋しさも稍薄らいで来たやうだ。とも角、地獄でも何処でもかまはぬ、行ける所まで行かうぢやないか。俺達や元より極楽に行つて無聊に苦しむよりも、地獄へ行つて車輪の活動をやるが望みだからのう』
コブ『そのお説はハル山峠の岩上で承りましたね、サ、行きませう。あまり淋しいから一つ行進歌でも唄はふぢやありませぬか』
玄真『そら面白からう、まづ俺から歌うてやる。

 限りも知らぬ大野原  ここは地獄の八丁目
 八衢街道か知らねども  三人の家来を引きつれて
 名さへ分らぬ荒野原  進みゆくこそ勇ましき
 もしもこの世に天国が  あるものとすりや行つてみやう
 無ければ是非なく地獄道  肩肱いからし進まうか
 しかしこの世に地獄とか  極楽などがあるものか
 どこまで行つてもこの通り  冷い風がピユーピユーと
 草の葉末をなでながら  遠慮もなしに通つてゐる
 これがヤツパリ地獄だろ  何ほど地獄が怖くとも
 こんな事なら屁のお茶だ  ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ
 コラコラ三人の家来ども  しつかり後からついて来よ
 落伍をしても知らないぞ  アレアレ不思議アレ不思議
 向方に妙な建物が  チラチラ吾が目につき出した
 こいつアやつぱり現界か  現界ならば尚の事
 一生懸命にはしやいで  元気をつけて行かうかい
 タラハン城を占領し  天晴れ国王と成りすまし
 羽振りを利かそと思ふたに  いつの間にかは知らねども
 こんな所へ彷徨うて  東西南北方位さへ
 分らぬ今日の不思議さよ  向方に見ゆる建物は
 鬼か悪魔の住処だろ  サアサア行かうサア行かう
 何をビリビリしとるのだ  もしも地獄があるならば
 地獄の鬼を引捉へ  蝗のやうに竹串に
 並べて刺して火に炙り  片つ端から食てやろか
 アア面白い面白い  地獄の王の御出立
 鬼でも蛇でもやつて来い  ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ』

 などと一生懸命に歌ひながら、頭を前方に突出し、チヨコチヨコ走りに進んでゆく。三人は四五丁ばかり取り残され、ヨボヨボと細い声で行進歌を歌ひながらついて行く。
 玄真坊は足許ばかり見詰めて突進した途端に四辻の立石に頭をぶつつけ、「キヤア、ウーン」と言つたきり、その場に蛙をぶつつけたやうにふん伸びてしまつた。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)



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