出口王仁三郎 文献検索

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物語71-2-131926/02山河草木戌 詰腹王仁三郎参照文献検索
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第一三章 詰腹〔一八〇二〕

 左守の司の館の離れ座敷には、戸障子を密閉して右守、左守が何事かひそびそ密談に耽つてゐる。
右守『左守様、この間は広小路の大火によりまして大変にお気を揉ましましたが、その後何のお変りもありませぬか。あの混雑にまぎれ込み、賊がお館に忍び込みなど致しまして大変御心配でございませう』
左守『イヤ御親切に有難うござる。ヤ、もう年は取りたくないものだ。かうして床の間の置物のやうに左守の司となつてゐるが、心ばかり焦るのみでやくたいもない事でござる。谷蟆山の谷間に居つた時は、何とかして再び元の左守となり、国政の改革をかうもやつて見やう、ああもやつて見やう、と十年の間心胆を砕いてゐたが、実地に当るとどうも甘く行かぬものだ。自分の心では確りしてゐるやうに思ふが、何とはなしに耄碌したとみえるわい』
『左守様、何をおつしやいますか、あなたの御名声は大変な人気でございますよ、この右守も貴方の御威光によつて歪みながらも御用を勤めさして頂いてをりますが、行き届かぬ事ばかりで、さぞお目だるい事でございませう。国王殿下は未だ御若年でもあり、左守様に気張つてもらはねば到底タラハン国は支へられますまい』
『賢明なる国王殿下といひ、聰明なる其方といひ、タラハン国の柱石はもはやビクとも致すまい。吾は老年、気ばかり勝つて思ふやうに体が動かない、困つたものだ。政務一切を其方に打ちまかして誠に済まないと思ふが、若い時の辛労は買うてもせいと言ふから、どうか一つ気張つて下さい。自分は床の間の置物でゐるのだ』
『何をおつしやいます。青二才の吾々、何が出来ますものか、みな左守様のお指揮によつて、どうなりかうなり御用が勤まつてゐるのでございますから。時に左守様、広小路の大火災の夜お館へ忍び込んだ泥棒について昨日取調べましたところ、大変な事を申しますので、取調べを中止し牢獄につないでおきましたが、またしても左守様のお名を引合ひに出しますので、陪臣の手前誠に困つてをります。如何いたせばよろしうございますか』
『この左守を引合に出す泥棒とは一体何者でござるかな』
『何でも天来の救世主、天帝の化身、第一霊国の天人、天真坊だとか申してをります。そして左守様とは兄弟分だと主張しますので、一応伺ひました上取調べをしやうと思ひまして、わざわざお伺ひ致した次第でございます』
 左守は当惑さうな顔をしながら、
『右守殿、大方それは発狂者でござらう。ともかく拙者が明日取調べてみませう。どうか誰も来ないやうにして下さい』
『ハイ畏りましてございます。それから、もう二人の泥棒も天真坊と同様に左守殿のお名を引合に出し、左守の親分に会はせと主張いたしてをります』
『その二人の泥棒の名は何と言ひましたかな』
『ハイ、一人はコブライといひ、一人はコオロと申しております』
『ハテナ、谷蟆山の岩窟に……』
と言ひかけて俄かに言葉を切り、
『長らくの間拙者も谷蟆山の奥深く世を忍んでをつたものだから様子も分らず、また如何なるものが自分の顔を見知つて吾が名を騙つてゐるかも知れますまい。何はともあれ三人の泥棒を右守殿、そつと吾が館へ呼んで来て下さいますまいか。内々取調べたい事がござるによつて……』
『左守様の仰せとあらば、たとへ掟に背いても呼んで参りませう』
『いや白洲で調べるのが規則であれど、この左守は知らるる通りの老体、たうてい足が続かないから、吾が館で取調べてみたいと思ふのだ。左守は一国の宰相、吾が家で調べやうと、白洲で調べやうとちつとも差支へはない筈だ。かかる例は先王の時代から幾度もあつた事だから』
『これはえらい失言をいたしました。しからば明日はこれに引き立てて参りますから、篤りお調べを願ひます。左様なら』
と慇懃に挨拶を述べ己が館へ帰り行く。後に左守は脇息にもたれ、吐息をつきながら独語。
『アア人間の行末ぐらゐ果敢ないものはないなあ。臥薪甞胆十年の艱苦を凌いでヤツと目的を達成し、元の左守となつて国政を改革し、新王殿下の政治の枢機に参与する身分となつたと思へば寸善尺魔の世の中、奸侫邪智に長けたる玄真坊が泥棒となつて入り込み、右守にまでもわが古創を羅列して聞かしたであらう。アー情けない。どうして今日の地位が保たれやうか、困つた事になつたものだ。自分は心より泥棒の親分となつてはゐなかつたが、タラハン国を思ふあまり手段を選まなかつたのが吾が身の不覚だ。そして今度の国政の改革について二百の部下は妨げにこそなれ、力になつた奴は一人もない。アア世の中は正義公道を踏まねば末の遂げられないものだなア』
 左守は来し方行末の事など思ひ浮かべて、その夜は一目も得眠らず夜を明してしまつた。
 烏は塒を放れて嬉しげに太平を歌ひ、雀はチユンチユンと愉快気に軒に囀つてゐる。左守はこれを眺めてまたもや独語、
『アア私は何故あの烏に生れて来なかつたらう。自由自在に大空を何の憚る事もなく前後左右に翺翔する様はまるで天人のやうだ。雀は無心の声を放つて千代千代とないてゐる。それにも拘らず、神の生宮と生れた人間の吾が身、何故まアこれだけ苦しみの深い事だらう』
と吐息を漏らしてゐるところへ、玄真坊、コブライ、コオロの三人は獄吏に護られ大手を振りながら、裏門を潜つて左守の居間の庭先へやつて来た。左守は玄真坊の姿を見るよりアツとばかりに打ち驚き卒倒せむとしたが、吾と吾が手に気を取り直し、
『やア獄卒ども御苦労であつた。三人の者はこの左守が預かつておく。早く帰つてくれ』
『ハーイ』
と言ひながら獄卒は逸早くこの場を立ち去つた。傍に人なきを見すました玄真坊は、遠慮会釈もなくツカツカと座敷に飛び上り、左守の前に胡座をかき黙然として左守の顔を睨めつけてゐる。コブライ、コオロの両人も玄真坊の左右に胡座をかき、無雑作に控へてゐる。
左守『ヤアお前は玄真坊ぢやないか、何処を迂路ついてゐたのだ。さうしてダリヤ姫は手に入つたのか、その後の経過を話してくれ』
玄真『ハハハハハ、ダリヤはどうでもよいが、オイ兄貴、ずゐぶん山カンが当つたものだのう。綺麗な娘を持つたおかげで、一国の宰相とまでなり上つたのだから、ちつとはおごつて貰つても好かりさうなものだ。この間もタラハン市の火事と聞くより兄貴の家が険呑と思ひ、この両人と共に救援に向かつたところ、訳のわからぬ雑兵どもが泥棒と間違へ牢獄にぶち込みよつたのだ。お前も俺の危難を聞かむでもなからうに、素知らぬ顔とはあまり虫がよすぎるぢやないか。そしてあの右守の青二才奴、俺に対して無礼の言をほざきよつた。どうだ兄貴、兄弟の誼で俺の言ふ事を聞いてくれないか』
『一体どうせいと言ふのだ』
『外でもない、あの右守を免職さしてその後釜にこの玄真坊を直すか、それも叶はずば、兄貴が右守となり、俺を左守に推薦するか、二つに一つの頼みを聞いてもらひてえのだ』
『外の事なら何でも聞いてやるが、オーラ山で泥棒をやつてをつたお前を、左守の司に推薦することは到底叶ふまい。殿下のお許しが無いに定つてゐるからのう』
 玄真坊は大口あけて高笑ひ、
『ハハハハハ、オイ兄貴、そりや何をいふのだ。俺はオーラ山において三千人の泥棒の大親分だぞ、兄貴は僅かに二百人の小泥棒の親分ぢやないか、二百人の親分が左守となつて、三千人の大親分が左守になれないといふわけがあるか。それはチと勝手な理窟ぢやないか』
 左守は「ウン」と言つたきり、黙念として頸だれる。コブライは膝をにじりよせ、
『もし親分、あなたは目的を達したらお前を重臣に使つてやらうとおつしやつたな。なア コオロお前だつてさうだらう。毎日毎日日課のやうに聞かされてをつたのだからのう。俺だつて泥棒をしてゐたい事はないが、何分親分の命令を忠実に守つてやつて来たのだから、親分が出世すりや俺達も出世するが当然ぢやないか』
コオ『ウン、そりやその通りだ。もし親分、いや左守さま、この瘠つ節を買つて下さるでせうなア』
左守『そりや確かにお前達にもその約束はしておいた筈だ。しかし今日ではその約束を実行出来ないのを遺憾とする。たとへわが館へ応援に来てくれたにもせよ、護衛兵の目を忍び裏門から忍び込み、宝庫の錠前を捻切らうとしてゐたのだから、誰の目から見ても泥棒としか認められない。今日は最早お前方を罪人と認める。心易いは常の事、タラハン国の掟は枉げる事は出来ない。三人とも死罪に処すべきが掟なれども、兄弟分や主従の誼で俺が見逃してやらう。サア一時も早く裏門から姿を隠したらよからう。この上タラハン城に迂路つけば再び捕縛せらるるであらう、さうすりやもう俺の手には及ばない』
玄真『エエ仕方がない、今日はおとなしく帰つてやらう、しかし左守、ずゐぶん金が溜つたらう、ちと土産にくれないか、金なしには何所へ行くわけにもゆかないからな』
左守『そんなら仕方がない、お前が忍び込もうとしたあの庫の中の有金をすつかりやるから、それを持つて早く姿を隠してくれ。後は私が何とか始末を付けておくから』
玄真『ヤ、実のところはお察しの通りその金が欲しかつたのだ。さすがは兄貴だ』
コブ『ヤアさすがは親方……金さへあれば名も位も何も要らぬぢやないか』
コオ『親分有難う、そんなら遠慮なしに三人分配して帰ります』
 これより三人は山吹色の小判をしこたま身につけ、裏門より木の葉茂れる密林を縫うて何処ともなく姿を隠した。後に左守は料紙を取りよせ、筆の跡も麗々しく、国王、王妃両殿下を初め右守に当てたる書置を残し、自分は白装束となつて、三五の大神の祭りある神前にて腹掻き切り立派な最後を遂げた。
 かかる事とは夢露知らぬ右守の司は、様子いかにと再び左守の館を訪ひ、案内もなく離棟の座敷に行つて見れば、左守は紅に染つて縡れてゐた。そして其処に三通の遺書が認めてあつた。アリナは取るものも取りあへず、自分宛のを封押し切つて読み下せば左の通りであつた。

一、拙者事、国王殿下のお見出しに預かり日頃の願望を達し、国政に参与の栄を担ひをり候処、今日玄真坊、コブライ、コオロの無頼漢、左守たる拙者に向かひ無礼の言を吐き候も、これを咎むるの権威なく、止むを得ず金銭を与へて逃げ帰らし申し候。かくの如き左守の処置は国王殿下の発布されたる法律を無視し、かつ蹂躙せる大罪にして、到底このまま職に留まるべき資格なく、国家の大罪人なれば、両殿下を初め、右守殿その他国民一般に対し謝罪のため、皺腹切つて相果て申し候。今後は何とぞ何とぞ殿下を輔け奉り、タラハン国の基礎を益々鞏固ならしむべく、奮励努力あらむ事を願ひ申し候
      国家の大罪人 シヤカンナより
   右守殿参る

と認めてあつた。アリナはこれを見るより驚きながらもわざと素知らぬ顔を装ひ、城中に参内して両殿下に事の顛末を詳細に言上し、二通の遺書を捧呈した。ああ惟神霊幸倍坐世。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 加藤明子録)



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