出口王仁三郎 文献検索

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物語71-2-121926/02山河草木戌 泥壁王仁三郎参照文献検索
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第一二章 泥壁〔一八〇一〕

 乱麻の如く乱れたる  タラハン国の内政も
 スダルマン太子の即位より  施政方針一変し
 左守右守が朝夕に  治国安民国富を
 培ひ養ひ民心を  得たれば茲に国内は
 漸く塗炭の苦を逃れ  万事万端緒について
 みろくの御世と称へられ  下国民は一様に
 新王殿下を親の如  主人のごとく師のごとく
 尊敬愛慕しながらも  長き春日は闌けて行く
 山野の花は散り果てて  新緑滴る野の光
 あなたこなたに時鳥  世の太平を謡ふをり
 好事魔多しの世の譬  タラハン城市の目貫の場
 行く道さへも広小路  大廈高楼たちまちに
 火焔の舌に包まれて  見る見る内に倒壊し
 数十軒の豪商は  将棋倒しとなりにける
 この虚に乗じて玄真坊  コブライ コオロの両人と
 しめし合せて左守司  シヤカンナ館に忍び入り
 金銀財宝を奪ひとり  日頃の大望達せむと
 神ならぬ身の悲しさに  吾が身に危難のかかるをば
 つゆ白煙くぐりつつ  左守が館の裏門の
 くぐりを押し開け忍び入る  遠く市中を見渡せば
 をりから輝く月光は  火焔に包まれ墨の如
 光を失ひ慄ひゐる  その光景ぞ凄じき
 この機に乗じて三人は  奥の間深く忍び入り
 宝庫の錠前捻ぢ切つて  躍り込まむとする時しも
 衛兵どもに見付けられ  一網打尽に三人は
 高手や小手に縛られて  本城内の牢獄へ
 投げ込まれたるぞ浅間しき。  

 玄真坊外二人は火事の騒ぎを幸ひに左守の館へ忍び込み、宝庫を押し破つてシコタマ財宝を奪はむと働くをりしも、物蔭に隠れてゐた十数の衛兵に苦もなく取押さへられ、タラハン城内の営倉に護送されて一人々々独房に投げ込まれてしまつた。
 火事は漸くにして鎮まり、四方より集まる義捐金や同情金によつて再び元の大商店を経営するの運びが纏まり、復興気分が漂うて来たので、そろそろ三人の泥棒を調べに取りかかつた。まづ第一に玄真坊を引出し、右守の司のアリナが調ぶることとなつた。
 アリナは厳然として高座に控へてゐる。玄真坊は後手に括られたまま白洲に引出され豪然と椅子に腰打ちかけ、やや反り身となつて右守を睨みつけ、心の中で……「この青二才奴、何を猪口才な、まだ口の辺りに乳がついてゐる。何ほどの事があらう」と、口をへの字に結んでアリナの訊問を待つてゐる。
アリナ『その方の姓名は何と申すか』
玄『ヽヽヽヽヽ』
『その方の住所姓名を明らかに申せ』
『拙者の現住所はタラハン城内の第一牢獄だ』
『姓名は何と言ふか』
『この方の姓名を聞いて何と致す。たつて名を名乗れとならば言はぬ事もない、吾が名を聞いて驚くな。そもそも吾こそは第一霊国の天人、天帝の化身、天来の救世主、天真坊様といつて左守のシヤカンナが兄弟分だ。火事見舞のためにシヤカンナの館へ乗り込み類焼の難を怖れ、宝庫の宝物を安全地帯へ運びやらむと、取るものも取敢ず錠を捻ぢ切らむとするをりしも、訳も分らぬ木端武者ども横合より飛び出し、盲滅法界に天来の救世主を科人扱ひをなし、かやうな所へ押し込みよつたのだ。その方のごとき青二才には、たとへ右守司でも相手にはならない。不審があればシヤカンナを呼んで来い、トツクリと天地の道理を説いて聞かせるほどに、アーン……。こりや青二才、俺の縛を解かぬか、煙草を一服呑ませ、左守司の兄弟分をかやうに虐待いたすものがあるものか、不心得千万にもほどがある。火事見舞の客か泥棒か分らぬくらゐの事で、どうして一国の右守が勤まると思ふか、チト確り致したがよからうぞ』
『しからばその方に尋ねるが、何ゆゑ火事見舞に出て来るのに覆面頭巾で来たのか、何ゆゑ兇器を持つて飛び込んで来たのか』
『ハツハハハハ、てもさても分らぬ右守だな、空からは一面火の粉の雨、火事場へ出て働かうと思へば覆面頭巾は当然の事だ。かの消防隊を見よ、一人も残らず覆面頭巾の装束ぢやないか』
『しからば何ゆゑ三尺の秋水を閃かして這入つたか、その理由が分らぬぢやないか、てつきり泥棒が目的ぢやらう』
『アツハハハハ、訳の分らぬにもほどがあるわい。俄か火消の事とて鳶もなし、纏もなし、やむを得ず丸太旅館の火事羽織を身につけ、武士の魂たる刀を提げ万一の警戒に備ふるためだ。かの左守の屋敷には数十人の衛兵がおのおの武器を携帯し、三尺の秋水を抜いて警固厳しく控へてゐるぢやないか。火事の混雑によつて衛兵は七八分まで消防の応援に出掛け、左守の館は実に不安きはまる無防備も同様、兄弟分の誼をもつて二人の部下を引率れ応援に向かつたのだ。かかる親切なる吾々の行動に対し、青二才の分際として訊問するとは片腹痛いわい。汝ごとき木端武者に話したところで訳が分らうまい、一刻も早く左守をこの場に呼んで来い、キツと黒白が分るだらう』
『その方の伴うてゐた両人を調べて見れば、何れも泥棒の目的で這入つたと申し立ててゐるぢやないか。何ほど汝が小利口に抗弁するとも、已にすでに両人の自白によつて強盗に忍び入つたのは明白の事実だ。たとへ左守司の兄弟分だといつても、国法は枉げる訳には行かぬ、どうぢや両人の自白を打ち消す勇気があるか』
『アツハハハハ、左様な愚問を発する奴があるか、かやうな事はいい加減に片付けたがよからう。よく考へて見よ。コブライ、コオロの両人は、もとよりシヤカンナ泥棒親分の輩下ぢやないか。タニグク山の岩窟に立籠り、民家を苦しめ財物を奪ひ取つた鬼畜生の片割だ。彼等二人は元よりシヤカンナ泥棒の輩下だから、人の家へ忍び込めば泥棒に入つたと早合点するのは見えすいた道理だ。吾は天来の救世主だ、天帝の化身だ。何を苦しんで目腐れ金に目をくれ、左守の屋敷へ忍びこむ道理があらうぞ。目が見えぬにもほどがあるわい』
とどこまでも押強く、さすがの右守も困り果て、
『まづ今日の調べは、これで惜いておく、また明日トツクリと調べるであらう』
と言ひながら白洲の奥へと姿をかくした。
 玄真坊は二人の小役人に引立てられ、もとの牢獄へと帰り行く。
 玄真坊は牢獄に打ち込まれながら、平気の平左で鼻唄を歌つてゐる。

『楽焼見たやうな此方の顔に
  惚れるダリヤさまは茶人さま……と
 なにほど左守が威張つてみても
  もとを洗へば泥棒さま……か
 泥棒泥棒と偉さうに言ふな
  左守が泥棒の張本ぢやないか
 左守シヤカンナの泥棒でさへも
  娘のおかげで世に光る……と
 子供持つなら娘を持ちやれ
  親ももろとも玉の輿……と
 タニグク谷間の泥棒さまも
  今はタラハンの左守となつた
 左守左守と偉さうに言ふな
  井戸の底にもゐる蠑螈
 右守か左守か俺や知らねども
  井中の蠑螈によく似てる
 井中の蠑螈は大海知らぬ
  どうして天帝の心が分らう』

 かかる所へ守衛が靴音高くやつて来て、
『こりやこりや坊主、静かにせぬかい、何を言つてゐるのだ』

玄『守衛守衛と偉さうにさらす
  貴様は乞食の兄ぢやないか
 乞食番太に坊主に兵士
  まだも悪いのは下駄直し』

守『こりや坊主、貴様は自分の事を言つてるぢやないか』

『俺は天帝の化身の身魂
  頭は坊主に化けてゐる
 たとへ頭は坊さまぢやとて
  俺の霊は天帝さまだ』

『エー、仕方のない坊主だな、静かにしろ、右守さまに報告するぞ』
『オイ、守衛、左守、右守に俺がことづけしたと言つてくれ、……俺が泥棒なら貴様等もヤツパリ泥棒だと言つてをつたと、これだけでいい、その外のことは言ふな、貴様の身の破滅になるといけぬからのう』
 守衛はプリンと体をふり、面をふくらし一言も答へず、靴の先で牢獄の戸を二つ三つ蹴りながら、足早やに何処へ行つてしまつた。
 玄真坊は退屈でたまらず、獄中に縛られたまま俄か作りの経文を読み出した。

『摩訶般若波羅蜜多心経
無限無量絶対力の権威を具備する天帝の御化身、最高第一天国の天人並びに最奥霊国の天人、天来の救世主、天真坊様は不慮の災難によつて、今やタラハン城内の狭隘なる牢獄に日夜を送る身となりぬ。そもそも人は万物の霊長、天地の花、天人の住所なるにも拘らず極悪無道の泥棒が親分、左守司と化けすましたるシヤカンナが今日の暴状、必ずや天地の神は怒らせ玉ひ、地震雷火の雨はまだ愚か、大海嘯の大襲来によつて左守右守は言ふに及ばず、大災害の突発せむは明瞭なり。アア憐れむべし盲滅法の世の中、天に日月輝くとも、中空に黒雲塞がりあれば、天日も地に達せざる道理なり。アアバラモン帝釈自在天大国彦命、一時も早く、天変地妖の奇瑞を示し、この城内を初めとし全国の民衆に目をさまさせ玉へ。吾はもとより泥棒にも非ず、また左守右守が如き野心家にも非ず、ただ天が命ずるままに天意を行ふのみ、帰命頂礼謹請再拝、南無バラモン天王自在天、吾が願望を納受ましませ』
 かかる所へ右守司は玄真坊の様子いかにと只一人、偵察がてらやつて来たがこの経文を聞いて吹き出し、
『オイ、天帝の化身殿、大変な雄猛びでござるな。一時も早く天変地妖の奇瑞が見せてもらひたいものだなア』
玄『ヤア、よい所へやつて来た、その方は右守のアリナじやないか、どうだ、左守と相談して来たか』
右『黙れ、罪人の分際として何御託を吐くのだ。何といつても泥棒の目的で忍び込みながら、千言万語を費やしての弁解も、吾々の聰明を蔽ふことは出来ないぞ。ここ二三日の間の命だ、喰ひたいものがあるなら何なりと言へ。今に刑場の露と消える身の上だから、この世の名残に何なりと吐いておくがよからう。その方の罪は已に死罪と定つてゐるのだ』
『ハツハハハハ、その方が何ほど死罪ときめても神の方、この方さまから見れば無罪でございだ。ともかく左守が此処へようやつて来ん事を思へば、ヤツパリ俺が恐いのだ。そらさうだ、面の皮引きむかれるのが嫌さに菎蒻の幽霊のやうに慄うてゐるのだらう。憐れな老骨だな、イツヒヒヒヒ。何ほど自身の娘が別嬪で、王妃殿下になつたといつても、その父親たる自分が泥棒の親方では、到底一国の政治は行はれまい。泥棒の親分になればキツと天下は取れると、国民に国民教育の手本を見せるやうなものだ。そんなことでタラハンの国家が続くと思ふか。オイ右守、タラハン国の事を思へば、さう俺が言つたと左守に言つてくれ。俺は已にすでに覚悟はしてゐる、しかし左守に一度会はねばならぬ。死罪なつと五罪なつと勝手にしたがよいわ。それまでに是非とも左守に言つておく事がある。左守だつてこの世の名残に会はぬと言ふ事もあるまい』
アリ『左様な世迷言は聞く耳は持たない。ま一度白洲で調べてやらう、適確な証拠が上がつてゐるのだから』
と言ひながら靴音高くこの場を去つた。玄真坊はまたもや大きな口をあけ、無恰好の目鼻を一緒によせ、やけ糞になつて都々逸をやり始めた。

『逃げた逃げたよまた逃げた  玄真さまの御威光に恐れ
 右守のアリナが尻に帆かけて  スタコラヨイヤサと逃げ失せた
 さても憐れな代物だ  左守シヤカンナはさぞ今ごろは
 吐息つくづく机に向かひ  昔の疵を思ひ出し
 頭痛鉢巻き汗タラタラと  薬鑵もらしてゐるだらう
 ア コラシヨ コラシヨと  家を建てるのは大工さま
 壁を塗るのはシヤカンナだ  昔の古疵ゴテゴテゴテと
 泥塗り隠すシヤカンナだ  娘の光でピカピカピカと
 螢のやうな光出す  自分は泥棒して人苦しめて
 俺を泥棒と苦しめる  泥棒するならしつかりやれよ
 七千余国の月の国  大黒主の領分を
 片手に握つて立つやうな  わづかタラハン一国の
 番頭さまでは気が利かぬ  左守かいもりか知らねども
 世間の狭い親爺どの  ア コラサ コラサ』

と、精神錯乱者のやうに喋り立ててゐる。格子窓の間から遠慮会釈もなく蚊軍が襲撃する。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 北村隆光録)



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