出口王仁三郎 文献検索

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物語71-2-111926/02山河草木戌 異志仏王仁三郎参照文献検索
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第一一章 異志仏〔一八〇〇〕

 玄真坊はコブライ、コオロの両人と思ひ思ひに追手に驚いて別れてしまひ、当途もなしに西へ西へと月夜を幸ひ駈け出したが、ほとんど空腹のために身体は弱り果て、足の歩みも捗々しからず、どつかの民家を尋ねてパンにありつかむものと、煙が何処かに見えぬかと、一生懸命に空を向き、覚束なき足で歩んでゐると、傍の森林の中から「オイ、オーイ」と人を呼ぶ声が聞こえて来た。玄真坊は「ハテ訝かしや、かやうな所で自分を呼びとめる者はないはずだ。察するところ昨夜の捕手の奴、こんな所まで出しやばつて、吾々の先廻りをしてゐるに違ひない、コリヤうつかりしてをれぬ、三十六計の奥の手は逃ぐるに若くはなし」と、疲れたコンパスに撚をかけ、またもや草花の茂る綺麗な原野を一生懸命に駈け出す。後から二人の追手が十手を打振りながら、「オイ、オーイ」と声を限りに追つかけ来たる。トンと突き当つた前方の峻山、もはや自分は到底逃げおうすことは出来まいと、路傍の辻堂を見付けて、少時姿を隠さむと這入り見れば、等身の石仏が立つてゐる。やにはに玄真は満身の力をこめて、首のあたりをグツと押すと、石仏は苦もなく倒れてしまつた。玄真は石仏の倒れた後の台石にスークと立ち、不格好な羅漢面をさらしながら左の手をふりあげ、右の手を膝のあたりまでさげ、石仏に化けて追手の目を遁れむと早速の頓智、そこへ漸く駈けつけやつて来た二人の追手は辻堂を見付けて、
甲『オイ、あの泥棒はどつか、ここらの草の中へでも沈澱しやがつたとみえて、影も形も無くなつたぢやないか、こんな者探しに行つたつて雲を掴むやうなものだ、彼奴ア魔法使ひかも知れぬぞ。とも角この辻堂があるのを幸ひ、コンパスに休養を命じたらどうだい。腹も相当空つて来たなり、命がけの活動をして捉まへたところで、わづかの目くされ金を褒美に貰ふだけだ。一遍散財したらしまひだからのう』
乙『そらさうだ、俺だつてお前だつて、今かうして堅気になり、追手の役を勤めてゐるものの、元を洗へば立派な人間ぢやないからの、グヅグヅしてをれば鼻の下が干上るなり、せう事なしの追手の役だ。マアこの春の日の長いのに泥棒の一人ぐらゐ掴まへたつて、あまり世のためにもなるまいし、体が肝腎だ。ア、この辻堂を幸ひ一服しやうぢやないか』
甲『ここには妙な石仏が立つてゐるぞ、この石工は誰がやつたのか知らぬが、まるで生仏のやうだ、一つ煙草でも喫もうぢやないか』
と言ひながら、ケチケチと火打を打ち出し、煙管の皿のやうな雁首に煙草を一杯盛つて火をつけ、両人はスパリスパリと吸ひ始めた。一服吸うては石仏の足の甲へポンポンと火を払ひ、また煙草をつぎかへては吸ひつける。玄真坊は熱くてたまらず、黒い面の真中の方から、白い目を剥き出し、涙さへたらし出した。二人はフツと上むく途端に、石仏の目がグリグリと廻り、涙さへ落としてゐるので、
『ヤア、こいつ化物だ』
と驚きのあまり、アツと言つて腰をぬかし、
『アアアア、羅漢さま、どうぞお許し下さいませ。エライ失礼な事をいたしました。どうにもかうにも腰が立ちませぬワ。どうぞ一口許すと言つて下さいませ。さうすると恋しい女房の家へ帰ることが出来ます。その代り追手の役は孫子の代まで致しませぬ』
と両手を合せて一生懸命に頼み込む。玄真は心の中で「ハハア、バカな奴だな、此奴、本者だと思つてゐるらしい、腰が抜けたとあらばモウ大丈夫だ、ソロソロ還元してやらうかな……」と台の上からポイと飛びおり、
『コーリヤ、木端役人共、神変不思議の俺の魔力には驚いただろ、俺は泥棒の張本玄真坊様だぞ。ここな石仏はこの通り、俺の小指一本で押し倒し、その跡へ俺が立てつてをつたのだ。腰が抜けたとありや、どうすることも出来まい。汝も少々ぐらゐは金を持つてをらう。有金残らずこちらへよこせ……ナニ、ないと申すか、腰にブラ下げてるのは、そら何だ』
甲『ヤ、コリヤ弁当の残りでございますよ』
玄『ヨーシ、分つてる、俺も腹の空つたところだ。たとへ汝の食ひさしにしろ、命にはかへられぬ、此方へよこせ』
と言ひながら、無理無体にひきむしり、一人の弁当を平らげてしまひ、また次の奴の腰の弁当をむしつて一粒も残らぬところまで、いぢ汚く食ひ終り、弁当箱は小口から舌の川で洗つてしまつた。
甲『モシ玄真さま、お前さまは大変な神力のある方だな、たうてい吾々の手には合ひませぬワ。お前さまの面を見てさへこの通り腰が抜けてしまふんだもの』
玄『ワツハハハ、この方の御神力には随分驚いただろ、汝は一体何といふ奴だ』
甲『私なんか名のあるやうな気の利いた者ぢやございませぬ。しかしながら、親が附けてくれたか人が附けてくれたか知りませぬが、私はトンビと申します。モ一人の男はカラスと申します』
玄『なるほど、トンビにカラス、こいつア面白い、そんなら俺も二人の家来が途ではぐれてしまつたのだから、お前等二人を家来にしてやらう。どうだ、改心いたして追手の役はやめるか』
ト『ヘーヘ、やめますとも、何ほど、追手よりもお前さまの乾児になつてる方が気が利いてるか知れませぬワ。のうカラス、汝もさうだらう』
カ『お前の意見通りだ。モシ、玄真さまとやら、どうかよろしうお願ひ申します』
玄『ヨーシ、分つた。そんならこれから俺のいふ通りするのだよ。何でも命令に服従するのだぞ。サア行かう』
ト『モーシモシ玄真さま、行かうとおつしやつても腰が立ちませぬがな。どうか貴方の神力でお直し下さるわけには参りませぬか』
『エー、仕方がねい、直してやろ。その代りこの腰が直つたら最後、俺の神力は認めるだらうな』
ト『ヘーヘ、認めるどころの段ぢやありませぬ、已にすでに腰を抜かした時から、お前さまの神力を認めて御家来にして下さいと願つてゐるのですもの』
玄『ウーン成るほど、さうに間違ひなからう』
と言ひながら、両人の腰の辺りをメツタやたらに握拳を固めて擲りつけた。二人はあまりの痛さに思はず知らず立ち上り、一間ばかり逃げ出し、またもやパタリと倒れてしまつた。
玄『ハツハハハ腰抜野郎だな、このやうな者を何万人連れてゐたつて、手足纏ひになるばかりだ。また腰が直つたらついて来い、キツと家来にしてやらう。俺は天下経綸の事業が忙しいから御免を蒙らう、てもさても憐れな代物だなア』
と腮を三つ四つしやくり、坂路を元気よく鼻唄歌ひながら登り行く。
 これより玄真坊は彼方こなたに、昼は山野に寝ね夜は泥棒を稼いで、百日あまりを過した。またもやダリヤ姫の事を思ひ出し、会ひたくて堪らず、何とかして甘く彼女を手に入れたいものだと、少々懐が温くなつたので、タラハン城市へ変装して忍び込み、タラハン市中でも一等旅館と聞こえたる丸太ホテルに泊り込んでしまつた。玄真坊は奥の二間造りの別室に居を構へ、種々とタラハン城転覆の夢を辿つてゐる。そこへ下女が茶を汲んで出で来たり、
『モシお客様、主人から、ネームを承つて来いと仰せられましたが、どうかこの宿帳にお記し下さいませ』
玄『アアよしよし』
と言ひながら、スラスラと宿帳に記した。宿帳の面にはバリヲンと書き記し、
玄『俺はな、ハルナの都から遥ばると大黒主さまの命令によつて、諸国視察のため行脚に出て来てゐる者だが、もはや七千余国は遍歴済みとなり、当家においてゆるゆると二三ケ月ばかり休息さしてもらふ積りだから、主人によろしく言うてくれ。そして宿賃には決して心配かけないから、朝夕の膳部にはな、気をつけるやうに頼んでおく』
と言ひながら、宿帳を二三枚繰返してみると、二三日前から、コブライ、コオロが泊つてゐると見えて、自筆の姓名が記してある。玄真坊は何食はぬ面して下女に向かひ、
『ここにコブライとか、コオロとかいふ客は泊つてゐないかのう』
下女『ハイ、泊つてゐられましたが、昨日の日の暮に、一寸そこまで見物に出るとおつしやつたきり、まだお帰りになりませぬので、心配をしてゐるところでございます』
玄『アアさうか、フーン』
下『何か貴方、この方に御関係がございますのですか』
玄『ナーニ別に関係も何もない、見ず知らずの人だが余り面白い名だから、ちよつと尋ねてみたのだ。ヨ、これは俺の心付だ』
と言ひながら懐から鳥目を取出し、下女に投げ与へた。下女は喜んで押し戴き、母家の方へ帰つて行く。後に玄真坊は腕を組み吐息をつきながら、
『アーア、世間といふものは広いやうでも狭いな。三月以前に追手にかかり、彼等両人にはぐれてしまひ、何処へ行つたかと思うてをれば、しかも同じ宿に泊つてゐたとは実に不思議だ。ア、察するところ、彼等両人はこの俺がタラハン市へ大望遂行のために来てゐるに違ひないと目星をつけ、彼方こなたと行方を捜してゐるのだらう。何れ今日明日の内には帰つて来るだらうから、様子も分らうし、マア緩り休養せうかい』
と独ごちつつ肱を枕にゴロンと横たはり、グウグウと雷のやうな鼾をかいて寝てしまつた。
 少時するとまたもや下女がやつて来て、
『モシモシお客さま、エー、あなたのお話になつてをつた面白い名の方が二人帰つてみえました。御用がありますなら会うて上げて下さいませ』
 玄真坊は目をこすりながら、
『ナアニ、コブライ、コオロの両人が帰つたといふのか』
下『左様でございます。二人のお客さまに、あなたの御面相から、お背恰好をお話申しましたら、お二人さまは、どうかその方に一目会ひたいものだとおつしやるので、お伺ひに参りました』
玄『別にそんな野郎に会ふ必要もなし、見た事もない男だが、所望とあらば、俺も一人だから、退屈ざましに会つてやらう、ソツと此方へ通してみてくれ。首実騒の上、言葉をかけてやるかやらぬかが定るのだ』
下『左様なら さう申し上げます』
と言ひながら別れて行く。少時すると二人はドヤドヤと玄真の居間にやつて来た。
コ『イヤー、親方、どうも久振りだつたな、一体何処をうろついとつたのだい、どれだけ捜したか知れないワ、のうコオロ』
 玄真坊は右手を上げて空中にふりながら、
『オイ小さい声で言はないか、近うよれ近うよれ』
『ハイ』
と言ひながら耳許に両人共より添うた。
玄真『どうだ、タラハン城の様子は……偵察したか』
コブ『ハイ、大変なこつてございますよ。タニグク山の岩窟で吾々の親分になつてをつた、あのシヤカンナさまが左守の司となり、娘のスバール姫は王妃殿下と成上がり、立つ鳥も落すやうな勢ひで、城下の人気といつたら素晴らしいものだ。今日のシヤカンナは泥棒の親分でなく、もはや一国の主権者も同様だ。玄真僧都の目的は、マアマアマアここ百年や二百年は到底立ちますまいよ』
『何と、人の出世といふものは分らぬものだの。ウン、さうか、あの爺、また元の左守に還元しやがつたな。ヨーシ、それを聞くと、俺もむかついて堪らぬ。何だシヤカンナの爺が一国の棟梁とは、チヤンチヤラ可笑しいワ。しかし両人、大分に稼いだらうな』
『稼いでみましたが、ヤツとの事で両人が宿賃が払へるくらゐなものです。しかしながら金の在所は沢山に見届けておききました。どうも大将の知恵を借りなくちや、吾々の手に合ひませぬワイ』
『フン、さうか、それぢや今晩一つ、何処の宝庫を拐かしてみようかい』
 それより三人は浴湯をつかひ夕食を了り、またもや一間に入つてコソコソと大望遂行の下準備の相談をやつてゐた。
 三人はいよいよ左守司の屋敷へ忍び入り、しこたま金をふんだくらむと覆面頭巾の扮装で裏口からソツと抜け出し、町裏の細路を伝うて、左守の館をさして忍びゆく。折柄チヤン チヤン チヤン チヤンと半鐘の声、瞬く内に炎々天を焦してタラハン市の目抜の場所と聞こえたる広小路が焼け出した。ほとんど森閑として山河草木居眠つてゐたやうな星月夜も、俄かに目を醒したやうに、あたりが騒がしくなつて、何処の家も彼処の家も火消装束でトビを担げて飛び出し、危険でたまらず、三人はある家の軒下に身を忍び、またもやコソコソと相談を始め出した。
玄『オイ今夜はダメかも知れぬぞ。これだけ何処の家も何処の家も一度に目を醒し、トビを担げて飛び出してゐやがるから、街道の混雑といつたら大変なものだ。こんな晩に仕事をしなくてもまた明日の晩があるぢやないか』
コブ『泥棒稼ぎには持つて来いの夜さですよ。何奴も此奴も火事の方に気を奪られてるから、火事泥といつて、何処かしことなし火消に化けて飛び込むのですよ。大泥棒はこんな時に限りますよ、のうコオロ』
コオ『ウンそらさうだ、今一番現ナマを余計持つてる奴、左守の司といふことだ。何時も彼奴の家には衛兵が三四十人はゐやうが、こんな時はよほどの大火事だから、皆火消しに出てゐやがるから家はがら空だ。サ、行かうぢやないか。ナ、千万両の金をふんだくり、その次にや民衆を買収して、タラハン城の転覆を企てるには恰好の時期だ。玄真さま、こんなよい機会はありませぬよ。左守の屋敷はすつかりと査べておきましたから、私に案内さして下さい』
玄真『成るほど、お前の命令には従はねばならぬのだつたな。ヤ、こんな命令なら服従する』
と言ひながら、自分の身に災難が罹るとは、神ならぬ身の知る由もなく、火事の騒ぎに紛れて左守の裏門より、ソツと三人とも忍び込んでしまつた。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)



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