出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語71-2-101926/02山河草木戌 荒添王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 荒添〔一七九九〕

 水草の平一面に生え茂つてゐるジクジク原の足を没する田圃道を、玄真坊、コブライ、コオロの三人は、追手の危難をおそれて行歩に艱みながら、一生懸命に走つて行く。道の両側は、あちらこちらに浅い水が溜り、静かに月や星が映つてゐる。行くこと三町ばかり、路傍に古井戸があつて何者かが落ち込んだやうな気配である。コブライは恐々ながら月の光をたよりに古井戸を覗いて見ると、最前カンコの家で見た美人によく似たものが、命かぎりに這上がらうとして井戸端の水草を掴んでは落ち込み、掴んでは落ち込みしてゐる。泥棒稼ぎの三人も人の危難を見ては見のがしも得せず、コブライは自分の帯を解いて古井戸の中に吊り下した。溺れむとするものは毒蛇の尻尾も掴まむとする譬、吾が身に危害を加へむとする泥棒の群とは知らず、リンジヤンはその帯に確りとくらいついた。コブライ、コオロ、玄真坊の三人は汗をたらたらたらしながら、漸くの事で救ひ上げ、よくよく見れば玄真坊が野心を起した掘出しものの美人である。美人は殆んど無我無中になり、何者に救はれたかといふ事さへも知らぬ態であつた。玄真坊は二人に目配せしながら、濡鼠のやうになつた女の衣服を身につけたまま、あちらこちらと圧搾し、雫をたらし、かたみに担いで脛まで没する難路を西へ西へと急いで行く。行く事ほとんど一里半ばかり、月夜に浮いたやうにこんもりとした森が眼前数町の処に横たはつてゐる。三人はとも角あの森へ行つて休息せむものと、汗をたらたら流しながらあへぎゆく。やつと森の前に近より見れば、古ぼけた堂が淋しげに立つてゐる。
コブライ『アア随分骨を折らしやがつた。もし玄真さま、ここの森で一夜を明しませうかい。さうしてこの美人を実意丁寧親切をもつて介抱し、人情義理づくめでウンと言はせ、お前さまの一時のお慰みものとしようぢやありませぬか。いやお前さまばかりでなく吾々が拾ひ上げて担いで来たのだから、共有物としておきませうかい。なかなかお前さまが惚れた女だから、捨てたものぢやありませぬワイ。このコブライだつて、いささか食指が動かぬぢやありませぬ』
玄真坊『何はともあれ、角もあれ、この女を正気づかした上の事でなくては、かうしておいては縡れてしまふではないか』
コブ『いやそんな御心配には及びませぬ。ちつとばかり水を飲んでゐますが命には別条はありませぬ。今の間に共有物にするか、但しはコブライの専有物にするか、後でする喧嘩を先にしておかなくちや、この美人が気がついてから、こんな相談を聞かれては見つとも好くない。玄真さま、私の専有物として下さるか……サアどうだ。お前さまは自分の専有物としたさうだが、さう勝手にはゆきませぬよ』
『何といつても初めて懸想したのは俺だ。正に俺の霊がこの女に憑依してゐる。またこの女とは閨門関係からすでにすでに因縁が結ばれてゐる。いはば此方は縁者、お前は赤の他人ぢやないか。そんな事は言はなくても定つてゐる、きつと玄真さまのものだよ』
『縁者か、閨門関係があるか、そりや知りませぬが、このコブライが見つけて助けなんだら、この女は已に命が無くなつてをるのだ。さうすれば命の親はこのコブライさま、ドツと譲歩したところで拙者が二晩使へば玄真さまは一晩お使ひなさい。権利の上から言つてもそれが至当だと思ひますわい』
『ハハハハハ、お前のシヤツ面で、何ほど命を助けてもらつたといつてこの美人が靡くと思ふか、自惚れもよい加減にしておけ。何だ蛙の鳴き損ねたやうな面をして、こいのうすいのとは片腹痛い、この女のことは一切玄真に任すがよからう』
『いや、そりやなりませぬ、そんならこのナイスに自ら選ましたらどうでせう。お前さまだつて余りバツとした顔ぢやありませぬよ、きつと女に選ましたら拙者が最高点を得て月桂冠を頂くは火を見るよりも明白な事実です、エヘヘヘヘ』
コオロ『コーラ両人。俺の命令を聞け、この女は一旦カンコの家においてコブライの面を見て肝をつぶし、玄真さまの顔を見て愛想づかし裏口から逃出した代物ぢやないか、さうすりや已にすでに両人に対する恋愛の脈は上つてゐる。さうすりや黙つてゐてもこのコオロさまに札がおちるのは当然だ。そして両人に対して命令権をもつてゐるこのコオロは絶対に二人には与へない、コオロの宿の妻としてこれから先、長い行路の伴侶とするつもりだ、エヘヘヘヘヘ』
 三人はこんな掛合に現を抜かしてをる間に、リンジヤンは元気恢復し、あまりの可笑しさに「フフフフフ」と吹き出した。
コブライ『ヤ姫さま、気がつきましたか、ヤ、まあ目出たい目出たい、お前さま一体何の事ぢやいな、古井戸の中に落ち込んで、鮒が泥に酔つたやうにアツプアツプとやつてござつたところ、縁の糸につながれたといふものか、玄真やコオロの後から行つた私の目にお前さまの姿がうつつたのも、深い縁が結ばれてゐるのだから、最早ない命だと思うて一生をこのコブライに任して下さい。何といつても命の親のコブライですからなア』
リン『アアさうでございましたか、私も命を助けてもらひ嬉しい事だと思つたら、あた汚らはしい、小泥棒に命を助けてもらつたとあつては、先祖の面汚し、アア残念の事をいたしました。これどろさま、その刀をかして下さい、お前さま方に助けられたとあつては、兄の顔も立ちませぬ。ここで潔う自害をしてお目にかけませう』
『これこれお女中、悪い了簡だよ、命あつての物種ぢやないか。人間はこの世に生きてをりやこそ花も実もあり愉快があるのだ。死んで花実が咲くと思はつしやるか。在来の宗教に呆けてゐるやくざ人足は未来が在ると迷信してをるだらうが、科学に目覚めた現代人には未来が在るなどど、そんな事は通用しませぬからなア。また先祖の名折れになるとか、兄の名が汚れるとか、泥棒に助けられたとか、不用ざる体面論に縛られて、掛替へのない可惜命を捨てやうとは時代後れにもほどがある。とかく人間は、自分さへ好かつたらよいのだ。どうだい、一つ思案をし直して拙者の女房になつては下さるまいか。拙者だつて生れついての泥棒でもないし、悪人でもありませぬ。ほんのその日稼業に泥棒の修業をやつてゐるのですよ』
『何とおつしやつても、泥棒の名のつく人には絶対に身を任す事は出来ませぬ』
『ハテサテ、意地固い女だなア。よう考へて御覧なさい、今日の世の中の有様を、上は左守の司より下小役人に至るまで、手をかへ品をかへて泥棒しない奴がありますか。砂利を噛る奴、印紙を食ふ奴、仏を売つて食ふ奴。神の足を噛る奴、上から下まで、隅から隅まで、泥棒の世界だ。泥棒が嫌だから男を持たぬなどとそんな堅苦しい事を言つてゐやうものなら、終身清浄無垢の男と出遇ふ事はありますまい。そこはよくお考へなさつたがよろしからう』
『そりやさうでせう、泥棒せないものは世界に一人もありますまいが、しかしその泥棒の仕様にも種々の手段があつて、世の中から智者よ学者よ、聖人君子よ、英雄豪傑よと崇められて泥棒するやうでなくては駄目ですワ。お前さまのやうに正面から泥棒を看板に大刀担げて来るやうなものに碌なものはない。それだから御免蒙りたいのですよ』
『もし玄真さま、此奴はなかなか手剛い奴です。どうかお前さまの雄弁術をもつて言向和して下さい。たうてい私の言霊では望みがありませぬわ』
玄『ハハハハハ、いかにもお説ご尤も、よいところで諦めて下さつた。サアこれからが玄真さまの一人舞台だ。これこれお女中、其方の言葉を聞くとこの玄真坊も何処ともなく肉躍り血湧き、両腕が鳴るやうだ。何とまあお前は世界無比の才媛だなあ。どうだ智勇兼備の良将と聞えたこの玄真に身を任せ、王妃となつて暮す気はないか、未来のタラハン王はこの玄真坊でござるぞや。人間の欲望は名位寿宝というて、最も貴いものは名を万世に残すことだ。その次は位といつて人格の向上を主とする欲望だ。いはゆる後は聖人だ、君子だ、英雄だ、豪傑だ、有徳者だ、世界の救世主だと万民に崇められ、人格を認めらるることだ。その次が命、その次が金銭物品だ。どうだ、かかる片田舎に生れて、タラハン城の王妃となる気はないか。世界の幸福を一身に集めて、この神的英雄の玄真坊と一緒に暮す気はないか。よくよく利害得失を考へたがよからうぞや』
リン『ハイ、種々と御親切有難うございますが、私はお三人さまの中において最も権威ある方と御相談が願ひたうございます』
『ハハハハハ、そりやさうだらう、如何にもご尤も、この中で最も権威あるものとは取りも直さずこの玄真坊だよ』
と鼻を蠢かす。リンジヤンは首を左右にふり、
『イヤイヤそれは違ひませう、命令権をもつてござるコオロさまとやら、この方が一番の権威者と認めます。このコオロさまとお話したうございますから、お二人さまは森の奥で控へてゐてもらひたうございますが』
コオロ『エヘヘヘヘヘ、こりやこりや玄真坊、コブライの両人、三町ばかりこの場より立退きを命ずる。ハハハハハ、これお姫さま、拙者の権威はこの通りでござる。何といつても天帝の化身を頤で使ふ権威者でござるから、よもや、男に持つてお前さまも不足はござるまい、エヘヘヘヘヘ』
玄『こりやコオロの奴、なにふざけた事を言ふか、すつこんでおれ。貴様の飛び出す幕ぢやないワ、しやうもない事を言ふと主従の縁を切らうか』
『しからばあの夢をお前さまに売つたのは元々へ取り返しますぞ。お前さまは大外れたタラハン城を占領し、国王にならうといふ陰謀を春山峠の頂上において企んで以来、依然としてその計画をやめないでせう。その夢の計画をやめない上はお前さまの身の上は風前の燈火だ。サア夢をかへしてもらつた上は、その夢の次第を逐一タラハン城に訴へ出るつもりだ、これでも違背があるか。サア玄真さま、キツパリと返事を承りませうかい。お前さまの睾丸を握つたこのコオロは決して夢を見たのぢやありませぬよ。睡つた真似をしてお前さまの計画を皆聞いたのですよ。夢を返してもらつた以上はどうしやうと、コオロの自由権利だ』
と早くも駈け出さむとする。玄真坊は慌ててコオロに喰ひつき、
『ママママア待つた待つた、さう短気を起すものぢやない。お前のやうに一寸俺がてんごを言うても本気になつては耐つたものぢやない。そんならお前の望みに任せ、この美人を譲つてやらう』
コオ『ヘン譲つてやらうなんて僣越にもほどがある。お前さまの女房でもなければ娘でもないはずだ。このコオロは直接談判をする積りだから、吾が命令を遵奉して二三町ばかりしばしの間退却を願ひたい』
玄『オイ、コブライどうしやうかナ』
コブ『何といつてもお前さまが睾丸を握られてをるのだから、コオロの命令に従はねばなりますまい』
玄『そんならコオロ、夢は依然としてこの方が買うた。そのかはり命令権はお前に渡す、必ず変替へせないやうにしてくれ』
コオ『拙者の命令さへ神妙に遵奉する間、決して変替へはしない。サアこれからが俺の一人舞台だ。これこれリンジヤンさま、拙者の妻となる件については、よもや御異存はございますまいなア』
『ホホホホホ、あのまあコオロさまとやら虫のよいこと、人の睾丸を握つて否応言はさず自分の権利を主張するやうな方は私は嫌です。本当に惟神的に権威があり徳望のある人は、そのやうに権謀術数を弄しないでも世界から尊敬いたします。そんな安つぽい女と見くびられては、このリンジヤンも迷惑いたしますワ。ねエ泥棒さま』
 かかる所へ提灯松明振りかざし、数十人の足音がザクリザクリと水草の原野を踏んで押し寄せ来たる。玄真坊、コブライ、コオロの三人は周章狼狽なすところを知らず、思ひ思ひに草の茂みに隠れて何処ともなく消えてしまつた。

(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 加藤明子録)



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