出口王仁三郎 文献検索

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物語71-1-71926/02山河草木戌 夢の道王仁三郎参照文献検索
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第七章 夢の道〔一七九六〕

 空一面に漲つた灰色の雲は所々綻びて落ちさうな紅い雲が、所斑覗いてゐる。山下の破れ寺の軒には槻の大木が凩に吹かれて、一枚一枚羽衣を剥がれ慄うてゐる。白黒斑の烏が二三羽、縁起の悪さうなダミ声でガアガアとほえてゐる。赤茶気になつた瓦や壁の落ちた高い塔が、あたりの全景を独占してゐる。諸行無常を告ぐる梵鐘の声は、この寺からとも見えず遠く遠く響いてゐる。霜柱の立つた半ば朽ちたる木造りの土橋をトボトボ渡る一人の男、青竹の杖をつきながら、腰を屈めて「頼も頼も」と力なげに呼ばはつてゐる。破れ障子をサラリと引きあけ、ニユツと面を出したのは、形相の凄じい尼僧であつた。尼僧は汚なさうに面をしかめながら、
尼『お前は何処の者だい、何用あつて此処へふん迷うて来たのだ。お前さまの来る処ぢやない、とつとと帰つて下さい』
男『私はバルギーと申しまして、チツとばかり名の知られた男です。お尋ねしたい者があつて此処までやつて参りました。玄真坊といふ和尚はこの寺に参つてをりませぬか』
『そんな方は知りませぬよ。とつとと帰つて下さい。お前さまは此処を何処だと思つてゐるか、尼ばかりの住んでゐるお寺で、男禁制の場処だ。「男子不可入」と立札が立つてゐるのに気が付かないのかい』
『アア左様でございましたか、つい、日の暮まぐれに慌てたものですから、つい見当りませず失礼な事を致しました。しかしながらかやうに日は暮れはて、あたりに人家はなし、男禁制かは存じませぬが、どうかお庭の隅でもよろしいから、一夜の宿を願ひたいものでございます』
『絶対になりませぬ。男子にものを言つてさへも仏の冥罰を被りますから、お前さまの目にはどう見えるか知らぬが、ここは極楽の浄土寺といふ立派なお寺でございますよ、サアサア早くお皈りなさいませ』
と言ひながら、ピシヤリと破れ障子をしめ、プンプンとして姿を隠した。バルギーはまたもや橋を渡り、力なげに何処を当ともなく、ヒヨロリヒヨロリと歩んでゆく。半時ばかり北へ北へと進んだと思ふ時、後ろの方から「オーイオーイ」と皺枯声を張上げながら、髪をサンバラに振り乱し、八十ばかりの黒い面した婆アが飛んで来る。バルギーはツと立止り、怪訝な面をしながら、
『私を呼んだのはお前さまかな、何用あつて呼び止められたか』
婆『私はあの薮の畔に、グレ宿をしてゐるお熊といふ婆アだ。どうか今晩は私の所へ来て泊つて下さるわけにはゆこまいかな』
バル『ヤアそいつア有難い、しかしお婆さま、小さいといつても宿屋をしてる以上は、二間や三間はあるのだらうな』
『御心配なさるな、小さいといつても木賃ホテルだ。お前の一人や二人は、どこの隅でも泊めて上げる』
『宿賃は幾らだな』
『幾らでもいいから、お前のやらうと思ふだけ下され、別に欲なこた言はないからな』
『ヤア、そんなら、宿屋がなくて困つてたところだ、泊めて頂かう』
と婆アの後ろについて、雑草茂るシクシク原を四五丁ばかり従いて行くと、家のぐるりには牛馬の糞が堆く積み上げられ、臭気紛々として鼻をついて来る。
バル『婆さま、どうも臭い家だな。牛馬もゐないのに、なぜこのやうに沢山牛糞や馬糞がたまつてゐるのだい』
婆『毎日泊らつしやるお客さまが、牛糞や馬糞をドツサリたれて帰るものだから、これこの通り……塵も積れば山となるといつて、糞の山が出来たのだよ』
『フフン、こいつア妙だ、人間が牛グソをたれ馬糞をたれるとは聞き初めだ。そんな人間の面が見たいものだなア』
『今の人間はみんな獣だよ、それだから狐グソもたれる、馬糞もたれる、狸のタメ糞も裏の方に沢山放りたれてあるから、何なら御案内せうかな』
『イヤお婆さま、モウ結構です。とにかく雨露さへ凌がして頂けば結構だから、どうか門の戸をあけて下さいな』
『ヨシヨシあけて上げやう、ビツクリをしなさるなや』
と破れ戸をガタつかせ、パツと開けた。見れば牛頭馬頭の妖怪が何十とも知れず、庭一面に荒蓆を敷き、胡座をかき、人間の太腿や腕の血のたれる奴を甘さうに齧つてゐる。こいつアたまらぬと、バルギーは逃げ出さうとすると、お熊は俄かに真黒けの大熊となり、黒い太い爪でバルギーの頭をグツと握り、
『コリヤコリヤ泥棒、逃げやうと言つたつて、いつかないつかな、逃がしはせぬぞ。汝も味の悪いやせつぽしだけれど、まだチツとばかり血が通うてゐるやうだから、ここで一つ荒料理をして食つてやろ。あの通り沢山なお客さまが泊つてござるけれど、まだ一人前足らぬので、あれあの通り、大きな口をパクつかせて待つてゐらつしやる、汝がよい餌食だ、イヒヒヒヒ、何とマア、バカ野郎だな、尼寺では突き出され、木賃宿へ泊つたと思へば体を食はれる、何といふお前は頓馬だらう、憐れな代物だらう。しかしながらここにゐる、牛頭馬頭のお客さまは何れも汝に金と命を奪られ、畜生道へおち込んで、行く所へも行けず飢渇に迫り、この木賃宿で虱だらけになつて逗留してござるのだ。かうなるも皆汝が作つた罪業の報いだから、誰に不足はあらうまい』
バル『モシモシお熊さま、そんな殺生なことを言はずに、どうぞ見逃して下さいな。一生のお願ひですから、キツと御恩は酬いますから』
熊『バカを言ふない、泥棒をするやうな奴に、そんな徳義心があつてたまらうかい。お前はスガの里のダリヤ姫に恋慕の心を起した揚句、彼が歓心を得むとして、杢兵衛の家へ泥棒に入り込み、家内中をふん縛り、有金を残らずひつ攫へ、門口の深井戸へ落ち込み、袋叩きに会うて追放された代物だらうがな。そんな奴は万古末代助けるわけにはゆかぬのだ。この婆がそんな事をせうものなら、悪魔の大王様よりヒドいお目玉を頂戴せなくちやならないのだ』
『いかにも、せぬとは申しませぬ、泥棒に入りました。しかしながら盗つた物はすつかり返したのですから、返した後まで罰せられちや耐りませぬワ、返せば元々ぢやありませぬか』
『この問題は問題として、汝はこれまでずゐぶん沢山な女を強姦し、人を殺し、金を盗つたであらうがな、あの牛頭馬頭のお客さまをみよ、みな覚えがあらうがな。ここは汝の作つた地獄だから観念したがよからうぞや』
 牛のやうな角を生やした真黒けの毛だらけの男、のそりのそりと、お熊、バルギーの前ににじり来たり、カラ カラ カラと大口をあけて打ち笑ひ、
男『コーリヤ、バルギー、俺の面を見知つてゐるか、ヨモヤ忘れは致そまいがな。二十三夜の月待の夜、俺の大事の娘を二三人の小盗人と共に奪ひ取りにふん込んだ矢先へ、俺は娘を渡さじと力かぎり抵抗したら、汝は牛刀を引き抜いて、俺の腹をグサツとつき、苦しむ俺を尻目にかけ、悪口を叩いて帰つた事があらうがな。サ、よい所へ来た。これから俺がその恨みをはらすために嬲り殺しにした上、肉も骨も叩いて、この牛腹に葬つてやるつもりだ。俺も折角人間と生れて、汝のために命を奪られ、その怨恨が重なつて、牛頭の魔王とまで成り下つたのだ、修羅の妄執をはらすのは今この時だ。イヤイヤ俺ばかりでない、此処にゐる連中は、どれもこれも汝の毒手にかかつた憐れな人間の成れの果ばかりだ。ジタバタしても、モウ逃れつこはないぞ、念仏でも唱へて覚悟をしたがよからう。てもさても小気味のよい事だな、アハハハハ』
と一同の牛頭馬頭の怪物は声を揃へて、天地もわれむばかりに鯨波の声をあげた。
 バルギーは進退維谷まり、一生懸命にダリヤ姫から聞覚えた三五教の数歌を、細いかすつた声を絞つて、「一二三四五六七八九十百千万」と、やつとの事で唱へ上げた。牛頭馬頭およびお熊など、一同の妖怪は次第々々に影うすくなり、遂には跡形もなく消え失せた。あたりをみれば、枯草生え茂る細路の傍に自分は着衣を泥まぶれにして倒れてゐた。バルギーはやうやくにして立上がり、
『ヤーア、大変な夢を見たものだ、コラ一体何処だらう。暗さは暗し、斯様なシクシク原にねるわけにもゆかず、道通る者はなし、困つたものだな。エー仕方がない、コンパスの続く所まで行つてみやう。またこのやうな所に横たはつてゐて、あんな恐ろしい夢を見ては仕方がない』
と呟きながら、屠所に曳かるる羊のごとくヨボヨボとコンパスの運転を始めかけた。道の傍に以前古寺で出会つた尼僧がただ一人、青黒い面をニユツと枯草の中から現はしながら、
『モシモシ』
と呼んでゐる。バルギーはギヨツとしながら、
『ヤア、お前さまは最前お目にかかつた尼僧ぢやないか、こんな所に何してござるのだい』
尼『私ですかいな、貴下よく御存じでせう、ダリヤ姫でございますよ』
バル『ヘーン、馬鹿にしなさんな、ダリヤさまはそんな青黒いしなびたお面ぢやありませぬわ。お前さまは大方豆狸だらう、最前の尼僧に化けてゐるのだらう』
『イエイエ、決して決して、私は豆狸でも何でもございませぬ。タニグク谷の泥棒の岩窟に玄真坊がためにおびき出され、その急場を遁れむと鬼心を出して、自分の美貌を楯に、お前さまに惚れたと見せかけ、吾が家まで送らさうとした悪念の強い、私は副守の霊でございます。どうぞ一言許してやるとおつしやつて下さい。さうでないと私は浮かばれませぬから、神様の世界はチツとの不公平もございませぬ。あなたを欺いただけの罪はどうしても償はねばなりませぬので、かやうな所にウロついてをりまする』
『いかにも、よくよく見ればどつか似た所があるやうだ。ヤ、私も貴女に対しては実に済まない無礼な事を申しました。しかしながら許すも赦さぬもありませぬ、どうぞ安心して下さいませ』
『妾は貴下をウマウマと騙した上、畏れ多くも罪の身を有ちながら、あなたに御意見を申すつもりで神様の宿りたまふお頭を三つばかり叩いたでございませう。その罪で頭はこの通り禿テコとなり、かやうな所にウロついてゐるのでございます。頭を打つべき資格なくして頭を打つたのが大変な罪となつたのでございます』
『何とマア、神様の規則といふものは難しいものですな。そんなら畏れながら、私に加へた無礼の罪を、更めて赦しませう』
『ハイ有難うございます。どうぞ貴下のお手でこの扇子をもつて私の頭を三つ打つて下さい』
『ヤア、これはこれは御均等さまに、左様ならば仰せに従ひ御免を蒙りませう』
といひながら、軽くポンポンポンと扇子の胸で三度打つた。これつきり尼僧の姿はパツと煙のごとく消えてしまつた。「オーイオーイ」と向方の山の端から吾が名を呼びとめる者がある。その声に何となく聞覚えがあるので、バルギーは引きずらるる如き心地しながら、声する方に何時とはなしに進んで行つた。忽ち天を焦がして東方より一大火光が現はれ、バルギーの面前に落下し、ドンと地響うつて爆発した途端に気がつけば、自分はハル山峠の麓の草原に雁字搦みに縛られて倒れてゐた事が分つた。バルギーは縛められたまま、漸くにして身を起し、草の上に胡座をかき、空ゆく雲を眺めてゐると、そこへスタスタとやつて来たのは、ダリヤ姫、玉清別、および数人の村人であつた。
ダリ『オヤ、バルギー様、おいとしや、何者にさう縛られたのでございますか、サアサア皆さま、早く縛めを解いて上げて下さい』
バル『ハイ有難うございます、思はぬ奴と諍ひをやり、何分腰骨を打つて弱つてゐたものですから、脆くも敵にくくられ、気を取失つてゐたやうです。ようマアー来て下さいました』
ダリ『バルギーさま、あなたは本当に義の固い方ですね。玉清別の神司に神素盞嗚大神降らせ玉ひ、ハル山峠の麓において、玄真坊その他の者に責られ、妾の在所を詰問されながら、命を的にお隠し下さつたその義侠心、神様も大変おほめ遊ばし、一時も早く助けに行けよとの御宣示、取るものも取り敢ずお助けに参りました。どうか御安心下さいませ』
バル『イヤ、これはこれは恐入りまする。御礼の申し上げやうもございませぬ。ただこの通りでございます』
と落涙しながら合掌する。
玉清『バルギー様、あなたの男気には感心いたしました。どうか私の家へ引き返し、腰の傷が癒るまで御養生なさつたらどうですか、今に駕が参りますから』
バル『私のやうな悪人をそこまで思うて下さいますか、ヤ、モウこれかぎり悪い事はいたしませぬ。天性の善人に返り、社会のためお道のために一生を捧げる考へでございます。何分よろしうお願ひ申します』
 これよりバルギーは村人に担がれ、ダリヤ姫と共に玉清別の神館に病を養ひ、ダリヤ姫の手厚き介抱を受けながら、一ケ月ばかり逗留する事となつた。ああ惟神霊幸倍坐世。

(大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)



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