出口王仁三郎 文献検索

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物語71-1-41926/02山河草木戌 琴の綾王仁三郎参照文献検索
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第四章 琴の綾〔一七九三〕

 四方に堅牢な高塀を囲らした玉清別の神館の門外へ追つぽり出された天真坊は、現在自分の恋慕うてゐる最愛のダリヤ姫が小泥棒のバルギーと共に、情緒濃やかに喋々喃々と暖かい夢を見てゐるかと思へば、妬けてたまらず、如何にもして、翼あらばこの塀を乗り越え、二人の居間に飛込み、バルギーの面を掻きむしり、髻を引まはし、鬱憤を晴らさむと雄猛びしながら、ウンウンと唸りつめ、拳を握つて自分の太股のあたりを、無性やたらに擲つてゐる。コブライはこの体を見て可笑しくてたまらず、
『モシ、天真坊様、御化身様、大変な偉い雄健びですな。そらさうでせう、お肚の立つのはご尤もだ。つぶしに売つたつて千両や二千両の値打のある美人を、まんまと、バルキーぐらゐに占領され、自分は門外に追ひ出され、指を喰はへて見てるのも余り気の利いた話ぢやありませぬな。私だつて世が世なら、あのダリヤ姫を女房にして見たいやうな心も起らぬではありませぬワ。ダリヤ姫の俤は、どこともなく優しい親しいところがありますなア。私だつて一度はあの白い手を握つて、共に山雲海月の情を語りたいやうな気もいたしますワイ。縦から見ても横から見ても、優美で高尚で艶麗で、しかも宗教的熱情に富んだ純朴な心が、あの下膨れのした垂れ頬に現はれてをりますからなア』
 天真坊は太い吐息を漏らしながら、
『俺は天性この通りの面構へ、さうだから別に恋といふのでもないが、コリヤ実際俺の心から出たのではない。恋は凡て神から来たるものだ、結婚は人間のする仕事だ。神さまから命ぜられた神聖の恋と感じてよりの心機一転のこの行脚、思はず知らず花のかげを踏んで驚く足を上げたと、一般のよそ目にはさぞやさぞ、バカの白痴の骨頂とも見えるだらうが、神の命じ玉うたこの恋愛は、どうあつても成功しなくちやおかない筈ぢや。玄真坊自身としては、たとへ水中の月、手にとるを得ずとも、せめては岸上の一念、うたたこの境遇を甘んずるだけでも結構だが、何といつても、御本尊の神様が御承知遊ばさぬのだから辛いものだ。丸切り只今の心持ちは、あたら名玉砕けて粉となり失せし心地だ。あーア、天来の救世主も恋にかかつたら、からつきし駄目かいな』
コ『ハハハハ、天真坊さま、大変な御愁歎ですな。初めは竜虎の如く、終りは脱兎の如し……とは貴方の心底、御境遇、誠に早察しまするワイ、イヒヒヒヒ』
『コリヤ、コブライ、バカにするない。世の中は夜ばかりぢやない、また昼もあるぞ。なにほど失恋の淵に沈んでをつても、またもや起上がる時節があるから、さう見下げたものぢやないワイ』
『それよりも夜明を待つて、ダリヤが庭園をブラつき始めたら、すき塀の穴から御面相なりと拝顔して、悶々の情を消すのですな』
 悪戯小僧の神の子は、門の節穴から、ソツと外を覗いてみると、うす暗の中に二つの影が一間ばかり間隔を保つて、愁歎話に耽つてゐる。
神の子『オイ、天真さま、何を言つてるんだい。ダリヤさまはな、お前さまが此処へ尋ねて来たといふ事を聞いてビツクリし、裏口から一人のおつさまと、たつた今の先東の方を指して逃げ出したよ。お母さまに内証で、あまり可哀さうだから、ちよつと知らしに来てやつたのだ。ダリヤに会ひたけりや、早く行かつしやい、モウ今頃は吾子山の麓あたりまで行つてゐるだろ』
天『ナアニ、ダリヤが逃げたといふのか、そいつア大変だ』
『金城鉄壁に囲まれてゐるダリヤよりも、外へ飛び出したダリヤの方が、お前のためには都合がよいだらう』
『そりやまた本当かい、嘘ぢやなからうな』
『嘘なら嘘にしておけやい。人が親切に、この眠たいのに知らしてやるのに、勝手にしたがよかろ、イヒヒヒヒ』
と笑ひながら、屋内深く隠れてしまつた。後に天真坊は双手をくみ、少時思案にくれてゐたが、
天『オイ、コブライ、どうだろ、本当だろかな。あんな事言つて、うるさいから俺たちを追ひ出す手段ぢやなからうか』
コ『子供は正直ですよ、ダリヤだつて、現在天真坊さまが、ここへ来てゐられるのに、安閑としてはをれますまい。私がダリヤだつたら、キツと逃げ出しますよ』
天『いかにも尤もだ、サア、コブライ、半時の猶予もならぬ、サア行かう』
と薄暗がりの野路を、転つ輾びつ、吾子山の方面さして駈りゆく。
 ダリヤ姫は離れの間に、平気の平左で、スガの港へ帰るまでは、巧くこのバルキーをチヨロまかしおかむものと、一生懸命に酒をすすめて機嫌をとつてゐる。
ダリ『最も敬愛するバルキーさまえ、本当に天真坊といふ奴、気の利かねい売僧坊主ぢやありませぬか。妾と貴方と玉清別さまのお館にかうして、ゆつくりとお酒を汲みかはし、恋の未来を楽しんで遊んでゐるに、この家の奥さまに追ひ出され、門の外でベソをかいてゐるといふこと、本当に一掬同情の涙をそそいでやりたくなるぢやありませぬか』
 バルギーはあわてて、
『ソソそりや何をおつしやる、ヤツパリ姫さまは天真坊に一掬同情の涙を注ぎたいやうな心持がするのですか、そりや大変だ。私だつて、姫様のお心持がそんな事だつたら、安心は出来ないぢやありませぬか、たとへ一命をすてても姫様のためには悔いないといふ私の決心ですのに……』
と血相変へる。
ダリ『ホホホ嘘ですよ、世間に対する義理一遍の辞令ですワ。たとへ心の中はどうでも妾は女ですからね、男さまのやうな赤裸々なこた言へないでせう』
バル『ウーン成程、分つてる。エー、それで俺もチツとばかり安心した。しかしながら姫さま、僕に対する御誓約もその伝ぢやありませぬか。厭なら厭と、赤裸々に今の間に言つてもらはなくちや、最後の壇の浦まで行つたところで、エツパツパとやられちやたまりませぬからな。何といつても僕の面は恋愛に対しては険呑千万な御面相だから、気がもめて堪りませぬワ』
『ホホホそんな御懸念は御無用にして下さいませ。何ほど容貌がよくても、気甲斐性のない男子はダメですワ。今の世の中は一程二金三容貌ですからね、何ほど容色が悪くつても、金がなくつても、ほどさへよけら女が吸ひ付きますよ。私だつてバルギーさまに惚れたのは、容色でもなし、金でもなし、また金や容色を望んだところで、からきし、ダメですもの、肝腎要の恋男になくてはならない第一の美点、ほどのよいのに惚れたのですワ』
『ソソそれほど、僕はほどが好くみえるかな。よつぽどお気に入つたとみえるな、エヘヘヘ』

『金や容色はどうでもよいが
  ほどのよいのにわしや惚れた

といふやうなものですワイ、ホホホホ』
『ナールほど、ほどなる哉ほどなる哉だ。これほどまでに惚込んだ女をみすてやうものなら、女冥加に尽きやうほどに、梵天帝釈自在天、オツとドツコイ、三五教の大神さまに誓つて、万劫未代ダリヤの君はすてませぬ。どうか御安心なすつて下さいませ、おん嬶大明神様』
『イヤですよ、おん嬶大明神なんて、未来の女房と言つて下さいな』
『その未来だけ除つて欲しいな、肩書があると何だか窮屈でたまらないワ。海軍大将だとか、何々局長だとか肩書があると、知らず識らずの間に官僚気分になつて、心までが四角ばつて仕方のないものだ、どうか未来といふ肩書をここで削除して頂けませぬかな、ダリヤ姫の君様』
『ホホホホ気の短い事おつしやいますこと、一秒間先でも未来ですよ。未来と言つたら、さう遠いものぢやありませぬワ。どうぞこうぞスガの港まで送つて下さいましたら、妾がお父さまやお兄さまにお願ひして、合衾の式を挙げたいと思つてゐますのよ。どこから見ても申分のないほどのよい殿たちだこと、ホホホホ、頬辺が知らぬ間に赤くなりましたわ。心臓の動悸が烈しくなり、警鐘乱打の声が胸に響いてゐますワ』
『頬辺が赤くなつたのは葡萄酒を呑んだ加減ぢやないか、甘いこと言つて、僕を……俺を誤魔化すのぢやあるまいな』
『どしてどして、孱弱い女の身でゐながら、仁王の荒削りみたいな、ほどの好い殿たちを騙してすみますか、男冥加に尽きますからね』
『どうか、御変心なきやうに頼んでおきますよ、猪鹿つきて良狗煮らるる事のないやうにね』
『ホホホ、御念には及びますまい、羽織の紐ですから……ね』
『妾の胸においてあるといふのか、よし、分つてる。しかし姫さま、クラヴィコードが此処にあるぢやないか、一つ弾じてもらふわけにや参りますまいかな』
 バルギーは自分の女房にしたやうな気もするなり、また何処ともなしに犯し難き気高い他人の嬢さまのやうな気もするなり、きたなく言葉を使つてみたり、丁寧に言つてみたり、妙な心理情態に陥つてゐる。ダリヤは傍のクラヴィコードを手にとり、糸をしめ直しながら、無聊を慰むるため、さしかまへのない、子供の時に覚えておいた唄を唄ひ出した。

『唄はどこでもかけ行く  子供と仲よくはねまわる。
 シヤシヤシヤンシヤン  歌は花さく木にみのる
 小鳥がそれをついばむよ  シヤシヤシヤンシヤンシヤン
 歌は月夜の笛の音に  合せて遠く響きます
 シヤシヤシヤンシヤンシヤン  歌は心の噴水よ
 涙にみちる微笑よ  シヤシヤシヤンシヤンシヤン
 歌はきらめく玉の音  やさしく清き思出よ
 シヤシヤシヤンシヤンシヤン  唄は世界を洗ふ波
 舟は勇んで出かけます  シヤシヤシヤンシヤン
 歌はすべての息よ  命の終る鐘の音よ
 シヤシヤシヤーンシヤーン  

モウこれで怺へてもらひませう、永らく弾かないので、糸のねじめが思ふやうになりませぬからね』
バル『ヤア感心々々、生れてから初めて、クラヴィコードの音をきいた、何とマア琴といふものは殊の外よい音の出るものだな。それに姫の声といひ、様子といひ、ほどといひ、なかなか素敵滅法界な天下の逸品だつたよ』
ダリ『ホホホホ、あなた何ですか、クラヴィコードの音を聞いた事がないとは、あまり無風流ぢやありませぬか。スガの港辺では、裏長屋のお婆さまでも琴を弾じない人はありませぬよ。男だつて大抵の人は弾奏の術には馴れてゐますからね』
『イヤ、成程、なるほど、なるほど、よい音の出るものだ。それで琴をひく女を、よいねいさまといふのだな、分つてる』
『ホホホホ、琴のよい音が出るから、ねーさまなんて、よいかげんに呆けておきなさいませ。殊のほか文盲な男さまですね、妾そんなこと聞くと、さつぱり厭気がさして来ますワ』
 バルギーはあわてて、手をふりながら、
『イヤイヤイヤ、さうぢやない さうぢやない、ちよつとテンゴに言つてみたのだ、俺だつてクラヴィコードは知つてるよ、天下の妙手と評判をとつた俺だものなア』
ダリ『成るほど……鼠捕る猫は爪かくす……とか言ひましてな、人はどんな隠芸を持つてゐるか分りませぬな。本当に琴の名人でありながら、知らぬ面をしてござるそのゆかしさ、ほどのよさ、それが第一、妾は気に入つてますのよ。今の世の中の人は、知らぬ事でも知つたらしう言ひたがるものですからな』
バル『ウン、そらさうだ、よく分る、イヤ、分つてる、知つても知らぬ面するのが床しいのだ、そこに男子の価値が十二分に伏在してると言ふものだ。いはゆる謙遜の美徳といふものだ、謙遜の美徳すなはち人格をなす所以のものだ。時世時節で、泥棒の仲間へ入つてをつたものの、元が元だからの』
『ホホホホ何だか知りませぬが、泥棒の小頭では、人格問題を云々するわけにもゆきますまい。それはさうと、妾が弾奏しました返礼として、一つ貴方唄をうたひ、コードを弾じて、程好い音色を聞かして下さいな』
『ウーン、コトと品によつたら弾じない事はないが、これはお前と四海波謡ふ時まで保留しておこうかい、でないと隠芸とは言はないからな。お前の親や兄弟をアツと言はせる仕組だからな』
『ホホホホ、何とマアほどのよい御挨拶だこと、サ、今となつた時にや、お酒に酔ひつぶれたやうな顔して、寝込んでしまふ今から野心でせう。その指先ではどうもコードを扱はれた形跡がないぢやありませぬか、妾の指をみて御覧、この通り堅い筋が出来てをりますよ』
『俺のはな、素掻といつて、爪の先ばかりで弾奏するのだ。それが名物となつてるんだ。爪の奴伸びるでチヨイチヨイ切るものだから、今は爪先に筋がないのだ。マア、疑はずに待つてくれ、俺のは御神前か何かでやるのだからな、シヤツチン シヤツチン シヤツチンチン……と、そら本当によい音色だよ』
『御神前でシヤツチン シヤツチンやるのは、そら八雲でせう』
『八雲でも小雲でも琴に間違ひはないぢやないか』
『あ、そんなら、この八雲琴を拝借して、妾を平和の女神さまと仮定し、一つ弾奏してみて下さいな』
 バルギーは頭をしきりに掻きながら、
『ヤア、ダリヤ殿、実のところは嘘だ嘘だ、琴なんか持つた事もないのだ。こればかりは閉口頓首する』
ダリ『ホホホ、それ聞いて、妾安心しましたワ、琴なんか女の弄ぶものですワ。男が琴を弾ずるのは伶人ばかりですワ、伶人なんか何時も貧乏で、祭典の時なんか、横の方に席を拵へてもらひ、ミヅバナたらして慄うてるのですもの、そんな者にロクな者はありませぬからね。男子は男子でヤツパリ荒つぽい事好む方が、なにほど立派だか知れませぬワ』
バル『ヘヘヘヘ、なるほど御尤も、分つてる、そらさうだ、お前のおつしやる通り、俺の聞く通りだ。荒つぽい事と言つたら、高塀をのりこえ、大刀を引提げて大家へ飛び込み、コラツと一声かけるが否や、何奴も此奴もビリビリツとちぢみ上り、生命より大切に貯はへておいた山吹色をおつぽり出して手を合して拝むのだから、偉いものだろ』
『貴方ヤツパリ泥棒やつてゐたのですね、泥棒なんか夫にもつこた厭ですワ』
『ヤ昔は昔、今は今だ。改心して三五教に入り、薬屋の主人となつた以上は泥棒なんかするものか。お前の内は富豪だから何時泥棒が入るかも知れない、その時は俺が泥棒の要領を覚えてるを幸ひ、反対に泥棒を赤裸にひきめくり、他所で盗つて来た物を捲上げてしまつてやるのだ。これからスガの港まで帰るには、まだ大分道程もあるから、もし途中で泥棒でも出よつてみよ、俺が一目睨んだら、何奴も此奴も蜘蛛の子を散らす如く逃げるのだから、本当にこんな夫と道伴れになつてをれば安心なものだよ』
『成るほど、それ承つて安心いたしました。サアモウ夜も更けましたから、やすもうぢやありませぬか、お泥さま』
『チエツ、要らぬ事いふものぢやない、意地の悪い姫様だな』
 二人は間をへだてて漸く寝についた。

(大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)



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