出口王仁三郎 文献検索

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物語71-1-21926/02山河草木戌 生臭坊王仁三郎参照文献検索
キーワード: 治病法
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第二章 生臭坊〔一七九一〕

 オーラの山に立て籠り  天来唯一の救世主
 天帝の化身と触れこみて  女盗賊ヨリコ姫
 シーゴーの二人と共謀し  三千人の賊徒らを
 四方八方に間配りて  七千余国の月の国
 占領せむと大陰謀  企らみゐたる折りもあれ
 三五教に名も高き  梅公さまに踏み込まれ
 常磐堅磐の岩窟を  打ち破られて降伏し
 ヨリコの姫やシーゴーは  誠の道に帰順して
 天下公共のそのために  余生を捧げ奉らむと
 真心尽すに引き換へて  一旦帰順を装ひし
 売僧坊主の玄真は  ハルの湖横断し
 スガの港の富豪と  世に聞えたる薬屋の
 娘ダリヤに恋着し  言葉たくみに誘惑し
 タニグク谷の山奥に  左守の司のシヤカンナが
 数多の手下を従へて  籠りゐるよと聞くよりも
 またも一旗あげむとて  さも鷹揚な面付きで
 ダリヤの手をば携へつ  一夜を明かし振舞ひの
 酒に舌をばもつらせつ  グツと寝入つたその隙に
 ダリヤの姫は泥棒の  バルギーと共に踪跡を
 晦ましたるぞ可笑しけれ  天帝の化身と誤魔化せる
 玄真坊は矢も楯も  たまりかねてかシヤカンナの
 二百の部下を借用し  姫の後をば尋ねむと
 小才の利いたコブライを  引具し谷道トントンと
 喘ぎ喘ぎて立岩の  麓にズツポリ日は暮れぬ
 闇の陥穽におち入りて  淋しき一夜を送りつつ
 藤の蔓をば辿りつつ  やうやく虎口を免れて
 草茫々と生え茂る  羊腸の小径を辿りつつ
 交尾期の出て来た犬猫が  牝のお尻を嗅ぐやうに
 夢路を辿る憐れさよ  暗の扉は上げられて
 東の空は茜刺し  草葉の露はキラキラと
 七宝の光輝ける  その真中を二人連れ
 ダリヤダリヤと一筋に  岩の根木の根踏みさくみ
 汗をタラタラ流しつつ  苦しき坂を苦にもせず
 心を先に上り行く。  

天『オイ、もうよほどテクツて来たやうだから、一つこの見晴らしのよい処で暫時休養しやうぢやないか。この山頂から四方の連山を見渡す景色といつたら、まるで夢の国を辿つてゐるやうだのう』
コ『本当に夢見たやうですな、昨夜だつて、ダリヤさまの夢を見て深い陥穽へなだれ込んだ時なんざ、ホントに生きた心地もなく、これが夢だつたらなアと、このやうに思ひましたよ。あの時ア、ホントに、どうなる事やらと、チツとばかり心配いたしましたワイ』
『夢の建築者は皆人間だからな、夢がなければ人生は淋しいものだ。人生の虹は夢だからな、かうして夢想郷に遊んでゐる間が人間は花だ。春の若葉に銀風のそよぐごときダリヤ姫の風情、見るもスガスガしい思ひがするぢやないか。その艶な姿にあこがれてゐる間が、人生の花だ、夢の建築だ、人生の虹だ』
『なるほど、さうすると、この世の中は何もかもサツパリ夢と解すればいいのですか』
『尤もだ、夢の浮世といふぢやないか、しかしながら夢にも忘れられないのは、ヤツパリ、ダリヤ姫だ。

 夢になりとも会ひたいものは
  小判千両とダリヤ姫

だ、アツハハハハハ』
『これだけ四方開展した山の上で、それだけタツプリお惚気を拝聴する吾等は実に光栄でも何でも、ありませぬわい。アツタ、ケツタ糞の悪い、とも何とも申しませぬ。さぞ山の神さま等は涎をくつて貴方の清いお姿を拝顔してることでせう』
『ウツフフフフ天下の幸福を一身に集めて天帝の化身、天来の救世主、玄真坊のまたの御名天真坊様だもの、泥棒仲間の貴様とは、チツとばかりクラスが違ふのだからなア』
『ヘン、ヒ、ヒーンだ』
『ヒ、ヒーンとは何だ、まるで馬のやうな事をいふぢやないか』
『ヒ、ヒーン、ボトボト馬の糞だ、牛の穴の天真坊さまとは、いい相棒でせう、イツヒヒヒヒヒ』
『何でもいいわ、どこかここらにダリヤの花が咲いてゐさうなものだなア、風が持てくるダリヤの香気が鼻について、何とも知れぬ床しみを感ずるやうだ。これから先は、クダリヤ坂だ、足も軽いだらうよ、ウツフフフフフ』
『モシモシ電信棒さま、この山道は昔から有名な腥草の名所で、秋になると随分楽しい旅が出来ますよ。泥棒稼ぎをやつてゐたわれわれ同類も、この辺を通過する時には、優美なデリケートななま臭の咲き匂ふ花を見て、悪徒が善人に墜落したやうな心持ちになりましたよ』
『そりや何ンといふ脱線振りだ。俺の名は電信棒ぢやない、天帝の化身天来の救世主玄真坊と申すのだ。天帝の天の一字と玄真坊の真の一字を取つて天真坊といふのだ。そして今お前は腥臭が咲き匂ふ山道だと言つたが、それもまた脱線だよ。七草というて、秋の日の景色を添へたり種々の薬品になる重宝な草花だ』
『天真坊さま、コンナ山道に生へる草花が薬になるとおつしやつたが、一体全体何の病に利きますかい。惚れ薬にでもなりませぬかな』
『七草と言へば、萩に葛に尾花に撫子に女郎花に桔梗に藤袴、これで七種ある、それゆゑ七草といふのだ。秋の山野といふものは極めて詩的なもので、そぞろに哀愁の念を感ずるものだ。釣瓶落としに暮れて行く夕日を浴びた路傍の草花は淋しき秋の名残りとし、人の心を傷ましめかつ慰むるものだ。薬用植物としても中々の効力があるものだ』
『萩は何の薬になりますか』
『萩は秋の七草の書出しで、莢果植物亜属の胡蝶花科で、一名荳科植物の一種だ。この葉を摘んで日光で乾かし茶の代用品とするのだ。あまり興奮もせないので子供や老人の飲料には極めて理想的だ。お前のやうな青春の血に燃えてゐる性悪男子は、平素情欲鎮圧薬として、毎日服用したがよからうよ、アハハハハ』
『天真さま、あなたチツと服用されたらどうですか。眼の色が血走つてゐますよ、イヒヒヒヒ。それから葛の効能を教へて下さいな』
『またしても葛々と訳もない質問を発する奴ぢやなア。アタ邪魔くさい、しかしながら天帝の化身ともいふべき天真坊さまが、七草ぐらゐの説明が出来ぬと思はれちや、神の威厳にも関する大問題だから、チツとばかり解明の労をとつてやらうかい、アーン』
『葛の解釈ぐらゐにサウ前置詞が多いのでは実に閉口ですワイ。しかしながら後学のために大切な耳を暫時貸しませうかい』
『アハハハハずゐぶん負惜しみの強い野郎だなア。そもそも葛は萩と同じく荳科植物の一種で、昔から葛根といつて盛んに漢方医の山井養仙などに使用されて来たものだ。発汗剤、下熱剤として使用したり、胃腸の粘滑剤として使用し、または諸薬の配剤として調法なものだ。葛は葛根より搾取したもので最上等の澱粉だ。色々の料理や、夏季における汗打粉としての材料となる。それだから美人には無くてならない好植物だ』
『またしても美人が引合ひに出ましたな。一層のこと葛を澱粉に製造して、ダリヤ姫女帝の土産物となし、その歓心を買つたらどうでせう。これが女帝の心を動かす唯一無二の秘策でせう、エヘヘヘヘ』
『クヅクヅ言ふな。サアこれから一ツいやらしい奴を説明してやらう。幽霊に因縁の深い尾花だ。……幽霊の正体見たり枯尾花……といつて随分ゾツとする代物だ。直ちに石塔の裏を思ひ出す奴だ、アハハハハ』
『エエ天真さま、モウ止めて下さい。こんな山道で気分が悪いぢやありませぬか。ヒユードロドロと化けて出られちや堪りませぬわ。モツと真面目に言つて下さいな』
『ヨシヨシ俺もあまり心持ちが良くないのだ。尾花は禾本科植物で、こいつの穂を集め、日光で乾燥すると立派な綿のやうなものが出来る。この綿は軽い擦過傷や、切傷の口にふりかけると血止め薬になる。夜具にでも使用すると軽くて暖かくて大変に工合の良いものだ』
『ダリヤ姫さまとの結婚式に御使用になるお考へですか、エヘヘヘヘ』
『エエ一ツ一ツ何とかかとかいつてダリヤ姫に喰付けやうと致すのだなア』
『ヘンお気に入りませぬかな、それよりもモツとモツと優美な撫子の説明をして下はいな。ちよつと撫子なんて乙な名前でせう』
『エヘン、撫子は石竹科の一種で、日光に全草を乾燥させ、一日に四五匁ばかりを煎じて利尿剤となし、第一腎臓病、脚気、水腫なぞの他の難病に用ゆると特効が顕はれるものだ』
『いやはや感心々々、大いに感心いたしました。今度は最も粋な名の付いた女郎花の効能の説明を願ひます』
『女郎花は茜草植物亜属の敗醤科の一種で、その根を秋季に採取し水によく洗ひ、日光に乾かして貯はへておき、用に臨んで一日に四五匁ばかりを煎じて服用と、婦人の血の道の順血薬として特効ありといふことだ。婦人に趣味を持つ男子は、どうしても女郎花ばかりは気をつけて平素から用意しておくべきものだ、アハハハハ』
『エヘヘヘヘさすがは女殺しの後家欺しの天真坊さま、何事にも抜目はありませぬな。ますますこのコブライ奴感珍いたしましたわい。サアこれから桔梗の効能を説明していただきませう』
『桔梗は桔梗科の植物で、その根を秋季に掘り日光に乾燥したものを桔梗根といふ。風邪の時、鎮咳去痰薬として用ゆると効がある。一日に四五匁を水に煎じて飲むと良い、エヘン。血液を溶解するサボニンが含まれてゐるのだ。その根から近時フストールやヱバニンといふ新薬が製造されるのだ。ついでに藤袴も説明しておくが、これは菊科植物の一種で、この葉を日光に乾燥して煎じて飲めば、撫子と同じく利尿剤として効能があるのだ。貴様のやうな痳病の問屋さまは秋が来たら忘れずに採取しておくがよからうよ、アハハハハ』
コ『ウフフフフ、小便のタンク奴破裂しさうだ。天真さま、御免下さい』
と言ひながら、オチコを立ててジヤアジヤアとやり出した。
 二人はやうやく下り坂となつたので足許も速く、やや展開した野村へ出た。ここには二三十戸の百姓家が淋しげに立つてゐる。二三人の腕白小僧が小川に竿を垂れ小魚を釣りながら歌つてゐる。

『水はサラサラ  野は青い
 長い堤の木の影で  今日は朝から小魚釣り
 晴れた空には何処やらで  雲雀でも鳴いてゐるやうな
 時折り聞こえる眠さうな  牛の呻きも午后
   ○
 流れサラサラ  野は青い
 つれない竿を  投げ出して
 眺めてゐれば水すまし  水をすまして舞ふばかり』

 そこへ天真坊が頭をテカテカ日光に輝かしながらコブライを従へやつて来ると、腕白小僧は遠慮会釈もなく、頭の光つてるのを怪しみながら歌ひ出した。

『モシモシ禿よ禿さんよ  世界の中でお前ほど
 光の薄いものはない  どうしてそん何暗いのか
   ○
 ナーンとおつしやる電気さん  そんならお前と光りつこ
 向かふの小山に太陽が出たら  どちらがよけいにピカつくか
   ○
 どんなに禿をみがいても  どうで僕より暗いだろ
 ここらで一寸一休み  ブラブラブラブラ ブーラブラ
   ○
 これはしまつた夜が明けた  ピカピカピカピカ ピーカピカ
 あんまり暗い電気さん  サツキの自慢はどうしたね』

 天真坊はこの歌を聞いて、ヤヤ悄気気味になり、錫杖をガチヤン ガチヤンと、ワザとに手荒くゆりながら、
『コーラ、我太郎、今言つたこと、ま一度言つて見い、場合によつては承知せないぞ。餓鬼大将奴が』
小供『アツハハハハ、オイ坊主、この村はなア、昔から三五教の占有地だ、そんな怪体な風をした化物は一寸も入れる事は出来ないのだよ。どつかへ早く姿をかくさないと線香を立てるぞ』
天『チエ、青大将が座敷へ這入り込んだやうな事ぬかしやがる、子供だつて油断のならぬものだ。子供、オイ、坊主、ここを美しい女が、通らなかつたかのう』
『通つたよ。一人の奴さんを連れて、互ひに背中を叩いたり、頬辺をつめつたり、イチヤつきもつて、ツイ今先き、ここを通りよつたはずだ。俺を今、坊主といつたが俺ヤ坊主ぢやないよ、お前こそ坊主ぢやないか。俺はなア神谷村の庄屋の息子で、神の子といふ神童だ。世界の事なら何でも俺に聞いて見よ。何でも彼でも掌を指す如くに知らしてやるよ。お前はオーラ山に立籠つて大山子をやつてゐた玄真坊のなれの果だらうがな。スガの港のダリヤ姫に恋着し、うまく誤魔化してタニグク山の岩窟につれ込み、寝てゐる間に顔を草紙にされ、トカゲ面の男と一緒に逃げられて泡を吹き、昨夜は立岩の側で人造化物に誑され、深い陥穽へおち込んで向かふ脛をすりむき、泣き泣き山上まで辿りつき、七草の講釈をえらさうにおつ始め、それから、ここまでダリヤの後をおつてやつて来たのだらう。どうだ違ふかな』
『ウンー、いかにも、お前の言ふ通り、俺の聞く通り、森で烏の鳴く通り、受取は右の通り、その通りだ、アツハハハハ』
『オイ、禿チヤン、もう締めたがよからうぞ。ダリヤ姫なんて、お前の性に適はないや。今の間に改心して俺の尻拭きになれ、さうすりやまた浮かぶ瀬もあらうぞ。いつまでも悪業をつづけてゐると、八万地獄の釜の焦げおこしに落とされてしまふぞ』
『オイ子供、そのダリヤ姫は、お前の家にかくしてあるのと違ふか』
『ウン、隠してある、たしかに、かくまつてあるのだ』
『そりや、どこに隠してあるのだ。一寸言つてもらへまいかな』
『バカを言ふない、かくしたものを言ふ阿呆があるかい。隠した以上は、どこまでもかくすのが本当だ』
コブライ『もしもし天真坊さま、この子供は本当に神様見たやうな子供ですな。貴方ももういい加減に兜を脱いだらどうですか。ダリヤさまを諦めてはどうですか。あなたの額には悪相が現はれてゐますがな、改心するのは今の時ですよ。私はここまでついて来ましたが、あなたが改心するとせないとに拘らず、もう此処でお暇をもらつてこの神さまのやうな子供にお尻拭きにでも使つてもらひますよ』

子『神の子は神に仕ふる清きもの
  誰が泥棒に尻を拭かすか』

コブライ『これはしたり失礼なことを言ひました
  泥棒の身をも弁へずして』

天『小賢しく神の子らしく申すとも
  天真坊にはトテも敵ふまい

 それよりもダリヤの姫の在所をば
  早く知らせよお銭やるから』

子『尻くらへ観音さまの化身ぞや
  嘘をこくなよ玄真の枉』

と言ひながら、プスツと象が屁をこいたやうな音を立て白い煙となつてしまつた。つれの子供も影も形もなくなつてしまつた。

(大正一四・一一・七 旧九・二一 北村隆光録)



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