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物語71-1-11926/02山河草木戌 追劇王仁三郎参照文献検索
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第一章 追劇〔一七九〇〕

 神の恵みの豊かなる  言霊開く天恩郷
 その頂上に聳え立つ  銀杏の大木は天を摩し
 黄金の扇子をかざしつつ  これの聖場は万寿苑
 五六七の御代の果までも  変ることなき瑞祥閣
 四方は錦の山屏風  引立てまはし綾の機
 経と緯とに織りなして  我が日の本は言ふもさら
 大地のあらむ果までも  神光照らす光照殿
 いよいよ茲に落成を  告げし菊月上八日
 南桑田の平原を  一目に瞰下す要害地
 天正二年のその昔  織田の右府に仕へたる
 土岐の一族光秀が  偉業の跡を偲びつつ
 祥明館の奥の間で  千年を因む松村氏
 三五の光の瑞月が  暗きこの世を照らさむと
 神の御言を蒙りて  何時もの通り横に臥し
 褥の船に身を任せ  畳の波に浮かびつつ
 太平洋を横断し  印度の海を乗越えて
 往古文明と聞えたる  七千余国の月の国
 タラハン城に仕へたる  左守の司の隠れ処に
 スガの港のダリヤ姫  言葉たくみにそそのかし
 誘き出したる天真坊  悪鬼羅刹に憑依され
 タニグク谷の山奥に  その醜態をさらしたる
 滑稽悲惨の物語  千山万水(山河草木)子(戌)の巻の
 初頭にこまごま記しゆく  ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ。  

 稀代の売僧坊主奸侫邪智の曲者ながら、どこともなく間のぬけた面構へ、頭は仔細らしく丸めてゐるが、元来毛のうすい性で、別にかみそりの御節介に預からなくとも済むはずのピカピカ光つた調法な頭の持主、鼻の先が妙に尖り、目は少しばかり釣り上り、前歯が二本、厚い唇からニユツとはみ出し、何ほどオチヨボ口をしやうとしても、この二枚の前歯だけは雰囲気外に突出して、治外法権の状態である。川瀬の乱杭よろしくといふ歯並みに、茹損ひの田螺のやうな歯くそだらけの歯をむき出し、ダリヤ姫の捜索に両眼を血走らせ、谷間の坂道を息使ひ荒く、泡を吹き飛ばしながら、数多の小盗児連を四方八方に間配り、自分はダリヤ姫が逃げたらしいと思はるる山路を選んで、泥棒の中でもチツとばかり気の利いたらしいコブライを引き具し、猪の通つた跡を洋犬が嗅ぎつけるやうな調子で、この山中に名高い立岩の麓までやつて来た。時々毒虫に驚かされ、猛獣に肝をひしがれつつ、夕陽のおつる頃、足が棒になつたと呟きながら、根気尽きて路傍の草の上に、座骨の突出した貧弱な尻をドスンと卸した。
天真坊『オイ、コブライ、どうだ、ちよつと一服やらうぢやないか、交通機関にチツとばかり油をささなくちや運転不能となりさうだ。どうもこの急坂を夜昼なしに踏破したものだから、膝坊主がチツとばかり抗議を申し出でて、やむを得ず休養を命ずる事にしたのだ。エエ汝はこの間にそこら中を、一寸、偵察して来てくれないか、あのダリヤだつて、何ほど足が速いといつても女だ、余り遠くは行くまいからのう』
コブライ『成るほど、そりやさうかも知れませぬな、しかしながら吾々はもう暮六つ下つてをりますから、目の角膜院が就寝の喇叭を吹きかけました。夜分まで日当は貰つてをりませぬから、コブライも化身さまと一所に休養さしてもらひませうかい、何といつてもタカが人間です、天帝の化身ともあらう聖者が、根気尽きて行倒れを遊ばすといふこの場合、どうしてコンパスが働きませう。そんな事いはずに休む時にや気良う休まして下はいな、こんだけ広い山野を一人の女を何時まで捜したつて、さう易々と見付かるものぢやありませぬワ。かうして一服してをると、ダリヤさまが後からバルキーと一緒に意茶つきもつて通るかも知れませぬ。さうすりや、居ながらにして、目的の瑞宝を手に入れるも同然ですからなア』
『エー、泥棒のくせに弱音をふく奴だな。エ、しかしながら人間万事塞翁の牛の尻といふから、何が都合になるとも分らない。今日は特別の恩典をもつて黙許しておかうかい、ウツフフフフ』
『天真坊さま、笑ひごつちやありませぬよ。僕は、私は真剣に弱つてるのですからな。エ、しかし人間万事塞翁の牛の尻とおつしやいましたね、塞翁の馬の糞とは違ひますか』
『馬でも牛でもよいぢやないか、俺が牛の尻というたのは、物識といふ意味だ』
『なるほど、天帝の化身さまだけあつて、何でもよく物を知つてござるといふ謎ですな』
『きまつた事だ、三千世界の事なら、宇宙開闢の初めから、小は微塵に至るまで、漏れなく落ちなく、鏡にかけたる如く知りぬいてゐる名僧知識だ、オツホン』
『エツヘヘヘ、それほど何もかもよく分る牛のケツ先生が、あれほど大きいダリヤ姫の行方を捜すのに、シヤカンナ頭目の部下二百人まで借用して、捜索せにやならぬとはチツと矛盾ぢやありませぬか』
『馬鹿をいふな、恋は異なもの乙なもの、オツとどつこい、恋は曲者といふぢやないか、久米の仙人でさへも、女の白い脛をみて空中から墜落したといふ話がある。何ほど天帝の化身でも、女に迷うた以上は咫尺暗澹、全く常暗となるのは当然の理だ』
『ヘーン、さうですかいな、妙ですな、怪体なことをいひますな、不可思議千万、奇妙頂礼、古今独歩、珍々無類、石が流れて木の葉が沈んで、天が地となり、地が天となりさうな塩梅式だ。女といふ奴ア、これを聞くと実に恐ろしい代物だワイ。さうすると天真坊さま、お前さまを盲にするだけの器量を持つてゐるダリヤ姫は、よつぽど偉い者ですなア。婦人は孱弱き男子なりといふ熟語は聞いてをりますが、婦人は最も強き男子なりと言ひたくなるぢやありませぬか』
『そこらにゴロゴロしてゐるコンマ以下の女と違ひ、何といつても天の河原に玉の舟を浮かべ、天降り遊ばした棚機姫の化身だもの、そりや当然だよ』
『なるほど、それぢや一つ七夕さまをお祈りしてダリヤ姫の在処を判然と知らしていただかうぢやありませぬか。お前さまも天帝の化身で、七夕姫と夫婦ぢやとおつしやつたことを覚えてゐますが、なんぼ何でも天帝の化身様が女帝の行方が分らないとは、チツと理窟に合はないやうに思ひますがな』
『きまつた事だい、七夕姫と彦星の俺とは昔から年に一度より会はれない規則だから、分らぬのも無理はない。それを毎日日日会うて楽しまうといふのだから、チツとはこちにも無理があるといふものだ。しかしながら一旦思ひ込んだ事はやり通さなくちや、男子の意地が立たない、いな天真坊の威厳に関する問題だ』
『なるほど、いかにも、ご尤も千万、エ、万々一、ダリヤ姫が肱鉄をかました時は貴方どうするお考へですか』
『ヘン、馬鹿いふな、そんな事があつて堪らうかい、ダリヤはぞつこん俺にラブしてゐるよ』
『ウツフフフ、それほどラブしてゐる者が、なぜお前さまの寝てゐる間を考へ、顔に落書までして遁亡したのですか』
『そりやお前の解釈が違ふ。ダリヤもあまり長い山道を歩いて来たものだから大変にくたぶれてゐよつた。そこへメツタやたらに酒を呑ましたものだから、グツタリと寝込んでしまひ、目がくらんで人間違ひをしよつたのだ。バルギーの奴、酢でも菎蒻でもゆかぬ悪党だから、ダリヤや俺たちの寝た間に、そつと面に落書をいたし、一見俺の面とみえないやうにしておき、その間にダリヤをゆすり起し、俺の声色を使ひ、甘く夜陰に紛れ、をびき出しよつたものと察する。ダリヤは今朝あたり、ハツキリ人の面がみえるやうになつてから、バルキーのしやつ面を眺めて、さぞ案に相違しびつくり仰天した事だらうよ。ダリヤに限つて、俺を見すてるやうな心は微塵毛頭も持つてゐやう筈がない、きつとバルギーが俺に化けて、寝とぼけ眼を幸ひ、ゴマかしよつたのだ。何といつても、世界の女は、一度俺の面を拝んだが最後、決して忘れるものぢやない。いはんや甘つたるい言を一口でもかけてもらつた女は、なにほど蜂を払ふやうにしたつて、俺にやよう放れないのだ、エヘヘヘヘ』
と口角よりツーツーとさがる糸のやうな、ねんばりしたものを、手の甲で手繰つてゐる。
『イツヒヒヒヒ、こいつア面白い、奇妙奇天烈、珍々無類だ』
 日は西山に沈んで天から暗が砕けたやうにおちて来た。暗がりはゴムをふくらしたやうに四方八方へ拡がつてゆく。時鳥の声は彼方こなたより競争的に聞えて来る。二人は止むを得ず、立岩の凹みに体をもたせかけ早くも鼾の幕がおりた。
 シヤカンナの部下と仕へてゐた四五人の小盗児連は、これもヤツパリ、ダリヤ姫の捜索を頼まれて、彼方こなたの密林をかきわけ、蜘蛛の巣だらけになつてやつて来たが、背丈にのびた道傍の草や、深い木かげに星一つ見えず、進退谷まつて、一同ここに枕を並べやうと横になつた。何だか暗がりで分らないがグヅグヅグヅと雑炊でもたいてゐるやうな声がする。
甲『オイ何だか妙な音がするぢやないか。ここは立岩といつて、昔から化州の出る所だ、チツと用心せななるまいよ』
乙『なるほど、こいつア厭らしい。しかし時鳥があれだけないてゐるから、マアちよつとその方へ耳を傾けてグツグツを聞かないやうにすりやいいぢやないか、俺やモウ、そこらが寒くなつて、体が細かく活動し出した。寝ても立つても居られないやうだ、エーエー、モツと時鳥が啼いてくれるといいのだけれどなア』
『ヒヨツとしたら、天真坊さまがこの辺に鼾をかいて寝てゐるのぢやあるまいかな。さうでなけりや、時鳥の爺イが歯がぬけて、あんな啼きざまをしてゐやがるのだらう』
『エー、かふいふ時にや歌を唄ふに限る。一つ肝をほり出して、土手きり唄つてみやうぢやないか』
甲『よからう、それが一番だ、オイ皆の奴、汝も唄はないかい』
丙『こんな所で歌でも唄うてみよ、立岩の前に人間ありと化物が悟り、四方八方から一つ目小僧や三つ目小僧が押しよせ来たらば、汝どうするつもりだ。黙つて寝ろよ、のう丁、戊、さうぢやないか』
 丁と戊とはウンともスンとも言はず、小さくなつて慄うてゐる。乙は憐れつぽいふるい声を出しながら、カラ元気をおつぽり出し唄ひ出した。

『夕日はおちて御空から  暗はくだけておつるとも
 虎狼や獅子熊や  如何なる悪魔が襲ふとも
 いかでか恐れむ泥棒の  大頭目のシヤカンナが
 乾児と現れし哥兄さまだ  幽霊なりと何なりと
 居るなら出て来い天真坊  天帝の化身の命令で
 御用に出て来た俺だぞよ  何ほど偉い悪魔でも
 この世をお造り遊ばした  天帝さまには叶ふまい
 一の乾児の俺達は  取りも直さず八百万
 神の中なる一柱  もしも曲津が居るならば
 十里四方へ飛びのけよ  マゴマゴ致してゐよつたら
 手足をもぎ取り骨くだき  肉をだんごにつき丸め
 禿わし共に喰はすぞや  天下無双の豪傑が
 五人の中に一人をる  恐れよおそれ曲津ども
 ああ惟神々々  神の真の太柱
 天真坊の御家来に  楯つく悪魔は世にあらじ
 さがれよさがれトツトとさがれ  暗よ去れ去れ一時も早く
 月は出て来い星も出よ  この世は神のゐます国
 悪魔の住むべき場所でない  ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ』  

と蚊のなくやうな声で囀つてゐる。甲はドラ声を張上げながら、焼糞になり唄ひ出した。

『どつこいしようどつこいしよう  天帝さまの御化身は
 今や何処にましますか  ここは名に負ふ立岩の
 山中一の化物場  化物退治にやつて来た
 俺は英雄スカンナだ  俺の言ふことスカンなら
 早く何処なと逃げなされ  天真坊の生神が
 やがて此処をば通るだろ  そしたら悪魔の一族は
 旭に露の消ゆるごと  浅ましザマをさらすだろ
 何だか知らぬがこの場所は  自然に体が慄ひ出し
 小気味の悪い暗の路  ああ惟神々々
 御霊幸はへましまして  天帝様の御化身が
 一時も早く御光来  遊ばすやうに願ひます
 ああ惟神々々  叶はん時の神頼み』

 天真坊はこの声にふつと目をさまし、
『ハハア小泥棒の奴、ここまでやつて来てヘコたれよつたと見えるワイ。何奴も此奴も仕方のない奴だな、しかしながらダリヤをうまく掴まへてくれよつたかな』
と息をこらして考へてゐる。コブライもまた目をさまし、天真坊が身を起して何事か考へてゐる様子なので、暗を幸ひ、自分は三間ばかり立岩のうしろへ廻り、優しい女の声色を使ひ、
『天真坊さま、待ちかねました。バルギーの悪人にたばかられ、あなたと間違ひ、夜の路、来てみれば、案に相違の蛙面、こらどうせうかと思案のあまり、バルギーの睾丸をしめつけ、途中に倒し、この立岩のうしろに隠れて一夜を明さむと待つてをりました。恋しい師の君様、どうぞ此処までお出で遊ばし、妾の手を引張つて下さいな。ジヤツケツいばらに体を取りまかれ、身動きが出来ませぬワ』
 天真坊はこの声を聞いて小躍りしながら、やや少時考へ込んでゐる。スカンナ外四人もまた息をこらして様子を考へてゐたが、この連中はテツキリ化物と早合点し、面をグツスリとタオルで包んでしまひ、俯むいて慄うてゐる。
コブライ『モシ天真坊さま、ダリヤでございます、どうぞ早く来て下さいな。エー好かぬたらしい、お前さまはコブライさまぢやないか、あなたに用はありませぬよ、お前さまに助けてくれとはいひませぬ、天真坊さまに助けて欲しいのだもの』
 コブライは今度は自分の地声を出し、
『コレ、ダリヤ姫様、私は決してお前さんに野心を有つてはをりませぬ。天帝の化身さまは、勿体ない、自ら、かやうな茨室へお越しになる訳に行きませぬから、私がチツとは茨掻きをしてもかまはぬ、犠牲となつてお救ひに来たのだ。エーエーさうすつ込んでは、よけいに茨が引つかかるぢやありませぬか……、(女声で)イエイエ何とおつしやつても私は天真坊さまに来てほしいのですワ。チツとばかり、怪我をなさつたつて何ですか、真に妾を愛して下さるなら、たとへ火の中水の底、茨室、どこだつてかまはないと、おつしやつたことがあるのですもの、今こそ誠意のためし時、この茨室へ暗がりに飛込んで救うてくれないやうな誠意のない天真坊様なら、妾の方からキツパリとお断わり申しますわ。ねえ天真坊さま、キツと妾を愛して下さるでせう。アイタタタ、面も手も足も茨がきだらけよ、早く助けて欲しいものだワ、ねえ……。(今度はコブライの地声で)さてさて合点の悪い姫さまだ。では僕は貴女のお世話はよう致しませぬ。モシモシ天真坊さま、お手づから親切を尽して上げて下さいな』
天『いかにもダリヤ姫の声には似てゐるが、どこともなしに怪しい点がある。コリヤ化物ではあるまいかのう』
コ(女声で)『エーエー辛気臭い、天真坊さまとしたことが、妾は遠い山坂をかけ巡りお腹がすき、声はかれ、疲れはててをりますから、本当のダリヤの声は出ませぬよ。どうか御推量して下さいませ、決して化物ぢやございませぬから』
 天真坊は声のする方に向かつて、二足三足進むをりしも岩をふみ外し、三間ばかりの草茫々と生え茂る真黒の穴へ、「キヤツ」と言つたぎり落ち込んでしまつた。スカンナ外四人はいよいよ化物と早合点し、四つ這ひとなつて坂路をのたりのたりと命からがらころげゆく。コブライも天真坊の声に驚いて声する方を目当に歩み出す途端、またもや踏み外し、天真坊の落ち込んだ穴へと一蓮托生、辷りこんだ途端に柔らかいぬくい物が体にさはつたので、ギヨツとしながら、
『イヤア助けてくれ助けてくれ』
と大声に叫ぶ。天真坊は落ちた途端に気絶してゐたので、コブライの落ち込んだのは少しも知らなかつた。少時あつて天真坊は息ふき返した。
天真坊『誰だ誰だ、俺をこんな所へつきはめやがつて』
コ『モシ天真坊さま、しつかりして下さい。暗の陥穽へ、あなたも私も落ち込んだのですよ、モウかうなりや夜の明けるまで、ここに逗留するより途がありませぬワ』
『いかにも、さう聞けば確かにそんな感じもする、しかしあの時、たしかにダリヤ姫の声がしてゐたやうだが、惜しい事をしたでないか』
『本当に惜しい事をしましたね、たしかにダリヤさまに間違ひありませなんだ。大変にあの方は貞操の固い方ですなア、私が助けやうとしても、指一本さえさせないんですもの』
『エヘヘヘ、そらさうだらうよ、しかしダリヤは心配してゐるだらうよ。先づ先づ夜が明けるまで仕方がないな、あれくらゐ親切な女だから、夜が明けるまで、俺たちの安否を考へながら、立岩のはたに待つてるに違ひないワ、ああ惟神霊幸はへませ』

(大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)



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