出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=70&HEN=3&SYOU=16&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語70-3-161925/08山河草木酉 天降里王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=16576

第一六章 天降里〔一七八三〕

 シグレ町の貧民窟の九尺二間にはレール、マークの両人が、俄かにテイラ、ハリス、チウイン、チンレイの新しい四人の珍客を迎へ、どことはなく大活気が漲つて来た。新来の珍客は何れも古ぼけた労働服を身に纏ひ、これが太子か、貴婦人かと見まがふばかり、服装を落としてしまつた。それゆゑ七軒長屋の隣の婆嬶連も、夢にも太子や王女の変装とは知る由もなかつた。
 朝も早うから女議員が、カバンの代りに手桶をさげて、井戸端会議を燕の親方よろしく開催してゐる。
甲『これ、お梅さま、レールさま処へこの頃妙な、落ちづれものが、やつて来てゐるぢやないか。あら、おほかた、乗馬下しの貴婦人かも知れむが、長屋の規則を守つて、饂飩一杯づつ配りさうなものだのに、まだ挨拶にも出て来ぬぢやないかい』
乙『お竹さま、饂飩か蕎麦の一杯貰ふやうな事があつたら、それこそ大変ですよ。あとが煩さいからな』
竹『それでも、私が去年の暮にこの長屋へ流れ込んで来た時、お前さま等が率先して、何かと世話をして下さつた際に、長屋の規則だから、饂飩か蕎麦を一杯づつ向かふ三軒両隣へ配れと言ひなしたものだから、親爺のハツピを質において饂飩を一杯づつ配りましたよ』
梅『そら、さうですとも、普通の人間なら、互ひに仲ようして、お交際をしてもらはなくちやなりませぬが、あのレールさま、ま一人のマークさまの二人は、ラマ本山のブラツクリストとかいふものについてゐる人物で、いつも番僧さまが如意棒をブラ下げて調べに来るぢやないか。あの人は向上会員とか、黒い主義者とかいふぢやないか。そんな人と交際でもしようものなら、番僧さまにつけねらはれ、誰もいやがつて日傭者にも雇うてくれませぬワ。さうすりや忽ち親子の腮が乾上つてしまふぢやありませぬか。親爺さまは毎日土方をやり、私たちはマツチの箱貼りをして会計を助けてはをるものの、雨が三日も降りや忽ち土方も出来ず、親子が飢ゑ死せねばならぬといふ境遇だもの、番僧さまなんかに睨まれちやたまりませぬわな』
『何とマア怖ろしい人がこの路地へ這入つて来たものぢやないか。この頃はあんな人がうろつくので寺庵異持法だとか、国士団、……法とか、難かしい法律が発布され、三人寄つて話をしてをつても、すぐ引張られるさうだから、かう五人も六人も一緒に水汲みをやるのは剣呑ですぜ』
『タカが女ぢやありませぬか。本来裏長屋の嬶連が、何人寄つて雀会議をやつたところで何一つ出来やしないわ。なにほど盲の番僧さまだつて、女まで引張つて帰るやうな無茶な事はしますまいよ』
『なに、女でもなかなか手に合はぬ連中さまがありますよ。今時の女性はみな、高等淫売教育とか、いふものを受けてゐる人だから、女権拡張とか女子参政論だとか、いろいろのオキャンや、チャンピオンが現はれて、ラマ本山の頭を痛めるものだから、この頃は女でも容赦なく、番僧さま、ちよつと怪しいと見たら直ぐに引張つて行くさうだよ。あの向上会員さまの中にも、どうやら高等淫売らしい、綺麗な女が三人まで、やつて来てゐるのだもの、何時番僧さまがやつて来るか知れないわ。蕎麦の御馳走どころか、此方が側杖を喰はされちや堪りませぬな。サアサア帰りませう』
と五六人の婆嬶が手桶をヒツ下げて、各自小さい破れ戸をくぐつて姿を隠してしまつた。
 チウインは共同井戸の側にある穢しい共同便所に這入つてをつたが、この女連の話を一伍一什聞き終り、そしらぬ顔をして帰り来たり、
チウ『オイ、レールの兄貴、僕は妙な事を聞いて来たよ。イヤ、もう大いに社会教育を得た。人間といふものはホンに生活上に大変な懸隔があるものだな』
レ『長屋の雀や燕が言ふことア大抵きまつてゐますよ。私を向上会員だといつて、いつも口をきはめて悪口をいひ、テンで怖がつて交際をせないのです。ずゐぶん、悪垂れ口を叩いたでせう』
『ハハハハなかなか面白いわ、イヤしかし面白いというては済まぬ。このトルマン国には一人も貧民のないやうに、何とかして骨を折らねばなるまい』
『タラハン国のスダルマン太子は、アリナ、バランスといふ賢明な棟梁の臣下を得て、教政の改革を断行されたといふ話ですが、屹度よく治まるでせう。まだ今々の事ですから、その結果は分りませぬが、今日の場合、アアするより外に道はござりますまい。トルマン国も今は改革の時期だと思ひます。どうか太子様の英断をもつて、一日も早く教政の改革を断行し、国民の信望をつなぎ、天下の名君と仰がれ玉ふやう、吾々は努力したいと思ひます』
『ヤ、実は僕もスダルマン太子のやり口には感服してゐる。どうしても思ひきつて決行せなくちや駄目だ。ともかく、やれるだけやりたいものだな』
『今度の宰相は余程分つてゐるやうですが、浄行の古手や首陀の大将や毘沙頭の古手が、いくら頭を悩まし、教政内局を組織したところで、その寿命は長くて一年半、短い奴は三月くらゐで倒れてしまふのだから、吾々教徒はいい面の皮ですよ。今日は最早、人文発達して人民が皆自覚してをりますから、古疵物は信用しませぬ。ともかく、清浄無垢の民間から出たものでないと、大衆の信望をつなぐ事はむつかしいですな』
『そらさうだ。会衆の古手や首陀頭や浄行や金持会衆が、何遍出直したところで、まるで子供が飯事をしてゐるやうなものだ。亡宗政治、骸骨政治、幽霊政治、日暮し政治、軟骨政治、章魚政治、圧搾宗政ばつかりやられてをつちや、大衆は到底息をつく事は出来まい。僕もどうかしてこの際、かくれたる智者仁者を探し求め、善政を布いてみたいと思ふのだ。しかしながらまだ自分は部屋住まゐの事でもあり、両親の頭が古くつて時代の趨勢が分らないものだから、実は困つてゐるのだ。何とか一つ大きな目覚しが来るといいのだけれどな』
『太子様、かならず心配して下さるな。吾々は王室中心向上主義ですが、現代の大衆は何時でも一撃の梵鐘の響と共に起つやうになつてをります。テイラさまや、ハリスさまの前で、こんな事を言ふのはチツとばかり言ひにくいけれど、今度の戦争がなかつたなら、吾々は已に已に左守、右守の両人を斃し、宗政の改革を太子様にお願ひするところだつたのです。既にすでに矢は弓の弦につがへられてをつたのです。左守、右守の浄行も戦争のために斃れたのだから、御本人にとつては非常に光栄だつたのでせう。さうでなくつても今日まで二つの首はつながれてゐない筈ですから』
 テイラ、ハリスの両人は平気な顔して笑つてゐる。
レ『もしテイラさま、ハリスさま、あなたはお父さまの事を言はれても、何ともないのですか』
テイ『ハイ、子として父の死を悲しまぬものはありませぬ。しかしながら大衆の怨府となり、非業の最後を遂げられやうなものなら、それこそ子として堪りませぬが、危機一髪の場合になつて、王家のため国教のために戦つて死んだのですもの、全くウラルの神さまの御恵みだと思つて有難う感じてをりますわ。ネー、ハリスさま、あなただつてさうお考へでせう』
ハリ『何事もみな、因縁事ですもの、仕方がありませぬわね』
レ『イヤお二人とも、立派なお心掛け、向上会の私も今日の上流に、こんな考への人があるかと思へば聊か心強くなつて来ました。オイ、マーク、トルマンの国家も心配は要らないよ、喜び給へ、この若君を頂き、この賢明な左守右守のお嬢さまが上にある以上は、国家は大磐石だ。俺たちも今まで十年の間、国事と改宗に奔走した曙光が現はれたやうなものだ』
マ『本当にさうだ。僕も何だか、死から甦つたやうな晴ればれした爽快な気分になつて来たよ。何といつても年若き婦人の身として、駒に鞭うち砲煙弾雨の間を、三軍を指揮して奔走された女丈夫だもの。僕等のごとき痩男は姫さまの前ではサツパリ顔色なしだ、ハツハハハハ』
 かく話してゐるところへ、如意棒の音がガラガラと聞こえて来た。
レ『ヤ、また番僧がやつて来よつたな。チウインさま、どうか本名を言つちや、いけませぬよ。皆さま、そのつもりでゐて下さい。きつと人員調査にやつて来たのでせうから』
チウ『よしよし、心配するな』
番僧『レールさま、ちよつと戸を開けて下さい』
 レールは入口の破れ戸をガラリと押し開けニコニコしながら、
『ヤア、これはこれは、朝も早うから御苦労でござります。何の御用か知りませぬが、トツトとお這入り下さい。拙宅もこの頃はお客が殖えまして大変賑やかうござります。にはかに六人家内となつたものですから、懐の寒いレールにとつては聊か困つてをりますわい。貴方もこの頃は物価騰貴で、さぞお困りでせうな』
番『君のいふ通り、僕も大変生活難に襲はれてゐるのだ。女房の内職で、どうなりかうなり、ひだるい目はせずに暮してゐるが、ずゐぶん辛いものだよ。君はこれといふ仕事もしてゐないやうだが、ずゐぶん裕福な暮しをしてゐるらしいね。鶏が叩いてあるぢやないか。しかしこの四人の方は何処から来られたのだ。実はこの長屋の嬶が本山へ密告して来たものだから、職務上調べぬわけにも行かず、また君に苦い面をしられるのを知りながら、これも職務上やむを得ないのだから、一応取調べに来たのだ。どうか悪く思はないやうにして下さい』
レ『久振りで郷里の友人や、私の女房や、マークの女房が尋ねて来てくれたのですよ。明日はどうして喰はうかと兵糧がつきたので頭痛鉢巻をやつてゐたところ、郷里からこの通り鶏と米と酒を持つて来たものだから、久振りで御馳走にありつかうと思つて、朝から立働いてゐたところですよ』
『成るほど、どうも田舎の人らしいね。しかしながら田舎にしては、言ふと済まぬが、垢抜けのした方ばかりだな』
『この友人はバクシーといつて、チツとばかり財産を持つてをります。吾々二人は国士として国家のため、身命を賭して活動してゐるものだから、妻子を養ふことが出来ないので、このバクシーさまの家へお世話になり、下女奉公に使つてもらつてをつたところ、女房が一度夫の顔が見たい顔が見たいとせがむものだから、はるばると女房を連れて、バクシー夫婦が昨日来てくれたのです。マアお前さま久振りだ、一杯やつたらどうですか。別に貴方の職掌にも影響するやうな事はありますまい』
『イヤ、有難う。それでは一杯頂戴しやうかな。僕だつて同じトルマン国の人民だ。如意棒をブラ下げてゐるだけの違ひだ。一つ上司の機嫌を損じたが最後、たちまち丸腰になつて労働者の仲間へ入れてもらはなくちやならないのだから、今の間に君たちと懇親を結んでおかなくては、たちまち自分の前途が案じられて仕方がないからな。どうかレールさま、よろしく頼みますよ』
『今の高級僧侶などは、何奴も此奴も皆賄賂をとつたり、御用商人と結託して、甘い汁をしこたま吸うてゐやがる餓鬼ばかりだ。役僧の中でも比較的潔白なのは君たち番僧仲間だ。それでも小ラマぐらゐになると、ずゐぶん予算外の収入があるといふ事だ。君たちも労働者の前で如意棒を見せて威張り散らすくらゐが役得では詰らぬぢやないか。普選が間もなく実行される世の中だ。君も吾々仲間に這入つて向上運動の牛耳をとり、会衆にでも選出されて、国政と宗政の大改革を断行し玉へ。月給の安い番僧なんかやつてをつたところで、つまらぬぢやないか。なにほど出世したところで、番僧の出世は小ラマが関の山だ。それも三十年くらゐ勤続せなくちや、そこまで漕ぎつけるわけにやゆかないからな、ハハハハ』
『ウン、そらさうだな。会衆にでも出て、うまく立働けば伴食浄行くらゐはなれるかもしれない。悪くしたところで首陀頭の椅子ぐらゐにはありつけるかも知れぬ。生活の保証さへしてくれる者があつたら、僕は今日からでも辞職して君たちと一緒に活動するつもりだがな』
『そりや面白い、番僧の中でも、君はどつか違つたところがあると向上会員の仲間からも言はれてゐるのだ。思ひきつて番僧なんか棒にふり玉へ。君の生活は、このバクシーさまがきつと保証して下さるよ。さうしてバクシーさまに附いてさへをれば、もはや大磐石だ。寺庵異持法、国士団、……法も、何も、へつたくれも、あつたものぢやない』
チウ『こいツア面白い番僧さまだ。オイ君、僕は実のところ、打ち割つていふがチウイン太子だ。教政を改革せむために向上会員の仲間へ偵察に変装して来てゐるのだよ。君もどうぢや、今日限り番僧をやめて向上運動に没頭する気はないか。浄行ぐらゐにやきつと僕がしてやるよ』
番『本当ですか、腹の悪い、人を嬲るのでせう。恐れ多くも太子様が、かやうな処へおいでなさる道理はありますまい』
『因習に囚はれた現代人は、太子といへばどつか特種の権威でもあるやうに誤解してゐるが、太子だつて神柱だつて、白い米を食つて黄いろい糞を垂れる代物だ、ハツハハハハ』
『イヤ分りました、間違ひござりますまい。何だかどこともなしに気品の高い人と思つてゐましたが、さうするとこの御婦人達は何れも雲の上に生活を遊ばす貴婦人でせう。私はテルマンと申す小本山の番僧でござります。どうかよろしう今後は御指導を願ひます。如何なる御用でも犬馬の労を惜しみませぬ』
『ハ、よしよし、これで新人物を一人見つけた。早速の穫物があつた、ハハハハ』
 戸の隙間から太陽の光線が五条六条黒ずんだ畳の上に落ち、煙のやうな埃がモヤモヤと輪廓を描いて浮游してゐる。豆腐屋のリンがかすかに聞こえて来る。新聞配達のリンが一入高く響く。

(大正一四・八・二五 旧七・六 於由良海岸秋田別荘 北村隆光録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web