出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=70&HEN=2&SYOU=14&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語70-2-141925/08山河草木酉 賓民窟王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=15409

第一四章 賓民窟〔一七八一〕

 千草姫の命を受け、キユーバーの捜索に向かはむとするテイラ姫は、母モクレンの意を含み王様に面会せむものと思へども、千草姫の警戒厳しく到底近よる事が出来ぬので、チウイン太子の館を訪ひ、
『御免なさいませ。太子様、テイラでございます』
 太子は机にもたれ、三五の経典を頻りに読誦してゐたが、テイラの声が門口に聞こえたので、直ちに門口に迎へ出で、さも嬉しげに、
『ヤア女将軍テイラ殿、まあまあ此方へ……。よう来て下さつた。何だか最前から其方に会ひたいと思つてゐたところだ。今日はゆつくり話しませう』
テイ『ハイ、有難うございます。急用が出来ましたので一寸御相談に参りました。失礼さしていただきます』
と、一室に立ち入り太子と向かひあつて、
『時に太子様、今日は妾は母と共に王妃様に招かれ沢山の御馳走を頂きましたところ、王妃様の様子が俄かに変り「妾は三千世界の救世主だ」とか、「日の出神の生宮だ」とか、妙な事を仰せられ、その上に妾に対し「あの妖僧キユーバーの所在を探して来よ」との厳しき御命令、否み奉る事を得ず、ひそかに御相談に参りました。どうか御意見を承りたうございます』
太子『はて、困つたなあ、母上は発狂されたのであらう。どうも様子がこの間から変だと思つてゐた。母上は何故か彼の悪僧を大変に可愛がつてをられるのだ。しかしながら、彼のごときものを城中に引き入れなば、ますます母上の心を乱し、如何なる悪知恵を注ぎ込むかも知れない。それゆゑ吾が計らひにてある所にキユーバーを押込めておいたのだから、捜索などは止めたがよからう』
テイ『ハイ、有難うございます。妾も何だか変だと思つてをりました。しかしながら、左守家に居るわけにも参りませぬ。何時王妃様が人を派し、妾の行動をお調べなさるか知れませぬから』
『成程それも困る。お前の姿が見えさへせねば分らない、母上はキユーバーの捜索に行つてゐるのだと安心せられるだらう』
『妾は何処へ匿れたらよろしうございませうか』
『いや心配するな。私が今手紙を書くから、これをもつて名宛の人の処へ行つて世話になれ。しばらくの間だから』
『ハイ、仰せに従ひ、さうさして頂きませう』
 太子は何事かすらすらと巻紙に書き認め、三百円の金を封じ込み、
『サア、これを持つてお出でなさい。きつと世話をしてくれるだらうから』
 テイラは、書面の表書を見て倒れむばかりに驚いた。
『もし太子様、レールといふ男は、向上運動の張本人ではございませぬか』
太子『如何にもさうだ。彼はトルマン国の救世主も同様だ』
テイ『太子様はまたこのレールといふ男に御交際がございますか』
と不思議さうに問ふ。
太子『別に交際といふほどでもないが、一度会うた事がある。その時彼の心の底まで見抜いておいた。きつと大切にしてくれるよ。この書面の中に三百円封じ込んであるから、これは其方の賄料としてレールに与へるのだ』
テーリスタン『ハイ、有難うございます。ともかく行つて参りませう』
と挨拶する折りしも門口より、
『右守の娘ハリスでございます。太子様にお目にかかりたうございます』
と女の優しき声が聞こえて来た。太子は直ちに立つて自ら入口の戸を開け、
『ヤア、ハリス殿か、よう来て下さつた。今テイラ将軍が来て居て下さるところだ。サア、ハリス将軍お入りなさい』
と気軽に招き入れ、ここに三人巴なりに対坐した。
ハリ『太子様、御勉強中をお邪魔をいたしました。ヤ、あなたはテイラ様、先刻は失礼いたしましたね』
テイ『いやどう致しまして、あなたも王妃様の御命令に関して、お越しなさつたのでございますか』
ハリ『ハイ、左様でございます。大変な事を仰せつかつたので、実は困り入つてゐるのでございますよ』
太子『ハハハハハハ、ハリス将軍もキユーバー上人の所在の捜索隊でも仰せつかつたのだらう』
ハリ『いえいえ どうして どうして、捜索隊はテイラさまに大命が下りました。妾はもつともつと六ケしい御用を仰せつけられたのでございます』
『それや一体どんな用だ。差支へなくば聞かしてもらひたいものだなあ』
『ハイ、妾は、太子様を生擒る御用を仰せつかりました』
『ハハハハハハ、さすがはハリス女将軍だけあつて、それ相当の御用を言ひつけられたものだなあ。その美貌をもつて攻撃されるものなら、瞬く間にチウイン砲台も滅茶々々に壊されてしまふかも知れないよ』
『王妃様のお言葉には「紅、白粉、油を惜しまず、盛装をこらし抜目なく太子を恋の淵に陥いれ、首尾克く成功いたしたならば、汝を太子妃にしてやらう」との有難い御恩命、いやはや畏れ入つてをりまする』
テイ『何とまあ、粋なお母さまぢやございませぬか。ハリス様、羨ましうございます』
ハリ『どうか貴女、妾が捜索に参りますから、貴女代つて下さいませぬか。到底この使命は妾がごとき者の挺子には合ひませぬ。また太子を生擒るなどの大野心は、王家を思ひ、右守家を思へばどうして出来ませう。実に困り入つてございます』
太『これや一通りぢやない。母上には何か悪神が憑依して、トルマン城を攪乱せむと企らんでゐるに違ひない。いやハリス殿、余が手紙を書きますから、宛名人の処へしばらく身をお忍びなさい。後は都合よく母の手前を取りなしておきます。どうやら両将軍の身の上に危険が迫つて来たやうに余は考へる』
と言ひながら、すらすらと巻紙に何事か認め、これまた三百円の紙幣を封じ込み、
『サア、ハリス殿、しばらくこの宛名人の処へ行つて身を忍んでゐて下さい』
と差出す書状、ハリスはハツと首をさげ押し頂き、名宛を見ればマーク殿と認めてある。ハリスは仰天せむばかり吃驚して太子の顔をつくづく見守りながら、
ハリ『太子様、御冗談ではございませぬか。マークといふ人間は首陀向上運動の首謀者、ラマ本山の注意人物、かやうな人間の所へ、どうして忍んでゐる事が出来ませうか』
太子『いや心配は要らぬ。彼は決して悪人でない。吾がトルマン国の将来重鎮となる人物だ。この書状をもつて行けばきつと世話してくれるだらう』
ハリ『テイラさま、妾、どうしませう。太子様も、あまりぢやございませぬか。あのやうな所へ島流しとはあまり甚うございますわ』
テイ『妾だつて有名な向上会のレールさまの家へ預けられるのですもの。何かこれには太子様において深いお考へがお有りなさるのでせう。とに角いつてみようぢやありませぬか』
と、二人は早くも太子に暇を告げ、
『太子様、しばらく行つて参ります』
と黄昏を幸ひ裏町通りを伝うて、レール、マークの住家をさして出でて行く。
 レール、マークの両人はその日の生活に追はれ、九尺二間の裏店に、二人一組の世帯をやつてゐる。二人は荒井ケ嶽の麓なる岩窟の番人を了へ、固く錠をかけおき、帰つて来たところであつた。両人はやれやれと腰をおろし、夕飯の箸を執らむとする時、門口に優しき女の声、
『御免なさいませ。レール、マークさまのお宅は此処でございますか』
 薄暗がりにレール、マーク二人はこの声を聞くより、
レ『オイ、マーク、艶めかしい、しかも高尚な女性の声が門口に聞こえてゐるぢやないか。さうして「レール、マークさまのお宅は」と、ほざいてゐるやうだ。一体何だらうか』
マ『ヘン、馬鹿いふな。こんな所へ誰が尋ねて来るものか、しかも日の暮れ間際に、おほかた狐か狸のお化だらうよ』
レ『いやいや、たしかに女の声だ』
と言つてゐる時しも、再び優しき女の声、
『レールさま、マークさまのお宅は此所でございますか』
マ『いかにも女性の声だ』
と言ひながら、つつと立つて菱になつた破れ戸をがらりと引き開け、見れば盛装を凝らした二人の美人、ニコニコとして、
女『妾は、ちよつと様子あつて貴方のお家へお世話になりに参りました。どうかよろしう願ひます。見れば奥さまもお子達もおはさぬ様子、どうかお世話にして下さいませ』
マ『どこの貴婦人か知りませぬが、冗談言つてはいけませぬよ。私はお粥腹を抱へて飢ゑに泣き寒に慄へてゐる貧民窟の主人公、どうして人様のお世話する余裕がございませう。おほかた人違ひでございませう。お帰り下さいませ。オイ、レール大変な事になつて来たぢやないか。貴婦人が、しかも二人、盛装を凝らしお前と俺とを尋ねて来られたのだが、どうも承知出来ぬぢやないか。大方それ、キユーバーに関係のある、お安くない連中ぢやなからうか』
と、小声に囁く。
レ『なるほどさうかも知れぬよ。此奴はうつかり相手になつては駄目だ。スコブツエン宗のキユーバーといふ奴、沢山の貴婦人を胡麻化しよつたといふことだ。その貴婦人が俺ら二人が牢番をしてゐる事を嗅ぎつけ、尋ねて来よつたのだらう。そんな事をしては太子様に対して申し訳がないからなア。断わつて逐ひ帰せ』
マ『折角ながら、二人の女中さま、レール、マークは当家に居りませぬ。トツトとお帰り下さいませ。こんな破れ家を尋ねるといふ女性は人間ぢやありますまい。狐か狸かの化けた奴と認めるからトツトといんで下さい』
といふより早く破れ戸をピシヤリと閉め、戸に突張りをかうてしまつた。
マ『ハハハハハハ、この破戸一枚が鉄の門より高う、といふ処だ、ハハハハハハ』
と大声に笑ふ。
テイ『もし御両人様、どうかこの手紙を読んで下さいませ。さうすれば貴方がたのお疑ひが晴れるでせう』
と、戸の隙間より二通とも投げ込んだ。二人は二通とも拾ひ上げ、薄暗いランプにすかして見れば、一通にはレール殿、チウイン太子より、一通にはマーク殿、チウイン太子より、と記されてある。急ぎ封押しきつて見れば、正しくチウイン太子の手紙に間違ひない。さうして枯れきつた貧乏世帯へ、大枚三百円宛、女の賄料として封じ込んである。二人は慌てて戸を押し開け、
レ『ヤこれはこれは失礼いたしました。むさくろしい処でございますが、どうかお這入り下さいませ。オイ、マーク手箒でそこらを掃かないか、珍客だぞ。これは左守家のお嬢さまと、右守家のお嬢さまだ』
と言ひながら、二人は一生懸命、黒ずんだ畳の表や庭を掃き出した。
テイ『どうぞお構ひ下さいますな。今日から私がお掃除もいたします。御飯も炊きます。男さまがなさいますと見つともなうございます』
レ『いや勿体ない、貴女がたに飯炊きをさせたり、掃除をさしたりしてたまりますか。しかし折角来てもらひましたが寝具もなし、食器も無し、まあしばらくお待ち下さい。マークに買ひにやりますからな。オイ、マークこの頂いたお金で絹夜具を二組買うて来い。そして上等の食器を二組揃へて来るのだぞ』
マ『よし来た』
と飛び出さうとするをテーラは細い柔らかい手で、マークの袖を控へながら、
テイ『もしマーク様、失礼ながら、彼やうなお住居へ絹夜具を入れたり、立派な食器をお入れになつては、直様その筋の疑ひをうけ迷惑をなさいませう。妾ら二人は貴方がたと同じ生活が致したうございます。どうか食器の最も悪い欠げたやうなものを購めて下さい。さうして寝具も最も悪い、これより悪いものはないといふやうなものを買つて来て下さい。さうせねば向上会の貴方がたが、その筋の疑ひを受けられては妾たち、長いお世話になる事は出来ませぬからなあ』
マ『オイ、レールどうせうかな、なんぼなんでもこんな貴婦人にまさか破れ布団も着せるわけにゆかぬぢやないか』
レ『何、かまやしないよ。今まで浄行階級の生活をなされてゐたお姫様、ちつとは吾々貧民窟の生活を味ははしてやつてもいいぢやないか。そんな遠慮をしてをつて、どうして目的の貫徹が出来やうか』
テイ『ホホホ、レールさまのお言葉、私ぞつこん気に入りましたよ。ねえハリスさま』
ハ『さうですねえ、本当に貧民窟の生活は愉快なものでせうよ』
マ『これお姫さま、貧民窟の生活は愉快だなんて、何を言うてゐるのだ。まあ二三日やつて見なさい、吠面かはいて逃げて帰らにやならぬやうになりますよ』
ハリ『何ほどつらくても構ひませぬよ。国家の柱石ともなるべき立派なお二人さまと共同生活をすると思へば、どんな辛い事でも辛抱いたしますわ』
レ『やアお出でたな、これやまあ、何のこつた。今日ただ今より貧乏神の御退却、福の神の御入来、まるで夢のやうだわい』
 四人一度に「ハハハハハハ、ホホホホホホ」。三日の月は西山に隠れ、暗の帳は四辺を包み、近所合壁の婆嬶の囀る声も次第々々に消えてゆく。

(大正一四・八・二四 旧七・五 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web