出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語70-2-131925/08山河草木酉 喃悶題王仁三郎参照文献検索
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第一三章 喃悶題〔一七八〇〕

 千草姫は左守司の妻モクレン同じく娘テイラ姫、右守の娘ハリスを膝下近く呼び寄せ、薬籠中のものとなしおかむと、あらゆる歓待を尽してゐる。モクレン、テイラ、ハリスの三人は恐る恐る千草姫の御殿に卓を囲んで千草姫が心からの馳走を頂いてゐた。千草姫は一同に向かひ、
『これ、モクレンさま、其方は国家のために一命を捨てた左守様の奥様だから、女とはいへトルマン国にとつては国家の柱石、誰よりも彼よりも大切にせなくてはならない方だから、今後も国家のため妾と共に十分の力を尽して下さいや』
モクレン『ハイ、有り難き姫様のお言葉ではござりまするが、お見かけ通り、もはや老齢、何の用にも立ちませぬのでお恥づかしうござります』
千草『これこれそりや何をまた、気の弱い事を言ふのだい。お前さまもトルマン国において第一人者たる左守司の未亡人ぢやないか。夫が討死された以上は、賢母良妻の実を挙げ、夫にまさる活動をせなくちや済みますまい。これからこの千草姫が其方に対し、無限の神徳を与へるから力一ぱい千草姫のため活動して下さい。それが、つまり王様のためとなり、またトルマン国一般のためともなるのだからなア』
『ハイ、有難うござります。妾のやうな年をとつた老耄、何の用にも立ちますまいが、姫様の御用とあれば否むわけには行きませぬ。何なりと御用仰せつけ下さいますれば力のあらむ限り、きつとおつとめ致しませう』
『イヤ、満足々々、それでこそ左守の妻モクレン殿、この千草姫は今までの千草とは聊か変つてゐますから、その考へでゐて下さいや。決してこの千草姫は発狂はしてをりませぬ。いよいよ今日より三千世界の救世主、底津岩根の大みろくの霊体、第一霊国の天人、日の出神の生宮でござるぞや。今日まではトルマン国ガーデン王の王妃として内政に干与いたしてをつたが、もはや左様な小さい事は出来ませぬ。天の根本の根本の大みろくの霊体として、この地上に現はれた以上は、七千余国の月の国は申すに及ばず、三千世界を立替へ立直し遊ばす日の出神の活動。其方も余程しつかりして下さらぬと、この世の大望、立替へ立直しがおそくなりますからな』
 千草姫のこの意外の言にモクレンも、テイラも、ハリスも呆れはて、たがひに顔を見合せて舌を捲き、目を瞠つた。
千草『これ、ハリス、お前はいま舌を捲いてゐたぢやないか。妾の言ふ事が、それほど可笑しいのか。なぜ真面目に神の申す事をお聞きなさらぬのだい』
ハリス『ハイ、誠に畏れ入りましてござります。王妃様とばかり今の今まで存じましたのに、途方もない大きい大みろく様の御霊体とやら、心小さき吾々には真偽に迷ひ、茫然と致しました』
『オツホホホホ、そらさうだろう。三千世界の救世主と、トルマン国の右守司の娘とを比較すれば、象と黴菌とよりまだ懸隔があるのだから、分らぬのも無理はない。しかしながらこの千草姫を何と思ひますか、よもや狂人とは思はないでせうな』
『勿体ない姫様を、どうして狂人と見られませう』
千草『そんなら、其方この肉宮を、どう考へるか』
と矢つぎ早やに問ひつめられ、
ハリ『ハイ、到底黴菌の分際として宇宙大の神様のこと、御神徳高き王妃様の御身の上が分つて堪りませうか。ただ有難し勿体なしと申すより外に言葉はござりませぬ』
『なるほどなるほど、そらさうだ。お前のいふ通り、神の事は人間の分際で分りさうな事はないからな。この千草姫をみろくの太柱、日の出神の生宮と信じた以上は、何事でも絶対服従を誓ふでせうな』
『ハイ、絶対服従を誓ひます。生宮様のお言葉ならば、たとへ山を逆様に登れとおつしやつても登つて見せませう』
『ホホホホさすがは右守の忘れ形見だけあつて偉いものだな。これからこの生宮が三千世界の救世主と現はれるについて、其方を立派な三千世界にまたとない結構なお方とし、万古末代名の残る御用を仰せ付けるほどに……』
『ハイ、有難うござります。何分よろしくお願ひ申しまする』
千草『ウン、よしよし、大みろくの太柱、たしかに承知いたしたぞや。次には左守の娘テイラ殿はこの生宮を何と心得てござるか、御意見を承りたいものだな』
テイラ『ハイ、妾は、どう致しましても、ガーデン王の王妃様とより思ふことが出来ませぬ。日の出神とか底津岩根のみろくとかおつしやりましたが、今日まで一度もまだ承つた事がござりませぬので、心の中にて真偽の判別に迷うてをります』
『人間の分際として畏れ多くも神に対し、真偽の判別に迷ふとは、何たる不遜の言葉ぞや。一寸先も分らぬ人間が三千世界を一目に見通す日の出神の生宮を審神いたすなどとは以ての外の悪行、左様な不心得な了簡では、左守の娘とは言はせませぬぞや』
『ハイ、畏れ入りました。あまり俄かのことで吃驚いたしまして、ツイ粗相を申しました。どうぞ広き御心に見直し聞直しを願ひ上げまする』
『ウンさう柔順く事が分ればそれでよい。この生宮の正体が分らぬのが本当だ。何といつても三千世界を救ふために、いろいろ雑多とヘグレてヘグレて来たこの方、それぢやによつてヘグレのヘグレのヘグレ武者、ヘグレ神社の大神と、神界では申すのぢやぞえ』
『ハイ、有難うござります』
『何が有難いのだ。妾の言葉が承知が行つたのか。ただ王妃様だから何事もご無理ご尤も、ヘイヘイハイハイと、面従してさへをればいいといふやうなズルイ考へは駄目ですよ。人民の心のドン底まで見えすく生神だから』
『左様でござります。妾は決して疑ひはいたしませぬ。ただ神様の御心のまにまに御用に仕へ奉るだけでござります』
『なるほど、さすがは左守の忘れ形見だけあつて、よくものが分るわい。きつとこの千草姫の肉宮に対して一言たりとも反きは致しますまいな。絶対服従を誓ふでせうな』
『ハイ、何事も主人の申し付け、絶対服従をいたしませう』
『これこれ、それや何を言ふのぢやいな。この生宮を人間としての御挨拶は痛み入る。主人の命令などとは怪しからぬ、生宮様の御命令だと何故申さないのか』
『ハイ、粗相申しました。生宮様の御命令ならば、如何なる御用でも厭ひませぬ。たとへ火の中、水の底でも、喜んで御用を承りませう』
千草『ホホホホヤレヤレ嬉しや嬉しや、日の出神の生宮、満足いたしたぞや。命令とあれば山を逆様に歩くハリス姫、火の中、水の底へでも喜んで飛び込むといふテイラ殿、これだけの決死隊が出来た上は、この日の出神の生宮も大磐石。それについてはモクレン殿は如何の御了簡か、キツパリ、それが承りたい』
モク『仰せまでもなく絶対服従を誓ひます』
『絶対服従では、あまり答弁がボツとしてゐるぢやないか。火の中を潜るとか、水の底を潜るとか、山を逆様に登るとか、何とか的確な返答がありさうなものぢやなア』
『ハイ、左様ならば、妾は御命令とあらば神の贄となつて暖かい血潮を奉りませう』
『ウン、よしよし、其方こそ秀逸だ。さすがは右守司の未亡人、千草姫、いやいや日の出神の生宮、感じ入りましたぞや。サア早速、かう話がまとまれば、今この生宮がテイラ、ハリスの両人に御用を申し付ける』
 テイラ、ハリス両人は一度に「ハツ」と頭を下げ、
『如何なる御命令なりとも謹んでお受け仕ります』
千草『ホホホさすがは賢女だ。しからば早速御用を申し付ける。其方も聞いてゐる通り、スコブツエン宗の名僧キユーバー殿の行方を、テイラ殿は探して来て下さい』
テイ『何れへ参りましたらよろしうござりますか。どうか神様、お指図を下さりませ』
『探しに行くやうなものに、方角が分る道理があらうか。どちらに行けばよいか分らぬから、捜索に出ようと申すのだ』
『ハイ、畏まりました。しからば、これから直ぐさま、お所在を尋ねて参りませう。どうか王様にも太子様にも、よろしく御承諾を願つて下さいませよ』
『これ、テイラ、何といふ分らぬ事を申すのだえ。王様は僅かなトルマン国の主権者、三十万人の父上ぢやぞえ。太子はまた、その後継、今は何の権威もない部屋住ぢやぞや。五十六億七千万人の霊を救ふ三千世界の生宮の言葉を何と心得なさる』
テイ『ハイ、畏れ入りました』
とこの場を匆々に立ち、
『皆様、左様ならば』
と挨拶を残し出て行かむとする。母モクレンは、
『これテイラ姫、生宮様の御命令とは言ひながら、其方もやはりガーデン王に仕へ奉る左守の娘なれば、一応王様に御挨拶申し上げた上、キユーバー殿の捜索においでなさるがよからう。母として一言、注意いたしますぞや』
千草『これこれモクレン、何といふ分らぬ事を申すのだい。テイラはこの生宮の申す事を絶対服従致すと言つたではないか』
モク『ハイ、誠に済まない事を申しました。テイラ、早く、サア、おいでなさい』
と言ひながら、「王様に一応申し上げよ」と、口には出さねど目をもつてこれを伝へた。
 テイラは母モクレンの心を汲みとり、さあらぬ態にて、
『左様ならばいよいよ捜索に参ります。生宮様、御安心下さいませ』
と早くもこの場を立去つた。
千草『オツホホホホ、ヤア、さすがは偉いテイラ殿。これモクレン、お喜びなさい。底津岩根の大みろくの太柱、日の出神の御用を第一番にいたしたのは、そなたの娘テイラでござるぞや。サア早く神様にお礼を申しや』
 モクレンは仕方なしに両掌を合せ、天に向かつて暗祈黙祷してゐる。
千草『コレコレ、あまり訳が分らなさすぎるぢやないか。モクレン、其方はどこを拝んでをるのぢや。空虚なる大空を拝んで何になる。天にまします大みろくの神は今や地上に降臨し、ここにござるぢやないか。神を拝めと申すのはこの生宮を拝めといふのだよ。てもさても、訳の分らぬ代物だなア』
 モクレンは心の中にて、「エーこの狂人女郎、何を吐しやがる。馬鹿らしい」とは思へども、そこが主従の悲しさ、色にも出さず、
『ハイ、左様でござりましたか。何分愚鈍の妾、現在目の前に結構な神様が御出現遊ばしてござるのに気がつかないとは、何といふ馬鹿だらうかと、吾ながら呆れはててござります。しからば御免下さいませ、生宮様』
と三拝九拝、拍手した。
 千草姫はますます得意になり、ツンとあげ面をさらしながら、
『ヤア、善哉善哉。そなたこそこの生宮を神として認めた第一人者ぢや、必ず必ず信仰をかへてはなりませぬぞや。サア、かうきまつた上はモクレン殿は暇を遣はす。随意に吾が家にかへり休息なされ。これからハリスに向かつて折入つて特別の御用がある、吾が居間においでなさい。結構な結構な三千世界にまたとない弥勒成就の御用を仰せ付けますぞや』
ハリ『ハイ、仰せに従ひ参ります』
と千草姫の居間に伴はれ行く。千草姫はドアの戸を堅く締め四方の窓を閉ぢ、声をひそめて、
『これ、ハリス殿、この生宮が特別の大々々の秘密の御用を仰せ付けるからお聞きなさい』
ハリ『ハイ、謹んで承りませう。如何なる御用なりとも身に叶ふ事ならば』
千草『ヤア、ハリス殿外でもない。そなたはトルマン国きつての美貌と聞く、その美貌を楯として、太子チウインの心を奪ひ、彼を恋の淵に陥れくれるならば、そなたをチウイン太子の妃となし、このトルマン城の花と致すであらう。どうだ嬉しいか、よもや不足はあるまいがな』
『何事かと存じますれば御勿体ない。左様な御命令、どうして臣下の身をもつて、畏れ多くも太子様に、左様に大それた事が女の身として申されませう。第一身分に懸隔がござりまする。また妾は右守司の一人娘、右守家を継がねばなりませぬ。どうぞこればかりは偏に御容赦を願ひ奉りまする』
『これこれハリス、そんな遠慮はチツとも要らぬ。右守家の血統は天にも地にもお前ただ一人、なるほど後を継がねばならうまい。それなれば尚更、其方にとつては、打つてすげたやうな話ではないか。チウインをうまく恋に引入れたならば、其方の夫につかはすほどに。何と嬉しからうがな』
『畏れ多くもトルマン国の継承者たる太子様を右守の家に下さるとは、天地顛倒も同様、ガーデン王様が決して許しは致されますまい。また太子様とて顕要の地位を捨て、臣下の家に養子におなり遊ばすやうな道理はござりませぬ。たとへ右守家は妾一代にて血統がきれませうとも、王家には替へられませぬ。この儀ばかりは平に御容赦を願ひ奉りまする』
『これこれハリス殿、其方はこの生宮の命令ならば、山でも逆様に登るといつたぢやないか。その舌の根の乾かぬ中、掌かへしたやうな其方の変心、千草姫の生宮、左様なことで承知はいたさぬぞや』
『ハイ、是非はござりませぬ。万々一妾の力によつて太子様を恋に陥し奉つた上は、王家のお世継は、どうなさいますか。それが妾は心配でなりませぬ』
『ホホホホ、なるほど一応尤もだ尤もだ。人間心としては、実に申し分のないお前の真心、感じ入りました。しかしながら三千世界を自由にいたす底津岩根の大みろくの太柱、現はれた以上は霊の親子たるものをお世継にいたす考へだ。左様なことに心配はチツとも要らない。其方の霊はチウイン太子と夫婦の霊だによつて、日の出神の生宮が神界において調べて調べて調べ上げた上、かう申してゐるのだから、力一ぱい活動して下さい。きつと成功疑ひなしぢやぞえ』
 ハリスは太子と共に大軍を率ゐ、敵軍を駈け悩ましたる女武者である。さうして太子の容色や胆力には心の底から感服してゐた。しかしながら夫に持たう、妻にならうなどとの野心はチツとも持つてゐないのであるが、千草姫の言葉に否みかね、一先づこの場を逃れむものと、心にもなき言辞を弄し、暫時千草姫の意を迎へ、嬉しさうな顔をして見せたのである。千草姫は満足の態にて、
『ヤア、ハリス殿、あつぱれ あつぱれ、かならず成功祈るぞや。これさへ承諾した上は、最早今日はこれで御用済みだ。これから家へ帰り、あらむ限りの盛装をなし、紅、白粉、油を惜しまず、抜目なく立働く準備をなさい』
 ハリスは「ハイ、有難う」と丁寧に挨拶をなしこの場を匆々立ちて行く。

(大正一四・八・二四 旧七・五 於由良海岸秋田別荘 北村隆光録)



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