出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語70-1-71925/08山河草木酉 妻生王仁三郎参照文献検索
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第七章 妻生〔一七七四〕

 軒は傾き屋根は破れ、蝶も蜻蛉も蜂も雀も雨も、屋根から降つて来るところまで茅葺の屋根が煤竹の骨を出してゐる。雨戸は七分三分に尻からげたやうに風に喰ひ取られ、障子はずず黒く棧ごとに瓔珞を下げ、風吹くたびに自由に舞踏をやつてゐる。湿つぽい畳は、表はすつかり破れ、赤ずんだ床ばかりが僅かに命脈を保ち、足踏み入るるも身の毛のよだつように見苦しい。さうして何ともたとへやうのない異様な臭気が鼻を衝く。されど、高姫やキユーバーの目にはこの茅屋が金殿玉楼のごとくに見え、異様な臭気は麝香のごとくに、想念の情動によつて感じ得らるるのも妙である。牛糞の味も牡丹餅のごとく感じ、馬糞の臭もお萩のごとく、いと満足に喉を鳴らしてしやぶるのだから耐らない。口の欠けた燻ぼつた土瓶に籐の蔓の柄をつけ、屋根から釣るした煤だらけのてんどりに引つかけ、牛糞を焚いて茶を温めながら、二人は嬉々として他愛もなくふざけてゐる。御霊の相応といふものは実に不思議なものである。
 この高姫さまは、キユーバーの目には、一寸見た時には婆さまのやうに見えたが、何時の間にか、トルマン国の王妃千草姫のやうな美人に見えて来た。また高姫の目では団栗眼の烏天狗のやうな、口の尖つた不細工なキユーバーの顔が何とも知れぬ凛々しい、時置師の杢助に見えてたまらない。高姫は鼠髯のやうに皺のよつた口をつぼめながら、しよなしよなと体をゆすり、
『これ杢助さま、いや高宮彦殿、ようまあ化けたものですなあ。あの四つ辻で会つた時は、左程でもない遍路だと思うてゐたに、かうさし向かうて篤くりとお顔をみると、まぎれもない高宮彦様だわ。もし私は高宮姫でございますよ。何ですか他所よそしい。他人らしいその振舞ひはをいて下さい。なにほど貴方が出世して偉くなつてやつぱり私の夫ですよ』
キユ『お前は高宮姫と改名したのか、何でも千草姫といふ名だつたと思ふがな』
高『あのまあ杢ちやんの白々しいこと。それ貴方とあの御殿でお約束して高宮姫と改名したぢやありませぬか。貴方だつてその時高宮彦と改名されたでせう』
キユ『ハテナ、お前はどうしても千草姫に違ひない。妙なことを言ふぢやないか。しかしながら、名はどうでもよい。心と心さへぴつたり合うてをればそれで十分だ』
と二人は互ひ違ひに主をかへ、嬉々として意茶つき始めた。
高『もし貴方、あれから私に別れて何処を歩いてゐらしたの。私どれほど尋ねてゐたか知れませぬわ』
キユ『私はな、デカタン高原のトルマン国へ根拠を構へ、お前を一目見てから目にちらついて耐らず、何とかして会ひたいと心を焦してゐる矢先、お前がトルマン王の妃になつてゐるものだから手の附けやうがなく、百方手段をもつてたうとうお前に近よる事が出来、永らくの恋の暗を晴らすことを得たのだ。サアこれからお前と私と心を合せ、トルマン国を手に入れ、七千余国の月の国を蹂躙して見ようぢやないか。たうてい科学的文明の極点ともいふべき現代を救ふのには、単なる説教や演説や祈祷のみにては功を奏しにくい。自ら王者の位置に立ち軍隊を片手に握り、一方には剣、一方にはコーランをもつて人心を治めなくては宗教も政治も嘘だ』
『なるほど、貴方のやうな智勇兼備の神人は世界にございますまい。アア三年が間、この山のほてらで苦労したのも貴方に会ひたいばかり、いよいよ時節が来たのかなあ』
と互ひに辻褄の合はぬ勝手な応答をしながら、八味の幕を下して抱擁したまま睡りについてしまつた。外に立つてゐたトンボはやけてたまらず、小石を拾つて戸の破れから幾つともなくボイボイと投げ込んだ。小石は釣り下げてある土瓶の腹を割つて、二人の寝てゐる足の上にパツと小便を垂れた。高姫は驚き跳起きながら声を震はせて、
『これや、天下の救世主が種を蒔きよるのに何をするか。何者だ、名を名乗れ』
と呶鳴り立てる。トンボは外から、
『ワハハハハハハ石を投げたのはこのトンボさまだ。これや婆々、今にこの家を叩き壊してやるからさう思へ。俺も一つは性念があるぞ』
とまたもや雨のごとく両手に小石を掴んで投げ込む危ふさ。石は戸棚や水屋にぶつかつて、カチヤカチヤ パチパチ ガランガランと瀬戸物まで滅茶々々になる。高姫、キユーバーの二人は危なくてならず、表戸を引きあけ「コレヤー」と呶鳴る勢ひに、トンボは骨と皮との体を、尻をまくりながら、ドンドンドンと逃げ出す。高姫とキユーバーは追ひついて素首引掴み懲してくれむと真裸のまま、トンボの後を息をはづませ、青い火の玉となつて追つかけ行く。
 トンボは八衢の関所の門口に来たり、慌てて黒門にどんとつきあたり、「アツ」といつたままその場に倒れた。キユーバー、高姫の二人は皺枯声を張上げながら、「ホーイホーイ、ホイホイホイ」とド拍子もない声を張上げて追かけ来たり、トンボの倒れてゐる姿を見て痛快がり、
高『ホホホホホホこれ杢チヤン、天罰といふものは怖ろしいものではございませぬか、ねえ貴方。私と貴方が神代から伝はつた、青人草の種蒔のお神楽を勤めてゐるのを岡焼して、石を投げ込んだトンマ野郎ぢやございませぬか。これやトンマ、確りせぬかい、生宮さまの御神力には畏れ入つたか』
 トンボはやうやく気がつき、
『お前さまは生宮さまぢやないか。こんな役所の門前まで来て人の恥をさらすものぢやありませぬぞや。どうぞ悪口だけは耐へて下さい。私だつてまだ末の長い人間、これからまた世に立つて一働きせなくてはなりませぬ。お役人の耳へ私の悪口が入つたら最後、何処へ行つても頭は上りませぬからねえ』
高『ヘン、これやなーにをぬかしてゐるのだい。自業自得ぢやないか。お前のやうなものをこの世の中に頭を上げさせておこうものなら、世界は暗雲になつてしまふぢやないか。それだからお役人に聞こえるやう、一入大きな声で言つたのだよ。何とまあ情けなささうな顔わいのう』
ト『これや婆々、もう俺も破れかぶれだ、何なりと悪口をつけ。その代り貴様の秘密をお役人の耳に入るやう大声で素ツ破ぬいてやる』
キユ『これやこれやトンボとやら滅多な事は言ふまいぞ。貴様のやうな三文やつこなら、仮令よく言はれても悪く言はれても余り影響はないはずだ。しかしながら吾々ごとき救世主の、たとへ嘘にもせよ悪口を申すと、世界救済の事業の妨害になるのみならず、その罪はたちまち廻り来たつて吊釣地獄に墜ちるぞや』
ト『ヘン放つといて下さい。お前さまはこの婆々と爐の辺で、とんでもない種蒔行事を演じてゐたぢやないか。それあの醜体を……もしもしお役人様、此奴等二人は天則違反の大罪人でございます。どうか御規則に照らし、地獄へ打ち込んで下さい。さうしてウラナイ教とか、スコ教とかいつて悪神の教を天下に拡めようとする餓鬼畜生でございます。私が証拠人になります。どうぞ此奴ら二人を厳しく調べて下さい』
と力一ぱい呶鳴り立てる。
キユ『これやこれやトンボとやら、教主や生宮を罵る罪は軽けれど、教の道を罵る罪は万劫末代許されないぞ。謗法の罪の重い事を知つてゐるか』
ト『ヘンえらさうに言ふない。謗法の罪なんて俺やどこでもやつた事はないわ。貴様等両人こそ方々で悪い事をやつて来た代物だ。もしお役人様、大罪人を二人ここへ引張つて来ました。早く来て下さらないととんぼう(遁亡)いたします。早く早く』
と呶鳴つてゐる。赤白両人の守衛はこの声に訝りながら、門を左右に開き外に出てみるとこの体裁、
赤『これやこれや今日は公休日だ。なぜ矢釜しく申すか。訴へ事があるなら明日出て来い、聞いてやらう』
ト『もしお役人さまに申し上げます。天下を乱す彼様な大悪人を現在目の前に眺めながら、公休日だから調べないなぞと、そんなナマクラな事をいうてお役人が勤まりますか。日曜まで月給は頂いてをられませう。一寸でよいからお調べ下さいませ』
赤『や、お前はバラモンのリユーチナントではないか。未だ修養も致さず、八衢に迷ふてゐるのか、困つた奴だなあ』
ト『もしお役人さま、面白い事をおつしやいますなあ。冥途かなんかのやうに現界に八衢がございますか』
赤『ここは冥途の八衢だ。その方は鬼春別将軍の一旦部下となり、軍隊解散の後、泥棒となつて四方を徘徊いたし、ある勇士のために殺され、精霊となつて此所へ来てゐるのだ。それが未だ気が附かぬのか』
ト『ヘン、あまり馬鹿にしなさるな。ちつと真面目になつて下さい。私は狂者ぢやございませぬよ。死んだ者がこのやうにものを言ひますか。目も見えず耳も聞こえず、口もたたけず、手足も動けなくなつてこそ死んだのでせう。ヘン馬鹿にしてゐる。こんな酒を喰つて顔色までまつ赤にした奴の酒の肴になつてゐてもつまらない。今日は帰つてやらう。その代り明日は見ておれ、貴様の上官に今日の事を一伍一什訴へるぞ。さうすると貴様はたちまち足袋屋の看板足あがり、妻子のミイラが出来るぞや、ハハハハハハ』
と捨台詞を残し、道端の石を掴んでキユーバー、高姫目当に打ちかけながら、入陽の影坊師見たやうな細長い骸骨を宙に浮かせ、北へ北へと逃げて行く。
赤『ヤ、そこに居るのは高姫ぢやないか。お前は時置師の杢助さまに頼まれ、三年間この八衢に放養しておいたが、未だ数十年の寿命が現界に残つてゐる。たうてい霊界の生活は許されない。お前の宿る肉体はトルマン王の妃千草姫の肉体だ。サ一時も早く立ち去れ。またキユーバー、汝は天下無比の悪党であるが、まだ生死簿には寿命がのこつてゐる。一時も早く現界へ立ち帰れ。グヅグヅ致してゐると肉体が間に合はなくなるぞ』
と厳しく言ひ渡した。二人はハツと思ふ途端に気がつけばトルマン城内、千草姫の一室に錠前を卸して倒れてゐた。どことも無く騒々しい人馬の物音、矢叫びの声、大砲小銃の音手に取るごとく聞こえ来る。これより千草姫の言行は一変し、またもや脱線だらけの行動を取る事となつた。八衢にゐた高姫の精霊は己が納まるべき肉体を得て甦つたのである。

(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)



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