出口王仁三郎 文献検索

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物語70-1-61925/08山河草木酉 鬼遊婆王仁三郎参照文献検索
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第六章 鬼遊婆〔一七七三〕

 黄昏時に頭から壺をかぶつたやうな空の色、何とも知れぬ血腥さい、腸の抉れるやうな風がピユーピユーと吹いてゐる。痩せこけた烏が二三羽、羽衣を脱いだ柿の木の枝に梢もろとも空腹を抱へて慄うてゐる。
 地上は枯草が一面に生ひ立ち、処まんだら赤い生地を現はしてゐる。何とも知れぬ、いやらしい虫が枯草を一面に取りかこみ、人の香がすると一斉に集まり来たり、人間の体を吸はうとして待ちかまへてゐる。そこへ現はれて来たのは、三年間中有界にとめおかれ、修業を命ぜられたウラナイ教の高姫であつた。
 高姫は新規の亡者を一人伴ひながら、自分はヤツパリ現界に立ち働いてゐるつもりで、野分に吹かれながら、東海道五十三次のやうな弊衣を身に纒ひ、新弟子のトンボと一緒に道行く人を引張り込まむと待ちかまへてゐた。
トンボ『もし生宮様、もういい加減に帰らうぢやありませぬか。何だかこの街道は淋しくて淋しくて犬の子一匹通らぬぢやありませぬか。何時まで蜘蛛が巣をかけて蝉がとまるのを待つやうにしてをつても、蝉が来なくちや駄目でせう』
高姫『これ、トンボ、お前は何といふ気の弱いことを言ふのだい。たとへ人間が通らなくても、この生宮が此処に出張してをれば、沢山の霊が通つて大弥勒の生宮の御神徳に触れ、御光に照らされ、百人が百人ながら、お蔭をいただいて天国へ上るのだぞえ。それだから肉体人が来なくても、霊界人が来さへすればいいのだ。お前の俗眼では一人も人間が来ないやうに見えるだらうが、この生宮の目には、今朝から八万人ばかり来たのだよ。それはそれは忙がしいことだよ。お前も肉体が曇つてゐるので、あれだけの亡者が一人も目につかぬのは無理もない。しかしながら今朝から通つた八万人の亡者が、お前の顔を見て羨ましさうにしてゐたよ』
『何故また私のやうな不幸者を羨ましさうにして通るのでせうか。サツパリ合点がゆきませぬがな』
『それだからお前は盲といふのだ。目が見えぬと黄金の台に坐つてをつても、泥の中に突込まれてをるやうな気がするものだよ。結構な結構な三千世界の救世主、底津岩根の大弥勒、日の出神の直きぢきの御用をさして頂きながら、何といふ勿体ないお前は了簡だえ。お前のやうな結構な御用をさしてもらふものは、何処にあるものか。それだから八万人の精霊が羨ましさうにして通つたのだよ』
『ヘーン、妙ですな』
『これ、トンボ、トンボーもない事を言ひなさるな。「ヘーン、妙ですな」とは何だい。この生宮さまをお前さまは馬鹿にしてをるのだな。そんな了簡で生宮の御用をしてをると神罰が立所に当つて、頭を下にし、足を上にしてトンボ返りをせねばならぬぞや。チツと心得なされ』
『私やこの間から、あまり辛いのと馬鹿らしいので実のところは生宮様の隙を窺ひ、うまくトンボ(遁亡)しようかと考へてをりましたが、私を羨むやうな人物が八万人も一日に通るかと思へば、何処に行つても同じ事だ。生宮様のお側にマアしばらく御用をさしていただきませう』
『これ、トンボ、そら何を言ふぢやいな。しばらく御用をさしていただくとは罰当り奴、そんな了簡でをるやうなガラクタなら、今日から暇をやる。サア、トツトと帰つておくれ。お前がをらなくても肉体は女だから炊事万端お手のものだよ。無用の長物、ウドの大木、体見倒しの頓馬野郎だな。これからトンボといふ名を改名して、トンマ野郎というてやらう。それがお前の性に合うてるだろ』
『生宮様、トンマ野郎とはひどいぢやございませぬか』
『ヘン、三千世界の救世主、底津岩根の大弥勒、第一霊国の天人、日の出神の生宮のお側に御用さして頂いてをるのぢやないか、なにほど賢い立派な人間でも、この生宮の目から見れば、何奴も此奴も皆トンマ野郎だよ。大学の博士だつてトンマ野郎だ。総理大臣や衆議院議員になるやうな奴は、なほなほトンマ野郎の腰抜野郎だ。お前も総理大臣や博士と同じ称号を生宮から与へられたのだから、有難く感謝しなさい』
『生宮さま、それでもあまりぢやござりませぬか。どうか元の通りトンボとおつしやつて下さいな』
『さうだ。そんならお前はドン臭い男だから、ドンボと呼んであげやう。トンマ野郎とは少しマシだからな。底津岩根の大弥勒様、第一霊国の天人、日の出神の生宮ぢやぞえ』
『もしもし生宮さま、もうその長たらしいお名前は聞きたんのう致しました。どうぞ簡単に言つて下さいな。法性寺入道と間違ひますがな』
『こりや、トンマ野郎、そらナーン吐かしてけつかるのだ。トンマ野郎が嫌なら、ドンマ野郎にして上げやう。ああア、何奴も此奴も碌な奴は一匹もゐやアしないわ。アアアアア呆れた。開いた口が早速には塞がりませぬわい、イイイイイ何時まで経つても経つても生宮の申すことが分らず、改心が出来ず、イケ好かない野郎だな。ウウウウウ煩さいほど、口が酸くなるほど、毎日日々烏の啼かぬ日があつてもコケコーが歌はぬ朝があるとも、撓まず屈せずお説教してやるのに、エエエエエ会得が行かぬとは何といふ、オオオオオおそろしう大馬鹿だろ。カカカカカ噛んでくくめるやうに、日夜の生宮の説教も、馬の耳に風吹く如く、キキキキキ聞いてはくれず、キマリの悪い面付をして、ククククク喰ひ物ばかり目をつけ、苦労ばかり人にかけやがつて、ケケケケケ怪しからぬ怪体な獣だよ。コココココこんな事でどうしてこの法城が保てると思ふかい。サササササさてもさても困つた、シシシシシしぶとい代物だな。死に損ひの腰抜けといふのはお前の事だぞえ。ススススス少しは生宮の心も推量し、進んで神国成就のために大活動をしたらどうだい。セセセセセ雪隠で饅頭喰たやうな面してこの生宮の脛をかじり、トンマ野郎が気に喰はぬなどと何をいふのだ。ソソソソソそんな奴根性を持つてゐる粗末の代物を、高い米を喰はして養うてゐるこの生宮も、並み大抵の事ぢやないぞえ。タタタタタ誰がこんなトンマ野郎を、たとへ三日でも世話するものがござりませうかい』
『チチチチチチツと無理ぢやござりませぬか、畜生か何ぞのやうに、トンマ野郎だのドンマだのと、あまりひどいです。ツツツツツ月に一遍くらゐ、蛙の附焼きぐらゐ頂いて、どうして荒男の体が保てませう。テテテテテ手も足もこの通り筋張つて来ました。まるツきり扇の骨に濡れ紙を張つたやうな手の甲になつてしまつたぢやござりませぬか。トトトトトトンボだつて、どうして貴女と共に、活動が出来ませうぞ。チツとは私の身の上も憐れんで下さい。貴女ばかり美味い物を喰て、いつも私には芋の皮や大根の鬚や、水菜の赤葉ばかり当てがつてをるぢやありませぬか』
『ナナナナナ何を言ふのぢやいな。勿体ない、その心では罰が当るぞや、ニニニニニ西も東も南も北もこの通り曇り切つた世の中、お土の上に、何を蒔いてもこの通り、菜葉一つ満足に出来ない暗がりの世ぢやないか。赤ツ葉の一つも頂いたら結構ぢやと思つて喜びなさい。こんな寒い風の吹く世の中に、夜分はヌヌヌヌヌぬつくりと温い茶を呑んで、煎餅布団の中へ、潜り込んでをれるぢやないか。ネネネネネ年が年中何一つ、これといふ働きもせず、ノノノノノノラクラと野良仕事さしても、烏の威しのやうに立つてばかり居るなり、ラララララ埒もない皺枯声を出して、頭の痛むやうな歌を唄ひ、リリリリリ悧巧さうにトンマ野郎というてくれななどとは、お尻が呆れますぞや。ルルルルル流浪して行く処がないから使つて下さい、と泣いて頼んだぢやないか、レレレレレ礼を言ふ事を忘れて、不足ばかり申すとはホントにホントによい罰当りだよ。お前は神様の警めで、ロロロロロ牢獄へ突込まれてゐるのだ。しかしながらお前の肉体はこの生宮が構うてゐるが、その魂は、喰ひたい喰ひたい遊びたい遊びたいといふ、大牢に這入つてゐるのだよ、フツフフフフフ』
『ワワワワワ笑うて下さるな。私はお前さまの言ふやうな勘の悪い人間ぢやござりませぬぞや。これでも一時はバラモン軍のリユーチナントまで勤めて来た武士ですよ。ヰヰヰヰヰ何時までもお前さまの側へ居らうとは思ひませぬから、ウウウウウ煩さうても、売れ口があるまで辛抱してやつてゐるのですよ。ヱヱヱヱヱえぐたらしい事を朝から晩まで聞かされて、なんぼ軍人だつてお尻が呆れますよ。私はもう貴女のお供はこれでヲヲヲヲヲをしまひですよ』
と逃げ出さうとする。高姫は後から痩せこけた手をグツと出し、襟首をつかみ二足三足後ろに引きながら、
『こりや灸箸、麻幹人足、逃げるなら逃げて見い。燈心の幽霊見たやうな腕をしやがつて、線香のやうな足をして、かれいのやうな薄つぺたい体をして、生宮様に口答へするとはもつての外だ。サア動くなら動いてみよれ』
ト『イヤもう、えらい灸を据ゑられました。どうぞかれいこれ言はずに許して下さい。許して下さらなもう仕方がない。あの谷川へとうしん(投身)と出掛けます』
高『エーしやれどころかい』
とパツと手を放した途端にヒヨロ ヒヨロ ヒヨロと餓鬼のごとくヒヨロつき、枯れた萱草の中にパタリと倒けてしまつた。
高『ホホホホホ生宮様にかかつたら、バラモンのリユーチナントも脆いものだな。サアサアこれから館へ帰り、夕御飯の用意でも致しませう』
とダン尻を中空にたわつかせながら帰らむとする。時しもあれ、珍しくも歌の声が聞こえて来た。高姫はこの声を聞くや否や、操り人形のごとくクレリと体を交し、
『ヤア来た来た、これから私の正念場だ』
と大地に二三回も石搗きを始めて勇んでゐる。

『梵天帝釈自在天  大国彦の大神は
 三千世界の救世主  神や仏は言ふも更
 青人草や草木まで  恵みの露を垂れ給ひ
 救はせ給ふ尊さよ  大黒主の大棟梁
 清き教を受け給ひ  七千余国の月の国
 一つに丸めて治めむと  バラモン教を遠近に
 開き給へど如何にせむ  三五教やウラル教
 勢ひなかなか強くして  誠の神の御教を
 蹂躙するこそ是非なけれ  未だ時節の到らぬか
 これほど尊い御教も  数多の人に仰がれず
 誹毀讒謗の的となり  日に夜に教は淋れ行く
 大黒主の権力に  押されて表面バラモンの
 信者に化けてをるなれど  心の中はウラル教
 三五教の奴ばかり  こんな事ではならないと
 大黒主の御心配  強圧的に軍隊を
 用ゐて信徒を召集し  否が応でもバラモンの
 教に靡かせくれんづと  大足別の将軍に
 三千余騎の兵士を  引率させてデカタンの
 大高原に進軍し  トルマン国を屠らむと
 吾にスコブツエン宗を  開かせ給へどその実は
 異名同宗バラモンの  教に少しも変らない
 ただただ相違の一点は  バラモン教より劇烈な
 信徒に修行を強ゆるのみ  こんな事でもしておかにや
 虎狼に等しい人心を  緩和し御国を保つこと
 容易に出来るものでない  かてて加へてこの頃は
 思想日に夜に混乱し  アナアキズムやソシヤリズムが
 到る処に出没し  大黒主のこの天下
 いよいよ危ふくなつて来た  吾はこの間に教線を
 七千余国に拡張し  大黒主の失脚を
 見届け済まして月の国  いや永遠に統治なし
 神力無双の英雄と  世に謳はれむ面白や
 神は吾等と共にあり  吾こそ神の化身ぞや
 神に刃向かふ奴輩は  何奴も此奴も容赦なく
 亡ぼしくれむ吾が宗旨  アア面白や面白や
 いかなる神の教をも  言向け和し大野原
 風に草木の靡くごと  振舞ひくれむ吾が力
 吾等は神の化身なり  吾等は力の根元ぞ
 来たれよ来たれ四方の国  鳥獣の分ちなく
 キユーバーが配下としてやらう  イツヒヒヒヒ イツヒヒヒヒ
 実に面白くなつて来た  天は曇りて光なく
 地上は冷えて草木さへ  皆枯れ萎む世の中に
 スコブツエン宗ただ独り  旭日の天に昇るごと
 日々毎日栄え行く  ウツフフフフフ ウツフフフフフ』

と大法螺を吹き立てながら四辻までやつて来た。高姫はキユーバーの姿を見るより、カン走つた声にて、
『これこれ遍路さま、一寸待つて下さい。お前は一寸見ても、物の分りさうな立派な男らしい。私は三千世界の救世主、大みろくの太柱、第一霊国の天人、日の出神の生宮ぢやぞえ。サア一寸、私の館まで来て下さい。結構な結構なお話を聞かして上げませうぞや』
キユ『何、お前が救世主といふのか、フフフフフーン、はてな』
高『これ、遍路さま、何がフフフフフンだい。はてな……どころか、これから世の初まり、弥勒出現、神代の樹立、世の終ひの世の始まりぢやぞえ』
『ハハハハハハ何と面白い婆さまだな。幸ひ日の暮のことでもあり、そこらに宿もなし、一つ宿めて頂かうかな』
『サアサア宿つて下さい。結構な結構なお話をして上げますぞや、ホホホホホホ。トンボの奴到頭草の中へ埋もつてしまひよつた。あんな奴アどうならふと構ふことはない。生宮様に対して理窟ばかり吐くのだもの。何と世の中は妙なものだな。一人の奴が愛想づかして逃げたと思へば、チヤーンと神様は代りを拵へて下さる。この遍路は、どうやら生宮の片腕になるかも知れぬぞ。ホホホホホホ』
 トンボは最前から草の中に身を隠して高姫の様子を考へてゐたが、……こんな奴に来られちや自分はもう足上がりだ。しかしながら高姫の奴、あんな男を引張り込んで、どんな相談をしとるか知れぬ。今晩はともかく、館の外から二人の話を聞いてやらねばなるまい……と思案を定め、両人が岩山の麓の破れ家へ帰つて行く後ろから、闇を幸ひ足音を忍ばせついて行く。

(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良秋田別荘 北村隆光録)



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