出口王仁三郎 文献検索

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物語70-1-41925/08山河草木酉 共倒れ王仁三郎参照文献検索
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第四章 共倒れ〔一七七一〕

 太子のチウインは妹のチンレイおよび右守の娘ハリスと共に、初めてキユーバーが談判に来た時ソツと物蔭より様子を聞き、容易ならざる大事件となし、ガーデン王や左守には内密にて、妹のチンレイおよび右守の娘ハリスと夜中しめし合せ、王命といつはり全国の兵員を召集すべく、腹心の部下に命を下した。
 一方ガーデン王、左守は、城内五百の兵に武装をさせながら、敵軍押し寄せ来たらば、ただ一戦に粉砕しくれむと部下を督励して、士気の皷舞に全力を注いでゐた。大足別将軍は三千の兵を率ゐて、城下まで押し寄せて来たが、キユーバーを守りたる数十騎の注進により、殿内深くキユーバーの入り込みしことを知り、徒に戦端を開き、キユーバーの生命を失つては大変だ、大黒主に如何なるお目玉を頂戴するかも知れない。古今無双の英雄豪傑キユーバーには、何か深い策略があつて、ただ一人城内に入り込み、樽爼折衝の間に円満解決の曙光を認むべく活動してゐるのだらう。まづキユーバーの命令の来るまで、総攻撃をしてはならぬ、……と部下を厳重に戒め、キユーバー警護の意味にて三日三夜滞陣してゐた。ガーデン王、左守は、千草姫の姿が見えなくなつたのは、右守の最後を聞き、禍ひの身に及ばむ事を恐れて逃げ出したのだらう……くらゐに考へ、軍備の方に全心を集注し、千草姫が秘術を尽しての善戦善闘も気がつかなかつた。
 さてキユーバーは半時ばかりして息を吹き返し、団栗眼をぎろつかせ千草姫の顔を見て、
『ヤア、お前は千草姫ぢやないか。かよわい腕をしながら俺の脈処を折り悪しく掴みよつて、ドえらい目に会したぢやないか。俺はしばらくの間、幽冥旅行をやつてゐたよ。掴むといつても余りひどいぢやないか』
千草姫『ハイ、妾どんなに心配したか知れませぬわ。あなたの御命令を遵奉し、力一ぱい握りましたら、あなたはウンといつた切り、何といつても返事して下さらないのですもの。大変怒つて返事して下さらないと思ひ、早速バラモンの神様に水垢離取つて御祈願したところ、やつと物いつて下さつたのですもの。幽冥旅行したのなんのと本当に腹の悪いお方よ。半時ばかりも妾に怒つて物を言うて下さらないのですもの』
『いや、本当に気絶してゐたに違ひない。決して嘘は言はない。これから手を握るのなら指の先を握つてくれ。脈処を握られると困るからな』
『世界の救世主様が妾の細腕に握られて気絶なさるといふやうな道理がどこにございます。嘘ばかりおつしやいます。ホホホホホホ』
『本当にそれやさうぢや。実は気絶したのぢやないよ。お前の心底を考へるためにあんな真似をしてゐたのぢや。何をいつても三千世界の救世主だ。そんなへどろいことでどうならう』
『ホホホホホホ、ほんとに甚いお方、人の気を揉ましてひどいわ』
とまた手首を握らうとする。キユーバーは吃驚して手を引き、
『ヤ、もう手は一度握つたらよいものだ。それよりも今度は俺が握つてやらう、サア手を出したり手を出したり』
『どうか息が切れるところまで握つて頂戴な。一ぺん八衢の状況を見て来るところまで……。さうして冥官に会ひ、貴方と妾と永久に暮すべき蓮座を教へてもらつて来たうございますわ。天国の満員にならない中に、特等席を予約して置きたうございますから』
『ハハハハハハ、おい姫さま、このキユーバーの手がお前の手に触るな否や本当に気絶してしまふよ。それでもよいか』
『よろしうございますとも、たとへ殺されても私の体ぢやございませぬ。あなたに捧げたものでございますもの、あなたの命も同様ですわ』
 キユーバーは心の中にて……この女なかなか手がよく利いてをる、柔術の極意に達してをるらしい。俺も力一杯握つて気絶させ、八衢を覗いて来るところまでやつておかねば、将来威張られちや耐らない。夫の権式がさつぱりゼロになつてしまふ。よし、また力一ぱい急所を握り、俺の腕前を見せておかねば将来嬶天下になり、湯巻の紐で縛られるやうになるかも知れない。ここが千騎一騎の恋のかけひきだ……と、毛だらけの手をぬつと突き出し、姫の真白のなま竹のやうな手を骨も砕けとヒン握つた。千草姫はキユーバーの心の底まで直覚してゐるので、なにほどキユーバーが力を籠めて握つても痛くも何ともない、真綿が触つたやうな気がしてゐる、見かけによらぬ剛の者であつた。しかしわざと気絶した体を装ひ握られた刹那、「ウーン」と顔を顰めてその場に倒れてしまつた。
キユーバー『ハハハハハハ、さすがは女だな。たうとう屁古たれてしまひよつた。かうして半時ばかり幽冥界を覗かしておけば、気がついてから俺の神力に感服し、ぞつこん惚れこむだらう。エヘヘヘヘヘヘ、これだけ俺に惚れこんでをるのだから、大足別の軍勢に一時この城を屠らせ、ガーデン王や、左守、右守を征伐し、太子やその他の重臣を重刑に処し、このキユーバーが取つて代つてトルマン国の浄行兼刹帝利となり、天下無双の姫を女房となし、数千万の財産を横奪して天晴れ城主となり、大黒主の向かふを張つて、七千余国の覇者となつてやらう。アア面白い面白い、開運の時節到来、智謀絶倫にしてその胆力は神のごとく、鬼のごとしとは俺の事だわい、エヘヘヘヘヘヘ。ヤ何だ、大変な物音ぢや、どうれ一つ外へ出て様子を考へやう』
と、ドアを外さむとしたが、秘密の錠が卸してあるので、千草姫でなければ開けることが出来ない。さすがのキユーバーも当惑してゐる。外にはしばらく城内と城外との小糶り合ひがあつたが、用心深い大足別はキユーバーが城内に潜入しをる事を聞き、戦ひを中止して、キユーバーの様子を偵察せむと焦慮してゐた。それゆゑ戦ひは半時足らずに止んでしまつた。大足別は三千の軍隊をもつてトルマン城を十重二十重に取りまいてゐる。ガーデン王もこの敵の大兵を遠く眺めて、打つて出づる勇気もなく、援兵の来たるまで差控へむと矛を磨いて警戒してゐた。
 この時チウイン太子の近侍が、王の傍に来たり、恭しく敬礼しながら、
『太子様より殿下に奉れよとの御命令にて、お預かり申してをりましたこの御書面、お受取り下さいませ』
と差出す。
王『なに、太子がこの書面を余に渡せたと言つたか。あまり周章狼狽の結果、太子の事を忘れてゐた』
と言ひながら慌ただしく封押し切り眺むれば、左の如き文面が墨痕淋漓として認めてあつた。

一つ今夕、父を訪問いたしたるキユーバーなるものは、大足別将軍としめし合せ、本城を占領し、吾が王家を覆へさむと謀るものに候へば、この際一刻の猶予も相成らず候。小子は父および左守に協議いたすも、たうてい六ケ敷かしからむと存じ、妹チンレイ、および右守の娘ハリスとしめし合せ、国内の総動員をなすべく、吾が臣下を諸方に派遣し、小子もまた出城して大足別の軍を後方より攻撃いたすべく準備に取りかかり申し候。故に小子が総司令官となつて軍隊を編成し、城下に帰り候まで、決して敵と戦端を開き給ふべからず。一時たりとも時間を延ばし、吾が軍の至るを待たせ給ふやう、偏に懇願仕り候。
      国難救援軍総大将 トルマン国太子 チウイン
   御父ガーデン王様、左守、右守殿

と記してあつた。ガーデン王は、この書面を読み終るや、さも満足の色を現はし、左守に向かひ、言葉も勇ましく、
『アイヤ左守殿、喜んでくれ。太子は已に兵を召集し、近く帰つて来る様子だ。それまでは戦ひを開くなとのこと。さすがは俺の伜だけあつて、軍略にかけたら旨いものだらうがな』
左守『なるほど允文允武に渡らせらるる太子様、老臣も恐れ入つてございます。太子様の神軍が城下に近づくを待ち、城内より一斉に打ち出し、大足別を挟み撃ちいたせば勝利を得ること磐石をもつて、卵を砕くに等しからむと存じます。アア勇ましや勇ましや』
と老臣の左守は王の手を執つて雄健びし、部下またこの様子を見て士気にはかに振ふ。かかるところへ千草姫の侍女は一通の封書を携へ、王の前に恭しく捧げた。この密書は千草姫、キユーバーの手を握り気絶させおき、その間に認めたものである。王は訝かりながら、
『なに、千草姫の手紙とな、かれは既に右守の難を聞き城内を脱出せしものと思ひしに、ハテ不思議』
と手早く封押し切つて見れば、左のごとき文面が水茎の跡麗しく記されてあつた。

重大なるお疑ひを受けし千草姫より一大事を申し上げます。何とぞ何とぞ心を落着けてお読み下さいませ。スコブツエンのキユーバーなる者、一ケ月前より本城を屠らむと大足別としめし合せ、種々劃策を廻らしてをりました事は、右守のスマンヂー軍事探偵の報告によりこれを前知し、太子チウイン、王女チンレイ、右守の娘ハリスと共に千草姫も加はり、応戦の準備に取りかかるべく国内の調査を密々始めてをりましたところ、兵役に立ち得べきものは漸く二千五百名。万一の時の用意にと国内一般に王の命と称し、軍隊教育を施しおきましたところ、いよいよ戦はねばならなくなつて参りました。しかしながら大足別の大軍は既に城下に迫りをりますれば、今日かれと戦ふは不利の最も甚だしきものと存じ、大黒主の信任最も厚く、大足別の謀主と仰ぐキユーバーをある手段をもつて捕へおきました。やがて太子は全軍を率ゐて城下に迫る事と存じます。それまでキユーバーを私にお任せおき下さいませ。大足別が未だ砲火を開かざるも、要するにキユーバーの消息を案じての事でございますれば、彼さへ吾が城内に閉ぢ込みおけば、短兵急に攻寄せて来る憂ひはありますまい。このところ賢明なる王様、左守殿、よくお考へ下さるやう偏に懇願し奉ります。
 軍務所において   トルマン国王妃 千草姫
   ガーデン王様
      御机下

王『ヤ、左守殿、右守は可哀さうな事をしたわい。あたら忠臣を自ら殺すとは残念至極だ。千草姫も矢張天下国家を思ふ純良なる妻であつた。ヤ、疑つて済まなかつた。ヤ、千草姫許してくれい』
と落涙し差俯向く。
左守『全く老臣が不明の致すところ、千草姫様に対し申し訳がございませぬ。また右守に対しても気の毒でございます』
と流涕しつつ恐れ入る。何となく城内の士気は大いに揮ひ、すでに大足別を打ち滅ぼしたるがごとき戦勝気分が漂うてゐた。
   ○
 話は元へ復る。千草姫はキユーバーの独語をすつかり聞き終り、「ウン」と一声蘇つたやうな顔をして息苦しさうに、
『ヤあなたは恋しき恋しきキユーバー様でございましたか。私は妙な所を旅行してゐるやうな夢を見てをりました。しかしながら貴方と二人が手を引いて、愉快に愉快に天国の旅をしたやうに思ひます。百花爛漫と咲き乱れ馥郁たる香気は四辺に満ち、何処も彼処も透き通り、何ともかとも言へぬ麗しさでございましたよ』
キユ『ハハハハハハ。それやお前、俺の手で手首を握られ、気絶してお前の精霊が霊界へ飛び出してゐたのだ。ほんの一寸ばかり触つたやうに思つたが、なにぶん俺の腕に力が剰つてをるものだから、お前を気絶さしてしまひ、大変心配いたしたが、バラモン自在天の御加護によつて、やつと息吹き返したのだ。もうこれからは握手だけはやらない事にしやうかい』
 千草姫は可笑しくてたまらず、吹き出すばかり思はるるを耐へ忍んで、わざとに吃驚したやうな顔をしながら、
『まあまあ嫌だわ、キユーバーさまとしたことが、私を活かしたり、殺したり、まるきり手品師のやうな事をなさるのだもの。本当に甚いわ。なにほど命を上げますといつたつて、一夜の枕も交さぬ先に葬られてしまつては耐りませぬからね。本当に貴方は憎らしい人だわ。もうこれから握手の交換は止めてくれなんて、そんなことは嫌ですよ。気絶しない程度にそつと握手させて下さいな』
『よし、そんならお前は俺の左の手を握れ。俺もお前の左の手を握つてやらう』
と言ひながら両方から一度にグツと握り締めた。キユーバーは姫に厳しく左の手首を握られ、目が眩ひさうになつたので死物狂ひになつて姫の手をグツと握つた。途端、双方とも一時に気絶しその場に倒れてしまつた。
 デカタン高原の名物風は、四辺の樹木の梢を叩いて何となく物騒がしい。

(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)



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