出口王仁三郎 文献検索

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物語70-1-31925/08山河草木酉 恋戦連笑王仁三郎参照文献検索
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第三章 恋戦連笑〔一七七〇〕

 千草姫はキユーバーを一室に伴ひ行き、あらゆる媚を呈し彼の心胆を蕩かし、すべての秘密の泥を吐かしめむと百方尽力してゐた。キユーバーは千草姫の美貌を見て天津乙女かエンゼルか、ネルソンパテーか楊貴妃か、小野の小町か照手姫か、平和の女神かとドングリ目を細うし、眉毛や目尻を七時二十五分過にさげおろし、口角よりねばつたものをツーツーと、ほし下しの芸当を演じ、ハンカチーフにてソツと拭ひながら、茹章魚のやうになつてその美貌に見惚れてゐる。もう、かうなる上は千草姫の一顰一笑はキユーバーの命さへも左右する力があつた。キユーバーは自分の目的や大足別との経緯もスツカリ忘れて、ただ宇宙間、神もなく仏もなく、大黒主もなく、天も地もなく、ただ、目にとまるものは、艶麗なる千草姫、耳に聞こゆるものは姫のなまめかしい玉の声のみとなつてしまつた。
千草『もうし、救世主様、あなたは何とした立派なお方でござりませう。なにほど盤古神王様が御神力があると申しても、大国彦様がお偉いといつても、已にすでに過去の神様でござります。どんなに手を合せても、ウンともスンとも言つて下さいませぬ。それに何ぞや、天来の救世主の君に親しくお目にかかり、天の御声をそのまま聞かしていただく妾は、何といふ幸福でせう。あなたのお姿を霊的に窺はしてもらひますれば、玲瓏玉のごとく、金剛石のごとく、お身体一面にキラキラと輝いてゐます。妾は目も眩みさうでござりますわ。そして貴方の玉の御声、一言聞いても皆、妾の肉と力になつてしまふのですもの。何といふ立派な神様が現はれなされたものでせう。どうかキユーバー様、この結構な玉のお声を、妾以外のものに聞かしてもらつちやいやですよ。この結構なお姿を世界の人間の目に入れちや困りますよ。アーアままになるなら三千世界の人間をみな盲にしてしまひたいわ。そして世界中の人間の耳を木耳にしたうござりますわ。ねーあなた、恋しきキユーバー様』
とあらむ限りの追徒を並べたて、蕩けた奴をなほなほ蕩かさうとする。あたかも骨のない章魚に蕎麦粉をかけたやうにズルズルになつてしまひ、口から涎を出す、オチコからはなを垂れる、千草姫の玉の肌に触れぬ中から、キユーバーは五つの穴から体の肥汁を搾取され、秋の夕暮れの霜をあびたバツタのやうになつてしまつた。
キユ『これ千草姫、俺を、どうしてくれるのだ。これでもスコブツエン宗の教祖大黒主の片腕、三千世界を一目に見透すマハトマの聖雄だ。俺の骨まで筋までグニヤグニヤにしてしまふとは、本当に凄い腕前ぢやないか』
『ホホホホホホ、あの、マア、キユーバー様のおつしやいますこと。大黒主の片腕だとか、救世主だとか、そんなちよろこい霊では、貴方はござりませぬわ。棚機姫の化身として、玉の御舟黄金の楫を操り、トルマン国へ天降つて来たこの千草姫を、マルツキリ蒟蒻のやうにしてしまふといふ、あなたは凄いお腕前、いな立派な男前、女殺しの罪なお方、妾は昼とも夜とも、西とも東とも判別がつかなくなりました。惚れた弱味か知れませぬが、あなたの鼻息の出やうによつて妾の生命に消長があるのですもの。妾が可愛いと思召すなら、どうぞ長生をさして下さいや。刃物持たずの人殺しは嫌ですよ。スコブツエン宗の法力によつて、あなたと一緒に千年も万年も不老不死で暮したうござりますわ』
『エツヘヘヘヘヘヘよしよし、お前と俺とさへ幸福にあれば、世の中は暗にならうと、潰れやうと、そんな事は頓着ないわ。天下無双の美人だと思つてゐたらその筈、お前は棚機姫の天降りだつたのか。いかにも、どこともなしに気品の高いスタイルだ。天下の幸福をお前と俺と二人して独占すればいいぢやないか。もう、かうなれば大黒主もヘツタクレもない。俺の決心は動かないから安心してくれ。千草姫、あまり俺だつて憎うはあるまいがな、エツヘヘヘヘヘヘ』
『オツホホホホホホ』
と高く笑ひ、
『この夫にしてこの妻あり、お日さまにお月さま、お天道さまにお地球さま。キユーバーさまに千草姫。猫に鰹節。これだけよう揃うた夫婦が三千世界にござりませうかね』
『アツハハハハハハ、こいつは面白い。人間も一生に一度は幸運に出会すといふことだ。このキユーバーも大神の御利益によつて初めての安心立命を得た。其方は俺に対して大救世主だ。弥勒如来だ、メシヤだ、キリストだ、瑞の御霊だ。お前をおいて救世主が何処にあらう。お前と俺と二柱、天上高く舞ひ上り、天の浮橋に乗り、大海原に漂へる国々の民を安養浄土に助けてやらうぢやないか。どうだ姫、よもや異存はあるまいな』
千草『いやですよ。最前も言つたぢやありませぬか。あなたの姿は妾以外に見せるのは嫌ですよ。玉の御声は妾以外に聞かしちや嫌ですよ。あなたは気の多いお方だから、三千世界の蒼生にまで、この尊いお姿を拝ましてやり、そして慄いつきたいほど味のある、天人の音楽にも勝る玉の御声を、万人にお聞かせ遊ばすお考へでせうが、その御声は妾一人が聞かしていただく約束ぢやござりませぬか』
『これ、千草姫、お前もなかなかしたたか者だな。やさしい顔をしてをつて、あまり欲が深過ぎるぢやないか。このキユーバーは天下万民を救ふため天降つて来たのだ。それでは、少し天の使命に反くといふものだがな』
 千草姫は故意とプリンと背を向け、
『ヘン勝手にして下さいませ。妾は、もう死にますから、(泣声)オーンオーンオーンオーンオーン』
『これこれ千草姫殿、さう怒つてもらつちや困る。お前の悪い事いつたのぢやなし、マア、トツクリと俺の言ふ事を聞いてくれ。世界万民に対して愛を注がうといふのぢやないからな』
『エー、知りませぬ。妾のやうなお多福は到底、お気に入りますまい。ウオーンウオーンウオーン』
『アツハハハハハハ、ちやうど芋虫のやうだ。プリンプリンと右と左へ、お頭をお振り遊ばすわい。これ姫さま、さう悪く思つちやいけない。マア、トツクリと俺の腹の底を聞いて下さい』
 千草姫はまたもやプリンと体を廻し、ペタリと地上に倒れ、左右の袂で顔を被ひながら、
『ハイ芋虫でござります。芋虫は芋助の厄介になればよいのです。分相応といふ事がござりますからね、アーンアーンアーン』
『何とマア、ヒステリックだな。芋虫といつたのが、それほどお気に触つたのか』
『ハイ妾は芋虫でござりませう。あなたの目から御覧になつたら、雪隠虫のやうに見えませう。エーくやしい、アーンアーンアーンアーンもう知りませぬ知りませぬ。妾のやうな者はこの世にをりさへせなかつたら、いいんですわ。気の多い貴方のやうなお方に恋慕して、悩殺されるよりも、体よう舌をかんで死んだがましでござりますわい、ウオーン ウオーン』
『コーレ、姫さま、トツクリと聞いて下さい。このキユーバーを可愛いと思召すなら、さう気をもまさずにおいて下さい。どうやら俺の方が悩殺されさうになつて来た。エー、泣きたくなつて来た。一つ惚れ泣きを思ふ存分したいと思つたのに、姫から先鞭をつけられたので大変な損をした。こちらから御機嫌を取らにやならぬやうになつて来たわい。アーア、恋もなかなか並みや大抵で成立しないものだな』
『キユーバーさま、あなた本当にひどい人ですわ。妾を泣かして泣かして焦れ死にさそうと思つてゐなさるのでせう。サアどうぞ殺して下さい。頭の先から爪の先まで、あなたに任したのですから、もうかうなりやお屁一つ弾じる勇気もござりませぬわ』
『俺だつて、お前のために鰻の蒲焼ぢやないが、背骨を断ち割られてしまつたやうだ。これだけの心尽しをチツともお前は汲みとつてくれないのか』
『ヱー残念やな残念やな。あなたこそ、妾の心を汲みとつて下さらないのだもの』
と言ひながらキユーバーの顔を目がけて一寸ばかりも伸ばした爪を、無遠慮に額から胸先かけて、ゲリゲリと二三べん掻き下ろした。
『アイタツタタタタタタ、これ姫、無茶をすない。顔一面に蚯蚓脹れが出来るぢやないか。こんな事されちや外分が悪くて、外出できはせぬわ』
『そりやさうですとも。外の女に顔を見せないやうに意茶つき喧嘩の印を、尊き尊き可愛いお顔につけておいたのですもの。これでも妾の心底が分りませぬか』
『アハハハハハハ、アイタツタタタタ、笑ふと顔の筋が引張つて、アツハハハハハ、アイタツタタタタタタ、ひどい事をする女だな、お前は』
『そらさうでせうとも。相見互ひですわ。妾の命を貴方に捧げたのですもの、あなただつて妾に生命をくれるでせう。薄皮くらゐむいたつてそれが何です。小指一本貰ひませうか』
『そりや小指の一本くらゐお前のためにや、やらぬ事はないが、神さまから与へられた完全の体を傷つけるには及ばぬぢやないか。それよりも俺の魂を受取つてくれ。魂が肝腎だからのう』
『あなたの魂をやらうとおつしやつたが、どうしたら下さいますか』
『俺の魂といふのは真心だ。言心行の一致だ』
『そんなら、どうか真心を表はすために、何でも言ふ事、聞いて下さるでせうな』
『ウン、聞いてやる。お前のためにや、生命でも何時でもやるのだ』
 千草は嬉しさうな顔してニタニタ笑ひながら、
『キユーバー様、あなたの真心が分りました。嬉しうござりますわ。これで暗が晴れました』
と何ともいへぬ愛嬌の滴る眼光に露を含んでキユーバーを注視した。キユーバーはこのニコリと笑つた千草姫の顔にますます夢現となり、垂涎滝のごとく「エツヘヘヘヘヘ」と顔の紐まで解いて、清水焼の布袋の出来損ひのやうな面になつてしまつた。
千草『サア、キユーバー様、今妾に何時でも命をやらうとおつしやいましたね』
キユ『ウン、たしかに言ふた。俺も男だ、やると言ふたらやる。お前の事だつたら何でも聞いてやる。たとへ大黒主の命令に反いてもお前の命令には反かぬからのう』
『アアそれ聞いて安心しました。サア早速命を頂戴しませう』
と懐剣をスラリと引き抜き身構へする。さすが惚けきつたキユーバーも短刀を見るや、本当に命をとられるのかと蒼くなり慄い声を出しながら、
『待つた待つた、ソウ気の早い、お前に命をやつてどうするのだ。俺が死んだら俺の綺麗な顔を見ることも出来ず、俺の玉の声を聞く事も出来ぬぢやないか。恋に逆上せるのもいいが、そこまで行つちやいけないよ、マア、チツと気を落ちつけたらどうだ』
『恋愛の真の味はひは生命を捨てる処にあるのですよ。涙から真の恋愛が生れるのですもの、あなたは命をやらうといひながら、なぜ実行をして下さらないのですか。言心行一致と申されましたが、ヤツパリ妾を、かよわき女だと思つて、お嬲り遊ばしたのですか、エー悔しい悔しい、残念やな残念やな』
と短刀を、その場に捨てて泣き伏す。
 キユーバーはヤツと安心し、胸を撫で下ろしながら、
『アツハハハハハハ、面白い面白い、恋愛もここまで出て来ぬと、神聖味が分らぬわい。何と可愛いものだな』
『あなたは妾を騙してそれほど面白うござりますか。そら、さうでせう。三千世界の女を皆、済度しようとおつしやるやうな気の多いお方ですもの。言心行一致が聞いて呆れますわ』
『今の人間は心に思はぬ事でも口で言ふぢやないか。このキユーバーは三千世界の救世主だ。決して心にない事は言はない。今の人間は口と心と行ひが一致せぬのみか、心と口とが一致してゐない。俺は心に思うた事を口へ出して、お前に言つたのだから言心一致だよ、ハツハハハハハハ』
『言心一致なんて、そんな誤魔化しは喰ひませぬ。も一つの行ひの実行を見せて下さい』
『なんとむつかしい註文だな。さうむつかしう言はなくても、いいぢやないか。俺の心を買つてくれ。千年も万年も、生き永らへてお前を楽しましてやらうと思つてこそ命を惜しむのだ。これもヤツパリお前のためだ』
 千草は故意とニコニコしながら、
『ア、それで分りました。どうか、エターナルに可愛がつて頂戴ね。外に心を移すことは、いやですよ』
『ハツハハハハハハ、ヤアこれで先づ先づ平和克復だ。象牙細工のやうな白いお手に瑪瑙の爪、縦から見ても横から見ても、ホンとに棚機姫に間違ひないわ。オイ姫、どうか一つ握手してくれないか』
『ハイ、お安い事でござります』
と毛ダラケの岩のやうな真黒気の手をソツと握る。
『オイ、姫、モチト確り握つてくれ。どうも頼りないぢやないか。そんなやさしい握り方では、どうしても恋愛の程度が分らないわ』
『ハイ、そんな事おつしやいますと、お手が砕けるほど握りますよ』
『ヨーシ俺の息がとまるところまで握つてくれ、ハツハハハハハハ』
とまたもや口から粘液性の、きつい糸を垂らしてゐる。千草姫は柔道の手をもつて脈処を力限りにグツと握り〆た。キユーバーは「ウン」と一声真蒼になつて、その場に平太てしまつた。千草姫はニツコと笑ひ、
『ホホホホホホ、この悪魔奴、かうして置けばしばらく安心だ。たうとう気絶したやうだわい、ホツホホホホホホ』
 城の内外には激戦が始まつてゐると見え、ドンドンキヤアキヤア、と陣馬の犇く声、飛道具の音、刻一刻と高まり来たる。

(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良秋田別荘 北村隆光録)



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