出口王仁三郎 文献検索

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物語69-4-191924/01山河草木申 老水王仁三郎参照文献検索
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第一九章 老水〔一七六四〕

 秋山別、モリスの両老は、先に高砂城の世子国愛別の脱出を気づかざりし責任を負ひ、惜しくてならぬ地位を表面上、責任を負うて辞任するといつて、辞表を提出し、楓別命より……それには及ばぬ。今後は気をつけて、国家に忠勤を励めよ……との、優握なる箴言を辱なうし、やつて胸を撫で下ろし、恋々たる元の地位に居据り、これで天下太平とタカをくくつてゐたところ、またもや妹君清香姫の思想が何となく異様に感ぜられたので心配でならず、過ちを再びせば、今度こそは切腹してでも申し開きをせなならないと両老は、夜半にもかかはらず、姫の身辺に注意を払つてゐた。にもかかはらず、月夜に釜をぬかれたやうな驚きに会うて、心も心ならず、こんなことを他の役人に悟られては、自分の地位が危ふい、幸ひ夜明けには少しく間があるのだから、今夜の内に姫の所在を尋ね、ソツと城中へ迎へ入れておかむものと、杖を力に転けつ輾びつ、裏門口より馬場の木立を縫うて、ウントコ ドツコイ ドツコイと蛙が跳ねたやうなスタイルで、息もせきせき追つかけて行く。
 秋山別は足拍子を取りながら歌ふ。

『ハアハアウントコ ドツコイシヨ  高倉城の重臣と
 世間の奴から敬はれ  最大権威を掌握し
 大老の地位にすわりつつ  国愛別の若君に
 スツパぬかれてドツコイシヨ  禿げた頭を台なしに
 めしやがれ鼻をねぢられて  どうして大老の顔が立つ
 是非がないので表向き  進退伺ひ辞職願ひ
 ソツとコハゴハ出してみたら  仁慈無限の国司様
 決してそれには及ばぬと  お下げ下さつた嬉しさよ
 ヤツと胸をば撫で下ろし  お務め大事と朝晩に
 心を配り薬罐に  湯気を立てつつ見守れば
 しばしは無事に過ぎたれど  隙間をねらふ魔の神が
 またもや館に現はれて  大事の大事の姫様を
 甘言もつて唆し  引ぱり出したに違ひない
 まだ夜があけるに間もあれば  一生懸命お行方を
 捜しあてずにおくものか  オイオイ モリスしつかりせい
 今日が命の瀬戸際だ  ウントコドツコイ ハアハアハア
 喉がひつつき息つまる  よい年してからこんな苦労
 なさねばならぬ二人の身  ホンに因果な生れつき
 ウントコドツコイ ドツコイシヨ  四方八方に気をつけて
 人間らしい影みれば  取つつかまへて査べあげ
 否応いはさず連れ帰り  ソツと二人が脂をば
 取つておかねばこの後の  懲戒にならないドツコイシヨ
 老眼鏡が曇り出し  一寸先も分らない
 眼鏡をとれば尚見えぬ  進退ここに谷まつた
 ウントコドツコイ ドツコイシヨ  アイタタタツタ木の株に
 足をつまづき脛むいた  ウンウンウンウン アア痛や
 腰の骨までギクギクと  下らぬ小言をいひ出した
 アイタタタツタ アイタツタ』  

 モリスは倒れてゐる秋山別を抱き起し、介抱しておつては姫の行方を見失ふ。それだと言つて、みすみす友達をすてて行くわけにもゆかず、一間ほど前へ走つてみたり、後へ戻つたり、幾度も進退をしてゐる。
秋山『オイ、モリス殿、何をしてござる。第一線が破るれば、第二線が活動するは兵法の奥義ではござらぬか。拙者にかまはず、トツトと出陣なされ。間髪を入れざるこの場合、早くお出でなされ。この秋山は殿となつて、そこらの木蔭や叢を捜しつつ行くでござらう、サア早く早く』
とせき立てられ、

モリス『なるほど、あとは貴殿にお任せ申す  ウントコドツコイ ドツコイシヨ
 昔の罪がめぐり来て  またもや女で苦労する
 おれの恋では無けれども  悪い奴めが飛んで来て
 こいこいこいと姫様を  つれ出しやがつたに違ひない
 ウントコドツコイ ドツコイシヨ  グヅグヅしてゐちや夜があける
 早く所在を捜し出し  とつつかまへて元の鞘
 をさめておかねば吾々の  大きな顔は丸潰れ
 皺腹切らねばならうまい  すまじきものは宮仕へ
 ウントコドツコイ ドツコイシヨ  臍の緒切つて八十年
 これだけ辛い事あろか  秋山別の腰抜は
 芝生に倒れてウンウンと  脛腰立たぬ浅ましさ
 とはいふものの俺だとて  もはや呼吸がつづかない
 オーイ オーイ姫様よ  オーイ オーイ春子姫
 そこらに居るなら俺達の  心を推量した上で
 あつさり姿を現はせよ  オーイ オーイお姫さま
 決して叱りはせぬほどに  一号二号三号四号
 五号(合)の写真気にくはにや  一升でも二升でも捜します
 オーオ オーイお姫さま  雀百まで牡鳥を
 忘れぬためしもござります  何ほど頑固なモリスでも
 恋には経験持つてゐる  あなたの決して不利益な
 話はせない村肝の  心を安んじ吾が前に
 あつさり現はれ下さんせ  高倉城の大騒動
 ヒルの国家の大問題  恋しき父と母上を
 見捨てて出るとは不孝ぞや  ついでに私も不幸ぞや
 フコウ峠の麓まで  かからぬ内に姫様を
 どうしてもこしても捉まへて  皺面立てねばおくものか
 ウントコドツコイ アイタタタ  俺も秋州の二の舞ひだ
 木株につまづき向かふ脛を  尖つた石ですりむいた
 ウンウンウンウン アイタタタ  アイタタ タツタ アイタツタ』

と言つたきり、その場に息も細つて倒れてしまつた。
 春子姫は少し横側の灌木の茂みに、姫に追ひつき、息を休めてゐたが、この態を見て気の毒がり、小声で、
『姫様、今倒れてゐるのはモリスぢやありませぬか。アアしておけば、縡れてしまひませう、介抱して助けてやりませうか』
清香『あ、助けてやらねばならず、助けてやれば妾の目的が立たず、どうしたらよからうかな。みすみす老臣を見殺しにしてまで、逃げ去るわけにもゆかず、困つた事が出来たものだ。春子、そなた、そろそろモリスの介抱をしてやつて下さい。あまり早く呼び生けると、妾が逃げる間がないから、そこは時を計つて縡れないやうに、そろそろ急いで助けてやつて下さい。その間に妾は逃げのびますからね』
『なるほど、よいお考へでございます。私がモリスその他の役人が何ほど参りましても、一歩もこれから南へ行かぬやうに、喰ひとめますから御安心なさいませ』
『何分頼みます、左様なら……』
と金剛杖を力に走り出した。夜はガラリと明けて小鳥の声四方八方より聞こえて来る。春子は、
『姫様、キツと後から参ります』
と声をかけた。清香姫は二三回うなづきながら、密林の中に姿を隠した。春子はモリスの側に立寄り見れば、体をピコピコ動かせ、幽かな息をしてゐる。たちまち水筒の水を口に含ませ、背を三つ四つ叩いて、三五の大神を念じ、「一二三四五六七八九十百千万」と天の数歌を奏上した。五分間ほど経た後、モリスは「ウーン」と一声唸つて、頭をソツと擡げ、老眼を開いて、
『アア秋山別か、よう助けてくれた。何分年がよつて、足が脆いものだから、この通りむごい目に会うたのだ。アア目が眩む、まアしばらく此処で息を休めねばなるまい。清香姫様は、こんな無謀な事はなさる筈はないが、侍女の春子の奴、彼奴が張本人だらう。オイ秋山、姫様に小言いふわけにいかぬから、以後の懲戒に、春子の奴を牢屋へでもブチこんで辛い目をさしてやらねばなるまいぞ、ウンウンウン』
 春子はこれを聞くより、モリスの懐からタヲルを取り出し、目からかけて、頭をグツと縛り、モリスの命は大丈夫と、一生懸命に姫の後を尋ねて走り出した。
 秋山別は足をチガチガさせながら漸くにしてモリスの側までやつて来た。
『ヤア貴殿はモリス殿ではござらぬか。テもさても大怪我をなさつたとみえる。その鉢巻は何でござる』
『この鉢巻は貴殿がさしてくれたのではござらぬか。一命すでに危ふき所、お助け下され、誠に感謝に堪へませぬ。持つべき者は同僚なりけりだ。お蔭で足の痛みも余程軽減いたした』
『決して、拙者は貴殿を助けたのではない。やうやうのこと、此処まで辿りついたところでござる。察するところ、貴殿は何人かに救はれたのでござらう』
といひながら鉢巻を外す。
『何だか柔かい手だと思つてをつた。さうすると、拙者を助けてくれたのは貴殿ではござらぬか。何はともあれ命拾ひをして結構でござる』
『かう夜が明けてしまへば、捜索の仕方もなし、大老ともあらう者が、供もつれずに、ウロついてをつては却つて疑ひの種、何とか善後策を講じやうではござらぬか』
『左様でござる、職務上捨ておくわけにはいかず、だと申して、かう日の照るのに、吾々が姫の捜索もなりますまい。ともかく間道よりソツと吾が家へ帰る事に致しませう。秋山別殿、拙者と変り、貴殿は感慨無量でござらうのう。貴殿の御賢息、菊彦殿の掌中の玉を逃がしたも同様でござれば、御愁傷のほど察し申す。もはや吾々両人はこれぎり城中へ出入りせない覚悟をきめればよいではござらぬか。老先短い吾々、何時までも骨董品だ、床の置物だと、機械扱ひをされて、頑張つておつても詰り申さぬでないか。吾々両人が退職さへすれば、政治の方針は悪化するかも知れないが、マアともかく人気が一変して、それが却つてお国のためになるかも知れませぬぞ、秋山殿如何でござる』
『一度ならず、二度までも大失敗を重ね、大老として、どうしてこれが国司に顔が会はされうぞ。また衆生に対しても言ひ訳がござらぬ。貴殿のお言葉の通り、各自館に帰り辞表を呈出いたし、責任を明らかにするでござらう。皺つ腹を切つて切腹すれば腹は痛し、惜しい命がなくなる道理、何ほど顕要の職務だといつても、命には替へられ申さぬ。アツハハハハ』
『早速の御賛成、モリス満足でござる。しかしながら足が痛んでは、どうする事も出来申さぬ。一町ばかり後ろへ返せば、そこに谷水が流れてゐる。その水でも呑んで息をつぎ、ボツボツ帰館致すでござらう。秋山殿、気の毒ながら、拙者の手を取つて下され。どうも苦しうてなり申さぬ』

秋山『老いぬれば人の譏りもしげくなりて
  足腰立たぬ今日の苦しさ』

モ『身体はよし老ゆるとも精霊は
  いと美はしく若やぎ栄ゆ』

『脛腰も立たぬ身ながら何を言ふ
  清麗の水でも呑んで息せよ』

『そらさうだ何ほど元気に言うたとて
  争はれない年の坂路』

『海老腰になつてピンピンはねたとて
  買うてくれねば店晒しかな

 またしても清香の姫に逃げられて
  二人はここに泡を吹くかな』

 かく口ずさみながら、漸くにして一町ばかり引き返し、谷川から流れてくる清水の溜の側へと着いた。

モ『老の身の霊うるほす清水かな

 この清水人の命を救ふらむ』

秋山『われもまた清水むすばむ夏の朝

 汗となり力ともなる清水かな

 年寄りの皺まで伸びる清水かな

 この上は帰りて何も岩清水』

『水臭い姫に逃げられ清水呑む

 春子姫吾を救うて逃げて行く』

 『サア早く家に帰らむ二人連れ』

 かく口ずさみながら両老は杖を力に城の馬場の間道から、力なげにトボトボと帰つて行く。

(大正一三・一・二五 旧一二・一二・二〇 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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