出口王仁三郎 文献検索

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物語69-4-181924/01山河草木申 老狽王仁三郎参照文献検索
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第一八章 老狽〔一七六三〕

清香姫『千早振る神代の昔天教の  山より天降り給ひたる
 日出神の神柱  吾が祖先を導きて
 この世を清むる三五の  教を開かせ給ひしゆ
 神の御稜威は四方の国  島の崎々磯の隈々
 落ちなく漏れなく拡ごりて  天の下には曲もなく
 青人草は村肝の  心の中より睦び合ひ
 さながら天津御国の天国の  姿映せしヒルの国
 インカの裔と崇められ  親と親とは底津根の
 堅磐常磐の岩の上に  珍の宮居を築きつつ
 珍の柱のいや太く  立栄えたる神柱
 諸人仰がぬ者もなし  近き御代より常世国
 邪の教蔓りて  天を曇らせ地汚し
 青山をば枯山となし  世人の心荒び果て
 昔のままの神国は  今や魔国とならむとす
 深夜枕を擡げつつ  世の行先を窺へば
 ヒルの都に醜鬼の  棲家ありとふ神の宣
 八岐大蛇も狼も  虎獅子熊の猛獣も
 爪を隠して待ちゐると  御神の御告げ聞くにつけ
 胸は痛みぬ心さやぎぬ  アア妾は如何にして
 国司の御子と生れしぞ  鄙に育ちし身にしあれば
 かかる悩みもあらまじものを  清家とふ忌まはしき空衣に包まれて
 身動きならぬ苦しさよ  愍れみ給へ天地の神
 兄に誓ひし言の葉を  守りて出づるヒルの城
 夜にまぎれて山路を  伝ひ伝ひて進み行く
 道の行手の隈も無く  安く守らせ給へかし
 高倉山のこの城を  守らせ給ふ氏の神
 ヒルの御国を永久に  領有ぎ給ふ国魂の神の
 大御前に八雲の小琴を弾じつつ  心すがすがすが掻きの
 糸は二筋真心は  ただ一筋に祈るなり
 ああ惟神々々  御霊の恩頼を賜へかし』

 かく歌つてゐる折りしも、烏羽玉の夜は襲うて来た。清香姫は密かに身の廻りの準備などして子の刻の至るを待つた。
 城内の灯も消えて四辺は閑寂の気漂ひ、ただ天井に鼠の走る音がシトシトシトと幽かに聞こゆるのみであつた。時分はよしと、清香姫は私かに吾が居間を忍び出でむとするところへ、侍女の春子姫は足音を忍ばせ来たり、
『姫様、未だお寝みぢやございませぬか』
 この声に清香姫はハツと驚きながら、素知らぬ顔して、
『あ、そなたは春子姫か、お前まだ寝めないの』
『ハイ、何だか、今晩に限つて目がさえざえと致しまして、姫様のお身の上気にかかり、何だか寝られないのでござりますよ』
『お前も寝られないかね、妾も何だかチツとも寝めないワ』
『姫様、歌でも詠んで夜を明しませうか』
 清香姫は迷惑しながらも、
『妾もやがて眠れるだらうが、しかし一二首歌を詠んで別れませう』
『ハイ、有難うございます』
と春子姫は姫の側近く座を占め、

『高倉の表に立てる鉄門守
  そのまなざしの血走りて見えぬ

 十五夜の月光のぞく裏門は
  いとも静けし風さへもなし』

 清香姫は初めて春子姫が、自分が今夜脱け出すことを悟り、裏門から逃げ出せと教へてくれたのだらうと感謝しながら、

『ゆく春の月の光に照らされて
  清く香れる梅の初花

 匂ふとは誰も白梅の奥深き
  谷間にもゆる姿かしこし』

と互ひに歌をかはし、清香姫は、
『月の庭園をチツとばかり逍遥して来ますから、春子、そなたはこの琴を弾じて待つてゐて下さい』
と言ひながら裏口へと忍び行く。裏口には蓑笠、手甲脚絆、杖その他一切旅に必要なものがチヤンと整へてあつた。春子姫は涙を泛かべながら、
『姫様、決して、あなたお一人の旅はさせませぬ、どうぞ御安心なさいませ』
と小声で言へば、清香姫は後振り返り、
『どこへ行くのも神様と二人連れ、気を揉んで下さるな』
と言ひ残し、見つけられては一大事と裏口へ出で、手早く身づくろひをなし、裏門からソツと脱け出し、馬場の木立の下を潜つて南へ南へと急ぐのであつた。後に春子姫、二絃琴を執り、隔ての襖に錠をかけて、琴を弾じつつ歌つてゐる。

『ここは夜なきヒルの国  ヒルの都の中心地
 神の御稜威も高倉山の  岩根に建ちし珍の城
 日出神の昔より  三五教の大神を
 斎きまつりし珍の城  さはさりながら星移り
 月日は流れ行くに連れ  人の心は漸くに
 あらぬ方へと移ろひて  世は刈菰と乱れゆく
 実に浅ましきこの天地  清めむために皇神の
 御心深く悟りまし  若君はじめ姫様の
 思ひ切つての鹿島立  思へば思へば吾が涙
 淵瀬と流れて止め度なし  この世に神のます限り
 若君様や姫君は  太き功を立てまして
 やがてはヒルの神柱  救ひの君と仰がれて
 これの御国は言ふもさら  高砂洲の端々を
 皆その徳に服へて  昔に変るインカの栄え
 松も目出たき高砂の  慰と姥との末永く
 治まる御代ぞ待たれける  ああ惟神々々
 皇大神の御恵みに  姫君様の行方をば
 何とぞ安く珍の国  兄の命のましませる
 霊地に無事に送りませ  御側に近く仕へたる
 春子の姫が赤心を  捧げて祈り奉る』

 秋山別、モリスは吾が家に帰つてゐたが、何だか胸騒ぎがしてならぬので、姫の身の上に変事はなきかと、両人期せずして、子の刻過に表門を潜つて入来たり、各自の事務室に入つて監視の役を努めてゐる。姫の居間よりは流暢な琴の音が聞こえて来た。秋山別、モリス両人は琴の音を聞いて一まづ安心し、両人は愉快気に声高らかに談話を始めてゐる。
秋山『モリス殿、この深夜に御老体の貴殿、御苦労千万でござる。何か急用でも出来たのでござるかな』
モリス『別にこれといふ急用もなけれども、何だか胸騒ぎがいたし、或は城中に姫様の身の上について変事の突発せしに非ずやと、取る物も取り敢ず、夜中ながらも、供をも連れずソツと出て参つた次第でござる。そして貴殿もまた夜陰に御登城になつたのは、何か感ずるところがあつての事でござるかな』
『吾々も貴殿のお考への如く、何だか胸騒ぎが致すので、姫の身の上に変つた事はなきやと心配でならず罷り越したのでござる。しかしながら姫のお居間近く伺ひ寄つて、様子を探れば、いと流暢なる琴の音色、ヤレ安心とここまで引返して休息いたしてをるところでござる。どうやら姫様もお気が召したと見えて、明日の日が待たれてならぬか、一目も寝ずに琴を弾じてゐられるとは、これまでにない事でござる。テもさても喜ばしい瑞祥ではござらぬか』
『いかにもお説の通り吾々も若返つたやうな気が致すでござる。モ一度元の昔の若い身の上になつて見たいやうでござるワイ。アツハハハハ』
『時にモリス殿、姫様は何号がお望みであらうかな』
『あの歌によれば、一号二号三号四号は駄目でせう、まづ五号を御採用になるでせう。秋山別殿、お芽出たうござる。貴殿の御子息ではござらぬか』
『なるほど、拙者の伜菊彦も果報者でござるワイ。拙者と貴殿とは当城のお娘子紅井姫様に対し、大変に苦労を致して、遂にはあの結果、実に若気の至りとは申しながら、エライ恥ぢをかいたものでござるが、吾が伜は父に勝つて、姫様の御意に叶ふとは、テもさても世の中も変つたものでござるワ、オツホホホホ』
と笑壺に入つてゐる。
 一方春子姫は……もはや姫様も落ちのびられたであらう、ヨモヤ追手もかかるまい。サアこれから妾もお後を慕ひ、姫の御身を保護せねばなるまい。照国街道の一筋道、夜明けに間のない寅の刻、グヅグヅしてはをられない……と足装束を固め、裏門より一散走りに逃げ出した。
 城内の洋犬の吠える声がワウ ワウ ワウとしきりに響き来たる。秋山別、モリスはこの声に耳を澄ませ、
秋山『何時にない犬の泣声、コリヤ一通りではござるまい。第一、姫様のお身の上が気づかはしい』
と言ひながら、姫の居間の前に駈けつけて見ると、琴の音はピタリと止んでゐる。
秋山『姫様、御免』
と言ひながら、隔ての襖をガラリと引開け、覗き見れば豈計らむや、琴の主は藻脱けの殻、もしや便所ではあるまいかと、捜し廻れども、姫の気配もせぬ。春子姫を起して尋ねむかと、春子の居間へ行つて見れば、これもまた藻脱けの殻……
秋山『コリヤ大変だ、しかしながらこんな失態を演じながら、国司御夫婦に申し上げることは出来まい。前には若君を取逃がし、今度また姫君を取逃がしたと言はれては、吾々両人は皺つ腹を切つて申しわけをするより道はなからう。幸ひまだ誰も知らぬ内だ。モリス殿、貴殿と両人がソツと捜さうではござらぬか』
モ『秋山別殿、いかにも左様、吾々の大責任でござれば、城内の人々に分らぬ内、あまり遠くは参りますまい、捜索いたしませう。表門は人の目に立つ、まづは裏門より』
と裏門指して急ぎ行く。裏門の戸は無造作に開け放たれ、女の半巾が一つ落ちてゐる。モリスは早くも半巾を拾ひ上げ、夜明前の月光に照らして見れば、春の印がついてゐる。……テツキリこれは春子が姫様と諜し合せ、逐電したに違ひない……と言ひながら、両人は裏門外の階段をトントントンと下りながら、杖を力に転けつ輾びつ、馬場の木の茂みを指して追つかけ行く。

(大正一三・一・二四 旧一二・一二・一九 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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