出口王仁三郎 文献検索

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物語69-3-141924/01山河草木申 暗枕王仁三郎参照文献検索
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第一四章 暗枕〔一七五九〕

 国照別主従はアリナ山の中腹に止むを得ず一夜を明すこととなつた。咫尺を弁ぜざる濃霧は陰々として身に逼り来るかとみれば、たちまち空は黒雲みなぎり、夕立の雨が礫のごとく二人の衣を打ち、吹き飛ばすやうな風がやつて来る。深霧、靄、大雨、大風と交る交る走馬燈のやうに迫つて来るその淋しさ苦しさに、さすがの国照別も初めて知つた旅の悩み、心の底より天地に拝跪して、一時も早く黎明の光を仰がむ事を祈願した。されども時の力は何ほど祈願しても左右することは出来ず、夜は深々として更けゆくばかり、四辺はますます暗く互ひの所在さへ目に入らなくなつてしまつた。

国照『雨風にさらされ霧に包まれて
  行手に迷ふ吾が身魂かな』

浅公『気の弱い親分さまのお言葉よ
  いつまで暗の続くものかは』

『浅公の生言霊をめで給ひ
  朝日の御空恵ませ給はむ

 朝茅生の野辺を渡りて今ここに
  誠アリナの峰に休らふ

 夜の雨峰の嵐におびえつつ
  ふるひゐるかも木々の梢は』

『主従がふるひゐるかと思ひしに
  木々の梢で先づは安心

 親分が慄ふやうでは曲神の
  すさぶ世の中渡るすべなし』

『ふるふといふ吾が言霊は世の中の
  あらゆる塵をふるふ謎なり』

『負けぬ気の強い国照別さまよ
  気をつけ給へ漆の木蔭を

 右左前も後ろも見えわかぬ
  暗の山路はいとど静けき』

『浅公よ静かなりとは嘘だらう
  心の淋しさ語るにやあらむ』

 両人は何となく寂寥の気に打たれ、膝をすり合して阿呆口を駄句つてゐる。どこともなしに細い淋しい糸のやうな声が聞こえて来た。浅公は国照別の腰に喰ひつき、ビリビリと慄うてゐる。
浅『オオ親分さま、デデ出ましたぞ』
国照『ウーン、出たの』
『どうしませう』
『どうでもいいワ、惟神に任すのだな。きつと神の試練だよ。お前のやうな臆病者を伴れてゆくと、俺の手足纒ひになると思つてアリナ山の魔神が気を利かし、お前を片付けてやらうと思つて、出現したのかも知れないよ、アツハハハ、テモさても暗いことだワイ。もし汝と間違へられて、俺が頭からガブリとやられちや大変だから、オイ浅、二三尺間隔をおいて喋らうだないか。これだけ暗くては化物だつて、目が見えさうな道理がない。声さへ出しておればそれを標的にかぶるだらうから、フツフフフ』
『親分さま、あなたは随分水臭いことを言ひますね。乾児の難儀を助けて下さるのが親分ぢやございませぬか。自分が助かるために乾児を魔神に喰はさうとなさるのですか』
『勿論だよ、お前は俺の乾児になる時、何といつて誓つた……親分さまの御身に一大事があれば、命をすてて尽します。命は親分に捧げました……といつて、小指まで切つて渡しただないか、御苦労だなア、ハツハハハ、持つべきものは乾児なりけりだ。もしも汝がゐなかつたなれば、身代りがないため、俺が喰はれてしまふのだ。浅公のお蔭で俺も命が全ふ出来るワイ。南無浅公大明神、殺され給へ、喰はれ給へ、叶はぬから霊幸はへませ、エツヘヘヘヘヘ』
『ソソそれは、チチチツと違ひませう。親分が喧嘩の時とか、また強きを挫き弱きを扶け遊ばす時に、お伴にいつて命をすてるのなら、捨甲斐もありますが、こんな淋しい山の奥で、エタイの分らぬ化物に喰ひ殺されちや本当に犬死にですからなア』
『そりや汝のいふ通り、全くの犬死にだ、縁の下の舞ひだ。しかしながらそれを犠牲といふのだ。親分がまさかの時に犠牲にするため、汝を乾児にしておいたのだ。俺だつて、たつた一人の乾児を魔神に喰はしたくはないが、それでも自分の命をすてるよりは辛抱がしよいからのう、ホツホホホホ』
 最前の怪しい口笛を吹くやうな声は、細い帯のやうに地上七八尺の上の方に線を劃して聞こえてゐる。
『ヒユーヒユー、ヒーユー』
 実際は梢を疾風の渡る音であつた。されど浅公の身には妖怪とより聞こえなかつた。国照別は始めから風の声だといふ事は承知してゐたが、あまり浅公が驚くので、面白半分に揶揄つてみたのである。浅公は慄ひ声を出して、
『国治立大神様、瑞の御霊大神様、何とぞ何とぞ只今現はれました怪しき神を追ひのけて下さいませ。親分も大切なら、私の体も大切でございます。親分の代りに私が喰はれますのは少しも厭はぬことは……ございませぬが、同じことなら、親分乾児共にお助け下さいませ。今私がここで喰はれましては、親分さまも知らぬ他国で一人旅、御苦労御艱難をなさるのがお気の毒でございます。私だつてこんな所で死にたくはございませぬ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』
と祈つてゐる。暗はますます深くして、なまぬるい風が腰のあたりを嘗めて通る。

国照『人の命を取り食ふ  曲津の数多アリナ山
 暗の帳に包まれて  ここに二人の石枕
 眠る間もなく人食ひの  怪しき神が現はれて
 その泣く声を尋ぬれば  国照別の肉の宮
 一目見てさへうまさうだ  それに従ふ浅公の
 奴の体はどことなく  味が悪さうな穢なさうな
 こんなヤクザ者喰たとこで  腹の力になりもせぬ
 腹を損じて明日の夜は  七転八倒せにやならぬ
 それゆゑ浅公の肉体を  食つてやるのは止めておかう
 本当に食ひたい食ひたいと  喉がなるのは親分の
 国照別の肉の香だ  さはさりながら神徳が
 体一面充ち満ちて  歯節の立たぬ苦しさに
 この場を見すてて帰りゆく  これから浅の乾児等に
 うまい物をば沢山に  喰はして肉を肥満させ
 脂の乗つたその上で  改めお目にかかるだらう
 国さま浅さま左様なら  これでおいとま致します

……と唄ひもつて魔神の奴、下駄を預けて帰りよつた。オイ浅公、確りせぬと助からぬぞよ』
浅『オオ親分、そんな事を魔神が言ひましたか、嘘でせう』
『お前の耳には聞こえなかつただらう、俺が魔神の言霊を翻訳すると、つまりアアなるのだ。珍の国の人間とテルの国の人間とは日々使ふ言葉が変つてるやうに、人間と魔神とはまた言葉が違ふのだ。鳥でも獣でも皆言葉があつて互ひに意思を通じてゐるのだからなア』
『さうすると親分、あなたは神さまみたやうなお方ですな。結構な城中に生れ、珍の国の国司になる身を持ちながら、物好きにもほどがあると思ひ思ひ、乾児に使はれて来ましたが、魔神の言葉が分るとは、本当に感心いたしました。親分親分といふのも勿体なくなりましたよ』
『とも角、お前の体は穢しうて、味が悪くつて、喰へないと言つてたから、マア安心せい。険呑なのは俺だ。俺は若い時から栄耀栄華に育てられ、体が柔らかく出来てるとみえ、国の体が喰ひたいと言つたが、お蔭で御神徳があるので、屁古垂れて帰りよつた。しかし浅公は甘い物をくはせ充分脂を乗せておいてくれ、その時にまた現はれて、バリバリとやると言つてたよ。随分用心せないといけないよ。だから甘い物があつたら、皆俺に食はせ、お前は糟ばかり喰つてゐたら脂ものらず、魔神も見すててくれるのだ、イイか。命が惜しくなければ精出して美食をするのだな、ハハハハ』
 浅公は思ひの外の正直者である。国照別の言葉を一も二もなく丸呑にしてしまつた。
『親分さま、あなたは神さま侠客だからメツタに嘘はおつしやる気遣ひはありますまい。さうすりや、わつちや、これから一つ考へねばなりますまい。うまい物は喰はれませぬなア』
『さうだ、うまい物は皆俺に食はせと言つたよ』
『ヘーン、うまい事をいひますね。魔神の奴、なかなか気が利いてるワイ』
『魔神も退却したなり、これから一つ宣伝歌を歌つて暗を晴らし、東雲を待つことにせうかい』
『よろしうございませう』

国照別『故郷の空はるかに出で行く二人の仁侠
 あはれ今宵はアリナ山の
 野宿に肝をひやす
 比較的融通の利く侠客の睾丸
 人間の想念界におけると同様
 伸縮自在なるもまた可笑し
 仁侠をもつて誇る浅公親分の
 股間の珍器いま何処にかある
 珍の荒野に彷徨ふか
 ただしは遠く海を渡つて
 竜宮に走るか聞かまほし 珍器の所在
 雨はしげし 靄は深く包む
 魔神の怪声は頻りに至り
 寂寥の空気刻々身に迫る
 アア人間の腋甲斐なさ
 暗夜に会へば
 忽ち寂寥にをののく
 いかにして天地の奉仕者
 万物の霊長たるを得む
 故里の空遠く回顧すれば
 珍の都に残れる相思の人びと
 吾が魂を引き留むるが如く覚ゆ
 進まむとせば小胆なる浅公のあるあり
 退かむとせば故郷の友人に恥づかし
 アア如何にせむ
 アリナ山の夜露の宿
 星もなく月もなく
 八重雲のふさがる下に
 臆病武士と相共に
 ふるうて一夜を送る吾ぞ果敢なき
 ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ』

 浅公『アリナ山下りてここに来てみれば
 暗の帳に包まれて
 行手も知れぬ苦しさよ
 魔神は夜半に現はれて
 親分乾児の胸冷す
 健気にもわが命
 取り食はむといひし魔神の叫び
 一寸味をやりよるワイ
 さりながらこの浅公は
 全身骨をもつて固めたる
 歯節も立たぬ剛力に
 呆れたのか魔神の群
 豊かに育ちし親分の君
 肉柔らかく血の香芳ばしく
 わが身の食料には最適当だと
 言葉をのこして帰り行く
 魔神もなかなか食へぬ奴
 味な事をいひよるワイ
 思へば思へば
 あぢ気なき浮世だなア
 暗はますます深くして胸はますます打ちふるふ
 血管の血は凍り肉は引きしまり
 髪の毛は立つ
 ああ惟神救はせ給へ
 わが弱き魂を
 ああ惟神開かせ給へ
 わが清き強き魂の光を』

 かく二人はいろいろな事を口ずさみながら一夜をあかし、ホンノリと足許の見ゆる頃、またもや急坂を下り、アリナの滝の懸橋御殿を指して進み行く。

(大正一三・一・二四 旧一二・一二・一九 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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