出口王仁三郎 文献検索

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物語69-2-91924/01山河草木申 迎酒王仁三郎参照文献検索
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第九章 迎酒〔一七五四〕

 横小路の侠客愛州の留守宅には、源州、平州、藤州、橘公、三州、泉州、相州、杢州の兄分株が数百人の乾児共を集めて、親分の帰り来たるの遅きにやや不安の念を起し、冷酒を煽りながら善後策について協議を凝らしてゐる。
平『オイ源州の兄貴、親分が捕まつてから今日で十日目になるが、まだニヤンが屁こいたとも便りがないぢやねいか。われわれ乾児としてこのまま坐視するこたア出来まい。何とか救ひ出す工夫はあるめえかな』
源『まア今日一日は待つたがよからうぞ。畏れ多くも高砂城の春乃姫様が仲裁を遊ばし、……今すぐにといふわけにも行かぬが、十日の間にはキツと救ひ出してやらう……と大勢の前で立派におつしやつたのだから、滅多に間違ひはあるめえ。俺たちは姫様の尊いお言葉を信じ、おとなしく待つてるのだ。その代り今日中待つて親分が帰えれねえとすれば、われわれも安閑としては居られねえ。味方を一人も残らず集め、非常手段と出かけるつもりだ。まア少時のところ俺に免じて待つてくれ』
平『ウンそれもさうだが、あんな事を言つて一時逃れに俺たちを胡魔かしたのぢやあるめいかな。それならそれで俺たちにも覚悟があるからなア』
 岩公は側より、
岩『オイ兄貴心配するな。高砂城の春乃姫様といつたら、仁慈深い、そして時代を解した、立派な思想を持つた、人類愛主義の女神様だ。たとへ一日や二日遅れても、キツとおつしやつたことは、命に代へても履行して下さるから、ここはおとなしく待つてをるがよからうぞ』
平『老耄の末席の分際として偉さうなこと言ふない。ナニ汝がそんな事分らうかい。春乃姫様なんて、拝んだ事もないくせに、知つたかぶりを吐くない。こんなところへチヨツカイを出す汝の幕ぢやない。あつちへ行つて便所の掃除でもやつて来い』
岩『ソリヤ、兄貴の言ふことに反くわけにや行かぬから、便所の掃除もせぬことはないが、今日は乗るか反るかの肝心要の評定の場合ぢやないか。いかに末輩の俺だつて、大親分の身内に違ひない。親分を思ふ赤心は兄貴だつて、末輩だつて、チツとも変りはないぞ。外の問題ならば順序を守り、こんな所へツン出て意見は述べないが、親分の一身上に関する大問題だから、わつちの意見も言はしてくれたまへ』
平『老耄爺の古い頭で、どうして重要な問題の解決が着くものか。チヨン猪口才な、そつちへ行つてをれつたら……本当に五月蠅奴だな。この平さまはな、汝は何と思つてるか知らぬが、背水会の創立者だぞ。源州の兄貴と両人が、伊佐彦の老中に頼まれて、背水会の元を作つたのだ。大親分の愛州さまは俺達が頭に戴いてるものの、背水会の創立者はやつぱり俺達だからな。いはば侠客の神様だ。侠客には侠客の法があるのだから、汝等は順序を守つて、すつ込んでをれ』
藤『オイ平州の兄貴、さう没義道にこき下ろすものぢやない。この岩州だつて、普通の乾児とは、ちつたア違つたとこがあるよ。かふいふ大切な場合には、誰の意見でも参考のために聞いてみる必要があらうぞ』
平『さうかも知れねえが、何だか虫の好かねえ面をしやがつて、横合から茶々を入れやがると、ムカついて堪らねえのだ。この岩州はヒヨツとしたら寒犬かも知れないよ。何だか目付が怪しうて仕方がねえ。しかしながら親分が何時も「岩々」といつて腰巾着のやうにどつこへ行くにも荷持に連れて行くのだから、親分にどんなお考へがあるか知れぬと思つて、俺たちや見逃してるのだが、実に癪に障る奴だ。高砂城の老中見たやうな根性魂を下げてゐやがるのだからな』
藤『エライところへまた舌鋒が脱線したものだな。そんな話よりも焦眉の急を要する問題は親分の一身上に関する事だ。源州の言ふ通り今晩の十二時まで待つて見て、親方の顔が見えないとすれば、いよいよ足装束を整へ、非常手段をオツぱじめるのだなア』
平『そんならさうに定めておかう。オイ兄弟、乾児連中に、何時でも発足の出来るやうに準備を命じてくれ。そして酒樽の鏡を抜いて、今出立といふ時に呑んで出るやうに準備をしておくのだなア』
 三州、泉州、相州、杢州の幹部連は裏の大部屋に集まつてる数百人の乾児に向かつて右の趣を伝へ、用意にかからしめた。
 源州、平州、藤州、橘公の幹部連は元気をつけるため、酒を燗しながら数の子の肴でチヨビリチヨビリと呑み始めた。だんだん酔ひが廻つて来て互ひに気焔を吐き出した。
 橘公廻らぬ舌で、
『アーア、思へば思へば侠客なんて、つまらねえもなアありやしねえワ。なア兄弟、よく考へてみろ。喧嘩して切られても痛いといふわけにやゆかず、殺されても逃げるわけにもゆかねえし、本当に引合はぬ商売ぢやねえか。もし卑怯な言葉でも出してみよ、彼奴アなきがらだといつて、仲間の奴から擯斥され、先代の親分の名まで汚し、また乾児の面に泥を塗らねばならぬ。さうすりや、乾児の巾が利かなくなつてしまふ。彼奴の親分は切られて痛がつたとか、死にがけに吠えたとか歌つたとかいはれて、なきがらなきがらと貶され、乾児の渡世が出来ねえやうになつてしまふ。それを思へば喧嘩して腕の一本くらゐ落とされても、痛さを怺へて無理に笑顔を作り、劫託を並べて胡魔かさねばならず、本当に世の中にこれくらゐつまらねえ商売はねえぢやねえか』
 平州ヅブ六に酔ひながら、
『さうともさうとも、橘のいふ通り、本当に詰らねえな。伊佐彦の奴、対命舎や投槍派が恐ろしくなつたものだから、俺たちを甘く釣り込みやがつて……国家の保護に任ずる者は、腐敗堕落の今日の世の中に、侠客をおいて他に無し……などと煽て上げ、背水会を組織してくれたら充分の保護を与へ、凡ての便宜を与へてやると吐かしやがつたものだから、珍の国の大親分六十余人に檄を飛ばし、……伊佐彦老中の請求だから、一度珍の城下へ集まつて、背水会の組織をしてくれまいか……と言つたところ、どの親分も二つ返事で賛成をしてくれたのだ。侠客といふ者は、時の権威者の鼻つ柱を打挫くのが天職だから、ヨモヤ老中の走狗にならうといふ親分は一人もなからうと信じてゐたのに、エーエ、豈図らむや妹計らむやだ。今の侠客ア、魂が脱けてゐるから、伊佐彦老中のお声がかりだと聞いて、欣喜雀躍して珍の都のスカタン・ホテルへ、蟻の甘きに集ふごとくやつて来たのだ。その時の親分衆の勢ひつたら素晴らしいものだつた。これだけの者が協心戮力して当らうものなら、どんな事でも成功疑ひなし、と思はれたよ』
源『最前から聞いてをれば、自分一人が背水会を組織したやうに言つてるが、その衝に当つた者は汝ばかりぢやねえ、俺が先頭ぢやねえか』
平『ウーン、それもさうだ。サアこれから兄貴の番だ。酒の肴に一つ兄弟の前で、背水会組織の顛末を聞かしてやつてくれ、オイ兄弟、ずゐぶん面白いぞ』
源『望みとあらば言つてやらぬ事もない。俺たちの勇気といふものは大したものだぞ。エー実のところはこの源州の所へ、伊佐彦老中のところから頼みに来たのだ。それで平州と相談した上、珍全国の親分株を集め、スカタン・ホテルへ行つて、それから老中へ電話をかけ、横波局長に照会したところ、横波の奴、吃驚しやがつて、……決して上の方から侠客なんか依頼したこたアない。そちらの方に用があるなら、老中局へやつて来い……なんて、木で鼻を擦つたやうな挨拶をしやがるのだ。俺たち二人は六十余人の親分に対し横波がそんなこと言つたと、どうして言はれうか。切腹でもして言訳しなくちや男の顔が立たねえ。そこでこの平州を引連れ、俺はドスを腰にブラ下げ、平州はピストルを懐にして、老中局の玄関にあばれ込み……横波局長を此所へ引きずり出せツ……と呶鳴つたところ、横波の奴吃驚しやがつて、チツとも面出しやがらぬ。受付に萎びた爺が一疋けつかつて、……マアマア何用か知りませぬが私が承りませう……といひやがる。……エー薬鑵親爺奴、ぐづぐづさらしてると捻りつぶしてやる……と、平州がやつたところ、親爺奴縮み上りやがつて、……私は大泡吹造と申します……と言ひやがつて、大泡吹造とは醜偽院の偽長もやつてゐた奴だなアと思い出し、……そんなら親爺、横波に俺の出て来た用件をトツクリと話して、侠客の面を立てるやうにするか、でなくちやこつちにも覚悟がある……と槍を一本入れて、スカタン・ホテルへ帰つて来ると、老中局から十数台の自動車を持つて、俺達一行を迎へに来やがつたのだ。それから始めて、局内の評定所へ這入つてみると、生れてから見た事もないやうな美しい毛氈を布き、真白な頭をしたブルケーとかブルカーとかいふ奴がやつて来やがつて、挨拶をしやがる。後から考へてみると、此奴が松若彦の命令によつて、珍の国の政権を握つてる白頭翁だと分つたので……何だ老中といふ者はこんなものかい……とやや軽悔の念が咄嗟に湧いて来た。そこへ横波が恐る恐るやつて来て、米搗バツタのやうにペコペコ頭を下げ……皆さま遠方ご苦労様でございます。先刻はエライかけ違ひで失礼いたしました……と挨拶さらすものだから、一国の大老や老中が頼むからと思ひ、ヤツと虫を殺して背水会を組織する事になつたのだ。何と偉いものだらう』
藤『それだけ上の奴から背水会を力にしてる以上は、吾々に対しても余ほど便宜とか特典とか与へてくれさうなものだのに、博奕を打てばやはり人並みに牢獄へブチ込みやがるなり、喧嘩して人を斬れば、刑法だとか何とかいつて刑場へやられるなり、自分の都合の好い時は背水会背水会と言つて、無茶苦茶に扱き使はれ、本当に彼奴等の機械に使はれてるやうなものぢやないか。今度の親分だつて、背水会の大頭たる以上は、チツとは大目に見さうなものだのに、牢獄へブチ込みやがつて馬鹿にしてる。こんなことならモウ背水会を叩き潰し、昔のままの侠客でやつて行かうぢやないか。本当に詰らねえからなア』
源『さうだ、俺も同感だ。なア平州、三州、泉州、相州、杢州も賛成だらう』
『尤も尤も、賛成、賛成』
と手を拍つて迎へた。
平『ウエー、大分に酔ひも廻つたが、最早子の刻だ。親分がいよいよ帰らねえとすると、全体を引き連れて、非常手段と出かけやうぢやないか。そして序に俺たちを詐りやがつた春乃姫を血祭りにして来うぢやないか。それぐらゐな勇気が無くては侠客と言はれないワ』
としきりにメートルを上げてゐる。
源『さう急ぐには及ばぬぢやないか。半日や一日遅れたつて、どういふ御都合があるか知れないワ。かう何時でも、出動準備が出来てるのだから、勢揃ひの上は満を持して考へねばなるまいぞ。一旦弦を離れた矢は再び帰らないからの。猪突主義も結構だが、却つて親分に迷惑を及ぼすやうな事があつては、乾児としての道が立たないからのう』
平『卑怯なことを言ふない。もはや戦闘準備が整うた上はぐづぐづしてゐられない。士気を沮喪する虞れがある。サアこれから鏡を抜いて乾児どもの元気をつけ、暴虎馮河の勢ひで出陣することにしようかい』
 源州も止むを得ず、平州の舌剣に切りまくられ、不承々々に賛成をしたので、いよいよ出陣の準備として四斗樽の詰を抜き、乾児は各杓に掬うては呑み掬うては呑み、部屋の中は山岳も吹き飛ばす底の活気がみなぎつて来た。そこへ表戸を叩く者がある。岩公は戸の入口に神妙に番をしてゐたが、足音や戸の叩き方によつて大親分の帰つて来たことを悟り、錠をはづして、表戸をガラリと引開け、
『ヤ、親分、帰つて来たか、待ち兼ねたよ』
と小声でいふ。愛州は、
『ヤ、失礼しました。やうやくのことで、春乃姫様の計らひで帰ることが出来ました。ずゐぶん奥は賑はしいやうですな』
岩『実のとこは、親分が今日十二時に帰らなかつたら、乾児一同を引連れ、非常手段をやるといふので出陣の用意をしてるのです。マア危機一髪の所へ帰つていただき互ひに結構です』
と囁きながらズツと奥へ入り、
『オイ兄貴連、喜びたまへ。親分が無事帰つて来られたぞ』
 源州はじめ一同の者は、
『ナニ、親分がお帰りといふのか、ソラ有難い。門出の酒が歓迎の酒となつたのか、何とマア嬉しい事が出来て来たものだなア。ああ惟神霊幸倍坐世』
と嬉しさのあまり、常には神仏に手を合さなんだ侠客連も思はず知らず合掌した。少時すると愛州の館は山岳も崩るるばかり、「万歳」の声が雷のごとくに響き渡つた。

(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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