出口王仁三郎 文献検索

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物語69-2-81924/01山河草木申 春乃愛王仁三郎参照文献検索
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第八章 春乃愛〔一七五三〕

 高砂城の世子国照別が、何時とはなしに城内より姿を消してから、松若彦、伊佐彦の両人が必死となつてその捜索にかかつてゐた。松若彦は大老として大小の政治を監督し、伊佐彦は賢平、取締などを使役し、専ら国照別世子の捜索に全力を挙げてゐたが、深溝町俥帳場に車夫となつて化け込んでゐたことが新聞紙によつて喧伝されてからは一層打ち驚き、自ら変装して昼夜の別なく市井の巷を探り、車夫らしき者は片つ端から面体を査べ、家を外に活動を続けてゐた。そこへまた横小路の侠客愛州が不穏な演説をやり、ますます人心悪化の徴候が見えたといふので、眠むたい目を腫らして自ら探りの任に当つてゐた。
 伊佐彦の妻樽乃姫は、四斗樽のごとき大きな腹を抱へた不格好な女である。そして彼は極端なるサデスムス患者であつた。さてサデスムスとは嫉妬でもなく憎悪でもなくして、自分の最も愛する異性に対し、普通一般人の想像だも及ばざるやうな残虐な行為を加へて、性欲の興奮と満足を得るといふ病的な人間をいふので、医学上からかかる部類の人間を、サデスムスすなはち性的残忍症といつてゐる。かくのごとく変態的性欲狂は、如何なる名医も薬剤もほとんど治療の望みなき者である。樽乃姫はこの病気に冒されてゐた。脂こく肥満した元気な肉体をもち、性欲の興奮を抑へ切ることが出来ず、毎夜空閨に嫉妬の角を生やし、連夜夫伊佐彦の帰つて来ないのを見て、外に増す花が出来たのではあるまいか、自分は元来不格好な女性である、たうてい夫の愛しさうなスタイルではない。かう毎晩家を外にして、国家の老中ともあるべき者が、女房にも顔を見せないのは、キツとどつかの待合へどつかの女性を引張り込んでヤニ下つてるに違ひない。かうなれば可愛さ余つて憎さが百倍だ。今に主人が帰つてきたら、ピストルに玉をこめ、いきなり眉間を狙つて一思ひに打ち殺し、他の仇し女の弄具となつた股間の珍器を油揚にして、狐に食はしてやらうと、恐ろしい瞋恚の炎を燃やし、悋気の角を生やし、おみつ狂乱のやうなスタイルで髪を逆立て、眉毛を縦にして、吐息をつきながら待ちかまへてゐた。家臣や下女には事毎に八当りとなり、見るもの、触るもの、癪にさはり、家具をブチ破り、箪笥の引出から夫の衣類を引出してはベリベリと引き裂き、夫の用ゐた食器や下駄、靴に至るまで、メチヤメチヤに壊してしまひ、どうにもかうにも、鎮撫の仕方がなくなつてゐた。そこへ高砂城から春乃姫様のお使だと言つて、伊佐彦に向かひ、一通の書状を送つて来た。
 樽乃姫はその書状を手早く手に取り、表書を見れば、「伊佐彦老中殿、春乃姫より」と記してある。この文字を見るより、またもや髪を逆立てて、歯をくひしばり、大きな鼻の孔をムケムケさせながら、バリバリと封押し切り、披いて見ればいとも美はしき水茎の跡、お家流でサラサラと流るるごとくに書き流してある。樽乃姫は……サアいい証拠を掴んだ……と息を喘ませながら読んでゆくと、

一筆示しまゐらす。先日は妾が身の上につき色々と御親切に仰せ下され、一度は否まむかと思ひ候ひしも、国家の前途を考へ、また両親の意見を斟酌し、貴殿の赤心を容れて、遂に貴意に従ふことと相成りたるは、既に貴殿の知らるるところなり、今後は互ひに胸襟を開き、上下の障壁を断ち、抱擁帰一互ひに心裡を打ち開け、あたかも夫婦間の愛情におけるがごとき親密なる態度をもつて、国家のため尽力いたしたく、この段貴意を得参らす、めでたくかしこ

と記してある。……サア、サデスムスの樽乃姫は怒髪天を衝き、たちまち残虐性を発揮し、ピストル大剣を左右の手に携へ、行きがけの駄賃にと、家令、家扶、下女などを、或は狙撃し、或は斬り捨て、往来の人々に当るを幸ひ何れも敵とみなして、斬り立て薙ぎ立て、打ちまくり、……吾が怨敵の所在は高砂城内……と夜叉のごとくに髪振り乱し、泡を吹きながらあばれ行く。たまたま高砂城の馬場で駿馬に跨がり、こなたに向かひ駈け来たる夫伊佐彦に出会ひ、矢にはに馬の足を切り、馬腹に風穴を穿ち、その場に顛倒せしめた。伊佐彦は形相変つたその面体に、自分の妻とは知らず、賢平、取締を指揮して、苦も無くこれを捕縛せしめ、町はづれの牢獄に投込ましめた。
 樽乃姫は侠客の親分愛州の繋がれてゐる隣の牢獄に、四肢五体を厳しく縛られ投込まれた。そしてほとんど半狂乱状態となり、無性やたらに喋り立ててゐる。
『エー、残念や口惜しや、妾に何科あつてかやうな醜しき牢獄へブチ込んだのか。妾は勿体なくも高砂城において、老中と尊敬されたる伊佐彦が女房、樽乃姫様だ。しかるに賢平の奴、尊き身の上も知らず、盲滅法界に妾を縛り上げ、穢しい牢屋に投込むとは何の事だ。今に仕返しをしてやるから、思ひ知つたがよからうぞ。エー残念やな、クク口惜しやな。この縛めが解けたならば、かくのごときヒヨヒヨの牢獄、ただ一叩きに打ち破り、吾が夫を寝取つた春乃姫をはじめ、夫伊佐彦の生首を引き抜き、みん事敵を討つて見せうぞ。坊主が憎けりや袈娑まで憎い。国依別の国司も末子姫、松若彦も片つ端から斬り立て薙ぎ立て、恨みを晴らさでおかうか。モウかうなる上は樽乃姫は鬼だ、悪魔だ、夜叉明王だ、阿修羅王だ。この世の中を泥海にしてでも、恨みを晴らさにやおくものか』
とキリキリキリと歯切りをかみ、昼夜の別なく、同じ事を繰返し繰返し呶鳴り立ててゐる。隣室に繋がれてゐる愛州は、樽乃姫の狂的独語を聞いて、興味を感じ歌ふ。

『うば玉の暗の世なれば曲津神
  牢屋の中まで忍び来るかな

 サデスムス病みて夜昼あれ狂ふ
  烈しき性欲に狂ひタルの姫

 吾は今正義のために捕へられ
  ままならねども心は平らか

 吾が身をば殺す魔神の来たるとも
  指もさされぬ魂の命は

 国さまや幾公浅公その外の
  真人はいかに世を過ごすらむ

 ヒルの国ヒルの都を後にして
  思ひもよらぬ悩みする哉

 暗の世のいと深ければ黎明に
  近きを思ひて独り楽しむ

 世の中に真の神のゐます上は
  救ひ玉はむ吾の身魂を

 今しばし牢屋の中に潜みつつ
  神にうけたる霊きよめむ

 可憐なる樽乃の姫の繰言を
  聞きて世のさま明らかに知る

 樽乃姫しばらく待てよいかめしき
  鉄門の開く春や来たらむ

 汝が身を救ひやらむとあせれども
  ままならぬ身の如何に詮なき』

 かく口吟んでゐる。
 そこへ盛装を凝らした妙齢の美人が従者をも連れず、牢屋の巡視を名目に愛州の在所を訪ねてやつて来た。数多の科人が沢山の牢屋の中に放り込まれてゐるので、一目も見たことのない春乃姫には、どれが愛州だか見当がつかなかつた。春乃姫は淑やかな声にて歌ひながら愛州を尋ねてゐる。

『ここは名に負ふ珍の国  高砂城の町はづれ
 罪ある人も罪のなき  人も諸共盲たる
 司が縛りあつめ来て  無理に投込む地獄道
 珍の都に名も高き  白浪男の愛州は
 どこの牢屋に潜むやら  乾児の源州その他の
 数多の乾児に頼まれて  汝を救ひに来た女
 名乗れよ名乗れ愛州よ  仁と愛とは天地の
 神の尊き御心ぞ  今常暗の世の中は
 表に愛を標榜し  蔭に潜みて悪をなす
 牢屋にいます愛州は  悪を表に標榜し
 普く愛を発揮して  市井の弱者を扶けゆく
 神か仏か真人か  かかる尊き侠客を
 おのれの都合が悪いとて  あらぬ罪名をきせながら
 牢屋に投込む憎らしさ  これぞ全く醜司
 表に忠義を飾りつつ  己が野望の妨げと
 なる真人を悉く  苦しめなやまし吾が望み
 立てむがための企み事  看破したれば春乃姫
 人目を忍び今ここに  現はれ来たりて愛州の
 命を救ひ助けむと  心を千々に砕くなり
 早く名乗れよ愛の神  愛の女神は今此処に
 汝が在所を尋ねつつ  下り来にけり逸早く
 名乗らせ玉へ愛の神  珍の都の男伊達
 珍の都の男伊達』  

と歌ひつつ愛州の牢屋の前に来たる。愛州はこの歌を聞くより、驚喜しながら、やや疲れたる声にて、

『雪霜にとぢこめられし白梅も
  春乃光に会ひて笑はむ

 曲りたる事しなさねど醜神の
  忌憚にふれて捕へられける

 吾が身をば救ひ助くる春乃姫の
  あつき心に涙こぼるる』

 春乃姫はこの歌を聞くより、愛州なることを悟り、手早く錠をはづし、暗き牢屋に打ち向かひ、

『花は開き木の葉のめぐむ春乃姫
  いざ導かむ花の御園へ』

愛州『有難し辱なしと述ぶるより
  宣る言霊を知らぬ嬉しさ』

『いざ早く出でさせ玉へこの牢屋
  醜の司に見つけられぬ内』

『男伊達心ならずも汝が君の
  恵みにほだされ牢屋を出でむ』

と返しながら春乃姫に導かれ、非常門口より両人手に手を取りて夜陰に紛れ、何れともなく落ちのび、二人は一生懸命に北へ北へと町外れの道を、転けつ輾びつ、日暮の森へと駈けつけ、古ぼけた鎮守の宮の床下に夜露を凌ぐこととなりぬ。
愛州『尊き姫様の御身をもつて、侠客ごとき吾々一人を助けむがために御苦労をかけまして、誠に感謝に堪へませぬ。この上は如何なる事がございませうとも、命の親の貴女様、命を的に御恩返しを仕ります』
と改めて感謝の辞を述べた。
春乃『あなたは侠客の愛州さまとはこの世を忍ぶ仮の御名、あなたはヒルの都の楓別様の長子国愛別命様でございませうがな』
と星をさされて、愛州はハツと胸を押へ、
『イエイエ決して決して左様な尊い身分ではございませぬ。ホンの市井のならず者、博奕を渡世に致す酢でも蒟蒻でもゆかない、ケチな野郎でごぜえやす。勿体ない、そんな事を言つてもらひますと、罰が当つて目が潰れるかも知れませぬよ、アツハハハハ。御冗談もよいかげんにして下さいませ』
春乃『イエイエお隠しには及びませぬ。吾が兄国照別からソツと手紙が参つてをります。その手紙によれば、横小路の侠客愛州といふのは自分の兄弟分だが、実際の素性を明かせば、ヒルの国の城主の御長子国愛別様だと書いてございましたよ。そしてお前も理想の夫が有ちたいだらうが、兄の目から見たお前に適当な夫は、あの愛州様だと書いてございましたもの。あなたは何ほどお隠しになつても、兄が証明してゐるから駄目でございますよ』
愛州『拙者やア、国さまとか、国照別さまとか、そんな尊いお方と一面識もございやせぬ。ソラおほかた人違ひでございやせう。愛といふ名はわつち一人ぢやございやせぬ。どうか、お取違ひのないやうお願ひ申しやす』
 春乃姫はポンと肩を叩き、
『国愛別様、駄目ですよ、お隠しには及びませぬ。サアこれから横小路のお館へ帰らうではありませぬか。妾は源州さまにキツと親方を近い内に手渡しすると、約束がしてあるのですから、是非一度は源州さまに、あなたの身柄をお渡しせねばなりませぬからね』
愛州『ヤア御親切は有難うございます。しかしながら只今となつては、破獄逃走者としてズキがまはり、吾が館は賢平取締をもつて、十重二十重に取まいてをりませう。左様な危険な所へ帰るのは考へものですな。世のため、人のため命を捨てるのは、少しも惜しみませぬが、ムザムザと命を捨てるのは残念でございますから……』
春乃『御心配なさいますな。妾は不肖ながらも高砂城の世継春乃姫でございます。たとへ幾万の捕手が来たるとも、ただ一言にて解散をさせてみせませう。そしてこの後は役人どもに指一本さへさせませぬから、御安心なさいませ』
『有難うございます、左様なればお言葉に従ひ、吾が家へ帰りませう。送つてもらふのも何だか乾児の前、恥づかしいやうな気分が致しますから、あなたはどうぞお帰り下さいませ。私はボツボツ乾児が待つてゐませうから、吾が館へ帰ることに致しませう。何分後のところはよろしくお願ひいたします』
『左様なれば、妾はこれから城内へ帰ることにいたします。今しばし城内に止り、世子の位地に立つてゐなければ、何かの都合が悪うございますから……しかしながら何時までも清家的生活は致したくありませぬから、将来は夫婦……いな兄妹のごとくなつて、世のために尽さうではございませぬか、ねえ国愛別様』
『ハイ、有難うございます』
と右と左に立別れ、朧夜の影に包まれてしまつた。

(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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