出口王仁三郎 文献検索

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物語69-2-71924/01山河草木申 聖子王仁三郎参照文献検索
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第七章 聖子〔一七五二〕

 珍の都高砂城内において、進歩老中あるひは投槍老中と仇名を取つてゐた岩治別が、風をくらつて何処ともなく姿を隠せしより、彼は何事か大望を画策し、酒偽者と語らひ捲土重来して、一挙に松若彦、伊佐彦両老を引退させ、珍の天地の空気を一掃し、再び正鹿山津見神の聖代に世が立直るならむと、種々の流言蜚語が盛んに行はれ、人心恟々として安からず、よるとさはると、どこの大路も、裏町も、長屋の嬶連が井戸端会議にも喧伝さるるやうになつてきた。
 松若彦は事態容易ならずとして、老衰の身を起し、賢平や取締などを市中隈なく配置し、あるひは私服取締を辻々に横行せしめ、怪しき言をなす者は片つ端から検挙せしめ、夜中になれば恐れて一人も外出する者なく、さしも繁華な都大路は曠野の観を呈し、火の消えたるごとく淋しくなつてきた。
 岩治別はその実岩公と名を変じ、侠客の愛州が館の奥深く普通の侠客となつて住み込んでゐた。命知らずの若者ばかり数百人、蜂の巣のごとく固まつてゐるので、さすがの賢平も取締もこの館のみは一指を染むることだも躊躇してゐたのである。愛州親分は岩公の岩治別老中なることは当人の懇請によつて、万事呑込んでゐたが、しかしながら胸中深く秘めおいて、他の乾児どもには一言も示さなかつた。それゆゑ数多の乾児は老耄親爺の岩州と口汚く酷き使ひ、よその見る目も気の毒な次第であつた。
 話替つて高砂城の大奥には、国依別の国司を始め、末子姫、春乃姫、松若彦、伊佐彦の五柱が卓を囲んで、何事か重要会議を開いてゐた。
国依『松若彦殿、爾も老齢の身を持ちながら、昼夜寝食を忘れて国務に鞅掌するその誠実は実に感歎の至りだ。予も末子姫も常に爾の至誠至実なる行動について時々感謝の意を表し、何よりも先に爾の噂をしてゐるのだよ。しかし今日爾の請求によつて、予は妻子と共に爾両人と何事か協議する運びに至つたのは、要するに神の摂理であらう。今日は真面目に予も耳を傾けるから、忌憚なく両人とも意見を吐露せよ』
 松若彦は嬉しげに笑を泛かべて、
『常になき我が君のお言葉、この老体も始めて甦つたごとき心地がいたしまする。誠に申し上げにくい事ながら、御世子国照別様はお行方が分らなくなりましたので、大責任の地位にある微臣、我が君に対して申し訳なく、また衆生に対しても会はす顔がございませぬ。それゆゑ我が君様には済まぬ事ながら、内々探りを市中に配り、捜索いたさせましたなれど、今にお行方が分りませぬ。誠に監督不行届きの罪、万死に値いたしますれば、松若彦はこの責任を負うて、大老職を拝辞し、一切の政務を伊佐彦殿に譲らうと存じまする。何とぞ何とぞこの儀御聴許下さいますれば有難う存じまする』
国依『ハツハハハハ、伜が行方を晦ましたのは、予はとつくに存じてゐる。別に心配する必要はない。如何に親なればとて、吾が子の思想まで束縛するわけにも行かない。その事については決して心配いたすな』
と平然として笑つてゐる。松若彦は国司の怒に触れ、雷のごとくに叱咤さるるかと思ひの外、あまり平然たる態度に呆れ果て、返す言葉も出なかつた。
伊佐『わが君様、かかる重要問題が突発いたしましたのは、全く微臣等の罪のいたすところ、何とぞ厳重なる御処分を願ひたうござります』
国依『去る者は逐はず来たる者は拒まずだ。何ほど引止めやうとしても、逃げやう逃げやうと考へてゐる者は駄目だ。伜も比較的大人物になつたと見えて、この狭苦しい鳥屋の中が厭になつたと見えるワイ。そして爾ら両人骸骨を乞はむと申し出てをるが、爾ら両人が幽霊となれば後の国政はどういたす考へだ。後任者を推薦して、向後の国政上支障なきまでに準備を整へ、しかして後骸骨を請へよ。後継者の物色は済んだのか、それが先づ先決問題だ』
松若『ハイ、恐れ入りました。しかしながらこの珍の国におきまして寡聞なる吾々の目より窺ひますれば、一人として国家の重職に適当な人物はないやうでござります。いづれの役人も皆ハイカラ的気分に襲はれ、真面目に国家を思ふ者は一人として見当りませぬ。実に国家の前途は寒心に堪へませぬ』
国依『アアさうすると、後継者の適当な者がないと言ふのか。爾ら両人は実に不忠不義の甚しき者だ。下りをれツ』
と雷声を発して厳しく叱咤した。両人は縮み上がり涙を押さへながら、口を揃へて、
『吾々は不肖ながら、主家のため国家のため身命を賭して国務に鞅掌いたしてをりまする。しかるに只今のお言葉、不忠不義とは心得ませぬ。たとへ国司なればとて、このお言葉に対しては何処までも明りを立てていただかねば、吾々は一歩もこの場を退きませぬ』
国依『爾等、予を詐つてゐるではないか。老齢職に堪へずとか、責任を負ひて辞任するとか言ひながら、国家の柱石たる人物がないと言つたでないか。後継者なきを知りながら辞任を申し出づるは、全く国司家を脅かす者だ。いな予をして困惑せしむるものだ。かかる心理を抱持してゐる爾両人に対し、不忠不義と言つたのが、どこが悪い』
と一層強く怒鳴り立てられ、両人は一たまりもなく縮み上つてしまつた。末子姫はこの体を見て気の毒がり、
『我が君様、しばらくお待ち下さいませ。彼等両人は国家を思ふのあまり、君の決心を促さむと、今のごとき詭弁を弄し奉つたのでございませう。何といつても珍一国の柱石、少々の過ちは赦しておやりなさいませ』
国依『赦されぬこの場の仕儀なれども、最愛の末子姫殿の御仲裁とあらば止むを得ない、まづ盲従しておかうかい、アツハハハハ』
と最前の怒り声は何処へやら、気楽さうに大口開けて笑ひ出した。両人はハツと息をつぎ、縮み上つた睾丸の皺をやうやく伸し始めた。
松若『年にも似合はず我が君に対し、不都合なことを申し上げ恐れ入りましてございます。どうぞ唯今の私の失言は、広き仁慈の御心に見直し聞直し下さいまして、従前の通りお召使ひを願ひたう存じます』
伊佐『微臣も同様、御使用のほどお願ひ申し上げます』
国依『ウン、ヨシヨシ、分れば別に文句はないのだ。モウこれからは心にもない辞令を振りまはすな。汝等両人の内心は何処までも政権に恋々として、その執着を去る事は出来ないであらうがな』
 両人「ハツ」と顔を赤らめ、無言のまま俯むく。
末子『時に吾が君様、今日両老が君の御出場を願ひましたる要件と申しますのは、すでに御承知の通り、世子国照別の行方が分りませぬので、一層のこと、春乃姫を後継者となし、上下人心の安定を計らねばならないと両老から申し出でまして、その御承認を得たいためでございますれば、よく御熟考下さいまして何れなりとも、都合よき御命令を仰ぎたいのでございます』
 国依別は無頓着に、
『ウンさうだ、春乃姫さへ承認すればそれでよい。姫の意思まで強圧的に曲げることは出来ぬ。この問題は姫に聞いたが早道だらう』
末子『女が後を継ぐとは前代未聞ではございませぬか、養子でもせなくちやなりますまい。さうすれば万代不易の国司家は断絶するぢやありませぬか』
国依『三五教の教にも女のお世継が良いと示されてあるではないか。女の世継としておけば、腹から腹へ伝はつてゆくのだから、その血統に少しも間違ひはない。もし男子の世継とすれば、一方の妻の方において、夫に知らさず第二の夫を拵へてゐた場合、その生れた子は何方の子か分らぬやうになつて来る。それだから却つて女の方が確実だ、現に国照別だつて、予の正胤であるか、或は末子姫殿が第二の夫を私かに拵へてその胤を宿したのか、分つたものぢやないからのう、ハツハハハハ』
 末子姫は泣声になつて、
『お情けない吾が君のお言葉、妾がそれだけ不信用でございますか。また誰かと姦通をしたとおつしやるのでございますか、残念でございます』
と地に伏して泣く。
国依『ハハハ、嘘だ嘘だ、比喩にひいたまでだ。貞操の神とまで尊敬されてゐる、家庭の女神様だ。予は決して毛筋の横巾ほども、汝の行状について疑つてはゐない。いな、大いに感謝してゐるのだ。マア心配するな、比喩だからのう』
と背中を二三遍撫でさする。末子姫はやうやく機嫌を直し、涙と笑顔を一緒に手巾で拭きながら、
『ホホホそれで安心いたしました。そんなら吾が君様、妾をどこまでも信用して下さいますね』
国依『雀百まで牝鳥を忘れぬといつて、今は夫婦とも皺苦茶だらけの爺婆になつてしまつたが、時々昔のあでやかなお前の姿を心に描いて、笑壺に入つてゐるのだ。その時だけは実にはなやかな思ひがするよ』
末子『そりや違ひませう。昔の事を思い出し、はなやかな気分におなりなさる肝心の玉はお勝さまぢやございませぬか』
国依『ウン、お勝もヤツパリ追想中の一人だ。しかしながら最も秀れて印象に残つてゐるのはヤツパリお前と結婚当時の艶麗な姿だよ、ハツハハハハハ』
と娘や老臣の前で夫婦が、あどけなき意茶つき合ひを始めてゐる。松若彦、伊佐彦もつい話に引きずられて腮の紐をとき、粘着性の強い涎を七八寸ばかり、天井から蜘蛛が下つたやうに糸を垂れてゐる。
国依『春乃姫さま、最前から一同の話を聞いて略承知だらうが、どうだ、世継になる気はないかな』
春乃『厭ですよ、人生長者となる勿れといふ諺もございませう。窮屈な籠の中へ祭り込まれて、心にもなき追従の雨をあびせかけられ、敬遠主義を取られ、二三政治家の傀儡となつて一生を送るといふやうな不幸な事はございませぬワ。妾はお父さまやお母アさまのお身の上を見て、実にお気の毒な境遇だと同情の涙にくれてゐるのですよ。兄さまもまたお父さまの二の舞をなさるかと思へば、気の毒で堪らなかつたのですよ。さすがの兄さまも二三政治家の傀儡に祭り込まれるのは人間として気が利かないといつて、風ををくらつてどつかへ逃げ出し、自由の天地に横行濶歩する幸福な身分となつてゐられます。本当に賢明な兄さまですワ。妾も兄さまの兄妹、自ら知つて窮屈な不自由な身分となりたくはありませぬ。こればかりはお赦免を願ひたいものでございますワ』
国依『ハハハハ、さうだらう、さうだらう、父もかねて覚悟してゐたのだ。厭がる者を無理に押へつけるのは無慈悲だ。親たる者のなすべき事ではない。お前の好きなやうにしたがよからうぞ』
末子『モシ吾が君様、兄の国照別は家出をするなり、妹の春乃姫は世継は厭だと申しましたならば、国司家はここに断絶するぢやありませぬか。あなたは如何なるお考へで左様な気楽なことを仰せられます。ここは可哀さうでも春乃姫にトツクと言ひ聞かせ、国柱保存上、厭でも応でも、世継になつてもらはねばなりますまい』
国依『フン、別に春乃姫に限つた事はない。松若彦にも伜もあり娘もあることだから、一層のこと松若彦の伜松依別を吾が養子として後をつがせたらどうだ。それも本人の意思に任すより仕方がない。松若彦、お前はどう思ふか』
 松若彦はおどろいて、
『これはこれは、吾が君様とも覚えぬお言葉、未だ臣をもつて君となした例はございませぬ。左様なことを仰せられずに、ここは春乃姫様にお願ひ申し上げ、お世継となつていただきたいものでございます。ましてや愚鈍な伜、左様な事がどうして勤まりませう。こればかりは平にお断わりを申し上げます』
国依『何事も惟神に任すのだなア』
末子『いつも貴方は惟神々々といつて、凡ての問題を葬らうとなさいますが、かかる重要事件はさう惟神ばかりではゆきますまい』
国依『サアそこが惟神だよ。身魂の濁つた国依別の血統をもつて床の置物にせなくても置物になりたがつてるお人好しは三千万人の中には三人や五人はキツとある。そんな心配は要らぬ。……どんな身魂がおとしてあるか分らぬぞよ……と御神諭にも現はれてるぢやないか。観報をもつて床の置物召集令を発するか、新聞記者を呼んで広告欄に載せさすか、幾らでも方法がある。それでゆかねば、お神の力をもつて、気の善い人物を物色するのだ』
と気楽さうに言つてのける。
末子『それでは世が治まりますまい。匹夫下郎が俄かに高い所へ上つたところで、国民の信用が保てますまい』
国依『国民は汝たちの思ふごとく吾々を尊敬してはゐないよ。また吾々の腹から出た娘だといつて、心の底から敬意を払つてゐるのではない。バラモン的色彩をもつて包んでゐるから、やむを得ず、畏敬の念を払つてゐるのだ。そんな事を思つてゐると、時勢に目のない馬鹿者と、衆生から馬鹿にされるよ、アツハハハハハ』
松若『何と仰せられましても、かうなる上は春乃姫様をお願ひ申さねばなりませぬ』
春乃『厭だよ厭だよ、怺へて頂戴よ』
伊佐『是非とも、姫様にお願ひ申し上げまする』
春乃『エエ好かんたらしい爺だね。一度厭といつたら厭だのに、……ねーお母さま、お父さま、人の意思を束縛することは罪悪ですからねえ』
末子『何といつてもこの場合、国司家と国家のために犠牲的精神を発揮して、世継になつて下さい。母が一生のお願ひだから……』
春乃『妾に註文がございますが、それを承諾して下されば、世子になつてもよろしい』
末子『どんな事でも、あなたの要求を容れますから、世子になつて下さるでせうな。そしてその註文とはどんな用件ですか』
春乃『一、自由自在に城の内外を問はず出入し得る事、
 一、吾が身辺に侍女または厳しき士を附随せしめざる事、
 一、自分の夫は自分にて選定する事、
 一、化儀によりては世子を辞し、理想の生活を営むやも知れざる事、
 一、罪を寛恕する事、
 一、大老、老中以下の任免黜陟をなす実権を有する事、
以上マアざつとこれだけの条件は、御承知を御両親に願つておきたうございます』
国依『面白い面白い、吾が意を得たりといふべしだ。さすがは春乃姫、偉いものだな。これには両老も参つただらう、アツハハハハハハ』
 松若彦、伊佐彦両人は渋々ながら、已むを得ずとして春乃姫の条件を寄れ、世子と定め吐息をつきながら、神殿に感謝祈願の詞を奏上し、国司夫妻に慇懃に挨拶をなし、吾が館を指して帰り行く。
 この日蒼空に一点の雲翳もなく、太陽の光は殊更清く、赤く、涼風おもむろに吹き来たり、百鳥の鳴く声もいと爽やかに聞こえ、四辺の雰囲気は何となく爽快に、天空よりは微妙の音楽響き渡り、芳香四方に薫じ、あたかも第一天国の紫微宮にあるの面持ちであつた。ああ惟神霊幸倍坐世。

(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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