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物語69-2-121924/01山河草木申 悪原眠衆王仁三郎参照文献検索
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第一二章 悪原眠衆〔一七五七〕

 松若彦は吾が館の奥の間に捨子姫と共に、七むつかしい面をさらしてブツブツ小言を言ひながら、愚痴つてゐる。
『コレ捨子姫、お前の教育があまり放縦だから、伜の松依別は日日毎日変装して、悪原遊廓へ通ふなり、妹の常盤姫はお転婆になり、姫様の御用だとかいつて、家を外なるこの頃の行状、これでは清家の権威も保たれまい。チとしつかりしてくれぬと困るぢやないか。俺は政務が忙がしいので子供の教育などにはかかつて居られない。子供の悪化するのは皆母親の教育が悪いからだ』
捨子『仰せまでもなく、妾は充分の教育を施してをりますが、別に清家の伜、娘として恥づかしいやうな育て方はしてないと考へてをります』
 松若彦は声を尖らし、
『悪原遊廓へ夜な夜な通ふやうな育て方をしておいて、それでも其方は良いと申すのか。非常識にもほどがあるぞよ』
捨子『伜も年頃の身分、もはや妻帯をさせねばならぬ年頃でございますのに、あなたが何時も家庭がどうだの、資格がどうだのと、古めかしい事をおつしやりますので、伜も失恋の結果自棄気味になつてるのでございます。伜の愛してる女は、あなたも御存じの饂飩屋の娘お福といふ者、その福の神を貴方は地位が釣合はぬとかいつて、家来を廻し圧迫的に縁をお切りになつたぢやありませぬか。それゆゑ伜は失恋の結果、いかなる事を仕出かすかと、心配で夜の目も寝られなかつたのでございます。世間にある慣ひ、失恋の結果淵川へ身を投げて無理心中をしたり、鉄道往生、或は鉄砲腹、首吊りなど失恋者の最後はいろいろございます。それゆゑ伜はどうするであらうかと心配いたし、三五の大神様に祈願をしてゐましたところ、伜も神直日大直日に見直し聞直しが出来たと見えて、いきりぬきに悪原遊廓に通ふやうになつたのでせう。失恋者の行くべき結果としては、最善の方法を選んだものだと感心を致してをります』
松若『コレ捨子、イヤ婆ア殿、お前そんなこと正気で言つてるのか。家名を毀損する伜、手討に致しても飽き足らぬ奴、それに其方は賛成と見えるな、怪しからぬぢやないか。吾が家は正鹿山津見様の御時代より珍一国の代理権を任され、権門勢家として今日まで伝はつて来た立派な家筋だ。その家筋に汚点を印する者ならば、何ほど大切な伜でも許すことは出来ないではないか』
捨子『それは数十年前の道徳律でございませう。道徳も政治も宗教も人情風俗も日進月歩の世の中、さういふカビの生えた思想は、今日では通用致しますまい。あなたは一国の宰相でありながら、さういふ古い頭で、良く衆生が納得することだと、何時も不思議がつてゐるのでございますワ。幸ひに伜なり娘が時代相応の魂に生れてくれたので、まだしもそれを老後の楽しみと致しまして、不平でならぬ月日を送つてをります』
と何と思つたか、捨子姫も今日は捨鉢気味となつて、怯めず臆せずやつて退けた。松若彦は数十年添うて来た柔順な女房が、こんな思ひ切つた事を言はうとは夢にも知らず、始めての事なので、もしや狂気したのではあるまいかと案じ出し、先づ何よりも逆らはぬが第一だ、先づ少しばかり熱の冷めるまで、彼のいふやうにしてやらうかと心を定め、猫撫で声を出して、背を撫でながら、
松若『コレ捨子姫殿、お前の言ふ通りだ。テモさても明敏な頭脳だな。お前はチと激してゐるやうだから、今日はモウ何も言はない。ゆつくりと奥へ行つて静かに休んだが良からう』
 捨子姫は松若彦の心を早くも読んでしまつた。自分を逆上してゐると信じてゐるのを幸ひ、日ごろ鬱積してゐる自分の意見を全部ここで喋り立てて松若彦の決心を促さむと覚悟をきはめ、ワザと空とぼけて、
『ホホホホ、あのマア御前様のむつかしいお顔わいの。妾はこれから淵川へ身を投げて永のお別れを致しますから、どうぞ暇を下さいませ。暇をやらぬとおつしやつても、妾が覚悟を定めた以上は舌を噛んでも死んでみせませう。マア死にたいワ、ホホホホ。霊肉脱離の境を越え、一刻も早く天国に上り、清く楽しく第二の生活に入りたうございます。アレアレ、エンゼル様が、黄金の扇を披いて妾に来たれ来たれと招いてゐらつしやる。アア早く行きたいものだなア』
 松若彦はますます驚いて、アア此奴ア丸気違ひだ。仕方がない、先づ機嫌を損じないやうにせなくちやなるまい……と、
『アイヤ捨子姫殿、そなたの言ふ通り、この松若彦はどんな事でも聞いて上げるから、天国なんか行かぬやうにしてくれ。年が老つてから女房に先立たれちや、淋しいからなア』
捨子『妾の言ふ事を、ハイハイと言つて、一言も反かず聞いて下さいますか』
『ウン、何でも聞いてやらう。遠慮なしに言つてみたが良からう』
『そんなら申し上げます。先づ第一に大老職を返上し、どうぞ妾と一緒に民間に下つて、衆生の怨府を遁れて下さいませ。そして衆生に政権をお渡し下さいますれば、衆生はキツと国司家を中心として立派な政治が行はれるでございませう』
 松若彦は迷惑の体で面を顰めたが、エーしかしながら逆らふて発動されちや堪らない。何でもいい、気違ひの言ふ事だから、ウンウンと言うておけば良い……とズルイ考へを起し、
松若『ウン、ヨシヨシ、何時でも返上するつもりだ』
捨子『アア嬉しいこと、さすがは松若彦様、それでこそ妾の夫でございますワ。どうぞ御意の変らぬ内、大老職の辞表を認め、実印を捺して下さいませ。さうでなければ、妾は死んで天国へ参ります』
『チエ困つた気違ひだなア。まづ書いてやらねば治まらない。書いたところで出さなければ良いのだ』
と文机から料紙を取出し墨をすつて筆に墨し、大老の辞表をスラスラと書き認め、捨子姫の前で実印を押捺し、
『サア捨子姫、これで得心だらうなア』
捨子『ハイ得心でございます。どうぞその辞表を、妾にお渡し下さいませ』
『イヤイヤ、かうしておけば何時でも出せるのだ。もしお前に持たしておいて、そこらへ落とされては大変だから、先づ渡すことだけは止めておかう』
『それでは貴方は妾を詐つていらつしやるのでせう。政権や顕職に恋々として、ゐらつしやるのでせうがな』
 松若彦は癪にさへて、
『エ、やかましい、きまつた事だ。今日の地位は決してこの松若彦が得たのでない。言はば祖先の名代も同じ事だ。軽々しく俺一料簡では左様な事が出来るものか。御先祖様を地下から呼び起し、お許しを受けずばなるまい。其方には八岐の大蛇が魅入つてをるのであらう。汚らはしい、そちらへ行けツ』
と焼糞になつて呶鳴りつけた。捨子姫は、老人をあまり腹立てさすのも気の毒だ、ここらで幕の切所だ……と従順に沈黙に入つてしまつた。松若彦は杖をつきながら、憂さ晴らしのため庭先の花を見んとて、二足三足外へ出たところへ家僕の新公が慌ただしく帰り来たり、
『御前様へ申し上げます』
 松若彦は驚いて、
『ヤ、お前は新ぢやないか。その慌てた様子は何事ぞ。またプロ運動でもおつ始まつたのか』
 この親爺、プロ運動が気に懸かると見えて、二つ目にはプロ運動が突発したのではないか、と尋ねるのがこの頃の習慣となつてゐた。
新公『仰せのごとく、たつた今、赤切公園において、プロ階級演説会が始まり、大変な取締と衆生との衝突で、血まぶれ騒ぎが勃発いたしました』
松若『ナアニ、プロ階級演説会? そして血まぶれ騒ぎ、その後はどうなつた』
と言ひながら、驚いて庭の敷石の上にドスンと尻餅をつき、「アイタタツタ」と面顰めてゐる。
『お蔭で、その騒ぎも鎮静いたしましたが、不思議なことには、エンゼルだといつて、白馬に跨がり、妙齢の美人が現はれ、松若彦も悪いが、衆生も悪い……テな事を歌ひましたら、不思議なものでげすな、ピタリと争闘が止まりました。しかしながらそのエンゼルの顔が当家のお嬢様にソツクリでした。お乗り遊ばした馬も、お邸のに寸分違はぬ白馬でござります。もしもお嬢様も宅に居られず白馬もゐないとすれば、テツキリ常磐姫様に間違ひございますまい』
『今朝から姫もをらず、馬もゐないから、あのお転婆娘どつかの公園に散歩に行つたと思つてゐたが、プロ運動に加はりをつたか。そして衆生の前に松若彦が悪いなどと言へば、火の中へ薪に油をかけて飛び込むやうなものだ。ますますプロ運動を熾烈ならしめ、国家の基礎を危ふくする事になる。新公、もしも姫が帰つて来ても松若彦が許さぬ限り、一歩も入れてはならぬぞ。あーあ、子が無くて心配する親はないが、子のために親は心配せねばならぬか』
『御前様、子があるために御心配になりますか。さうすればお金のあるため、爵位のあるためには一入御心配でございませうな』
『爵位が有るため、黄金が有るための心配は心配にはならぬ。この老体もそれあるために息をしてゐるのだ。アツハハハハ』
と冷やかに笑ひながら、杖を力にエチエチと奥の間さして進み入る。
 新公は箒を手にしながら、独り呟いてゐる。
『よい年をして執着心の深い老耄爺だな。国司様から貰つたお菓子も葡萄酒も、また沢山な政治家連や出入の者や乾児どもから病気見舞だといつて持つてくるサイダーにビール、林檎や菓子、一つも自分も喰はず人にもようくれやがらず、みな金にして郵便局に預け、金のたまるのを唯一の楽しみとしてゐる欲惚け爺だから、サツパリ駄目だワイ。俺達にビールの一本も振舞つてよかりさうなものだのに、毎日日日車力に積んで売りにやりあがる。本当に吝な爺だ。それだから良うしたものだ、親辛労子楽、孫乞食といつて、三代目になれば、この財産もスツカリ飛んでしまふのは今から見えてゐる。松依別さまのこのごろの悪原通ひといつたら、本当に痛快だ。印形を盗み出しては銀行から金を出し、金銭を湯水のごとくに使ひ、大尽遊びをやつてゐらつしやるのに、欲に目が眩んで、何も知らずにゐるとは可哀さうなものだな。金を拵へて番する身魂と、金を使ふ身魂とがあると見えるワイ。アツハハハハ』
と独り笑つてゐる。そこへ馬に跨がつて、悠々と帰つて来たのは盛装を凝らした常磐姫であつた。
新公『ヤ、お嬢さま、お帰りなさいませ。あなたはオレオン星座からお降りになつた、エンゼルの松代姫さまぢやござりませぬかな』
常磐『ホホホホ新さま、お前見てゐたのかえ』
『ヘーヘー貴女のお芝居はこの新公、目敏くも看破してをりましたが、しかしながら衆生があれだけ不思議がつてるのに、素破抜いちや面白うないと思つて、黙つて帰つて来ました。そして御前様に一寸話しましたところ、大変な御立腹で、清家の娘がプロ運動の煽動をするやうなことでは、この内へは入れられぬ、門前払ひを喰はせ……とそれはそれはえらい勢ひでございましたよ。マア一寸この門潜るのは見合はしていただきませう。御前様の代理権を持つてをりますから断じて入れませぬ』
『ホホホホ、大分面白うなつて来たね。さうすると父上は今日かぎり、お暇を下さるのだらうか。さうなれば、妾も願望成就だワ。そんなら、父上に、これつきり、お目にかかりませぬから、ずゐぶん御身を大切になさいませ……と言つたと伝へてくれ、左様なら』
と駒の頭を立直し、出で行かむとするを、新公は驚いて、
『アア、もしもしお嬢様、少時お待ち下さいませ。何ほど厳しくおつしやつても、子の可愛ゆうない親はございませぬ。あなたが御改心下さらば、キツとお許し下さいますから、御前様に伺つて来るまで、マアマア一寸お待ち下さいませ』
常磐『オイ新さま、折角解放された妾を、再び苦しめるやうなことはして下さるな。父上のその伝言を聞く上は、妾も世界晴れのしたやうな心持ちがして来た……左様なら、父上母上によろしう言つておくれ』
と言ひ残し手綱かいくり、館の門前の階段を、「ハイハイ」と馬をいましめながら降つて行く。そこへヅブ六に酔うて、兄の松依別が懐手をしながら、三尺帯を尻の四辺に締め、自堕落な風をして、頬冠りを七分三分に被り、

『失恋したとて短気を出すな
  悪原廓に花が咲く……と。

 日々毎日悪原通ひ
  早く親爺に死んで欲しい……と。

 家の親爺は雪隠のそばの柿よ
  渋うて汚うて細こてくはれない……と』

と千鳥足になつて、階段を昇つて来ると、妹の馬とベタリ出会し、
松依『こんな狭い所を馬に乗りやがつて、ドド何奴だい。見たところ、一寸渋皮の剥けたナイスと見えるが、一寸馬から下りて来い。握手の一つもやつてやらア。エー、ゲー、アツプー、エー苦しい苦しい。なんぼ苦しいても美人の顔見りや気分が悪くないものだ』
 常磐姫、馬上より、
『アア見つともない、兄さまぢやございませぬか。妾は常磐姫でございますよ』
松依『時は今、親爺の亡ぶ間際哉……とか何とかおつしやいましてね、……アア面白い面白い、これから帰んで、薬鑵頭のお小言を頂戴するのかな』
常磐『コレ兄さま、しつかりなさいませ。妹でございますよ』
『妹でも何でも構ふものか、……妹と背の中を隔つる吉野川……(唄)悪原通ひでいきりぬく』
 常磐姫は止むを得ず、馬からヒラリと飛下り松依別の背を叩きながら、
『兄さま、しつかりして下さいませ、妾はこれから父の怒りに触れ、家出をいたします。あなたはどうぞ両親に心を直して、良く仕へて下さいませ。これがこの世の別れにならうも知れませぬから……』
とさすが気丈の常磐姫も、涙に湿つた声を絞つてゐる。松依別は始めて妹と悟り、にはかに気がついたやうに、
『ヤア妹か、一体何処へ行くのだ』
常磐『ハイ、父に勘当されましたので、これから誰憚らず、プロ運動にでも出かける積りでございますワ』
松依『ナアニ、プロ運動? 結構々々、それも結構だが、悪原通ひも結構だらう。親爺の奴衆生の膏血を紋り、沢山の金を蓄て置きやがつたものだから、死ぬにも死ねず、行く所へも行けず苦しんでゐるから、チツとその金を浪費し、深い罪をチツとでも軽うしてやらうと思つて、今しきりに孝行運動の最中だ。お前もこれからプロ運動をやり、親爺の内閣を倒し、チツと罪を取つてやれ。お前もこれから親孝行を励むがよいぞ、左様なら……』
とまたもや門をくぐり、

『兄は悪原妹の奴は
  プロ運動で孝行する……と』

 新公は箒を持つたまま、庭園の隅つこから走つて来て、
『若様、御前様が大変な御立腹でございます。どうぞ着物を着替へて、お這入り下さいませぬと、そのザマでお這入りになつては、大きな雷が落ちます。すると吾々までが迷惑いたしますから、チツと低い声でものをおつしやつて下さいませ』
松依『エツヘヘヘヘ、面白いな、胸がスイとするやうな雷に一遍落ちてもらひたいものだ。……地震雷火事親爺、親爺が恐くて大神楽が見られぬ……と、アーア碌でもない酒を無茶苦茶に、お里の女奴強ひるものだから、内へ帰つても未だ酒の気が残つてけつかる。あ、しかし愉快だ、……オイ親爺、妹を放り出して、どうする積りだ。妹を放り出すのなら、なぜ兄から放り出さぬのぢやい。よう放り出さぬのか、俺の方から放り出てやらうか』
とダミ声を振り上げて呶鳴つてゐる。松若彦は何だか妙な声が屋外に聞こえるので、杖をついて現はれ来たり、窓からソツと覗いて、松依別の姿に肝を潰し、「アツ」と言つたままその場に倒れ、したたか腰を打つて、「ウンウン」と唸つてゐる。館の中は上を下への大騒動、水よ薬よ医者よと、家令や家扶家従の面々が自動車や自用俥を飛ばして大活動を始め出した。松依別は懐手をしながら、ブラリブラリとまたもや門口指して出でて行く。

(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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