出口王仁三郎 文献検索

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物語69-1-61924/01山河草木申 背水会王仁三郎参照文献検索
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第六章 背水会〔一七五一〕

 珍の城下深溝町の俥帳場に、車夫と化け込んでゐた国愛別の愛州は、取締上りの幾公と共に、横小路にかなり広い邸宅を借り受け、賭場を開帳してゐた。数百人の乾児は忽ち集まり来たり、「親分親分」と尊敬し、親分の命令とあらば生命を鴻毛よりも軽んじ、如何なる事にも善悪ともにその頤使に甘んじ、難に殉ずるをもつて、乾児たる者の光栄としてゐた。愛州は普通の侠客とは違つて、元がヒルの国楓別の国司の伜だけあつて、どこともなく気品が高く、かつ豪胆にして少しもものに動ぜず、一旦頼まれた事は決して厭と言はなかつた侠客である。世の中の一般のやり方が癪にさはつて堪らぬので、遥ばる遠き山坂を越え、尊貴の身を捨てて、珍の都までやつて来たのである。
 生れついての皮肉家で、世の中を革正するためとて、内面には博奕を渡世となし、表看板には万案内所といふ看板を金文字で現はしてゐた。

『一、因循姑息お望みの方は、最寄の取締所へお出で下され度候
一、頑迷無恥お望みのお方は、世ことごとく濁る吾独り澄むと自惚れてゐる梨田ドラック氏へお訪ね下され度候
一、喧嘩乱暴お望みの方は、惑酔会へお訪ね下され度候。また口先ばかりの自称対命舎および政党屋をお訪ね下され度候
一、不親切お望みの方は、口実職業紹介所へお訪ね下され度候
一、多角関係お望みの方は、妃向国の新しき村へお出で相成度候
一、偽善生活お望みの方は、一度花の都の一灯園東田地香氏方をお訪ね下され度候。しかしながら同氏に対し、少しにても利益を与ふる掛合ひならば極めて親切に取扱ひくれ候
一、山子欺しお望みの方は、変態愛国者苦糟大異へお訪ね下され度候。但し畸形的愛国者に限り申候事
一、没常識お望みの方は、珍の都の四ツ辻便所へお出で下され度候
一、金儲けお望みの方は、富人世界雑誌社ならびに心零犬灸会同人へお訪ね下され度候
一、厚顔無恥お望みの方は、新聞ゴロおよび労働ブローカーへお訪ね下され度候
一、時代錯誤お望みの方は、石火暴死団へお訪ね有之度候
一、その他何事によらず矛盾と誤解と虚偽と偽善とお望みの方は、嘔吐白住持社へお訪ね下され度候
一、公平社と争論希望の方は、惑酔会へお訪ね下され度候』

と言ふやうな大きな看板を掲げて、往来の人の足を止めてゐた。其処へ面をしかめて、十手を下げてやつて来た一人の取締がある。
取締『コリヤコリヤ、当家の主人はをるか』
 門口を掃いてゐた乾児の八公は取締の姿を見て、
『ハイ、親分は奥にをられますが、めつたに博奕は打つてをりやせぬから、どうぞ帰つて下つせい』
取締『イヤ、博奕は今打つてゐなくても、拘引しようと思へば何時でも拘引できるのだ。新刑法によつて賭博常習犯人とブラツクリストについてゐるのだから、非現行犯で引張つてやらうかな』
八『ヘーン、そんな細い体をして、キラキラ光る物をブラつかせ威喝したつて駄目でい。そんなことに驚く親分だございやせぬわい。わつち達の仲間は一遍でも余計芸務所の門を潜つたら顔が好うなるのでげすから、マア奥へ這入りなさい。卑怯未練に逃げるやうな侠客ア一人もをりませぬよ。横町の蜈蚣の権太の親分のやうに、取締が来たというて二階から飛び出し、脛を折つたり、腕を折つたりして、取つ捉まるやうなヘマなこたア致しやせぬ』
『汝では訳が分らぬ、親分を此処へ呼んで来い』
『ヘン、吾々に取つては神様同様に、命まで捧げて仕へてる親分、さう易々動かすわけにはゆきやせぬわい。愚図ぐづしてゐると、お前さま、笠の台がなくなりますよ。早くお帰りなさい』
 かく話してゐるところへ、奥から兄貴分の照公が二三人の兄弟分と共に現はれ来たり、
照『ナナ何だ何だ』
八『兄貴、今この取締先生が、ゲン糞の悪い、朝つぱらからやつて来て、グヅグヅいつてるのだ。俺昨晩負けて来て、今日はムカついてたまらないのに、グヅグヅ吐かすんだもの、癪にさはつて仕方がねいのだ。早くボツ帰してくれないかね』
照『ヘー、わつちや、愛州の乾児でげして、照公と申し、チツタア、珍の都で名を知られた、ケチな野郎でげす。どうかお見知りおかれまして、可愛がつて下せい。侠客渡世はしてをりましても、面にも似合はねえ優しい男でげすよ。八公がどんな無礼なことを申しやしたか知りやせぬが、どうかわつちの面に免じて許してやつて下つせえ。そして今日お出でになつたのは何の御用でげすかなア』
取締『外でもない、役頭の命令によつて、当家の看板を撤回させに来たのだ。不穏文書を張出し、怪しからぬといふので、誰か訳のわかる男に屯所まで来てもらひたいのだ。そして一時も早く本漢の目の前で引落とし、片付けてしまひ、人心悪化の極に達した今日、かやうな看板を掲載されたら、取締所として黙過するわけにやゆかない。サ、早くお上の命令だ、撤回しろ』
『何の御用かと思へば、わつちの商売の看板を除れとおつしやるのですか、ソリヤなりませぬ』
『お上の許可を受けた上で、掲揚するならしてもよからう。ともかく速やかに下ろしたがよからう』
『アア、コリヤわつちのとこの親分の商売でげすから、商売の妨害までは、何ほど取締権が絶対だといつても、そこまでの干渉は出来ますまい。断じて撤廃は致しませぬ。そもそもこの案内の看板に書いてあることは少しも虚偽はありませぬ。事実有りのままの事が記してあるのですから、別に詐欺でもなければ悪事でもありますまい。事実のことをやつてをるのが悪いのですか。こんな小さいことを咎めるよりも、モツと大きい泥棒をお調べなさいやせ。何十万円、何百万円といふ大泥棒が、玩具をピカつかせて、都大路を横行濶歩してるのが、あなたがたのお目につきませぬか。自分の金で自分が勝負してるのに、賭博犯だといつて、拘引したり、牢へ打ち込んだり、そんな末の末の問題に頭を悩ますより、法の権威を極端に発揮し、天下の大道を白昼に横行してる大泥棒を挙げなさい。何ほどその方が国家のためだか知れやせぬよ。お前さまも僅かな月給でチボの後を追ひかけたり、門で片肌脱いだり小便こいてる人間を叱り飛ばしてるよりも、どうだい、俺たちの仲間へ這入つて、一生を面白う可笑しく快活に暮したら、いいでせう、どうでげす』
『生活の道は保証してくれるだらうな』
『宅の親分は頼むと言はれて、後へ引くやうな安つぽい腰抜男とは違ひやす。サアサア合羽を脱いだり脱いだり、ヤ、男は決心が第一だ。かうやつて出て来る取締を片つ端から乾児にし、珍の都に取締が一人も無いとこまでやつてやらうといふ、背水会の主義綱領だ』
『イヤ、モウ君たちにかかつたら命武者だから仕方がない。そんなら僕も、女房があるでなし、何時雄とか雌とかをもらふか分らぬのだから、安全地帯の親分の膝下に跪づくことにしやうかな』
『ヨーシ、呑みこんだ。直接の親分の乾児にはなれぬぞ。俺の直参だ。俺の上にはまた兄貴がある。その兄貴の兄貴の兄貴の親分が大親分だ。まづ軍隊でいへば、俺は少佐ぐらゐな者だから、さう思うて俺のいふことを聞くのだぞ。その代りに三日も飯を食はぬとをらうとママだし、寒の中裸で慄はうとママだし、アヒサに拳骨を二つや三つ喰はされやうとママだから、マアさうして胆力を練るのだなア、アツハハハハ』
『ウツフツフフ』
 取締の名は佐吉といつた。到頭照公の言霊に打ち捲くられて、取締から侠客社会へ背進してしまつた。
 大親分の愛州は二三の幹部を伴ひ、裏口からソツと脱け出で珍の都の十字街頭に立ちつつ呶鳴り始めた。群衆は喧嘩だ、狂人だ、大事件の突発だと口々に呼ばはりながら、蟻のごとくに愛州の周囲を取捲いた。愛州は手近にあつた饂飩屋の床几を無断で道路の真中に引張り出し、その上に直立して雷声を張り上げ、
『珍の国を守るといふ武士達よ。汝の自己愛的なる厳めしき鎧甲を脱げ。排他と猜疑と狡猾と無恥とに飾られた宗教家よ、汝の着する法衣を脱げ。政治家も教育家も一般衆生も、汝が朝夕身にまとへる虚偽と虚礼と虚飾の衣服を脱げ。更始革新の今日、一切の旧衣を捨て、新しき愛と真との浄衣と着替へよ。汝らのまとへる旧衣に、旧き思想と矛盾の蚤が巣ぐつてゐる。偽善的精神や奴隷的根性の蛆虫が蔓つてゐるぞ。汝等はかくの如き弊衣を脱がないかぎり、汝らの生活は虚偽の生活だ、まことの人間生活ではないぞ。人間として、人間の生活の出来ないくらゐ詰らぬものはなからうぞ。一時も早く眼を覚せよ。一時も早く新しき浄衣と着かへて真実の人間生活に入れよ。この浄衣には人間生活に必要なる新思想の光明が燦然として輝いてゐるぞ。芳ばしき蘭麝の香が充ちてゐるぞ。何をぐづぐづ躊躇するか。万々一この更衣の神業に妨害するものあらば、汝等の仇敵として其奴を倒せ。しからずんば汝等は自ら着せる旧衣のために自滅の厄難に遭ふであらう。この目的を貫徹するには、何人も背水の陣を張つてかかれ。これくらゐの事が出来ぬやうでは、人間としての価値は絶無だ。体よく人間を廃業したが良からう。僕は背水会の会長泥池の蓮公さまだ。権門勢家に尾を掉るな。金銀に腰を屈するな。時代は駸々乎として潮のごとく急速に流れてゐるぞ。珍の国の衆生は文明の世界における落伍者をもつて甘んずるものではなからう。畏くも神素盞嗚尊の子孫の神臨し玉ふ光輝ある歴史を持つた国民ではないか。豪毅と果断とは汝等祖先以来の特性ではないか。時は今なり、時は今なり、三千万の同胞、背水会の宣言綱領に眼を覚ませ』
と滔々として傍若無人的に演説する時しも、数十人の取締は前後左右より襲来して愛州を引摺り落とした。群衆は「ワアイワアイ」と動揺めき立ち、衆生と取締との血迷ひ騒ぎが各所に演ぜられた。
 愛州は幸か不幸か、数十人の取締に取巻かれ、高手小手に縛り上げられ、ボロ自動車に乗せられて、珍の城下の暗い牢獄へ投込まれてしまつた。数多の乾児どもはこの話を聞くより、躍気となり、列を作つて赤襷に赤鉢巻をしながら、棍棒、竹槍、薙刀、水鉄砲などを携へ、牢獄目がけて潮のごとく押し寄せ、忽ち附近は修羅の巷と化してしまつた。取締はおひおひ繰出す。時々刻々に侠客の連中は得物を持つて蝟集し来たる。一方に百人殖ゆれば一方に百人殖ゆるといふ有様で、人をもつて附近の広場は埋めらめた。そこへ弥次馬が侠客の声援をなすべく、面白半分にやつて来て、後ろの方から石を投げる。たちまち大混乱大争闘の幕がおりた。そこへ兄の在所を尋ねてゐた春乃姫は、葦毛の馬に鞭うち、この場にかけ来たり群集の騒ぐのを見て、まつしぐらにかけ入り、馬上につつ立ちながら、
春乃『双方とも、解散せよ』
と優しい涼しいカン声で呼ばはつた。数多の取締は春乃姫の姿を見て、抗弁するわけにもゆかず、唯々諾々として一人も残らず根拠地へ引上げてしまつた。あとに「ワイワイ」と鬨の声をあげて、侠客の乾児連や弥次馬がドヨメキ立つてゐる。春乃姫は一同に向かひ、
『いかなる間違ひか知らぬが、妾がキツとあとを聞いてあげるから、一先づお退きなさい』
 乾児の源州は恐る恐る前に現はれ、
『今日の場合となつては、後へひくことは出来ませぬが、国司様のお姫様のお言葉を畏み、一先づこの場は退却いたします。私は珍の都の侠客愛州の身内の者、親分愛州が取締のために捕へられ牢獄に投ぜられましたので、これを取返さむと乾児どもが押寄せましたところでございます。何分よろしくお願ひ申しやす』
春乃『アアさうであつたか。親分一人のために、数多の乾児が命をすてて救ひ来たのか、ヤ感心だ。人間はさうなくてはならぬ。しかしながら窮屈な法規が布かれてある法治国だから、妾の自由にさう着々と解放するわけにはゆかぬ。しかしながら妾が仲裁に這入つた以上は、キツと汝等の親分を救ひ出し無事に渡すであらう。まづ安心して引取つて下さい。今すぐといふわけにもゆくまいが、今後十日の間にはキツと助けてやるほどに、妾の言葉を信用して早くお退きなさい』
 源州は有難涙にくれながら、
『何分よろしくお願ひ申します』
と幾度も頭も下げ、数多の乾児を引つれて、横小路の親分館へと帰つて行く。
 アアこの結果は如何に落着するであらうか。

(大正一三・一・二二 旧一二・一二・一七 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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