出口王仁三郎 文献検索

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物語69-1-51924/01山河草木申 性明王仁三郎参照文献検索
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第五章 性明〔一七五〇〕

 珍の都の町はづれ、深溝町の俥帳場に国、愛、浅三名の輓子が大気焔を挙げてゐるところへ、交通取締の青白い瘠せこけた先生が三人の話を立聞きした上、素知らぬ面してツツと這入つて来た。そして厭らしい目をギヨロつかせてゐる。三人は今の話をこの取締に聞かれたのではないかと、いささか胸部に動揺を感じたが、キチンと行儀よく坐り直し素知らぬ顔。
浅『ヘー、旦那何用でございます。車体の検査でございますか。二三日前にお役所へ行つて査べてもらつたばかりの健康車体でございますから、めつたにお客さまを泥道に転覆させるやうな気遣ひはございやせぬ。どうぞ早く帰つて下さい。あなたが店に永くゐられますと、何だか博奕でもうつてゐて、またお叱言を頂戴してるのぢやなからうかと、客が怖がつて寄りつきませぬ。さうすれば、たアちまち、吾々の鼻の下が干上つてしまひます。ドツサリと膏は取られ、車体の修繕は命ぜられ、おまけに営業の妨害をせられては、俥夫だつてやり切れませぬからね』
取締『イヤ、車体検査でも何でもない、僕は交通取締だ。あまり面白さうに政治談が流行つてをつたので、僕も一つ聞きたいと思つて這入つて来たのだ。ずゐぶん偉い気焔を上げたものだな。僕だつて稲田大学の堕落生だから、君等と同じ仲間だよ。先づ安心して胸襟を開いて、君の抱負を聞かしてくれ玉へ、アーン』
『ヘン、今の取締は何とかかとかいつて衆生の気に合ふやうなお世辞をいひ、臓腑の底まで喋らしておいて、ソツと役頭に上申し、ご褒美をもらふ事ばかり考へてゐるのだから、滅多に政治談などは話せないのだ。何ほど取締だつて俺たちの汗膏で飯を食つてゐるのだ。言はば俺等は旦那さまだから、あまり横柄に言はないやうにしてくれ。これまでタツタ今普選施行になれば天下の代議士だからなア』
『ハハハ、ソロソロ臓腑を見せ出したな。ヤ面白い、僕も賛成だ。君が立候補をやつたら、僕を買収してくれたまへ。僕も一票の権利はあるんだからな』
『ヘン、君等の一票が何になる。君等に投票してもらふために金を出すのならば、モチツとらしい人間に投票してもらふワ、ヘン、済みまへんな』
『大老だつて、清家だつて、富豪だつて、俺だつて君だつて、矢つぱり権利は一票だ。買喰大将の一票も、俺たちの一票も効能は同じことだ。あまり見くびつてくれない』
『フーン、そんなものか。さうすると、俺たちも買喰大将も普選即行となれば同等だな。ヨシうまい、それでは労働者を味方につけ、大いにやつて見やうかな、大政党を組織して党首となり、内閣をとつて衆生のために大いに経綸を行ふつもりだ、イツヒツヒ。その時には君も滅多に交通取締ぐらゐはさしておかないよ。ドツと抜擢して大目付ぐらゐには任じてやるからな』
『アツハハハハ面白い面白い……時に、君は国さま、愛さまでないか。どうしてまたこんな所にこんな商売をしてゐるのだ。モウ隠しても駄目だから、何もかも言つてもらひたい』
国『僕は国さまでも何でもないよ、黒さまだよ。だから下層階級に帳場の哥兄をして苦労をしてをるのだ。あまり見違へてもらふまいかい。それよりも早く四辻に立たないか。また田車と児童車の衝突があつちや、たちまち雄とか雌とかの字を頂戴して、おまけに煙多イ所へブチ込まれねばならぬやうな羽目に陥るぞ』
取締『何とマア、君は偉いものだね。よく変相した者だ。隠しても駄目だよ。しかしながら君の行動は僕もずゐぶん気に入つたね。児童車や田車が衝突したつて何だい。将来見込みのある君の乾児になれば、今日からこの十手を棒に振つたつて恨むことはない。あの児童車には、いつもブルブル階級が狸町の芸者を乗せて、そり返つてゐやがるのだから、一遍ぐらゐ衝突さしてやつたら却つて通街だ、アツハハハハ』
『これは怪しからぬ。汝は食務に不忠実な奴だな』
『ナニ、それが却つて忠実になるのだよ』
愛『ハハア、たうとう白状しやがつたな。交通取締とは表面を詐る口答鼠輩だな。何だか怪しい目をしてゐると思つた。モウかうなれば仕方がない、言つて聞かしてやらう。俺はヒルの都の楓別の伜国愛別といふ男だ。愛州と名乗つて民情視察のために此処へ来てゐるのだ。さうしたところ、この国州にベツタリコと出会し、互ひに胸襟を開いて、大いに天下蛮衆のために尽さむとしてゐるところだ。汝も大方松若彦のお先だらうが、あんな古親爺に何時までついてをつても末の見込みがない、社会の廃物だからな。それよりもこの国さまの乾児になつて、天下刻下のために大活動をする気は無いか。かう打明けた以上は、ロハでは帰さないのだ。サアどうだ降参するか、従ふか、二つに一つの返答だ。俺たちも自分の素性を明かした以上は、このままお前を帰すわけには行かぬ、返答を聞かしてもらはふかい』
取締『ヤ、仕方がない……ではない、結構だ。万事君に任すから、良きやうにしてくれたまへ』
国『僕も実のところは普通の人間ではないのだ。しかしながら本名をいふのだけは待つてもらはう。いつ密告されるやら分らないからな。しかしながらこの国さまは、強きを扶け弱きを挫く惑酔会員でもなければ、猜疑と嫉妬に充たされた三平社員でもないから安心し給へ』
『ヤ、分つてる。名は聞かいでも、君の風采といひ、言葉といひ、大抵どこの狸か狐かぐらゐは呑込んでゐる。名乗らなけや名乗らいでもいい。マアともかく互ひに胸襟を開いて刻下のため、相提携しようだないか』
『実のところ、刻下刻下と鶏のやうにいふのも結構だが、いつそ人類愛のためと言つた方が時代相応だらうよ』
『実のところは僕は、松若彦の御家人で幾公といふ者だが、何時までも馬通族の提灯持ちをしてゐるのも気が利かない、いい加減に足を洗つて時代に目覚めねばならないと思つてゐたところだ。それでは国さま、如何なる貴い方の血統か知らぬが、先づ国州、愛州で交際つて貰ひたい。君が誤大老になつた時はまた敬語を使ふからな、ワツハハハハ』
『ヨシ気に入つた。そんなら幾公、サア握手だ』
幾『イクらでも握手ならしてくれ。なにぶん資本が要らぬのだからな』
国『二つ目には資本だとか何とか、そんなケチなこと言ふない。僕はモウ資本だとか清家だとか、そんな声を聞くと、耳が痛くなり胸が悪くなり、胚の中に擾乱が勃発するやうな気がしてならないワ。今の資本家はいはゆる足の四本家だからなア』
愛『幾公が俺たちの素性を嗅ぎつけるやうに、寒犬も鼻が利き出した以上は俥夫も最早駄目だ。キツと他の奴が嗅ぎつけて来よるに違ひないから、どうだ、一つ、これから侠客にでもなつたら、将来の計画上都合が好いかも知れないぞ』
国『ソラ面白い。しかし誰が親分になるのだ』
幾『まづ親分は国さまに願はうかな。しかしモ少し年がいつてると睨みが利いていいのだがなア』
国『そんなら浅の野郎は腰抜だから、例外として俺の乾児にしてやる。君は愛州の兄弟分となつてはどうだ。この珍の都の北と南で侠客の親分となり、覇を利かさうぢやないか』
三人『賛成賛成大賛成だ』
国『そんなら直様ここで結党式……いな分列式をやらうだないか……オイ浅公、横町のお多福屋へ行つて、豆腐と酒を買つて来い。湯豆腐で一杯、柔らかう四角う盃をしよう。しかし浅州、誰にも言つちやアいけないよ』
浅『ヨシ合点だ』
と徳利をぶら下げ、裏口からチヨコチヨコ走りに出でて行く。
 表の大道にはどつかに馬鹿旦事件が怒つたといふので、喧平隊が四五十人列を正して走つて行く靴の音が、三人の耳に異様に響く。
 しばらくすると一升徳利を二本ぶら下げて浅公は帰つて来た。
浅『ハアハア、エライ エライ、雀の子が待つてゐると思うて、一生懸命に走つて来た。サア一杯やらう。二升なれば、四五二十だ。五合宛になるから一寸酔へるだらう。早くから喉の虫奴がギウギウ ゴウゴウと催促してゐやがらア、ヘツヘツヘ』
幾『オイ、豆腐はどうしたのだ』
『酒呑に豆腐が要るかい。都府はこの間の地震で滅茶めちやになつたと言ふことよ。今福幸院を起して震議の最中だから、しばらく待つてゐるがよからう。シロ都風も焼豆腐もサツパリ滅茶めちやだよ。何といつても松若彦の老体がナマクラの別荘で梯子段に圧せられて死んだとか至難とかいふ問題で、豆腐どころの騒ぎぢやないワ。まづ酒さへあれば何とか酒段がつくだろ』
『どうも仕方がないな。オイ兄弟、モウ仕方がねい、豆腐は無くても、このまま徳利の口から呑み廻してやらうかい』
国『エ、邪魔くさい、こんな小つポケな口からチヨビチヨビやつてゐてもはずまないワ。徳利の尻を叩き割つて風の通ふやうにすりやよく出て来るだらう。卵でも一方口では吸へないから、両方へ穴を開けるだないか』
と言ひながら、俥の梶棒に徳利の尻をコンと打つけた機に、徳利は切腹して忽ち庭の土は一升の酒を舐めてしまつた。
国『チエツ、金城鉄壁も国さまの一撃に遇うてサツパリ滅茶々々だ。ヤツパリ酒たる徳利が備はつてをらぬと見えるわい、ハハハハハ』
浅『オイ国州、イヤ親分、何といふ勿体ないことをするのだい。土がみな結構な酒を呑んでしまつたぢやないか。本当に一生の損をしたものだ』
国『徳利階級の口ばかりへ入れてるのも勿体ないから、チツとはズブ下の土にも呑ましてやりたいと思うて爆発させたのだ。タコマ山でもチヨイチヨイ爆発するだないか。未だ、ここに一本残つてる、これを汝たち自由にしたがよからう。俺はモウ呑むよりも、かうして胚を打割つて酒の洪水を起す方が、何ほど痛快か知れないワ、アツハハハ』
愛『一升の酒をこれから四人寄つて平らげることとしよう。さうすりや一人前二合五勺位だ。マア肴には公侯でも持つて来てバリバリとやるんだな。そして芸者もなし、一人注いで呑めば私酌にもなり、男のお給仕に注がせば男酌にもなり、小間物店を出せば吐く爵にもなるのだから、これで爵の病を癒し、溜飲を下げることに仕様かい』
浅『私酌も男酌も結構ですが、どうです親分、三筋の糸が這入らないと余り面白くないぢやありませぬか。私がこれから刑務所……オツとドツコイ……芸務所へ走つて行つて、生首でも白首でも引張つて来ませうかな』
国『おけおけ、芸務所は梅害の養生所だ。また一筋縄や二筋縄で負へぬ奴が、三筋の糸で鼻の下の長い奴を操つてゐるのだから、そんな代物を輸入されちや背水会の迷惑だ』
 かく雑談に耽りながら、四人は一升の酒を喇叭呑みにして平らげてしまうた。
 かかるところへ、新聞配達の烈しき鈴の音チリンチリンと響きくる。
国『オイ浅、号外を一つ買うて来い、キツと変事が突発したに違ひないからな』
 浅は言下に尻引きまくり、号外屋の跡を追つかけながら、「オーイ オーイ」と熊谷もどきに徒いて行く。後に三人は浅の帰るのを今や遅しと待つてゐる。
国『地震でもなし、政変でもなからうが、今の号外は何だらうかな。どうも吾々は気懸りでならないワ』
愛『さうだな、こいつア、普通ぢやあるまい。吾々の一身上に関する大問題が起つたのだあるまいか。コラ幾州、汝は俺たちの話を立聞きしやがつて、新聞記者の奴にでも、何か喋つたのだらう』
幾『なに、俺は何も喋らない。悪徳新聞の記者が此処の軒に立つてペンを走らしてゐるから、こいつア可怪しいと思つて近寄つて見れば、記者の奴、妙な面して、どつかへ姿を隠しよつたのだ。それからその後を少しばかり俺が聞いただけだ。あまり大きな声で話してゐたものだから「国照別俥帳場に潜む」ぐらゐな見出しで号外でも出したのかも知れないよ。さうすりや大変だ、大目付の奴驚いて部下の取締に命じ、俺達を逮捕に来るかも知れない。サア身を隠さう、侠客の成り始めに捕まつては幸先が悪いから……』
 三人はサツと面の色が変つた。そこへ転げるやうにして帰つて来たのは浅公である。浅公は門口から、
『オイ、タタタ大変だ。クク国依別のセセ伜、国照別が、ここの帳場に潜伏してゐるからその筋の手が都下一面に廻つたと、ゴゴ号外に書いてあるワ。クク国照別が捉まへられたら、オオ俺も乾児だから同罪だ。サア何とかしてこの場を遁げやうぢやないか』
 国照別は平然として、
『ハハハ、面白い面白い、これでこそ願望成就時到れりだ。オイ愛州、幾公、浅、俺に徒いて来い。第二の計画に移らうぢやないか』
と言ひながら悠々として裏口から、一行四人は夕暮の暗を幸ひ、何処ともなく姿を隠した。

(大正一三・一・一九 旧一二・一二・一四 於伊予道後ホテル 松村真澄録)



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