出口王仁三郎 文献検索

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物語69-1-41924/01山河草木申 国の光王仁三郎参照文献検索
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第四章 国の光〔一七四九〕

 珍の都の大都会にも、世の変遷につれて立チン坊や貧民窟が、場末の方には、かなり沢山に出来た。そして国依別の国司に対しては余り怨嗟の声も放たなかつたが、松若彦以下の施政方針については、至るところに不平の声が勃発し、いつ不祥事件が突発するかも分らないやうになつて来た。人力車の帳場に二三人の輓き子があぐら座になつて、配達して来る新聞紙を読みながら、捩鉢巻したまま政治談に耽つてゐる。
甲『オイ愛州、つまらぬぢやないか、俺たちは朝から晩まで、額に汗をし埃まぶれになつて、ゼントルメンとかいふ奴の馬となり、重たいゴム輪をひいて送つてやつたところで、御苦労とも吐かさず、お札さまを一枚ほど与へられ、ヘイヘイハイハイと米つきバツタよろしくといふ体裁で生活を送つてゐるのだが、この世に平等愛の神がござるとすれば、なぜ何時までも、こんなみじめな生涯に俺達を見すてておくのだらうか、本当に合点がゆかぬ』
愛『オイ浅、今日もまた弱音を吹くのか、チツとしつかりせい。車輓だつて、さう悲観したものだない。珍の都の国司だつて、若い時は、バラモン教の巡礼にもなり、人の門に立つて乞食もなさつたといふ事だ。車夫だつて時が来れば、どんな出世が出来よまいものでもないワ。なア国公、お前どう思ふか』
国『ウン、そらさうだ。あまり苦にする必要もあるまい。己がたつた今、アルゼンチンの大統領となつてお前たちを救うてやるから楽しんで待つてゐるがよいワ。何といつても国さんは国の代表者……オツとドツコイ国の柱だからなア』
浅『ヘン、偉さうに言ふない、蛇は寸にして人を呑む、栴檀は二葉より芳ばしいといふぢやないか、お前のやうな青瓢箪の蒲柳性の肉体を持つてゐて、どうしてそんな大それた事が出来やうかい、法螺を吹くもほどがあるワイ』
『マア見ておれ、新政党でも組織して衆生を教導し、捲土重来、タコマ山の風雲をまき起し、一挙にして天教地教の山を踏み砕き、天国浄土を建設してみせる。俺は天下の救世主だからなア。汝のやうに与力同心が恐ろしうて、自転倒島の地震のやうにビリビリ慄つてゐるやうな天ん若は例外だが、俺たちは、俺たちとしての成案が十二分にあるのだ』
『ヘン、誰が慄うてゐるか、国、汝こそ陰弁慶の外すぼり、朝寒にボロ一枚で慄ひ通してゐるだないか。あまり振つた事をいふと、車夫仲間から除名するぞ、アン』
『ハハハハ、慄ふのはこの頃の流行物だ。不断的の大地の震動は言ふも更なりだが、先づ世の中の人間どものやる事を考へてみよ。みな慄うてるだないか。汝が女房をもらうた時にも三々九度をやつただらう。その時には手が慄ひ胴体まで慄うたといふだないか。始めての泥棒に、近所の火事、遺書の文句、女房からもらうた三行半をよむ時、始めての大道演説、葱の義太夫に出刃庖丁の小包をもらうた時、取締に一喝された時、咬んだ唇、弱虫の夜道、死刑の宣告、まあザツとこんなものだ、皆ふるつてゐるだらう。慄ふのが今日の世態だ。普選即行だといつて、衆生が一致団結、城下に迫るや否や、元老の自由とか言論の自由とかが、圧迫するとか、圧迫されたとかいつてふるひ落とされるだないか。清遊会でさへも分裂して新党を樹て、悪玉をふるひおとしてゐるだないか。まだもふるふてゐるのは、古手親爺の跋扈跳梁だ。車夫だつて、古くなりや車もロクに輓けやしないぞ。車夫組合でも作つて、お前たちのやうな老齢職にたへざる者は振ひおとす考へだ、イツヒヒヒヒヒ』
『オイ愛公、汝も一つ加勢してくれ、国公はその筋の犬かも知れないよ。どうみても乗馬面をしてゐるだないか。松若彦の奴、世の中が怖ろしくなつたものだから、俺等の仲間の様子を考へようと思つて国公をよこしよつたのかも知れぬ。此奴、車夫に似合はぬ銭使ひがあらい。そしていつも帳場に坐つて、足が痛いの腰が痛いのと吐かして、一度も客を乗せた事はないぢやないか。うつかりしてると足許から鳥が立つやうな目に会はされるかも知れぬぞ。俺たち下層社会の秘密を探つてる奴だから、どうだ今の内に殺んでしまはふだないか、エエーー』
愛『オイ浅、汝は国公を今まで普通の車夫と思つてゐたのか、エエトンマだな。そんなウス鈍では車夫だつて勤まりやしないぞ。今日の世の中の有様を考へてみろ、宣伝使や比丘の連中はいかめしく法衣をまとつて淫事にふけり、神仏を悪用して正直な人間をだまし、武士は銭を愛し、暫消の力を悪用して衆生を圧迫し、黄金力を濫用してトラストを作り、利権を獲得し、不時の災害に附け込んで暴利を貪る商人が頻出し、懺悔の生活を喰物にする偽君子が現はれた世の中だ。俺たちのやうにボロ車を輓いたり、その間には俯向いて土を掘り、汗や脂で取り上げた収獲を吸ひとられ、本当に地獄道の生活をしてゐるやうなものだ。大きな面をしてゐやがる連中は、懐手で握り睾丸で飯をくらひ、白昼大道の真中を自動車の土埃を立てながら、売笑婦と共にかけ廻り、人の迷惑はそ知らぬ顔、おまけに俺たちの子供を引き倒しておいて、屁一つ放りかけてゆくといふ不人情な、不合理な、不正義な無人道な世の中を誰だつて歎かないものがあらうか。俺達はこれからかふいふ邪道を通る横着者の内面をことごとく暴露し、天地の道理を明らかにして、純真な人道に返し、この宇宙をして光明世界に捩直さねばならないのだ。実のところを言へば、この国さまもこの愛さまも、生れついての車夫だない。ちよつと様子があつて社会改造のために、顕要の地位をすて、両親や家来に叛いて、貧民窟の研究にかかつてゐるのだ。実際の事いへばお前たちは可哀さうなものだ。弥勒菩薩は土から現はれるといふことだが、今日の乗馬社会には吾々を徹底的に救うてくれるやうな聖人君子は現はれないだらう。それだから俺たちも身を下して下層社会の仲間に入り、民情を研究してゐるのだ。しかしながら最早天運循環、上下揃へて桝かけひきならす、といふ御神勅の実現期が近付いたのだから、まア安心し玉へ。やがて普選にもなるだらうから、その時はお前も代議士の名乗りを上げて議政壇上に咆哮し、珍の天地を昔の神代に返すのだな、アツハハハハ』
浅『果して普選が即行され、俺達でも代議士になつて社会のために尽すやうなことがあるだらうかな。凡て世の中は思ふやうに行かぬものだ。まして現代のごとき信用の出来ぬ世の中では、俺たちを買うてくれるものはあるまい。何ほど普選を即行しても、やはりゼントルマンが黄白をまきちらして、ますます俺達を泥濘の中へつき落とすに違ひなからうと思ふよ。何故にまたこれほど虚偽と罪悪に充ちた世の中だらう。よく考へて見ろ、一つだつて信用されることはないぢやないか。地震博士の予言、天気予報、海老茶式部の兄さまといひ、媒介者の口からいふ初婚と品行問題、新聞の攻撃記事にはかの中止、如何なる重症も一週間に根治するといふ梨田ドラックの広告、新聞雑誌の発行部数、福引の一等当選品の行方、葬礼の出棺時間、売薬屋のお礼広告、連日連夜満員大入の提灯持ち、正何時に御来会下され度候、天下無比の大勉強店は弊店のみ、と、何から何まで嘘で固めた世の中ぢやないか。普選だつて、やつぱり売薬屋の広告同様で、一時のがれの人気取りだらうよ。俺は決してここ二年や三年の間には普選が実行されるものとは思はないね。マア孫の代ぐらゐになつたら、せうことなしに普選断行と出かけるだらうよ。それよりも俥夫は俥夫としての立場から、一文でも高値を吹きかけて、不当の賃銭を取つてやるのだなア。お前たち両人は何だか乗馬出のやうな口吻をもらしてゐたが、自分から名乗る奴にロクな奴アありやしないワ。おほかた稲田大学の落第生ぐらゐだらうよ。取締にもなれず、教員にもなれず、政治家になるには金が要るし、放蕩の結果俥夫に成り下り、見事理窟だけ覚えて来て法螺を吹いてるのだらう。俺の霊眼に、汝の顔に堕落生だと書いてあるのが見えすいてゐるのだからな、ウツフツフフ』
と互ひに不得要領な法螺を言ひかはしてゐる。其処へ靴音忍ばせやつて来たのは交通係の印を腕に巻いた色の青白い営養不良的な面をした取締であつた。三人は思はず、かいてゐた胡坐を元へ直し、キチンとすわり込んだまま取締の面を見上げた。

(大正一三・一・一九 旧一二・一二・一四 於道後ホテル 松村真澄録)



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