出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語69-1-31924/01山河草木申 喬育王仁三郎参照文献検索
キーワード: 教育思想
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第三章 喬育〔一七四八〕

 国依別は元来磊落豪放にして、小事に齷齪せず、何事に対しても無頓着なる性質とて、珍の国の国司に封ぜられてより、一切の政務を重臣の松若彦に一任し、自分はただ事実上虚器を擁してゐたに過ぎなかつた。それゆゑ珍の国の大小の政治は、松若彦その他の閥族の手裡に握られてゐた。国依別はただ朝夕皇大神の前に拝礼をするのみにて、花鳥風月を楽しみ、昔の宣伝使時分の気楽さを思ひ出だしては、時々吐息をもらし、末子姫に酌をさせ、城中に伶人を招いて歌舞音楽に悶々の情を慰めてゐた。そして実子の国照別、春乃姫に対しても家庭教育などの七むつかしいことは強ひず、自然の成熟に任してゐた。ゆゑに親子の関係は兄弟のごとく円満にして少しの差別もなく、和気藹々として春風のごとき家庭を造つてゐた。国依別は球の玉の神徳によつて、凡ての世の中の成行きを達観してゐた。それゆゑワザとに時の来たるまでは政治に干与せず、なまじひに小刀細工を施すとも、時至らざれば殆んど徒労に帰することを知つてゐたからである。それゆゑ当座の鼻塞ぎとして、実際の政治を永年間松若彦一派に委任してゐたのである。
 奥の間の丸窓を開いて夏風を室内に入れながら、脇息にもたれ、作歌に耽つてゐた。そこへしづしづと襖を押開け入来たるは末子姫であつた。国依別は作歌に心を取られ、末子姫の入り来たりしことに気がつかなかつた。末子姫は両手をついて、言葉もしとやかに、
『吾が君様、御気嫌は如何でございますか……』
と四五回繰り返した。国依別は色紙に目を注ぎながら、

『黎明に向かはむとして天地は
  朝な夕なに震ひをののく

 大空に月は照れども村雲の
  深く包みて地上に見えず

 甲子の春をば待ちて開かむと
  雪に堪へつつ匂ふ梅ケ香

 時は今天地暗し刈菰の
  みだれに紊る黎明の前に

 天地の神の恵みの深ければ
  世を守らむと地震至る』

と口吟んでゐる。末子姫は一層声を高めて、
『吾が君様、御機嫌は如何でございます』
と繰り返した。国依別はハツと気がつき、
『アア末子姫か、何ぞ用かね』
末子『ハイ、至急御相談がございまして、御勉強の最中をお驚かせ致しました』
国依『ナアニ、勉強でも何でもない。三十一文字の腰折れをひねくつてゐたのだ』
『立派なお歌が詠めたでせう。妾にも一度聞かして下さいませぬか』
『ナアニ、聞かせるやうな名歌ぢやない。あまり気がムシヤクシヤしてゐるので、歌までがムシヤついてゐる。今日は何時にない出来が悪いよ』
『あなたの歌は後になるほど、良くなりますからね。お詠みになつた時は、失礼ながらこんな歌と思つてゐましても、後日になつて拝読しますと、お歌がみな予言録となつて現はれてをりますの。松若彦も我が君のお歌はウツカリ見逃すことは出来ぬ、残らず予言だと言つてをりましたよ』
『予言か五言か妖言か知らぬが、大したことはないよ。ともかく自身のためによんだ歌だからな、ハハハ』
『エ、何とおつしやいます。また謎を言つてゐらつしやるのでせう。近い内に地震があるとおつしやるのですか』
『ウン、地震、雷、火事、親爺、現代はモ一つ加へ物が出来た、それはいはゆるお媽だ、ハツハハハハ』
『わが君様、上流の家庭において、お媽なんて、そんな下卑た言葉をお使ひなさいますな。伜や娘が聞きましては、また見習つて困りますからね』
『ナアニ奥様といつても、後室といつても、御令室といつても、山の神といつても、お媽といつても、ヤツパリ女房だ。人間の附した名称ぐらゐに拘泥する必要はないぢやないか』
『今あなたは地震、雷、火事、親爺……とおつしやいましたが、それもキツと深遠な謎でございませう。どうも貴方のお言葉は滑稽洒脱の中に恐ろしい意味が含んでゐるのですから、容易に聞き流しは出来ませぬワ』
『ハツハハハハ、地震雷といふことは、国依別自身が神也といふことだ。お前は自信力が神様のやうに強いから、ヤツパリお前も自信神也だ』
『ホツホホホホ、よくしらばくれ遊ばすこと、そんな意味ではございますまい。火事親爺といふことはどういふ意味でございますか、それを聞かして下さいな』
『いま警鐘乱打の声が聞こえてゐただらう。松若彦、伊佐彦の親爺連が、薬鑵頭を陳列して、国政とか何とかの評議の最中へ火事がいつたものだから、親爺が驚いて高欄から転落し、腰を打つて、吾が部屋へかつぎこまれ、媽アの世話になつたといふ謎だよ、ハツハハハハ』
『あれマア、松若彦が高欄から転落したことを誰にお聞きになりましたか』
『そんなことは霊眼でチヤンと分つてるのだ。それだから国依別自身は神也といつたのだ。火事に驚いて親爺が転落したから火事親爺だ』
『その松若彦で思い出したが、今お伺ひに参りましたのも松若彦に関しての事でございます。幸ひ捨子姫が参勤してゐたので、直ちに自分の居間へ担ぎ込まれ、捨子姫の介抱を受けてをります。妾もあまり可哀さうなので病床を見舞つてやりましたが、松若彦は大変に憤慨を致してをりますよ』
『それは廁え相に糞外してゐるのだらう。俺だつて日に一遍ぐらゐは高野参りをして糞外するのだからな、ハツハハハハ』
『冗談おつしやるも時と場合によります。一遍彼の言ふことも聞いてやつていただかねばなりませぬ』
『そりや聞いてやらぬことはない。伜や娘に揶揄はれて薬鑵から湯気を立て、火事に二度吃驚して負傷したといふのだらう。マアいいワイ、松若彦もモウいい加減に引込んでもいい時分だからのう』
『どうぞ、今日は真剣でございますから、真面目に聞いて下さいませ。何時も瓢箪で鯰を抑へるやうに、ヌルリヌルリと言霊の切先をお外し遊ばす貴方のズルサ加減、いつも風を縄で縛るやうな掴まへ所のない、困つた我が君様だと、松若彦がこぼしてゐましたよ。無頓着もよろしいが、あなたは何のために珍の国の国司にお成りなさつたのですか』
『何のためでもない、大神様や言依別様がお前の夫になつてやつてくれとおつしやつたものだから、厭で叶はぬ事のないお前の夫になつたばかりだ。その時にお前も知つてるだらうが、大神様や言依別様にダメを押しておいたぢやないか。……私は若い時から家潰しの後家倒し、女たらしの野良苦良者、こんなガラクタ人間を末子姫様の婿になさつたところで駄目ですから……といつてお断わり申し上げたら、それが気に入つたと大神様がおつしやつたぢやないか。これでも俺は十分に窮屈な目を忍んで、勃々たる勇気を抑へ神命を守つてゐるのだ。この上俺に追及するのは殺生だ。政治なんかは俗物のやることだ。老子経にいふてあるぢやないか、太上下知有之……といつて、国民がこの国に国王が有るといふことだけ知つてをればそれでいいのだ。なまじひに、チヨツカイを出し、拙劣な政治でもやつて見よ、国依別の名はたちまち失墜し、引いて大神様の御名まで汚すぢやないか』
『お説は御尤もでございますが、太上とは大昔のこと、人智未開の古なれば、国に王あることさへ知れば、それで民心は治まりましたが、今日の世態はさういふわけにはゆきますまい』
『老子経には太上下知有之、其次親而誉之、其次畏之、其次侮之……と出てゐるぢやないか。世の中が段々進むに連れ、徳がおちて来ると慈善だとか、救済だとかいつて、万衆の機嫌を取らねばならぬやうになつて来る。そこで万衆に施しをするから仁者だ、尭舜の御世だと言つて頭主をほめるのだ、その次にこれを畏るといふことはつまりかうだ、余り頭主の仁慈に狎れて、衆生が気儘になり、慢心した結果、不正義をたくらんだり、強盗殺人放火等あらゆる悪事を敢行し、世の中の秩序を紊すやうになつて来る。そこで頭主は厳しい法規を設けて、善を賞し、悪を罰するやうになつて来る。丁度八衢の白赤の守衛を勤めるやうなものだ。それならまだしもいいが、世が段々進むと、その次にはこれを侮るといふ事になつてくる。遂に衆生心汚濁して頭主大老豈種あらむやなど称ふる馬鹿者が出来て来る。要するに頭主たる名は神の代表者として、国の中心に立つてゐればいいのだ。色々な小刀細工をするやうなことでは最早駄目だ。だからこの国依別は珍の国の衆生からは国司と仰がれてゐるが、自分としては国司でも何でもないヤハリ一個の国依別、元の宗彦だ。誰が……馬鹿らしい、大きな面をして表へ出られるものか……アーア』
と大欠伸をし、両手の握り拳を固めて頭上高く差し上げた。
『モウ仕方がありませぬ。何時も貴方はそれだから愚昧な妾の言ふことは一口に茶化されてしまひますからね。しかしながら我が君様、あまり貴方は天然教育とか自然教育とかおつしやつて、二人の子供を気儘に放任しておかれたものだから、松若彦、伊佐彦の老臣に向かひ、傍若無人の暴言を吐き、……お前のやうな骨董品は一時も早く引退した方が国家の利益だとか衆生の幸福だらう……とか言つたさうですよ。何ほど放任教育がよいといつても、チツとは教誡を与へて下さらぬと困るぢやありませぬか』
『子供の教育は母にあるのだ。お前は世のいはゆる良妻賢母だから困るのだ。賢妻良母でなくては本当の教育は出来ないよ。国依別は教育家でもなければ子守でもなし、家庭教師でもないから、そんなことア畑違ひだよ。しかしあの時代遅れの親爺連に、伜も娘も引退を迫つたといふのか、さすがは俺の子だ、アア感心々々。この父にしてこの子あり、国依別知己を得たりといふべしだ、アツハハハハ』
『アア困つたことになつたものだなア。まるで我が君様に向かつては如何なる箴言も豆腐に鎹、糠に釘だワ。このままにして放任しておかうものなら、伜も娘も新しがつて乗馬生活を捨て、両親を捨て、どこへ逐電するか分らないと気が揉めてならないのですワ。松若彦もそれが心配でならないといつてゐましたよ』
『伜も娘も乗馬生活を嫌つて何れは出るだらう。何といつても、俺の血を受けてる子供だからな。今こそかうして珍の国の国司の仮名に捉はれ、鍍金的権威を保つてすまし込んでゐるものの、元を糾せば、お勝と巡礼をしてをつた宗彦の成れの果だ、その伜だもの当然だよ。親に似ぬ子は鬼子といふから、俺もヤツパリ誠の子を持つたと見えるワイ、アツハハハハ。オイ末子姫、人間は教育が肝心だよ。教育の行方によつて、人物が大きくもなり小さくもなるのだからな』
『ホホホホホ、教育が聞いて呆れますワ。あなたの教育の教は獣扁に王の狂でせう』
『無論獣でも王になれば結構だが、しかし俺のいふ教育の教はそんなのではない。森林の中に雲を凌いで聳え立つ喬木の喬だ。現代のやうな教育の行方では、床の間に飾る盆栽は作れても、柱になる良材は出来ない。野生の杉檜松などは、少しも人工を加へず、惟神のままに生育してゐるから、立派な柱となるのだ。今日のやうに児童の性能や天才を無視して、圧迫教育や詰込教育を施し、せつかく大木にならうとする若木に針金を巻いたり、心を摘んだり、つつぱりをかふたりして、小さい鉢に入れてしまふものだから、碌な人間は一つも出来やしない。惟神に任して、思ふままに子供を発達させ、智能を伸長させるのが真の教育だ。大魚は小池に棲まず、伜もよほど人格を練り上げたと見えて、この狭い高砂城が窮屈になつたとみえる。それでこそ世界的人物だ、いや崇敬すべき人格者だ、てもさても神様の御恵み有難う感謝いたします』
と拍手しながら神殿に向かつて拝礼する。末子姫は余りのことに呆れ果て、返す言葉も知らなかつた。

(大正一三・一・二二 旧一二・一二・一七 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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