出口王仁三郎 文献検索

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物語69-1-21924/01山河草木申 老断王仁三郎参照文献検索
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第二章 老断〔一七四七〕

 松若彦、伊佐彦の大老、老中株は数多の目付を指揮し、急進派の老中岩治別を捉へしめむとしたが、何時の間にやら耳ざとくも城内を脱け出し姿をかくしてしまつたので、心配はますます深くなり、煩悶苦悩の吐息をもらし、両人はふたたび評定所に卓子を囲んで、コーヒーをすすりながら善後策を協議してゐる。
 松若彦は悲痛な声で、
『伊佐彦殿、国家は真に暴風の前の灯火に等しき危機に瀕したではござらぬか。少しばかり進歩した頭だぐらゐに思つて、かれ岩治別を老中に推薦し、国務の枢機に参加せしめむとし、彼を招いて吾が退職を口実に意見を叩いて見れば、天地容れざる国家の逆賊、大野望を包蔵してゐる岩治別。如何にせばこの珍の国家を泰山の安きにおくことが出来るであらうかな』
と早くも両眼より紅涙滂沱と滴らしてゐる。伊佐彦は深い吐息をつきながら、
『いかにも閣下のお言葉の通り、実に深憂に堪へませぬ。しかしながら最早かくなる上は、閣下と拙者とあらむ限りの努力をもつて国家を未倒に救ひ、国司の御心を慰め奉り、国民安堵の途を開かねばなりませぬ。しかしながら彼れ岩治別、敏捷にも罪のその身に及ばむことを前知し、鳩のごとく鼠のごとく暗に紛れて姿を隠しました以上は、何れどつかの国の涯にひそみ、三平社や労働者、対命舎などを駆り集め、国家顛覆を企図し、己が欲望を達せむとして、時を俟ち捲土重来せむは案の内。何とか予防の方法……否かれを討滅の手段を講究しなくてはなりますまい。かかる天地容れざる逆賊を国内に放養しおくは、猛虎を野に放つよりは危険なことでござりませう。閣下においては、定めて妙案奇策のおはしますことと存じますが……』
と心配気に松若彦の顔を眼鏡越しに覗きあげ、光つた頭を右の手でツルリツルリと二三べん撫でまはし、薬鑵の尻を手巾で拭うた。
松若『本当に困つた事だ。最早かうなる上は手ぬるい手段では駄目であらう。この城下に保安令を布き、目付やサグリを増員し貧民窟の隅々までも、疑はしき者は否応言はさず拘引し、大老の権威を見せなくては、到底この人心を収攬することは望まれないであらう。現代のごとき人心悪化の頂点に達した社会には、もはや、煎薬や水薬の治療では駄目でござる。外科的大手術を施し、彼ら醜類を根底より剿滅し、国難を未然に防ぐより方法はござるまい。幸ひ吾々は目付の権を手に握り、かつ有事の日には大名、士を使役するの特権を有しをれば、吾々の今日の立場として、最早懐柔も善政も駄目でござらう』
伊佐『成るほど仰せ御尤もながら……私は考へます。まづ衆生の喜ぶ相談権を与へ、徳政案とかその外衆生の人気に投ずる政策を標榜し、以て今や破裂せむとする噴火口を防ぎ、曠日瀰久、以て一時登りつめたる人心を倦ましめ、骨を抜き、血を絞り、元気を消耗せしめて、しかして後絶対無限の権威を示しなば、さしもに熾烈なる衆生運動も、投槍思想もその他の悪思想も首を擡ぐるに由なく自滅するでござらう。閣下の御意見は如何でございまするか』
『拙者とても妄りに国家の干城を動員し、或は衆生を目付やサグリをもつて鎮圧するは拙の拙なるものたることは承知し居れども、焦頭爛額の急に迫つた今日の場合、これより方法はあるまいと存ずるからだ。直相談案の餌に、民心を籠絡するも一策だらう、徳政案も一時の緩和剤となるだらう。今日は最早正直では執れない。某々のごとき政治家は正直過ぎるから、何時も内甲を見すかされ、失敗を繰返し、遂には党の分裂を来たしたではないか。非常の時には非常の手段が必要だらう。伊佐彦殿、如何でござらうかな』
『成るほど、今日の時局に対しては清廉潔白とか正直とかいふ事は、害あつて益ないことでございませう。仰せのごとく権謀術数、あるひは妥協政治をもつて現代に処するのが最も賢明なる行方でございませう』
と次第に声が高くなり、両人は拳を握り、卓を叩いて花瓶にさした山吹の花弁を一面に散らしてゐる。そこへ軽装をしてまたもや国照別が現はれ来たり、
『ハハハ御両所とも、国家のため心慮を悩ませられ、国照別身に取り恐懼措くところを知らざる次第でございます。何といつても珍の国第一流の大政治家の巨頭の会合、定めて神案妙策がひねり出されたことでせう』
と揶揄ひはじめた。二人は若君に茶化されて怒るわけにもゆかず、「チエー」と秘かに舌打ちしながら、ワザと謹厳な態度で椅子を離れ、直立して両手を帯の下あたりまで垂直に下げ、立礼を施しながら、
松若『若君様、よくこそ入らせられました。微臣等には国政上の問題に就き、秘密の相談もございますれば、どうかしばらく、恐れながら奥殿へお帰り下さいませ』
伊佐『大老の仰せのごとく、ただいま国務上の件につき、大至急相談を要する場合でございますれば、恐れながらどうぞ少時お引取りを願ひまする』
国照『ハハハ岩治別の投槍老中が消滅したので、定めて、円満な熟議が凝らされるだらう。ヤ、国家のため拙者は大慶至極に存ずる。しかしながら両老に尋ねたい事がある』
松若『ハイ恐れ入りました。何事なりともお尋ね下さいませ』
国照『お前は今廊下で聞いてをれば、某々は正直すぎるから、党の内紛を醸し失敗したと言うたぢやないか。正直すぎるとは、ソラ一体何の事か。要するに正直もよいが、チツとは詐欺もやれ、権謀術数を用ひなくては今日の政局は保てないといふのであらう。某のごとく正直過ぎるため失敗したのならば、本望ではないか。上下一般の人間を詐つてまで、政権を掌握する必要がどこにあるか。正直過ぎるといふその意味を聞かしてもらひたいものだ』
とつめかけられ、両人は返答に詰まり、顔赤らめて、「ハイ」と言つたきり俯向いてゐる。
国照『ハハハ、ヨモヤ返答は出来ようまい。正直過ぎる政治家が用ひられない世の中だから、お前たちの羽振りが利くのだらう。そしてモ一つ問ひたい事がある……国家枢要の事務を協議してゐる最中だから、奥へ引取つてくれといつたでないか。なぜ政治の枢機に俺が参加することが出来ないのだ。若輩者と見くびつての故か、ただしは俺を信用しないのか、言葉の上において若君若君と尊敬しながら、汝等の心中においては、すでに俺を認めてゐないのか、サアその返答を聞かしてもらはう』
と二の矢をさされて二人はグウの音も出ず、俯むいて慄うてゐる。
国照『アツハハハハ、オイ、両人、薬鑵が漏つてゐるぢやないか、みつともないぞ。一層のこと、両人とも国家のために老職を廃業して、市井の巷に下り、饂飩屋でもやつたらどうだ。それの方がよほど国家の利益になるかも知れないぞ。岩治別のやうにトツトと尻をからげて退却した方が、何ほど衆生の気受けがよいか分つたものぢやない。腐り鰯が火箸にひつついたやうに、いつまでもコビリついてゐると、誰も見返る者がなくなつてしまふぞ。一にも権力、二にも暴力を唯一の武器として国政を維持するやうなことで、どうして王道仁政が布かれると思ふか。お前たちのやる政治はいはゆる権道だ、覇道だ、強きを扶け、弱きを圧倒せんとする悪魔の政治だ。僕はお前達の陰謀を前知し、岩治別に内報して裏門より遁走させ、お前たちの計略の裏をかかしてやつたのだ。それが分らぬやうな事で、どうして一国の大老がつとまるか。沐猴の冠するといふは所謂デモ大老の状態を遺憾なく言ひ現はした言葉であらうよ、アツハハハ。テモさてもつまらなさうな……心配さうな面付だのう。到底その顔は二年や三年では復興せうまいよ。自転倒島の震災のやうに復興するのは容易だあるまい、アツハハハ』
 松若彦は容を正し、
『コレハコレハ若君様の御諚とはいひ、あまりに理不尽なお言葉、この老臣を見るに牛馬をもつて遇せらるるは怪しからぬ事ではござらぬか。拙者は正鹿山津見神様の御代より祖先代々国政を預かり、御母上末子姫様にこの国土を奉還いたし、御父上を迎へて国司と仰ぎ仕へまつり来たりし者、外の臣下とは少しく違ひますぞ。いかに珍の国司の若君なればとて、拙者をさしおき、自由に施政方針をおきめ遊ばす事は事実において出来ないといふ不文律が定つてをりますぞ』
と祖先を引張り出して気色ばみながら一矢を酬うた。国照別は平然として、
『ハツハハハハ、昔の歴史を引張り出して、何某の国司累代の後胤などといふやうなバラモン的言草は、数十年過去の時代に用ゐられた言葉だ、さやうな古い脳味噌だから国家が治まらないのだ。今日珍の国の人心の荒んでゐるのは、要するに国司の罪でもない。この国は神様のお守りある以上、決して亡ぶるものではない。しかしながら汝のごとき没常識漢が上にある間は、世はいつまでも平安なることは望まれない。珍の国を今日の状態に導いたのは汝等の大責任であるぞ。よく両人とも胸に手を当て、自ら省み、自ら悔い、その無能を恥ぢ、無智を覚り、時代に目を醒まし、天命を畏れ、もつて最善の処決をしたがよからう。俺も何時までも若君様ではをられないのだから……』
松若『そらさうでございませうとも、国司様は御老齢、何時も御病気がち、何時御上天遊ばすかも知れませぬ。さうなれば若君が一国の柱石、いつまでも嬢や坊でもゐられますまい。それだから少しは爺の言ふこともお耳に止めていただかねばなりませぬ』
と顔の居ずまひを直し、仔細らしく述べ立てる。しかし今国照別が……何時までも若君様ではをられない……と言つたのは、近い内清家生活から放れ、民間に下つて徹底的に社会を改造せむと考へてゐた事をフツと漏らしたのである。しかしながら両人は若君にそんな考へがあるとは神ならぬ身の夢にも知らなかつたので、この場は無難に済んだのである。
 国照別は冷笑を泛かべながら、足音高く吾が居間に帰つてゆく。後に二人は首を鳩め、声を低うして、
松若『伊佐彦殿、若君様がアアいふ御精神では、吾々も到底職に止まることが出来ぬではござらぬか。一層のこと潔く辞職をいたし、閑地についてはどうでござらうかな』
伊佐『あなたのお言葉とも覚えませぬ。あなたは国司を補佐すべきお家柄の生れ、吾々のごとき氏素性の卑しき者と同日に考へることは出来ますまい。たとへ御退隠遊ばしても、内局組織の時には国司からもキツとお尋ねもあるだらうし、また腰抜の政治家どもがお百度参りをしてお指図を仰ぎに行くでせうから、到底あなたは珍の国の政治圏外を脱することは出来ますまい。それが貴方の珍の国に対する忠誠でございますからな』
松若『なるほど、それも思はぬではないが、あまりのことで実は心が迷ふのだ。アア人生政治家となるなかれ……とはよく言つたものだなア』
と青い吐息をつく。
伊佐『御苦心お察し申します。しかしながら国司様の前で、あなたは仮りにも辞意をお洩らしになつてはいけませぬぞ。御老齢の国司に御心配をかけては、臣子たる者の役がすみませぬからなア。それだけは伊佐彦が命に替へても御注意を申し上げておきます』
松若『いかにも貴殿の言はるる通りだ。しかしながら進みもならず退きもならず、実に困つた世態になつたものだなア。アアどうしたらよからうかなア』
 次の間から若い声で
『展開の道はただ辞職の一途あるのみだ』
と叫ぶ声が聞こえて来る。二人はハツと驚き耳欹てて考へ込んでゐる。少時すると、隔ての襖を無雑作に押し開き、浴衣のまま現はれ来たのは春乃姫であつた。
春乃『二人の老爺さま、お兄さまのあれだけの御注意がまだ分らないのかい。本当に古い頭だね』
 二人は春乃姫の顔を見るより、にはかに威儀を正し、頭を下げながら、
松若『恐れ入ります。何分任重くして徳足らず、実に国司様の御心慮を悩まし奉り、申し訳がございませぬ』
春乃『ホホホホ嘘ばかり爺達は言ふぢやないか。任重くして徳足らぬといふ事の自覚がついてゐるのなら、なぜ早く挂冠をせないのか。今妾に言つたことは表面を飾る辞令にすぎないのだらう。任は重し、徳あり智あれども時代の進展上この上施すべき手段なし、吾にしてかくの如しとすれば、その他の末輩どもが幾度出でてその任に当るとも、たうてい吾以上の政治はなし能はざるべし。たちまち国家を滅亡の淵に投入るるならむ。乃公出でずむば、この国家と蒼生を如何にせむ底の自負心にかられてゐるのだらう。それに違ひはあるまいがな、ホホホホ。若い女の分際として経験深きお爺さま達に失礼なことを申しました。神直日大直日に見直し聞直し、速やかに許して頂戴ね。大きに失礼さま、ホホホホホ』
と笑ひながらスタスタと廊下を伝うて奥殿に進み入る。二人は少時熟議をこらした上、相携へて国司の居間に、何事か進言せむと進み行く。にはかに聞こゆる警鐘乱打の声、フト廊下の高欄から城下を瞰下せば、遠方の方に黒煙天を焦し、かなり大きい火災が起つてゐる。

(大正一三・一・二二 旧一二・一二・一七 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)



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