出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=68&HEN=5&SYOU=20&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語68-5-201925/01山河草木未 破滅王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=13365

第二〇章 破滅〔一七四四〕

 蓄財と名望欲と政治欲、その外自己愛の道にかけては抜け目のない右守の司サクレンスは、日頃の願望成就の時到れりとなし、妻のサクラン姫と共に、都下大騒擾の跡仕末もつけず、民衆怨嗟の声も空吹く風と聞き流し、珍味佳肴に酒くみ交はし得意となつて、心の埃芥を平気の平左で吐き散らしてゐる。得意の時、図に乗るは小人の常とは言ひながら、あまりに知恵の足らぬ男である。人心恟々として物騒至極の今日このごろ、しかも玄関口に現はれ訪問客を相手にしながら、已に国務総監になりすましたやうな気で盛んにメートルを上げ、いきりきつて居る。
 右守は女房の酌でヘトヘトになり、凹んだ目をボツとさせながら、眼鏡越しに女房の蜥蜴面をうち眺め、出来損ねた今戸焼の狸の人形のやうな不可解千万の面をさらし、舌皷を打ちながら、
『オイ、奥さま否、女房、嬶んつ殿、何と俺の劃策は水も洩らさぬ注意の届いたものだらう、エーン』
サク『旦那様、何ですか、車夫か馬丁か何ぞのやうに嬶だの、嬶んつだの嬶村屋だのと、こんな玄関口で見つともないぢやありませぬか。警固の兵士がもしもこんな事を聞きましたらキツと馬鹿にしますよ。どうぞこれから妾を呼ぶには奥とか、後室とか言つて下さい。お願ひですから』
右『イヤ、これは失敬千万、恐れ入谷の鬼子母神殿、釜の下の燃杭左衛門、閻魔大王之介、嬶左衛門尉挽臼殿、サクレンスが酒の上の暴言、真平真平御免候へ、何分奥さまのお名前がサクラン姫だから、チツとばかりこの右守も精神がサクランいたし、何となくボツといたしたやうだ。サクラン……ではない、サフランでも煎じて一服飲ましてもらひたいものだな。サフランが無ければ朝鮮人参でも結構だ。しかしながら諺にも言ふ通り「人参買うて首を吊る」といふ事もある。右守の貧乏世帯では到底左様な高価な医薬品は挺には合ひ申さぬ。それよりも奥方殿のお麗しきおん顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉つておいた方が、何ほど愉快だか知れないわ、アツハハハハ』
『旦那様、いい加減に妻を嘲弄しておきなさいませ。口に関所がないといつても、あまりぢやございませぬか。時に旦那様、太子殿下やスバール姫は大丈夫でございませうかな』
『ウンウン、大丈夫大丈夫、不要緊不要緊。アアしておけば自然に餓死を為るだらう、さうすりやこつちの幸福だ。何ほど辛抱がよいといつても、十日も二十日も飲食を絶たれたならば、到底生命は保てない、寂滅為楽とおいで遊ばすは、決まりきつたる天地の道理だ。エー、俺に子供があればバンナ姫に娶して、うまく国政を自由自在に操るのだが、惜しい事にはお前が石女だから、惜しいながらも他人にやるよりマシだと思つて、父違ひの弟に顕要の地位を譲り、弟はやがて大王殿下となり、肝心の兄貴は臣下となつて、アタ阿呆らしい、神妙に仕へねばならぬのだ。しかしながら弟はただ単に看板に立てておくのみだ。その実権はヤツパリこのサクレンスの手に握つておくのだから、まづ芝居だと思へば辛抱も出来やうかい、エツヘヘヘヘ。てもさても愉快な事だわい』
『旦那様、そしてあのアリナはシノブの言つた通り大宮山の神殿に居つたでせうか』
『イヤ、彼奴は到頭風を喰つて逃げ失せ、比丘の姿となつて法螺貝を吹き、そこら中を深網笠で廻つてゐるといふ報告が来たので、千円の懸賞付きで今捜索してるところだ。彼奴を捉へたら、否応いはさず秋野ケ原の水車小屋の地底の牢獄に投げ込み、人知れず干し殺してやる計画がチヤンと整つてゐるのだ。あんな奴の事は、さう意に介するに足らないよ。何と言つても肝腎要の太子を、アア仕て置いて○○してしまへば最早俺の天下だ。エツヘヘヘヘ、何と妙案奇策だらう』
『そりや本当に心地のよい事でございますな。さすがは右守様、いや大名総監様、天晴れ天晴れ。あなたが御出世なされたならば、麻につれる蓬も同然、妾の地位も高まる道理。しかし女中頭のシノブが聞いたら、さぞ失望落胆する事でせうね』
『どうで彼奴は、ドテンバの淫乱の両屏風と来てゐるのだからいい気味だ。いつもいつも大王様のお側近く侍りよつて、耳嗅ぎばかり得意にしてゐる曲者だから、あんな奴ア臍でも噛んで死んだ方が、何ほど国家のためになるか知れないわ、エツヘヘヘヘ』
『しかしながら旦那様、謀は密なるを要すとか申しまして、どこまでも注意に注意を加へねばなりませぬ。ヒヨツとすればあの女は右守家にとつて爆裂弾かも知れませぬから、そこは、うまく言つて、操つておいて下されや』
『エー、そんな事に抜目のあるサクレンスと思つてゐるか、いふだけ野暮だよ。サア一杯ゆかう。今日は土堤を切らして充分酔うてくれ。目的成就の前祝ひだからのう』
 かかる処へ玄関の障子の外からかん走つた女の声、
『右守様、妾はシノブでございます。這入りましてもお差支へはございませぬかな』
 右守はギヨツとしながら顔色をサツと変へ、女房と狸と蜥蜴の面合せをしながら、唇で舌を噛み三つ四つ腮をしやくり、二人一時に、
『ハイ、差支へはございませぬ。サアサアお這入り下さい』
シノブ『左様なれば御免を蒙ります。臍でも噛んで死ねばいいのに、憎まれ子世に覇張ると申しまして、この通りピンピンしてゐます。決して爆裂弾ではありませぬから御安心なさいませ。何と言つても太子様を水車小屋の地底の岩窟に入れて、干し殺さうとなさる凄いお腕前、実に感心いたしましたよ。もしもし御夫婦様、別に青い顔して、お慄ひ遊ばすには、当らぬぢやありませぬか。アリナさままで引捕らまへて地底の牢獄に投げ込み、干し殺さうとしてござるのですもの、本当に呆れてしまひますわ。如何でございます。梟の宵企み、うまく計劃が成就いたす見込みがございますかな』
右『これはこれは思ひがけなきシノブ殿のお言葉、どうして、さやうな無道な事が出来るものですか。人間として恐れ多くも太子様を干し殺さうなんて、人間の面を被つたものがする事ぢやございませぬ。実は酒に酔うたまぎれに、嬶左衛門に向かつて揶揄つてゐたのですよ。もとより根なし草の戯れ言、気にかけて下さつては困ります』
『人間として出来ないやうな、大それた畏れ多い事を平気でおやり遊ばす右守様だもの、到底妾のごとき耳嗅ぎのお転婆女では側へも寄れませぬわ。どうか爪の垢でも頂いて煎じて飲みたいものでございますわ』
『こりや怪しからぬ、さう疑つてもらつちや、右守も一切事情を逐一弁明せなくちやなりますまい。マアゆつくりと気を落付けて、忠臣義士たる拙者の言葉をお聞き下さい』
『あなたはもうお忘れになりましたか。先日妾がお直使に化けて参りました時、太子様を○○せうとお約束なさつたぢやござりませぬか。そしてアリナさまを王位に上らせ、妾を王妃にしてやらうと、うまく誤魔化しましたね。貴方の腹の中はエールさまを王位に上らせ、王女のバンナさまを王妃とし、勝手気儘に国政を料理しやうといふ、大した陰謀を劃策してゐらしたのでせう。何もかも一伍一什、只今玄関先にて承りました。しかし妾が、かう言つたと申して驚きには及びませぬ。物も相談ですが、どうです、一層のこと妾を女帝にして下さつては。もしゴテゴテおつしやるなら何もかも上は大王様へ、下は国民一般へ、あなたの陰謀の次第を吹聴いたしますが、それでも貴方にとつてお差支へはございますまいか。もしそんな事は出来ないとおつしやるなら、サアこの場でキツパリと言明して下さい。一寸の虫も五分の魂とやら、妾にも考へがございますからな』
 夫婦はシノブの言葉に一つ一つ錐で胸先を、揉まるる如き苦しみを感じながら、
右『イヤ、恐れ入りました。明日とも言はず今日只今より貴女を主君と崇め奉り、女帝様と申し上げますから、何卒さう腹を立てず落付いて下さいませ』
サクラ『夫の申し上げました通り妾も女帝殿下と尊敬し、今日ただ今より臣下の礼をもつて仕へませう』
シノブ『ホホホホホうまいことおつしやいますな。そんな事を言つて妾を安心させ、暗打ちでも遊ばす御計画でせう。今日までの貴方等のやり方から推定しても、そのくらゐの事は、あなたにとつては宵の口ですからね』
 かかる処へカーク、サーマンの二人は慌ただしく帰り来て、
『右守様に申し上げます。タタタ大変な事が突発いたしました』
 右守はこの言葉に二度ビツクリしながら、にはかに酒の酔も醒め、片膝を立直して、
『なに、大変が起つたとは、何処にだ。サア早く言はないか』
カ『ハイ申し上げるつもりで吾々両人がスタスタと慌てて帰つて参つたのです。申し上げなくて何と致しませう。太子殿下をはじめスバール姫は、三五教の宣伝使に助けられ、駒に跨がつて堂々と城内にお帰り遊ばす事になりました。そしてエールの君様は岩山の神の森において、大女のバランスに、首筋をつまんでインデス川へ投げ込まれ、川中の岩石に頭を打ち割られ、川水を紅に染めて、ブカンブカンと流れてしまはれました。グヅグヅしとる時ぢやございますまい。右守様、あなたのお首が危ふうございますよ』
サクレ『嘘ぢやないか、そんな事のあらう筈がない』
サ『決して決して、誰が嘘なんか申しませうぞ。正真正銘、ありのままの事実の注進でございます』
サクラ『それだから、いつも貴方に気をつけなさいませと御意見を申したではありませぬか。一体貴方の頭脳は、あまり粗末過ぎますから、こんな失敗が出来るのですよ、エー口惜しい、どうしたらよろしいのかな』
シ『イツヒヒヒヒヒ右守さま、もうかうなりや妾の女帝も、あなたの大名総監もサツパリ駄目です。男らしく覚悟なさいませ。いな自決遊ばせ。実のところは王女のバンナ姫様も妾が、うまくちよろまかして、城内からおびき出し、インデス川の辺で首を締め、川中へ投げ込んでおきましたから、エールさまと一緒に同じインデス川で水盃でもしてゐらつしやるでせうよ。もうかうなつた以上は気の毒ながら、あなたのお家は断絶、罪が軽うて切腹、まさか違へば逆磔刑ですよ。妾だつて、もはや安閑としては居られませぬ。サア右守さま、介錯をして上げますから腹をお切りなさいませ。そして奥様は首でも吊るか、溜池にでも身を投げて、早くその製糞器を片付けなさいませ。グヅグヅしてゐると死後までも恥をさらされますよ。私も冥土のお伴を致します。已にすでに懐剣は用意して参りました。この鋭利な短刀で喉笛を切るが最後、結構な結構な天国へ国替へといふ段取ですわ』
 かく互ひに身の終りの相談をやつてゐるところへ門前にはかに騒がしく、目付頭は数百の部下を従へ、右守の館を十重二十重に取巻き頭役自ら数名の目付と共に入り来たり、
『サクレンス、サクラン、シノブ三人とも御用だ。神妙に手を廻せ』
と呶鳴りながら、懐より捕縄を出し無雑作に三人を厳しく固く縛り上げてしまつた。

(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 北村隆光録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web